閑話小題 ~女性扱いの常識?

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    * お気に入り美形の女性
 人生を振返ると、行く先々にいたお気にいりの美形がいたが、それを書くに
誤解のリスクが伴なう。 何処の世界にもTPOSで、主観を込め90~95点が存在。 
20~23歳位は、それなりに光り輝いている。  ~私の見立てで、
<清潔感6割、明るさ2割、センスが2割…辺り>。 際だったのを思いだした
だけで…20~25人! 自身の女を意識しているか否か! 男の立場からすると、
<おや可愛い!>と心の底で想えばよい。 家系とセンスは二の次。上より、
鼻にかけないだけ、中クラスの方が魅力的な人が多いか。いや、Aクラスには
相手にされないだけか? 
 今にもピークが崩れさらんとする美しさは実に淫靡に光り輝く。彼女らは、
「美系を鼻にかけている」という批判に敏感だが、自信が、それを隠せない! 
それぞれの社会には、自他とも認めるNO/1が存在するが、まず、それを言葉
と態度で伝える! そして他意?が無いことを知らしめたあとは、週一位に、
声をかけて温みを与える! 女性中心の女性だから可能なことだが。

 女系職場を転々して気づいたのは、美人指数が高い程、営業力がある。
彼女等の頭の中には、<自分クラブ>が存在して、ランクづけがある。
まずはCランクを増やし、少し危ないBランクに昇格を考える。…下手に、
自らのA,Bへの昇格を考えないこと!この辺の話題は、女性取扱書にある。
 これは、集団としての女性の扱い方も同じ。Aタイプにもてたいなら、
まずB、Cタイプから、一人の女性として丁重に接することが、第一歩!
コンプレックスの強い女性も、その辺りが敏感! それぞれの社会で一人を
選定すると、その他から総スカンになるのが世の定め。 結婚が、そう。
 居酒屋を譬えると、美味しそうな酒のツマミの中で、家に帰って冷酒と、
お新香で一杯飲むようなもの。このての話題は、尽きない! 
75歳の後期高齢に入ろうとする話題でもないが、湧出てくるのだから、
仕方がない。 まだ枯れてない見栄ですか!

・・・・・・
6772,閑話小題 ~そんなまでして生きたいか ー2 
2019年09月29日(日)
   * 所詮は、宇宙のゴミだもの
◉ その際にある人が、数ヶ月前、深刻な顔で、
 『平気な顔をしているが、怖い! 一応、目やすにしていた5年を超え6年目
に入ったが、夜半に恐怖が襲いくる。…寝たきりでも、質のいかんに関わらず、
少しでも生きていたい。この恐怖を乗越えるには、如何したらよいか?』と…。
『砂漠のど真中にただ一人、うち捨てられて、生への渇望にノタウチまわるって
いる心境ですか!』と返すと、「我が意を得たり」と、急に明るい顔になった。
 何か癒されたような。 さらに、
『2人に1人がガンになるし、夫婦にすれば、100%じゃないか』と。
死からみれば、娑婆の悩みなど、かすり傷。 哲学の最重要事項である。
死後の世界があるか無しか。アルわけない、といってしまえば、それまで。      
 
◉ 50歳を超えたら、いや、若い時分から一般常識として、まず知識として
 知っておくべきこと。フランスでは中学に「哲学」が取入れらている。
悲しいことに、それ程度が、会のレベル。 ガン末期を宣告された牧師が平静を
装い?「子供の頃、身近な人の死に出あい、底知れぬ恐怖感におそわれ、それに
耐えられそうな牧師の道を選んだ。死とは神の御元に帰るだけと、神に帰依して
いて良かった」と…

◉ 数年前、我々の住む宇宙以外の「他宇宙の存在」が話題に。
 他宇宙が10の500乗の数、あって。 そこから、ループ状の管を通って、
私たちの宇宙にダークエネルギーが流れ込んでいる。我々の住む宇宙はプラス
27乗に対してその素粒子のサイズがマイナス10の35乗。無を何となく実感
させられる言葉。太陽系を含んだ我々の銀河に数千億の星が存在し、その銀河系
が数百億も存在する、この宇宙に存在している。この宇宙が、10の500乗も存在
するという仮説を考えただけでも、「死」の恐怖が少しは吹っ飛ぶ? 
いや、そうはいかないから、考え、悶えるしかないですか…。 

・・・・・・
6408,旅行の話 ~パックツアーの構造 ー3
2018年09月29日(土)
    * パックツアーの種類と、利点と欠点 ~B
 洋服に例えると、スーツ、コート、ワイシャツは、注文服か、既製服、
イージーオーダーの何れかになるが、ツアーとて同じ。〈イージーオーダーとは、
洋服の仕立てで、あらかじめ幾種類かの型を用意し、客のからだの寸法に応じて
細部を修正、仮縫いなしに仕立てる方法をいうが、それぞれの長所、欠点がある。
各国の観光事情に長けた地元業者の企画したパックを、仕入れるのが一般的。
問題が起こると、携帯で本部が直接交渉し、解決するシステム。だから、フリー
の添乗員のパーツでも可能になる。 各国のお国事情で、折角の旅行が台無しに
なる危険を避ける必要もある。 私自身、英語力が全く無いことと、人見しりも
あって、パックツアー派。若い人によって、イージーオーダーを好む人もいる。 
慣れもあるが、全国から集まるツアー仲間の観察とか、添乗員の当り外れや、
その間で得る情報収集も楽しみの一つ。10数年前から、面白いワイシャツ専門店
新潟駅前にある。最初、サイズをとって、パソコンに入力。店には生地見本を
置いておくシステム。中国で、製造されるのだろうが。 自宅のイタリア家具の
応接セットが、これに近い。 デザインと皮部分がイタリア、木工部分は韓国、
製造が中国製という。値段は4分の1。 ツアー先の企画デザインと、手配全てが
現地の旅行代理店。そこは数百年の熟練されたノウハウと、製品保証がある。
当然、歴史の浅い国内パックとでは、品質が違って当然のこと。行きなれた旅先
ならいざしらず、何を気どってイージーオーダーにすることがない。

  :特徴 パックの利点と欠点:  <ウキペディアによる検索より>
≪♢ 利点: ・(添乗員が同行してくれるタイプでは)不安感が比較的少ない。
(スケジュールが細かく、効率的に組まれていることが多いので)比較的多くの
観光名所を短時間に効率よく周遊出来、事前の現地情報収集は少なめで済み、楽。
自由旅行や手配旅行と比べると、旅行費用全体では割安なケースが多い。
(企画している旅行業者と宿泊施設などの間で、団体枠の料金(団体料金)が
適用され、旅行者ひとりあたりの原価が安くなっているため。)
・法律上、旅行業者が3つの責任(旅程管理責任、旅程保証責任、特別保障責任)
を負うことになっているため、その点は手配旅行に比べると安心できる。
♢ 欠点: ・スケジュールが極端に細かく設定されていて、やたら動き回らせる
ものがあり、その場合、ひとつひとつの場所でそこを十分に味わう時間すら得ら
れず、労働させられているような感覚を味わわされ、疲れるばかりで、満足感が
かえって低下する場合がある。コースが「お仕着せ」なので、企画者のセンスや
好みと旅行者(参加者)の好みが異なっていると満足できない。
行動時間の大半は、他の参加者と集団行動をしなければならず、他の参加者が
様々なトラブルを引き起こして、それがとても煩わしく感じられることがある。
・日本でもすでに格安航空会社が格安の航空チケットを提供しており、ホテル代の
割引が個人客にも開放されているので、昭和時代とは異なり、パッケージツアー
よりも、むしろ自由旅行・手配旅行・一人旅などほうが安くなる場合もある。
特に1人参加で1人部屋追加料金を支払う場合はパッケージツアーはかなり高く
つく傾向がある(見ず知らずの参加者同士の相部屋を認めるタイプもあるが、
そのかわりにそれなりのわずらわしさがある)。また、辺境地をチャーター便や
貸切バスで周遊するツアーも高額になりやすい。≫

▼ 行先と、目的の選定から、まず開始。 まず欧州か、それ以外か。
 僻地嗜好から欧米嗜好に舵をきり、最近では東カナダ以外は、欧州ばかり。
これで欧州17回目。カミさんの鞄持ちもあって、内向き(文化圏)に。直近では、
<北イタリアのドロミテと、イタリア側から観るマッターホルン>。
 古希を境に、もう充分と止めていたが、迷惑覚悟に決断したが、これが思わぬ
拾い物。欧州の観光は深い。 10数年前に行った<北イタリア周遊パック>で、
ドロミテ街道を通り抜けたが、今度は二泊して湖水地方と、世界遺産のドロミテ
街道を観るもの。 更にミラノに戻り、裏側のマッターホルンと、ロープウェイ
で登ったモンブランなどのアルプスを360度展望した雄大な「エルブロンネの絶景」
は、スイスアルプスと互角… 至福の時間を味わうことが出来た。 何ごとも、
限界を超えた先に、何かがある「一期一会の旅」。 
 このブログと、秘異郷を主にしたツアーと、TVから映しだされる映画と自然界の
映像の観賞が、世の名残りを明るくする。 無粋の私には、既製品なればこそ良い
ことがある。己の能力を見限ればこそ、様ざまなシステムの有効利用が出来よう
というもの。 

・・・・・・
2016/03/20
閑話小題 ~51回の海外ツアーで
   * 海外ツアーのテーマの棚卸
 51回の海外ツアーに参加してきたが、その行蔵は何ものにも代え難い財産。
知れば知るほど、世界は広く深いことが解る。10回目辺りから秘境・異郷ツアー
に重心移動をしたが、10年ほど前からは欧州中心になっている。リタイアー後、
諸事情で家内の鞄持ち?のカタチだが、何はともあれ、行けるだけで充分。
「行けるうちに、行けるところに、行っていて良かった」と実感する。
・大陸別では、アメリカ大陸、オーストラリア大陸ユーラシア大陸、インド
 大陸、アフリカ大陸があるが、万遍なく行くのと、一つに絞り込む選択がある。
・他に、テーマを、文明、文化、山脈、滝、氷河、平原、クルーズ、お祭り、
 有名ホテル巡りなどのテーマを決めて周る人がいる。 ~テーマとして・・
☆ まずは文化。 ツアーの過半数以上は、何処かの首都を経由地として一泊。
 そこには、名だたる美術館や・博物館のコースが組み込まれていて、その国の
名画や工芸品、遺跡などで発掘された国宝クラスの古美術品が展示されている。
それらを、み続けているうちに、門前の小僧、その魅力に取込まれてしまった。 
上野界隈の美術館で、その数点の展示で長蛇の列になる名画などが、数多く
展示されて、間近で見られるのが良い。 文化の一つに、各地の料理がある。
それぞれ各地の特色ある味が、そのまま染み出ていて実に美味しい。と同時に、
日本料理の美味しさに改めて気づくことになる。 文化といえば、お祭り。
北スペインのパンプローナ牛追い祭りと、リオのカーニバルの熱狂がよい。
☆ 次に文明。古代の遺跡の7割がエジプトのナイル流域にあるというが、
 これには圧倒される。他にアフリカ、中東の遺跡郡、中南米の遺跡群もよい。
圧倒的なのが、古代エジプトと、ポンペイと、シリアの遺跡群。そこには数百年、
数千の時空を超えた当時の人たちの息づかいが聞こえてくるようである。
石文明は、それが、そのまま残している。
☆ 何といっても大自然の景観! アフリカ、インド、北米、南米、北欧、
 アルプス連峰、ヒマラヤ連峰などの大自然の景観も圧倒的である。そこは、
文化・文明の数千年の時間とは違う、数万、数百万、数億単位の時間がある。
 行蔵とは、よくいったもの。 以下は12年前のテーマだから、51回と
すると、3年分、行ってないことになる。 世界的パンデミック騒ぎとか、
5年前の節目時などの件で、行けなかったが、それより、年齢からくる気力、
体力、金力?などの衰え。外側(辺境)から、内側(欧米圏)になっているが、
これはこれで、面白い! ライフワークとしての世界観光も、限界点になって
きたが、移動が動くホテルのクルーズ・ツアーがある。しかし年金暮らしには
チトきつい。「生きているうち、元気なうち」と思って、はや、20年、いや
25年になる。なら、あと5年を貫き通せば満点のライフワークになるが。

・・・・・・
3444・秘・異郷の旅、よもやま話・・1
2010年08月30日(月)
  * 海外旅行に見せられて
 これまで47回の海外旅行で、フラッシュ的に記憶から飛び出したことを
思いのまま書いてみる。その方がむしろ、これまで書けなかった生の体験を
リアルに表現できそうだ。 痕跡として残るのは、現場で撮った写真と言葉。
人生を旅に喩えることがあるが、素晴らしい経験と同時にトラブルを如何に
少なくし有意義な旅に仕上げるかがポイント。そのために、行き先の選定、
日々の過ごし方、対処の仕方などのコツが大切になる。また日本の遥か彼方
から、逆照射してみた自分の人生の卑小さが何とも滑稽に感じることがある。 
それが気持ちに余裕を持てるのが収穫になっている。
まずは、思いもよらない経済恐慌に出くわした為に、人生の仕上げに入った
計画に狂いが生じてきた。それも、なるがままの人生。旅先で、絶対に行きた
かったが行けなかったところはない。ガラパゴス諸島ぐらいだが、それほど
行きたいと思わない。
秘・異郷旅行での最大の収穫は、想像を遥かに超えた自然が与えてくれる感動。 
自然そのものが何か波動を発している。その波動に飲み込まれにいくのである。 
この感動は、山好きの人が国内の色いろな名山で経験しているものと同じだろう。 
 世界の異郷の地で、違う形で経験をするのである。 学生時代の多感な頃に
北海道、九州、そして紀州と一人旅をしたことがあるが、あの時の下地と、
21歳時の一ヶ月の欧州旅行でのカルチャーショックが下地にあったから、ここ
までノメリ込んだのだろう。その結果、ほぼ毎晩、BS/衛生TVの何処かの
チャンネルで、これまで行った先を放送しているが、見ていると旅の延長の
ようになる。「一回の旅は、帰ってきても、そのまま続いていく」が、
そこで実現してくる。一点豪華主義?としても、贅沢である。
・・・・・・
2010年08月31日(火)
3445・秘・異郷の旅、よもやま話・・2
  *初めての21歳の欧州旅行 ー1
どの旅行が一番良かった?と聞かれても、答えられない。半分、いや三分の二
以上が、それに当たるからである。ショックの段差が大きかったのは、初体験
の学生時代の一ヶ月間の欧州旅行。見るもの、聞くもの全てが驚きの連続。
当時は、やっとカラーテレビが普及し始めたばかりで、欧州の映像など殆んど
目にしたことはなかった。モナリザや、ミロのビーナス像、パリの凱旋門などは
中学か高校の教科書の小さな白黒の写真でしか目にしてなかった。それが突然、
目の前に本物が次々に現われるのだから、驚き唖然とするのは当然である。
 まず飛行機乗って、夕飯にヒレのステーキが出てきた。まだ憶えているが、
牛肉に細い糸が巻き付いていた。生まれてこのかたヒレステーキなど、食べた
ことはなかった。 そのためか、その味の美味しいこと。次に初めての海外に
降り立った地はデンマーク。そこは、私が今だ見たことがなかった明るい空と
緑の中に街がある御伽の国に思えた世界があった。人種が違うのである。
金髪の大柄な男女。空の色が違うのである。そして、林や森のグリーンが、
違うのである。考えてみたら、日本全国の自然さえ見てなかったのである。
それが、いきなりデンマークの空とグリーンと、北欧人を目の当たりにする
のだから。一挙に御伽の国の真っ只中に降り立った時の驚きは新鮮であった。
自分の精神を正常に保つだけで精一杯であった。当時、海外旅行に出る人は、
まだ20万人でしかなかった。現在の100分の一である。
 だから、出発前から気持ちが高揚していた。
・・・・・・
3446.秘・異郷の旅、よもやま話・・3
2010年09月01日(水)
   *初めての21歳の欧州旅行 ー2
 デンマークの初めての夜はレストランのバイキング料理である。
当時の日本にはセルフ形式は全くなかった。それより、自分が食べたいだけ
皿にとってよい、とうのが珍しく、不思議な感覚であった。
 そして、スウェーデン。夏のせいか、金髪の若い女性が裸足で、
超ミニスカートで、街を闊歩している。その美しさが街並みにマッチして
いるのに驚いた。 また郊外にある古城の絵に出てくるようは美しさ。
それと高台からみた高原の輝く景色。それが次々と続いて出てくるのである。
 そしてロンドンに。中学校の教科書の小さな写真でしか見たことのない
バッキンガム宮殿、ロンドン市内には、シルクハットをかぶって歩く風格ある
紳士。パブに入って飲んだビールの美味さ。重厚なパブの雰囲気も異次元世界へ
タイムスリップをしたような感覚であった。そこで仲間数人酔ってしまい、
子供時代以来、腹の底から笑った経験をしてみた。こんな楽しく高揚をした
ことは今だかってなかった。もう、その世界に入ってしまったのである。
これを何度か経験すると、チョッとしたキッカケで同じ気分になれる。
これが人生を楽しさの面で非常に豊かにした。元もと実家で商売をしていて、
年に一回、家族、従業員、取引先など5~60人が、年末に飲めや歌えやの
ドンチャン騒ぎをしていた回路があったが、ロンドンで仲間と騒げば面白みが
格段と上がる。それで酒席が好きになり、ハメがきかなくなってなっていった?
 パリのシャンゼリゼ通りと、凱旋門エッフェル塔。歴史的な積み重ねが、
そのまま、街並みに出ている。そのシャンゼリゼを、独りで歩いたことが
今でも記憶に鮮明に残っている。歩行者の、ほぼ全員が白人。
その中で、東洋人の自分に違和感を初めて覚えたということ。
・・・・・・
3447.秘・異郷の旅、よもやま話・・4
2010年09月02日(木)
  * 初めての21歳の欧州旅行 ー3
 初回の欧州旅行で、帰国して半年間は自失呆然状態であった。自分の心が粉々
に粉砕されてしまった。カルチャーショックである。今から思うと、これが
良かった。両親から受け継がれていた小さな世界の価値観が根こそぎ壊れた。
それと「自分は東洋の小さな島国・日本の黄色人種」という目線を得たこと。
これをキッカケとして、根こそぎ自分を変えなければ学生時代の4年の自由時間
を与えられた価値がないと気づいた。それと社会、世界は、不平等で格差である
こと。世界には豊かな人種と国家があり、反対に貧しい人種と国家が満ちている。
その中で生きていく自分を作る基礎を学生時代に培わなければと気づいたのである。
とにかく世界は広く、深い一端をみた。
 話は戻るが、ロマンチック街道から見た、川添に展開するお城と、景色。
それと、早朝にスイスに霧の中から見えたレマン湖とスイスの渓谷の美しさに
言葉を失ったことを思い出す。毎日、これまで、想像すらできない光景を、
これでもか、これでもか、と見せられるのだから・・ 当時、中高年の人で、
あまりのカルチャーショックで精神の異常をきたす人が多いと聞いた。
現在のように、写真に、テレビの旅番組に、ニュースに、映画の背景として過剰
に入ってくる時代ではない。 私のように、中高校の白黒の小さな写真でしか見た
ことがないものを、次から次へと見れば、感動の蓄積で、脳が変になって当然である。
 幕末の獅子たちで、当時、欧米渡航経験があるかないかで、動乱の中で大きく、
その後を左右したというが、当時の彼らは欧米の社会を驚愕の目で見てきて近代
国家の絵図を描いたのである。時代も、スケールも、全く違うが、それでも
21歳での経験として、大きな財産になっている。

