閑話小題 ~死についての一考察

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          <「後悔しない死の迎え方」~後閑愛実・著>
   * 中治り(仲直り)現象とは…
 「1000人の看取りに接した看護婦が教える書、その中の一言一言が芯に迫る。
死の間際と、その直後には、当人の魂のエネルギーが、様々な様相を現す。
その一つが、「中治り(仲直り)現象」がある。人生とは何事も一期一会…喜怒
哀楽、感動、愛情のエネルギーが織成すドラマ。それを味わい尽すことが必要。
最後は行蔵として本人があの世に持参していけばよい。「後悔しない死の迎える
には、常日頃から後悔しない「生き方」をするしかない。人生には挫折が付いて
まわる。それは、一度、「仲直りの機会として、行蔵を一度、見直すときを神が
与えたもうたとして、直視すべき時節。そこで、何もしないと、後悔する人生の
汚点として残る。周囲を見渡すと、何と多いこと!
 若い時分から、「後味が悪いことは可能な限りしない」を信条にしてきた。
これでもだが!これが残ると、後悔の行蔵の在庫が、何時までも残ってしまう。
 ―
≪ 死の際に一時的に元気を取り戻すことを「中治り」と言います。
 メカニズムは、よく分かっておらずあくまで通称なのですが、確かに
こういった事は度々あるようです。 「灯滅せんとして光を増す」なんて
慣用句もあるぐらいですし、昔から知られていたのかもしれません。
  ~中治りは神様がくれた最後の時間~
「中治り」は「仲直り」とも言われます。 人生の心残りを清算するために、
神様がくれた最後の時間という捉え方です。もしもあなたの身近な人、あるいは
あなた自身が死を前にして一時的に持ち直しても、それは中治りによる作用かも
しれません。そのまま治るとは考えずに、悔いが残らないようにやるべきことを
やっておきましょう。 そのまま回復したならそれはそれで良いでしょうしね。
人との別れはいつも急なもの。常日頃から一期一会を大切に生きていきたい。≫
 ―
▼「後悔しない死の迎え方」なぞ、出来ないのが人間。残ってしまった後悔の
 残証を、壊れた器を貼り合わせて棚に置換えるしかないが、これまた老後の
『まあ、しょうがない!』というには、あまりに哀しい中治り現象となる。
 己のことなれど… 無知は哀しい! 今さらですか。

・・・・・・
6270,閑話小題 ~大相撲が始まった
2018年05月14日(月)
   * 大相撲の楽しみ方
 ただ、漫然として相撲を見るのではなく、「こういう観方もある」切口の、
様々な木や、枝から鳥瞰して見ると面白い。 白鵬も左張手と右肘打ちの
横綱アドバンティジ』が使い辛くなったため勝てなくなった。で今場所、
どう判断するか?考えあぐねて、張手の多様に決めたようだ。この程度の
横綱ならばと、下位力士も平然と張り手、肘打ちを狙ってくる。とすると、
怯えるのは大関横綱になる。張手・肘打ちの多用が無ければ11~12勝が
精一杯。更に貴乃岩に持ち掛けた、暗黙の圧力の八百長?も、もう使えない。
その結果、
相撲現役の余命が長くて一年、最短で年内で… 。 それが、見どころ。
白鵬の身体つきが、全体として萎み、オーラにみえた艶も消えてしまった。
鶴竜も然り。 建設業界のような構造汚職?のような談合は難しくなった。
白鵬日馬富士鶴竜のトライアングルの+照ノ富士の圧力構造の半分が
消滅、これにアヤかって、何気ない張手で怯ませ勝ってきた稀勢の里豪栄道
も勝てなくなった。そこにチビッコ相撲上がりの、学生相撲が台頭してきた。
これを前提に、日々の対戦をみると、面白味が増す。 モンゴル、東欧系の
ハングリーな若手に、親がかりの温室育ちが勝つのは難しい。
 ところで、全身に萎みがみられる稀勢の里の回復は絶望的。引退前の力士の
黄疸現象が… 初期症状だが、白鵬も然り。格闘技の世界はシリアスである。
 隠れテーマは、<張手・肘打ちが出来ない横綱の断末魔!>でしょうか? 

 ネットニュースが何とも面白い! そうしないと早々の引退になるため。
【 大相撲夏場所>◇初日◇13日◇両国国技館
  2場所連続休場明けの横綱白鵬(33=宮城野)が立ち合い、馬力で定評の
ある東前頭筆頭玉鷲(33=片男)の出足を止めるべく、左から張って立った。
【写真】玉鷲と激しい取組をする白鵬
 立ち合いの張り手とかち上げには、横綱審議委員会から苦言を呈され、何かと
物議を醸している白鵬の動きだが、この日、審判部長として本場所初仕事と
なった阿武松親方(56=元関脇益荒雄)は容認の姿勢を示した。
  この日は幕内後半戦の審判長を務め、白鵬の一番は土俵下から目を光らせた。
その白鵬の立ち合いについて問われると「張り差しですよね?」と再確認した上で
「エルボー気味の(かち上げ)は問題ですが、張り差しは問題ない」と述べた。
再度、言葉を慎重に選ぶように「ヒジを合わせたりするのはアレですが」と、
本来のかち上げでなく、相手の顔面目がけて繰り出す“ヒジ打ち”は問題外と
しつつ「張り差し自体は大丈夫」とし、エルボー気味のかち上げにも
「自分の中で調整するでしょう」と改善に期待した。】 ですと…

▼ たかが相撲、されど大相撲としても、これじゃあ、半年前の騒乱な何だった?
閑にまかせて、如何でもいいことをグダグダと。「世間の正体とは?」かいって
いるが、最も世間馬鹿は私自身ですか。楽しむとは、「同じアフォなら踊らな
きゃ損損」というところですか。  
 熊:お笑い長屋の雑談ですよ、雑談!
寅: 御前がいうと、何しら座が和むよ。
 北の富士: 相撲そのものが、神社の御祭りの座興だったもの。
神主: 賽銭そのものは神さんへの些細な賄賂だろう、賄賂!
  八百長でも何でも、大受けすればよいだけ。
 
・・・・・・
6999,閑話小題  ~何が起きているのか? -2
2020年05月13日(水)
   * 学生時代の友人の経営現場は…?
 学生時代の友人には、まだまだ現場大好き人間がいて、可能な限り現役を
謳歌している人が半分程度か。静岡でグローバル企業の孫請け会社の現役社長に、
この新型コロナ騒ぎの影響を聞いてみた。何があっても大丈夫のグループで、
あまり影響がないのではと思いきや、それは深刻のようだ。要約すると…
リーマンショック時も酷かったが、今回は、その比ではない。
 一時期、半分まで売上は減ったが、今では三分の二まで回復しているが、
 予断は許されない。何とか乗りきれそうだが、第二、第三の波が恐ろしいと…
・静岡の経済は、ホテル・飲食業・漁業が壊滅状態。悲鳴も聞こえない程に深刻。
 親会社に泣きつく企業風土はないため、緊急の資金繰りから全てを自らの知恵
 しか頼れない。 大親会社ガ最近、実情をマスコミを通して発表したが、内容は、
 自社そのままを拡大したようだと。

巨大グループなるが故に盤石と思いきや、その現場は決して甘くない。
NHKの特集で、飲食店の急場の実情をレポートしていたが、何処も、根本からの
再構築を要するため、ただ茫然とするしかない。対策を考えるには、あまりに
困難な応用問題。3密なればこその居酒屋、小料理店は、冷凍販売か、宅配。
紹介された神楽坂『天ぷら・専門居酒屋』の苦悩は深い。うちの店は何屋?と…
お客も戸惑っている筈。 さて如何なる? あとに思いつくのは廃業だけ! 
世界は根こそぎ変ってしまった。…空即是色…  行場がないからキツイよ!

・・・・・・
6633,読書日記 ~『無知の科学』だってさ! -6
2019年05月14日(火)
     <『知ってるつもり――無知の科学』
         スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック(著)>
   * 身もふたもない事実
  =訳者のあとがきが簡潔で解りやすい=
≪・私たちは自分が思っているよりずっと無知である。合理的な個人という
 今日の民主政治や自由経済の土台になってきた概念自体が誤りであった。そんな
身も蓋も無い事実を本書は突きつける。それでも爽快感があるのは、本書終盤の、
本当の「賢さ」とは何かという議論と関わっている。…
これまで個人の知能指数(IQ)によって賢さを測ろうとしてきた。しかし人間の
・知的営みが集団的なものであれば、「集団にどれだけ貢献できるか」を賢さの
基準にすべきではないか。記憶容量の大きさや中央処理装置(CPU)の速度といった
情報処理能力と並んで、他者の立場や感情的反応を理解する能力、効果的に役割を
分担する能力、周囲の意見に耳を傾ける能力脳力なども重要な構成要素とみなす
べきだ。脳内CPUの性能には、生れつきの個人差があるのかもしれない。 
・<ただ私たちの知識のコミュニティが向き合る問題の複雑さに比べたら、個人の
CPUの機能の違いなど誤差の範囲である。それ以上に重要なのは、身の回りの環境、
とりわけ周囲の人たちから真摯に学び、知識のコミュ二ティの恩恵を享受しつつ、
そこに貢献しようとする姿勢。それによって生れつきのスペックにかかわらず、
知性を磨きつづけることが出来る。>と。…何とも希望の持てる話ではないか。≫

▼ 二ランク上の目線の男、颯太と、二ランク下目線の凡太の仮想対談より…
 凡太: 何だ、あんたって、思ったより無知だって?
颯太: 御前が勝手に思っていただけだが。そう思わせていた部分もあったね。
 ここでさ、…と最後に余韻につけているだろう。これも、その一つかもね。
凡太:  自分だけが、無知と思ってたけど、実は全てが無知で、石ころの大小と
 大して変わらないという、たった、この位のことが俺様には解ってなかった。
颯太: そうだよ、それを少し知っていただけ、御前よりマシということ。
 だから、人知れず、本を読んでいるのさ。誰も、読書自慢などしないよ。
 自分が無知だと認めたくないもの。知った分、その周囲の無知が見えるのさ。
凡太: あんたさ、毎日、読書をするか、映画やドラマを見るとか、自転車で
 出かけるとか、年に数回、ツアーに出かけるだろう。
颯太: 問いかけられたから答えるけど。一度、世界の果てまで、その企画に
 参加してみたら解るけど、ツアーって凄いの。
凡太: 価値を理解できない人は馬鹿にするけれどもね。説明文と写真で一端は
 解るけど、所詮は、既製品だろう。
颯太: その既製品が、洗練された価値があるなら、これほど、合理的な既製品は、
 他にはないよ。行先に近い、主要都市のホテルに泊まり食事をし、街中か、近郊
 にある遺跡をみて、美術館か博物館に行くだろう。当地料理を味わい、博物館
 と美術館で国宝級の文化を。そして遺跡で文明を垣間見れるだろう。そして、
 秘・異郷で大自然の真只中で、景観と邂逅出来るんさ。一回行く度に、生れ
 変わったような感覚を味わえるんだ。
凡太: そんな話、知らなかった。何で教えてくれないんだ。
颯太: 旅の話はね、「旅自慢」になって、後味が悪くなるんだ。明らかに優劣
 が見えてくるからね。 問題はね、汗して辿り着いた先の絶景で時どき、経験
 する至高体験さ。絶対幸せ気分というか。 そりゃ、一度経験すると、再び、
 味わいたくなるさ。
凡太: 好きな女と… と、如何だね?
颯太: 次元が違う、快感だね。 薬中が、「何でまた?」の質問に、
 「出会ってしまったからさ!」というけど、これと同じじゃないか。
 「未知の未知」に出会ったことに、理屈はいらない。これだけは味わって…
凡太: じゃあ、何と同じじゃないか。
颯太: 話にならんよ。御前じゃ。文化、文明。そして大自然との邂逅。
 そのフルコースを、短時間で味わる地球を碁盤として埋めていくゲームさ。
凡太: 俺なら、布団の中、TVで見るだけで充分さ。 
颯太: 「無知の未知」かい。いや、「未知の無知」かい。自分の知っている
 範囲しか、理解できないということですか。
凡太: 時どきね、何から不安の嵐に襲われ、茫然とするんだ。何もしないで、
 現実に溺れて、既知の世界の住人に嫌気をさしてね。だから、誰かの不幸を
 探しだして、仲間で罵倒するのが生甲斐になるの。それが積もり積もってね。
 自業自得だけど。俺の周りは、俺みたいのばかり。
颯太: 80対20の法則でさ、そういう人に8割の膿が集まるんだ。その部類かい。
 『既知の無知』ということかい。こういうのが老化するとね、愚痴の塊りに
 なるんだ。
凡太: どうしたら良いんか? 今さら遅いのは解っているけども。
颯太: 図書館の音楽コーナーに行くとね。α波の音楽集があるから、
 借りてきて、iphon に入力して、聴くことから始めたら… そうですかと、
 素直に実行できないしね。その頭じゃ。音楽って良いよ。としても無理か?
 バカは死ななきゃ治らないというから、死になさいよ。死ぬ覚悟が出来れば
 第一歩を踏み出せるからね。

