閑話小題 ~私にとって平成時代とは…

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    <~まずは平成の時代の政治経済の潮流から~ 2018年、
       日本は「ポスト・グローバリズム」に挑め!田原総一朗>より
   * バブル崩壊グローバル化と情報革命
 1946年1月に誕生、昭和64年まで43年、そして平成を30年を、生きたことになる。
この30年間続いた「平成」とは私にとって、どんな時代だったのか。その概略が
田原総一郎のHPにあった。改元の数年あとに、パソコンなるものが、登場し、
Window95と共に世界に普及してネット社会が現実社会を覆ってしまった本格的
情報社会の到来である。 また神戸・淡路大地震が震災の幕開けになり、千年に
一度といわれる東北大震災が発生し現在に至っている。 世界は世界大戦こそ
なかったが、中東紛争やアフガンなどで戦乱が激化し、トランプの登場に至った。
資本主義を本格的取入れた中国が、この間にアメリカの近づくほどの経済力を
持つに至った。 この30年で、世界は想像を遥かに超えて激変していた。
          
  ~まず<日本は「ポスト・グローバリズム」に挑め!~田原総一郎>より~
≪   * 東西の壁と日本国内のバブル経済の崩壊
  1989年に昭和天皇崩御され、平成の時代が幕を開けた1989年という年は、
 世界的にも様々な出来事が起こり、大転換期にあった。
・その6月に、中国では天安門事件が起こり、
・11月9日にはドイツでベルリンの壁が崩壊。
・その壁崩壊を受けて、12月に米国のブッシュ大統領ソ連ゴルバチョフ
 書記長によるマルタ会談が行われ、米ソ冷戦の終結を宣言。
・日本では不動産バブルがピークに達し、89年12月の日経平均株価は3万8957円を。
 日本の地価はうなぎ登りに上昇し「日本を売れば、米国が買える」と言われた時代。
・その2年後、実際にバブルが崩壊した。100兆円規模の不良債権が発生し、日本は
 「失われた20年」に突入していった。
・その後の日本は長期低迷が続き、深刻なデフレに陥った。デフレから脱却する
 ために打ち出されたのが、安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」である。
・平成の時代を語る上で、もう一つの大きなキーワードは「グローバリズム」。
 80年代、米国のレーガンと英国のサッチャー首相が、あらゆる規制を緩和する
  経済政策を打ち出したいわゆる「レーガノミクス」「サッチャリズム」と呼ばれる。
  当時の首相であった中曽根康弘氏もそれに乗っかり、小さな政府、グローバル化
 規制緩和などを盛り込んだ経済政策を推進した。「新自由主義」と呼ばれる政策。
・時を同じくして、85年にソ連ゴルバチョフ氏が最高指導者となり、
ペレストロイカ」を提唱。それまで堅持していた一党独裁体制を止めるということ
 である。これがソ連崩壊へと繋がってゆく。
ゴルバチョフの登場によって米国は、「どうやらソ連は我々の敵ではなく、真の敵
 は日本ではないか」と考え始めた。当時の日本は、米国に電化製品や自動車を中心
 の多くの製品を輸出していて、米国の対日貿易赤字はどんどん膨らんでいった。
 いわゆる、日米貿易摩擦が深刻化していた。米国は、日本に自由化を強く要求した。
 さらには、対日貿易赤字が膨らむ原因は日本円が安すぎるからだと主張し、1985年
 のプラザ合意で、先進国は協力して為替レートをドル安に進めることに合意した。
・当時の大蔵大臣は竹下登氏である。この時、日本円は1ドル=240円で推移していたが、
 プラザ合意の後はあっという間に150円台まで高騰した。さらに米国は、日本の輸出
 を縮小させるために、「無理矢理でも内需を拡大しろ」と要求。これにより、産業
 構造や政策の在り方を示した「前川リポート」が公表される。内需の拡大や金融の
 自由化、国際通貨価値の安定などが盛り込まれた。こうして強力な内需拡大策が
 進められ、80年代後半にかけて空前のバブルが巻き起こった。同時に中曽根首相が
 進めたのは自由化。国鉄の民営化、電電公社の民営化、売公社の民営化も行われた。
 これが、グローバリズムの始まりである。
   * グローバル化と、無視できない程の歪み
 ヒト・モノ・カネが国境を越えて、世界市場で活動する巨大な潮流である。
 平成という時代は、まさにグローバリズムから始まったと言えるだろう。欧米では
 グローバリズムの歪みが無視できなくなった。ところが、グローバリズムの歪みは
 徐々に無視できなくなってきた。象徴する出来事が、16年11月の米大統領選挙で
 ドナルド・トランプ氏が勝利したこと。あるいは17年6月の英国EU離脱である。 ≫

▼ あらためて振返ってみて隔世の感がある。生命誕生40億年来の革命期と言われる
 時代にあって、バブル崩壊以来、日本は成す術もなく凋落の道を歩んできた。その中、
8年前に事業整理に至ったが、引き時のプログラムも創業時に組み入れていたこともあり、
何と現在に至っている。渦中にあって、この激動に対して鈍感になっていた。当然、
その報いそのままを受けて当然、至極。国家予算の半分が赤字国債に対して、鈍感に
なっている国民と政府。 必ず、そのツケは次の世代に回ってくるのに… 

 

 ~また偶然だが、30年なら、何倍なのでしょうか… 個人HP内検索で30分ほど、
以下の文章を探していたが、それにしても、去年の今日とは、でき過ぎ。何だろう?

・・・・・・
6248,閑話小題 ~10年で100倍、20年で1万倍というが…
2018年04月22日(日)
   * 10年で100倍もコンピューターが進化したというが?
 1年~1年半で2倍の速度の進化が10年も続くと100倍になるが、TV、
PC機能にストレートに進化しないとしても、10倍より遥かに大きな進化を成し
遂げている実感はする。23年前にWindows95が発売され、世界中に普及され、
世界は本格的情報社会に突入をした。コンピュータが小型化され、ノート型
PCなどの携帯化が進み、今では、タブレットPCや、スマートフォンが世界中に
溢れるようになった。 これが1万倍の進化といえるかどうかは疑問だが、
現実社会の上に、ネット社会が覆ったことは事実。
 一昨年の秋口に、東京在住の一まわり年上のカメラマニアの万年青年の
従兄が、4kTVと、4k撮影機能の凄みを、お斎の席で教えてくれた。85歳
だが、進行ガンで、余命数年という。
『この10年のカメラ機器やTV、PCの進化からみて、劇的進化があるはずだが、
それをみてから旅立ちたい』と、切々と訴えていた。そこで、居間と寝室の
寿命に近かったTVを、4kTVに入替えて1年余り経過したが、その凄さに、現時点
になっても新鮮な驚きの日々を過ごしている。 8年前のTVは東芝の多機能TVで、
当初100万のモノが、型落ちで60万に値下ろしたのを購入したもの。しかし、
現在のスマートTVの総合機能は、それより数十倍はアップしている。
年内には360度見渡せるVR機器のゴーグルの中古?を買うつもりだが。これも
カルチャーショックになるだろう。
 その端的に見せつけられるのが、最近のシアターの映像世界。 先日みた
スピルバーグの、『レディ・プレイヤー』は、これまでの映像世界と一線を
画するもの。シアター内で見る映画は、バーチャル世界に没入できる時空間で、
異世界にリアルに誘ってくれるが、そのリアルさが数倍、数十倍、増している。
こう考えればよい。洋風の居酒屋で、酒と魚の味が10数倍ずつ確実に美味しく
なっている。別に毎日通う必要はないが、月に数度は行くだけの価値があると。
デジタル化の進歩は、生世界のリアルさを大いに増してくれる。その価値を、
合理的に日常に取入れない手はない。
・・・・・・
5151,知の逆転 ~⑨
2015年04月22日(水)
           ー知の逆転ー  対談相手 オリバー・サックス
   * 人間特有の能力とは
 人間特有の能力とは、「文法」と「読む能力」という説。これは50年近くの
読書習慣と、一日一文章の作成から実感するが、少年期に読書週間がなかった
ことがハンデになって現在に至っている。それでも、読書習慣で助けられた。
文法こそが、多くの意味をもたらすが、技量をつけるには量をこなすしかない。
≪ ・多くの動物や猿が、40もの異なる危険を知らせる音を持っていること
 が知られていますが、これらはどちらかというと記号のようなものです。
人間の言語では、チョムスキーの言うような意味での「文法」というものが
不可欠になります。文法こそが言語に限りなく多くの意味というものを生み出す
ことを可能にし、言語をクリエイティブなものにします。単に情報交換を目的と
したコミュニケーションのためだけでなく、われわれ自身そのものを表現する
手段としての言語というのは、人間に特有のものでしょう。
音楽もそうです。録音機を持って50万年前に戻れたらいいのですが。
・言語の一側面である「読む能力」というものは、強力で人間に特有なもの。
しかしこの能力は進化の直接の産物ではありません。環境の視覚認識のために
使われていた能力を利用したものです。類人猿では個々の記号を認識するところ
まではできても、テキストを読むというのは無理で、これは人類に固有の能力で
あろうと思います。この能力は、限られた知能しかない場合も含め、おしなべて
人類に共通する能力なのです。 ~p153 ≫
▼ これを人間の能力にも言えること。その力量に比例して「文法」と
「読む能力」が身についていく。「文法」は、話す能力、書く能力。
「読む能力」は、相手の、社会の発信する知識・情報を受止める能力になる。
14年間、これを続けてきたのは、この努力の効果と、その蓄積からくる醗酵の
効果が実感できるため。 ネットによる「文法」の意味とは、<広義の文法は
言語能力であると考え、音声や意味から独立した自律的 な構造を想定し、
それを特に文法と呼んでいる。> 言語能力こそ人間たる思考能力になる。
読め読め読め、聞け聞け聞け、書け書け書け、そして黙れ!ということか。
・・・・・・
4419, この結果に感謝している!
2013年04月22日(月)
 一昨年の倒産劇から数ヶ月あたりから、
「この結末が私の人生にとってベスト?」という思いが心の片隅に生じていた。
他人に言うべきことでもないし、失業させてしまった社員や役員に対しても、
こんなことは口が裂けてもいえないこと。2001年の9・11テロ以来、10年間、
右下がり傾向が続き、リーマンショックで売上げが三分の一まで落ち込んでいた。
経営は死に体に近づき、真剣に止め時を探っていた矢先の東北大震災。もう駄目!
と早めの決断をした。その事業物件の買手が直ぐに見つかり、同じホテル名で
新経営者の下で現在、営業が続いている。一般債権もほぼゼロで、金融債権以外
は思惑通りの清算ができた。会社借り入れの個人保証もあって普通なら個人破産
しかないが、物件の処分が順調だったこともあり、何とか破産なしの無傷で
済ますつもり。担保に入っていた自宅も、家内が買い取ることで確保。 何とか
今までとおり生活をしている。 順調に誰かに経営を渡すのと、この結果の
どちらが良かったか、勿論、前者と思うが、こと私の人生という面からみると、
この方が良かったとも考えられる。 全てがベストに動いてきたから、人類も、
自分もいる。 先日の高校の同級会で、半年前に老舗の会社を倒産させた人が
隣でシミジミと、「この結果で終わったことに感謝している。こんな気持ちに
なるとは思ってなかった」と、現在の私の心情と同じことを、そのまま語り
かけてきた。 これは実際に経験した者でしか言えない言葉。無念で、情けない
自分と、周囲の好奇の視線の中、独りで日々、悶えた結果、この現実をそのまま
受け入れるしかない中で、実はこれがベストの結果だと気づく。「この苦しみを
与えているのは、神(自然)が、何かの意味を気づかせようとしているのでは
ないか」という、フランクルの問いかけである。その時に自然に出てきたのは、
「この経験で私は、やっと半人前になったが、貴方は以前の不幸分を加えると、
半人前から一人前になった」で、ある。互いの心奥の葛藤と、その思いは同じ。
過去を振り返ると、何度かのどん底の青春期の日々にこそ、人生の味があった。
思い出すのは絶頂の浮かれていた日々でなく、瀬戸際で呆然と過ごしていた
日々である。あの時、何かが変わろうとしていた。それと同じ心情が、
「この結果(状況)に感謝!」の言葉に集約されている。底に下りてしまえば、
不安感など消滅。結果を素直に受け入れれば、そのまま安心立命の境地に到達
できるのが人生。実際に倒れ、孤立し、そこで人生を俯瞰すると、全く違う
目線を得ることが出来る。その視線から、これまでの人生を振り返ると、
何とつまらない自分が見えてくる。だから、「この結果に感謝している!」
の言葉になる。なかなか人生は味があり、面白い。
それを味わうのが、これからの人生。 
・・・・・・
4045, 末っ子はつらい ー3
2012年04月22日(日)
 私は10人家族の末っ子。 家が商家だったので誰も自分のことで手一杯、
互いのプライベートを見せないのが暗黙のルール。4~10歳までは1Fが店舗、
2Fが倉庫と事務所、3Fが住居、4Fには住込みの女子従業員7~8人が住む。 
食事は、何時も従業員と一緒。 小学校5年になって、7~8分離れたところに
住居部分が移動した。雑然とした商家では独りで遊ぶしかなかった。末っ子は
親の目が行き届かない分、姉や兄の虐めから自らを守らなければならなく、常に
周囲の顔色を窺がう性格になっていた。特に父親が店と家族と親戚を束ねていた
絶対的存在で、父に媚びるのが効果的であるのを知っていた。そのため?末っ子
の私に甘かった。数年前、新幹線の乗客の会話で、「私は多人数兄弟の末っ子で、
常に親や兄弟から許されてきた。それが今でも直らず、失敗をしても許される
だろうという思い込みの性格が身について、大きな壁になっている」というのを
聞いて、「まさに自分そのもの!」と、驚いたことがあった。家族間では絶対に
互いの陰口はタブーで、兄や姉が他人の噂話をしたのを殆んど聞いたことがない。 
児童心理学では、家族は5人以上が必要という。一人っ子は同年代の心の内を知る
機会が少なく、孤独になりがちになる。 さらに親のかまい過ぎと、兄弟がいない
ため自己中心になってしまう。 家族の立ち位置で、性格が形成されるのは自然
の摂理。数年先が、それぞれの姉、兄の姿から見え、学ぶことが多い。
7歳年上の姉が勉強の仕方とか、自分の夢をイメージ化する重要性などを、
節目ごとに教えてくれた。ある意味で、一番、世話になった人である。末っ子は、
末っ子の欠点と利点がある。冷静にみて、やはり大家族は利点が多い。  
両親の要素もあるが。
  * 末っ子はつらい ー2 2002/05/08
 末っ子は辛いと、姉が聞いたら、「なにをいっているか!」と怒鳴られそうだ。
「両親に、兄姉にみんなに可愛がられて!」と。確かにそうだ。特に両親にとって、
ペットみたいな存在で、亡くなる時もしかり、傍にいた。そして遺言も財産に
関しても、不利にならないようにして亡くなった。 家は両親が死ぬまで常に
お手伝いがいて何時もチヤホヤされてきた。末っ子の特権を充分享受した。 
それと大家族は逆に孤独に強くなる。一人でいつも遊んでいた。後年になって
長姉がいうには、いつも一人で三輪車で遊んでいたとか。今も一人遊びが好きだ。
ノイローゼになる人は一人遊びの出来ない人。 幼児期・少年期は事業の立ち
上げ時で非常に刺激的な環境。 そういう意味で「三つ子の魂百までも」である。
それぞれの性格はその時代の背景と、血液型と家族関係と両親の年齢などによって、
微妙に変わってくる。 長男には長男の立場、末娘ならその立場で決まってくる。 
すぐ上の兄は、私の影的存在で?大人しい性格。「積み木崩し」というタレント
手記があった。長女、次女の次に男が生まれると、その次女がひねて非行に走る
ケースが多いという。  兄妹の立ち位置で、性格が決められる。
  * 末っ子はつらい ー1 2002/05/07
 8人兄弟の末っ子である立場の自分を書いてみる。少年期まで、末っ子は
上からの虐めがきつい。特にすぐ上の兄のそれがきつい。常に気を張って
いなくてはならないのがその宿命。食事も早く食べないと食べ分がなくなる為、
早食いが癖になっていた。多くの兄弟で育った末っ子は社長に向いているそうだ。 
他人の気持ちを読む習性が、それに向くのだろう。それと結婚の相手は長女が
いいとも最近聞いた。たまたま家内がそうだった。そういえば過去に惹かれた
女性は長女で、A 型で、おっとりタイプが多かった。また末っ子は口が堅くなく
てはならない。立場上、それぞれの兄姉の秘密を知る機会が多い。しかし万一
告げ口をしたら、袋たたきにあってしまう。家族はまず出会う初めての社会。
・・・・・・
4786,自分の頭で考えるための哲学講義
2014年04月22日(火)
         「道徳」を疑え! ~自分の頭で考えるための哲学講義~
  * 価値教育とは?
 20歳から30歳までは、変化の連続になる。社会人、結婚、早ければ父親、
と、色いろと変化をしていく。そして、年々、就職先、結婚相手の選定など、
人生を大きく左右する決断が突きつけられる。その中で、大きは危機が
体質の変化時の24歳頃にやってくる。それが人生の大きな分岐点になる。
ここで悩み、基礎を固めておかないと、長い実社会の中で、大きな落とし穴
に落ち込んでしまう。精神的には鬱病、分裂症など。社会的には突然の失業
とか大病とか・・ そこで直面するのが、人生の意味と、価値感である。
その辺りを「アメリカ道徳教育からわかること」の小項目で取り上げている。
   ーまずは、その辺りを抜粋するー
《 価値教育とは、子どもの全人的尊重と、その自主的な全人的な働きによる
 価値の明確化を援助する方式をとる。従って確定した知識を権威として教師
中心に教え込む指導方式とは根本的に違う。・・ アメリカの教育学には、
二つの大きな流れとして本質主義進歩主義がある。
・前者は、歴史の試練に耐えてきた文化遺産の教育的価値を重視し、学校には
それを次世代に伝達するという、社会から依託された任務があることを強調
するのに対して、
・後者は、子どもの興味・関心・成長欲求を受けとめ、自発性・主体性を尊重
して活動意欲を引き出すことを重視する」と。 そして、本質主義に基づき
価値の伝達に主眼を置く教育が、価値の押しつけにすぎないとして批判される
につれ、進歩主義に基づいて子どもの価値表現や価値判断を重視する教育が
主張されるようになったといいます。そして現在では、両者の統合が課題に
なっているそうです。私が注目したいのは、もちろん後者です。
つまり、子どもたちの価値判断を重視する進歩主義的な教育です。たとえば、
ラス、ハーミン、サイモンらが『道徳教育の革新』のなかで主張した
「価値の明確化」という概念があります。彼らは、すべての人が同じ価値観
をもつことはないという前提のもと、それぞれの人が自分なりの価値観を
確立する手法を明確化しようとしました。 それが次の7つのステップです。
選択すること:①自由に選択する ②複数の選択肢の中から選択する、
     ③各々の選択肢の結果についての十分な考慮の後で選択すること
尊重すること:④尊重し、大切にする、⑤肯定すること、
行為すること:⑥選択に基づいて行為すること、⑦繰り返すこと。
 これらの七つを満たしたものを「価値」と呼ぶそうです。 》
▼ アメリカ的価値観が、そのまま現れ出ている。「神の前で、それぞれが
 経典に従い、自主独立で、前向きに生きなさい」という事だが、更にマトメル
と、【自由に、複数の選択肢の中で、充分考慮した上に、大切に、肯定的に、
選択した行為を、繰り返すこと、を満たしたのが『価値』】ということになる。 
価値観は、それぞれの年齢で変転していくため、人生は、何時も学び続け
なければならないことになる。まずは両親など家族からの価値観から脱皮する
には、この7つのステップは有効にはたらくだろう! そのためには、教養が
必要条件になる!三年前の【3679, 自己を見つめる-6 2011年04月22日
「自己を見つめる 」渡邊二郎 (著) 】が、続きになる!