閑話小題 ~ 芸能界の自殺者が続出

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    * コロナ禍もあってか、タレントの自殺者が…
 TVで見かけていた竹内結子の自殺が報道された。この一月に第二子を出産。
まずは、出産ウツと誰もが思って当然。それとコロナ禍で仕事が少なくなって
いたことも、自死の要因にある。人間の心は弱いもの。長い人生を生きるには、
普段からウツと死に関する知識を蓄積しておかないと… 虚構の世界の住人は、
こういう大波に弱い。
   ~ネットニュースによると~ ―
≪ コロナ禍では会社の倒産や失業、休業による経済的な不安が広がり、
 緊急事態宣言による外出自粛、飲食店などの営業自粛、時短営業要請、
リモートワーク・リモート授業など、生活は大きく変わった。
 竹内さんの場合、今年1月、第2子の男児を出産したばかりだった。
「生後8か月の乳児を抱えていたことを考えると、産後の体調不良や、授乳
や夜泣きなどからくる睡眠不足、それに伴う産後うつに陥るケースがある。
コロナ禍では、育児でも衛生面などに気を使わないといけないし、気分転換に
散歩や公園などにも行けない状況もあっただろう。悩みを家族や医師、
相談窓口に相談できていたのかが気になる」と同関係者は話している。≫
 ―
▼ この時節、フリーランス的立場にある人は、特に注意をしておかないと…
産後ウツで、仕事もなく、お金も底を尽き、季節の節目で体調が悪化して、
二人の子供の世話に追われて、華やかなりし日々の経験があれば、その段差に
耐えるには、精神的体力を必要となる。俳優、特にタレントは、虚構の世界に
住み、虚を演じるのが仕事。美を売りにしていたタレントは、その実世界から、
一挙に、その儚さを知ることになる。

 ―
   * 大相撲も終わってみれば
 終わってみれば、二、三番手の正代が優勝! 2人の横綱は盛りを過ぎて、
次世代を大関横綱にあげたいところ。目出度いことだ! 大らかな性格と、
とり口からして、大関は無理と見られていたが…
 ――
【  <大相撲秋場所> ◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館ー>
 関脇・正代(時津風)が、前頭十四枚目・翔猿(追手風)を下し、13勝2敗で
自身初となる幕内最高優勝を決めた。正代は今年初場所に続き、今年2度目の13勝。
昨年11月の九州場所から数えて、5場所中4場所で2ケタ勝利を挙げる抜群の安定感
を誇り、大関昇進を確実なものにした。
 正代は2016年初場所の入幕以来、幕内で活躍し続けてきたが、昨年の九州場所
に11勝4敗の好成績を挙げてからは、番付上位でもさらに活躍。今年初場所には
13勝2敗で優勝争いを繰り広げると、関脇に復帰してからは8勝7敗、11勝4敗と
好成績を維持。2横綱が不在で、混戦模様だった今場所も着実に白星を伸ばすと、
13日目には貴景勝、14日目には朝乃山との両大関を堂々と下して、単独トップに。
優勝のかかった一番でも、パワー溢れる取り口で新入幕の翔猿を退けた。
 大関昇進の目安は「三役で3場所合計33勝以上」だが、直近で大関になった
朝乃山は3場所合計で32勝。 正代も8勝、11勝、13勝と計32勝となっており、
初優勝とともに大関昇進を確実なものとした。】
 ―
▼ 2人の横綱の休場もあったが、それでも代替えが必要。丁度良い力士。

・・・・・・
6771,閑話小題 ~そんなまでして生きたいか ー1
2019年09月28日(土)
   * ステージ3の知人との対話
◉「少しでも、生きていたい!」は、銃殺直前に突然許されたドストエフスキー
の緊迫した心理状態と同じかと… 最期は誰も、その苦しみの中で…プツン!
限られた時間内で考えることは?
「何をするため生れてきたのか」
「もっと何事に挑戦し、経験したかった。その為の時間が欲しい」。
「何ゆえに一般常識に縛られていたのか… そうだ、親と身近な知人の思惑に
全神経がいっていたからだ…何だこんなもの」などなどの苦悩の底の自問自答。
 それを呼び起すのは直面した死である。誰も彼も、哲学的問答と知識があれば、
かなりの部分が軽くなる? ところが こういう話を誰も直視しようとしない。
これは普段から軽い会話を身につけ蓄積しておくべきこと。近年ではハイデッガー
が提起した問題…。 ところが固まり、話題を逸らす知恵が、それを邪魔をする。 
 その時の、むごたらしい苦悩と苦痛は、内なる知識で軽くなるものを。
無知は、最後の最後むごたらしい苦痛を倍増させる。とはいえ、奥深い問題なる
が故に仕方がないのなら、目を叛け、群れて誰かを槍玉にする。人は「今、ここ、
わたし」の場面で目を叛けて生きるしかないのか。それも生臭い風ともに去りぬ。
ただ、生前に戻るだけのこととしても… 

◉ 会社整理の直後、3回、続けて酒席で辛辣に非難してきた男がいた。
「以前、哲学の本を貰ったけれど、哲学なんぞ俺は知らないが、事業は上手く
いっている。」と。 3回、たて続けて言われて切れた私が…
『いずれ、誰も死ぬ。それは普段から知識を持ってないと、いざとなると…
それで親切心で哲学の本を与えた。シッカリ読んでおくべきこと。現状が上手く
いってるなど如何でもよいこと』と… そこでトイレで?折りたたんだ一万円札を
目の前で叩きつけた。漫画じみて可愛いといえば可愛いが。 幹事の某女子が、
嬉しそうに拾って、一枚一枚を丁寧に広げて「二次会に使わせて貰うわ」のオチが。
 ところが それから一年もしない中学校の同期会で…
「俺、大病をした。いつ死ぬか解らない。80歳まで生きるつもりだったが… 
死にたくない。死んだら、如何なる?」と、嘘のような悲鳴を…。死を前にした
自己問答の問題が哲学の第一歩。 それと、誰も抱えている無知と、「この私の
存在の問題」。我が内なる神の問題も。死を直面して、まともな対話を求めてきた。
目は血走り… そこで、<哲学書の『死について』を何度か読んだ?>と聞くと、
「いざとなったら、読もうとは思っていたが、いざとなると気持ちに余裕が、
持てない。時間をかけてジックリ考える問題と窮地に立って初めて、気づいた。』

『アホちゃいまんねんパーでんねん!!』という明石家さんまさんの名セリフ。
くるくるパーなればこそ、真面目くさって、朝っぱらから… まあ、いいか!
その同期の会が、今夜、行われる。 この会も、年齢的にみて、さて如何なる?
                             ~つづく
――――
4578, そして、人生はつづく
2013年09月28日(土)
              『そして、人生はつづく』 川本三郎
 図書館でみて、「まえがき」の文章が現在の心境に似ていたので驚いた。
還暦過ぎれば、誰も似たような現実が待っている。まずは介護が平均10年が
終末に控えている。私など、「そして、・・」より「それでも、人生はつづく」
が合っている。  まずは ー「まえがき」の全文ー  
《 2008年の6月に35年連れ添った家内を癌で亡くした。子供がいないので
 それから一人暮しが始まった。その「独り居」を毎月一回、日記の形で書いて
いった。物書きという仕事柄、幸い一人でいることに慣れている。というか、
物書きとは一人でいることが仕事のようなもの。 本を読む、映画を見る、
音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。旅も大半は一人旅。
これに、家事という新しい仕事が加わった。愛読しているアメリカ人の詩人、
作家メイ・サートンの『独り居の日記』(武田尚子訳、みすず書房、1991年)
は、ニューイングランドにある緑豊かな田舎家での一人暮らしの日々を綴った
ものだが、こんな言葉がある。「私にできることといえば、瞬間瞬間を、
一時間一時間を、生き続けることだけだ――小鳥に餌をやり、部屋を片づけ、
たとえ私の内部には築きえなくとも、せめて私の身の周りに、秩序と平和を
創造することだ」。一人暮し、もうじき七十歳になろうとする人間にとっても
「秩序と平和を創造すること」がいかに大事であるか。自己管理をきちんとし、
静かに暮すこと。一人暮しになって静かな一日を送る困難と、幸福を知るよう
になった。 家事をし、仕事をし、散歩をし、一日の終わりに酒を飲みながら、
昔の映画をビデオで見る。無論、そんな平穏な一日が毎日あるわけではないが、
それだからこそ「秩序と平和」が大事なものに思えてくる。 もうあまり
大きな声でものを言いたくない。「独り居」のなかにささやかな喜びを
見つけてゆきたい。3・11のあともそんな思いで書き続けた。
あれはフェリーニの映画だったか、「私は生きることより思い出すことの
ほうが好きだ。結局は、同じことなんだけど」という意味の言葉があった。
日記を書くとは、まさにその日その日を思い出にしてゆくこと。 》
 アマゾンの ーBy FANTASMA UCCIDENDO MECCANISMOレビュアーが、よい!
~編者か著者のどちらかの投稿?~{評論家・川本三郎は2008年に妻・
ファッション評論の川本恵子を亡くし、以来独りの物書き生活が始まった。
 読書、映画鑑賞、音楽鑑賞・・でも独りだ。たまには旅にも出る。
一見、悠々と見えても、心は独りさびしき、時の旅人である。面倒な“家事”
も自分でしなくてはならない。そんな老境に入った著者の日々が綴られている。
著者は当たり前に生きてきたつもりだが、妻の死、そして3・11で変わった・・ 
 著者は、震災後に東北を応援しようと小さな鉄道の旅にでる。3・11と
世の中のこと・・  淡々と静かに自分の日々を綴る・・ そして彼自身
独りの人生の時は流れてゆく・・・。たった数歳しか違わないのに、私とは
まるで異なる時をゆく。それでいいのだと思う。そして、人生はつづく・・
ターミナルは一つであっても、そこに至る道は人それぞれに異なるのだ。
独りという寂しさの重圧は、若き時には跳ね返せても、老齢に至れば、
そのエナジーも枯れつつあることを自ら認識、体験中のトロイGKMです。
余韻が残った久しぶりの大人の文章。}
▼「本を読む、映画を見る、音楽を聴く、町を歩く。一人ですることばかりだ。
 旅も大半は一人旅。 ・・もうじき七十歳になろうとする人間にとっても、
秩序と平和を創造すること、がいかに大事であるか。」が、言い得て妙。
私は二年半前に、その半年前までは思いもしなかった事業整理をせざるを
得なくなったが、それでも、人生はつづいている。そこでのコツは「独り」
の世界の中で、秩序正しい静かな生活を守ること。 
一応、準備を含めた45年かけた独りの世界があるが・・・

・・・・・・
6407、閑話小題 ~屋根の防水工事
2018年09月28日(金)
   * まあ、仲の良いことで! 
 一昨夜は中学校の同期会の幹事会。15名が参加、二次会終了時間が23時過ぎ。
何時も盛上る。御蔭で、今朝の声がガラガラ。 それほど騒いだ憶えがないが、
これからすると、そうでもないようだ。それぞれ老いのストレスが大きいとか。
老いるほど、寂しさと、不安感を増加させるようだ。年に一度、正式の会が開催。
その前後に二度、幹事会、都合三回開かれる。多い時で、年に4回の時もある。
駅周辺に住んでいる従姉の会は3ヶ月に一度、50数年も続いているというから…
小中高の同期会は<魂の故郷>というが、成るほどと実感。地方の利点ですか。
グランドホテルで一次会。二次会が殿町のスナック。某男の補助金があって、
5時間で7000円であげるとは流石、女幹事である。

   * 屋根の防水工事
 屋根の防水工事。やるべきか、はたまた先延ばしか? この数年、冬越え前の
心配事になっている。今年こそ?思っていた矢先、「近くで工事をして業者が、
飛び込みで「見積もりと!」。見積もると、前回の二倍近い300万。家内は
「雨漏りで天上が腐るから」と、焦る。
 ところで一年程前から、近くのスポーツジムに、以前、幾つかのビル設計をして
もらった設計事務所の担当が来るようになって、ヨガ・エアロでは、近くに座る
ことが多かった。 春先に、秋口になったら、プロの目線で張り替えの診断を依頼
していたが、昨日、屋上に上ってもらった結果は…
<あと数年は大丈夫、6ヶ所の排水溝のゴミをシルバー人材センターに頼んで、
数年に一度、掃除をして貰えばよい。さらに一m程の高さの排気口が腐りかけて
おり、囲いを付けた方がよい!>とのこと。年金暮らしで、家内の預金から
持ちだし生活の身。 目先の出費を回避。まずは助かった。 もう亡くなったが、
営業先の担当が、「実家の両親から、家の屋根の修理をしたいが、金が無いので、
都合してほしい。しかし、家内が、一杯いっぱいで無理。弟が金周りがいいから、
そっちにしたら?」というが、如何いうものか?」と相談してきた。私の答えは、
「弟と折半が道理。この機会に相続を含めて話あったら!」。

・・・・・・
5675,【賢者の言葉】⑦  ~F.W.デクラークの言葉
2016年09月28日(水)
          【賢者の言葉】 
         ショーン・スティーブンソンの言葉
         トニー・シェイの言葉
         ビル・ハリスの言葉
         エブン・ペーガンの言葉
        ★F.W.デクラークの言葉
         ダライ・ラマ方法14世の言葉
   * ネットによる「個人間の紐帯」が、世界を激変させている
 著書と離れるが、ネット社会が現実社会を覆った世界を説明するに丁度よい
内容のため取上げる。 ~批評家で実業家の山口揚平氏の一節から、
《「世界は三つの“層”で出来ていて、その三層が明確化・対等化しつつある」。
 私たちが生きる世界は、「国家」「企業」「個人間の紐帯」の三層にまたがり、
三層のうち、「国家」に対し「企業」や「個人間の紐帯」の重要性が増してきた。
たとえば、日本の将来を悲観し、国外脱出を図ったところで、それは「国家」の
枠組みの話でしかない。むしろ、「企業」や「個人間の紐帯」での自分の存在感
を増す努力をすべきだ。それには、英語とITリテラシーが不可欠だが、プラスα
の能力が必要である。》
 ▼ 農業革命に比する今世紀の革命的出来事がネット社会の構築である。
 その三層で、特に、「個人間の紐帯」に重心が移動しつつある。以前のように
権力で大多数の貧しい個人を軽視出来ない時代に入ってしまった。 四半世紀前
には、『ネット社会の構築』『ソ連と国際共産主義の崩壊』『世界的テロ』
エイズの影響』など、当時、正確に言い当てる人はいなかった。
 この数年では、『ISの出現』と『自動運転車』である。 その自動車が、
数年後に現実に売出されるという。これについては、後で取り上げる。
 三層の下位に位置していた『個人の紐帯』が、地域に縛られないネットで、
世界中が瞬時に繋がる時代に入った。これが、国家ー>企業ー>個人という
上位関係が逆転を始めたため、大混乱を始めた。 ISが、その事例の典型。
徒党を組んだ武力で立向かわなくとも、個々が、何時、何処でもテロ攻撃の
手段を持った。イスラム原理主義をネット経由で無垢な若者を洗脳をすれば、
最小費用で、ことがたる。人種、民族、国家、地域社会、など関係なく、
この「個人間の紐帯」が世界中、可能になってしまった。これが、10数年で、
一万年の変化に匹敵する革命的事件である。その背景に、情報革命があるが。