追文: また偶然だが、去年の15日に… ところで精神を保てたのだろうか?
――――
4809,ある明治女性の世界一周日記
2014年05月15日(木)
   「ある明治女性の世界一周日記―日本初の海外団体旅行」野村みち(著)
 何気なく、図書館内を彷徨っていたら、この本が目につき借りてきたが、
現在の朝のNHKの連ドラの「花子とアン」の、出身校の東洋英和女学校出身と
あったことも借りる動機にもなった。そして、読んでみて、面白いこと。
ランダムに、どのページを開いても、その日その日の、本人の視線が、
そのまま直に伝わる。  ーAmazonの内容紹介よりー
「母親からの厳しい「良妻賢母」教育と共に、東洋英和女学校キリスト教
英語という新しい教育を受けた明治の女性、野村みち。豊かな感性と柔軟性で、
真摯に、率直な心情を綴った世界旅行記。」 ーレビューよりー
《 元横浜YWCA会長を務めた野村みちの「世界一周日記」。若い頃から洋行に
 憧れを持っていたことが書かれていた。その「世界一周」は、1908年3月18日
から96日間にかけて行われた。冒頭に旅のルートが掲載してあり、米太平洋郵船
会社のモンゴリア号で横浜港を出港し、ハワイを経由し、サンフランシスコ、
ソルトレークシティ、シカゴ、ボストン、ワシントン、ニューヨーク、英国
ホワイトスターライン社のセドリック号で大西洋を渡り、ロンドン、パリ、
ローマ、ナポリヴェネチア、ベルリン、サンクトペテルブルク、モスクワ、
シベリア鉄道を利用してウラジオストック敦賀に帰ってくる世界一周旅行。
一行54名、女性3人。筆者の夫は、横浜の実業家・野村洋三氏で、外国人相手の
古美術商のサムライ商会を営んでいました。本町通りにあったサムライ商会は
横浜の古い写真集を見ていると必ず登場するようなエキゾチックでユニークな
外観をしています。258ページに写真が掲載してありますので。筆者の家族の
写真や世界一周時の集合写真も掲載してあり、文章だけでなく当時のイメージ
が理解できるようになっていました。旅行中の装いも和装で通す意味合いも
書いてあり、このあたりに聡明さが伺えます。アメリカのルーズベルト大統領
との謁見や、パリで名バイオリニストのサラサーテの演奏を聞いたことも記され
ています。巻末に番外編として「野村みちとは」と題する生涯を、北川原美乃
さんが25ページにわたって紹介していました。戦後すぐマッカーサーが占領下の
日本で初めて接した民間人が野村夫妻だったことも書いてあります。
そのような生き方を貫いた女性であることが分かる書でした。》
▼ 100年前の96日間の世界一周日記、そこに女性が3人、加わっての旅行、
 それは大変だっと思われるが、幕末、明治初期の一女性の目で見た当時の、
外国への視線が面白い。長年にわたり、多くの人が様ざまな経験をして記録に
残されているのに、改めて感心する。情報端末がノートしかない時代に、その
人の記録が逆に、生々しさとして、後世の者の心に訴える。横浜で外国人相手
の古物商をしていたため、カルチャーショックは、さほど無かったようだが、
そうでなかったら、その参加自体してなかっただろう。ところで、居間の座椅子
の横に、二年以上も「世界の旅行記101」が置いてあり、毎日、数分間、読む。
2~3ページに要約した101の旅行記が、それぞれ何人かが分担して書いてある。
ところが、どれもこれも、重いため、せいぜい、一日、数分しか読めないが、
それでも門前の小僧で、少しずつ、階段を下りるように、何とか読んでいる。 
それらから比べれば、ツアーで内容が軽いが、それ故に、親近感がわいてくる。 
世界は広く、それぞれ深い!

・・・・・・
6270,閑話小題 ~大相撲が始まった
2018年05月14日(月)
   * 大相撲の楽しみ方
 ただ、漫然として相撲を見るのではなく、「こういう観方もある」切口の、
様々な木や、枝から鳥瞰して見ると面白い。 白鵬も左張手と右肘打ちの
横綱アドバンティジ』が使い辛くなったため勝てなくなった。で今場所、
どう判断するか?考えあぐねて、張手の多様に決めたようだ。この程度の
横綱ならばと、下位力士も平然と張り手、肘打ちを狙ってくる。とすると、
怯えるのは大関横綱になる。張手・肘打ちの多用が無ければ11~12勝が
精一杯。更に貴乃岩に持ち掛けた、暗黙の圧力の八百長?も、もう使えない。
その結果、
相撲現役の余命が長くて一年、最短で年内で… 。 それが、見どころ。
白鵬の身体つきが、全体として萎み、オーラにみえた艶も消えてしまった。
鶴竜も然り。 建設業界のような構造汚職?のような談合は難しくなった。
白鵬日馬富士鶴竜のトライアングルの+照ノ富士の圧力構造の半分が
消滅、これにアヤかって、何気ない張手で怯ませ勝ってきた稀勢の里豪栄道
も勝てなくなった。そこにチビッコ相撲上がりの、学生相撲が台頭してきた。
これを前提に、日々の対戦をみると、面白味が増す。 モンゴル、東欧系の
ハングリーな若手に、親がかりの温室育ちが勝つのは難しい。
 ところで、全身に萎みがみられる稀勢の里の回復は絶望的。引退前の力士の
黄疸現象が… 初期症状だが、白鵬も然り。格闘技の世界はシリアスである。
 隠れテーマは、<張手・肘打ちが出来ない横綱の断末魔!>でしょうか? 

 ネットニュースが何とも面白い! そうしないと早々の引退になるため。
【 大相撲夏場所>◇初日◇13日◇両国国技館
  2場所連続休場明けの横綱白鵬(33=宮城野)が立ち合い、馬力で定評の
ある東前頭筆頭玉鷲(33=片男)の出足を止めるべく、左から張って立った。
【写真】玉鷲と激しい取組をする白鵬
 立ち合いの張り手とかち上げには、横綱審議委員会から苦言を呈され、何かと
物議を醸している白鵬の動きだが、この日、審判部長として本場所初仕事と
なった阿武松親方(56=元関脇益荒雄)は容認の姿勢を示した。
  この日は幕内後半戦の審判長を務め、白鵬の一番は土俵下から目を光らせた。
その白鵬の立ち合いについて問われると「張り差しですよね?」と再確認した上で
「エルボー気味の(かち上げ)は問題ですが、張り差しは問題ない」と述べた。
再度、言葉を慎重に選ぶように「ヒジを合わせたりするのはアレですが」と、
本来のかち上げでなく、相手の顔面目がけて繰り出す“ヒジ打ち”は問題外と
しつつ「張り差し自体は大丈夫」とし、エルボー気味のかち上げにも
「自分の中で調整するでしょう」と改善に期待した。】 ですと…

▼ たかが相撲、されど大相撲としても、これじゃあ、半年前の騒乱な何だった?
閑にまかせて、如何でもいいことをグダグダと。「世間の正体とは?」かいって
いるが、最も世間馬鹿は私自身ですか。楽しむとは、「同じアフォなら踊らな
きゃ損損」というところですか。  
 熊:お笑い長屋の雑談ですよ、雑談!
寅: 御前がいうと、何しら座が和むよ。
 北の富士: 相撲そのものが、神社の御祭りの座興だったもの。
神主: 賽銭そのものは神さんへの些細な賄賂だろう、賄賂!
  八百長でも何でも、大受けすればよいだけ。
 

閑話小題 ~プロ野球も序盤を終えて…

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   * プロ野球も、序盤戦を終え…
 ~プロ野球も序盤戦を終えた総括~
     セ・パ交流戦が5月25日(火)~6月13日(日)の開催予定。
◉ 現時点では、当初の予測どおりで、セ・リーグ阪神と巨人が1,2位に、
パリーグは、楽天、ロッテ、ソフト・バンクが、上位を占めている。
その中で、潜在力を見ると、やはり巨人とソフト・バンクの戦力は圧倒的。
交流戦を終えた6月末辺りから、その力が表立った来るのでは… 
◉ 観ていて面白いのは、巨人。投手コーチに桑田が加わったのがポイント。
選手では阪神ニューフェイスの佐藤選手が評判どおりの活躍。このメンツで、
アタフタする巨人を姿を楽しむのが、この数年来の観戦ポイント。
  ―
   * 東京オリンピック? 中止・中止・中止だよ!
 このパンデミックの中で、誰が如何みても開催できるわけがない。
阿部前首相も、引退への花道も、泥まみれも致し方がない。流れは、この
ゴールデンウィーク直前辺りか。何が、無観客か… 駄目なものは駄目!
何がアスリートですか。大変なのは何処も同じ。何が、有名アスリートか…
 さて誰が「東京オリンピックの中止」の現実の鈴をつけるのか!
  ―
   * <店を閉鎖したい…>って
『…ダメなものは駄目!』 解るけど、このパンデミックの熾烈さからして、
 難しいのが至極当然。 災害、それも地球規模の、地軸が真逆になった…
後戻りの出来ない、災害! 自然体で我が身を任せるしかない。
「この秋口から、ワクチンが何とか普及をして… 二年近い惨状の空気は
消え去り… 粘ったもの勝ち!」などの淡い期待はない。

・・・・・・
6999,閑話小題  ~何が起きているのか? -2
2020年05月13日(水)
   * 学生時代の友人の経営現場は…?
 学生時代の友人には、まだまだ現場大好き人間がいて、可能な限り現役を
謳歌している人が半分程度か。静岡でグローバル企業の孫請け会社の現役社長に、
この新型コロナ騒ぎの影響を聞いてみた。何があっても大丈夫のグループで、
あまり影響がないのではと思いきや、それは深刻のようだ。要約すると…
リーマンショック時も酷かったが、今回は、その比ではない。
 一時期、半分まで売上は減ったが、今では三分の二まで回復しているが、
 予断は許されない。何とか乗りきれそうだが、第二、第三の波が恐ろしいと…
・静岡の経済は、ホテル・飲食業・漁業が壊滅状態。悲鳴も聞こえない程に深刻。
 親会社に泣きつく企業風土はないため、緊急の資金繰りから全てを自らの知恵
 しか頼れない。 大親会社ガ最近、実情をマスコミを通して発表したが、内容は、
 自社そのままを拡大したようだと。

巨大グループなるが故に盤石と思いきや、その現場は決して甘くない。
NHKの特集で、飲食店の急場の実情をレポートしていたが、何処も、根本からの
再構築を要するため、ただ茫然とするしかない。対策を考えるには、あまりに
困難な応用問題。3密なればこその居酒屋、小料理店は、冷凍販売か、宅配。
紹介された神楽坂『天ぷら・専門居酒屋』の苦悩は深い。うちの店は何屋?と…
お客も戸惑っている筈。 さて如何なる? あとに思いつくのは廃業だけ! 
世界は根こそぎ変ってしまった。…空即是色…  行場がないからキツイよ!
 