閑話小題 ~あと数日で「平成」が終わり「令和」に

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   * 行きつけのスナック二軒が廃業
 あと10日もしないうちに、「平成」から『令和』に改元される。この影響は、
思いの外に大きくなる? 先日の中学校の同期会で知ったのが、この二次会で
行きつけのスナックが二軒とも直近に廃業したとか。両店とも40年以上の老舗。
 同世代のママさんが営業していたが… 何か不景気風な感じだった。 
<平成も終わりを…「止めるに年号変更を区切り」>と考えるのは至極当然。 
同年代の客層のリタイアが主原因だが、年齢を重ねる度に飲む機会は減ってる。
<75歳を過ぎると活動範囲が狭まるため、金がかからないってさ!>と聞いて
いたが… 改元は、様ざまなカタチで私たちの決断を促す。 明日から数回、
「平成って、何だったのだろう?」をショートショート風に書いてみようか。
 平成は1989年~現在(平成元年~ 現在) 昭和64年。 私は43歳。
 ―
   * シネマ・ 「シャザム」
 子ども向きで、ドツキ漫才的だが、何かしら笑えて面白い。閉ざされた肉体と
精神を解放させて欲い欲求を、キセズして与えられた力で悪を対峙するところが、
最近のハリウッド映画の特徴。
≪ 解説:「スーパーマン」や「バットマン」と同じDCコミックスのヒーロー
「シャザム」を映画化。見た目は大人だが中身は子どもという異色のヒーローの
活躍を、独特のユーモアを交えて描く。ある日、謎の魔術師からスーパーパワー
を与えられた少年ビリーは、「S=ソロモンの知力」「H=ヘラクラスの強さ」
「A=アトラスのスタミナ」「Z=ゼウスのパワー」「A=アキレスの勇気」
「M=マーキューリーの飛行力」という6つの力をあわせもつヒーロー「シャザム
(SHAZAM)」に変身できるようになる。筋骨隆々で稲妻を発することができるが、
外見は中年のシャザムに変身したビリーは、悪友のフレディと一緒にスーパーマン
顔負けの力をあちこちで試してまわり、稲妻パワーをスマホの充電に使ってみる
など悪ノリ全開で遊んでいた。しかし、そんなビリーの前に、魔法の力を狙う
科学者Dr.シヴァナが現れ、フレディがさらわれてしまう。
 遊んでいる場合ではないと気付いたビリーは、ヒーローらしく戦うことを決意
するが……。シャザム役はTVシリーズ「CHUCK チャック」のザカリー・リーバイ、
監督は「アナベル 死霊人形の誕生」のデビッド・F・サンドバーグ。 ≫

▼ 人生を重なるということは、それも晩年に近づくにつれ、心の中に、幾つか
 の失われた過去の廃墟を持つもの。それらは、心の奥に鬱憤として抑圧され、
解放を待っている。その解放をする物語が観客の絶対的ニーズ。老いること自体
が、死に至る病。そのまま放っておくと、その病は重症化していく。 最近では、
TV映画、ドラマが、その役割を果たしている。 そこに更にダメ押しで… 
成るほど、彼方此方が痛くなり、腰は前屈みになり、夜半、過去の廃墟の記憶が
甘辛いフラッシュとして飛び出てくる。 +-3対1にコントロールをしていても。
充実感が足りない人生。それも世間的視野のみの、他者との比較しか持ちえない
人たちにとって、それは返り矢として己に向かってくる。そして「死霊」化する。
映画では、束の間のシャザムの私が、死霊を退治する。成るほどスッキリする訳だ。

・・・・・・
6247,閑話小題 ~工学博士の幸福論とは
2018年04月21日(土)
       『ロボットだって心を持てる 達人対談
          前野隆司vs・ビートたけし新潮45:2017・10月号』
   * 「意識』はすべて「錯覚」というけれど…
図書館から数ヶ月前の‘新潮45’を借りてきて流し読みをし、ここでテーマ
として取り上げること屡々。たけしとロボット博士の幸福論が面白い。
 <ありがとうと感謝の念をもって、ありのままで、やってみよう。
そうすれば、なんとかなる。その積み重ねが、幸せをもたらす!>
 これは、創業の基本理念にもつながる。 幸せな人とは、
《夢や希望や強みを持ち、つながりと感謝を持ち、前向きかつ楽観的に、
自分らしく生きる人。あるいは自分を信じ、他人を信じて生きている人》になる。
    ~要所を抜粋~
≪ たけし: ロボットに心を持たせるにどうしたらよいか研究や考察をしたら、
 人間には主体的な意識はなく、無意識が決めたことを追認する「受動意識」
 しかないという仮説を唱えているという。…
前野: …その「受動意識仮説」とは、私たちは嬉しいとか悲しいとか、この
  ギャグを言おうかとか、意思で決めているような気でいるが、それは全て
 無意識のうちの処理が先にあって、その結果にすぎないということ。
 私たちは自由意志があるようにような気がするけれど、自由意志などは本当は
 ない。脳の背後で動いているプログラムがあって、それが出した結果を自分が
 やっているように錯覚しているにすぎないというのが、「受動意識仮説」です。
 例えば、「コーヒーを飲もう」と決める。自分がコーヒーを飲もうと決めた
 気がするけれど、本当は脳の中に小人がたくさんいて、それらが、色いろ
 検討をして決めた結果を自分が決めたように感じている。
前野: だいたいコンピューターは10年で100倍、20年で一万倍賢くなる。
 何十年後には人間の頭脳を超えてしまう。幸せな人は、利他的で、性格が
 良いという結果が出ている。ロボットが賢かったら、幸せになりたいと思う
 じゃないですか。幸せになるためには良い人でなければいけないと気付くから、
 嫌な奴にならないと思うんです。
たけし: 先生の幸せの研究は、人々がどのようなときに幸せを感じるかの
 アンケートをとって、その中から要因を取りだして、共通要素を分析して
 いく手法ですよね。
前野: 幸せの4つの因子とそれを現す言葉として、
  やってみよう:自己実現と成長の因子
  ありがとう :つながりと感謝の因子
  なんとかなる:前向きと楽観の因子
  ありのままに:独立と自分らしさの因子があります。
たけし: なぜ人は生きているのか? この世を風呂屋に例えると、
  いい温度の風呂につかっていることが幸せ」だとすれば、熱すぎず、
  温すぎない丁度いい温度に水で薄める努力をしないとね。
前野: 何故生きるかという問いに対し、西洋では神の存在を説いて、
  天国に行くために生きるということになる。ところが仏教では、
  「欲は本当はない」と説く。何のためにいきる、といった目的は徹底的に
  ないと説きます。…私の考えは仏教徒と同じ。「人には全く自由意志がない。
  要するに、自分が感じている欲もないし、生きる意味もない本当はない。
  自分が感じているものは全て脳がつくり出した錯覚にすぎない。何もないん
  だから、幸せに生きた方がいいんじゃないか。風呂の話と同じで、何で
  風呂に入るか分からないけど、どうせ入るならあ適温がいい。だから、
  最近やってるのが幸福学なんです。でも、なぜ生きるかとなると決定的
  理由は見つかりません。
たけし: 「阿波踊り」じゃないけど、「同じバカなら、踊らにゃ損、損」と。
――
▼ 「ムーアの法則からして、コンピュータは10年で100倍、20年で一万倍、
賢くなるが、実生活で、スマートフォンタブレットPCの進化からして、
決してオーバーと思えない。20年前といえば私が52歳の頃に、中高生時代の
同級生が数人、亡くなったが、生き残った身として、一万倍の
コンピューター社会の進化を目の当たりに出来た実感は、あまりに大きい。
勿体ない!である。
 成るほど、中村天風の説く「積極一貫」の精神こそ、幸せをもたらしてくれる。
同じ人生、踊らな損だよ。元幕臣でありながら、新政府に仕えたことなどを
「痩我慢の説」で批判した、福沢諭吉に対して、勝海舟が答えた言葉
「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存じ候。」
幸せも同じ。意味も何もありゃしない。まず、やってみて、それを楽しむこと。
 ・・・・・・
4418, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー7
2013年04月21日(日)                
 * 幸福とは何か ー大富豪とマサイ族   
        「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲
 幸福とお金の関係は、なかなか難しい。幸福の必要条件の一つにお金があるが、
十分条件では決してない。その辺りを、以下で大富豪とマサイ族を比較して
分かりやすく説明している。
≪ アメリカでは一九八○年代から、幸福を心理学的に計測するという試みが
 行なわれている。これは厳密に科学的なものではないが、様々な調査によって、
統計的にほぼ同一の傾向を確認できる(大石繁宏著『幸せを科学する』)。 
ある調査によれば、人生の満足度を七点満点とすると、アメリカのビジネス誌
『フォーブス』に載った大富豪たちの満足度の平均は五・八だった。彼らは
資本主義社会の頂点に立つ成功者で、豪邸やプライベートジェットなど望む
ものはなんでも手に入れることのできるひとたちだ。 アフリカのマサイ族は、
ケニアタンザニアに住む半遊牧民で、必要最小限のものしかない貧しい暮し
をしている。同じ調査で、彼らの人生の満足度は五・四だった。目の眩むような
大金は、ひとをたった○・四ポイントしか幸福にはしてくれないのだ。
もちろんこれには様々な解釈が可能だが、大富豪がマサイ族の村に行ったと
したら幸福だと思うだろう。マサイ族の若者がニューヨークを訪れれば、
極貧と不幸に打ちのめされるかもしれない。幸福感は相対的なものだからだ。
マサイ族が幸福なのは、家族や仲間との強い絆(愛情空間と友情空間)のなかで
暮らしているからだ。それに対して貨幣空間の成功者である大富豪は、
その成功ゆえに愛情や友情から切り離されて幸福を感じられなくなる。 
 でも彼の人生は、まだマシな方だ。この調査によれば、世界でもっとも
不幸なのはロサンゼルスなどの大都市で生きているホームレスだ。
彼ら貨幣空間の敗残者は富も人間関係もすべて失ってしまい、自分たちより
過酷な生活をしているインドのスラム街の人たちよりはるかに幸福度が低い。
もっともこれは、それほど奇異な結果ではないだろう。お金が幸福の必要条件
ではあっても、十分条件でないことは誰だって知っている。ぼくたちがお金に
こだわるのは、それが「安心」「安全」という大切な価値と結びついているから。
ヒトはずっと不安のなかで生きてきたから、安心を得ることは幸福の大事な条件
のひとつだ。そして市場経済においては、この安心はお金で買うしかない。
日本国の財政が未曾有の赤字に陥り、少子高齢化で年金制度が破綻必至になった
ことで、この国を重苦しい不安が覆っている。老後を国家からの年金に頼って
いたひとが、安心を奪われてしまったのだ。 でも単純な経済問題だから、
お金により解決できる。財政破綻で年金の大幅減が実行されても、宝くじで
一億円当たったら、どうだってよいと思うだろう。(当たらないと思うが) 
幸福のためにお金を求めるのは、きわめて合理的な行動。ところが皮肉なこと
に、宝くじの当せん者を追跡調査をすると、実はあまり幸福のなっていない。
買物や豪遊で賞金を使い果たすころには、自分には何も残ってないことに
気づくのだ。 ・・・ ≫
▼ ー我われがお金に拘るのは、「安心」「安全」という価値に結びついて
 いるためーというのは分かる。ならば、日本は世界一の「安全」で、「安心」
して暮らせる国で、万一のことがあっても、生活保護がある。しかし自殺は
先進国の中でトップクラスにあるし、国民は幸せそうでない。何故なら国の
先行きが見えないためである。先行きなど、かつても見えなかった。
中途半端な幸せを長年続けてきた結果、激変の最中、動揺しているのである。
東北大震災から数ヶ月後、アフリカの難民をよびよせ、被災民の状況を見て
もらったが、殆どコメントをしないで帰った。彼らにしたら何をか言わんである。
豊かさの中の極貧生活が不幸の最たる状態であるのは、大都市のホームレスを
見れば分かる。今や夫婦間資産格差が出来た私など、不幸の最たるもの?
でも不幸感はない。「不安感」が最小に縮んだからだ。先行きの不安感は、
今が不安定だと生じ、蓄積していく。着地をした現在、今さら「不安」
など感じようもない。
・・・・・・
4044, 一時停止 ー4
2012年04月21日(土)
         「一時停止」 谷川俊太郎ー自選散文ー1955~2010
  * 他人との出会い
≪ 肉体的な成長だけで子どもがおとなになれるわけではない。肉体的な成長
に精神的成長が伴わなければ、人間はおとなになれない。その精神的成長とは
どういうものか、知識が増えること、感情が豊かになること、経験を積むこと、
考える力が増すことーいろいろな面から考えることが可能だろうが、そのどれも
が結局は<個>の自分の確立ということにむすびついていることに気づく。
 群棲動物である人間は、ひとりで生きてゆくことができない。そこから
私たちは複雑な社会的構造を生み出し、〈個〉は常に自分と同等な〈個〉、
すなわち〈他〉との関係において生きてゆく。〈個〉の確立とは自我の拡張と
同時にその制限をも意味している。言葉をかえると、他人と出会ことによって、
子どもはおとなへと成長してゆくと言うこともできるのではないだろうか。
もしそんなふうに言えるとしたら、私にとって初めての他人との出会いは、
いったいいつのことだつたのだろうと考えることがある。もちろん人間にとって
最初の他人とは母親であると言うこともできるかもしれない。しかし、ほとんど
の子どもにおいては、母親は自分自身の延長のような存在であり、母親を他人
として意識しはじめるのは、むしろ彼がおとなになってからだろうと思う。
似たようなことは他の身内・家族などについても程度の差はあるが、おおむね
あてはまるだろう。 ≫
▼ 学校時代は、進学する度に変わる同級生が、他者を考える上に分かりやすい。
 その時の面々が、その時の自らの分である。それは、自分の広がりでもある。
それが他人との出会いである。その範囲が広がれば広がるほど、その冷たさと
暖かさの差が大きくなる。その段差が、人間を成長させるのである。逆に言えば、
その段差が少ないと、成長が逆行していくことになる。自分を意識する前に
見知らぬものとの出会いがある。その境目が増えるにしたがって、己との枠が
でき、それが自分になる。それぞれの時代の相手の中に、自分の姿が合わせ鏡
となり、自分の姿の一部を垣間見ることになる。
 ・・・・・・
3678, 自己を見つめる -5
2011年04月21日(木)
  「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
  ー 境遇 ー
【人生においては、私たちは、それぞれの境遇で、様々な経験をしながら、
 自己自身の人生の有意義性を目指して、日々努力を重ね、永い人生行路の
 過程を踏み、自己の歴史が築かれてゆく。人生とは、そうした各自の時間的
 歴史的な行程であり、多様な諸経験を重ねてゆく遍歴の旅路である。
 人生は、しばしば、旅だと言われ、西洋でも、人間とは「ホモ・ヴィアトール
 (旅する人)」だと語られる。しかし、そのような遍歴の旅とは、いったい何で
 あろうか。とりわけ、多様な諸経験を経巡ってゆくということのなかに
 籠められている大事な眼目は、いったいどこにあるのだろうか。・・
  遍歴の労苦を通じてのみ、私たちの人格の花は、大きく咲き出るのである。
 格言に言われるように、可愛い子供には旅をさせねばならず、異境に出て、
 他流試合に揉まれ、異他的なものとの交流もしくは対決を経巡ってのみ初めて、
 私たちの人格は、大きく実るのである。そうした切磋琢磨と、人格的遍歴の
 過程を、すべての人が、互いに、愛の思いと暖かい心とを込めて見守らねば。
 こうして、人間的振幅や試行錯誤のすべてを受け容れ、また赦すところの、
 裏切ることのない、誠実な追憶の魂もしくは心のなかに、それらの歩みの
 すべてを銘記し、それらを、過ぎ去りゆくことのない、不滅で、貴重な人間的
 経験の全体として、共同でいたわり、保持しようとすることこそが、あらゆる
 人間にとっての、最も崇高な、道徳的かつ人格的な相互的責務であると思う。】
▼ 神話は、まさに異境に出て行って、辛苦の中で勝利し帰還する物語が原型
 である。それは、自分の魂にとっても同じこと。異質なものとの出会い、
そして邂逅のプロセスを通して自己が深まり、広がっていく。ここでも「異境に
出て、他流試合に揉まれ、異他的なものとの交流もしくは対決を経巡ってのみ
初めて、私たちの人格は、大きく実る」現実の世間的価値観の中では、人格は
大きく実らないことは周辺を見れば良く分かること。更にいえば、自己とは
異質なものとの出会いと邂逅の中にこそ存在する。
・・・・・・
5150,知の逆転 ~⑧
2015年04月21日(火)
         ー知の逆転ー 対談相手 オリバー・サックス
   * 没頭している「平和の時間」こそが
 午前中、4~5時間、仏間にある書斎コーナーで、本を読んだり、パソコン
に向かっているが、その時間はアットという間に過ぎてしまう。集中している
ためだろう。ネガティブになりがちな身の上?に、老齢化が重なっているため、
落込みへの解毒剤になっている。冬場を除いて、朝方の自転車散歩も加えて、
何とかポジティブ3にネガティブ1の比率を維持している。
 ここで、<没頭している「平和の時間」が、最も望ましい>というが・・
この随想日記の習慣の効用である。没頭には、長年の継続が必要である。
 ーその箇所を抜粋ー p149 
≪ ・・私自身も、書き物をしたり考えたりすることに没頭しているとき、
 あるいはピアノを弾ひたいたり音楽に浸っているとき、神経症うつ病
消えて、時間というものを意識しないで平和な時を過ごすことができます。
われわれは誰もがそういう時間を必要としているのです。フロイト精神分析
では、楽しいことに没頭しているときの平和な時間という部分が看過されて
いると思います。彼の精神分析では、生は緊張として捉えられ、緊張が解ける
と何もない状態になると解釈されているわけです。しかし、ポジティブな
平和な時間というものは芸術や科学の基盤であり、最も望ましい状態では
ないでしょうか。≫
▼ 「平和の時間」は、外界の喧騒から隔絶出来て、気持ちが集中、脳も、
 心もシンプルでいられる。週一のシネマも、ポタリング(自転車散歩)も
「平和の時間」。リタイア直後に立てたプログラムは、まず、ストレスによる
自己崩壊を避けるためだったが、結果として「平和の時間」の維持の効用に
なっていた。今までは会社の維持に向けられたエネルギーが、「平和の時間」
に向けられるから、悪いわけがないが、だがストレスは生半端ではない。
それが当り前だが! 知恵を使って、見方、支点を変えれば、逆境さま様!
ものは考えよう、面白いもの。 偶然だが、以下の内容が、丁度良く続く。
・・・・・・
5880,世界がもし100人の村だったら お金篇 ~2
2017年04月21日(金)
   『世界がもし100人の村だったら お金篇
         ~たった1人の大金持ちと50人の貧しい村人たち 』
              池田 香代子 (著), C.ダグラス・ラミス (著)
 21世紀の初年度が始まった2001年の9・11テロかで時世界が様変りをした。
ユダヤキリスト教イスラム教の対立の鮮明化である。これに中国の躍進と、
時代かかった北朝鮮が絡んだ複雑な様相が現在時点である。その結果、強者は
より強く、弱者はより搾り取られる様相になっている。当然、お金のない国家
対金持国家の対立が浮き彫りになっている。北朝鮮アメリカ、欧州対中東、
中東の内乱、IS国家の設立がテロなどを誘因する原因となっている。
 それそのままが、以下の数値で物語っている。
≪ ・2000年、世界のGDPは、ドルになおすと33兆ドル
   2015年は 73兆ドル。増えた富は、一番豊かな人びとの元に貯まった。
 ・世界を100人の村に例えると、世界の富のうち
   49%は、1人のいちばんの大金持のもとに
   39%は、9人のお金持ちのもとに、
   11%は、40人の、わりと豊かな人のもとに貯まりました。
  50人の貧しい人のもとにあるのは、たった1%です。
 100人の村では1人の大金持ちの富と99人の富がだいたい同じです。