・・・・・・
5310,テクノロジーと退化 ~テクノロジーと退化
2015年09月28日(月)
        ー クオリア再構築 ~島田雅彦茂木健一郎対談集           
 「まえがき」の島田雅彦の文章である。ネット社会の現状と、
 それが故の、生身の人間の退化に対する処方を示している。
   * テクノロジーと退化   ~島田雅彦
≪ 20C終わり頃から、仕事のほとんどは1台のPC上で行うようになっていた。
 原稿の受け渡しも個人的な通信も読者との交流もリサーチも息抜きもすべてPC
画面を通して行っている。つまりはPCが壊れれば、いきなり原始時代に逆戻りだ。
知らぬ間にPC依存の度合いが進み、PCなしでは何もできない体になっている。
思えば、コンピューター・テクノロジーとインターネットはライフスタイルを
根底から変えた。自宅に引き籠り、ウエッブ越しに世界とにらめっこしていれば、
買い物も投資も社交や恋愛も、また中傷、犯罪、テロも自在に展開できるように
なった。キーボードの操作一つで社会を混乱させたり、巨額の賭けや、損失を
出したりできるので、この世の営みの全てが安っぼくなつた。電脳経済は
確実に世界恐慌の元凶になっているし、電脳政治は世論の単純化、批評の
衰退をもたらし、政策議論よりもキャラクターを重視する傾向を生み、衆愚政治
や集団ヒステリーを強化した。万人が同「のメディア、情報ソース、ソフトを
用いることにより、言論や表現の多様性が著しく失われた。手っ取り早く、
わかりやすく、扱いやすいもの……それはみな退屈だ。CG映像の薄さ、
パワーポインターのブレゼンテーションの味気なさ、シンセサイザーの陰影の
ない音に飽きた頃、おのずと私は六〇年代の映画や文豪の講演テープや
蓄音機の音に含まれている揺らぎ、ノイズに心地よさを態じるようになっていた。
手先、指先に物足りなさを覚え、何かプリミティブなことをしたがっている
自分がいた。電磁波を発したり、コードが付いているものではなく、もっと
武骨な自然物に触れたかった。これは本能の欲求だった。衣食住、交通通信、
文化活動のあらゆる面で、私たちは自分の体や頭を使わなくなった。便利さ・
快適さ・手軽さを最優先すれば、出来合いの工場産物を食べ、大量生産の
商品を使い捨て、絶えず供給される情報をいたずらに消費することになる。
そんな受動的な暮らしを続けるうち、おのが思考能力、身体能力をすっかり
衰えさせていたのである。テクノロジー進化は生身の人間の能力を退化させる
に違いない。とはいえ人間もまた自然の産物である。その基本構造は一万年
くらい変わっていない。私たちはみなどうしようもなく原始的なのだ。
原始的なくせに、もはや、私たちは古代の狩人や、農民やサムライに戻ること
はできない。 近頃、竹細工に凝っていて、暇さえあれば、竹を削っている。
奥出雲のタタラ製鉄で打ちだした鋼を鍛えたナイフで、近隣の竹林から拾って
きた竹を削り、茶杓や花入れを作るのである。目下の生活の優先順位は酒、
竹、仕事、家庭といったところか。竹細工の優先順位が高いのは、それが
自分の脳と肉体に施す一種のリハビリだからである。竹細工をすれば、
おのずと道具と手先の関係が深まる。慣れない道具で怪我をすることもある。
また、里山を歩き、野草や木々と戯れることになる。自然を愛でるところに
風流が生まれ、詩が生まれる。 ・・・ ≫
▼ TVのアーカイブで、アメリカでの手つくり飛行機の趣味と、
 その出来栄えを競う大会のレポートがあった。これは、生身の自分の生命と、
最先端の技術が絡んだ命をかけた趣味。 大金持ちクラブの一例だが、能動的、
本能的要素と、知的、金銭的、時間的要素の全てが必要とされる。
その人の趣味をみれば、大方の人物像が見えてくる。 私の(悪)趣味は、
柵(しがらみ)に縛られた人間の滑稽で、ケッタイな人間のウォッチング! 
漏れ聞く金融関係の、それは、タチの悪い珍獣の精神症のオンパレードとか。
・・・・・・
4945,閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ -2
2014年09月28日(日)
  * 骨董の世界は、魑魅魍魎の世界 ー①
 私には骨董品や美術品の保有欲が全くない。一流品などは美術館で見れば
よいし、何ゆえに手元に置かなければならないか不思議である。両親を見て
いると、隠れた名品を探し、さり気なく、格安でハンター、倉庫に収めることが
趣味のようだ。これは骨董収集家の全てにいえるが。それなら、名だたる名品を、
世界の美術館で見ればよい!というのが、私の持論。21歳の時に、ルーブル
美術館、大英博物館などで、世界的名品を見た経験が、更に裏づけになった。
 鑑定団を見ている共通点は、「骨董店の主が、アマチュア気取りの素人に、
太鼓持ち話術で売りつけているのが殆ど。だから、出てくる当人、いやに識別感
に自信を持っている。が、それは店主の刷りこみ。株や骨董は、素人が手を出す
ものではない。「買いで騙され、売りも騙され」が、素人の悲しさ。
数代前の先祖が大事にしていたお宝にも多くある。両親の場合は元プロで、
特殊ケースだが、骨董世界は、「俺おれ詐欺」より、タチが悪い側面がある。
そこは特定少数の愛好家の世界。特定少数の本物の骨董品の周囲には、
その数十、数百倍の贋物と、詐欺紛い人たちが存在する。もし、金に窮したら、
どこかの骨董市などで、高そうな骨董を探して、金を持っている友人等に、
「これは我家の蔵にあったもの。何時でも引取りますから、買ってください」
と、売りつけ、そ知らぬ顔か、ドロンをすればよい。大体が、素人が一度
買った骨董品を、逆に骨董店に持って売ることはほぼない。太鼓持ちの大臣
扱いで偉くなった幻想で満足した段階で、大部分の買いの目的を果たしている。 
だから、素人衆の倉庫は、騙された骨董品の山。で、騙す方は、買取の誓約書
を平気で書く。ばれた時は、そのまま引き取れば、詐欺ではないからだ。
適当に「時代が変わりました」「この品の相場が現時点で暴落しました」
「自分も実際のところ騙されていました!」で済ますことも可能。ーつづく
・・・・・・
6042,閑話小題 ~ 一年・前倒しの解散 ー2
2017年09月28日(木)
   * 民進党解体の奇策
 私がニュースで、<民進党が自ら解体し、希望の党に合流!>と知ったのが
17時。前日、それらしき話があったが、まさか、そこまで?と… 。
そして、何故か、笑いが込み上げてきた。安倍首相に党首交代の隙を狙われた
前原が「安倍政権打倒のためなら!」と捨身の決断をした。 
 敗戦前の日本の荒廃の中、出口なおが創設し、養子の王仁三郎が拡大した
大本教があった。急激な拡大に対し、政権打倒の疑いで、逮捕され裁判にかけ
られるが、その過程で裁判長に「虎穴問答」を仕掛ける。
 <虎穴で、絶対の助からない時に、如何すれば良いか? …自ら進んで食べ
られること。そこには、愛と誇りがのこる!> と。 この瞬間から裁判長の
態度が変わった。民進党の決断は、決定的大打撃を受けるなら、自ら解党し、
勝馬の「希望の党」に合流し安倍政権に対抗しようという魂胆、安倍首相も、
「まさか?」と思っただろう。明らかに汚職疑惑隠し解散に国民の7割が疑問を
持っているため、その票が大量に流れる。万一、政権交代にでもなれば、
「前首相・阿部晋三逮捕」も有りうる。これでは、総保守政党になっていまう。
それとも、自民有利にと、アメリカの北朝鮮攻撃が早まる可能性が出てきた。
としても、この難局ではベテランの安倍・麻生コンビの方が当面の日本には
適切と考えるのは年齢のためか。しかし小沢一郎と組めば、遜色はないか。
 これで俄然、面白くなってきた! でも前原よ、御立派!

閑話小題 ~週末はYouTube漬け!

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    * 就職先がTV局か、YouTube関連か
 <家についていっていいですか?>で、声をかけて、家についていった女性が、
収録時点に迷っていた就職先が「TV局か、YouTube関連か」。で、その後の再会で
知った就職先がÝouTube関連の会社。なる程、時代は激変していると思い知った。
チョットした空き時間に見るに良い。
・路上での、ギャング同士の拳銃での抗争を淡々と写しだす。
・世界中の街角での集団スリ、強盗、空巣、コンビニの万引きを生々しく映す。
 少し前までは画面が粗いのが欠点だったが、今では鮮明で良質。これらの検閲
は無いに等しいためリアルで迫真迫るのが多い。視聴者が10件で一円というから、
数千万もヒットすれば数百万円になる。
 このパンデミック禍以来、間違いなくYouTubeが劇的変化をした。在宅人口が
激増したためと思われる! この4連休は、ほぼギャング抗争モノをYouTube
見ていたが、何やら欧州の何処かに移住したような気分に陥っている。
これでは、現実社会そのものが、変になってしまう。
 参考に昨夜、就寝前に見た事例を紹介すると…
◉ <レジに強盗が覆面をして金銭を要求… ところが、近くで後ろ向きで商品を
見ていた中年男が、振返ると同時に、走りよりパンチを加えて、首を羽交い絞め。
そこに、他の若い男も参戦してパンチ。 他の男たちもリンチに加わろうと集まる。
それをバラエティショーが紹介し、羽交い絞めした男を称賛インタビュー!>
◉ その直前の内容は、<オートバイに乗った二人連れが、暗い道路で対向車を
止めて、金品を奪って、逃げる場面。 強奪された車が、そのオートバイを急発進
して引き倒す… そこに住民が出てきて!> こういう場面が次々と写し出される。
在宅のまま、海外のホテルの一室で窓から、こっそりと、震えてみている感覚に。
 少年時代に戻り、ワクワクして見ている自分が何とも面白い!

・・・・・・
6770,閑話小題 ~末路の韓国は、そのまま日本と?
2019年09月27日(金)
   * 「滅公奉私」が基本的価値観
 漫画世界のような奇異の感がする朝鮮。北はドン様、南の大統領は、失脚後に
間違いなく逮捕される御国。北との臨戦対立で、権力が大統領に集中するため、
汚職体質が避けられない。それも儒教が浸透しているのに、この有様。
 日本の極右思想も似たかよったり? 明治維新で正式に「日本国家」を新に
立ち上げに錦の御旗が必要。それ以前の徳川も、豊臣も、織田も、北條も、時の
権力者は、シャッポとしての天皇のお墨付きの錦の御旗を掲げてきた。家、藩、
を統治する幕府。 韓国は、中国という大国の隅にあって、まず御身大事で生き
残るしかない地勢上の問題がある。 
  
  ~その辺を検索すると、韓国ウォッチャーが詳細に~
≪  ◉ 選民思想と自己主張の国
「韓国の常識は、世界の非常識」と、かねて韓国ウオッチャー間で言われてきた。
「お客様は神様です」との台詞は日本の上方芸人が言い出したらしいが、
P・ドラッカーも難しい表現で同じようなことを言っていた。
「お客様は神様です」は資本主義が発達した国では常識だ。もちろん韓国でも
「お客様は神様です」だ。
ところが、韓国の場合は「神様の偉さ」が度を超えている。例えば「韓国の神様」
は、衣料品店に外出の際に1度、あるいは2度ぐらい着た服を持ってきて、
「気に入らないから返品する。金を返して」と要求する。店が断ると
「消費者をバカにしている店だとネットにいろいろ書いてやる」と恫喝する。

 仕方がなく店が返金に応じても、それでは終わらない。謝罪要求が続く。
店員に土下座を強要するような「神様」が韓国にはたくさんいる。(中略)
店が「神様」をバカにすることも多々ある。前述の衣料品店なら、返品された
服を新品として大人しそうな客に売りつけるのは当たり前だ。
 飲食店で、客の食べ残しを次の客に出すのは、まさに“韓国の常識中の常識”。
気に入らない客が来たら、痰を吐き入れたドンブリを出すことも珍しくない。

 日本人からすると「信じがたい非常識」「悪質きわまる」となるだろうが、
まるで武勇伝を記録するかのように、そうした場面を映したユーチューブは
たくさんある。ソルロンタン(牛の頭などを煮込んだ白濁したスープ料理)や、
粥の類は要注意だ。「高級ホテルで食べる鮑粥なら大丈夫」などと思っては
いけない。なにしろ「世界の常識」が通じない国なのだから。
 ―
            「新潮45」3月号より
≪ なぜ韓国では、「世界の非常識」が常識になったのだろうか。
 韓国の教育は、賤民いや選民思想に基づく。
「われわれは世界でも稀な単一民族であり、世界で最も優秀な民族だ」
「われわれは加害者になった歴史がなく、常に被害者だった」
「世界中の民が韓国に憧れている」
「われわれの価値観は常に正しい」
「日本人は文明的に遅れた民族であり、われわれは日本人に対して常に
 道徳的優位にある」
 こんなことを幼い時から刷り込むのだ。協調性の大切さよりも、自己主張を
立派にできることの重要さを教え込む。では、そうした「正しい教育」を受けて
育ち、物心がついた頃に見る韓国社会はどんなものなのか。
私利私欲に走ることが当たり前であり、悪いことをしても見付からなければ良い
とする社会だ。 滅私奉公の精神など存在しない。その逆の「滅公奉私」が
彼らの基本的価値観だ。≫
                   ~「新潮45」3月号に掲載 ~

▼ アパルトヘイトの感もあるが、在日の人たちにとって、愉快ではないが、
 この考え方を抑えて日本社会に生きていれば、他国、いや自国より快適では? 
努力をし、結果を出しさえすれが報われる。元もと、大陸や、南方からの雑多な
移民の体質が強い島国。 …韓国人を妻に持つ人から、朝鮮人の素晴らしさを
聞いたことが… 「世界で、他国を侵略したことがない希少な国家」と… 
成るほど、確かに気品があって、美男美女が多く見受けられる。
 北朝鮮の脅威があるとしても、国民の7割が移民希望というから。それは重い
空気が社会の底辺に充満し、何処かの国をガス抜き対象にせざるを得ない。

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6406,閑話小題 ~また発火してしまった!
2018年09月27日(木)
   * 貴乃花が親方引退! 良かった良かった!
 大相撲も白鵬の全勝優勝で終わったが、何故か不自然な感が残った。
横綱の張手が解禁?されて、引退間近と思われていた稀勢の里が奇跡的復活。
角番大関栃ノ心も勝越し、目出度しめでたしと言いたいところだったが、
貴乃花親方が引退宣言。誰の眼にも、「イビリ出された」と映る。
 幕下のヒラの審判をさせられ、何か一回り小さくなった姿が印象的だった。
辞めてしまえば、あとは自由な世界が待っている。タレント性があるので、
けっこう高い出演料がもらえるはず。こういう運命に生まれているのは、挫折
しても、それがバネになる。 このまま、あんな世界に閉じこもって終わる
程度ではない。兄が、それを証明している。 仲たがいし?、外の飛び出した
兄の方が遥かに、良かった良かったである。 他の親方衆とは全く違う。
彼らは、お雛様で、壇上に座っているしか能がない。 貴乃花の実績とキャラを、
マスコミは黙っていない。その上に、段違いの高給取りになる…。
 彼は3%層の人。黙っていても周囲が取り立てるが、今は誰も理解できない。
現・役員は、その真逆の人達。これだけは生れ。これで大相撲協会というより、
相撲業界は大きな存在を失った。チビッコ相撲上りが台頭してきたのに、これ
で台無し! その功罪は計り知れない。そんなことさえ気づかない。
 白鵬が、心臓発作で亡くなっても、誰もこれほど騒がないが、彼は違う。
何故なら貴乃花は無欲だから。 映像が、この一連の騒ぎの本質そのままを
映し出している。役員のインテリジェンス(地頭)無さがは日大アメフト問題
と同じ。体質は何ら変わらない。あの理事長、自分が辞めないこと自体が日大
そのものからしたら万死に値することに気づかない。ますます『ポン大』の
意味合いが深くなっているのに… これで大相撲も中長期的にみて致命的
大打撃を受けている現状に、あのポン理事たちは気づいていない。
演芸部門としての面白さが残存し、それを糧に生きるという面でもマイナス!
 <大相撲は演芸スポーツですか!>  やはり。