・・・・・・
6632,読書日記 ~『『無知の科学』だってさ! -5
2019年05月13日(月)
     <『知ってるつもり――無知の科学』
      スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック(著)>
   * 未知の未知
・21歳時に初めて一ヶ月間の欧州旅行で経験したのが「未知の未知」。
 欧州は石の文化。世界史そのままが遺跡として、そのまま現存する世界。
「世界は「知らないこと、想像を絶することで満ちている」ことすら知らな
かったのである。世界史の教科書の写真が目の前の突きつけられ衝撃は、無知
たる自分に未知を知らしめてくれた。カナダのロッキーの広大な景色に触れた
時の驚愕。『 ここは地球上? これを目の当たりにしないで大部分の人は
死んでいくんだ。全てを投げうっても、経験すべき光景。良かった!』
 感動とは「未知の未知」に、その人を導いてくれる。

ここで…
<・物事には、「自分が知っていると知っていること」、既知の知。
・「自分が知らないということを知っていること」、未知の知。
・さらには「自分が知らないということを知らないこと」、未知の未知がある、
アメリカのラムズフェルド長官は言っている。> と。
 未知である認識がないことには手が打ちようがない。知らないということ
自体がわかっていないのだから事実上お手上げ。

・ダニング=クルーガー効果の原則がある。、
< 能力の低い人物が自らの容姿や発言・行動などについて、実際よりも高い
 評価を行う優越の錯覚を生み出す認知バイアス。この現象は、人間が自分で
自分自身の不適格性を認識することができないことによって生じる。
「優越の錯覚を生み出す認知バイアスは、能力の高い人物の場合は外部(=他人)
に対する過小評価に起因している。一方で能力の低い人物の場合は内部(=自身)
に対する過大評価に起因している。」とする。若い女の思い入れ深い自己評価
の過剰な差異などに見られる。

・この研究で、「与えられた活動の評価基準への無知に由来する自己評価の誤り」
の多さを示している。自身の能力に対する過大評価の傾向は、読解や診療、自動車
の運転、チェスやテニスの試合など様々な場面で見られた。また、この効果を定義
したデイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーによって2012年に行われた
「なぜ能力の低い人間は自身を素晴らしいと思い込むのか」という調査によれば、
能力の低い人間は以下のような特徴があることが分かった。
 ~自身の能力が不足していることを認識できない
 ~自身の能力の不十分さの程度を認識できない
 ~他者の能力を正確に推定できない
その能力について実際に訓練を積んだ後であれば、自身の能力の欠如を認識できる。
キャリア組の高速配転による育成は、それで、自分の能力不足を埋めるためにある。

閑話小題 ~ついに来たのか!

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   * 不気味な感染者数の増加!
 県内、とりわけ長岡市のコロナ禍の感染者数が増加してきた。
城下町なるが故に、感染でもすれば、そのバッシングが酷いことを市民は
知っている。まずは、隠蔽するか他市に身を隠すしか手立てはない。兎に角、
弱者には徹底した叩きが入る城下町。その中で
△ 〈新型コロナ〉「ステージ4になりかねない」状況!
 長岡市が独自の“緊急警戒情報”発出【新潟】
 過去最多となる14人の新型コロナウイルス感染が発表された長岡市。 
長岡市 磯田達伸 市長】
「(人口10万人当たりの1週間の感染者数が)25人だとステージ4。
最悪のステージ4になりかねない状況。長岡市としても独自の緊急警戒情報を
発出したい」 長岡市では、4月下旬から新型コロナウイルス感染者が急増。
5月5日~11日までの人口10万人当たりの感染者数は23人を超え、
ステージ4(1週間25人以上)に近づいていることから、市独自の緊急警戒
情報を発出しました。これに伴いコミュニティセンターなど、市が管理して
いる施設での飲食を禁止に。
 ―
△ 新潟県内では11日、新たに55人の感染を確認しました。55人は1日の感染者
数としては、5月8日の50人を超える過去最多です。  …55人の内訳は、
長岡市14人、新潟市10人、燕市7人、三条市7人、阿賀野市4人、糸魚川市3人、
見附市2人、三条保健所管内(非公表)2人です。新潟県内での感染確認は2646人。
 ―
▼ 長岡市が5月5日~11日までの人口10万人当たりの感染者数は23人を
 超えステージ4(1週間25人以上)に近いている。悪くはなれど良くはない。
行動変容として、まず一週間は、家篭りも仕方がない。

・・・・・・
6998,読書日記 ~‘残酷すぎる真実’-2 
2020年05月12日(火)
         <言ってはいけない
                  ―残酷すぎる真実―橘玲/著 >
   * あまりに残酷な「美貌格差」
「これを言っては終いよ」の瘋癲の寅の捨て台詞じゃないが、確かにある。
美人は確かにチヤホヤされるが、収入面まで言及するところがシリアス。
ランダムに多くの男女を集めて5ランクに格付けをして「3」を中間点にして、
平均以上の4,5の女性は平均以下より8%収入が多く、逆に平均未満の収入は4%
少ない結果が出た。これは差引き12%になり、平均年収を300万とみると、生涯
年収格差は3600万。しかし、現実社会の思い込みは更に大きいとみているようだ。
 更に身も蓋もないが、美貌と幸福の関係も、美人は良い伴侶と結婚する結果を
出している。 男には収入、家柄とか他の要素が加わるが、女性は外形が第一に
なるため、熾烈な戦いが出てくる。付いている機能は同じなのに、何だろう?
 美人の女優は晩年になると欝病になる確率が高くなるのが通り相場。
微妙な加齢による変化に自らのキャラを変えられなかった咎である。

≪   ❷ あまりに残酷な「美貌格差」
 【6】「見た目」で人生は決まる――容貌のタブー
写真から性格や未来がわかる/外見から知性は推測できる/
「最初の直感」の的中率/「面長の顔」は「幅の広い顔」に殺されている/
顔立ちによる残酷すぎる損得
 -
【7】あまりに残酷な「美貌格差」
美人とブスでは経済格差は3600万円/「美貌格差」最大の被害者とは/
会社の業績を上げる経営者の顔とは/容姿による差別を生む市場原理
 -
【8】男女平等が妨げる「女性の幸福」について
「男と女は生まれながらにしてちがっている」/男と女は別々のものを
見ている/「男らしさ」「女らしさ」の正体とは/
「母性愛」のもと、オキシトシン/男女でちがう「幸福の優先順位」
 〔コラム8〕女子校ではなぜ望まない妊娠が少ないのか

【9】結婚相手選びとセックスにおける残酷な現実
一夫多妻と一夫一妻はどちらが得か/メスの狡猾な性戦略/避妊法の
普及が望まない妊娠を激増させる/低学歴の独身女性があぶれる理由
 -
【10】女性はなぜエクスタシーで叫ぶのか?
ヒトの本性は一夫一妻?/睾丸とペニスの秘密/女性の性衝動は弱いのか?/
チンパンジーボノボ/農耕社会がすべてを変えた?/女性がエクスタシー
で叫ぶ理由/フリーセックスのユートピアは遠い
---
   ❸ 子育てや教育は子どもの成長に関係ない
【11】わたしはどのように「わたし」になるのか
双生児の奇妙な類似/「高貴な血」と「穢れた血」/遺伝するもの、
しないもの/「こころの遺伝」の明暗
ーーー
【12】親子の語られざる真実
「氏が半分、育ちが半分」の真偽/言語・宗教・味覚にまつわる遺伝の真相/
子どもはなぜ親のいうことをきかないのか
ーーー
【13】「遺伝子と環境」が引き起こす残酷な真実
同じ遺伝子でも違う性格になるケース/「選抜された22人の少年たち」の実験/
黒人少年が生き延びるたったひとつの方法/
英才教育のムダと「バカでかわいい女」    ≫

 ――
▼ 細顔と四角顔では、細顔の方が、あらゆる面でプラスに働くようだ。
 アメリカで殺害された人の頭蓋骨は、ほっそり顔が多かった。何か問題が
有ると、四角顔の人が多いという結果もある。 以前、慶応高校と、地方の
某高校の応援席を見て驚いたのが、慶応高校の殆どが縦顔で、某高校生は横顔。
集団ともなれば、それが際立って見えてくる。

・・・・・・
6631,閑話小題 ~「ヒロシです…」
2019年05月12日(

日曜夕刻の『笑点』の前座に度々、出てくる何ともいえない悲哀を漂わせた
語り口に思わず笑ってしまう。 自虐的一人芸漫談…「ヒロシです」。
お笑い芸や漫談を、1人コントを演じるピン芸人。3名をトリオ、2名をコンビ、
に対し、1名でネタを演じる。先日、亡くなったケーシー高峰や、劇団ひとり
友近などがいる。「ヒロシです…」のフレーズの「自虐ネタ」は、味わい深い?
味がある。大都会の真只中で、独り、部屋の中で自嘲気味に夕飯を食べながら、
こんなことを呟いている人が男女関わらず多く存在しているのだろう。
ネットで検索するとアルアル。

ヒロシです
彼女の浮気が心配でこっそり携帯電話をのぞいてみました。
俺の電話番号は取引先のグループに分けられていたとです。
 ―
ヒロシです
「いつからいたの?」って聞かれましたが最初からいました。
 ―
ヒロシです
テンションを上げる催眠術を覚えました。
これでもかかっているとです。
 ―
ヒロシです
俺の握手会なのに「握手はいいです」って断られた事があります。
 ―
ヒロシです
よく当たると評判の占い師に見てもらったら
「あなた最近仕事の事で悩んでいるんじゃない?」って言われました。
誰にでもわかるとです。
誰でもわかるよね?
 ―
ヒロシです
生活感のない部屋に憧れて余計なものを捨ててみました。
生活ができなくなりました。
 ―
ヒロシです
「ヒロシ君可愛いわね」。
「お姉さんヒロシ君の事が大好きなの」。
「ねえヒロシ君…」。
自分で録音して聞いています。
 ―
ヒロシです
「ワイルドだろぉ?」って言ってる高校生が「古いよ」って言われていました。
俺はどうなるんですか?
 ―
ヒロシです
手首にロレックスの絵を描いてみました。
取り外しができません。

スケジュールを聞かれたので「その日は仕事です」って答えたら
「ウソでしょ?」って言われました。
ウソです。
 ―
ヒロシです
不況のせいかホームレスの特集番組を頻繁に目にします。
俺よりテレビに出ているとです。
 ―
ヒロシです
自分の寿命がわかるというゲームをやってみました。
2年前に死んでいたとです。
 ―
ヒロシです
「ヒロシさん一生応援します」。
「ヒロシさん一生ラブです」。
16年前までたくさん届いてたファンレターに必ず書いてあった言葉です。
みんな死んだんでしょうか?

『果報は寝て待て』っていいますが、どれくらい寝ればいいのだろうか。


▼ 大都会で、独り部屋で、孤立を味わい、時には涙をした寒々した経験が
 青春の一ときに必要である。また群衆の中で、フッと我に返り、つくづくと
孤独感に陥るとき、前からくる電車に身を投じたくなる誘惑にかられるという。
まだ経験も知識も乏しい時節の喪失感の中では… そこから一歩踏み出すのが
都会生活の第一歩。失業をして、連れ合いの愛想をつかれ、離婚をして欝病に
陥った直後の第一歩に私のところに訪ねてきた幼馴染がいた。50歳代半ば
だったが、風貌は白髪で、歯の大部分が抜けて、80歳以上にみえていた。
 営業ネタは、自分の倒産、離婚、欝病の話題。 その直前にも、倒産、離婚
の同じ経験を持つ人がいた。 深い心の傷が、人知れず、周囲の人を傷つけて
しまうのが共通の現象。倒産は私も経験積み… その上、離婚でもすれば、鬱に
なるのだろうが… 中年期以降の離婚は、傷が深くなるのは、聞いてきた。特に
男は、非常に厳しい。信じられない言葉が、「離婚して気づいたのが前妻が自分
には格上の相手だった!離婚しなければよかった!」の言葉。 経験してこそ
気づくことが多い。 で、それを前提で、この悲哀漫談を味わうと面白さは
倍増するのだろうが…

・・・・・・
6268,閑話小題 ~「これ以上はいけない」と宣告する境界線 -4
2018年05月12日(土)

