閑話小題 ~大谷翔平の心身統一法とは

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  * 大谷の精神の支柱に、中村天風の経験論がある
◉ 中村天風の名言に「心身統一法」がある。
<「今日一日、怒らず、恐れず、悲しまず、正直、親切、愉快に生きよ」、
「『終始一貫』… 勇気一貫で押し切るのだ」など…がある。
大谷が熟読した哲学書の紹介とも受け取れるが、実は、講談社が発行した
『感動の創造 新訳 中村天風の言葉』である。
 
◉ 30年前の経営セミナーで、『成功の実現』という中村天風の書を知り、
 当時、1万2千円もしたが思い切って買った。その値段の価値は充分あり
満足をした。1988/09の頃の話である。 神かかった語り口調で一言一言が
魂のこもった内容。 この思想は、大谷が渡米直前に手にした本。青少年
時代から学び実践してきたのではない。 …当時、唯我独尊の実践で独り
悩むことが多かったが、この書と『精神力』を読も加味することで、シップ
のように、腫れがひいていった。5~6年前に、シリーズで、天風の思想に
ついて書いてあった。
  ~以下、参照~ (ブログ内、検索より)

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5212,3%の本当に幸せな成功者から学んだこと
2015年06月22日(月)
      『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中(著)
  * 世の中全体の一割が成功者、3%が心満たされた人たち
 この本に、【いわゆる「成功者」「お金持ち」と言われる人たちは、世の中
全体の10%ほどいて、7%が「お金があっても時間がないとか、人間関係や、
健康に恵まれておらず、本当に幸せでない」と言われている。】とある。
 別に、金満や、成功者でないとしとも、5人、いや3人に2人は、けっこう
幸せと思っているようだ。 私の場合、会社整理というハードランディングに
近い着陸だったが、ショックによる鬱症対策に、早朝から就寝するまで、好きな、
楽しいと思えるスケジュールを組みこんだ。そうもしないと、自滅する可能性が
あった。いや、現在もである。 それらを、淡々とこなすことで、心身の健康
管理をしている。 このストレスの「苦」は、たやすく消せるシロモノでない。
それをカバーすには、その3~6倍の「楽」をスケジュールに組み込むしかない。
 著者はテーマで、3%が心満たされる人と決めつけているが、私の見立てでは、
金満でない人も含めると、3割。そのうちの上位の一割の3%が、十分に心満た
されているということか。 金だけは有るにこしたことはない。
 去年の暮れに、【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】エイカー著
を取上げたが、その中で、<ボジティブ比~繁栄と衰退を分ける「ロサダライン」
を、マルシャル・ロサダが発見、2・9013という数字で表した。 これは、業績の
よいチームと、悪いチームにおける「ポジティブな意識」と「ネガティブな意識」
が、2・9013対1以上でなければ、そのチームに成功はもたらされない> 
という法則を取り上げた。大富豪になるほど、その比率が飛躍的に高くなると
著者は言いたいようだ。 世の中を見渡すと、『貧すれば鈍す』か、
その真逆である。上手くいったから、成功したから豊かということではなく、
豊かだから上手くいく。 で、どうした? どうもしません! 全て夢幻。
 ところで面白い時間帯を見つけた。 20時から4時間爆睡後の、0時から4時。
意識し、茫洋として無意識との塀上と見立て過去、現在を浮遊する。
 これ、昼間やると、ボケ!