・・・・・・
5674,【賢者の言葉】⑥  ~F.W.デクラークの言葉
2016年09月27日(火)
          【賢者の言葉】 
         ショーン・スティーブンソンの言葉
         トニー・シェイの言葉
         ビル・ハリスの言葉
         エブン・ペーガンの言葉
        ★F.W.デクラークの言葉
         ダライ・ラマ方法14世の言葉
  * 『この10年間で「1万年分の変化」が起きている』
                   ~F.W.デクラークの言葉
 まず思うことは、『本当かいな?』『そんな馬鹿な!』。しかし、
少し考えてみれば解ること。 10年程前に、郊外に次々と乱立した、
『ショッピング・モール』が、ネット通販と宅配の普及のため閉鎖を始めた。
その旗振りの一つが、コンビ二のファミリーマートに吸収合併?をされた。
 そういう私の事業の低プライスホテルも、ビジネス客が、不景気のため、
二時間日帰り圏内となり、ネット普及が煽りも重なり、呆気なく整理に至った。
これは全く想定外だったが、一万年分の変化の最中と思えば諦めもつく。 
 70歳の年齢から見えてくる。世界の激しい変化は、何とも奇妙で、面白い。
 ≪【アマゾンの概要】
  この10年間で、人類の1万年間分の変化に匹敵するものがある。
 それは、人が取り扱う情報の量。 今のインターネットシステムでは、
 約2秒間に20万テラバイトの情報が行き交う。この情報量は、世界一
 の情報量を誇る、米国議会図書館に貯蔵されている情報量と一緒。
 そして、人が扱う情報量は5年おきに倍増している。
 メール、フェイスブックツイッター、このブログもインターネットの
 中にある1つの情報。 昔では知り得なかった事が、今は検索をすれば、
 簡単に情報を入手できる。 だからこそ、本当に現在必要とする情報は
 どんなものなのか?かを意識しておく必要がある。》
 《 必要とする情報に、意識がなくインターネットやYouTubeを見てしまうと、
  結局、その時に興味があることをダラダラとみて、時間だけが過ぎ去って
 しまうことがあり、余計な情報に流されてしまう。これからも情報量が
 増えてくるだろう。その時に情報に踊らされることがなく、自分が必要とする
 情報を選択していく。その為にも、自分のビジョンを持つことが、これからの
 時代は大切な事だと思う。》
▼<今世紀に入って私たち社会が経験した変化は一万年分の変化より大きい>
 というが、一万年前といえば、天変異変で人類は大きな岐路に立たされ、
自ら種を植え、動物の家畜化を始めた時代。そして人類がアラスカの海峡を越え、
初めてアメリカ大陸に到達したころ。その後、5千年を経て文明が生まれた。
その農業・牧畜革命に比する象徴の情報端末が、『スマートフォン』。
これで、10年あまりのうち、現実社会を覆う、『ネット社会』が構築された。
これで、「一万年分の変化」が起こったと言っても過言ではない。それに
世界の現実社会が、全く、なす術がないのが、現在の世界の混乱の原因である。
だから、そう簡単に、世界が平穏に戻ることはない。それと時を同じくして、
天変地異が生じている。権力者は、それを機会に戦争を始めたくなる。 
 暗い時代の到来である。イタリアは2024年のオリンピックの招致の立候補を
辞退した。当り前といえば当り前のこと。 で、日本は、馬鹿騒ぎで… 
 < あふぉ、違うねん、パーやねん >  何か自分のことのようである。

・・・・・・
5309,閑話小題 ~人生について
2015年09月27日(日)
   * つれづれに 人生について
 この年齢になればこそ、‘人生について’の格言の示唆が身に沁みる。
老いの人生問題は決して甘くないが、豊富な経験があるため、青年期とは
味わいが違ってくる。過去は変えられないが、解釈、受止め方は変えられる。
人生は、私たちがそれが何かを知った時点で、その大部分が過ぎている。
精一杯生きた行蔵を、諦念を持って愛おしく振りかえるに人生訓はよい。
 人生の何たるものかを知るには、一人の一生では無理だから、格言が必要。
結局、いかに世間から超越できる時間を持てるかどうかになるが、各人各様
にあるのが、人生である。 ~心の琴線に触れた幾つかを取り上げる。
 ――
・【人生に疲れたという人がいたら、それは人生のほうが
  その人間に疲れたのだと思えば間違いはない。~ジョージ・サンダース】
△ ‘成るほど’である。人生に疲れたは、壮年の人のいうこと。
 老年には、誰もが生老病死の問題に直面し疲れ果てている。
 老人に慢性のウツ症、ウツ病はない。誰もが、際どい局面にいるからだ。
 『百里の道は九十九里をもって半ばとす』というが!
 ――
・【思った通りの人生ではなかった。
  しかし、よかったとなら言える人生だったかもしれない。
                  ~アルセーヌ・メルセデス・ヒロコ】
△ これまで、大方は、『自分は不幸な人生だった』と悲観していると
  思っていたが、どうも、そうではないようだ。
 『そこそこ、幸福な人生な人生だった!』と、思っているらしい。
  傍からみた私が、現に不幸の結末の典型? しかし、実は!である。
 ――
~孤独の問題も、人生論では欠かせない問題。 誰もが最期は孤独死で終わる。
・【孤独に歩め…悪をなさず求めるところ少なく…林の中の象のように~仏陀
 【我々はみな真理のために闘っている。 だから孤独なのだ。 寂しいのだ。
  しかし、だから強くなれるのだ。           ~イプセン
・【真の幸福は孤独なくしてはありえない。 堕天使が神を裏切ったのは、
  天使たちの知らない孤独を望んだために違いない。  ~チェーホフ
・【最高のものを求める人は、つねにわが道を行く。
  人間は最高のものを決して共存しない。
  幸福になろうとする人はまず孤独であれ。    ~ハーマーリング】
△ うつ病は、独り遊びの苦手の人に多い。躁と欝は「禍福は糾える縄の如し」
  のように交互に密着している。孤独も、群蓄本能も、同じように・・

・・・・・・
4577, 2050年の世界 ー8
2013年09月27日(金)
     「2050年の世界ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 ~英『エコノミスト』編集部 (著)
 2003年のビッグバン理論が観測で認定され、大きな境い目になった。 
宇宙衛星などの観測から宇宙が拡大しているにかかわらず、膨張が加速して
いることが分かった。膨張のためには他の宇宙から何かのエネルギーが、
注ぎ込まれなければ成り立たない。それが暗黒物質と暗黒エネルギーである。
現在、その発見に世界中の科学者が躍起になっている。
   第十七章 苦難を越え宇宙に進路を  ーのまとめ
・冷戦時代に予想されたフロンティアとしての有人飛行競争は終わりを告げ、
宇宙の商業利用の時代が来ている。 アメリカの全地球位置発見システム
(GPS)など人工衛星群の商業的価値は、2009年には1609億ドルにのぼり、
前年比11パーセント増の成長を達成。
アメリカが宇宙へ独自に有人飛行をすることをやめた反面、中国の台頭が
目立っている。中国は、2025年をめどに月着陸をめざしている。
しかし、これは米国が月着陸を果たしたときの世界的興奮と比べれば、
はるかに小さなニュースとなるだろ。
NASAは、小惑星への有人飛行を計画しているが、火星への有人飛行のほうが
はるかに、世界的インパクトが見込める。
・軍事的な宇宙利用の主眼は、引き続き情報収集という機能に集約される。
・民間会社による宇宙飛行はすでに実現しており、アメリカは宇宙探索の、
部分をそれらの会社にアウトソースしている。ヴァージン航空を率いる
リチャード・ブランソンは、ヤーキェリー計画のような弾道飛行によって
宇宙に出るサービスを提供する会社を始めているが、まだ一回あたりの費用が
二〇万ドルと高すぎる。民間会社による観光目的の宇宙飛行は、今後費用が
下がっていき、金持ちの娯楽の一部となるだろう。
・銀河の動きを説明するために、暗黒物質なるものが宇宙の五分の一を
占めなければならないことになっている。 その正体を知ることは、当面の
大きな宇宙探索の目的のひとつ。宇宙の膨張が速度を増していることが近年
観測されたが、それを説明するための暗黒エネルギーの正体も解明が待たれる。
・太陽系以外に生命の可能性のある惑星はいくつもあり、観測技術の
発達によって地球以外の生命の発見が今後なされるかも。
▼ ひと時代前には、他の宇宙などSF小説さえ取り上げなかった。
 それが10の500乗の別宇宙の存在の可能性が、実しやかに語られている。
宇宙の知識も、天文科学の進化で飛躍的に伸びている。40年前では、想像すら
できなかった別宇宙の存在に匹敵する新たな事実が発見されているだろうが・・
「人間を一の単位とすると、我々が住む宇宙が10の27乗の世界で、
ミクロではマイナス35乗の世界が我々の世界」という。言葉として、
マイナス35乗のミクロ物質が、どのように考えても私の頭では理解できない。
現在、暇を見つけては、そのイメージを持とうとするが、無理。
 もしか、持てたとしたら、どうだろう?お釈迦様より、遥かに超えた
何かを実感できるのでは? 137億光年の宇宙の果てが27乗の外の世界で、
逆にマイナス35乗の物質世界の合計62乗が私の世界? 理解不能
・・・・・・
6041,閑話小題 ~ 一年・前倒しの解散
2017年09月27日(水)
   * 情報化社会下の選挙で…
~「前回の総選挙も一年前倒しに実施されたはず」とネット検索すると~
<3年前の第47回衆議院選挙は12月14日に投票が行われ、即日開票された。
自民・公明両党が法案の再可決や憲法改正の発議に必要な、全体の3分の2の
317議席を上回る326議席を獲得。選挙前の324議席を、2議席増やして大勝。
一方の民主党は、選挙前の64議席を上回る73議席を獲得したが、海江田万里
代表が落選する結果となった。小選挙区投票率朝日新聞デジタルでは52%
前後と推計され、戦後最低だった前回の59.32%を下まわった。>と、あった。

 この経験から味を占め、朝鮮危機を使用して汚職疑惑を有耶無耶にする
魂胆が見え見えの今回の選挙。そうはいかない結果か、太平洋戦争並みの
戦争危機の中で、国民の選択が問われる選挙になる。 朝鮮半島の情勢が、
このままの延長が難しい局面に入っているとすれと、早々に戦時体制政府に
入るのも当然。ロシアのプーチンの思惑通りに、開戦で体力を消耗し尽くした
アメリカが、冷戦以降、続けてきた世界支配の終焉になり、世界の中心軸が
中国・インドなどアジアに移動を始める序曲になる。人口減少が始まった日本
アメリカからの厚遇も、薄れて現在の韓国並みの国家に…? 
「何が東京オリンピックか」である。中期的視点からみて、ギリシャ、韓国、
中国、ブラジルも、オリンピック開催により経済が大幅に弱体したのが実情。
アベノミックスも含め、安倍首相の責任は甚大。 では、アメリカ占領下の
現情の中、これしか選択の余地はないのも事実。中国に秋波を送って力を
削がれた小沢一郎の姿が、このことを象徴している。いずれにせよ、刺激的
近未来が待っている。いや、やってきた。 人工衛星と市町村の防災無線
利用して緊急情報を伝える「全国瞬時警報システム」のJアラートが、日常的
に鳴り響いているのだから。 良き時代は終わってしまったのか!
 地中海で漂流している難民の国での虐待の実情が生々しい。麻生副首相の
北朝鮮難民の扱い。<欧州のように難民部落と称した隔離か、射殺か(平服
の軍人のテロを考え)> も現実的な話。ただならぬ事態になること必定。
 地元の中越地震柏崎刈羽地震、3・11東北大震災、朝鮮半島危機と、
今世紀に入ってから、たて続いて大きな事態が起きている。20世紀末も、
バブル崩壊ソ連・東欧と中国の共産圏の消滅と、混乱もあったが。

読書日記 ~「おっくうの系譜

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           <ベストエッセイ 2018 日本文芸家協会>…P118
    * 老いとは、おっくう度数が増すこと!
 還暦辺りから、老いの兆候が出てきたが、老いに魂というか、心が追いついて
いけないのが実感! 他人様のそれは、直に見てとれるが、己の事となると、
サッパリ気づかない。何ごとも億劫になるからだ。 精神の衰えもあるが、
足腰の痛みなどが日々、増していることがある。

 19世紀の詩人ボードレールが詩集『悪の華』に『敵」と題された
ソネットの中で、「おっくう」を仇敵… としている。
【 ――苦しや、苦し、「時」は生命(いのち)をくらうなり、眼に見えぬ
 「仇敵」は、心臓(こころ)をむしばみ、失える地もて肥え肥りゆく。
タイトルの『敵』は何か? あきらかに「とき」だろう。…
 …「時」は単なる時間ではなく、季節にかかわり、第二連では(思想の秋」
とある。この秋は「人生の秋」でもあって、大一連の「若きわが日」の対比、
「老いの秋」と重ねてある。
…はじめに、おっくうとは、病だと言ったが、生きていることの本来的な
メランコリーが病気だとしたら、健康とは何か。
 ともあれ人を避け、引き籠るのは、ほどほどにしよう。旧友と会い、
ピアノ演奏をたのしみ、たまには遠出をして、ホラを吹くのも悪くない。
ノロノロと腰を上げ、ポケットのチケットをたしかめる。おっくう症の
老人を笑ってはならない。髪が薄く、やや猫背で、足元がおぼつかない
人は、それとは知らずにパリの憂愁詩人を生きている。近代人のもっとも
微妙な感性の中にいる。自分でも扱いかねるのだもの、どうして他人に
伝えられようか。】
 ―
▼ 老いていくのは、病気が悪化すること! それも億劫症(病)が
 進むこと! そう考えると、やはり、平均年齢辺りが、妥当? 死ぬ
のは死ぬ。助かるのは助かる!人生を切り開くとは、目先の問題を何とか
‘億劫がらず’切り開くこと!
 意味合いをネット辞書で調べると… 
< 元々「億劫」とは仏教用語で「とても長い時間」を意味していた。
普通では考えられないほど長時間であることから、「時間がかかりすぎて気が
のらない」に転じ、「気分がのらず面倒であること」を意味するように。>
老化現象は、老い先短い老人に、長期的なことは無理!ということ。

・・・・・・
6769,閑話小題 ~買わないという選択はないやろ
2019年09月26日
    * 不快なCM
 俳優の佐藤健が、 鶴瓶の楽屋にやってきて、「なに、ニヤニヤしてんすか?」
「師匠も買うんですね」と聞くと、「買う買う買う買う、そら買うよ」
「買わないという選択肢は無いやろ」と睨んできて「健」「あかん?」と迫って
きた後、女性ナレーションが『 ドリームジャンボ5億円、月曜から』と宣う。
<当選確率は1000万分の1。下記コラムでは興味深い比喩が紹介されていて、
「東京ドームの収容人数を4万5000人だとすると、東京ドーム約222個にひしめき
合う人の中から1人が選ばれるのと同じ確率。> まあ、夢を買っているから
敢えて言うことではないが… 
 弱者の夢を食い物にする洗脳だが、化粧品広告や健康食品と酷似している。 
コカイン入り砂糖水を、「スカッと爽やか、コカ・コーラ」と、洗脳して原価の
数十倍?で売りつけるのと同じ『貧困ビジネス』そのもの。 それで心が豊かに
なれば?それで… 砂糖水、飲む方でなく、売り手に回ればいいものを。
下層階級ほど、「アメリカン・ドリームを妄信しているため。そこで宝くじが…
 ―
    * 茨城一家4人殺傷
 何故か違和感のある事件。TVとネット記事からみて、ストーカーか、身近な
人の怨恨。気になる近所の人の証言の一言、<一家が引越してきたころから、
近所に空き巣が増えた>  何故かマスコミは長女について黙して語らない。
一家心中の可能性もあるため、間違えたら、それこそ大変になる。
 ~ネットでは、
《 メディア報道によると、美和さんは犯人に襲われた際、自ら110番通報して
いたことが判明。その際に電話口では物が落ちる音も聞こえ、美和さんは自分の
名前をかろうじて答えられるような取り乱した様子だったという。また警察官が
「救急車を呼びますか」と問いかけると、一度は「いらない」と返答。しかし
その後に「やっぱりいる」と答えたという。
 ネット上では、美和さんが救急車を一度断ったことに疑問の声が。
「救急車要らない…何故だろう。謎が多く感じるのはまだ公にしていない情報が
あるからなのか」、「警察官と妻の美和さんの電話のやり取りが気になると思う。
夫は胸まで達していた致命傷なのに救急車は一時期不要と答えたのだろか。
自分も命を奪われた程の刺し傷だった。不思議な会話だなと思う」などの書き
込みが見られた。 》
 ―
▼ 茨城の事件と言えば、一月前のベトナム人による殺傷事件があったばかり、
 こういう事件は、続くもの。毎日のように、刑事ドラマをみている暇人なるが
故に、フェクションと、ノンフェクションが画像世界の中で混合しているような
感覚に陥ってしまう。 雨の降る、深夜に流しの盗人も考えにくい。

読書日記 ~「裏」

 