 以前ほど、ユングの集合的意識(普遍的無意識)について語られなくなったが、
それでも心理学の主流を占めていることは違いない。ユングは何気なく描いた
自分の絵が曼荼羅に似ていたのに気づき調べてみると、世界中に似た模様がある
ことに気づき、それは神話にも共通点が多いと知る。それまでフロイトが見出し
た無意識のもっと奥底に、人類に蓄積された集合的無意識があるのではと考えた。
共通したイメージ、原型である。これも知らざる世界の門戸である。
以下では、刑事の能力の中に、「知らざる能力」の柵の向う側の世界を垣間見て
いる。          
            《『街場の読書論』ー歩哨的資質についてーより》
≪ 先日、こんな記事を読んだ。   
 大阪京都両府警の捜査官が広域事件について打ち合わせしたとき、京都府警の
刑事が「こういう事件もあるんです」と、ある空き巣事件の容疑者の写真を大阪
の刑事に示した。打ち合わせが終わって外へ出て10分後に大阪府警の刑事は
近くの競艇場外発売所近くでその容疑者を発見した。この捜査員は雑踏の中から
指名手配犯などをみつける「見当たり捜査」の専門家だったそうである。
 「そういうものだ」と思う。
 彼らは警察官の視野から逃れようとする人々が発する微細なオーラを感知する
能力を備えている。 「職務質問」というのは組織的にやるものではなく、
「挙動不審」な人間をピンポイントして行うものである。 「挙動不審」という
のは、チェックリストがあって、そのスコアが高い場合にそう判断するという
ものではない。 遠くにいる人間の、わずかな眼の動きや呼吸や心拍数の変化の
ようなものが「際だって感知される」場合にそう言われるのである。
そういう能力を持っている人が警察官になるべきであり、これまではなってきた。
 警察という制度はそのような能力を勘定に入れて制度設計されている。
 私たちは刑事ドラマを見ているときに、刑事たちが街中であまりにも容易に挙動
不審な容疑者と偶然遭遇するのを「ご都合主義」だと嗤うことがあるけれども、
警察の捜査というのは、もともと「そういうもの」なのである。
だが、挙動不審な人間を感知する能力や嘘をついている人間とほんとうのことを
言っている人間を直感的に見分ける能力などは、その有無や良否をエビデンス
よって示すことができない。本来は捜査員の採用のときには、「そのような
エビデンスをもって示すことのできない能力」の有無を基準に採否を決すべき
なのである。でも、エビデンスをもっては示すことのできない能力の有無の判定
にはエビデンスがないので(当たり前だが)、現在の公務員採用規定ではこれを
適用できない。そのせいで、わが国の司法システムは劣化したのだと私は思っている。
 冤罪事件が多発するのは、司法システムが「嘘をついている人間と真実を述べて
いる人間を直感的に識別できる能力」を備えた司法官が一定数存在することを
前提に制度設計されているからである。 司法官の少なくとも一定数は物証がなく
とも、自供がなくとも、証言の真偽を直感する力を備えていると想定されている。
 「裁判官の心証形成」という不思議な法律用語があるが、これは裁判官が
「複数の解釈可能性のうち、ある解釈を優先的に採択したくなる気分」のことである。
 「気分」に法律的な力が認められているのは、司法官(の少なくとも一部)には、
「証言の真偽を直感的に判定する力が備わっている」ということが司法界では
広く信じられていたからである。そのような能力を備えた人間が一定数存在する
ことを前提にしてつくられた制度が、まったくそのような能力を持たない人間に
よって運用されるから冤罪事件が起きるのである。
シャーロック・ホームズのモデルのエジンバラ大学医学部教授ジョーゼフ・ベル
は患者を一瞥しただけで、出身地や職業や疾病歴を「言い当てる」ことができた。
 医師(の少なくとも一部は)そのような能力を有しているということを勘定に
入れて医療制度は設計されている。
 司法や医療や教育はひろく社会的共通資本の中の「制度資本」にカテゴライズ
されるけれど、これらはいずれも「わからないはずのことが、わかる」という
人間の潜在能力を勘定に入れて設計された制度である。これらはいずれも
「存在しないもの」とのフロントラインに位置する「歩哨的制度」である。
 人間の世界の内部では「存在することが明証的であるものだけが存在する」
「存在することのエビデンスの示されないものは、存在しない」というルール
が適用されている。 「内部」はそれでよい。
でも、「存在しないものとのフロントライン」では、そのルールは通用しない。
そこはまさに「存在しないはずのもの」が「存在するもの」にかたちを変える、
生成の場だからである。そのような場にどのようにして「歩哨的資質」を持った
人々を配することができるか。 子どもたちのうちから、そのような「歩哨的資質」
を備えたものをどうやって見出し、その能力を選択的に育成してゆくのか。
これは原理問題ではなく、純粋に技術的な問題である。≫
――
▼ 世界の平和の先行きが、裁判長レベルだけでなく、世界の重大事項の決定権を
 持つトランプ、プーチン大統領、習主席、金主席が、あってはならない世界大戦
の世界への歩哨とすると、これは重大問題にある。殆ど世界政治の経験のない、
彼ら、とりわけトランプに核弾頭のカバンが渡ってしまった。さすがの、何も
恐れをなして… として、誰の眼にも、これで済むわけがない。怒れた歩哨が、
門戸に立ち、今まさに開けんとする重大危機に立っていることを忘れるべきで
ないと著者は言いたかったのでは… 。 「気違いに刃物」とは、このことと?
<気違いに刃物、大衆にポピリズム!>
ポピリズムを検索すると…
【一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに
 既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想、
または政治姿勢のことである。日本語では大衆主義や人民主義などという。】
歩哨に立つ、あの方がた。大衆を「下衆」、いや虫けらぐらいでしか見てない。
門戸の向う側の何かしらが、彼らを選んだ可能性も考えられる。その狙いは?
狂った猿の自滅ですか? 若い人は面白いが辛い時代を生きねばならない。
 
・・・・・・
5171,閑話小題 ~ボ~ッとしたデカルトの時間
2015年05月12日(火)
   * ボ~ッとしたデカルトの時間
 御隠居の生活に入って、早朝からスケジュールとおりに時間を過ごしている。
その時間の中で一番大事なのがボ~ッとした時間。だが、それが過ごせてない。
ひとつ終わると直ぐ、次のスケジュールに移行するため。 以前もふれた事が
あるが、宗教学者山折哲雄が、早朝30年続けてきた座禅で、無念無想を諦め、
この時間帯は、デカルトの「ものを考えている」と思いつき、全身が解放された、
という話にハッと何かを感じとった。 最近、パソコンや読書の合間に、何を
するでなし、意識的に弛緩した状態でボ~ッとしている。考えてみたら、現役
時代は何時もしていたことだが、問題は意識してボ~ッとすることだった。
 ~その辺りの記述を抜粋~
≪ 朝3時か4時に起きて、毎朝一時間ぐらい座る。毎日香っている線香一本
 燃えるのにだいたい50分前後。その一本を闇の中でつける。その明りを
見ながら座る。道元が言っている「無念無想」なんてのになれるものならなって
みるか、なんてやっていたけど、ぜんぜん無の境地にはならなかったですね。
雑念、妄想とズ~ッと戯れている。30年近くこれをやって、「俺はもうダメだ」
と思ったのが50代の終わりぐらい。でも、もう癖になっているからとにかく
朝は座るんです。で、あるときハッと思った。「無念無想になろう」と思うから
いけないのであって、「ものを考えている」と思えばいいじゃないかと。
あっという間に全身が解放されたような気分になってね。「俺は今デカルト
やっているんだ」と。道元の時間と思っていたからできないのであって、
デカルトの時間と思えばいいと。すると、何を考えてもいいわけです、金、
女性、喧嘩したこと…。「我考える、ゆえに我あり」。道元だって大部分
の時間は無念無想じゃなくて妄想と戯れていたんじゃないかと思ったのね。
それで瞬間的にパッと無の瞬間が訪れる。逆にデカルトだって、考えづめに
考えていて、ときには無念無想の時間に恵まれたことがあるんじゃないかと。
そうすると、道元デカルトはぜんぜん違う世界の人間じゃなくて、彼らは
同じ時間を共有していたのかもしれない、そう思ったときはうれしかったね。
座禅が終わって五時ぐらい。それから本を読んだりものを書いたり。以前は
夜型だったんだけど、朝一時間は夜の3~4時間に匹敵する、それがわかって
から夜は仕事をしないことにした。朝2~3時間仕事をすることが、だいたい
自分のノルマになったかな。 ・・・。 ≫
▼ 数ヶ月前から、ブログを書上げネットにアップした後、それまでは、
 次のプログラムを直ぐに移行するが、その時、ただボ~ッと全身を弛緩し、
ただ座ることにした。これが意外と難しい。要するに雑念が次々と思い浮ぶが、
その中に思いもよらぬ砂金が含まれていることがある。「我考える」とはいえ、
どうせ、碌なことしか考えてない。それなら、この随想日記のように、まず
禄でもないことから、考えればよい。元もと『禄でない』だから!
早朝の散歩も、ポタリングも、ある瞬間、『無念無想』の瞬間がある。
『エッ!俺、何時もボ~ッとしている』って? それってバカじゃないか。
それってバカじゃない。

・・・・・・
5901,閑話小題 ~病は覚醒装置である ~3
2017年05月12日(金)
   * 自己を失うことと、存在を失うこととは違う
 <自己を失うことと、存在を失うこととは違う>とは、意味深長の言葉。 
 挫折を例にすると、「挫折で自己を失った時期があったが、その中でも、
自己の存在が、その状況を冷たく、優しく見つめていた」という存在である。
印税が多く入ってくるのだろうが、浪費癖のため、蓄積は多くない?  
≪ 入院した半年後に退院したが、仕事が皆無になっていた。いきなりバッタ
 扉を閉められたのだ。世界は私を拒否をした。私は何もかもを失ってゼロに
なった。ゼロに、そうゼロである。仕事もなければ、身体を支える足も萎え、
私は私の知っているではない。見慣れない老いさらばえた女が鏡に映っている。
 …(略) 仕事を失ったと同時に、私は社会から閉め出され、私を規定する
他者を失った。他者を失うことは、すなわち自己を失うことである。ここで
あえて「ゼロ」を「無」とは表現しない。世間が中村うさぎを消し去っても、
私の存在自体がこの世から消えるわけではない。
 「自分を失うことと、存在を失うことと同義ではない」。
自分がゼロになった感覚は恐ろしいものだが、しばらくすると何だかどうでも
よいいいことのように思えるようになった。ゼロになったということは、単に
リセットされたということではないか。
 たとえば、ゲームをやっていて、いきなり何かのエラーで強制終了になって
今までやってきたことが、全部リセットされるなんてことは、昔は日常茶飯事
だった。同じようなことが人生でも起きたと思えばいい。また一からやり直せば
いい。そんな強制終了も人生でも起こりえるのだと、と学べただけでも儲けもの
ではないのか? …(略) 結局のところ、人間は自分で自分を救わなくては、
どこにも行けない。≫

▼ 深く考えることも、大きく挫折したことのないサラリーマンが、定年を
 むかえた時に、上記のような初老性欝病に陥るケースが多い。「私の人生、
何だった?」の根本的疑問である。20歳代から30歳半ばまで多くの変転を重ね、
リセットの最中で、著者の「自分で自分を救わないと、どこにも行けない。
何者にもなれない!」と独り言を脳裏で呟くしかなかった。それが、6年前の
リタイアの節目から、現在に至るまで、他者の存在に気にすることなく、
現在に至っている。元もと自分も、他者も、幻想でしかない。そこまで、
精神を覚醒していれば、何のことはない。どうでもよい事である。

・・・・・・
6997,読書日記 ~‘残酷すぎる真実’-1
2020年05月11日(月)
          <言ってはいけない
                 ―残酷すぎる真実―橘玲/著 >
 中学校時の上位成績が、そのまま、人生を決定づけている現実を、
何度も書いてきた。14歳で既に人生が決まっている恐ろしい現実がある。
ソクラテスのいたギリシャの社会構造が、
  <3%の支配者と、30%の市民と、67%の奴隷階級>
に色分けされていたが、現代のアメリカ社会が、そのままスライドしている
漫画的な残酷な真実がある。「見出しと、目次」をみると、バカバカしいと
拒否反応をしたくなるが、私が生きてきた世間、社会には、残酷すぎる真実が
あった。ここで美貌格差の値段が3600万というが、なる程、言い得て妙な値段
設定である。記憶が鮮明な女性には清潔感があって、明るく、誠実でサッパリ
した人。それ以外は??… 外的バランスの良さが成せる業だが、現実は現実。
人生とは、その拡大と縮小過程にあるような… ?
 貧しさは敗北ですらあるのが娑婆。 …恒産あっての恒心あり。
それもこれも、65歳までの話。あとは… その裏付けが情報と、知識として
蓄積されているかどうか。『男はつらいよ』の寅は、はみ出し者のお伽噺。
 
  ~Amazonの商品説明より~
≪  ❶ この社会にはきれいごとがあふれている。
 人間は平等で、努力は報われ、見た目は大した問題ではない――だが、
それらは絵空事だ。往々にして、努力は遺伝に勝てない。
知能や学歴、年収、犯罪癖も例外でなく、美人とブスの「美貌格差」は
約3600万円だ。子育てや教育はほぼ徒労に終わる。進化論、遺伝学、
脳科学の最新知見から、人気作家が明かす「残酷すぎる真実」。 
 口に出せない、この不愉快な現実を直視せよ。