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5942,閑話小題 ~「ベストエフォート」とは
2017年06月22日(木)
   * 「ベストエフォート」とは
 「ベストエフォート」とは、《日々、できる限り全力を尽くしている感覚を
持つことで、大きな結果が出なくとも、全力を出していることが大事と考える。
例えば、大事業を起こせなくとも、毎日、やれるだけのことをしているという
実感があれば、それで十分と考え、自分を支える継続的な成功体験になる。》
 このベストエフォートの言葉を知った時、この随想日記を16年、続けてきた
意味そのままを言当てられたように思えた。
『ともかく、ベストをつくして一日一文を書き上げる』と。
 6年前の節目で、挫折からの落込み対策に「少し厳しい日課」を立て、
実施してきたが、これが私にとって「ベストエフォート」のプログラム?
私の範囲では、これ以上ないプログラムだったが、数ヵ月もしない内に習性
になり、現在に至っている。鬱症状態に追詰められる前の、事前の一策である。
 面白いことに、この日程を熟す内に、何かしら面白い感覚、「内なる自己」
というか、「真なる自己」が、クッキリと浮上がってきた。その視線で他者と、
普段の自己の間に顔を出すのである。
 ~ネット検索によると、こうとも~
《最大の結果を得られるよう努力することをいう。通常、委任契約等における
 受任者の負うべき義務を規定する場合に使われる用語で、そのような努力が
なされないときは債務不履行責任を負うものの、そのような努力がなされた
うえは、結果に対する責任を負わないことを定める際に用いられる。》
 仏教でいう『全機=十分に機能する人間』と意味が似ている。人は須らく、
ひたすら努力をして、結果は天にまかせるしかないもの。

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4847,閑話小題 ー75歳が死の目安が、級友と一致
2014年06月22日(日)
   * 75歳が死の目安が級友と一致して
 前回、葬式で連合いを亡くしたばかりの同級生のことを書いた。
私が「75歳を死亡年齢に目安に、歯医者以外、病院に行かないことにした」
と他の級友から聞き、曰く、「数年前に、ある病院で検査をしたところ、肝臓
に、オデキがあると言われ、肝臓ガンと覚悟を決め、親戚を集めた家族会議を
して、生前葬の案も出たが、その前に、別の病院で検査を勧められ、再検査を
したところ何もなかった。それから、一切の検査をしないことにした。
母親と父親の死亡年齢を合計し、半分にすると75歳。その年齢の目安と、
病院に行かない方針が同じことに、驚いた」と。しかし、死や、生について
の知識を持っている様子がなく、漠然とした不安が全体を覆っていた。
少しでも、その類の知識を持ったと持たないとでは雲泥の差になるが・・ 
 私の平均余命11年。そのうち介護年齢9年、寝たきり6年とすると、
決して長寿は、私らしくない。下手に治療で死にそこなうと、薬の逆効果で、
拷問のようは束縛の寝たきりか、痴呆症が出てくる。ならば出たとこ勝負。
75歳を目標、目安にした。その分、運動量を多くし、食生活を気をつけて
いるが、いざ、余命を告げられ、目先は後悔をして逝くことになっても・・ 
死に方、自分の選択も有りである。
   * つれづれに
 ー「事業人生を決心して45年」の語り直しーをテーマに、回を重ねて
書いているが、思いもよらない当時の記憶、40数年前の出来事が、昨日の
ように、次々に連動してフラッシュバックしてくる。それだけ、激しい日々
だったが、封印しておいた記憶を見つめ直すのは、当時の自分を慰め、癒すと
同時に、多くの過ちを知り、後悔も出ることになる。それは、それぞれの
行蔵から、自省をすることにもなる。私は何をしてきたのだろう? 
「面白かった!」だけでは済まない、未熟な己が、厳然と、そこにいる。
神様は、人生を自省させるため、老後という余白を人生に与えたようだ。 
 私を含めた大部分には、基礎教養の絶対量が足りてない。だから
「死ぬまで勉強」が必要になる。周辺を見わたすと、それが分かるが、
自分自身になると分からないのが人間の性。
 「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」
=「往ける者よ 往ける者よ 彼岸に 往ける者よ さとりよ 幸いあれ 」。 
「往ける者よ」を「過ぎ去りし日の自分」に置換えて、「青き者よ、
幸いあれ!と、祈り直すしかない。成るほど、私は、こんな人間だったか!
と・・  南無阿弥陀仏の念仏は、そのためある! 私もお近い ようで? 
「では、皆様、さようなら!」