        * 裏 
  これは、面白い作家ならではの内容! 怒り、愚痴を人知れずに書きだし
(掻きだし)デドックスる。紙に一度、言葉にだして、破るのが一般的処方。
人間は己に甘く、他人には厳しい! そこに、四苦八苦が生まれ出る!
 それを活きる糧にする輩が加わるため、複雑の様相になる。
           <ベストエッセイ 2018 日本文芸家協会>…P348
【 私が私の裏垢でしたのは、悪態だった。
  当時の私はやさぐれていた。世界に対する黒い呪詛が腹の中に溜まって、
口からあふれ出る寸前だった。口を押えれば、鼻や耳や目から漏れそうだった。
だから口で言うかわりにツイッターで匿名で言うことにした。
電子板「王様の耳はロバの耳」だ。
  作った裏垢は、自分とフォローを許可した人以外は閲覧できない「鍵付き」
アカウント、しかもフォロー数ゼロ・フォロワー数ゼロとして完全密室。そこで
私は腹に溜まった真っ黒な呪詛を吐いて吐いて吐きまくった。
 特大の頑丈な臼に、思いつくかぎりのむかつく人モノ組織出来事現象その他
その他を投げ入れ、それを勇壮な掛け声とともに渾身の気合で搗く。そいや。
そいや。そいや。搗く時間は素材と私のむかつきの度合いにより適宜変化する。
  そのようにして私は夜ごと完全密室で杵をふるい、大小さまざまな血の餅
の山を築いた。
 それがいつどのように終わったか、記憶が定かではない。 体内の毒を吐き
きってデドックスが済んだからなのか。気がつくともう、その裏垢には行かなく
なっていた。 そのうち、そこに入るパスワードも忘れ、アカウントも忘れ、
とうとうアクセスの術は完全に失われてしまった。 ついこの間の飲み会で、
たまたま人に話すまでは。すると、一人が目を輝かして言った。え、それって、
まるで現代アートじゃない。
 たしかに。誰にも、それを発した本人すら見ることなく自己完結した呪ソは、
入ってみれば純粋呪ソ。観念としての呪ソだ。そして私が裏垢の存在を忘れる
ことによって、それはアートとして完結したことになる。
 時どき、ネット空間の何処かに存在している筈のあの裏垢のことを考える。
誰にも聞かれることのなく小部屋にいつまでも反響しつづける自分の言葉は、
さぞかし孤独だろうなと思う。
 もしも何百光年かかけて宇宙空間を旅した悪態が、たまたま近くに通り
かかった高度な知的生命に受信され、解読されてしまったら。そして、
地球人が凶暴で危険な種族であるとみなされ、宇宙の平和のために駆除された
方が良いとされたら。 そうなったら、本当に死んで御詫びするしかないが、
たぶん私もとっくの昔に死んでいるし、もしかしたら人類も滅亡しているかも
しれない。 】
――
▼ 個々の日記帳には、この要素が色濃くあるはず。だから、殺人も、争いも
 最小で済んでいる。過去の内部検索をかけると、以下のような文章などが、
数多出てきた。まさかパンデミックが、世界を覆うとは! これで、初っ端。
10年前に会社清算をしたと同時に、当然ながら、多くが掌を反して、それは
それは、怒り心頭の状態に。そこで、長年の知恵が、この裏垢の業! 
これを遣っておくと、精神が根底から崩れてしまう。その日の内に、
対象の首を全身全霊を持って、叩き落とす。これで、怒りの三分の二は、
消滅する。後の三分の一は、一週間以内に再フラッシュ時に、全霊を持って
落とす。対象者は、何となく変だが何が起こったのか理解不可能。上記と
同様なことを人生の際で、やっていたことになる。20年近く、毎朝、そして
午前中に、一日一文を書き続けていたのは、書き続ける秘儀があったから。
後で読返すと、何とまあ、そこには、自分であって自分でない得体のしれない
何かを見出す。 

――――
3608, 人生には3つの坂があるというが
2011年02月10日(木)
 以前にも書いたことがあるが、人生には上り坂、下り坂、そして「まさか」
の3つの坂がある。この言葉は大河ドラマ毛利元就の中でも言っていた。 
この十年を振り返ると「まさか」の連続であった。2001年の9・11テロから始まり、
 地元では大地震が二つ、世界では数万人以上の死者が出た地震が相次いだ。
  その間に携帯電話がスマートフォンに進化、ノートパソコンから板状の
タブレットパソコンに重心を移行始めた。政治ではアメリカで最初の黒人大統領
が選出された。そして現実社会とは別に、いま一つネット社会が出来てしまった。
そしてHPからブログに進化し、さらにミニブログツイッターや動画サイトの
Youtubeが出現してきた。今年に入ってネット普及の結果、一瞬にして
チュニジア、エジプト、イエメンなどの独裁政治がドミノ倒しになっている。
その飛び火が、アルジェリア、シリア、リビアに及ぼうとしている。経済面では、
2008年のリーマンショックで、世界恐慌に陥る寸前の様相。 次の「まさか」が
何かを知りえないから「まさか」になるのだが、その背景にあるのは、半導体
ムーアの法則」といわれる日進月歩の進化である。 この法則は、1965年に
インテル社のムーアが「LSIのチップ上に集積されるトランジスターの量は、
18〜24ヶ月ごとに二倍になる」という法則で、45年経過した現在でも続いている。
これは微細加工の技術よるもので、現在では一センチ角にトランジスターが
地球上の人間数を遥かに上回るほど乗る集積度というから驚きである。 
 私が中学生の時に初めてみた、あのトランジスターが一センチ角に100億以上も
乗るのである。10年に一度位に、もう限界に来たと騒がれるが、何時も、それを
乗り越える技術が出来る。それとネットが結びつき、それぞれの情報基地を結び
 つけるのだから、情報は一瞬のうちに世界中を飛び回る。10年前に、現在の姿を
誰が予測できただろうか。それ以上に、今後10年の変化は加速度的に進むとしたら、
どのような姿であろう。この十年の変化以上のことは間違いないとすると・・
 ・・・・・・・・
3243, 新・欝の時代
2010年02月10日(水)
 去年暮れの週刊朝日に、作家の五木寛之在日韓国人の政治家カン・サンジュン
 との対話‘まだ続く「鬱の時代」’が考えさせられた。「これからはすべての分野が
鬱の方向に進んでいく」と、前回の2008年の二人の対談で、そう語った。そして
リーマンショックが起こり、世界、そして日本は先の見えない不安に覆われている。 
ここで二人の対談の要旨を纏めてみると、
グリーンスパンが100年に一度の危機といったが、そんなものではない、今起きて
 いるのは300年〜500年に一度の恐慌である。現在の世界を支配しているのは
 キリスト教的文化圏。その基盤にある人間至上主義からぬけださないとー五木寛之
・我われの社会は、自由であって人は固定化されないのが大原則のはずなのに、
  現実は格差社会。この問題は、格差があることが問題ではなくて、格差が固定化
  されていることが問題である。  ー五木
・2010年を予感してみると、一瞬、小康状態の年になる。嵐の前の静けさです。 
  でも、その後、暮れから11年にかけ、二番、三番の、大恐慌がやってくる。 
  平安末期から鎌倉への変動のような大変な時代がくるだろう。
  戦後の預金封鎖や円の切り替えなどを思い出す。  ー五木
・こういう不安の時代、人間は「個人」を再発見することになる。 平安期から
 鎌倉にかけての飢饉のとき、人々は身分に関係なく、こころの闇を見つめた。 
  それが一連の現在の宗派の教祖をうんだ。
・2010年の明るい兆しといえば、いろんな関心の中心点が変わってくる。
  これまで医学の辺縁にあった精神科、免疫学、公衆衛生などが中心に
 おかれて、新しい光を浴びることになる。
・そういう時代の中、「諦める」ことからスタートしなければ。 諦めるは、
  「明らかに究める」という読み方をする。今の日本の有り様や自分自身の心や
 地位を「諦める」ことで、新しいスタートをきる。
・「人生とは荒涼たるものだ。人間が生きていることは凄惨なものだし、
  死ぬことは荒涼たるものだ」と五木は『人間の運命』で書いている。 
  ただ、そこを超えると、光が見えてくると!
  ――  以上だが、二人とも暗い性格でマイナーになるが、
  こういう鬱の時代だからこそ彼等の見方も必要になる。どうみても、
 現象面では21世紀に入ってから変であるのは周知のこと。最後の打撃だった
9・11テロと、リーマンショックで、これまでの価値観を根底から破壊した。
ソ連が破壊した時は、700年来のロシアそのものが崩壊したとの見方があった。
それに続いた欧米資本主義の崩壊は、世界にとっても日本にとっても、
 近代資本主義=欧米主義の 終焉と五木は言うのである。
  その辺のところを押さえてないと、目先の楽観論に惑わされる。

 ・・

・・・・・・
2019/02/25
閑話小題 ~宝籤を買うバカ -1

  7年前のテーマに、<生保に入るバカ、入らないバカ(2012年02月23日(木)>
があった。これを「宝籤}に入れ替え、<宝籤を買うバカ>をテーマにする。
射幸心を煽る「籤」のコマーシャルが茶の間に流れている異常さに気づかない
恐ろしさ。ジャンボ宝籤の当選確率が1000万分の一は、ぞろ目の8桁を具体的に、
例えばゾロ目の八桁77777777を想定すればよい。「誰かが当たっても、自分は
当たらない確率が99・99999999。当たる訳がない。それなら毎日、千円の積立を
続けて当選の数字に近づけばよい。 セフティネットとして、40数年間、妻名義
預金を続けてきたので、逆に貧者の夢を餌にする宝籤、籤引きに怒りを覚える。
貧しい人ほど、賭け金が多くなるという。宗教のようなナイモノネダリ。
  ~そこで、『宝籤を買うバカ』と検索すると… あるある!
≪ ☆ 宝くじを買わない理由1:そもそも当選確率が低いからお金のムダ
 ジャンボ宝くじの当選確率は1000万分の1。下記コラムでは興味深い比喩が
紹介されていて、「東京ドームの収容人数を4万5000人だとすると、東京ドーム
約222個にひしめき合う人の中から1人が選ばれるのと同じ確率」とのこと。
  ☆ その理由2 :胴元が確実に儲かるシステムになっていて割にあわない
 宝くじの配当率は47%と、他のギャンブルと比較すると、還元率が非常に低く、
買った人はなかなか儲かりにくいシステム。
  ☆ 理由3.:時間のムダ
 時間を投下するとは、人生の一部をそこに投下する行為であり、ひとつの
投資とも言えます。では、宝くじの発売をチェックする時間、買いにいく時間、
並ぶ時間、ロトやナンバーズなどで数字を選ぶ時間を考えたとき、いったい
どういう投資的意義があるでしょうか。おそらく、富裕層(引退した悠々自適の
富裕層ではなく、現役アクティブ富裕層)は、自分ではコントロールできない
ものに時間を使うのがもったいないと…。 そんなことをする時間があれば、
やればやるほどリターンが見込めるビジネスのことを考えたほうがよいと…。
  ☆ その理由4 :自分の努力や才覚に依存しない夢を見る必要がない
 宝くじを買う行為を指して「夢を買うものだから、ゲームみたいなもの。
当選確率とかはどうでもいい」と言われることもあります。しかしこれは、
そんなことでしか夢を見る方法がないという、典型的なお金を稼げない人の発想。
夢とは本来、自らの努力と才覚で叶えるものであって、棚からぼた餅を待つ行為
ではないはず。それは夢というより「夢想」や「妄想」の類いでしょう。
おそらく「普段は満たされない自尊心」「自分の力で切り開くという努力は面倒
くさい」「やり場のない不満」「儲かる方法を具体的に考えるのも面倒くさい」
という潜在的な逃げと受け身の発想が、「楽して儲けたい」「一発逆転したい」、
そんな夢を見たいという欲望を起こさせるのかもしれません。 ≫

▼「この世に生まれ、現に、いま、此処にあるだけで大当り」に気づくこと。
終戦直後に日本人として生を受け、右上がり経済の中で精神的に、経済的豊かさ
を享受してきただけで宝籤の数倍、数十倍の価値があった、そのことに気づかな
くては! そのためには、やはり、自分という‘木’に囲いの門= 『閑』の
環境を創り出さなければ! 無理することもないが! iPadで音楽を聴くだけでも、
その環境が出来る。 
 追文: 書上げて、HP内検索で「宝くじ」を入れると、あるある。
  二回に分けてコピペをするが、『何に使う?』が、あまりに貧弱。
 貧者の夢の結果が、そのまま、精神の貧しさとして現れ出ている。
誰も考えることは、『半分貯金、残りを散財をする』だが、そういかないのが
貧者の貧者たる結果に及んでいく。散財の楽しさも少しは味わうのも良いことだ。

・・・・・・
6405,旅行の話 ~パックツアーの構造 ー2
2018年09月26日(水)

   * パックツアーの種類と、利点と欠点 ~A
 年に2~3回のペースだと、一応、立派な海外ツアー御宅になる。
帰って2~3ヶ月は、その余韻が残っているが、それも冷めてくる頃、次のパック
探しに入る。現役時代は、もっぱら家内の役割だった。しかし、ツアーの最中に
次の行先探しを同行のツアー仲間と、添乗員から聴き出すことが多い。だから、
話す方も、聴く方も真剣になる。 その内容といえば…
・『<ユーラシア旅行社>の添乗員は全て正社員で、徹底的顧客志向。添乗員
 の質の当たり外れで何度も嫌な思いをしてきたが、あそこは外れはないの。』
・『<○○社>で北ケニアに行ったとき、添乗員がシステムエンジニアで、全く
 経験がないのに、仕切りたがり屋で、おまけにアフリカオタクの中年の二人
 連れがさ、アクが強くて…』
・『<旅のデザインルーム>で南米のパタゴニアに行ったとき、少し高かったが、
 凄いベテランで、次々と起こってくる難局を、軽く熟しているの。日本から
 遠く離れた僻地は、安全代と思って、評判の良いところにしているの… 』
・『<日本旅行>で、ケニアに最初に行ったときさ、家内と2人と、男の一人客
 が2人と、添乗員含めて5人だった。何処に行くにもジープでさ、自由気まま。
 こんな楽しいツアーは初めて。こういうことってあるんだ、と思いましたね!』
値段からすると、季節の変わり目は、天候の当たり外れがあり、人気がないため、
ディスカウントの商品が多い。 その辺りを考えながら、パック商品選びに、
2~3ヶ月かけて探す。一月前に締め切りなる直前まで、その選定を愉しむ。
ということは、年に2~3回になると、4~6時中、その世界に嵌ることになる。
   :パックの種類:  〈ウィキペディアより〉
【 ・海外旅行のパッケージで、添乗員(日本人か日本語を話せる外国人)で、
現地国に駐在して、現地のみ添乗・案内するケースが非常に多くなっている
(旅行業者が諸経費を節約するために、こうしたことがしばしば行われている)。
この場合は旅行行程表などに「添乗員は同行しませんが現地係員がお世話します」
などと記載される。 例えば、行程表に書かれている日本と海外の往復空路の
航空券の手配は旅行業者が行ってくれるが、日本から飛行機に乗り海外へ行き、
海外の指定の宿泊施設にチェックインするまで、自力で判断して辿りつかな
ければならないものも増えている。 ただし、海外旅行のフリープランでも、
参加者が犯罪にまきこまれたり、外国語でのコミュニケーションで苦しむのを
防止するため、現地空港から宿泊施設までは現地係員が専用車などで案内し、
チェックイン手続を代行してくれるプランもある。
 ・他方、価格が高めで、予算に余裕ある団塊の世代や高齢者層を主な対象
にしたパッケージツアーを(も)企画している旅行業者もある。そういったタイプ
のパッケージは添乗員が同行することが多く、高級志向のホテル・旅館や豪華客船
などを利用しているものが多い。新聞広告、あるいはクレジットカード・銀行・
証券会社の情報誌などで募集が行われている。

▼ コストに関して、額面と実際は違う。年間100~150万といえば高い?が、
 旅行中は、日常の生活、遊行費はゼロ。更に何れにしろ、国内旅行に出かける
とすると、差し引き半値。国内ツアーは高すぎ。実質海外ツアーの倍の実感!
そのプラス効果からして、決して高い買物ではない。
――――
3480, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー?
2010年10月05日(火)
 * 旅行代理店の選定は?
 旅行代理店の選定は、金に糸目をつけないなら別だが、如何に良くて安い
パッケージを探し出すかは他の商品選定と同じである。・まずは趣味の問題に
なるが、地方の代理店は避けるべきである。地方名士様ならチヤホヤしてくれる
ので、それが目的なら問題がない。同じような目的の人が来ているから、同レベル
の人なら良いが・・とにかく、添乗員の場数が少ない人が多い。地方同士の
なれあい客しか相手にしてないので全国区の質の差が歴然としている。
・初心者なら、JTBとか日本旅行辺りで良いだろう。「ビールばかり飲んで
いたが、今度から日本酒を飲んでみたいが・・」という人は、全国区の灘の酒
辺りのブランド品で、そのイメージで味わえばよい。同じ外国に行くなら同行
の人は異質の全国区がよい。
・初心者としてアフリカや、南米など異郷に行くなら、秘境・異郷専門の1ランク
上の客を狙っている「ユーラシア」とか、「旅のデザインルーム」などが良い。
JTBや日本旅行でもワンランク上のブランド名でツアー募集をしている。
アフリカ専門とか、南米専門とか、特定の地域に絞った代理店もあるが、添乗員
の質のムラが非常に大きい。これも外れると、場所が場所だけに、客にとっては
大きな問題。 名前の通った代理店は必ず御客のチェックリストがあり封書に密閉
して送られ厳しく審査されるので、外れは少ない。旅行は添乗員の質で半分近くは
決まってくる。 何度か、添乗員で旅行そのものが台無しになった経験がある。
しかし怒りを会社にぶつけるのも大人気ないので、二度と行かないという消極的
手段しかない。ブランドで高いのは外れが少ないし、安いのは外れの危険が多い。 
安いものに、シーズンの終わり間じかのものがある。これは経験からして外れの方
が多い。しかし安さの誘惑で負けて何度か失敗をした。 反対に少し高いと思った
が、他にないので仕方ないので、という大当たりというケースが何度かあった。 
行っている人達の人品が良いと心が洗われる。南アフリカ、南米のマケドニア
北スペイン、新羅ウィグル地区・カラコルムハイウェー、などは同行客の人品の
御かげで、厳しい日程でも楽しく過ごすことが出来た。行き先を決めて、それに
あった代理店のコースの選定に集中すれば自ずと見えてくる。旅行先で、良かった
旅行先の情報を聞いたら、代理店と、その時期まで聞いて、その通りに選定する
のがベスト。 何ごとも同じ。