 =目次=
まえがき
  努力は遺伝に勝てないのか
【1】遺伝にまつわる語られざるタブー
馬鹿は遺伝なのか/依存症・精神病は遺伝するのか/犯罪は遺伝するのか
〔コラム1〕遺伝率
 〔コラム2〕遺伝と犯罪
 -
【2】「頭がよくなる」とはどういうことか――知能のタブー
親の収入と子どもの学歴の関係は/人種とIQについてのタブー/
差別のない平等社会をつくれないワケ/「知能格差」の真因とは
〔コラム3〕ユダヤ人はなぜ知能が高いのか
〔コラム4〕アジア系の知能と遺伝
 -
【3】知識社会で勝ち抜く人、最貧困層に堕ちる人
経済格差の根源は何か/超高学歴でエリート主義のスノッブたち/
強欲な1%と善良で貧しい99%/日本社会に潜む「最貧困層
 -
【4】進化がもたらす、残酷なレイプは防げるか
犯罪は「凶暴な男」の問題/進化のために赤ん坊が殺される/
妻殺しやレイプを誘発する残酷な真実/オランウータンもレイプする/
夫婦間のレイプはなぜ起こるのか?
 〔コラム5〕実の親と義理の親の子殺し
〔コラム6〕家庭内殺人と血縁

【5】反社会的人間はどのように生まれるか
こころを支配するもの/心拍数と反社会的行動の因果関係/
犯罪者になる子ども、実業家になる子ども/「発汗しない子ども」は
良心を学習できない/「賢いサイコパス」と「愚かなサイコパス」/
少年犯罪者や異常性欲者への驚愕の治療法/脳科学による犯罪者早期発見
システム/子どもの選別と親の免許制/非科学的な人権侵害よりも脳科学
による監視社会を
〔コラム7〕犯罪と妊婦の喫煙・飲酒          ≫

▼ 医者は女医か、それに見合う家系の相手と結婚する。美形の看護婦との
 それは少ない。白馬の騎士は、生まれ育った環境から連れ出してくれ男を
言うのであって、数ランク上の相手ではない。 学生時代の不文律…
オープンだが、実家の話をしないこと>。 砂場の「子供社会のルール」
 社会には「平等、自由、博愛」など存在しない。その真逆なればこそ、
理念としてあるだけ。平等の代用に「公平」の言葉があるが、これも妄想。
猿と人間の境目のチンパンジーには、「公平」に対して異常なほど敏感。
なればこそ、人間に近いといえるが、人間社会は、不公平に出来ている。
それこそが残酷な現実ということ。 面白い小噺が有る…
<「世の中には、金で買えないものがある」に対して、
 「何さ…金額によるだけさ!」が、何とも面白い! 末期ガンで
幾ばくもない生命を考えると、さて、どうか! 

閑話小題 ~殿町の灯火

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   * 殿町を朝の散歩コースにしている酒友が言うには
 30~40年と殿町を飲み歩いた酒友が言うには…
『 …昔、通った店の看板が意外と残っている。早朝でも、馴染みのママさんと
 出くわすが、70後半から80歳を超えようとするが、それが元気。…補助金
効いているのでは? 地元では、酒場でコロナ禍で感染でもすれば、命取りに!
誰も飲み歩けない筈なのに… 』
 コロナ禍で、街中の飲食店、商店の入金が激減している上に、これ!
仲間内で店内で、こっそりと? これは厳しいはず。同店の管理職以上は、
毎日、眠れないだろうに! ネットで、検索しても、これが出てこない。
いや出ないようにしているのだろうか?

【 令和 3年 5月 3日
 お客さま各位 お客さま各位
長岡 信用金庫 信用金庫
 * 新型コロナウイルス感染者発生
及び追加発生 及び追加発生 に伴う対応ついて に伴う対応ついて に伴う
対応ついて に伴う対応ついて
 令和 3年 5月 1日、当金庫 日、当金庫 日、当金庫 日、当金庫 日、
当金庫 宝支店勤務 支店勤務 支店勤務 支店勤務 (従前、大島支店勤務 従前、
大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務
従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店勤務 従前、大島支店
勤務 )の職員 の職員 の職員 1名の新型コロナウイルス感染がロナウイルス感染が
ロナウイルス感染が判明しておりまたが、5月2日に大島支店勤務の職員 3名の
追加感染が判明。
当金庫は、関係機と密に連携を取りながら感染拡大防ぐべく組んでまいす。
経緯や対応等の詳細は、下記通です。
お客様には 、多大なるご不便 多大なるご不便とご迷惑をお掛けしているこに
つきま詫びとするともに 、ご理解と協力 を賜りますよう、何とぞよろしく
お願い申します   】
 ―
▼ これに類したことは、多くあるのだろうが… 城下町なるが故に…? 
 
・・・・・・
5170,人生相談という気晴らし! ~②
2015年05月11日(月)
              『人生、しょせん気晴らし』中島義道
   * 「いい人」やめて、「ろくでない」になれや
 母親の痴呆症と5年半の間、付合ったこともあり、相談者の切実な気持ちが
手にとるように分かる。兄弟の微妙な関係もあって、そう簡単に事は進まない。
ただ「いい人」を止めてしまうことには大賛成だが、「いい人」は簡単に止め
ようがないもの。介護は、それなりの強さと覚悟が必要になる。「ろくでなし」
にも、覚悟が必要。 正常と非正常の間を彷徨う肉親との同居は重く疲れる。
≪ Q: ~母親の介護で、自分自身が壊れてしまいそうです!~
 私は四十五歳で、現在母親の介護をしております。母の介護をするために
仕事を辞め、現在無職です。私には、父、兄、弟がいるのですが、まったく
母の面倒をみようとしないので、男一人で母の介護をしております。
 その母も痴呆が進み、モノの判断ができなくなり、外でゴミを拾ったり、
真夜中に叫んだり、私もその対応に、やり場のない疲れが溜まっております。
もういっそのこと、私も介護を放棄し、母親に早く死んでほしい気さえします。
同時に私まで気がおかしくなりそうなのです。しかし、これまで母親に世話に
なったことを考えると、それも出来ません。このように思う私はやはり
「できていない」人間なのでしょうか?
A: ~「いい人」をやめて、「ろくでなし」になりなさい!~
 これも失礼ながら、いらいらする相談ですね。あなたは、私の嫌いな
「いい人」なんですね。これまた細かい事情はわからないのですが、真剣に
考えれば社会的にはいろいろ道は開けると思います。お母さんには息子が三人も
いるのですから、三人でお金を出し合って、介護士を雇う、老人ホームに預ける
等々。(お父さんはともかく)ご兄弟がそれに協力しないのなら、あなたが介護を
続ける代わりに、彼らにあなたの心的・肉体的負担相応のお金を請求してもいい
でしょう。お二人がそれさえ拒否するなら、その原因は二つ考えられます。
一つは、あなたのご兄弟が「ろくでなし」だということ、もう一つは、あなたが
「いい人」という名の「困った人」だということ。「ろくでなし」と「いい人」
が共存すると、だいたいいまのあなたのような状況に陥ります。「ろくでなし」
は、「いい人」を骨の髄まで利用し続け、「いい人」は全身不満の塊になって
恨み続けるというわけです。一般に、人がある限度を超えて耐えるとき、碌な
結果を呼ばない。だから、なるべく避けたほうがいいのです。・・(略)
 あなたがお母さんを(間接的にでも)殺さないうちに、あるいはあなた自身が
「気がおかしく」ならないうちに、あなたは大変身する必要がある。つまり、
「いい人」をやめて、ご兄弟と同じように「ろくでなし」になることです。
そこで、私の提言はただ一つ。一度みんなを集めて、「俺だけおふくろの面倒を
見るのはおかしい!」と大声で叫んでみてはどうでしょう。「もう介護はやめる!」
ときっぱり宣言してはどうでしょう。つべこべ理由を言う必要はない。ことの
おかしさは、どんな「ろくでなし」にもわかるはずですから。一度、そういう
修羅場を経由しなければ、そしてみんなが全身ひりひりするほどの痛みを覚え
なくては、何も変わらない。もっとも、あなたがどうしてもそうしたくない、
そういう勇気がないというのなら、仕方ないですね。お母さんが死ぬまで、
あなたは介護を続けるしかないでしょう。お母さんを恨み、ご兄弟を憎み、
そして自分を責めて生きるしかないでしょう。≫
▼ 介護には、周囲の無理解がついて回る。「まだらボケ」が、その一つ。
 第三者が居るときには、緊張が入った正常状態に近いため、痴呆症の人との
同居経験がないと、「聞くと見ると大違い」と、勘違いをしてしまう。
で、「ろくでなし」と決め付けられる。 当人は今さら何をか!
私自身を振り返ると、見えてくるのが、「ろくでない」「いやなやつ」の影。
・・・・・・
6630,閑話小題 ~正面衝突の可能性もあった
2019年05月11日(土)
    * 他人事でない事故
 幼稚園児の列に右折と直進してきたオバサン2人の車が衝突、幼児の二人
が死亡した。やはり起こったかが感想。時どき、この判断で迷うことが多々ある。
2ヶ月ほど前にスポーツジムに行く途中の大通りで、右折しようとしたところ、
右折点滅をして直進してきた車があった。右折発進をしようとアクセルを踏む
瞬間だったが、何か嫌な予感がして留まったところ、その車はそのまま直進を
して通り過ぎていった。アワヤの大事故になるところ。私も右折サインを出した
まま、走っていることがある。ところで、こういううっかりミスに対する判断を
「自動運転車」は、どのように判断する?のだろう。
  ~ネット記事から~
≪ 大津市の交差点で車同士が衝突し、弾みで1台が散歩中の保育園児の列に
 突っ込み、2歳の2人が死亡し1人が重体、園児と保育士の計13人が重軽傷を
負った事故で、大津署が事故車両に積載されたドライブレコーダーを解析
していることが9日、同署への取材で分かった。 自動車運転処罰法違反
(過失傷害)の疑いで逮捕された大津市の新立文子容疑者(52)の乗用車が
右折しようとした際、前方の安全確認が不十分で、直進してきた同市の
下山真子さん(62)の軽乗用車にぶつかったとみられる。≫
 ―
▼ 今回の事故で2人が逮捕されたが、状況をみるとドチラか一方が悪いはず?
と思ったが、案の定、一人が直に釈放された。直進する運転手の判断ミスの
ようだ。あの時の一瞬の勘は、何だろう? その判断で自らを助けたことに
なったが、思いだすたびに震える。私の車には車載カメラがついてないため、
事故っていたら、私の判断ミスと決めつけられる可能性もあった。
 40年近く前、通称『ありがとう事故』でオートバイを撥ねたことがある。
右折をしようと停車をしたところ、前の車が、停車をしてくれ、行けという
点滅をした。そこで右折をするとオートバイが、その車の左側から直進して
きて衝突して転倒。人身事故ではなかったのが、不幸中の幸い。保険内で
済んだが… 運転免許の取得の期間に、平均すると重傷事故を一回起こすと
いうデータがあるというが。 男女間の諍いを事故に類推すると面白い?
特に結婚生活。北欧では7割、アメリカで5割、日本は3割5分が離婚に至る。
問題は、子供に対する影響。世の中の大方の不幸は、両親の不和から起因する
性格形成で生じる歪みが多い。暴走車が人の列に突っ込むのを犯罪に例えると
何やら恐ろしくもなる。そう例える私の心象風景も問題ありますか。