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『人類は絶滅を逃れられるのか―」
2008・03/22
      『人類は絶滅を逃れられるのか―
              ―知の最前線が解き明かす「明日の世界」』 
     * 否定論: 未来は暗い! 
  「人類が今世紀中、生存可能か否か?」の設問に当初は、冗談にしか思え
 なかったが、今では3割は有りうると思うようになった。ロシアのスパイ上り
の大統領の策謀で、アメリカ大統領が選出され、アメリカ国内だけでなく、
世界が混乱の際に陥っている現状を見るにつけ、悲観的になるのも当然のこと。
  
   〜マルコム・グラッドウェル
☆ 進歩は新たなリスクを生む
 有る問題を解決する進歩は、新たな問題を生む。
  原子力がいい例。原子力は良いエネルギー源だが、究極的には街を吹飛ばす。
☆ 1%のリスクが進歩を台無しにする可能性がある
 人類の99・9%の暮らしが昔より良くなった、残りの0・1%で、恐ろしく
 惨めな状況に突き落とされる可能性がある。ソ連ではスターリンの一人のため、
  2000万人が殺された。この男一人以外全員が天使だったとしてもである。
  私たちはキリスト教の起源から現代まで進歩に取りつかれていたようだ。
  今はAIの時代である。人間は進歩により、自分の能力への不満を補ってきたが、
  テロリズムと気候変動のリスクは増大する。

  〜アラン・ド・ボトン
☆ 人間の本質は1000年たっても変わらない
 人口爆発の危機、核戦争へのシナリオ、増大し続けるテロ、AIの脅威、
  気候変動リスク…が山積み。
☆ データ(寿命、貧困、平和、民主主義といった指標)によって人間の暮らしは
 豊かになっているのは既に証明されているとする肯定派に対して、5年、10年後、
  25年後に人類が今より進歩していると言う保証は全くないと言う否定派。
・人間は結局「死への恐れ」と「妬み」から自由になれない/絶対的な貧困は未来
  でも消えることはない。寿命がいくら伸びてもそれに対応する「哲学」を人類は
 持っていない。
・人間の脳は不完全だ
 ・世界史の災禍は完璧主義が引き起こしてきた。

 ▼ インド、中国で10億人が貧困から脱出しても、その隣では、怒れた独裁者
  一家が国を私物化し、核ミサイルを恐喝手段にした危険極まりない戦争の間際
に陥っている。 しかし、アメリカも同じか… 人間という生き物、欲望に際限
はなく、どんなに豊かになっても、満足することはない。進歩をしても、満足が
出来ないから始末が悪い。人間の肯定と否定感の比率は、2対1というが、会場の
聴衆も大たい、その位の7対3の割合だった。ところで、進歩を内的、外的に分け、
 学生時代に比べて、『進歩をした? 後退をしたか? どうだ?』と問われたら、
 如何だろう? 『山は高くなった反面、谷は深くなった!』になるが… 
 『こんな筈ではなかった!』か、『こんな時代を経験出来ようとは、進歩7対、
ところにより後退3じゃないか! ただ、面白かったと言えるだけ幸せか。』
 自分に対する言訳のところもあるか。「日々、是、口実」で良いじゃないですか!