・・・・・・
2016/03/22
閑話小題 ~51回の海外ツアーで ー②
   * 世界の絵画
 ベルギーのフランドル地方の古都ゲントの大聖堂にある
『フランドルの祭壇画』を、以前にみてきたが、立花隆が、死ぬ前にみて
おきたいと、わざわざみにいった絵画。この絵画はスペイン圏では、非常に
有名で、スペインから毎日、特急が出ているという。教会の定位置には、模写
の絵画飾られていて、特別のコーナーに本物が防弾ガラスの中に、監視の中で
飾られていた。模写のコーナーでは写真撮影はオッケーだが、本物のコーナー
では不可。少女が賛美歌を歌っている表情に、それぞれの内面が出ていてよい。
 ルーベンスの『夜景』と、エル・グレコの『オルガス伯爵の埋葬』、
ダビンチの『モナリザ』、ベラスケスの『ラス・メニーナス』、
ボッチィチェリの『春』、ゴッホの『ひまわり』、ピカソの『ゲルニカ』と、
このファン・エイクの『フランドルの祭壇画』を見れたのだから、これで良し
としなければ。 絵画といえば、スペイン、英国、オランダ、ベルギー、
イタリアである。 一枚の絵画の中に、さまざまな思惑、情報が詰込まれている。
ひとつ『夜景』を取上げると、ここに出てくる人たちは、自分の姿を後世に
残すため、この絵画を特注したという。 ~『夜景』をネット検索すると
《 レンブラントに発注した18人の名は中央右後方の盾に描かれている。
 その他、鼓手、少女、少年などが絵の中には描かれたほか、左側には絵が
切り詰められる前はあと2人ほどの傍観者が描かれていた。この時の支払いや
受注の記録は全く残っていないが、発注者たちの記録によれば各人が
100ギルダー、計1,600ギルダーレンブラントに払われた。これは当時の
肖像画の報酬としては大きな額である。
 絵画は次の三つの要素のために有名である。
・まずその巨大さ(縦3メートル63センチ、横4メートル37センチ)、
・次に光と影の効果的な使用、
・そして当時は不動の姿勢で描かれた軍隊や自警団の集団肖像画
 動きの要素を取り入れたことである。
『夜警』はオランダ黄金時代の絶頂期であった1642年に完成した。
この絵は題名となった(火縄銃手組合による)市民自警団)が出動する瞬間
を描いている。・・一斉に人々が動き始めたため、その下では犬が吠えたて、
左には少年が走り回っている。各隊員はそれぞれ異なった方向に体を向け、
多様な表情を見せて、隊員の動きが交錯して画面に興奮を生み出している。
いずれも体の一部分しか画面に映されておらず、全身が描かれているのは
3人のみ。》とある。 絵画を描かれる背景の意味などを知るか知らないかで、
捉え方が全く違ってくる。芸術とは、そういうことである。

・・・・・・
6768,閑話小題 ~何とも厳しい現実
2019年09月25日(水)
   * 中国の「996問題」
 次男が過って外資系の会社に勤務していたこともあり、中国人の同僚の優秀さ
を聞いていたこともあって、この記事を読んで、然もありなんと! こういう
環境の中国から日本にくれば、その甘さに愕然とする筈。10年先の日本は大丈夫?
 
 昨日の朝日新聞のトップ記事になった中国の「996問題」。
中国IT業界のモーレツな働き方を示す「996」問題。かつて日本でも
朝から晩まで身を粉にして働く「企業戦士」が最善と考えられていた時代も。
最近では「社畜」の言葉が示すように、これを冷ややかにみる風潮 ...

  ~まずは、ネット記事より~
《  遠ざかるチャイナドリーム~カリスマ経営者も「炎上」 
 ◉ 中国でいま「996問題」が論議を呼んでいる。「996」とは
「朝9時から夜9時まで、週に6日間働く」の意味で、つまり1日12時間労働、
休みは週1日、日曜日だけという勤務状況を指す。この表現自体は2016年に
生まれたものだが、今年3月、若いプログラマーたちがこの問題を告発する
自主サイトを立ち上げ、一気に注目が集まった。
◉ アリババグループの総帥、ジャック・マー(馬雲)や、中国のEコマース第2位
の京東(JD)の創業者、劉強東らが、みずからの成功体験をもとに「若いうちは
がむしゃらに仕事に打ち込むことも必要」といった「996擁護論」を語るや、
これらカリスマ経営者に若い世代の批判が殺到、いわゆる「炎上」状態となる
前代未聞の事態が出現した。
◉ このことは中国の若い世代から見た「成功の意味」が大きく変わったことを
意味している。ジャック・マーらに代表される中国の「IT企業家第一世代」は、
1990年代後半、事実上、白紙に近い状況だった中国IT領域で、まさに無人の野を
駆け抜けて今の地位を築いた。そこにはむろんその時代固有の困難さや競争も
あったが、市場の空白はあまりにも大きく、才覚と努力次第で成果はつかみ放題─
という面があったのは事実だ。
◉ ところが今の若い世代に、もはやそれはない。同じ戦法で戦えと言われても
 無理だ。無駄な討ち死にはしたくない──。1980年代、90年代以降生まれの
世代にはそんな思いがある。今回の「996問題」の推移を見ていると、中国の
「野蛮な成長」の時代は終わったのだと実感せざるを得ない。これからの中国は、
まさに日本の社会がたどったように、安定成長の下、緩やかに「低欲望社会」
に向かっていくだろう。今回はそんな話をしたい。》
 ―
▼ 現場たちからは「現実には996なんてものじゃない。807、あるいは716だ」
 といった声が…。「807」は午前8時から午前零時まで働き、週7日労働、土日も
休みなし」を意味し、「716」とは「午前7時出勤、深夜1時まで働いて、休みは
日曜日だけ」。時短が進む日本とは対照的。逆にいえば、日本の将来は?
 韓国のように、いや日本もだが、「悪いのはあいつら」と‘外的’をつくり、
ニュースショーで、目を向けて、集中させ、TVでは視聴率を稼ぐ。韓国だったら
日本に対して賠償金をせしめ、韓国の歴代大統領になると、それが自然発生的に… 
無理を通せば、道理が引っ込むが通じてきたが、今度は、あまりに露骨で爆発。
 中国も、IT関連では、日米に追いつけ追い越せで、経営者側の思惑が通って
いたが、どうも空気が変わってしまった。その根底が情報機器の進化。実態を
隠しようにも、情報がそのまま、現れ出てしまうから、抑えようがない。

・・・・・・

6404,旅行の話 ~パックツアーの構造 ー1
2018年09月25日(火)
    * 経験則の詰まったパックでしか行けないところに… 
 パックツアーとは、ツアー仲間と、熟練した企画のパックで世界を股に
かけて遊ぶゲーム。地球儀を碁盤目にして、埋めていくライフワークは、
遊びとしてベストで、これが面白くない訳がない。本当に面白く、ゲーム
感覚になるには7~8回の経験を要する。ネット検索で、その意味を調べると、
これが面白い! パッケージツアーと侮るなかれ、欧州では600年以上の歴史
がある。一般的には、世界各地の地元の業者のパッケージを購入、添乗員、
飛行機などのパーツをパックにしたツアー商品を売り出す。パックを愉しむ
コツは回数しかない。 日本旅行、阪急旅行社など大手から、秘・異郷先を
専門の業者する弱小や、それぞれの地区に根差した地元密着の業者などが
存在している。大都市には大空港が必ず存在、そこで乗り継ぎ、目的地に
分散していく。これが回数を重ねるうちに、文化、文明、大自然など、
各地の「光を観る」観光別の目的が分かれる。 パッケージツアーは、
観光の既製品。それも無駄を一切省いて合理的に遊ぶゲーム。 
ユーザーは如何に面白いパックを見つけ、観光ゲームを短時間で楽しむ
かにある。後あと、魂の刻印として残る点を加えると価格価値は10倍は
あると実感している。家内と子供分を加えると100回、3500万。本格的に
ライフワークとして30数年。年に平均100万のコストが高いか安いか?
私の行蔵にあるコーナーの宝物。
   ~ウキぺディアによると~
< パッケージツアーとは、旅行業者が主催して、一般の人から参加者を募り、
 運送・宿泊・観光の料金を一括して集めておこなう団体旅行のこと。>とある。
旅行業者から見れば、出発地(集合場所)から帰着地(解散場所)までの全旅程
を"管理"する形で提供する商品の一種という位置づけ。
  :歴史と業態:
ヨーロッパでは、組織化された旅行は既に1400年頃にあったといわれており、
エルサレム巡礼者向けの旅行代理人が宿泊契約や乗船契約の代行を行っていた。
このほかにも簡単なパックツアーは実施されており、1600年頃にはローマの観光
ガイドがナポリに宿泊したのちヴェスヴィオ山へ登りさらにガエタへ船で周遊
する2週間旅行などを実施していた。18世紀には宿泊・食事・観光ガイドの料金
すべて含む一定料金でパリやローマに案内する旅行代理人が存在した。
19世紀初めごろには観光産業という言葉が使われるようになったが、組織化
された旅行産業が誕生するのは鉄道や汽船の技術的な発達によって交通網が発達
してからである。近代の旅行産業の先駆けとして団体旅行と呼ばれるプランを
初めて実施したのは家具職人で巡回牧師だったイギリスのトーマス・クックと
されている。トーマス・クックは1841年7月5日に割引料金の臨時列車を仕立てて
570人が参加するレスターからラフバラまでの往復旅行を実施し、この鉄道旅行
が近代旅行業の始まりといわれている。 >

▼ 色いろの旅行代理店から週に2~3冊のパンフレットが送付されてくる。
 それを元に、家内が、行先をネットサーフィンで、ネット、ウィンドウ・
ショッピング気分で遊んでいる。それが面白いという。現在ではTVのYouTube
面白いのが見ることが出来る。とはいえ、70歳過ぎと、年金暮らしでは…
 30数年前に、80歳の母親が、姉二人と、家内と、義姉を従えた5人と
「二週間の欧州周遊のパック旅行に参加したことがあった。母のポケットマネー。
少し痴呆初期の勢いもあったが、欧州は老人に非常に優しい社会。殆ど、迷惑を
かけなかったようだ。その後も、姉二人を連れてカナダに行ったから、驚き。
その一年後に初期痴呆症、要するにマダラ呆けになって、5年半後に亡くなった。
 HP内検索でパックツアーを入れると、アルアル…  
<楽しめるうち! 直に泣く時がくるからね!> の言葉。 この歳ともなれば、
<ニコッと笑ってハンカチーフ> というよりも、<ニヤッと笑って…>ですか。

・・・・・・
2016/12/19
閑話小題  ~ファースト・クラスのラウンジ
 先日のTVで、ファースト・クラスの飛行場待合ラウンジをレポーターが
実際に入って撮影していたのを家内が録画をしていて是非、見てみたらという。
ゆったりしたラウンジに、顧客1人にサービス員1人が召使のように付きっ切り
で応対する。パックツアー専門の私はエコノミークラス。で、10回に1度?は、
エコノミー席がダブルブッキングで無料で格上げすることがある。 
 一度だけ、ツアー添乗員の計らいで、ファーストクラスにまわしてもらった
ことがあるが別に何とことはない。 ベテラン添乗員から以前に聞いた話。
<「エコノミー席」が格安にできるのは、ファーストクラスとビジネスクラス
の代金の肩代わりで料金をカバーしているが、エコノミー席で飛行機全体の
バランスをとるための「重り」の役割がある。格安エコノミーが「重り」には
驚いた。「重石でも何でも安けりゃ良い」は貧乏人の発想か。以前に書いたが、
飛行機は社会の縮図が露出する。 世の中は残念ながら格差社会

・・・・・・
2013/03/29
ヘリコプター勉強法
           ー超「超整理法」より
 ヘリコプター勉強法とは自分で麓から山の頂上まで勉強するのではなく、
ネットなどを駆使することで一気に山頂を極める方法。 野口悠紀雄
『超「超」整理法』にあった内容で、以前はパラシュート法といっていたもの。
本など一番のキーポイントを見つけ、そこだけ集中して学ぶ方法である。
10数年前、ある知人に、「あなたの読書方法の要は何か?」と聞かれた。
直ぐ誰から聞き知った上で質問してきたのは分かった。その時に自然に出た
答えは、「熟読する本と、目的を持って読む本を分けている。後者の場合、
読みに足りる部分を主観的に読む」であった。その答えがベストでないが、
初めから対象に従うのでなく、主観的に読むことでポイントを把握する方法。 
随日を毎日書いていると主観的でなければ続けることは不可能。
そのため、読書感想文は自ずとヘリコプター読書法になる。 この本の何処が
一番の要点かを、まず探す。小説と哲学書以外は、まともに読みやしないない。
80対20の法則で、20だけしか拾い読みをするだけ。図書館で借りて読むことが
多く、10冊は机の前に積んで置いて、時どきパラパラと流し読みをし、その後
アマゾンの内容紹介と書評を読む。そこに幾つかのピンポイントが表示され、
関連した本の紹介まである。20分も流し読みをすれば八割は把握できる。
それを纏め書き残せば、後々まで、残る。 だから面白く病みつきになって
続いている。
 ところで国内外のパックツアーも、ピンポイントを揃えてパックにしている。
ポイントだけに舞い降りると点で、「ヘリコプター旅行法」ということになる。 
旅通の人は小ばかにするが、ツアー好きな私は元もと旅行などと思っていない。
専用ヘリで富士山頂上などの観光ツアーで充分。何も麓からの登山をしたいと
思わない。富士の頂上から下界を眺めるだけで充分。旅とツアーは違うもの。
情報化の時代、熟読とヘリコプター勉強法を分けておくべきである。
検索にキーワードを入れれば、情報と他人の知識は幾らでも手に入る。
その意味で、幾ら時間があっても足らなくて、面白くて面白くて仕方がない。
幸せなことだが、何時、死を含めブラックスワンが舞い降りてくるか分からない。
楽しめ、笑え、悲しめる、今のうちである。

・・・・・・
5615,かわいい自分に旅させた 
2016年07月30日(土)
             <『かわいい自分には旅させよ』浅田次郎著>
   * かわいい自分に旅させた ~A
 40~50歳代にかけて40回、合計51回。家内と遇わせて?90回、海外旅行に
出かけたが、その殆ど格安パックツアー。 夫婦で月あたり10万の贅沢。
10万×360回。一点豪華主義?で 何とか可能にしてきた。凡そ家屋敷一軒分。
あと5回で家内と合計で、100回になるが、年、二回なら可能だが、無理? 
肉体的には、厳しいだろうが、問題は気力と、体力と、?。
 10億円の現金と、どちらを選ぶかといえば、間違いなく旅行を選ぶ。
では100億なら、どうする? さあ、どうだろう? 旅行可能が5年とみて、
半分の50億、年に10億を使ってみたいが、私には無理か。そうこう考えると、
10億の価値は充分あった実感がする。「かわいい自分に旅させよ」のフレーズ
は、さすが作家。 別腹の人生が、そこにもう一つあるような。
≪ 私は感動を求めて旅に出る。いや、あえて求めずとも旅は必ず感動を
 もたらしてくれる。感動に出会ったとき、日ごろ金や時間や手間を惜しんで
旅せぬ自分を愚かしく思う。誰のためでなく、かわいい自分のために旅する
のである。 先人たちは不便な旅をしていた。しかしその一方で、悠長で
あるがゆえ深い旅の味わいを知っていたはずである。
 今やその気になりさえすれぽ、日本中どこであろうとあらかた日帰りが
できるのだが、その手軽さ気軽さのおかげで私たちは、まるで漫然と映像でも
眺めるような旅をするようになった。
 非日常の世界を訪れ、感動する。本物に触れ、五感をふるわせる。
先人たちの不便で悠長な旅、あるいは知らぬことぱかりの子供のころに体験した
旅とは、そうしたものであった。もし今日の旅の便利さはそのままに、本来の
そうした感動を得ることのできる旅があるとしたら、どんなにすばらしいだろう。
より深い日本を求めて旅に出たい。いにしえの旅人と刻を同じくし、溜息を
分かち合えるような、深く美しい日本にめぐりあいたい。 私たちは生まれ
育ったふるさとについて、知らないことが多すぎるのだから。≫
 ――
▼ 旅は、非日常の世界であり、日常と違った世界が別次元で流れている。
 そして、自分の世界も、その一つでしかないことを教えてくれる。
それと、感動である。「ここ、いま、じぶん」を、感動は焼き付けてくれる。
「この感動を、ほぼ大部分の人は、知らないで死んでいくのだ。もしかして、
自分も、その一人だったかもしれない!」という激しい感情と、その世界との
同化である。この「かわいい自分には旅させよ」のフレーズのとおり、この
感動を、自分に与えてくれのは自分だけである。 ~つづく