・・・・・・
6267,閑話小題 ~「これ以上はいけない」と宣告する境界線 -3
2018年05月11日(金)
   * 「わかる人はわかる」というのは本当!
 過去を振り返ってみて、何度も、何故か「何か」に助けられたことがあった。
それが不思議である。母親も何時も危機になると不思議の力で助けられてきたが
口癖であった。それが幼児の頃に亡くなった父親だという。私のそれは何?
ユング集合的無意識の家族バージョン、先祖バージョンか、原子脳の働き?
確かに霊感は、その人によって、時節によって強弱がある。両親の良し悪しで
人生の大方は決まってしまう。これも運。宿命は変えられなくても運命は変え
られるというが、そのためには、膨大なエネルギーの集中を要する。欧米では、
心の奥の院アッラーの神が存在する。日本では多神教としても、その中核に、
仏教がある。太平洋戦争敗戦後、70年以上経過して、平和ボケしてしまった。
そこに情報機器の進化で、ネット社会が現実社会を覆ってしまった。神も仏も
ありはしない世界が日常になった。韓国や北朝鮮を「合せ鏡」にすれば解るが、
それ以上に危ないのが日本。
           《『街場の読書論』ー歩哨的資質についてーより》   
≪ …髑髏島の原住民たちがコングの人間界への侵襲を防ぐために建設した、
 あの巨大な「門」を想像してもらえればよろしいかと思う。 「かんぬきと
戸がしっかり機能している場所だと、私たちは「高ぶる波」のすぐ近くまで行く
ことができる。 聖人とは、「境を定め、かんぬきと戸をもって高ぶる波をおし
とどめる」人のこと。 私たち全員がそのような仕事をしなければならないという
わけではない。けれども、時どき、聖人が登場して、「かんぬきと戸」の点検を
することは私たちが人間的秩序のうちで生きてゆくためには必須のことなのである。
 私はかつてそのような仕事のことを「歩哨」(sentinelle)と呼んだことがある。
 私たちの社会制度のさまざまな箇所で「ほころび」が生じている理由を私は端的に
「歩哨」の絶対数が減ったことだと思っている。 福島の原発事故は「恐るべき力」
を制御するための「かんぬきと戸」の整備と点検の仕事がほとんど配慮されて
いなかったことを示した。そこには会社の収益や、マニュアル通りの業務や、
自身の組織内の立場を優先的に配慮する人間たちはいたが、「あなたの高ぶる
波はここでとどまれ」と告げる「歩哨」仕事を自分に託された召命だと思って
いる人間はいなかった。
 「境を守る」ことを本務とする人間を「戸」の近くに配備しなければならない
という人類学的な「常識」を私たちはだいぶ前に忘れてしまった。
 戦争もテロも飢餓も恐慌もない、豊かで安全な生活が半世紀続いただけで、
日本人はその常識を忘れてしまった。 私たちの生きているこの狭く、脆い世界は
「境を守るもの」たちの無言の、日常的な、献身的な努力によってかろうじて
支えられているのだということを忘れてしまった。
 崩れかけたこの社会の再構築のための急務は、「歩哨」の備給である。「境」に
おける歩哨のふるまいには定型的なマニュアルもガイドラインもない。もちろん、
一般的な「傾向」はあるが(それは神話や恐怖譚として繰り返し語られている)、
「存在しないもの」の侵襲はどのようなかたちをとるのかを私たちは正確には予測
できない。だから、歩哨たちには「どうふるまってよいかわからないときに、
どうふるまえばよいかがわかる」能力が必要なのである。
その「センサー」を研ぎ澄ますために経験的に効果的な方法が存在する。
宗教的な修業や武道の稽古は本来そのためのものである。
たしかに、そういうセンサーがきちんと機能している人がいる。
WTCへのテロのとき、「なんとなく外に出た方がいいような気がして」
ビルを出て難を避けた人がいた。その日に限って、「ふだんと違う行動をとって
生き延びた人」がどれくらいの数いたのか、誰かが統計を取り、その人たちに共通
する「生き方の傾向」を吟味するというのは興味深い研究主題だと私は思うが、
たぶん「非科学的」と一蹴されることだろう。でも、「わかる人はわかる」
というのはほんとうである。≫

▼ <「存在しないもの」の侵襲はどのようなかたちをとるのか>
 ・朝鮮戦争を勃発とする三次世界大戦なのか、
・数千、数億単位の犠牲者が出る、パンデミックか、
・首都直下型大地震か、富士山の大爆発か、三陸沖大地震による大津波
などなど考えれば限がない。とはいえ、如何にもならないことが娑婆にはある。
「人生のデザイン」を自ら描き、それに近づく生き方をそれぞれしていけばよい。
難しいが、面白い時代でもある。 鼻歌を歌いながらスキップ? そりゃ無理?
顔が強ばり、泣き声になり、よろけながらも、人間は生抜いてきたんだから!
間違いないのは、「運の良い人は、何があってもプラスに出来る人。」
「運の悪い人は、何があっても運がない」ということ。楽天的に生き、幸運を
引寄せる生き方を心かけることですか。 周りは迷惑千万を承知の上で?

<わかからない人は、所詮はわかからない>のである。ならば…
で、以下の <「いい人」やめて、「ろくでない」になれや> に…
――
熊: せっかく、真面目に読んで来たのに… 今さら何を?
寅: 落ち落ちだよ。「わかる人はわかる」だがね、念のために。
大家: ろくでもない奴に、ろくになれと言ってもね。何だろうね。

 

閑話小題 ~すべてが可笑しい!

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   * 大峯千日回峰行を経てたどり着いた境地 ~大阿闍梨・塩沼亮潤氏
 何気なくTVを見ていると、何とも悟りきったような口調で、二度、千日回峰行
達成したという僧侶がインタビューの『その後の生活で変わったところは…?』
に対し、『とにかく、全てが嬉しく笑っている!』であった。死に予定?の75歳を
過ぎてから、腹から笑うことが増えているのは、『まあ、いいや!…生き(活き)
たいだけ生きたのだから』が、心に沁みついてしまった為だろう。
 このブログで、話したいことを20年かけて語り尽くしたし、それが、心の構造
として自らを支えてくれている。…ネット検索をすると、合点のいくのがあった。
 ―
≪ 30日間で四国八十八ヶ所を完全徒歩で通し打ちした経験あります。(約1500km) 
 今も毎日 20kmは歩いています。自分を極限状態に置くのが好きで肉体が苦痛の
叫びを上げても何故か心は雑念が払拭され清澄になれる境地。 一つ学んだ事は…
人間は弱いようで案外強いという事。やらなきゃならない境遇に置かれると信じら
れない力を発揮するのが人間に思う。 ≫
 ―
▼ 自転車の転倒後、運動量が激減したが、その対処として『散歩の習慣』の
 再開も考えないと… 

・・・・・・
6996,閑話小題 ~ 久々のノートパソコン
2020年05月10日(日)
   * 10数年ぶりのノート型パソコン
 3年半前にソニーのVIOをMacより切替えて以来のパソコンの購入。
ノート型なら15年ぶりになる。
 4K画面(Winndows10)が特徴で,昨秋に発売された富士通の『型落ち』。
今回の配布10万円をベースにした。まずは、当分の間は、既存のPCと併用で
使うつもり。 2日、経過したが、画面が圧倒的にシャープなところと、
(Winndows10)の機能が気に入っている。3年半といえば、インテル創業者の一人、
ゴードン・ムーアが、1965年に自らの論文で唱えた「半導体の集積率は18か月で
2倍 になる」という半導体業界の経験則からすると、4~5倍は機能アップになって
いる筈だが… 実感として正しい。 4K画面の映像は4圧倒的である。 
…2年半前に買い換えたTVの段差に似ている。知らない内に、何れの世界も変化
している。まずは慣れること。私には相性のよいPC選定と、使いこなしが第一歩。
 
 次男と、知人の「テレワーク」の話を聞くが、まだ慣れてないようだ。
この2ヶ月の都市閉鎖は、結果としてネット文化を推し進めることになり、
合理的思考を進化させる。巣篭り好き人間の御隠居生活者に、何を今さら
『ステイホーム』。

・・・・・・
6629,閑話小題 ~TV映画、感想記
2019年05月10日(金)
   * 『友罪』 ~TV映画、感想記
<ジャーナリストの夢を諦めて町工場で働き始めた益田は、同じ時期に入社した
鈴木と出会う。無口で影のある鈴木は周囲との交流を避けている様子だったが、
同じ年の益田とは少しずつ打ち解けていく。しかしある出来事をきっかけに、
益田は鈴木が17年前の連続児童殺傷事件の犯人なのではないかと疑いを抱く
ようになり……。>
 そこには、他にも幾つかの深い心の傷を負った過去を持つ男たちが次々と
同時進行で現われてくる重い内容。そのどれもこれもが、そこまで深くないと
しても似た経験を誰もが持っている? 少年の頃、親友への虐めを助けてやれず
死なせてしまったとか…  死に至らなくとも、何故、あの時、助けてやれな
かったとかの傷を心に誰も持つ? 何だったのだろう我ながら情けない私は?…
【タクシーの運転手(佐藤浩市)は息子が交通事故で三人を殺し、家族を解体して
償いの日々を送っていた。その子供が、結婚をするのが許せない。そして、孫が
生れて幸せになることも、父親として許せない。】 等の葛藤が、次々と。
重すぎて中断を入れ、分けることでやっと見終えることが出来たが、見終えた
後は、加害者側の、苦悩と、理不尽な怒りが、透けて見えるようでなかなかの
出来栄え。10年ほど前に、突如、『少年A』がマスコミに再登場したが、それを
再現したような内容。
   * 『あゝ、荒野』 ~TV映画、感想記
 これと同時進行で、『あゝ、荒野 前篇・後篇』作品二本を見た。
寺山修司が 遺した唯一の兆編小説を映画化したもの。これも底辺に生きる若者
の生き様を描写したものだが、深い心の傷から血がしたたり落ちてくるような
様は鬼気迫るもの。人生、特に若者が生き場をみつけることの難しさは… 
寺山はあとがきで
「この小説をモダン・ジャズの手法によって書いてみようと思っていた。」とし、
「大雑把なストーリーをコードネームとしてきめておいて、あとは全くの即興
描写で埋めていくというやり方」で書いたと記している。
有り余る時間とエネルギーが無いと、前後編通して5時間の大作は見れない。
友罪』と同時進行で見るには、うってつけの内容だ。
 ~で、これも偶然、去年の同月同日の内容の文脈に丁度、つながる。
熊、寅のタッチじゃ軽すぎるが… 犯人の家族にも過酷な人生が待っている。

・・・・・・
6266,閑話小題 ~つれづれに ー新潟・少女殺人事件
2018年05月10日(木)
    * 新潟・少女殺人事件
熊: 県知事の買春事件で大騒ぎの後に、父子五頭山遭難騒ぎにつづいて全国区
  ニュースが続くね。何でわざわざ、死体を線路に置いたのだろうね。
寅: バラバラにして死因を隠すためだろうか? それを目撃する快楽を味わう
  快楽犯も考えられるけど、それは考えすぎ?。 白い車で、黒服の男という
  から、2~3割?は、該当するからね。女児が朝、しつこく声をかけられたと
  いうから、何処かの監視カメラに録画されている可能性が高いし… 
  解決は早いだろうよ。昨年9月には、同じ小学校の女子児童が男に声を掛け
  られたり体を触られたりする不審者情報が3件あったというしね。
熊: 死んで何時間すると轢かれても出血しないことを、この事件で知ったけど、
  犯人も知らなかったみたいだね。ということは、死因を隠したかった?と
  しても、殺した上に… 
寅: 俺さ、北欧の刑事モノ連続ドラマに、この数年嵌っているので、こういう
  異常な事件になると、色いろ思い浮ぶんだ。俺なら、阿賀野川の河口に
  捨てるとか…。イギリス、北欧モノには、少年少女への暴行殺人が、結構、
  多いし。としても、異常過ぎる事件だね、これは。 何も知らない子供の頃
  から、異常ドラマを見て育ったら、映画と現実の境目がつかなくなっても
  不思議でないさ。
大家: 情報化がもたらした、マイナスの一面ですか。全国版で、リアルタイム
  の犯人探しとして扱われるのだろうが… 私も、興味本位では、その一人。
  マスコミにとって、犯人逮捕が遅れれば遅れるほど、視聴者の興味が膨らむ
  ため、有難いのだろうがね。
寅:<9月に、逮捕していれば>のそもそも論が、当然てるため、警察は必死に
  なるから。 9月、5月からみて、学生が考えれるね。
熊: 昨日さ、たまたま寅さんに勧められて録画していた北欧の刑事モノを見た
  けど、酷い内容。 その内容を思わせる事件で、何か、背筋がゾッとしたよ。

――
   * 身近な野生動物は
 庭に来た「雉」を考えているうちに、野生動物といえば、近所を縄張りにする
カラスと早朝の川辺や、庭に飛来する野鳥か、時どき居間に侵入してくる蝙蝠と、
虫を改めて認識した。雉、鴨、鶯など渡り鳥が多いのは地方の盆地なればこそ。
野鳥は、誰の助けも借りず、仲間同士で営々と生延びている。その中で、カラス
について、ここで何度かテーマにしてきた。TVでカードをかすめ取り、券売機
にさし込もうと試みる錦糸町駅のカラスのレポートを放映していた。元もとペット
で飼われていたようで、肩や腕に平気で乗っかる。 私の家のペットは代々、
小鳥派で、インコ。 7代、小桜インコだったが、メキシコ黄金インコに、そして
今では、世界最小のルリハインコで、歴代で一番の7年生存で、唯一の芸、
「枝回転」を披露している。