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4755,そんなに長生きしたいですか ー7
2014年03月22日(土)
    『日本人の死に時 そんなに長生きしたいですか』久坂部 羊著
    * 早いーうまいー安いー
現状の終末医療の現状を知れば知るほど、恐ろしくなる。以下の内容が現実。
 《 ある医療講演会で、こんな話を聞きました。「早い!うまい!安い!」
  という看板のスライドを見せて、これはある牛丼屋の宣伝文句ですが、
うしろに「治療」という言葉をつけると、そのまま病院のキャッチフレーズに
 なるというのです。たしかに、早い治療、うまい(上手い)治療、安い治療は
患者にとって最良のもの。講演者はさらに続けて言いました。
 「『治療』の代わりに、「死」という言葉をつければ、今度は理想の末期医療
になります」早い死、うまい死、安い死というわけです。なるほど、うまいこと
 を言うなと、私は感心しました。・・ その発想だけでは現実は立ち行かない。
 患者はほとんど見込みがなくても治療を求める、医師は治療すればするだけ
儲かる、この状況では、医療費が膨大になって当然。そろそろ冷静になって、
 現実をしっかり受け止め、無駄な延命治療から死を支える医療に転換すべき
 ではないでしょうか。 死を支える医療は、よけいな治療をしません。
 医療費が安くなれば、患者側も自己負担が少なくてすむし、国民の医療費も
削減されます。これで困るのは、無駄な治療で収入を得ている医師だけでしょう。
 早い死というのは、患者を見捨てることでありません。苦しむ時間を短くする
 という意味です。病気や老いと闘いながら、精いっぱい生きてきた人も、死が
近づくとどうしても衰弱します。食事や排泄などが自力でできなくなり、これ
以上生きることの意味が見出せなくなってしまいます。それを理想主義的な
励ましで無理にがんばらせたり、延命治療で長引かせるのは残酷なことです。
 死は自然の成行きですから、どこまでも抵抗するのは不毛です。極論かも
 しれませんが、死が避けられない状態になってから、少しでも長くとあがくのは、
 手遅れだと私は思います。そうなる前に時間は十分あったはずです。・・・ 》
▼「終末期医療費が全老人医療費の2割を占める!とか、国民一人が一生に
 使う医療費の半分が、死の直前の二ヶ月に使われる!」という報告がある。
だから、医療側からすると、可能な限り生かしておいて方が良いことになる。
 生かしておいて拷問の苦しみを与え、その治療費を膨大に絞るとる末恐ろしい
現実が、そこにある。末期ガンは、どのみち助からない。だったら死をサポート
 する医療があるべきである。これでは入院前に、青酸カリか、致死量の睡眠薬
準備をしておくべきと、考えてしまう。そう簡単には、死ねないのである。 
 良くも悪しくも死ぬまでは生きている。死ぬのは挫折でも、何でもない。
 目出度いことなに、何で延命をするか、それが利益のためなら、
 犯罪的システムではないか。
・・・・・・
5850,物語で経験する「生老病死
2017年03月22日(水)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
   * 経験の4つの形と、物語化
  経験の意味を、ここで理解しやすく紹介している。 〜P/18
 ≪ 本屋大賞吉川英治文学新人賞などを受賞した冲方丁が『天地明察』で、
  「人間は経験したことがないものを、理解できない」としてうえで、経験には
4つの形があると言います。
  【人間は、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚の5感で直接的経験をする。
  生きていくうえで、それだけに足りず、他者の経験による間接的経験に
依存する。しかし、誰にも実証は不可能な神話的、宇宙的な経験をする。
こういた3つの経験をもとに万人に伝える形にするのが第四の経験、いわゆる
物語です。物語は架空にあるにかかわらず、時には社会を動かすような力を
発揮します。】
  つまり、物語を読むことが‘経験’になるというのです。
 言われてみれば、私たちは『三国志』で、中国の後漢時代を、『戦争と平和』で
帝政ロシア時代を、『竜馬がゆく』で日本の幕末期を経験した。それは世界史や
日本史の資料や知識では決して得られなかったはずです。
  批評の神様の小林秀雄の同じようか言葉に出逢いました。