・インターネットを使う人は28億人増えて 32億人。大よそ10倍に。
・中国では自家用車が300万台から1億2400万台に増えた。40倍である。
・世界の通貨、その国だけでなく、世界中で使われている。
  44%がアメリカドル
  16%がユーロ
  11%が日本円
  6%がイギリスポンド
  3%がオーストラリアドル
・世界の株の値打ちは、この15年で二倍近く増え、もうすぐに
 世界のGDPと同じになります。 ≫
――
▼ 21世紀は、ネット環境が進化し、世界の半数近くが、情報端末を
 持つようになった。今まで権力の乱用は、ネット上で一瞬で表沙汰になり、
権力者は、その座を追われる時代でもある。チャンスとリスクは裏腹だが、
そのバックグランドが、地域社会、国家内から世界に広がってしまった。
しかし、その基盤ルールのコントロールが、全くできてない。あるのは、
「弱肉強食」のルールのみ。そしてテロを含めた新たな戦い。

閑話小題 ~ユニクロのレジ清算がセルフ化だってさ

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    * ノートルダム寺院の火災
 まさか、石造りのノートルダム寺院の炎上するのを目撃しようとは?
テロではなさそうだが、それでも少しは疑念が残る。毎週のように反政府デモと、
奪略がTVニュースで流される最中であるから…。暴徒の放火なら、宗教戦争
幕開けになるところ。事実かどうかは別だが、既に1000億円規模の寄付の表明が
寄せられているとか? ノートルダムとは、「聖マリア」を意味して、同名の
寺院が各地に点在している。 現在の世界の混乱の根は宗教戦争
 ―
    * 長岡高校の太鼓の音
 この時節に、1km先の長岡高校体育館から、応援歌と、太鼓の音が聞こえてくる。
一年生が15~6歳とすると、1961年当時は58年前になる。その嫌だったこと、この上
なかった記憶が思いだされる。 小さな声だったり、間違えると、丸めた新聞紙で
身体を殴りつける。 中学時も似たようなドヤス応援練習があった。
 ―
    * 市会議員の選挙ですか?
 県会議員選が終わったばかりなのに、市会議員選挙が明日ある。誰にするかは
決めてないが… 市会議員で当選するのも大変なようだ。議員の年収が800万と
いうから、公務員並みの収入。年次よりアップをしていくのだろうが… 
ちなみに親戚に元市長がいたが、30年前で、年金額が月・70万は多い? 。
 ―
    * ユニクロのレジ清算がセルフ化だってさ
 近くのSC内のユニクロがセルフ化を始めたとか。今日にでもスポーツジムの帰り
に寄ってみるつもりだが、「ついに御前まで」の驚き。 月に2回は通う「回らない
回転寿司」の受け付けは、ソニーのロボット。 慣れてしまえば、気楽で良い。
 シネマ館もセルフチケット販売機。でも、なかなか、人は並ばない。
最近、以前、通っていた地元のチェーンが倒産した。全国チェーンへの対処の戦略に
客単価を上げる対処の失敗だったが、セルフ化も中途半端。
 数年前から海外ツアーの飛行機の席がネット予約になった。 更に入国審査が
セルフ化。パスポートを指定された個所に押し当て、顔をカメラの前に突き出す。
まだ日本なら戸惑いは少ないが、パリ、ローマなどでは戸惑いは大きい。
この人手不足は、スーパー、コンビニ、居酒屋のセルフ化を推し進めている。

・・・・・・
6246,閑話小題 ~つれづれに、危ない話
2018年04月20日(金)

 県知事の辞職、仕方がないのだろうが、気の毒といえば気の毒である。
何故に援助交際の相手が週刊誌にリークしたか大きな問題が残る。
詳細は知らないが、デリヘル慶大生、仕事?が仕事だけに、ブラックの
背景があると思うのは誰も同じ。金目的なら、百万円のロットだろう… 
当然、逆リークをされ、一生を棒にふることになるリスクが大きい。
先日のテーマで、学資目的のデリヘル女子大生の事例を取上げたが。
日払いなら援助交際、月払いなら愛人契約になる。としても、脇が甘い。
ブラックの世界は、恐ろしい魑魅魍魎の闇が広がっている。人生は独り旅、
誰ひとり自分を守ってはくれない。吾身のリスク管理がベースになくては…。

 一昔前なら、高級クラブがあって、容姿で、3,5,10万クラスの値があり、
便利に遊べたシスタムがあったようだ。いや、現在も同じ? ビフォア―、
アフター?代の支払いは、賞与の中に組込まれている? システム。
常連ともなれば、暗黙裡に?… その辺の浄化システムを抜くと、こういう
災難で一生を棒にふってしまう典型の事例というところ。

 社会に出てから50年以上経過するが、一度も、こういうトラブルを経験
したことがない。当然のことだが。「援助交際などもっての外!」。
幼児頃から父親の世間話で、様々な危いケースを聞き知っていたこともある。
「君子、危うきに近寄らず」が基本中の基本。その際どい辺りが面白いが、
何となく客種の見極めの勘が働く。他に履いて捨てるほど面白いことがある。

 何処かの居酒屋のオヤジが、「誰も口先では、そういうけどね!…」だが、
本能的に危ない相手や、飲み屋に近づかない。高い店ほど、若くて綺麗な
アルバイト・ホステスを揃える。 そこには生粋のプロと、学資などを稼ぐ
ために、割切ってくるアルバイトがいて、競わせる。 で、マスターか、
ママが、「あの子は、3万なら口説けるよ」と、何気なく裏情報を教える。
女好きな知人に聞いた話が、「3万ならと、遊んだところ、エイズに…。
ところが愛人の女子事務員に感染させたらしいが、何故か…?」と、 
かなり際どい話が続くが… 本人の人相まで変わっていた。その件以来、
断交したが。この話は、ここまで。夜の巷は華やかの裏側はドロドロの世界。
 
 さて、援助交際の女子慶大生の週刊新潮へのリーク代、幾らでしょうか。
500万? まけさせて300万? 
――――
2018年、4月15日
閑話小題 ~自由化された売春 -1
      
   * 風俗は既にセフティネットでなくなった
 図書館の返却コーナーから借りてきた雑誌の内容がシリアス。
これによると、「風俗は既にセフティネットでなくなった」とある。女性が年齢
が増すにつれ、よほど外見が良いスペックがないと敬遠される厳しい現実がある。
風営法が改正された数年後、地元の行きつけの居酒屋の店主に、デリバリの実態
を聞いたことがあった。よくぞ聞いてくれたと、嬉しそうに携帯でアクセスし、
予約直前までの手順を実演してみせてくれた。更に、それ専用の安い目立たない
ホテルも教えてくれた。風俗には全く興味がなかったが、新潟駅前で30年間も
ホテル事業をしていれば、様々な実態を聞くことが多かった。当然、デルヘル嬢
の入室は厳禁していたが、デルヘル嬢の長期滞在が、それ故に常時、隠れるよう
に宿泊していた。夜の外出、朝帰りのため、彼女らは、警察に怪しまれないよう、
宿泊時に身分を明かす。全国を渡り歩くそうだ。

    『文藝春秋オピニオン2018年の論点100
      ~風俗市場も崩壊 シングルマザーの歯止めなき貧困』より~
≪ 貧困問題の最たるのが「シングルマザー」の存在。全国で123万世帯になる。
 平均年間収入が223万円で、全国世帯収入の545万円、児童あり世帯の平均
の707万円を大きく下まわる。相対的貧困に該当する貧困に該当する母子世帯の
子供たちが、‘子供の貧困’のメインであり、6人に1人になる。
その多くは、近隣に実家や親せきがなく、誰も助けてくれないのが実態だ。
 老朽化した団地や、アパートに住み、母親はダブルワークする。最低賃金
近いサービス業で10万円に、児童手当、児童育成手当を足してギリギリ最低限
の生活をおくる。これまで、キャバクラ、風俗、AV女優、買春などは、一般女性
の志願者が増えすぎて、圧倒的な女性の供給過剰にある。価格は暴落、貧困女性
セーフティネットとしての一面が完全に失われた。よほど容姿などのスペック
が高くない1万以下の格安店でないと採用されない。
 性風俗店は2005年の風営法改正で店舗から無店舗販売に移行し、届け出制に
なって実質合法化した。女性の供給過剰、性風俗店の増加、そして少子化のため、
一店舗あたりの男性が減少。だから出勤しても、客がつかない。完全出来高制の
ため、待機時間を含めた時給計算をしたら最低賃金を割る。デルヘルで出勤して
も、一日待機しても、客は二人程度。男性が払う金は、60分で8000円のうち、
売上が店と折半で、4000円程度。運よく二人ついても8000円程度。
 某女子大生のケース。
「アルバイトだけでギリギリ生活は送れるが、学費が払えない。一年生の春に
デリヘルに出ました。週に一回ほどで、月6~10万ほど。稼いだ金は、全て預金
をして学資に…。」 若い女性だから風俗、売春がセーフティになる。現在、
日本の貧困率は、OECD加盟国34ヶ国中、10番目。世界的にも進行する国と認定
されている。≫

▼ 地元の繁華街の風俗店のドキツイ看板も殆ど見かけなくなった。
 スナック店主が曰く、「デルヘリと、マッサージ店が取って替わった」とか。
それと暴力団事務所もテラ銭が皆無になり撤退をして暫く経つとか… 。
売春が合法化され13年… 普通の子女の買春の許容売価が、一週間分の
労働賃金。愛人の平均売価が、大学新卒の初任給が世界各国の目安という。
貧しき人にとって、世界は苦海である。幸せの家系と、不幸の家系が現にある。
一度、転落すると、元に戻るのは? 
「元はこちら、そのまま結構!」など、悠長に言ってはいられない!のが現実。
・・・・・・・
3677, 自己を見つめる -4
2011年04月20日(水)
    「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
 節目どきは、境遇の節目でもある。特に乗り越えることが不可能と思える壁に
直面した状況を「限界状況」と、ヤスパーが指摘している。 その限界状況に
「人生の不条理」に突き当たる。その時、それまで隠されていた真実が現れ出る。
節目を打つとは、人生の不条理を受け入れ目を背けないことである。
正中心一点無になり、変化を受け入れること。
  ー 第三章 境遇 ーから、抜粋
【 現在、変えることのできない定めを帯びた宿命的な境遇のなかへと投げ
出され、置き入れられて、人生の途上にある。その私たちの無に貫通された
現世における存在のうちには、宿命的な境遇のもつ変えることのできない定めが
刻印されている。ヤスパースが指摘するように、私たちの生存のうちには、
どうしようもない「限界状況」が巣くっていると言える。限界状況とは、
それに突き当たっては、私たちは挫折し、崩れ去る崩れ去るような、乗り越る
ことの不可能な壁に直面した状況を言う。そうした限界状況に面座して、
私たちは途方に暮れた困惑のなかで、解決しようのない自己の人生の不条理の
根源的事実に突き当たる。しかし、そのときにこそ、私たち自身の、ほんとう
の「実存」が目覚めてくる。実存とは、私たち各自の生存の、赤裸々な真実、
その拒否できない現実のあり方のことである。自己の実存を自覚し、それにも
とついて生きるよりほかに、この世を生きる生の根拠を、私たちはもたない。】
・・・・・・
5879,閑話小題 ~通りすがりの人生
2017年04月20日(木)
   *「家、ついて行ってイイですか?」について行った。
 2年前から、日曜日の午後には、「家、ついて行ってイイですか?」を
時どきだが見ていた。その撮影ディレクターとスタッフは、どんな人たちか、
どんな撮影カメラかをギャラリー視線で観たいと思っていた。ところが先日、
 <「家、ついて行ってイイですか?」について行ってみました。>
というテーマで、声かけ場面と、ついて行った家と部屋と、人生模様を
引出すサマを、そのままの視線で写しだす、味ある切口の構成であった。 
  ~そこで検索すると、番組のHPに以下の案内があった~
≪ < 終電を逃したとき、通りすがりの人から、知らない人から突然、
「タクシー代を払うから家までついていっていいですか?」と言われたら、
如何する? そして家と部屋の生活の場に飛込むドキュメンタリーがある。
 テレビ東京の番組「家、ついて行ってイイですか?」です。 いったい、
どんなディレクターが、どんな言葉で通りすがりの人を説得させるのか。
「家、ついて行ってイイですか?」について行ってみました。>
をテーマで放送していた。 そのディレクター氏、いわく。
【 某テレビ局で若い男女がオシャレな家で共同生活をしながら恋愛する
 番組 がありますよね。複数のイケメンと美人がキラキラした生活する番組。
あれって日常を最大限にショーアップした番組ですよね。「家、ついて行って」
は、その対極にある番組です。平凡で地味なフツーの人の生活を見る。
その100%リアリティにこだわろうと。
「家、ついて行って」は、ほかのテレビ番組と真逆のつくり方を目指しました。
台本なし、アポなし、ナレーションなし、効果音なし、音楽もほとんどなし。
だから、感情の誘導もできないし、ストーリーの補強もできない。
例えば、悲しそうな場面は、「○○さんは悲しそうだ」とナレーションを入れ
られないので、泣いている様子や「悲しい」と言う様子を撮ってくるしかない。
画面にリアリティしかない。
 これまで約150人ほどの人生譚(たん)を放送してきました。
 僕は「家、ついて行って」を100年後の人たちが見たとき
「ああ、平成ってこんな時代だったのか」と感じられる作品として残したい。
柳田国男の「遠野物語」のように。 座敷わらしが出てくることで有名な
遠野物語」は、岩手の遠野地方の民話を、脚色なく丁寧に聞き書きしました。
あの本のおかげで僕たちは100年前の農村のフツーの人たちの生活や風習、
考えていたことを知ることができます。
 100年後の研究者が平成という時代を知ろうとしたとき、公の部分は新聞
を読めばいいんだろうけど、市井の人がどんな家に住んで、何を持っていて、
何を食べていて―といった生活スタイルや生き様、人生観は記録には残らない。
だからこそ、「家、ついて行って」で記録していきたいですね。】 ≫
――
▼ 若い女性のADと二人、小さな撮影機を抱えて、駅前を中心に、酔った
 様々な人に声をかける。そして、無防備な部屋にはリアルな人生のカケラが
剥き出しになっている。そこから、これまでの人生を引出していく。当人は
困惑しながら、しかし喜々として生立ちから今までの生き様を語る。それは
視聴者にとっての人生に重なるところがあるため、自然に惹き込まれていく。
その一部始終を三カメ(第三のカメラ=客観的視線)で捉える企画が抜群だ。
 老いるに従い、帰し方を、通りすがりの人の人生のように、思い出す度に、
紡ぎ直して、静かに喜怒哀楽を繰返す日々。老人の沈黙の深さが、そこにある
とは、知らなんだ。そして、記憶が融けるように、己も呆けて、融けていく。