・・・・・・
5534,若者よ、外に出よ! ー⑬ 19世紀の芸術に触れろ ~B
2016年05月10日(火)
               『人生の教科書』なかにし礼
 ここで、若者に、<海外に出て、自然と、芸術作品に触れ、読書などで
教養を積み、恋愛をしろ>と勧める。これは若者だけでなく、壮年、老年に
も言えること。情報化社会の中で、クラシックをジックリと聴く余裕は少ない。
しかし、今ではアイフォンがあり、何千、何万の音楽を入れておくことが可能。
更に今では、定額のネット配信で好きな音楽を好きな時間に聴くことができる。
そのベースとなる19世紀クラシック音楽鑑賞を趣味にすることを勧める。
  * なぜクラシックを聴くべきなのか
≪ 芸術を学ぶ際、音楽なら、黙ってクラシックを聴くこと。いまだに
クラシックは不滅の音楽なのだから、それを聴くことが趣味になれば最高だ。
たとえ趣味となり得なくても聴くべきである。
 特に、やはり19世紀の音楽。18世紀にはモーツァルトがいるけど、彼の死後、
すぐベートーヴェンへ、19世紀の音楽へと繋がっていく。ベートーヴェンから
始まって、シューベルトショパンブラームスワーグナーマーラー
ブルックナーベルリオーズ……とにかく19世紀だ。
 ロマン派の時代である19世紀は、前世紀の革命時代が終わり、
「人間は進化する」ことを人類が知った時代である。愛によって人間は死ぬ
こともできるし、愛によって罪を犯すこともできる。そして「人間は進化して
神にもなれる」という思想を、芸術家たちが作品の中に叩き込んだ。
19世紀は人間の可能性のすべてを歌いきった時代なのである。
 文学の世界でも、トルストイドストエフスキーバルザック・ユーゴ、
アレクサンドル・デュマスタンダールゲーテバイロン、シラー、ボード
レール・ベルレーヌ、ランボーオスカー・ワイルドなど、大作家が生きた
時代はすべて19世紀である。
 19世紀という時代を常に自分の心の中に持っていようとするには、音楽を聴く
ことを日常の習慣にしてしまうことだ。この頃の作品は、今や不滅の作品群だ。
20世紀になるとそれらはすべて別の音楽になっていってしまうし、言うなれば
19世紀の残骸のようなものだ。19世紀の音楽を楽しめなかったら、その人間の
精神生活はすごく貧弱なものになると思う。 ≫
▼ それでは、絵画はどうだった調べてみると、
【19世紀はもっとも絵画が進化した時代と言っても過言ではない。現代絵画の
巨匠ピカソマティスムンクシャガールなど全員がその影響を受けている。
16世紀まではイタリアが、18世紀はフランスが芸術の最先端。ゴッホは19世紀
終わりの画家である。・・】とある。その背景には、国力の成熟もあるようだ。
学生時代に、安いステレオを買って、世界の民謡、ジャズ、アメリカン
ポップス、クラシックを独りコーヒーを飲みながら聴くのが楽しみだった。
 大都会の中の孤独は、音楽と読書でまぎらわすのが一番だったが、後から
考えてみると、大都会の中の孤独こそ、一番の環境だったことになる。
早稲田大学近くの寮、今でいう「シェアハウス」の25人の地方出の共同生活
から垣間見た人間観察と、クラブ、ゼミ、世界旅行と、恵まれた経験だった。

・・・・・・
4437, 「死ぬのが怖い」とはどういうことか ー7 
2013年05月10日(金)
     ー「死ぬのが怖い」とはどういうことかー 前野 隆司著
  * ルート6 幸福学研究からのアプローチ(幸福学の道)
《 幸福になるための因子は、自己実現と成長、つながりと感謝、楽観性、他人
の目を気にしない生き方。それを満たすのは、自己を捨て、無我、無私を実現
する達人の生き方。欲にも、生死にも、他人との争いごとに拘らず、達観して
静かに生きる姿勢。ここに達成した人は、持続的至福に達することが出来る》 
これが、幸福学の結論。 現在の状況を冷静にみると、
「これが人生、で、もう一度同じ人生を歩みたい」という現在の心境と同じ。
  ー他人と比較しないことによる幸せこそ、人生の要諦。 その辺りよりー
≪ 幸福学とは、要するに、幸せに効く主観的な要因は何かを明らかにする研究。
 その結果、僕たちの行ったアンケートの範囲では、幸福の要因は大きく
 四つの因子に分けられることがわかった。
・一つ目は、自己実現や自己能力に関する因子。目標を持っているか、直近の目標
  と将来の目標に一貫性があるか、自己統制感が高いか、自尊心が高いか、など。
・二つ目は、つながりに関する因子。他人に対して親切か、様々な出来事に
  感謝しているか、多様な知人がいるか、など。
・三つ目は、楽観因子。楽観的か、ポジティブか。
・四つ目は、他人と自分を比べない因子。他人と自分を比較しない傾向が高いか。
 ここでは、四つ目の因子に注目しよう。 すなわち、「他人と自分を比べない
  ことによる幸福」について。 自分を他人と比較しない人には、長続きする
 幸福が訪れると考えられる。千五百人への調査結果も、それを表している。
つまり、千五百人の回答者のうち、他人と自分を比較しない傾向が強い人は
幸福である比率が高く、他人と自分を比較する
傾向が強い人は不幸である比率が高かったのだ。
 自分と他人を比較しない人々には二つのタイプがあると考えられる。
他人を見ないタイプと、自分を見ないタイプだ。前者は、自分だけを見て他人
を見ないタイプ。周りのことを気にしないマイペースタイプだ。 我が道を
行くから、周りなど関係ない。場合によっては、独りよがりだったり、わがまま
だったりするかもしれない。自分は幸せでも、他人には迷惑をかけている
「自分勝手」タイプかもしれない。後者の自分を見ないタイプは、逆に、
世界は見るが自分を見ないタイプ。何が欲しい、こうなりたい、などの自我の
欲求があまり強くないから、他人と自分を比べることにそもそも興味がない。
悪くいえば向上心や競争心がない。なすがまま、自然のまま、だ。
 たとえば、武道の達人をイメージしてみていただきたい。茶道、華道、座禅
などでもいい。 凛として、姿勢がよい。何かあっても、動じない。静を以て
動を制す。普段は静かだが、実は相手を倒す力を秘めている。無駄に力んだり
せず、相手の力をすっと利用して、自分の思いどおりに世界を動かす。しかし、
私利私欲はない。判断は大局的。全体が見えている緊張感のある空気を醸し
出すが、自分のためには怒らない。思考の対象は常に世界だ。世界のために
行動する包容力。名声を得ていたり、人望が厚かったりするが、決して自慢など
しない。 もちろん、他人と自分の比較などしない。≫
▼ どうも世の中、嫉妬と苛めの糸で哀れなほど。私住む城下町は長年の柵
 で、雁字搦めの蛸壺社会。8割以上が地元出身者で占められ、それが全社会。
学校関係者以外は殆ど付き合いがないが、垣間見えてくる世界は箱庭のようで
面白い。知識を持たない人の無意識の科学は、身近の人との比較しかない。
不幸になって当然。それも私の主観による思い込み。「横を見ないで、縦
(今、ここ、自分)を見て生きる」と割切ってしまえば、良いが。

 

閑話小題 ~シネマ観賞/『ノマドランド』

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   * 昨日はシネマ感想
 昨日は予定もなく、シネマも、これっというのもなく、家内のショッピング・
モールのアッシーとして行くことにした。 …内容といえば、アメリカを車で
移動する現代版の『流離い人』の日常。そこには、然したる事件もなく、淡々
として日常が続く。もう、平凡な生活に戻れない野生に満ちた精神が宿っていた。
直にアメリカの流離の哲学者エリックホッファーが思い浮かんできた。
 彼は「数奇な運命をたどりつつ独自の思想を築きあげた哲学者である。
7歳で失明、15歳で突然治り... アメリカが最も理想に燃えていた時代の申し子。
それを彷徨いの車上生活者に置換えた内容。そこには、様々な訳ありの人たちが
必死に生きていた。何か、秘・異郷ツアーの旅仲間の顔が重なって見えていた。
旅そのものが日常生活。 その気ままさと、過酷な現実!

≪「スリー・ビルボード」のオスカー女優マクドーマンドが主演を務め、
アメリカ西部の路上に暮らす車上生活者たちの生き様を、大自然の映像美と
ともに描いたロードムービージェシカ・ブルーダーのノンフィクション。
ノマド 漂流する高齢労働者たち」を原作に、「ザ・ライダー」で高く評価
された新鋭クロエ・ジャオ監督がメガホンをとった。
 ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーンは、リーマンショック
よる企業倒産の影響で、長年住み慣れた家を失ってしまう。キャンピングカーに
全てを詰め込んだ彼女は、“現代のノマド遊牧民)”として、過酷な季節労働
の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることに。 毎日を懸命に乗り越えながら、
行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ね、誇りを持って自由を生きる
彼女の旅は続いていく。
 第77回ベネチア国際映画祭で最高賞にあたる金獅子賞、第45回トロント国際
映画祭でも最高賞の観客賞を受賞するなど高い評価を獲得して賞レースを席巻。
第93回アカデミー賞では計6部門でノミネートされた。
 ~ネットビューより~
≪ 主人公のファーンは会社の倒産で職を失い、病で夫も亡くした61歳の女性。
 彼女は致し方なく、愛着のあるぽんこつキャラバンに夫との思い出の品を積み、
当てのない旅に出る。生活のため、ところどころで季節労働をするうちに、自分
の意志でノマド生活をする「ホームレスではなくハウスレス」な人々と出会い、
新しい世界を発見する。≫
 ―
▼ 暗く、重いが、然したる大事件もなく、味のある事由が垣間見られる物語。
 このコロナ禍で直撃しているフリーランスにも重なっていることも、注目材料
の一つである。国内、国外の何割かは、現在、大木は岐路に立たされている。
過去の基盤が消滅してしまい、何ごとも無かったが如く過去には、戻れない。
新たな基盤を自ら立ちあげていかなければならないのである。10年前の己の
姿Tに重なる部分がある。暗く、重いが、然したる大事件もなく、只管、今日、
明日を生きるだけで精一杯。誰もが直面する問題でしかない事が分っていても、
将来の灯りは既に、そこには無いのである。

・・・・・・
6995,閑話小題 ~現場の生々しい事態
2020年05月09日(土)
  * 第一ラウンドが終わり
 現時点では、新型コロナの感染から如何に身を守るかがメインテーマだった。
そして、その第二ラウンドに入ろうとしている。 まだ10万円の配布と、休業
保証の支払いあるため、何とか遣り繰りしている状態。しかし休業補償の対象店
も客足が戻るでなし、1~3割まで減った売上が、2分1~3分2まで戻ったら良しと
しなくてはならないが、根こそぎの業態変更で対処しないと… それが可能か
どうか? ~現在、通ってるスポーツジムのケースをみると…
元に戻るに、最低、2~3年の時間が必要? インストラクターを観ると、
殆どフリーランスのパート。 学生時代、体育会系所属だった子育て中の女子。
9年前の開店時のスタッフは、ヨガの先生がただ一人だけが生き残っているだけ。
私の見立ては、あと二年の存続は5分5分。いやもっと低いか?
客筋ターゲットが、‘フレンドリーで、ジム通いの初心者向け!’会員を如何に
引き留めるか。この辺りの問題は全ての業種に言える。としても、この応用問題
は厳しい。先日のTVで、廃業を決意した事業主が「こころが折れてしまった!」
と無念を滲ませて語っていたが… 何をか言わん。
 ―
   * そして第二ラウンドへ
小泉内閣や橋本内閣で内閣総理大臣補佐官を務めた岡本行夫氏が、新型コロナ
ウイルスに感染し亡くなっていたにも驚き。大型連休中の高速道路 10キロ以上
の渋滞なし 死亡事故もゼロという。居場所失い路上生活のインタビューも深刻。
雪崩れをうったような失業問題が押し寄せてくる。隠れテーマが、3密を象徴した
都市問題がある。「3密を拡大し、濃密にして合理的にしましょうよ」が、根底
から否定されるのだから、堪ったものではない。 3%人種にとっては、大した
ことはないが… それ以外の97%の平民にとって大問題。アメリカ並みの露骨な
格差問題が、そこに見え隠れする。 数年後の社会の姿は、「3、30,67%」が、
「1、9、90%」に移動する変動現象になるのでは? 何処まで続く…? 
イメージとして20~30ラウンドでは、いやもっとですか。 
次は世界恐慌? 第三次世界大戦? 細菌対細胞との生き残りをかけた最終決戦?