・・・・・・
ーH0607  ケニア・サファリ紀行 
 前知識はほとんどなし、
「何がおきるのか出たとこ勝負の旅」というのが率直な気持であった。ところが
秘境の旅というイメージで行ったところ、そこは欧州の高級リゾート地であった。
三十年前まで英国領であった為、欧米のサファリを目的としたリゾート地として
区画整備されてあった。広大な動物保護区及び国立公園と一般の土地はわけられ
ており、前者は天国、後者は貧困そのものであった。
サファリ(動物ウォッチング・ドライブ・ゲーム旅行)は生まれて初めて、
一日一日、一シーン、一シーンが鮮明な感激として脳裏に焼きついている。
強烈な印象の順に列記してみると、
・夕方、五十頭の象の群れが一列になり、右手にキリマンジェロをみながら林
 の方に帰っていく、(TVでこのシーンを見た事があるが、まさか初日に
  これをみれるとは思わなかった)
・ライオン二匹がペアリングしている横で一頭がシマウマを食べているシーン、
チーターが二百m先に一匹のガゼルをねらいを定めて木影でスキをねらっている、
・ 二十頭位の象の群れに三m位近ずいたシーン、
・湖でカバの群れに近ずいたところ一頭が我々のボートを追いかけてきたシーン
(一ケ月前にその群れに漁師が殺されたとか)
・数千~数万頭のヌーの大移動、
・マサイ・マラ族の村の中での異様な雰囲気、
・気球の船上よりのアフリカの大地の景色、
・四〇~五〇頭の水牛の群れの真只中にサファリーカーでつっこんだシーン、
・キリマンジェロの遠景、等々書けばきりがない。過去十七回の海外旅行の中
 でも最も刺激的印象的なものであった。欧州では“アフリカの毒”という言葉
 があるとか。その毒(魅力)にあたり、ウワ言のようにアフリカ、アフリカと
 言うそうで、今の私はまさに毒にあたっている状態です。
                     (1994.7/10 ~18 )

読書日記 ~『生きる悪知恵』 -3

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               『生きる悪知恵』西原理恵子
    * 危なかったことが多々あった!
 人生の最晩年に近づくと人間様が、うさん臭くなる! 
多々あった危なかったことが想い出される! 学生時代と20歳代に多くの
分野を覗いていたのが、それを最小にしてくれていた。 事故、酒の失敗、
事業の賭け事など、よくぞ、切抜けられたと思いだしただけでも冷汗が滲み出る。
何故か、大ごとにならず、何とか切抜けることが多かった。…そういう時に、
内的センサーが強烈に働くようだ。
 ここが勝負時と見透かした時に、対策を練っていたのが、その理由になる。

「事前の一策が、事後の百策になる」という、道理を肌身でしっていたため。
何ごとも、実行に移すと、『まさかの坂』が立上ってくる! 人間社会も、
ある意味、魑魅妙霊の住む世界。動転した結果、間違った方策をとってしまう。
そして何処にでもある転落のまっさか坂の、転落の道! その辺りから、
まともに思えた人物が、何故か悪臭を漂わせて擦り寄ってくる。 娑婆世界で、
それが如実に現われ出てくる。  …それと、悪銭、身につかづ!

 ―
    * 今日は、母親の命日
 数日前に気づいたが母親の命日を、忘れるところ! 去年も、そうだった!
そして毎年、母親について書いていた。故人を思いだし、記すことと、過って
書いた文章を読み返すことがが、一番の供養になる。
  <人生は深く、重く、明るく、暗い!ものよと…> 
 これらを読返す度に、小さな世界の小さな自己満足としても、
いかに良い時代を謳歌できた!と、思い知る! これらも両親をはじめ、
祖先様の汗と、涙の蓄積の上に、築かれていることを、せめて両親の命日で
再確認したいと! 胡散臭いが、あと4ヶ月足らずで75歳の後期高齢者
 
 このコロナ禍。コロナ禍の病院と、その背景にある、経済社会の困窮!
或る日、突然、高熱が出て、咳き込んだら、はい、それまで!
‘厄介な保菌者’として、別扱いになる。そして、死んでしまえば、
「袋モノ」の別物の保菌物件として扱われてしまう。奇跡的な特効薬が、
早々に開発されて、このパンデミックが収束することをひたすら祈るだけ!
これは、世界規模の最大級の災害である。少なくとも、まずは、自分!
そして、家庭内から、気を付けないと! 
「今ごろ何を言ってるん?」というが…当事者以外、まだまだ他人事の世界!

・・・・・・
6767,閑話小題 ~母親の命日、忘れるところだった!
2019年09月24日(火)
   * 母の23回忌ですか
 今日の随想日記を書上げて、過去文を振返ってみて、母親の命日と、初めて
気づくことになった。迂闊だったが、朝方気づいただけでも良かった。命日に、
話題にするのが故人への一番の供養。明治、大正、昭和、平成の時代に生きた
ことになる。母への想いは、ここで何度か書いてきた。
 「分類コーナー」の<検索>を入れると、即座に過去文が幾つか出てくるのが
有難い。 毎年、その都度、真正面から向き合えるのがよい。 末息子のため、
両親に溺愛され、育ったのが私の特性。時代の変遷と、何れの世界でも辛うじて
生抜けたのは、その温みが自分を包んでいる御蔭。両親との仲が良いか悪いかで
人生が大きく変化する。
 
 父親が酒のみで、博打好きで、家に殆ど金を入れず、長男故に中卒で地元企業
に就職、夜間高校を卒業後、地方公務員試験を合格し、消防士になって人生を
全うしてきた中学校の同期生がいる。 普通の人生をおくることの難しさ、逞しさを
彼の中に垣間見た。それに対し、己の置かれた立ち位置が如何に恵まれていたか! 
父親の実家は恵まれ、母親系は、二ランク落ちで、小姑に虐められた話を幼児の
頃から聞かされ育ってきた。貧しさは、その子供たちを卑しくする力が働くため、
人生計画を着実に実施すべきと、誰も助けてはくれない、自分自身の知恵を使い
生きるべしと…母親から教わってきた。両親と、時代には当たったが、問題は、
己の能力。省みて、読み返すと、言いたいことが、そのまま書いてある。

・・・・・・
2016/09/24
閑話小題 ~母親の命日に

  * 今日は、母親の20回忌。
 昨年の母親の命日には、それまで書いてきた母親について纏めてあった。
10数年、毎日、書き続けてきた過去からの贈り物である。自画自賛になるが、
もし子供に、亡くなって20年近く後に、このように想い出してもらえたら、
幸せだろうに。 末っ子で特別視された恩返しと考えれば当然だが。
 親子の関係は、特に父親との関係は、シックリいかない永遠のテーマ。
順調にエリートコース?を歩いてきた知人が、ある時、深刻そうに、
『何か私は、父親に愛されなかったような気がする。』と、話してくれた。
最近、特に思うのは、『人格の背骨は、両親の愛情で作られている』である。
末っ子は末っ子で、兄・姉から軽く扱われ虐められ、大変だったが、両親からは、
「特別扱いされ、何があっても守られ、許される」という妙な甘い意識があった。
 父親が亡くなってから、複雑な家族環境のため、「独り立ち」が、否応なく
求められた。そこから、両親から受けた愛情と精神の背骨を感じるようになった。
 次々に立ち塞がる難問に、「父なら如何しただろう?」の自問自答で湧き上る
知恵に大いに援けられた。その上、同居の老いた母親の温みが直に伝わっていた。
 追)去年、母親について書いた文章を纏めたが、もし、それをしてなかったら、
  昨日、一昨日、時間をかけて同じことをしていたはず。私は去年も、今年も
 同じ私である。母は父と伴に、戦前、戦中、戦後を生き抜いてきた。
常に何かを目指し努力をしていた後ろ姿を垣間見えていた。会社清算の痛みも、
「痛、痒い!」と思えるのも、万一の備えの上に、両親の修羅場を見ていたため。
70年の人生を振返ると、両親の懐で、面白、可笑しく、生きてきたと実感する。 
父の口癖、「死んでしまえば、それまでよ!」では、決してない。死んだ後にも、
背骨として子供たちの中に生き続けている。ところで私は 子供に対し、両親の
ように膨大な愛情を与えてきたのだろうか? それにしても、甘さ丸出しで、
ネホリハホリ書いたもの。

・・・・・・
2015/09/24
閑話小題 ~今日は母親の命日

  * 今日は母親の命日
 今日は母親の命日、19回忌になる。早いものである。
ほぼ毎年、父の命日には思い出などを取り上げるが、振返って調べると、

には、時どきしかなかった。しかし、その前後に夢に必ずといって
いいほど出てくる。昨日の朝方も、夢に出てきた。寝室の二つの
ベッドが、廊下をおいた差向かえにある仏間に移動してあって、寝室には
一つだけ母のベッドが置いてある。その枕元には文庫本が一冊あり、何かの
読書指導書。さすがと思ったところで目が覚めた。
 また今朝方も極楽にいるような夢をみた。
《自宅の1Fの勝手口の前に、花園に色々の種類の花が咲乱れている。
そこに様々な小鳥や鳩の大きさの鳥が次々やってくる。そこで、デジカメで、
写真を撮るが、いつの間にか、その花園の赤い花が、周囲に広がっている。
鳥と花の兼合いが、何とも美しくて写真を撮ることを忘れて見入っている。》
 これを書いていて、この夢が実は母親の贈りものでは?と、思いついた。
この随想日記から、母について書いていた文章を内部検索で調べると、
以下の内容が出てきた。書くこと、書き残こして外部化しておくことは、
心の、想いの刻印になる。 燃焼しきった人生は、奥行きが深い。
 極楽の景色を、母に鮮明に見せて貰ったことになる。毎日、世界の絶景を
ブログに乗せているが、極楽的光景を連日、目にしている背景があるようだ。
 さて、ポタリングをして、母の墓参りだ。

―――――
4200, 閑話小題 -スマート家電
2012年09月25日(火)
  * 母の命日
 昨日は母親の17回目の命日。亡くなって、16年経つ。
やはり、その年月は長い。今でも2~3ヶ月に一度は、母の夢をみる。
先日、倉庫で母親のアルバムを見つけた。四人姉妹の末娘の姉と、旅行先で
当時の映画俳優と記念写真を撮っていた。戦後、戦中、戦後という激動の中に
生きてきた逞しさがあった。当時の男も女も皆そうだったが、平時の数倍の
人生を生きてきた。私の知恵は、こと何かあると両親に語りかけることから
生まれることが多い。夜半に問題を語りかけると、思いもよらない答えが出る。
読書は著者との対話でもある。愛読書を読み返すとは、最も信頼する著者の魂
と対話していることになる。両親は、自分の限界であり、かつ土台である。
両親は、私にとって限りなく純粋で愛情の塊のような人だった。
独り何かを求め続ける、これが両親から学んだこと。
  * スマート家電
 ( ・・略 )

・・・・・・
2007/04/24
2212, 宇宙的自己?が語りかけてきた?
              (。・8・。)ノ おはよう!
   *一昨日の朝方の夢
10年近く前に亡くなった母の夢を時々みるが、一昨日の夢が不思議な夢。
晩年の母は5年半ほど痴呆症だったが、夢の中の母は平常の状態。
不思議に思い、「如何したら呆けないでいられるのか?」と聞いたら、
「何を経験しても、その都度ごとに文脈としてまとめること、
また、一つ一つの要素をキッチリと言葉にしておくことよ。」
と諭すように答えた。そして、家の宝として、小さな仏像を5~6個持ってきた。
さらに家にある大きな封書を持ってきた。神聖な昔から家にある「書置き」の
ようだ。そこで目が覚めた。普段の自分の世界から一歩抜け出た不思議が感覚。
‘遥か遠い向こうの世界からの魂の呼びかけ’のような、‘宇宙的自己としての
母の自己が、地上の私に直に語りかけてきている’ようであった。
現に毎晩、私が寝ているところが、母が30年以上寝ていた処である。

「魂とは何なのだろうか?」不思議で不思議で仕方がない。
誰もが持っている、不死の何かなのだろうか?
あの夢に出てきた母とは誰なのだろうか?
自己の創り出した(記憶の底から出てきた)母のイメージだろう。
夢も考えてみたら不思議である。
犬も夢をみるというが、自分の無意識がつくり上げた物語である。
 以前は不思議な夢を多くみたが、最近はめっきり少なくなった。
モーニング・ページに起きざまにみたばかりの夢の内容を書いている。
そのまま、大学ノートに書きなぐるが、生々しい夢を書くのも面白い
ものである。モーニング・ページの大きなコーナーになっている。
内容は他愛もないが、それでも時どきハッとするような深い内容がある。
夢と魂とは何か結びついているんじゃないのか?と時どき思う。
それも身近な母や父などの夢は、特に!

ところで母が持ってきた、あの封書の中味は何だったのだろう?
母の残した、「詩」だろうか?それとも家を守りなさいというサイン?
あのイメージは、家筋としての記録である。
家系としての筋道?   胡散臭いが!        
               ホンジャ  (~▽~*)/
・・・・・・
2006/09/24
2000, 継父
        (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ~
今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。
この随想日記2000回と重なるところが不思議である。
早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。
5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院までオシメをする
ことがなかった。痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。
始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。
マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた
悪口・陰口が始まる。心が腐っていくのが手に取るように解る。

マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。
亡くなって一月後に、
「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いた。

両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。戦争は全ての
国民に深い傷と重石を担がせる。第二次大戦直後に生まれたが、
あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・

ところで母の命日なので供養として、
母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。
そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。
この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、
「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、
断ってしまった。20年前で母が生存中なことと、それを多くの
セレブの前で話すには自分が出来てなかった。
その時、是非話しておけばと悔いが残っている。

母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。
(奇しくも昨日 WOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。
3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書きであった)
家が商売をしていたので残った祖母は男後家をもらうしかなった。
そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。
そこで何が起こるだろうか?この設定は、言わずもがなの結果になる。
義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。
3人の末であった母に、特に虐めがいったという。
それが母のトラウマになってしまった。     ーつづく
 さて墓参りだ!
ーー
書いた後に気がついたことだが、
ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー)
次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。
               (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! 
・・・・・・
2004/09/25
1271, 母が亡くなって、まる八年!ー2
 十数年前のこと、新潟に有名な教育者が講演に来た。その夜、勉強会の
「新潟木鶏クラブ」で、彼を囲んだ座談会を開いて話を聞いた。
そしてそのままホテルに泊まってもらった。
翌朝お礼を兼ねて、弥彦の良寛で有名な「五合庵」などを車で案内をした。
二人きりの車の中、4時間位話をする機会になった。
そして直に旧知の友のようになった。知らないうちに、昨日書いた
母の生い立ちと、それゆえの不幸の出来事の話と、不条理の話に及んだ。
本人も、思いもよらない「五合庵」の散策と、新潟の田舎の風情を楽しんで
いたようであった。 それから2ヵ月後、本人から連絡が入った。
「先日のお母さんの話」を、森信三さんに話したところ
「すごい内容だ。是非うちで開いている勉強会で話してくれないか」
と依頼されたという。
いま考えたら、そこにいって話をすべきであった。

「自分の話ならするが、母の話なので、勘弁して欲しい」と断ってしまった。
こういう機会でなければ、森信三という戦後日本最大の教育者とは、会う機会
がなかったのに、本当に惜しいことをした。また、そこに聞きに来ている人は
ふだん会えない、凄い人ばかりのはずである。 後悔あとに立たずである。
森信三氏も似たようなことがあったというが。それから数年後の1992年に、
森信三氏は亡くなったのだ。本当にバカのことをしたものだ。

話は元に戻るが、母の7人の兄弟・姉妹のうち、母の実父の上・三人は
幸せな人生をおくり、下4人は??
ー 幸せ不幸は、本人が決めることであるが。
「事実は小説より奇なり」というが、母方の姉妹をみていると軽く一冊の
小説になる。一人一人の一生は深く重いものである。

・・・・・
2004/09/24
1270, 母が亡くなって、まる八年!ー命日に,母の魂に捧げる

今日の9月24日が母の命日。まる八年経った。遠い昔のような気がする。
今でも夢に出てくるが、その頻度は少なってきている。母の優しさは、誰に
とっても共通である。父の真の厳しさと、母の優しさの深さを知るのは、
自分がその年齢になって初めて解るものだ。

世界広しといえども、母は一人である。そして、ただ無条件で愛して
くれたのは両親だけである。親の愛こそ、神の愛に勝るものである。
真実の愛は、親の愛がその原点にある。

愛は力である。内面の強さは突詰めてみると、親の愛が基盤になっている。
キリストの愛も、最後まで見守っていてくれた母マリアの愛の反映である。

人間形成は、10歳までの家庭構造とそれを取り巻く環境ー条件で
ほぼ決まってしまうが、その中で母の役割は非常に大きい。

 ー命日ということで、母のことを少し話してみる。
母は特異な家庭環境の下で育った。兄一人、姉一人の三番目に生まれた
二年後に、実父が亡くなってしまった。そこで祖母は、(後妻でなく)
後夫をもらった。(要するに男後家)

その後、後夫の子供が4人生まれた。
後夫は当然のことながら、前夫の子供を徹底的に苛めた。
特に一番幼い母が、その対象になった。
祖母は後夫の手前、守ることも、直接的な愛情を注ぐことができなかった。

そのトラウマが母の一生を通してついてまわった。
子供に対する扱い方(直接的愛情のかけ方)を全く知らなかった。
ただ厳しく当たることしか自分の体験がなかった。

それが長兄、次兄が不幸を向かえるキッカケとなってしまった。
その結果、重度のノイローゼになった。私が7~10歳の時である。
立ち上がるのに5年もかかった。その時、心臓が四分の一壊死してしまった。
(亡くなった直後の解剖で判明) そういえば、私も子供を抱きしめる
ということは一切しなかった。その苦悩・苦痛の中から、神様のような
優しさを持つようになった。そして強さも。

その環境の中で育った兄姉は、それぞれが何らかの神経症が残った。
私が癒し系の話題が多いのも、その神経症系を乗りこえるプロセスで
多くの本を読んだからだ。いやそれより、面白いこともあったが。
どの家庭も、色いろな事情はあるものだが。
特に、戦争下を通り抜けてきた世代には。
      さあ墓参りだ!      23日6時半ー記

 

読書日記 ~『生きる悪知恵』 -3

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               『生きる悪知恵』西原理恵子
    * 危なかったことが多々あった!
 人生の最晩年に近づくと人間様が、うさん臭くなる! 
多々あった危なかったことが想い出される! 学生時代と20歳代に多くの
分野を覗いていたのが、それを最小にしてくれていた。 事故、酒の失敗、
事業の賭け事など、よくぞ、切抜けられたと思いだしただけでも冷汗が滲み出る。
何故か、大ごとにならず、何とか切抜けることが多かった。…そういう時に、
内的センサーが強烈に働くようだ。
 ここが勝負時と見透かした時に、対策を練っていたのが、その理由になる。

「事前の一策が、事後の百策になる」という、道理を肌身でしっていたため。
何ごとも、実行に移すと、『まさかの坂』が立上ってくる! 人間社会も、
ある意味、魑魅妙霊の住む世界。動転した結果、間違った方策をとってしまう。
そして何処にでもある転落のまっさか坂の、転落の道! その辺りから、
まともに思えた人物が、何故か悪臭を漂わせて擦り寄ってくる。 娑婆世界で、
それが如実に現われ出てくる。  …それと、悪銭、身につかづ!