・・・・・・
5514,恐竜と人類どっちが凄いか ー②
2016年04月20日(水)
 「人間の人生は豊かとは」を何をもって言うのか? の問題が残るが、
私が生きてきた実感は、人間は、他の動物から比べ豊かといえる。
それは、人間は雑食者で、利己主義に加えて利他的であり、人生に意義を求め、
豊かさを実現しようとする言語手段と、その記録方法を早くから身につけて
いたからである。その人生を楽しまなくて、何のための人生ぞや。
  * 人間の人生は豊か
≪ 人類の中でも人間とはいかなる存在か、人類ばいつどのように人間に
 なったのかを探るのが、人類学の重要なミッション。~主な事項を拾うと~
・まず人間は、驚異的な雑食者。霊長類は基本的に植物食だがが、人間は各種
植物に加え、鳥獣肉から魚介類まで手を出す。人類進化史でそのような選択を
迫られるきっかけがあったらしいのだが、ここまでメニューを広げられたのは、
陸.海.空の資源を利用する技術発達があってのこと。不安定な自然環境下では、
雑食者は偏食者より有利である。その利点に加えて、高い食料調達技術を持つ
ようになった人類が結果的に成功したのは、理解しやすい。
・人間にも、他の動物と同様に利己的な側面がある。しかし仲間を思いやり、
仲間と通じ合いたいとする感情が一段と強いのも、人間である。血縁のない相手
とも積極的に食物を分け合ったり、他人に教えてあげたりする行動が、人間に
独特であることをご存知だろうか? 例えば集まって会食している人間以外の
動物など、見たことはないだろう。野生動物界ではふつう、採食=争奪である。
外敵から隠れてひっそりしている、あるいは暇があったら寝ているというような
通常の野生動物たちに比べ、人生は楽しみに溢れている。前出の会食のみならず、
スポーツや音楽や芸術があるし、旅行や読書や勉強だって楽しい。他の生物の
生き方を否定しようとは思わないし、恐竜の生き方に至っては実態がよく
わからないが、「人生に意義を見出そう」という発想があること自体が、
何とも素晴らしいではないか。人間は、生きるということを豊かにした
生き物なのであると私は思う。 ≫
   * 人間の共通の祖先は既に凄かった
≪ 一昔前には進化は漸進的に生じると考えられていたので、例えば3万年前の
祖先ともなれば現代人よりかなり知的に劣っていると、決めつけられていた。
しかし世界各地の現代人が共有している種々の能力は、言語力にせよ芸術を
生み出す創造性にせよ、アフリカにいた現代人の共通祖先に既に備わっていた
可能性が高い。4万年前頃に日本列島にやってきた人々も、その例外ではない。
例えば種子島や富士・箱根地域には、3万年以上前から、狩りのための落し穴が
作られていた。これは、罠という動物行動を先読みした高度な狩猟法の、世界
最古の直接的証拠として、たいへん貴重。新石器時代になって世界に普及する
磨製石器の技術も、日本とオーストラリアには2万5000年も前からあった。 
さらに面白いことに、琉球列島や伊豆諸島においても、相当にチャレンジング
な海洋渡航が太古の昔から行われていたらしく、さらなる探求の価値がある。
人類学とは人間の凄さ・面白さを知れる学問なのだと、研究を20年積み重ねた
最近になって、ようやくわかってきた。 ≫
▼ 人類は、言語手段と記録方法を身に付け、探求し、生きることを楽しむ
ことが、人類の人生を豊かにしてきた。これを、そのまま、個人に当てはめる
と、人間、如何に生きるべきか、「良く遊び、良く働き、良く学ぶ」を、実践
して積み上げた分、豊かな人生を過ごしたことになる。問題は「良く」!「欲」
に何時の間に変質するから困ったもの。で、このザマ! お後が宜しいようで

・・・・・・
5149,閑話小題 ~家族という病
2015年04月20日(月)
  * 家族という病
 NHKアナウンサーだった下重暁子が『家族という病』という本を出した。
家族も、国家同様、共同幻想とみることも出来るが、「欺瞞を信じること」
が問題と、いう。 ~アマゾンの内容紹介から~
≪ 日本人の多くが「一家団欒」という言葉にあこがれ、そうあらねばならない
 という呪縛にとらわれている。しかし、そもそも「家族」とは、それほど
すばらしいものなのか。実際には、家族がらみの事件やトラブルを挙げれば
キリがない。なのになぜ、日本で「家族」は美化されるのか。 一方で、
「家族」という幻想に取り憑かれ、口を開けば家族の話しかしない人もいる。
そんな人達を著者は「家族のことしか話題がない人はつまらない」「家族写真
入りの年賀状は幸せの押し売り」と一刀両断。家族の実態をえぐりつつ、
「家族とは何か」を提起する一冊。≫
  ~ビュアーからの投稿より(アマゾン)
【 世の中には口にすること自体タブーとされる領域がいくつかある。
 出生、能力、死、犯罪歴、宗教、遺伝、国籍などである。
本書は「家族はすばらしい」は欺瞞である、という斬新な切り口から
家族観における1つのタブーに挑んでいる。これまでにないテーマだけに
読後感は様々だろう。本書の主旨、提言などと全く無縁なまま一生を終える人は
ある意味安泰で幸福な人生かもしれない。しかし家族の中にも修復不能となる
アクシデントがなかなかの頻度で発生するものだ。配偶者との離別は無論、
血縁者間でも家族内崩壊は起きる時には簡単に起きてしまう。
 一家団欒を無邪気に肯定するのも悪くないが、ある種の読後感の悪さを
犠牲にしても筆者の視点に一度触れておく効用もあろう。読み進むと上記の
保険的効用だけでなく筆者のより普遍的な家族観を垣間見ることができる。
いかに生きるかは正しい死生観が前提となるように正しい家族観には
本書の主旨の理解が前提になるのかもしれない】
▼ 家族のあり方は、時代により変化していく。TVのインタビューや、
上記の内容を見る限り、納得する部分と、違和感を感じる部分がある。
国家幻想論を、その構成要素の一つの家族に当てはめると、これまた共同幻想
でしかないことが分かる。その家族の形態が情報化の時代の中で、大きく変化
を始めてきた現在、そのあり方を根こそぎ否定してみる必要がある。
 殺人事件の過半数以上が家族内殺人という現実がある。 商家の大家族の
末っ子の環境で、下目目線で家族を見てきた経験から、また両親から孫の
ように扱われたため、その温みが今でも残っている。それもあって、著者の論
は、あくまで一面でしかないことも見て取れる。 私の家族は、戦前、戦中、
戦後と、生き抜く中で、全員が病というより、戦傷の深い痛手を受けていた。
誰一人として、家族が素晴らしい!など思ったことはなかった。ただ自分ひとり
を守り、生きていくだけで精一杯。 この時代は誰もそうだったのだろう。
家族は素晴らしくあらねばは、占領国アメリカの洗脳の一つでしかない。
確かに家族は病であるが、魂の故郷でもある!家族が病と割切って良いものか?

閑話小題 ~自殺について考える

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              <「四苦八苦の哲学」永江朗著 >
    * つれづれに ~自殺について
 この本の中に、「自殺について考える」があったが、「これまでテーマに
したような?」と、HP内検索をすると、あるある。テーマがテーマだけに、
かなり立入った際どい内容… 
 …病気による肉体的苦痛に耐えかねて死ぬのはわかるが、それ以外の理由で
自殺について、【人はなんてくだらない理由で自殺するのか」と著者は言う。
そして、「追いつめているものはなにかと冷静に観察すると、欲求・欲望の
一形態でしかない。欲望を棄ててしまえば、自殺なんてしないですむのに。
集団本位的自殺にいたっては、アホらしいとしかいいようがない。乃木希典夫妻
の殉死に感動した同時代人は多かったようだし、神社までつくって祀られたが、
実につまらない死に方ではないか。(中略)仕えた王のための殉死であろうと、
遥か昔にあった面目を失うようなことを償うための自殺であろうと、どちらに
してもばかばかしい。死ぬのは勝手だが、神社までつくることはないだろう。】
と宣う。人生で直視できない一つに「死」の問題がある。それが「自死」なら、
更にシリアスになる。とはいえ、決して目を逸らすことが出来ない一大事。
管につながれた「生」より「死」の選択の自由もあって然るべき? 
「ピンコロ」が果たして良いのか? 昨今の数値は、この15年間でピーク時の
6割に減っている。(34400から21000人に) また男性は、女性の約2.3倍。
としても、様々な対策で6割まで引下げとは? 本心は誰もが、死にたくない
のである。昨夜の中学校の同期会で、「次々と亡くなっていく人」の話が
出たので、一席ぶつと。その場は即座に拒否反応。笑い飛ばしながら直視する
技が全く無いのも考えモノだが… 「ガンファイター」「ガンモドキ
「死にぞこない」などを平気で話すことも話術のうち。これは直面した時では
遅きに失する。周辺を見渡すと、自殺は珍しくない。わたしの知人、長兄、
従兄、従姉の連合い、など何人かいる。
 先年、亡くなった知人の父親が、本人との葛藤の中で自死したと聞いていた。
キリスト教自死を禁止しているのは、財産である女・子供、奴隷のロスを
減らすため? とも。 老いを重ねる度に… 
 < せめて「死」ぐらいは、自由にさせてよ‼ > も解らないでもないが。
  人生の一大事は「己の死」 直視したくもあり、したくもなし。
 
確かに少年時に亡くなった長兄の自死と両親の哀しみ、いま考えると深い
トラウマに… 各家庭には、何れも何らかの深い傷を抱えている。
あれらのように…人を軽く判断すべきでない。自死をするには、それなりの!
暗くなり過ぎですか?「ニッコリ笑ってハンカチーフ」笑えるうちに笑ってこ! 
生きている内、行かされている内よ人生は。本当! 合せ鏡で教わること多し。

――
 録画をして昨日見た、カズオ・イシグロ出世作浮世の画家
<物語の舞台は終戦から3年ほど過ぎた日本。主人公は高名な初老の画家(渡辺)。
焼け跡から徐々に復興の姿を見せていく街で、隠居老人の一見平和な日常生活
が描かれていく。 愛すべき孫の訪問、なじみの飲み屋のママとの世間話、
戦前からの旧友との邂逅(かいこう)…。 あるとき娘の縁談が持ち上がり、
そこから周囲の視線の変化に気づきはじめる。確固たる決意で国のために尽く
してきた自分が、なぜ非難されなければならないのか。その一方で、過去の影に
滑稽なほどおびえる自分の弱さも認識していく…。 >
▼ 自死の問題と少し違うが、過去の弟子への仕打ちへの罪悪感が膿むと、
 自殺願望になるのだろと予感される内容。若いうちから壮年にかけての過ち。
「後味が悪くなることは避ける」をモットーにしてきたとしても、後悔多し。
老いるとは、心も、魂も老いていくことになる。 

・・・・・・
2007/04/15
2203, 自殺について -2 
               (~Q~;)  おはよう~~
 経済的の問題や時代の大きな変化、そして国民性が自殺の要因になる。
日本人のような生真面目な性格も世界で1~2位の自殺率に要因なっているそれ
に対して南米やアフリカの陽気な国民性のところでは、自殺は激減する。
フィンランドデンマークなどの北欧に行くと、冬の黒夜(14時位から夜に
なってしまう)が人の心を暗くして自殺が多いという。
そういえば秋田や山形などの北国も冬は雪で閉ざされるから自殺が多い。
  ー自殺率の世界分布地図を見るとー
・ロシアを中心にユーラシア大陸で自殺率が高く、
・インドやイギリス、スペイン、イタリア、ノルウェイなど
 ユーラシア大陸周辺部、及び北米大陸で低く、
ラテンアメリカではさらに低いという状況が見てとれる。
 自殺率が低くはなかったロシアが、1991年のソ連崩壊後の自殺率が急増、
 現在は断然世界一となっている。
 また、米国、英国、カナダ、オーストラリアといったプロテスタント国、
 及びイタリアは、以上の国々と比較すると低い自殺率水準で推移している。

    ー日本の自殺率の高さと推移についてー
 
  日本では、自殺が文化の一部になっているようにさえ思える。
  過労や失業、倒産、いじめなどで、自殺で自身の名誉を守る、責任を取る、
  といった倫理規範として自殺がとらえられていて、これは他のアジア諸国
  キューバでもみられる傾向である。
 ・第二次大戦後、社会保障が整備される以前は高齢者の自殺率が高かったことや、
  戦後の価値観の大転換などで若者の自殺率が急増したことが原因で1958年の
  自殺率25.7人は過去最高の値になった。
 ・その後、1959年国民健康保険法施行、1961年国民皆年金など社会保障制度の充実や
  1960年所得倍増計画に代表される経済成長目標の国民的普及により、自殺率は、
  15人前後への低下した。国民全体で明るい夢を抱いていた時代だった為だ。
 ・その後、1973年のオイルショック前後から自殺率は上昇に転じた。
  あまり注目されなかったが、1983年の景気後退は自殺率の急増
  (前年の17.5人から21.0人へ)を招いた。
 ・1997年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行山一証券と立て続けの大型金融破綻
  事件がきっかけとなり、98年の5月にかけて失業者が急増し、自殺率も、
  97年から98年にかけて18.8人から25.4人へと急増した。
  このときは自殺者数も前年の2万3千人台から、一気に3万1千人台へと
  急増したこともあり社会的に大きく注目を浴びた。
  そして、その傾向は十年経つ現在も続いている。
  --
  時代の変化と、それによる経済的困窮が自殺の要因として大きくなる。
  激変の中、生きていくことは大変である。 「死にたくない」と同じように
 「死にたい」という気持ちも自然である。
  死など存在してないのだから、気持ちの一現象でしかないが。
  
 ーーーーー
 2004/07/24
 1208, 自殺 3万4427人

 昨日の新聞の一面トップに、昨年の自殺者が前年より7㌫も増加して
 3万4427人と報じていた。
 
   ー内容をまとめてみるとー
・原因として、病苦が45㌫、経済苦が25㌫
 特に経済苦の増加が目立って増えている
・40歳以上が、4分の3を占め
・男女の比率は、男子が70㌫、女子が30㌫
鬱病が30~70㌫。他の精神疾患を入れると、殆んどが精神疾患があった
・1997年まで、年間2万~2万5千人と推移していたが、
 1998年から3万人台になり、ついに3万4千人になってしまった
・職業別に見ると、無職が半分近くだ

20万都市で週に一人が、日本全体で毎日94人が自殺で亡くなっていることになる。
大都会の真ん中で失業をして、駅などの人ごみの中にいると、ふっと虚無が
自分を覆いこみ電車に飛び込みたくなる衝動に駆られるという。
何か解るような気しないでもないが。
「自殺は最後に残された意思の遂行」というが、その心中は当人でなくては
解るはずがない。しかし自殺をしようとする人の大部分が
「ほんとうは死にたくない、誰かに声をかけてもらいたい」という。

歳をとり、連れ添いに先立たれ、重い病に侵され、一人孤独に毎日を
過ごしていたら、自分でも死にたくなるだろう。
簡単に「自殺はすべきでない」というが、絶望と孤独の岸辺に立っている人
の立場からみれば、その苦しみをから解放される唯一の方法かもしれない。

ゲーテの「若きウェルテルの悩み」の中で、主人公ウェルテルと愛するロッテの恋人
(後の亭主)のアルベルトとの自殺の議論があった。
ーウェルテルは人間の本性には限界があり、喜び、悩み、苦しみもある程度まで
耐えられるが、限界を超えると破壊してしまう。自殺は、けっしてバカな人間や
卑怯者がするのではなく、生きることに悩み、迷ってどうしても出口が見つからない
時に仕方なくとるものと主張した。一方、アルベルトは自殺に対し徹底的に反感を持つ。
彼は「苦しい人生を対し忍ぶ事ができない‘弱さ’から引き起こされる」と考えていた。

この世で最も尊いものは、愛である。しかし、人間に喜びを与えるはずの愛が
悲劇のもとになることもある、それがまさに、ウェルテルの悩みを引き起こした。
最後には、そのウェルテルが自殺をしてしまった。

死ぬには死ぬなりの悩みと苦痛の蓄積がある。
生きることも、生きるだけの理由もある。
自殺について語る資格は私にはない。
ただ、死にたいと思ったことは一度もない! 
いや、若い時にあったか?
地獄も天国も、この世にあるものだ。
地獄の業火(精神の激痛)に焼かれてこそ、自殺の意味が解る!

・・・・・・
2015/10/27
閑話小題 ~自殺って何でいけないの?
        
         ー身の下相談にお答えしますー上野千鶴子
   * 自殺って何でいけないの?
 ~問い: 自殺は本当にいけないですか ~相談者無職男性50代
≪50代の無職男性です。自殺について相談します。自殺者は13年連続で
年3万人超と報道されています。世間一般的には自殺は良くない、弱い人間の
することだという暗いイメージができあがっています。どんな理由があっても、
自殺は絶対にいけないと言います。でも私は、自殺を正当化できないか、後ろ
暗いイメージを残さないで自死できないかと考えてきました。人に迷惑をかけ
ない方法で自殺するとしても、本当にいけないことでしょうか。将来性のある
小学生や中学、高校生の若い子たちが、いじめが要因で自死を選ぶのは肯定
できません。でも私のように50代で無職、独身、今までにやbたいよにや⊃て
きたし、親しい友人や知人もいないし、兄弟親戚もいないなら、遺族となって
悲しくつらい思いをさせる人たちもいません。特にこだわることも無く生きて
きて、年金保険料は25年以上納めました。私が年金支給年齢に達する前に自死
を選択すれば、国から支給されるはずの年金は国庫に戻ります。将来の年金を
支給するための財源として、消費税の増税をしようとしている政府にとっても、
私が自死すれば負担は軽くなり、究極の社会貢献だと思います。
世間一般的に言う将来を悲観しての自死ではなく、明るく前向きな自死だと
私自身は思うのですがいかがでしょうか。≫
≪ 答え: 正直に弱さを認めましょう
 ひとは社会的な理由からではなく、個人的な理由から自殺します。
冒頭「世間一般的には」と書き起こすあなたは、自殺する気が、はなから
ない人とお見受けしました。するってえと、このご質問の意図は?
☆ 解釈そのー。
 回答者に議論をふっかけてどんな答えが返ってくるか相手を試す。
残念ですがそんな一般論に付きあっているヒマはありません。
☆ 解釈その2。「自殺の正当化」の理由を求めているあなたは、この欄の回答
 をその司正当化」の根拠にしようとしている。自殺は積極的なアクションで
あり、遺書は生涯最後の命をかけたメッセージ。そこに「朝日の悩みのるつつぼ
で、こんな回答をもらったから」なんて書かれてはたまりません。その手は桑名
の焼きはまぐり。そもそもこの欄の回答には、命をかける値打はありません。
☆ 解釈その3。信念や信条で自殺なさるならとくにおとめしません。ただし
 あなたのその信頼にわたしは同意しませんし、つまらない信条だと思います。
くりかえしますがひとは社会的な理由から自殺することはありませんし、あなた
が言うように「将来を悲観して」自殺を選ぶこともありません。ひとは個人的な
理由から現在を悲観して自殺を選ぶので、現在とくに死ぬ理由がなければ、
ホンモノの自殺志願者から自殺をロ先でもてあそぶ者と、怒りを買うでしよう。
☆ 解釈その4。この文章には書かれていない何かもっとべつな理由で、
 あなたは死にたいと思っており、それを引きとめてほしいと思っている。
そもそも本気で死ぬつもりのひとは、お悩み相談なんてしません。
「死にたい」メッセージは、その実「死にたくない」メッセージ。
自殺者がたび重なる自殺予告をすることは知られていますが、それはその
メッセージを受け止めてほしいという心の現われです。
▼ 誰も、好んで自殺をするのではなく、それだけの苦しい理由がある。
 自殺も、時と場合によって肯定されて然るべきである。誰が社会的理由で
自殺をしなければならないのか? その辺が中途半端。自殺の正当化など、
死んでしまえば、如何でもよいこと。但し、身辺の人を傷つける気遣いは?