 「経験という言葉は西洋の言葉だが、誰も合理的な経験なんてしません。
ナマの経験の意味というのは、各自みんな自覚しえないものです。みんな、
 自分の経験に対しては支離滅裂なことしかわからない。そこで創作という形式が
必要になる」というのです。これを逆に捉えると、創作という形式の物語によって
初めて、合理的な‘経験’が得られるということでしょう。≫
 ――
 ▼ 16年続けてきた、このテーマ日記は、毎日の読書や体験をテーマを元に、
  物語化の創作をしていることになる。事業人生45年をテーマに、50回以上に
 わたって書いたのも支離滅裂で行き当たりばったりの転職、転業を、尤もらしく
文章化をすることで、合理的経験として修練したに過ぎない。人生など、所詮、
その程度のことでしかない。それぞれの人にとっての物語化の方法がある。
 散歩の最中、頭に浮かぶ雑念を、物語化するとか、旅行に出て、日常に溺れて
 いる自分を見つめ直すのも一人語りの物語化になる。そのためには独りの場が
必要になる。毎日、TVで楽しんでいる映画とドラマも、その物語を経験をして
 いることになる。だから、やみ雲にみないことだが… 著者は、現在進行形の
生老病死」の「老」を‘経験’するために、小説などにある「老い」を訪ねる
 という奇妙な構図の物語なら、面白、可笑しく、哀しく共感する内容である。
 山の麓から見ていた「老い」の雲に、一歩踏み込んだ霧の中で、一日一日、
 「老」と「死」の何たることかを問うている道先案内人の言葉は、重く響き
 わたってくる。還暦、古希を過ぎ、霧は晴れたり、濃霧になったりである。
 前をみれば、日々、人数が減り、横をみれば、バタリバタリと… 
  生きている限りは、他人はお先! である。 
・・・・・・
4388, 「うつ」かもしれない ー3
2013年03月22日(金)           
   * ウツの治療 ー「うつ」かもしれないー
            死に至る病とどう闘うか〜磯部潮著
  ウツ症とウツ病の境は、日常生活に支障をきたすかどうか、軽症か重症かは、
 「死にたくなる度合い」がが目安という。逆にいえば、それだけ苦しいのである。 
 身近にも自死した人が何人かいる。共通しているのは、真面目で、几帳面、感情
は表に出さず、周りの人を思いやる心優しさがある。また、考えに弾力性がなく、
 自分一人に固まっている。 こういう人が暴発すると秋葉原の無差別殺人のよう
 になる。私がウツ病に何で興味があるかというと、人間の原点が、見え隠れする
 かである。人生は生易しくはない。要は難題への対処である。息をつくところが
 ないと、ストレスが蓄積していく。ウツの治療には、「薬事療法」と「認知療法
がある。薬事療法は、医者と相談して症状にあった薬をみつけ最小を前提に治療
すること。それに対し認知療法は、ウツの人の持つマイナス思考、悲観的考え方
を修正するスキルをいう。私は昔から、その類の本を身近において常に手に
取ってきた。その一つに中村天風の一連の「積極一貫」の哲学の本がある。
これは本当によい。 ウツによる歪みが固定化されると、「視野狭窄」に陥り、
 自殺の危険性が出てくる。だから普段より予防剤として、少し気持ちが落ち
込んだとき手にする習慣をつけておくとよい。この本にある、
 「「5つのコラム」も心のコントロールによい。
 1枚の紙に5つのコラム(欄)を作って、何か問題が起きたときの状況や
自分の考えを書き留めていく方法で、頭であれこれ考えるよりも、冷静に
客観的に検討することができる。5つのコラムのうち、(状況、感情、自動思考)
の3つは、自分の「認知のゆがみ」をはっきりとさせるのに役立つ。
あと2つのコラム(別の見方・考え方と最終的な心の変化)を合わせて
書いていくことで、「認知のゆがみ」を直すに役立つ。
  第1コラム 状況(気持ちが落ち込んだり、不安になったときの出来事)
  第2コラム 感情(不安、怒り、悲しみなど))
  第3コラム 自動思考(不快な感情を経験するときに心に浮かんだ考え)
  第4コラム 自動思考とは別の見方・考え方
  第5コラム 最終的な感情と考え(心の変化)
ここで詳細を省くが、ネット検索で「5つのコラム」で調べると、事例が
数多く出てくる。 著者は、日常生活での日々の習慣づけは大変なので、
 第三と、第四だけを頭に思い浮かべるシュミレーションを薦めている。
 書いるうちに自分の思考の癖が見えてくるだけでも効果がある。
 心は荒馬のようなもの、時間と愛情をかけて乗りこなしていくしかない。