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6628,読書日記 ~『無知の科学』だってさ! -4
2019年05月09日(木)
      <『知ってるつもり――無知の科学』
        スティーブン スローマン,フィリップ ファーンバック(著)>
    * 知識の錯覚 「私たちは嘘をいきている」
 読むほどに、実は思いの外、私たちは無知であることに気づかされる。
それを学生時代に知り得たため、読書習慣を自らに課してきた。で、この程度。
しかし、情報機器の進化は、人間の脳の能力を遥かに凌ぐようになった現在、
逆に自らの「知っているつもり」を認めて、謙虚にへり下る態度も必要か!

  ~ 以下は要約した個所である。
≪ 私たちは驚くほど無知であること、自分で思うより無知であることを
 見てきた。また世界が複雑であること、私たちがみるより、遥かに複雑である
ことを見てきた。ならばなぜ、これほど無知な私たちが世界に圧倒されないか?
知るべきことのほんの一端しか理解してないのに、まっとうな生活を送り、
分ったような口をきき、自らを信じることができるのか。
 それは私たちが「嘘」を生きているからだ。物事の仕組に対する自らの知識を
過大評価をし、本当は知らないくせに、ものごとを理解していると思い込んで、
生活をしていることで、世界の複雑さを無視しているのである。実際にそうで
ないにもかかわらず、自分には何が起きているかわかっている、自分の意見は
知識に裏付けられた正当なものであり、行動は正当な信念に依拠したものである
と自らに言い聞かせる。複雑さを認識できないがゆえに、それに耐えることが
できるのだ。これが知識の錯覚である。 大人になるにつれて、探求を止めて
しまったことが、物事が複雑であることを忘れてしまったことに起因している
のかもしれない。「その先は、実は知っているが…」と、空白をつくるが、
実は、その中には何も入ってない。まず自らを誤魔化すことが、人間の甘さ。≫

▼ そこでスマートフォンなるものが普及してきた。これを活用すると、凡人が
 天才の能力に近い人種にスケールアップすることができる。 世界中の脳が
ネットで繋がり現実社会を覆ってしまった。このお陰で、逆に何も知らなくても、
超小型pcに音声入力で検索すると、世界中の脳に繋がり、ベスト・アンサーの
情報が入手可能になったのである。 それが逆に、『知っているつもり』の
無知人間に陥ってしまう危険性が大きくなった。自分の縁る基地の軟弱化である。
 このブログを例にとると、外部脳と、自分脳とが、何時の間にかシースルー化
している。過去に書いた、文章を現在の私が読むと、その内容自体が、外部脳
と自分の脳の混合でしかないことに気づく。それをまた外部脳が読んでいる。
フワフワした脳を公衆に晒すことを継続することで、自らを変えているつもり
だが、そう甘くはない。私たちは「共同幻想」の世界に生きている。幻想という
嘘の世界に生きているが、誰も、そのことに気づいていない。その事実を話すと
変人扱いされるため、知っている風をして黙っているしかない。しかし、誰もが、
スマートフォンを手に入れ、情報基地を持ってしまい、知ったつもりの人間が、
互いに繋がってしまった。無知同士が互いに繋がると如何なる? この世界的
動乱が、この結果である。
 ランドアーという科学者は、1980年代に、コンピュータサイズを測るのと
同じ尺度で人間の記憶量を評価することを思いたった。現時点で評価すると、
ノートパソコン一台には長期保存用として250~500ギガバイトのメモリー
ついているが、0・5ギガバイトだと。 人生70年の間に、一定速度で、学習を
続けるとしても1ギガバイトである。これが10倍としても、大して変わりはしない
微々たる量でしかない。これは、あくまで記憶量の問題で、脳は複雑で、PCの
記憶媒体の質量とは比較できないが… それでも、昨今の情報機器の進化をみる
につけて、人間の脳は、進化する情報機器を前に、その限界がみえてくる。
 …としても、この情報機器の進化と、情報革命の諸現象は、あまりに面白い!
知ったかぶりね、知ったかぶりですか。情報化とは、浅くも深くにもなる、
その人の程度によって… 猿でないのに何でまた、掴んだまま手を離さない?

 追:偶然だが、一年前の内容が丁度良く、文脈でつながる… 
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6265,閑話小題 ~「これ以上はいけない」と宣告する境界線 -2
2018年05月09日(水)
             《『街場の読書論』ー歩哨的資質についてーより》
   * 歩哨的資質ですか!
 聖地や秘境との邂逅の場で、何やしらかが、「これ以上、立入るな!」と
無言の得体のしれない何かを感じたこと屡々。その時々に私の知っていること
など、ほんの僅かで、圧倒的未知の世界の一部から得る啓示に慄然とする。
<「存在しないもの」と「存在するもの」のフロントラインにおけるふるまい>
とは、分かりやすい表現である。人間は未知とのフロントを守護する歩哨ですか。
 考えさせられる内容のため、全文を数回に分け紹介しながら考えていく。
――

毎日新聞社高野山金剛峯寺で開いているセミナーで一席おうかがいしてきた。
 「公共性の再構築」という演題だったのだが、それは3・11以前に出した
ものなので、もう少し踏み込んで「社会制度の作りなおし」というテーマで
70分お話しする。
このところ繰り返し述べている「存在しないもの」と「存在するもの」の
フロントラインにおけるふるまいということをまた申し上げる。

私たちの世界は「存在しないもの」に囲繞されている。
 宇宙の起源を私たちは知らないし、宇宙の果てに何があるか
(というより「何がないか」)も知らない。
 時の始まりを知らず、時の終わりを知らない。
 『ヨブ記』で主はヨブにこう問う。

 「わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。
わたしが地の基を定めたとき、あなたはどこにいたのか。
あなたに悟ることができるなら、告げてみよ。
あなたは知っているか。
だれがその大きさを定め、
だれが測りなわをその上に張ったかを。
その台座は何の上にはめこまれたか。
その隅の石はだれが据えたか。
 (・・・)
あなたは海の源まで行ったことがあるのか。
 深い淵の奥底を歩き回ったことがあるのか。
 死の門があなたの前に現れたことがあるのか。
あなたは死の陰の門を見たことがあるのか。
あなたは地の広さを見きわめたことがあるのか。
そのすべてを知っているなら、告げてみよ。」(『ヨブ記』38:3-18)
ヨブはこの問いの前に絶句する。

私たちは私たちの生きているこの世界の「外部」についてほとんど何も知らない。
 私たちは私たちの手持ちの度量衡では考量できないもの、手持ちの言語では
記述できないものに囲繞されている。
私たちが理解できる世界と、理解を超えた世界のあいだには目に見えない境界線
がある。 「存在するもの」と「存在しないもの」のあいだには目に見えない、
手で触れることもできない境界線がある。けれども、その境界線を守護するのは、
私たちが「人間の世界」で生きてゆくために必須の仕事なのである。
 誰かが境界線を守護しなければならない。
 『ヨブ記』においては主がその仕事を担っている。
 主はこう言う。

「海がふき出て、胎内から流れ出たとき、
だれが戸でこれを閉じ込めたか。
(・・・)わたしはこれをくぎって境を定め、
かんぬきと戸を設けて、言った。
 『ここまでは来てもよい。しかし、これ以上はいけない。
あなたの高ぶる波はここでとどまれ』と。」   (『ヨブ記』38:8-11)

「存在しないもの」に向けて「ここまでは来てもよい。しかし、これ以上は
いけない」と宣告する境界線がある。 高野山奥の院に足を踏み入れたときにも
「フロントライン」に近づいた感覚がした。
 弘法大師がそこでとどめた「高ぶる波」の微かな波動が感知された。
 聖域というのは、そこで完結している場所ではなく、何かとの「境」なのだ。
 機能的には「かんぬきと戸」なのだ。  
                      ~つづく  ≫

▼ カナダに初めて行って、ロッキーの景観に圧倒され自失茫然とした。
 その時の内なる声、「もしかして、これを見ずして死ぬところだった!
とんでもない! 
 夜半8時過ぎの薄暮のなか、バンフのレイクルイーズの周辺を家内と散策した
時のこと。家内が疲れ果て帰った後、更に独りで湖畔を歩いていると、何やしら
リスやカワウソ、ビーバー、鹿?などが威嚇する鳴き声。それでも女性一人が、
次々と帰ってくるのに励まされ歩いていると、今度は雷音が、「もう帰れ!と
言わんとばかりに聞こえてきたため、Uターンをして帰った。
世界的カーレーサーの明言、『限界までは誰でも行ける。問題は、その先、
どの位行けるか!』。 イスラエルケニアタンザニア、シリア・ヨルダン
など秘境、異郷ツアーで味わうのは、その歩哨の感動体験の感覚。
<これらを見ずして、誰が死ねようか。見なければ、体験しなければ、それは
存在しないことと同じ。聖域とは、聖地とは、大自然の懐とは、そういうところ!>

追:【そんなことこそ大変だろうが、拘ることもないさ。中心を穴が空くほど
 凝視して、捨身になれば、一瞬でも解放されるよ、自分という柵から! 
折角、宇宙の彼方から観光旅行で、『光』を見に来たのだから。
 縛ってるのは自分以外、誰も居ないよ。 分かってはいないのは私自身。】

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「読書日記・映画鑑賞日記」のコーナー
2007/05/11
2229, 人生張っています -2
                (σ・з・)σオハYO!!
            『人生張ってます』-読書日記
 対談を終えてのインタビューの感想がまた面白い!
ーー
 さすがの中村うさぎも、毒気を抜かれて「まだまだ、うさぎは青かった」と。
「私はそれなりに地雷を踏んできたなと思っていたが、世の中には私の
踏んでない地雷がいっぱいあるものだと、勉強になりました」と脱帽。

 30歳前後位で、女はみんな迷ったり模索するじゃないですか。
その時に暴走しちゃったらするんだと思うんですね。
私の買い物もそうかもしれない。
5人の場合も折り合いがついてないのかもしれないが、
「私はこっちの道を行くと決めた」というのがあって。
こんな人にはなってはいけない。

「あなたはあなたなりの道が用意されているわけで、それはあなた自身が決め
ないといけないんだ」ってこと。誰かから決めてもらって押し上げてもらって
押し上げられた人は誰もいない。ある程度のところで決断して、捨てるものは捨て、
受け入れるところは受け入れて、自分の売りとか生きていくキャラの方向性を
決めないと。「これが私なんだ、こんな私はどうよ?」という腹のすわり方は、
読者も見習ってほしい。

 私のそういう瞬間は、第一次、第二次があるとして、第一次は離婚でしょうね。
あの旦那をわたしの人生から簀巻きにして放り出したところで、これでいいや
と思ったんです。それから浪費癖ですね。開き直ったんです。
「浪費作家・中村うさぎ」という名が売れるとは、想像もしてなかった。
ドン底にはまった時に、そのドン底がネタになるんですね。
ネタにしようとやっているわけではない。
    
 ーー
解)以上であるが、冷静かつ真面目に彼女等と自分を見据えている。
それよりも、すざましいウンコ話をパソコンに打っている自分が面白い?
秘境旅行は、一度の旅行に一通りの人生のトラブルが圧縮して立ちふさがる。
その一つが『デモノ・ハレモノところきらわず』である。

食事と飲み物と、時差の関係で、何時何処で、もようしてくるかわからない。
今まで、一度も失敗が無かった方が奇跡である位、何度も危機一髪の事態に陥る。
そんなことを恐れていたら、秘境旅行などできやしない。何とかなるものである?
だから、このエゲツナイ話が身に沁みるのである。
書き写すかどうか迷ったが、今さらである。
読まない方が良いですよ!と 言いながら・・・

こういう話は、タブーなのだろうが、この本は誰もが嬉々として
話しているところが怖い!ところだ。
  ー内容は、明日のお楽しみ?に!
  三人分の対談者の内容を書き写してある!
                ☆^(*≧ω≦)ノ~~~βyё βyё