・・・・・・
2013/01/27
自殺者増加の意外な要因

 昨日の朝日新聞に「自殺者増加の意外な要因」のレポートであった。
去年11月に高校の同級会メンバーが自殺の知らせが入った。何か身につまされる
思いであった。自殺については何度か、ここで書いてきた。これから年々、歳を
重ねるに従い身も心も弱り、重くなっていき、眠るように消滅したいという隠れた
願望が膨らむのだろう。世界保健機構によると、日本の自殺率は先進国で、ロシア、
韓国についで、世界三位という。日本で自殺が多いのは、世界の自殺者の6割を
占めているアジアの地勢的な要素があるが、豊かさからいっても多すぎる。 
自殺者の9割が該当するうつ病アルコール依存症統合失調症などの精神疾患
身体的障害、過去のトラウマ、失業や経済的損失、親しい人の死亡などへの介入
が、その防止につながる。
   ーこの記事をまとめるとー
○ 女より男、既婚者より未婚・離別者、有職者より無職者が自殺志望が高い。
○ 中高年で離別した無職男性と、同年代の既婚有職者とでは、約100倍の差。
○ 男性より女性の方が、自殺者が低いのは、世界共通。
○ 男女とも自殺手段で多いのは首つり。だが女性は、薬物や自傷行為などが多く
 、首つりは男性の三分の一。自殺未遂は女性の方が多く、躊躇がみられる。
○ 都道府県別にみると、ワースト1位が秋田、2位が岩手、3位が新潟と宮崎、
  5位が沖縄。少ないのが1位が奈良、2位が福井、3位が徳島。これらの
  共通点は大都会でないことと、飲酒量も関係している。飲むと衝動が高くなる。 
  また県民性もある。
○ 意外なのは、急傾斜地の地区の自殺率が高いこと。これは、上り下りの労力
  と不安定な立地が関係している?ここで、5つの自殺予防因子をあげている。 
  ゆるやかな繋がりをもった、▽排他傾向が小さい、▽援助を求めることに
  抵抗の少ない、▽「どうせ自分なんて」と思わないですむ、▽本質を見て
  人を評価するー住民気質が、必要。
▼ 私の身近でも自殺者が何人かいた。私も青年期に、スーッと梁に紐をかけて
 首を吊りそうになったことがあった。さほど死にたいとは思ってではない。
 目の前の挫折が、そうさせたというより、死神に数秒、頭が占領された感である。
 後にも先にも、こんな経験は無かった。人生は生きていればこそ、こんなに
 多くの面白い体験が出来るのである。5つの自殺予防因子といえば、この5つを
 兼ね備えている人が8割に思えるのは、どうしてだろう。
≪ 目先の現象に全てのエネルギーを奪われ、生きる本質を忘れ、同類の排他
 傾向の小さな階級社会で、「どうせ自分なんて」と思い悩んで、その世界から
 一歩外れた世界に出て交流の出来ない人 ≫ といえば・・ 全ての人? 要は、
 自立の問題! こんなに地球は面白いところなのに、何もしている、この人たち! 
 まて、自分も? なら、「一日一生」で生きるしかない。

2007/04/14
2202, 自殺について -1 

      ~~ <(_ _)> ~~
                おはようございます!
 自殺について、ここでは何回も書いてきた。
書いても書いても尽きないのが自殺である。
考えてみれば、自殺ほど考えさせられることはない。
「死」が哲学(考えること)の究極であるから、
自分で死を実行する自殺は、深い意味があって当然である。
    
歳を重ねれば重ねれば重ねるほど、生きていることの深さに気づくためか、
自殺に対して否定的になってきている。状況がそう言わせていることもある。
若かりし時に何度か挫折をするたびに、この世から消滅をしたいと心底思った。
しかし、今から考えてみても気持ちの何処かに
「今のこの気持ちは何時か変わり、必ず素晴らしい未来ある
という楽観があった。それは未来という時間があったからである。
この数年でも従兄弟や従妹の亭主やポン友が自殺をしたが、
死にたくなるほど苦しかったのだろう・・・。

先進国の中で、日本が一番自殺率が高いと聞いてから10年近く経つ。
数年前に韓国が一番になったようだが、同じ位の数字である。
検索で『日本の自殺率』というキーワードで検索したが、
なるほど1990年代後半から異常に自殺率が跳ね上がり、
7~8年間は先進国の中で一番になってしまった。

 以下は、幾つかのHPの自殺の現状をマトメタものである。
不景気と体制変換期には自殺が跳ね上がることからみて、
環境の変化と、その不適応と、自殺は大きく関連しているようだ。
ーー
 
日本は、人口10万人あたりの比率に換算する自殺率でみると世界第10位で、
旧ソ連・東欧圏を除く主要先進国の中では最も多い。
主要先進国の自殺率は、米国10.4人、英国7.5人、フランス17.5人、ドイツ13.5人、
 に対し日本25.3人(平成16年)。
日本の自殺率を押し上げている最大の要因は「成人男性」の自殺だ。
平成14年、15年ともに自殺者の72%は男性が占めている。
このうち、25歳~44歳までの男性の自殺率は42.3人と著しく高い(平成14年)。
100人の死者のうち、なんど24人は自殺!

この年齢層はリストラ対象層。
再就職しても、給与は落ちる。
家のローン、子供の教育費、親の介護の資金と、
お金はいくらあっても足りない。
生命保険の保険金目当てに自殺を企てる人間も多い。

この年代を含む30代~50代男性の自殺の動機は、1位が経済・生活問題である。
女性や他の世代では自殺の動機1位は健康問題だが、金の切れ目が人生の切れ目とは、
なんとも哀しい。

 主な自殺のサインは、
うつ病にかかっている、
・周りの人とかかわりをもてない、
・身の回りの整理を考えている。
・ゆうううつな状況を不安な口調で訴える、
・アルコールや薬物に依存している、
・長期にわたる不眠を訴えている、
・人との接触がほとんどない、などがあげられる。
 
ー自殺予防としては、
 一人で悩まずに、妻、家族、親、友人に相談すること。
それができないときは、「命の電話」「自殺防止センター」などに
電話で相談するのがよい。相談することで、心が少しは軽くなる。

 ー日本における自殺の手段は、
・圧倒的に首吊り  20,669件(64.4%)、
・次がガスか排気ガス 3,538件(11%)、
・飛び降り     2,774件(8.6%)と続く。
・拳銃とライフル銃による自殺は、それぞれ13件、19件と少ない。
                    ーつづくー
以前書いた内容をコピーしておきます。
ーーーーー
2006/10/25  2031, 「私」のための現代思想  -15
       (+>∀<+)ノ おぁはは~ようさん!

人間は「生きること自体が『緩慢なる自殺』である」と言ってしまえば、
それまでだが、戦争もある意味では集団自殺ともいえる。
いや集団殺戮の方が正しいか?
   
《私》にとっての「超越確実言明」を守るために死ぬことも、
私にとって必要なのかも知れない。
人間の最後に残された自由へのジャンプとしての自殺もある。

自殺にも正しい自殺と、正しくない自殺があるという。
自分であるために死ぬ、それもイスラエルマサダの砦の集団自殺のように、
自殺厳禁のユダヤ教徒の自殺なのだから意味も深い。
この場合の自殺を正しくないとは言い切れるだろうか。

誰の目にも明らかな自殺に「子供の道づれ心中」がある。
子供を自分の所有物と思いこんでいるから、こういう暴挙にでるのだ。
自殺をするには、それなりの理由があるが、やはり
「自殺は決して許されるものではない!」のは、道理である。
それが永遠の自由のためにといっても!

・・・・・
2006/10/25
2031, 「私」のための現代思想  -15 
                  (+>∀<+)ノ 
                 
人間は「生きること自体が『緩慢なる自殺』である」と言ってしまえば、
それまでだが、戦争もある意味では集団自殺ともいえる。
いや集団殺戮の方が正しいか?

《私》にとっての「超越確実言明」を守るために死ぬことも、
 時にとって必要なのかも知れない。
 人間の最後に残された自由へのジャンプとしての自殺もある。

自殺にも正しい自殺と、正しくない自殺があるという。
自分であるために死ぬ、それもイスラエルマサダの砦の集団自殺のように、
自殺厳禁のユダヤ教徒の自殺なのだから意味も深い。
この場合の自殺を正しくないとは言い切れるだろうか。

 誰の目にも明らかな自殺に「子供の道づれ心中」がある。
子供を自分の所有物と思いこんでいるから、こういう暴挙にでるのだ。
自殺をするには、それなりの理由があるが、やはり
「自殺は決して許されるものではない!」のは、道理である。
それが永遠の自由のためにといっても!

ーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味
                   -④
  * 正しくない自殺*

正しい、正しくない自殺というのも変なものだが、
それでも「正しくない自殺」は、誰の目にもハッキリしている。
それを象徴するのがインターネットで知らないもの同士を募り、
複数の者達が一度に命を絶つ「集団自殺」である。
彼らは「死ねば楽になる」という「誤論理」で揺らいでいるので、
その揺れを止め、自殺を遂行するために、<他者>による引き受けを
必要としている。

この場合、普通の他者の共振を受けることもできるが、集団自殺志願者は
その人たちの《私》を嫌います。
その人たちの《私》は自らの「超越確実言明」を守る方向に走るからです。
そのような呼びかけに答えてくるのは、同じく「死ねば楽になる」と感じ、
死を決意している人たちということになる。
それはお互いの《私》の「非存在=存在の否定」を引き受けあうのだから。

「《私》の存在を引き受けてもらう」はずの行為が、
「《私》の存在を否定すること」を通して行われるからです。
存在の引き受けは、「存在しつづけることを引き受ける」ことであるはず。
しかし集団自殺は、「ともに存在しなくなること」を引き受けあうになって
しまうからです。

{解}死に際まで独りでは不安なので一緒に行こうという弱者の論理も
  なるほどと思わないでもないが・・・「死にたいやつは死なせておけばよい」
  と同じ意味で彼らは「死にたいのだから勝手に死なせて」というレベル。
  壊れたラジオは自分地震で自らを直すことが出来ない・・・
  この本を読むまで、自殺について考えたことがなかった。
  しかし考えれば考えるほど、自殺を否定できなくなった。
  自殺を否定したのは、「支配階級が最下層の働き手のロスを最小に
    するためにつくり上げた価値観でしかない」という論もある。
    ーー

   * 正しい自殺*

正しい自殺とは、一回性の人生で、闘いぬき、他の物語を時間の許す限り試し、
その結果としてギリギリの判断において、
「死ぬことによってしか、<私>が<私>でありつづけることができない」
と考えるとき、それは「正しい自殺」となるということです。
これは「名誉のための死」とか、「誰かのための死」を称揚するのではなく、
あくまでも「<私>でありつづけるために死ぬ」ということである。

  ーーー
正しい自殺かどうか判断できないが、
イスラエルで初めて知った「マサダの砦の集団自殺」である。

マサダ砦は、死海の西南にある要塞。
ヘロデ王の建てた離宮だったが、70年のローマに対する反乱時、
過激派のユダヤ教徒が最後の砦として篭城したが、ローマ軍によって落とされ、
その後2000年間、ユダヤ人は流浪の民となった縁の地である。
ケーブルカーで頂上まで上がるとヘロデ王の宮殿、サウナなどが残っている。

一世紀、ここを要塞にして戦ったユダヤ教徒約1000人は2年の篭城の後、
ローマ軍に侵入される直前に集団自殺を遂げた。
下を見下ろすと、ローマ軍の陣地となった場所がくっきりと見え、
攻撃のため砦に向かって積み上げられた人工の山が残っている。
その完成の前日、女子子供数人を残して集団自殺を決行した。
「奴隷になるよりも死んで自由を」という言葉が、有名である
現在イスラエルの新兵の入隊式はここで行われるという。
この集団自殺が正しいかどうかは、歴史が判断するのだろうが、
意味の無い集団自殺ではない。

肉体的な苦痛から逃れる自殺も、ある意味で容認されてよい。
それは肉体の死によって、肉体の耐えられない苦痛からの避難になる。
現在の社会は、その死を認めていないのは明らかに誤りである。
苦痛の緩和の体制ができていて、その上での話なら別。

  自殺の是非も含めて、全て根本より疑うことも必要なことだ。

         \(^▽^*)バイ

閑話小題 ~「想像は思考に打ち勝つ」

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   * クーエの法則

  エミール・クーエの言葉… 
<日に日に 私は あらゆる面で 良くなっていく> である。
このクーエの考えを発達させて、シャルル・ポードゥアンは
「努力逆転の法則」と定義している。 
  クーエの原則は以下の通りである。
≪・ ① 意思は想像力に絶対勝てない。
  ② 想像力は意思の力の二乗に正比例する。
 ③ 意思と想像力が同調している場合、そこから生じる力量は、
  両者の和ではなく、積によってはかられる。
④ 想像力は誘導可能である。
・以上を総じていえば、「想像は思考に打ち勝つ」という法則である。
 自己暗示法の創設者フランスの精神科医・心理学者エミール・クーエに
よって実証された。人生の方向は、おおかた、自分が日々どのように
考えているかによって決まってくる。
・「すべてはますますよくなっていく。」の言葉をリラックスして繰り返し
 静かに自分の心の深み(霊)にこう語り掛けていると、だんだん否定的な
思いから解放され、すべてがよくなっていくように思えてくると気力が回復し、
体調もよくなり、現実の問題に前向きに取り組む力が湧いてくる。結果として、
時間の遅速はあるが、生活のすべてがよくなってくる。自己暗示(想像)は、
その人の思考を変え、その人の人生を変えていくというのが、この法則」。
・この法則、聖書的な原則でもある。「スピリット(霊)はマインド(魂・思考)
を支配し、マインドはボディ(体)を支配し、ボディはライフ(生活)を支配する」
という法則。霊が健全であれば、魂が健全になり、体が健康になり、生活が健全
になる。だから、霊の健全性を保つことが一番大切である。もちろん「原則
」には、時と場合によっては「例外」もある。≫

▼ 姉の一人が両親に次ぐ指導者であった。10歳の頃、勉強に目覚めさせる戦術。
<まず一つの科目で優をとりな、そうするとコツがわかってくるし、面白くなる>
そして14歳時に、<いま成績を上げておかないと、一生、手遅れになる。両親に
口添えしてやるから東京の高校に挑戦しなさい>  その言葉で周囲を見渡すと、
手遅れと、手遅れでない同級生が二分されていることに気づき、猛勉強をした。
無理だったが、それで何とか地元の受験校に合格。 そのチャレンジが
なかったら無理。そして、最後に、大学の頃、
< よ~く見ておきなさい。私の夢が、日々、切ったはったの商店だけは嫌でね、
 東京郊外の辺りに、庭のある小さい家にと温和な旦那と子供に囲まれた生活を
夢見ていた。それがフッと振り返ると、そのまま有るの。それにはね、何になり
たいか、何をしたいかをハッキリさせてイメージを具体的に持つことよ > 
 そして一年後に、創業を目指すという立志ご、二年後に欧州一周旅行に行く
キッカケになった教えである。 時は昭和40年代、日本は高度成長真只中、
本屋の書棚には、このクーエの法則を発展させたような本が多く並んでいた。
 この法則は、まさに肯定思想の自己暗示そのもの。司馬遼太郎歴史小説が、
…世界が緑の原野、それも木々の枝には鈴なりの果実が実っているような原野に。
<日に日に 世界は あらゆる面で 良くなっていく>の バブルの世界に。
しかし、こと情報革命がもたらしている、情報社会の面白さと、それが齎す現象
に関しては、この言葉が、あながち間違っているとはいえない。
クーエの原則の想像力を映像力に置換えると
【 ① 意思は映像力に絶対勝てない。
  ② 映像力は意思の力の二乗に正比例する。
  ③ 意思と映像力が同調している場合、そこから生じる力量は、
    両者の和ではなく、積によってはかられる。
  ④ 映像力は誘導可能である。】 とあいなるが、
この映像力を、ネット力、AI力に、置換えると、更に考えさせられる。

・・・・・・
6244,閑話小題 ~自由化された売春 -2 新潟県知事版
2018年04月18日(水)
   * 自民党対、野党の場外乱闘ですか! 
寅: 新潟県知事が少女買春を週刊誌に素っ破抜かれて辞任騒ぎ。
  自民党対野党の場外乱闘ですか!
大家: 財務省事務次官のセクハラ疑惑のお返しというところ?。
  一番喜んでいるのが東電と自民党原発反対を売りに、県知事になった
  んだから。そりゃ… 
熊: 俺が東電なら、50歳の独身男なら、下ネタ・スキャンダルを徹底的に
  調査して、週刊誌に流すね。知事とはいえ男の何は「生理現象」だもの、
  ストレスも多いしね。妙に弁護したいよ。だって男って…分かるだろう。
寅: 八つぁんが、数日前に、ここで、デリバリの売春・買春が合法的だって
  言ったばかりじゃないか。
熊: 御相手は未成年があり、その都度、相手が変えていたというじゃないか。
寅: 県知事が、この下ネタじゃ、続行が不可能ですよ。 
大家: 脇が甘いということ。この妙手があったと、逆に納得しましたよ。
寅: 東大、ハーバード大出の御医者様というじゃないですか。何で結婚を
  しなかったのだろうね。下ネタと初め聞いた時には、ホモ、ロリコンとか、
  変な想像をしてしまったがね。
熊: 俺様なんぞ、10数年前から、ロングラン犯罪捜査サスペンスの
  「クリミナル・マインド」を数百本も見続けてきたから、異常者の犯罪
  には、詳しいんだ。
八: そういう話なら私も参加するね。マザコンで、優等生タイプの典型。
  あれだけの肩書で未婚とは、勘繰られても仕方がないよな。世の男ども
  からすれば、羨ましい肩書だが、それが逆に不自由にしてるんだよ。
大家: 「維新の会」の橋下が、『米山を県知事に頂いた新潟県民は、
  不幸だね。』と言っていたが、どうだろう?現在の松井府知事も、訴訟を
  しているようだしね。それにしても、政治の世界は嫌ですね。
寅: 妻子持ちなら非難されても分かるけど、独身でしょう。 少女買春か
  どうかを知る由もないのでは?
大家:三人は、いやに下ネタに甘いのは分かるがね。
寅: 彼が県知事の間は、柏崎・刈羽原発の再開が無いと、安心していたが、
  これで如何なることやら。時節が時節だけに心配だね。少しでも煙が
  たてば、誰もが推進派に入れないだろうがね。
熊: まだ30年、40年の人生が残されているのに… 順調な人生を過ごして
  きたのに気の毒だよ。
八: これだけは幸か不幸か分かりません。医師免許を持っているんだから、
  海外にでも行って、何もかもから解放されて生きる道もあるし。
  ドッチもどっちだよ。 地元の原信というスーパーがあるだろう。
  30年前頃に、兄が弟を追い出した件さ。当時の4億の金を手にした弟の方
  が、遥かに良かったさ。現在でいえば10~20億だろう。弟が私のところに
  訪ねてきたがね。「自分は創業に向いてないし」、と迷っていたけど、
  今からすれば、その御蔭でハワイでノンビリ出来て、兄はガンで壮絶死!
  万事、塞翁が馬だからね。これだけは!