 ―
    * 今日は、母親の命日
 数日前に気づいたが母親の命日を、忘れるところ! 去年も、そうだった!
そして毎年、母親について書いていた。故人を思いだし、記すことと、過って
書いた文章を読み返すことがが、一番の供養になる。
  <人生は深く、重く、明るく、暗い!ものよと…> 
 これらを読返す度に、小さな世界の小さな自己満足としても、
いかに良い時代を謳歌できた!と、思い知る! これらも両親をはじめ、
祖先様の汗と、涙の蓄積の上に、築かれていることを、せめて両親の命日で
再確認したいと! 胡散臭いが、あと4ヶ月足らずで75歳の後期高齢者
 
 このコロナ禍。コロナ禍の病院と、その背景にある、経済社会の困窮!
或る日、突然、高熱が出て、咳き込んだら、はい、それまで!
‘厄介な保菌者’として、別扱いになる。そして、死んでしまえば、
「袋モノ」の別物の保菌物件として扱われてしまう。奇跡的な特効薬が、
早々に開発されて、このパンデミックが収束することをひたすら祈るだけ!
これは、世界規模の最大級の災害である。少なくとも、まずは、自分!
そして、家庭内から、気を付けないと! 
「今ごろ何を言ってるん?」というが…当事者以外、まだまだ他人事の世界!

・・・・・・
6767,閑話小題 ~母親の命日、忘れるところだった!
2019年09月24日(火)
   * 母の23回忌ですか
 今日の随想日記を書上げて、過去文を振返ってみて、母親の命日と、初めて
気づくことになった。迂闊だったが、朝方気づいただけでも良かった。命日に、
話題にするのが故人への一番の供養。明治、大正、昭和、平成の時代に生きた
ことになる。母への想いは、ここで何度か書いてきた。
 「分類コーナー」の<検索>を入れると、即座に過去文が幾つか出てくるのが
有難い。 毎年、その都度、真正面から向き合えるのがよい。 末息子のため、
両親に溺愛され、育ったのが私の特性。時代の変遷と、何れの世界でも辛うじて
生抜けたのは、その温みが自分を包んでいる御蔭。両親との仲が良いか悪いかで
人生が大きく変化する。
 
 父親が酒のみで、博打好きで、家に殆ど金を入れず、長男故に中卒で地元企業
に就職、夜間高校を卒業後、地方公務員試験を合格し、消防士になって人生を
全うしてきた中学校の同期生がいる。 普通の人生をおくることの難しさ、逞しさを
彼の中に垣間見た。それに対し、己の置かれた立ち位置が如何に恵まれていたか! 
父親の実家は恵まれ、母親系は、二ランク落ちで、小姑に虐められた話を幼児の
頃から聞かされ育ってきた。貧しさは、その子供たちを卑しくする力が働くため、
人生計画を着実に実施すべきと、誰も助けてはくれない、自分自身の知恵を使い
生きるべしと…母親から教わってきた。両親と、時代には当たったが、問題は、
己の能力。省みて、読み返すと、言いたいことが、そのまま書いてある。

・・・・・・
2016/09/24
閑話小題 ~母親の命日に

  * 今日は、母親の20回忌。
 昨年の母親の命日には、それまで書いてきた母親について纏めてあった。
10数年、毎日、書き続けてきた過去からの贈り物である。自画自賛になるが、
もし子供に、亡くなって20年近く後に、このように想い出してもらえたら、
幸せだろうに。 末っ子で特別視された恩返しと考えれば当然だが。
 親子の関係は、特に父親との関係は、シックリいかない永遠のテーマ。
順調にエリートコース?を歩いてきた知人が、ある時、深刻そうに、
『何か私は、父親に愛されなかったような気がする。』と、話してくれた。
最近、特に思うのは、『人格の背骨は、両親の愛情で作られている』である。
末っ子は末っ子で、兄・姉から軽く扱われ虐められ、大変だったが、両親からは、
「特別扱いされ、何があっても守られ、許される」という妙な甘い意識があった。
 父親が亡くなってから、複雑な家族環境のため、「独り立ち」が、否応なく
求められた。そこから、両親から受けた愛情と精神の背骨を感じるようになった。
 次々に立ち塞がる難問に、「父なら如何しただろう?」の自問自答で湧き上る
知恵に大いに援けられた。その上、同居の老いた母親の温みが直に伝わっていた。
 追)去年、母親について書いた文章を纏めたが、もし、それをしてなかったら、
  昨日、一昨日、時間をかけて同じことをしていたはず。私は去年も、今年も
 同じ私である。母は父と伴に、戦前、戦中、戦後を生き抜いてきた。
常に何かを目指し努力をしていた後ろ姿を垣間見えていた。会社清算の痛みも、
「痛、痒い!」と思えるのも、万一の備えの上に、両親の修羅場を見ていたため。
70年の人生を振返ると、両親の懐で、面白、可笑しく、生きてきたと実感する。 
父の口癖、「死んでしまえば、それまでよ!」では、決してない。死んだ後にも、
背骨として子供たちの中に生き続けている。ところで私は 子供に対し、両親の
ように膨大な愛情を与えてきたのだろうか? それにしても、甘さ丸出しで、
ネホリハホリ書いたもの。

・・・・・・
2015/09/24
閑話小題 ~今日は母親の命日

  * 今日は母親の命日
 今日は母親の命日、19回忌になる。早いものである。
ほぼ毎年、父の命日には思い出などを取り上げるが、振返って調べると、

には、時どきしかなかった。しかし、その前後に夢に必ずといって
いいほど出てくる。昨日の朝方も、夢に出てきた。寝室の二つの
ベッドが、廊下をおいた差向かえにある仏間に移動してあって、寝室には
一つだけ母のベッドが置いてある。その枕元には文庫本が一冊あり、何かの
読書指導書。さすがと思ったところで目が覚めた。
 また今朝方も極楽にいるような夢をみた。
《自宅の1Fの勝手口の前に、花園に色々の種類の花が咲乱れている。
そこに様々な小鳥や鳩の大きさの鳥が次々やってくる。そこで、デジカメで、
写真を撮るが、いつの間にか、その花園の赤い花が、周囲に広がっている。
鳥と花の兼合いが、何とも美しくて写真を撮ることを忘れて見入っている。》
 これを書いていて、この夢が実は母親の贈りものでは?と、思いついた。
この随想日記から、母について書いていた文章を内部検索で調べると、
以下の内容が出てきた。書くこと、書き残こして外部化しておくことは、
心の、想いの刻印になる。 燃焼しきった人生は、奥行きが深い。
 極楽の景色を、母に鮮明に見せて貰ったことになる。毎日、世界の絶景を
ブログに乗せているが、極楽的光景を連日、目にしている背景があるようだ。
 さて、ポタリングをして、母の墓参りだ。

―――――
4200, 閑話小題 -スマート家電
2012年09月25日(火)
  * 母の命日
 昨日は母親の17回目の命日。亡くなって、16年経つ。
やはり、その年月は長い。今でも2~3ヶ月に一度は、母の夢をみる。
先日、倉庫で母親のアルバムを見つけた。四人姉妹の末娘の姉と、旅行先で
当時の映画俳優と記念写真を撮っていた。戦後、戦中、戦後という激動の中に
生きてきた逞しさがあった。当時の男も女も皆そうだったが、平時の数倍の
人生を生きてきた。私の知恵は、こと何かあると両親に語りかけることから
生まれることが多い。夜半に問題を語りかけると、思いもよらない答えが出る。
読書は著者との対話でもある。愛読書を読み返すとは、最も信頼する著者の魂
と対話していることになる。両親は、自分の限界であり、かつ土台である。
両親は、私にとって限りなく純粋で愛情の塊のような人だった。
独り何かを求め続ける、これが両親から学んだこと。
  * スマート家電
 ( ・・略 )

・・・・・・
2007/04/24
2212, 宇宙的自己?が語りかけてきた?
              (。・8・。)ノ おはよう!
   *一昨日の朝方の夢
10年近く前に亡くなった母の夢を時々みるが、一昨日の夢が不思議な夢。
晩年の母は5年半ほど痴呆症だったが、夢の中の母は平常の状態。
不思議に思い、「如何したら呆けないでいられるのか?」と聞いたら、
「何を経験しても、その都度ごとに文脈としてまとめること、
また、一つ一つの要素をキッチリと言葉にしておくことよ。」
と諭すように答えた。そして、家の宝として、小さな仏像を5~6個持ってきた。
さらに家にある大きな封書を持ってきた。神聖な昔から家にある「書置き」の
ようだ。そこで目が覚めた。普段の自分の世界から一歩抜け出た不思議が感覚。
‘遥か遠い向こうの世界からの魂の呼びかけ’のような、‘宇宙的自己としての
母の自己が、地上の私に直に語りかけてきている’ようであった。
現に毎晩、私が寝ているところが、母が30年以上寝ていた処である。

「魂とは何なのだろうか?」不思議で不思議で仕方がない。
誰もが持っている、不死の何かなのだろうか?
あの夢に出てきた母とは誰なのだろうか?
自己の創り出した(記憶の底から出てきた)母のイメージだろう。
夢も考えてみたら不思議である。
犬も夢をみるというが、自分の無意識がつくり上げた物語である。
 以前は不思議な夢を多くみたが、最近はめっきり少なくなった。
モーニング・ページに起きざまにみたばかりの夢の内容を書いている。
そのまま、大学ノートに書きなぐるが、生々しい夢を書くのも面白い
ものである。モーニング・ページの大きなコーナーになっている。
内容は他愛もないが、それでも時どきハッとするような深い内容がある。
夢と魂とは何か結びついているんじゃないのか?と時どき思う。
それも身近な母や父などの夢は、特に!

ところで母が持ってきた、あの封書の中味は何だったのだろう?
母の残した、「詩」だろうか?それとも家を守りなさいというサイン?
あのイメージは、家筋としての記録である。
家系としての筋道?   胡散臭いが!        
               ホンジャ  (~▽~*)/
・・・・・・
2006/09/24
2000, 継父
        (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ~
今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。
この随想日記2000回と重なるところが不思議である。
早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。
5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院までオシメをする
ことがなかった。痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。
始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。
マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた
悪口・陰口が始まる。心が腐っていくのが手に取るように解る。

マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。
亡くなって一月後に、
「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いた。

両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。戦争は全ての
国民に深い傷と重石を担がせる。第二次大戦直後に生まれたが、
あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・

ところで母の命日なので供養として、
母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。
そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。
この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、
「自分の主催している会で話して欲しい」と依頼があったが、
断ってしまった。20年前で母が生存中なことと、それを多くの
セレブの前で話すには自分が出来てなかった。
その時、是非話しておけばと悔いが残っている。

母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。
(奇しくも昨日 WOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。
3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ転々とする筋書きであった)
家が商売をしていたので残った祖母は男後家をもらうしかなった。
そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。
そこで何が起こるだろうか?この設定は、言わずもがなの結果になる。
義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。
3人の末であった母に、特に虐めがいったという。
それが母のトラウマになってしまった。     ーつづく
 さて墓参りだ!
ーー
書いた後に気がついたことだが、
ほぼ同じ文章を、2年前に書いていた。(後にコピー)
次回は更に深く母の一生を掘り下げて書いてみよう。
               (。・ω・)ノ☆゜+.バイ! 
・・・・・・
2004/09/25
1271, 母が亡くなって、まる八年!ー2
 十数年前のこと、新潟に有名な教育者が講演に来た。その夜、勉強会の
「新潟木鶏クラブ」で、彼を囲んだ座談会を開いて話を聞いた。
そしてそのままホテルに泊まってもらった。
翌朝お礼を兼ねて、弥彦の良寛で有名な「五合庵」などを車で案内をした。
二人きりの車の中、4時間位話をする機会になった。
そして直に旧知の友のようになった。知らないうちに、昨日書いた
母の生い立ちと、それゆえの不幸の出来事の話と、不条理の話に及んだ。
本人も、思いもよらない「五合庵」の散策と、新潟の田舎の風情を楽しんで
いたようであった。 それから2ヵ月後、本人から連絡が入った。
「先日のお母さんの話」を、森信三さんに話したところ
「すごい内容だ。是非うちで開いている勉強会で話してくれないか」
と依頼されたという。
いま考えたら、そこにいって話をすべきであった。

「自分の話ならするが、母の話なので、勘弁して欲しい」と断ってしまった。
こういう機会でなければ、森信三という戦後日本最大の教育者とは、会う機会
がなかったのに、本当に惜しいことをした。また、そこに聞きに来ている人は
ふだん会えない、凄い人ばかりのはずである。 後悔あとに立たずである。
森信三氏も似たようなことがあったというが。それから数年後の1992年に、
森信三氏は亡くなったのだ。本当にバカのことをしたものだ。

話は元に戻るが、母の7人の兄弟・姉妹のうち、母の実父の上・三人は
幸せな人生をおくり、下4人は??
ー 幸せ不幸は、本人が決めることであるが。
「事実は小説より奇なり」というが、母方の姉妹をみていると軽く一冊の
小説になる。一人一人の一生は深く重いものである。

・・・・・
2004/09/24
1270, 母が亡くなって、まる八年!ー命日に,母の魂に捧げる

今日の9月24日が母の命日。まる八年経った。遠い昔のような気がする。
今でも夢に出てくるが、その頻度は少なってきている。母の優しさは、誰に
とっても共通である。父の真の厳しさと、母の優しさの深さを知るのは、
自分がその年齢になって初めて解るものだ。

世界広しといえども、母は一人である。そして、ただ無条件で愛して
くれたのは両親だけである。親の愛こそ、神の愛に勝るものである。
真実の愛は、親の愛がその原点にある。

愛は力である。内面の強さは突詰めてみると、親の愛が基盤になっている。
キリストの愛も、最後まで見守っていてくれた母マリアの愛の反映である。

人間形成は、10歳までの家庭構造とそれを取り巻く環境ー条件で
ほぼ決まってしまうが、その中で母の役割は非常に大きい。

 ー命日ということで、母のことを少し話してみる。
母は特異な家庭環境の下で育った。兄一人、姉一人の三番目に生まれた
二年後に、実父が亡くなってしまった。そこで祖母は、(後妻でなく)
後夫をもらった。(要するに男後家)

その後、後夫の子供が4人生まれた。
後夫は当然のことながら、前夫の子供を徹底的に苛めた。
特に一番幼い母が、その対象になった。
祖母は後夫の手前、守ることも、直接的な愛情を注ぐことができなかった。

そのトラウマが母の一生を通してついてまわった。
子供に対する扱い方(直接的愛情のかけ方)を全く知らなかった。
ただ厳しく当たることしか自分の体験がなかった。

それが長兄、次兄が不幸を向かえるキッカケとなってしまった。
その結果、重度のノイローゼになった。私が7~10歳の時である。
立ち上がるのに5年もかかった。その時、心臓が四分の一壊死してしまった。
(亡くなった直後の解剖で判明) そういえば、私も子供を抱きしめる
ということは一切しなかった。その苦悩・苦痛の中から、神様のような
優しさを持つようになった。そして強さも。

その環境の中で育った兄姉は、それぞれが何らかの神経症が残った。
私が癒し系の話題が多いのも、その神経症系を乗りこえるプロセスで
多くの本を読んだからだ。いやそれより、面白いこともあったが。
どの家庭も、色いろな事情はあるものだが。
特に、戦争下を通り抜けてきた世代には。
      さあ墓参りだ!      23日6時半ー記