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5877,世界がもし100人の村だったら お金篇 ~1
2017年04月18日(火)
     『世界がもし100人の村だったら お金篇
          ~たった1人の大金持ちと50人の貧しい村人たち 』
              池田 香代子 (著), C.ダグラス・ラミス (著)
  ~まずはAmazon(内容紹介)より~
≪ 「お金」を糸口にすると、世界の仕組みがよりリアルにわかる!
   累計160万部のシリーズ最新
  世界のGDPは2000年からの15年で2倍以上になりましたが、
 貧しさはなくなりません。
  世界がもし100人の村だったら
1人の大金持ちの富と 99人の富はだいたい同じです。
なぜ、そうなったのでしょう?

 イギリスのEU離脱トランプ大統領就任……
新しい時代に生きるわたしたちが知っておくべき世界の実態を
 わかりやすい数字と解説で紹介する 新『100村』の「お金篇」、緊急出版! ≫
 ―― 主な個所を抜粋 ――
 ▼ 出版以来、15年経過するが、
・ その後の世界はネットが飛躍的に普及し、
  世界の半数近くがネット環境を持つようになった。
・ 人口は60億人から73億人と20%増加。
・世界のGDPは2倍以上になりましたが、貧しさはなくならない。
・100人のうち、
  26人が子供で
 74人が大人で、
  8人がお年寄り
 ・60人がアジア人で、
  16人がアフリカ人で、
  13人が南北アメリカ人で、
  10人がヨーロッパ人で、
  あとは南太平洋地域の人です。
・54人が都市に、46人が農村や砂漠や草原に住んでいる。
  その都市に住む54人のうち12人がスラムの住人です。
・33人がキリスト教
  23人がイスラム
  13人がヒンドゥー教
  7人が仏教を信じている
 18人が、ほかのさまざまな宗教を信じているか、
  あるいは何も信じていません
――
 ▼ 僅か15年で、世界の人口が2割も増えているとは驚き。
  このままいけば20年数年後に100億人になる。地球にとっては
異常な人口過剰状態になる。そこで起こるのが何らかの自然淘汰
そして現在起きている一強多弱の世界。そこには当然、争いが多発する。
 「お金は、剥き出しの真実」とすると、この<お金篇>は、
シリアスの世界を、そのまま写しだすことになる。 ~つづく

 ・・・・・・
5512,人類史上最大のバブルが弾ける時 ~②
 2016年04月18日(月)
      ~【中国とどう付き合うか】人類史上最大のバブルが弾ける時
                熊谷亮丸『大和総研』チーフエコノミスト
   * 中国の成長モデルは賞味期限切れ
 隣りの中国は、今や世界恐慌をもたらすかもしれない火薬庫でもある。
 経済の失敗を覆い隠すために、戦争を仕掛ける可能性もあり、その時期が、
3~5年先かもしれないというから、尋常の話でない。日本は、大地震
大噴火、そして異常な国債過剰などを抱え、中国経済の問題は、他山の石
ではない。現役だったら、その危機感は想像を超えたものだろう。特に、
 地方は、激流の波の被害を一番早く受けることになる。問題は、その後の、
 日本への難民の処遇問題になる。 グローバル化とは、こういうこと!
≪ 中国の成長モデルは最早、賞味期限切れが近付いている。
  構造問題が山積しており、経済的・社会的な矛盾が臨界点を超えつつある。
 経済面では、政府との癒着が続く中、国有企業の改革は遅々として進まず、
 労働生産性が低迷している。 国有企業は利益を配当として政府に還元する
 ことなく、非効率な事業への再投資を続けている。経済の牽引役は依然として
“箱物”中心のインフラ投資で、経済のサービス化も遅れている。
 結果として民業は圧迫され、規制緩和等を通じた民間企業のイノベーション
進展していない。社会構造の面では格差が拡大・固定化し、低賃金労働者の不満
が溜まっている。社会保障・教育・医療等のセーフティーネットの整備が不十分
であることも、消費低迷を助長している。
  中国には“ネズミ族”という、地下の明かりの無いところで共同生活を送る
貧困層が100万人以上存在すると言われる。その多くが地方からの出稼ぎ労働者
 (農民工)だ。彼らの部屋に窓は無い。その暮らし振りは、宛ら洞窟で生活する
 ような印象だ。 これらの構造問題を根本的に解決しない限り、中国がどれだけ
公共投資等のカンフル剤を打っても、それは問題の先送りに過ぎない。
 将来的には、より一層膨張した“バブル”が弾けるという最悪のシナリオが
不可避となるだろう。
  ここで、中国で“バブル”が崩壊した場合の潜在的マグニチュード定量
しておきたい。 筆者のシミュレーションに依れば、
 〔資本ストック調整が本格化する“メルトダウンシナリオ”では、中国の潜在
 成長率は1.6%まで低下し、実際の経済成長率は大幅なマイナスに陥る。〕 
  勿論、一般論として言えば、世界経済のドライバーは依然としてアメリカで
 あり、決して中国ではない。仮に中国経済が少々減速した場合でも、日本経済に
与える影響は軽微なものに留まろう。しかし、中国経済が“メルトダウン”する
場合には、全く別次元の話となる。その影響は、〔世界経済を奈落の底に叩き
落とす程の強烈なインパクトを持つ〕ことになりかねない。中国の政策当局には、
 自らが置かれた状況を的確に認識した上で、中長期的な構造改革と、短期的な
 カンフル剤に依る景気刺激策をバランスよく講じて、何とか中国経済
“ソフトランディング”に導くことを切に期待したい。尚、中国での“バブル”
崩壊に伴う日本への悪影響は、主に中国向け輸出の低迷と、消去法的な
円高進行を受けた他地域向けの輸出低迷という2つのルートから生じる。
 中国人に依る“爆買い”の消失を懸念する向きもあるが、2014年のデータでは、
 日本の対中輸出は13.3兆円程度と、訪日中国人の日本での消費額(5600億円程度)
の24倍に達する。つまり、中国向けの輸出は中国人に依る爆買いよりも、日本
 経済に与えるインパクトが遥かに大きい。中国経済の減速に備えて、我が国の
政策当局は何をなすべきか? “Do your homework.(自分の宿題をやれ)”と
 いう言葉があるが、日本政府は自らの積残した課題に粛々と取り組むべきだ。
 現時点では、当初のアべノミクスの3本の矢の中で、“第1の矢”(金融政策)
に過度な負担が集中しており、構造改革は若干遅れ気味である。今後は、
①農業・医療・介護といった分野における所謂“岩盤規制”の緩和
社会保障制度の抜本的な改革を通じた財政規律の維持等の国民にとって
 耳の痛い構造改革を断行することが、最大の課題となるだろう。≫
 ▼ 今回の熊本地震、まさか九州の中部で大地震が起こるとは思っても
 いなかったようだ。そして、いざ災害になると、その準備態勢が如何に
甘いか知ることになる。これは、中国のメルトダウンに対しても言えること。
 問題は、弱者ほど、その対応が不十分ということ。「弱者だから準備ができ
 なかったからではなく、準備をしてないから弱者」 とも言えることになる。
 「南海トラフ地震が本陣とすると、その一部の部隊が動いた一現象」か!
 東北大震災が本陣とすると、中越地震刈羽地震、一連の東北地区の地震が、
 熊本大地震にあたる。 直近でないとしても、本陣が控えていることは事実。

・・・・・・
5147,1%による1%のための勝利戦略 ー②
 2015年04月18日(土)
      【金持ちが確実に世界を支配する方法】スーザン・ジョージ著   
  ー内容紹介ー 
    ~ネットにあった概要の後編より
≪・本書の前半では、「第1回報告」(これも架空)を振り返り、社会、経済、
  環境問題の展開を検証する。後半では、「階級闘争勝戦略」の提言を行う。
 「階級闘争勝戦略」は、投資家で世界第三位の大富豪ウォーレン・バフェット
 の2006年の発言、「階級闘争があると言いたいなら、そう言ってもいい。しかし
戦いを仕掛けているのはわれわれの階級、金持ち階級のほうで、勝利は目前だ」
から取られたものであり、1%の野望をはずかしげなく洩らしている。
・本書によれば、リーマンショックにもかかわらず、1%への富の集中は進んで
 いるので、彼らが仕掛けた階級闘争は順調。彼らの「必勝戦略」は、ひたすら
99%を洗脳する事と、言い変えると「文化的乗っ取り」あるいは「メディア戦略」。
 「民主主義をお払い箱に」にし、人権を縮小し、自由競争や自己責任の言葉の
連発で、新自由主義に洗脳することが、1%層の宿願である。
・本書の架空の作業部会が、日本の採点をするとしたら、世界の優等生として
褒めてもらえそうである。福祉(医療、年金、生活保護)の切り下げ、消費税に
 よる99%層への収奪、一方では大企業への減税の大盤振る舞い、経済格差の進展、
 実所得の低下、子どもの貧困率のさらなる悪化、東電福島原発事故の発生と
 その被害者の切捨て、秘密保護法の制定、集団的自衛権行使への動きとそれに
伴う軍需産業の動き、国民を犠牲にしても自由貿易を拡大しようとするTPP推進、
ますます政府の広報機関と化している新聞・テレビなど、日本で進行中の動きは、
 本書が暴き出した「1%による99%支配の強化」の日本版と読替えれば、すべて
納得がいく。本書は、日本での動きが、世界を席巻するグローバリズム
新自由主義化)の一環であることを改めて教える。
・本書の性格上、99%による1%への対抗戦略は書かれていない。1%が何を考え、
そのためにどのような手段を使っているか、を寓話形式で知らしめることが
目的だからである。99%が明日からでも実行可能な、1%への対抗戦略については、
ジーン・シャープ著『独裁体制から民主主義へ』がある。≫
 ▼ この政策を実行するに、3つのS戦略が重要としている。 スピード
(すばやく)、セクレシイ(知らせず)、ステルス(水面下)である。これに
 サプライズも加えることができるという。中国は、彼らと同じ体質を持っている。
この傾向は、短期間で達成している。地中海クラブに住む劣等国民には、憎悪
すら感じている。彼らは身に合わない生活をしてきたため、債権は、他の国が
払うべきと信じて疑わないが、これも時間の問題。アフリカ、中近東は、彼ら
 の手先の一部王族が、天然資源を独占、営利を貪っている。それがIS国として
大きなウネリとして支持を得ている。世界は、1%の人たちのためにあるようだ。
・・・・・・
4782,大不況には本を読む
2014年04月18日(金)
  * 「本書のまとめ」      「大不況には本を読む」橋本治
  今さらだが、時代を鳥瞰するにクリアーで解りやすい。 ー(P183)
 《【十八世紀の後半に起こった産業革命は、それまでの世界のあり方を変えて
 しまった。その新しくなった"世界秩序"が日本にやって来て、日本は150年前に
開国した。開国した日本は、その時の世界秩序にのっかって、見事に成功した。
 成功して行き過ぎて、第二次世界大戦バブル経済という二度の破綻を経験した。
 成績トップになった優等生の日本は、それゆえに"見事な破綻"を経験するが、
その他の国はまだそこまで行っていないので、相変わらず"産業革命以後の体制"
は健在だったが、今度はアメリカが新たな破綻にぶつかった。産業革命以降の
体制は、アクセル全開の自由貿易主義だったが、そのこと自体にブレーキが
 かかってしまった以上、改め"ブレーキをかけることの意味"を理解した方がいい。
  そんな世界的なあり方は、″会社の仕事に追い回されて、自分及び自分の家族
やその周辺のあり方を省みない゜という日本人のあり方にシンクロする。自分の
 あり方を省みるために、もう一度‘本を読む’というところに立ち戻ったらいい】
  この考え方をエコノミスト的に裁断すると、私は「保護主義のイデオローグ」
ということにもなるが、私はエコノミストではない「人間のあり方に立脚する」
 文芸関係者なので、「そりゃお門違いだろう」ということにしかなりません。
  バブル経済へ向かって進行する中で、いくつもの誤解は生まれましたが、
 「経済が分からないのはバカだ。物事は経済的見地’にのっとって見なければ
 ならない」ということになってしまったのも、その一つです。 経済の方で
保護主義的」と言われるものは、「人間のあり方に立脚する」立場からすれば、
 「人が生きて行くために押さえておかなければならない基本」でもあって、
だからこそ私は、経済の方では「保護主義的」と言われるものを「自立」と
関連づけるのです。「金儲け」のことをあまり考えない、その能力があるとも
思えない文学や思想、哲学といったもの ーつまり「文学」「その他」は、
 「働いて金を稼ぐ」に代表される現実生活のことを、ともすれば忘却しがちです。
  ・・・ 2008年秋以降の・金融危機・経済危機はそれで、「破綻してよかった」
でもあります。しかし、でありながらも「世界」の方は「豊かさの達成は進行中」
という前提に立って、相変わらずの「富の均質化」を求めます。だから、輸出量
や輸入量の調整は求められるのですが、この「調整」の向う方向は、一つです。
 「豊かである国の、既に達成された豊かさを目標にして、世界中を均す」です。
 既に経済危機で「豊かな国の豊かさの基準」はぐらついているのですが、世界が
「豊かさの達成はなおも進行中のはず」という前提に立っている以上、目標と
 される基準値は「豊かな国の豊かさ」です。そしてこれは、「工業に追い抜かれ、
 工業にすがりついて追いつこうとする農業の哀れさ」と同じ質のものなのです。》
▼ 大きな節目時に、読書をして行間を読むしかない、ということ。
  特に、アメリカの露ばらいをさせられた日本こそ、新たな解決をしなければ
 ならない。「経済の自立=保護主義的になりざるをえない、という基本を押さえて
 おくこと」には、考えさせられる。日本は明らかに衰退の道を歩き始めた。
しかし、現実をみると、誰も直視しない。そのツケは、株価と国債の暴落という
突然の崩壊で生じることになる。日本は近い将来、豊かさとは、かけ離れた国の
悲哀を味わうことになる。150年の間の政治経済のマクロの流れを振り返り、
 今後の方向性を見つけることは至難の業だが、それでも見つけ出すしかない。
 「普通の国」が、キーポイントだが、地政学的に見て、日本は中国とアメリ
 の間にある海洋国家。その辺りが鍵になる。今後10年間は、これまでの10年間
より遥かに厳しい事態になる。この20年間の変化が、10年間に圧縮して襲い
 かかるとしたら、考えただけでも身震いがするが、興味もそそられる。
 気の毒なのは、若い人たちである。

読書日記 ~ソックスに話しかける

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            『人生がときめく片付けの作法』近藤麻理恵
    * 人生に応用できる道理
 TVで紹介していた整理術が、何やら、この「テーマ日記」として続けている
情報管理に似ている。毎日、入ってくる膨大の情報の中で、琴線に触れたのを
テーマにして、それを物語風に管理をしている。それを同月同日に振りかえり
読返す。また、キーワードで内部検索の可能が、最大のメリットになる。
ネット上に公開する利点と欠点が有るが… これも利点3、欠点1として
割切っている。 理性として、感情面でも琴線に触れるときめいた内容を、
自分に、他者に向かって物語る。それはネット上に外部脳化することになる。
 人生で80年、人間として地球上に生まれ出て、様ざまな触媒と供にして、
深く広く経験と、知識をえる。それは「ときめき」「驚き」として行蔵として
内部化をする。 ある意味で、アニミズム風のところがある。

≪ 「こんまり流」の片づけ術は、今まで聞いたことがないアプローチです。
思い出のアイテムを一つひとつ家にとっておく代わりに、近藤さんは読者に
問いかけます。「一足の靴下からオーブンにいたるまで、その一つひとつが、
(あなたの)喜びをかきたてる“ときめく”アイテムですか?」と。
答えが「イエス」なら、そのまま持っていてもOKですが、もし「ノー」だったら、
そのアイテムの役割は終わりました。感謝して手放しましょう。
 そして古いスプーンが「ときめき」を感じるかどうか自問するよりも、
さらに目を見張るのは… …近藤さんの「洋服のたたみかたと収納法」です。
「洋服は、下から上に積み重ねて収納するべきではありません」と近藤さんは
語ります。そうすると、スペースも必要になり、下にしまった服には、積み
重なった服の重みがかかってしまいます。 洋服は、引き出しのなかで
“立てられる”ように、取り出しやすくコンパクトにたたむべきなのです。…
…難しそうですか? ≫

≪「私たちはなぜ片づけをするのでしょうか? 部屋や物が幸せを運んでくれるよう
片づけるのでないならば、全く意味がありません。残すものと捨てるものを選ぶ
一番大切な基準は、それを残すことで幸せになれるか、ときめくかどうかにある」
この驚くほど効果的な考え方は人生にも当てはまる。悪い人間関係や有害な考え方
といった不要なものは、捨てたほうがいい。≫

▼ ソックスを何故に丸めないでたたむのか? 「ソックスを休ませるため」
 という。あなたの足を守るため働いてくれる、それを休ませるため、それを
たたむことで休みやすくする。それに感情があたかもあるようだ。
このテーマ日記も、恐らく来年の同月同日までは、目にしないが、一度、丁寧に
パックをしておけば、今後何度も、対面できる。だから、続けることが出来る。
それを身の周りに応用すれば良いという。手放すとき、運の尽きた洋服に対して、
声を出して言う。「買ったときには喜びを」と、また、何が似合わないか教えて
くれてありがとう」… と。 書棚も然り。自分のためでなく、本のためにも。
こうして周囲を振返ると、つくづく見方が変わってくる。
 私は何をしてきたのだろう。全てが未熟で、放漫で、無知で、我がままで…
やはり、死のリセットが必要ですか? 今さらだが、「我が人生に、後悔有り」。
 傍からすれば「何を今さら」だが、気づかないから生きてこれたということ。

・・・・・・
4040, 汚れつちまつた悲しみに ー3
2012年04月17日(火)
 7年前の同月同日に若い時分の挫折体験について、次のような文章が書いて
あった。傍からみた現在の私は、このようだろう。ところが今回の挫折体験の
心の傷は、これほどでもない。逆にいえば、茫然自失まで至ってないためか、
若さを失ったためか。青年期の幾度の挫折体験で、よくぞ狂わなかったものと
思うほど心の傷は深かったが、今回は、魂まで切っ先が届いてない。
長年の読書と、経験、人間関係の構築のベースがあったためである。 
特に若い時分の挫折体験と、長年の読書の蓄積が大きい。それとも悲しみを
遥かに超えた多くの体験のためだろうか。それにしても、真似た文体としても、
血だらけの挫折体験が、そのまま出ている。書くということ、書き残した自分
の文章を改めて読み返すことの意味(価値)を、この文章で知らされた。 
【 1475, 汚れつちまつた悲しみに ー2  2005年04月17日(日) 】
 「汚れつちまつた悲しみに」の「汚れ」を「倒れ(挫折)」にして、
「倒れてしまった悲しみに」という詩を書いてみた。昔の何度かの挫折を
 思い出しながら。 ー作成時、2005年4月16日 20時20分
ー倒れてしまった悲しみにー
倒れてしまった悲しみに 今日も涙の雨が降りかかる
倒れてしまった悲しみに 今日も嵐が吹き荒れる
倒れたしまった悲しみは たとえば樹氷のように突き刺さる
倒れてしまった悲しみは たとえば黒い血海のよう
倒れてしまった悲しみは たとえば虚空の空飛ぶ蜻蛉よ
倒れてしまった悲しみは あなたの愛に気づくとき
倒れてしまった悲しみは 夢みた昔を懐かしみ
倒れたしまった悲しみは 倒した人を思いだす
倒れてしまった悲しみは 光りの日々が走馬灯
倒れてしまった悲しみは 独りの自分に出会うとき
倒れてしまった悲しみは 悲しい悲しい悲しみよ 悲しい悲しい悲しみよ
倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは 倒れてしまった悲しみは
▼ 悲しむべき時には、悲しむが良い。 本当の悲しみが出てくるのは、
 数年先になるのだろう。まだ、悲しむだけの余裕がないのかもしれない。

・・・・・・
6243,閑話小題 ~「オクサーの姫」
2018年04月17日(火)
   * 逆ハーレムのお姫様 ーオクサーの姫
 「オタサーの姫」とは、 < 男性の割合が多い文化系サークル(オタクが集まる
ようなサークル)に存在する数少ない女性メンバー。サークル内では希少な存在
であるため、圧倒的美女でなくともオタク男性メンバーに姫扱い…
サークル内では希少な存在であるため、圧倒的美女でなくともオタク男性メンバー
に姫扱いされることから「姫」の名を冠している。早くいうと、「逆ハーレム状態」
の女オタクのこと。>

 学生時代の、今でいうシェアハウスのような25室の寮に二人の女子がいた。
何故か一人は勤め人。寮内のコンパに、時々、二人を呼んで騒いでもいた。
別に気どるわけでもなく、寮生活に馴染んでいたようだ。高校は男子校だが、
学年400人中に、7~8人の女生徒がいた。その一人に政治評論家の櫻井よしこ
いたが、御付きのような男ども数人を従えて、そっくり反っているように窺えた。 
受験校出身の女性の「オクサーの姫」の一人が家内ともなれば、愚痴の百も言い
たくもなる。常に男目線を意識している板付きの「かまとと」。内心は女尊男卑
そのもの。しかし、男は女性には優しいもの。12,9,7,5歳、年上の姉の下で、
全身全霊で気遣いをして育ったためか、踏ん反りかえった女性には近づかない
ことにしていたのに、何を血迷ったか…。執事というより、下男。しかし独身
真只中の20歳代半ばの数年は、女性中心の職場。「群れた女は猿集団」と割切り
さえすれば、扱い方次第で、これほど面白く、楽しい日々はなかったのに…。
 
 オクサーの姫のような孤島で起きた事件があった。
【 戦中から戦後にかけて、太平洋の小島・アナタハン島に日本人の女が1人と
 男が32人取り残されてしまった。軍に救助されるまでの6年間、女をめぐって
 の殺人や行方不明者が相次いだ。一匹の女王蜂をめぐって壮絶なまでの生と性
 の闘いがくり広げられ、 十二人が殺されたり、死んでいったという謎と猟奇に
 包まれた事件。】
事実は小説より奇なりというが、この軽いのが男子校のサークル内で日々… 
魔性の女による、危険な遊びが。 巷の奥行きは深い!

・・・・・・
5876,閑話小題 ~朝鮮戦争が現実的に ー3
2017年04月17日(月)
   * 死傷者は400万人
 2500万人が住む首都ソウルに、北朝鮮が核弾頭付でなくとも、ミサイルを
撃ち込めば、百万単位の死者が出るのは周知のこと。北は、それを熟知して恫喝
して何とか体制を維持している。それ故に、韓国は、大統領に莫大な権力を集中
せざるを得ないため、汚職をうむ土壌になっている。現在でも破綻している国家
に戦争は国家破綻を更に加速させる結果になること必定。しかし、アメリカには、
東洋人の100万や200万より、己の国家の安全の方が遥かに重要になる。
「第一次、第二次世界大戦から見れば、この程度は大したことがない」と、
考えても不思議ではない。     
                ~「週刊現代」2013年4月27日号より
≪ ■ 北の妄想
北朝鮮の国民は幼少時から、「朝鮮はアメリカと日本に勝利した軍事大国」
と教えられて育っている。 金日成軍事総合大学の軍事関係者は、
アメリカを倒すのは、掌を返すくらい容易だ」と豪語しているほどだ。
 先日、朝鮮中央テレビは、3日間で韓国を占領するシナリオの映像を流した。
1日目に韓国の重要拠点を占領し、15万人の米兵を捕虜にする。
2日目に韓国の大多数の都市を占領し、
3日目にその他の地域を占領するというものだ。
朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、「朝鮮は世界中でアメリカに対抗できる
唯一の国である」と誇っているほどだ。
まさに皮肉たっぷりの筆致で北朝鮮の「井の中の蛙」ぶりを強調している。
 だが、張教授が述べている「7割から8割の確率で第2次朝鮮戦争が勃発する」
という予想は、すなわち中国政府の見解に他ならない。
 前出の韓国国防部関係者が続ける。
北朝鮮は、南北の局地戦ならば、米軍は参戦しないと踏んでいるようだ。
だが、実際にはアメリカは、三つの条件さえ整えば、第2次朝鮮戦争
参戦する可能性が高い。
 第一に北朝鮮の核やミサイルによって自国の脅威が増すこと。
 第二に戦争によって自国の兵士の損失が最小限に抑えられる見通しがつくこと。
 第三に中国の後押し、もしくは少なくとも黙認が得られること」
 前述のような習近平政権の"反金正恩政策"を見ると、金正恩除去に向けて
米中が手を組むというシナリオは、十分考えられるのである。
  ■ 死傷者は400万人
 それでは実際に、南北衝突となった場合、どのようなシナリオが想定されるか。
軍事評論家の世良光弘氏が解説する。
「第2次朝鮮戦争になった場合、北朝鮮は38度線沿いにある数千基の砲台から、
ソウルへ向けて一斉砲撃します。合わせて、スカッドミサイルもソウルへ向けて
撃ち込みます。しかし米韓は、その前にB2ステルス爆撃機を発進させ、精密誘導
爆弾で38度線の砲門や主要ミサイル基地を爆撃します。B2爆撃機の護衛には、
F22ステルス戦闘機が当たります。
 これに対し北朝鮮は、ミグ29戦闘機が迎撃しますが、まともに稼働するのは
30機程度で、たちまち撃墜されるでしょう。その間にも米韓は、F15Eストライク
イーグルやB52爆撃機、ホーネット戦闘機などを投入します。また海からは
トマホーク巡航ミサイル平壌を爆撃します。そうして制空権を完全に押えた後、
戦車部隊やストライカー戦闘旅団などの地上部隊が38度線を越えて進軍します。
 こうして北朝鮮全域を制圧するには、3ヵ月くらいかかるでしょう。
それでも山岳地帯の坑道に隠れるであろう金正恩の身柄を拘束するには、
それ以上の時間がかかります」
 かくしてイラクサダム・フセインのように、金正恩も拘束されて、
戦争は完全終結となる。その後、北朝鮮には、米中韓、それに日本とロシアも
加わった5ヵ国との協調政権が樹立されるというシナリオだ。
 だがこのシナリオが現実のものとなれば、第1次朝鮮戦争と同様、400万人
規模の死者を出すだろう。ちなみに中国は、金正恩から亡命要請が来ても、
断るという。≫
――
▼ 昨日の午後の政治トーク・バラエティーそこまで言って委員会』が
 時が時だけに、ユニークな企画になった。プーチン、習主席、トランプ、
金主席の顔写真のお面を、各国の専門家に被せて、際どい質問をするもの。
専門家は、自分の意見と、お面の主の考える想定が混同するため混乱するが故、
隠れた真実が垣間見えたような錯覚が、ブラックジョーク、コメディ的である。
「これだけの危機の問題を、爆笑するのも問題では?」 というのも、
そこまで言って委員会』の番組名からして野暮。 
 イエローモンキー(日本猿)が、寄ってたかって、
赤ザルと、白豚と、白熊と、白パンダを、寄ってたかって笑い飛ばして
いるに過ぎない… としても、際どい笑いが何とも「平和ボケ」そのもの。
南北朝鮮の人民にとって一番ウケるのは日本攻撃であることを忘れないこと。
・・・・・・
5146,1%による1%のための勝利戦略 ー①
2015年04月17日(金)
      【金持ちが確実に世界を支配する方法】スーザン・ジョージ
  まずは~内容紹介~より
< 世界中の富裕層のみなさん、お喜びください。完全勝利は目前です。
 ただ少々、問題がございます――。世界金融危機で痛手を被ったかに
見えた1%の富裕層。再び立ち上がり、さらなる富を手にした彼らは、
一体どのような手段を取ったのか。『なぜ世界の半分が飢えるのか』の著者
が「報告書」という形をとって、グローバル化された収奪のシステムを暴く。>
 ネットに、概要を簡潔にまとめた内容があった。
≪ ・ 多国籍企業が国境を越えて自由貿易および市場主義経済を拡大させる、
 グローバリズムの動きがますます急である。これに伴い、世界中で上位1%
への富の集中が著しい。最近は1%どころか、さらに最上位0.1%へ富が集中して、
アメリカの場合には2012年で、純資産が2000万ドル(約20億円)を超える富裕
層上位0.1%の人々の家計に、米国全体の富の23.5%が集中したという。
各国の福祉は切り詰められ、99%の窮乏化は進む一方。誰が一体、
このような事態を引き起こしているのか。
・ 本書は、反グローバリズムの旗手である著者が、1%が委託した、ある架空
の作業部会が作成した架空報告書(今回は2回目の報告書)という寓話形式で、
鋭い皮肉と風刺を用いて、支配している権力者の思考方法と支配メカニズムを
暴き出したもの。架空とはいっても、支配者の論理を知り尽くした著者が、
実証データを駆使し書き上げたものであり、「陰謀論」の批判は全く当たらない。
「スイスの某リゾート地で毎年開かれる1%層のための経済フォーラムが、
秘密部会を設けて世界情勢を分析した内容」とでも想定すればイメージが
ピッタリである。・・ ~つづく ≫
▼ ここで、「階級闘争があると言いたいなら、そういっていい。しかし戦い
 を仕掛けているのは我々の階級、金持ち階級のほうで、勝利は目前だ。」と、
ウォーレン・パフェット(世界三位の大富豪)が述べている。たとえば、世界
の85人の手に、世界人口の半数、約35億人分と同じ富が握られている。
仮説の委嘱委員のような人たちは、自分には今もっているものを持つ権利が
あり、他人に恩義を感じる必要がない、貧乏人は事業自得だ、民間セクターは、
公的サービスより常に望ましいと考えているようだ。著者が、「本書は、
事実に基づくフィクションで、信頼おける確実な情報源によるが、実際の
『作業部会』は、存在しない。だから、綺麗ごとを並びたてる必要がないため、
内容は辛らつで、核心をついている。何度も書くが、自民の保守本流はポチ!
 ・・・・・・・
3674, 自己を見つめる -2
2011年04月17日(日)
           「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
 私たちは人生の現実を経験を介して初めて知られてくる、経験をして
みなければ分からないのである。人生は、経験を通してその深みと広さを増す。 
自分とは、経験してきた全てである。人生は様々な過去の追憶を返し、暖め
なおすことしか、事実上何処にも存在をしない。良質な経験の積み重ねこそ、
人生を豊かに、実りあるものにする。
   ー 第一章 経験 の中より ー
  哲学者・ダガマーは経験について3つの点をしてきした。
・まず第一に、それが誰も予見できず、見通せない仕方で生じてくる点である。
 したがって、経験は常に新しさを含んでおり、経験がもたらす内実を、
 まったく予測することができない。
・次に第二に、そうした経験の過程は、いつも否定的過程であって、実際に経験
 するまでは、当の事柄を知ってなかったことを痛感させられるわけである。
 つまり私たちは徹底的に、浅見や独断を捨て去らねばならないことを教えられる、
 とガダマーは断じる。
・さらに第三に、それゆえに経験とは、本質的に、辛い不快なもの、期待の
 幻滅を伴うものである。かつてギリシアの悲劇作家アイスキュロスが語った
 ように、人間は、「苦しみをとおして学ぶ」のである。それが経験ということ
 であり、こうして初めて人間は、真の洞察と自己認識を獲得するのだ、という。 
  要するに、経験をとおして、私たちは、あらゆる予見の限界と、すべての
 計画の不確かさと、人間の非力さと有限性を、徹底的に思い知らされるわけ。 
 実際、こうした労苦にみちた経験を介して、私たちは、ほかならぬ自己自身の
 人生の実相のただなかに立つことになる。そしてそれ以外に、どこにも人生
 というものはない。私たちは、経験において初めて、自己自身と宿命的に向き
 合うことになる。 経験のなかにこそ、自己自身があると言いうるゆえんである。
▼ 人生を振りかってみて、経験の中こそ、自分があると、つくづくと思い知る。 
 その境界が自分の限界であった。だから迷ったら、とにかく、一歩踏み出して
行動することが、自分を広く深くする。「自分を見つめる」とは、自分の経験を
見つめることと同じである。 経験して初めて、知るが、それは否定的過程を
踏む事であり幻滅を伴なう。 とはいえ、落語の与太郎では? 
・・・・・・
5511,閑話小題 ~二年で円の通貨量が二倍になったが ~②
2016年04月17日(日)
 去年の[2015年04月12日(日)}に以下のテーマで書いた文章が、数日前、
目にとまった。そういえば一ヶ月前、「通貨量が三倍になった」との
ニュースが流れたから、この一年で、1・5倍の通貨量になったことになる。 
問題は、通貨量を三年で三倍にしても、デフレも景気も浮上しないこと。
預金総額が1700兆円に増加したが、それは平均であって、一般大衆の預金が
増加したのではなく、あくまで一部の富裕層だけ。
 ~まず、去年のコピーから~
【  * 二年間で円の通貨量が二倍に!
 二年前、日銀の黒田総裁が、「2012年末に138兆円だった資金供給量を14年末
には約2倍の270兆円に拡大。長期国債の購入量も2年で190兆円と2倍強にして、
上場投資信託などリスク性資産の購入も増やす。インフレターゲットは2%。」
と発表した。ところが、先日のニュースで、「2年間で円の通貨量が2倍に
なったが、インフレ目標の2%はゼロのままと、日銀が公表」と報じた。
 リーマンショック後、米国は数ヶ月で二倍、現在は三倍以上にドルを増刷、
為替相場が3分の1になったかといえば、7年前と同じ。 
日本の供給量は2年で二倍。しかし為替相場は3分の2。株価は安倍首相が
就任した2012年12月26日の終値は1万0230円36銭だから、2倍になった。
日本も米国も通貨量を2倍にしたにも関わらず、インフレにならないところが
摩訶不思議。アベノミクスは中長期的にみて明らかな失政が見てとれるが、
保守本流の頭脳は膨張以外、考えが至らない。「後は野となれ山となれ」である。
 現在は太平洋戦争突入の数年前の様相と似ている。家内を見ていると、物価の
値上げに対する反応に敏感だが、これは一般主婦の趨勢。スタグフレーション
様相を示している。保守本流は、アメリカの忠実なポチ。強者に優しく、弱者に
厳しい。先日、図書館で借りてきた、『金持ちが確実に世界を支配する方法』
の「1%による1%のための勝利戦略」が、まさに現在の政権と酷似している。
とって付けの、政策など、直ぐに、その正体を現れ出るが、その前に衆議院選挙
を昨年末に断行した安部も、強かである。この国民をして、この政府。
とはいえ、激動期には保守本流で中心を固めないと、学芸会のような政治
ごっこの政党に、国は荒らされる! まだ、マシ? 】
▼「通貨量が三倍に増加」のニュースが何故か消えてしまった。聞き違いの 
 可能性があるため、この文章を書くのを控えようか迷ったが、記憶を辿って
みても、間違いない? そこでネット検索でやっと見つけたのが、
【マネタリーベースは12年末の138兆円から昨年末は365兆円と2.6倍
に膨らんだものの、15年平均の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)は2%
目標には程遠い前年比0.5%増。誰が見ても「黒田バズーカ」は失敗】
があった。 とすると現在の三倍のニュースは、間違いない。これからみても、
アベノミクスは間違っており、この失敗は、次世代の弱者に更なる負になる。
その札束は、そのまま富裕層に移動する。~で、これも偶然で、以下につづく。

閑話小題 ~つれづれに娑婆

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   * ブラックホールの生写真をみるとは
・私たちの国は太平洋戦争の敗戦国で、アメリカの隷属国家である。
 日本の富はアメリカの含み益。その回収は、軍事用品の高額買取だったり、
為替相場の操作や、バブル誘導と崩壊などの国家的誘導で搾り取ること。
そのアメリカは、現在でも国民の40%以上が、ほんの一万年前に神が人間を
創ったと信じており、科学の研究結果は、政治を操る冷笑的な人々にとって、
常に退けられてきた。科学こそが、私たちの倫理観の元であると示そうとする
試みまで、そうである。 

アメリカだけでない。世界は、いまだに2千数百年前につくられたアッラー
 の神を大元に抱いた虚構の神の幻覚に支配されている。この通りに、世界は、
偽物に支配されている。それもあって、世界には驚くほど多くの御宝が存在
している。その代表的なのが、知識と情報。この情報革命は、生命誕生以来の
断層の時節の到来を意味する。

・ほんの十数年までは宇宙は一つで、ビッグバンなど、一つの仮説にすぎない
 と多くが信じていた。そのブラックホールの撮影写真の撮影に成功。想像図は何度
か見ていたが、実際の映像をみれるとは信じ難い。これも科学技術の進化のお陰。 
   ~ネットニュースによると…
≪ ブラックホールの姿が史上初めてとらえられた。ブラックホールはいわば、
 近くに迷い込んできたものを手当たりしだいにむさぼる怪物。恒星、惑星、
ガス、塵はもちろん、光でさえも「事象の地平線」と呼ばれる境界をひとたび
越えてしまったら、この怪物の手から逃れることはできない。 これは
「星を食らうブラックホール」である。
 科学者たちがとらえたのは、太陽65億個分の質量をもつ超大質量ブラックホール
地球から5500万光年の彼方、おとめ座銀河団の中心にある巨大楕円銀河M87のさらに
中心にある。画像には、いびつな光の輪に囲まれた暗い部分が見える。
これはブラックホールのシルエットを世界で初めてとらえたもので、ブラック
ホールの入り口に限界まで迫った画期的な画像である。
 今回の画像は、200人以上の科学者が参加した「イベント・ホライズン・テレス
コープ(EHT:事象の地平線望遠鏡)」プロジェクトの成果。これは、ハワイから
南極まで世界各地6ヶ所の望遠鏡をつないで一斉に観測を行うことで、地球サイズ
の巨大望遠鏡を実現しようというプロジェクトだ。
 2017年4月にM87のブラックホールの観測が行われ、5ペタバイ(1ペタバイト
1000兆バイト)におよぶデータが収集された。科学者たちがこの膨大なデータを
解析し、ブラックホールの顔写真を構成するには2年もの歳月を要した。≫
 ―
▼ これから10~20年が本当に面白くなる時節。少しでも多く、断層面にへばり
 付いて知的死に欲を満たしたいが、何てことっちゃ! でも、何とか? 
そう考えるのは、まだ健康体?なればこそ。ところで、ブラックホールを死。
ホワイトホールを生誕、他(多)宇宙をアノ世と喩えると… ブラックホール
写真は、死の光景ですか。10の500乗も存在する他宇宙の入口?ですか、これは。

・・・・・・
6241,読書日記 ~‘人生に生きる意味はない!’
2018年04月15日(日)
           <「真理の探究」ー仏教と宇宙物理学の対話
                   佐々木 閑,大栗 博司(著) >
   * 人生に意味がありか、なしか?
 ここで、数多のテーマで取上げてきた問題。‘人生に生きる意味はない!’
とは、身も蓋もない。青春から老いるまで、誰もが考え、悩む問題である。
最期の自らへの問いかけは、『私の人生って何だった?』『何で生まれてきた?』
『生き直せるなら、どんな人生を過ごせた?』 でプツン! それらの問いには
<人生の意味とは何だろう?>がある。
 「意味」の意味を考えるに、近い「価値」から類推すると解りやすい。 
価値観は、その人にとっても、地勢上、国家、人種、宗教によって、当然違う。
それを仏教学者と、物理学者が普遍的な事として語ると、妙に納得する。
 一休の名言がある。
「世の中は、食うて糞(はこ)して寝て起きて、さてその後は、死ぬるなりけり」
小難しく考えることもない。こんなものだが。猿の世界を見ればよい。
  ~Amazon・内容紹介~
≪ ‘人生に生きる意味はない!’
 大いなる叡智が告げる、この世界の真実
 心の働きを微細に観察し、人間の真理を追究した釈迦の仏教。
 自然法則の発見を通して、宇宙の真理を追究した近代科学。
アプローチこそ違うが、この世の真理を求めて両者が到達したのは、
「人生の目的はあらかじめ与えられているものでなく、
 そもそも生きることに意味はない」という結論だった。
そのような世界で、人はどうしたら絶望せずに生きられるのか。
なぜ物事を正しく見ることが必要なのか。
 当代一流の仏教学者と物理学者が、
 古代釈迦の教えから最先端の科学まで縦横無尽に語り尽くす。
  ~レビューより~
≪ 物理学者・大栗博司教授及び仏教学者(仏教者)佐々木閑教授の講演、
 対話などを簡潔にまとめた本である。
 この本では、大栗氏の講演、対話などから、物質の究極が、分子→原子→
素粒子→17種類のクウォーク等に還元されてきた歴史と、現在では17種類
のクウォークすらが超弦理論に還元されようとしている物理学の現状を概観する
ことができるとともに、佐々木氏の講演、対話などから、仏教の概要とブッダ
の述べた思考について概観することができる。
 この本の中で両者が語った内容で、興味深かったのは、次の3点である。
・第1点は、死後の世界はあるか、霊魂は不滅かという問題について、
 両者とも、明確に否定する見解を採用している。
・第2点は、人生に客観的な意味、目的、価値はないことに、両者とも、
 異論がない点である。両者とも、人生の意味、目的、価値は、神や仏が与える
 ものではなく、個々の人が、自らつくっていくものであるという。
・第3点は、自由意思の存否の問題について、両者とも、断定的ではないものの、
 自由意思は、客観的には存在しないであろうが、人の認識の上ではあるように
 感じるものであるという考え方を示している。≫

 TVで見た若者向け映画『リライフ』が、人生の意味について考えさせられた。
【大学院を卒業後、新卒で入社した会社を“ある事件”をきっかけに、わずか
5ヶ月で自主退社した27歳の海崎新太。今はコンビニでバイトをしながら、再就職
を目指すが、なかなかうまくいかない。そんな新太に、リライフ研究所の所員を
名乗る謎の男が「人生、やり直してみませんか?」と声をかけてきた。
男の言葉に乗せられ、「年齢はそのままに、見た目だけ17歳」になった状態で、
新太は約10年ぶりに、2度目の高校生活を始める。】

▼ 一年後、無事、再生していくが、そこで出会った美少女が、「人生の意味を
 見出せず、自らリライフの一年延長を願い出ていた」ことが、最後に分かる。
「もう一度、全く同じ人生を与えられるとしたら、受けますか?」の厳しい
問いかけがある。大方の人は、「ノー」と答えるそうだが… 父親が、死期を
悟った時に、絞りだすように呟いた言葉、
「今度、生まれてきたら、全く同じ人生を、再び過ごしたい!」
私も、死期を悟った時に、同じ言葉を心の底から絞り出せる生き方をしたいと。
「20歳、30歳代の人生」が非常に満足できただけでも、有難いことである。
 私の人生の意味とは、<「同じ人生を再び!」と思える生き方を貫くこと。> 
 これでも? そのまま結構! 面白かったこと、この上、なかったからね。

大家:まあ周囲の人は大変だよ。
寅:まったくだよ。その毒舌に、どれほど苦しんだか。
熊:「自分のための人生を生きろ!」っていうけど、
 「自分だけのための人生」じゃないか。調子にのって、バカまるだし。
寅:御前が、言えるガラか。でも、大家さんを見ると、ツマラナイよな。
八:少しは反省をしてるけど、じゃあ、如何すれば良かったと思うと、
 『ご覧の通り、そのまま、結構!』と、開き直るしかないね。
 私は私だからね。仕方がないよ。それと、良かった良かったと思えば、
 何事も、感謝できるしね。感動、感激、感謝ですよ。最期はね。
 この三大感情の満足度は、感謝、感激、雨あられ、ですよ。
寅:天上天下唯我独尊じゃないですか。あんたの場合は当然、悪い意味さ。
大家:まあまあ、今日のところは、この辺で、〆ますよ!

・・・・・・
5874,閑話小題 ~朝鮮戦争が現実的に ー1
2017年04月15日(土)
  * 朝鮮戦争が現実にあるのだろうか
 アメリカのシリア軍への攻撃で、アメリカによる、北朝鮮への攻撃が想定
されてきた。もし開戦ともなれば、十万、百万単位の死者が出る可能性もある。
戦力として世界四位の力を持つ北朝鮮との交戦なれば、さもありなん。
大統領に相応しくないトランプなればこそ、危ない。朝鮮半島に二隻の空母が
配置されれば、一つ間違えれば、交戦もあり得る。空母には7~8隻の艦隊が
付き添い、この二つの艦隊に加え、沖縄基地からの攻撃と、集結しているだろう
原子力潜水艦などを考え合わせると、2~3ヶ月以内に勝負がつく位は周知して
いるはず。ドン様が早々に実兄を葬り去ったのは、それもあっての先手。
交戦ともなれば、ソウルは焼け野原になり、百万単位の死傷者が出る。
 2013年04月23日づけの『週刊現代』の記事には息をのむ。
――
≪ ■ 米軍はどう動くのか
北朝鮮情勢が、いよいよ緊迫してきた。 韓国の国防部関係者が解説する。
・「北韓(北朝鮮)は、中距離弾道ミサイル『ムスダン』の発射を日本海の元山
 から行うなど、東海岸に周辺国の目を向けさせています。
だが攻撃の"本丸"は、あくまでも西海岸(黄海)だと国防部では見ています。
北韓は、これだけ内外に挑発的な発言を繰り返しているので、何もしなければ、
金正恩の名折れとなります。しかし本当にアメリカと戦争になれば、一溜まりも
ないことは重々心得ている。
 そこで、米軍を参戦させない範囲内で最大限の挑発をする可能性が高い。
それには、首都ソウルに近い西海岸で暴発するのが、一番効果的だというわけ。
 具体的には、西海岸に浮かぶNLL(北方限界線)の南側にある5つの島を砲撃する
のではと警戒しています。NLLは米韓が海上に引いた線で、北韓は認めていない
ので、彼らにとって攻撃の正当性がある。小島くらいの砲撃では、アメリカは
参戦しないという読みもある。実際、'10年11月に、北朝鮮が突如、5島の一角
である延坪島を砲撃した時も、韓国側が泣き寝入りしました」
・前項でやはり「NLL付近が危険」と述べたソウル大学統一平和研究院の
 張容碩博士も続ける。
北韓は4月9日に、南北和解の象徴と言われた開城工業団地を封鎖しました。
ここは南北軍事境界線まで8kmの距離にあり、元々は朝鮮人民軍の基地があった
場所です。そこへ再度、大量の朝鮮人民軍を配置し、韓国攻撃の拠点にしよう
ということでしょう。北朝鮮との国境付近は、大変危険です」
 実際、38度線に近い韓国京畿道高陽市では、4月1日より「危機対応マニュアル」
を市民に配り始めた。「核兵器放射能攻撃時の行動要領」「化学兵器攻撃時の
行動要領」「生物兵器攻撃時の行動要領」など、全10ページにわたる行動指針を
記した、おどろおどろしいパンフレットだ。
――
▼ 自宅から、そう遠くない柏崎に世界最大の原発があるため、8割以上の確率
 の交戦となると、他人事ではない。 狙うなら平和ボケした日本の原子力? 
以前の戦争危機はカーター元大統領が身を挺して阻止したが、「何故、あの時」
の悔いが、右翼勢力に残った。 その右翼が現政権の中核を占めているため、
本格攻撃の可能性が無いとは言い切れない。中国も国境沿いに軍を集結、北への
圧力をかけるだろう。4月末辺りに、その「まさか!」がなければ良いが。
 中国辺りが、取巻きの女たちに亡命を保証し、暗殺か、軍事クーデターを
画策しているのだろうが… 根が深いだけに?        ~つづく

・・・・・・
・・・・・・
5509,閑話小題 ~今年の桜の総括
2016年04月15日(金)
   * 今年の桜の総括
 毎年、恒例になっている福島江と悠久山の早朝の花見に、この時節になると、
飽きもせず行くが、当り年の桜は何度見ても感動する。早朝の桜の花は、朝日の
こぼれ陽が冷気と相まり、神秘的な空気を漂わせる。特に悠久山の通称、
「瓢箪池」を取囲んだ桜が絶品。 子供の頃には、長岡駅から悠久山へ玩具の
ような小さな電車が通っていて、悠久山の花見は長岡花火と共に、市民の二大
イベントになっていた。 しかし、それもとうの昔に無くなり、今では、自動車
で行くのが大勢。元の悠久山駅前から、1キロ近い石畳の参道の両側に桜並木に
なっていた。毎年、家族で行く花見が楽しみで、大きな広場の後ろの高台の
『団子茶屋』で、団子を食べるのが市民の楽しみであった。その参道の石灯籠の
裏側に、江戸時代に献上した、人の名前が記され、生きた証が残っているのは、
そこだけしかないが、確かに生きていた人の確かな証が記されている。
なるほど、名前は小さな物語。冬期間には、子供の丁度よいスキーのゲレンデ
になっていた。 で、今年の桜の咲具合は、上の下=80点辺りか。それでも、
週初めの天気の良かった早朝の桜は絶品に近かった。大当たりは十数年ないが、
この40年間で、数回かあった。
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2003/04/21
散る桜残る桜も散る桜ー2

 ー雨中の花見
 昨日、散歩がてらの悠久山の花見に行ってきた。
毎年のこの時期の恒例の一人花見である。もう十年以上続いている。
他の場所はどうか解らないが、長岡は4~5年に1度があたり年になる。
季節の微妙なバランスが影響しているのだろう。今年は例年並であったが、
満開時期に雨が続いたという点で外れの年と言ってよいだろう。
 午後一番に悠久山に向かって出発したが、小雨がダンダン大粒の雨に
なり、丁度悠久山の参道に到着したと同時に大雨になってしまった。
いまさら帰るわけにもいかないし、とりあえず瓢箪池に行く。
それでも、いろいろな団体がテントの中で「やけ花見?」をしていた。

 雨が桜にとっての天敵ということが散歩をしていて解った。
それまでは大風と思っていたが、雨も桜の花を叩き落してしまう。
最近の桜では6年位前に2~3年に大当たりが続いた。その時に早朝、
悠久山で写真を撮っていると、中年の男の人が話しかけてきた。
「自分はこの近くに住んでいるが、これだけの桜は初めてだ!」
という。それだけすばらしい桜だったのを憶えている。
 ここで桜を見ていると、子供の頃家族で夜きたことを思い出す。
参道の両側に多くの屋台がならんで華やかな雰囲気であった。
もう50年も前のことだ。
 
 花見こそ一期一会である。
吉野とか京都の名所のあたり年の桜は、魂を吸い取ってしまうのだろう。
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2003/04/19
 「散る桜、残る桜は散る桜」
 「散る桜、残る桜は散る桜」は人間の死を一言でいっている。
他人の死も、すぐに自分の死になる人生の無常を喩えている。
この季節の桜の花を見ていると、ものの哀れをつくづく感じる。
桜は生臭い死の臭いがする。
人生の縮図を桜の花に感じるのは歳のせいか?

 今年の桜は[あたり年ではなかった?]が、例年並だった。
2~3日前が近所の桜の福島江の桜が満開だった。
「悠久山の桜」は今日あたりが満開だろう。
悠久山の桜も絶品だ!
5~6年に一回はあたり年になるが、雪などの季節の要素が微妙に
関係してくる。
 桜は毎年思うことだが、自分の生死を考えさせられる。
以前、桜の精の女に迷って死んでいく侍の映画をみた事を思い出した。
ゾクッとする日本的エロチックの内容であった。

 また7~8年前に近くの従兄が桜とともに自殺をした。
多くの写真を撮り残して。
新潟は桜とともに春が来るという感覚である。
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2005年04月22日(金)
1480, 桜咲くーつれづれに

昨日か今日あたりが長岡の平地では満開である。
もう散りかけてもきている所もある。
近くの山は大よそ一週間おくれになる。

何でも咲きがけか蕾のころがよいものだ。
満開で散りかけも良いが、何か心さびしいものがある。

近くに福島江という桜の名所があり、この時期の楽しみになっている。
車で10分ほどの悠久山の桜も良い。特に豪雪の年は良い桜が咲く。

家内は如何いうわけか「桜が好きでない」という。
「どうして?」と聞いても解らないと言う。
「すぐ散るからじゃないか」と言ったら、
「恐らくそうじゃない」と答えた。
私は、すぐ散るから気にいっているのだが。

10年に一度位は大当たりになる。
悠久山などで早朝に見ると、思わず息を呑むような神秘的な
光景を目にすることが何度かあった。
一瞬の艶めかしい雰囲気が漂っている。

全国的にみたら、無数に名所があるのだろう。
サロンに、時々訪ねてくれる井上さんの桜の写真も楽しみだ。
現場で見る桜は、写真では表現できないほどの濃艶な妖精が
無数に漂っているのだろう。

先日の日経新聞の最後のページの「文化欄」に作家の山本一力氏が、
吹かずともと言う文章を書いていた。
桜の花と、人の引退時を重ねて書いていた。
ー引き時に迷ったら、桜に教わればよいー

今週の長岡は、桜の週である。

庭の梅の花も散り始めてきた。

近くの川に鴨の姿がチラホラ見えてきた。
本格的な散歩が、この時期から始まる。