つれづれに

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 今日は、一転して快晴。午後からでも、腰痛で久しく乗ってない
チャリで信濃川の土手でも行ってくるか。

 着圧パンツが腰痛に効果があるのが分かったので、思い切って
着圧タイツも購入。 着てみて気づいたが、スポーツジムで、10人に
一人は、タイツを着ていることに気づく。あれは着圧タイツだった。
知っている人は知っていた。 着圧パンツは、腰専用のようだが、
着圧タイツは、腰と脚全体を包むように締め付けるため、自然で、
圧着の抵抗感が少ない。 圧着パンツも、タイツも満足度、90点。



・・・・・・
2796.ユダヤ人成功者たちに秘かに伝わる魔法の言葉・・5
2008年11月30日(日)

【第4の法則】
      金を追うな、金に追われるような人間になれ

「空気人間になれ」
(ゲットーに住むユダヤ人は隙間で生きていかなればならなかった。自分に
対する誇り、自尊心が確立されているから、仕事の体裁などにこだわることはない。
チャンスとみれば偏見に囚われずに何でもやる。元手が少なくても、わずかな
チャンスを確実にっかみ、成功に近づいていく。空気のように軽く、どこにでも
入っていく。それでいて、空気のように誰もが必要とする資質を兼ね備えた人間。
苦難を空気化した人間、それがルフトメンシュである。) ユダヤの知人の言葉
 ~~
「この仕事で 豊かな気分になることはない ただあるのは、どれだけ稼いでも、
新しいレベルの相対的貧困感に苛まれること」  ユダヤ人の知人のコトバ
 ~~
「神がお金について どう考えているのかを 知りたいのでしたら、どんな人に
神がお金を与えたのか を観察してみるといいでしょう」  ドロシー・パーカー
 ~~
お金は手段にすぎません。自分が行きたいところには 連れていってくれますが、
自分が運転手だ ということは、 忘れてはなりません」  アイン・ランド
 ~~
11ポ・ドの金塊よりも、 1オンスのツキのほうが 価値がある」
                        東欧ユダヤ社会の諺
 ~~
「人生は、
賢者にとっては 夢であり、 愚か者にとっては ゲームである。
金持ちにとっては 喜劇であり、 貧乏人にとっては 悲劇である」  
                        ショーレム・アレイヘム
・・・・・・・・・
2007年11月30日(金) 2431, ネット君臨

       ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]○o。
 「ネット君臨」-毎日新聞取材班ー(出版・毎日新聞社
                       -読書日記
この本を図書館で見つけ、読んで驚いてしまった。この春先に毎日新聞
連載したものを本にしたものだが、この連載は大きな社会問題を提起、
幾つかの規制の法案ができるキッカケになった。
 私も政治や、ゼネコンなどの談合に批判を書いているが?
言い方には気をつけなければと自戒させられた。
マイナーの人?いや色いろな考えの人が見ているのである。
それにしても、ネットによる虐めの陰湿さには驚いてしまう。
特に「2ちゃんねる」上における、匿名による誹謗・中傷の内容は、
人を死に至らしめるほどの内容に満ちている。毎日新聞の連載を
まとめた本だが、ネットのマイナス面に絞っているのも、
ネット社会の規制を考える面で、良いことである。
   ーー
*まずはアマゾンの、この本の紹介文から
 ー内容紹介ー
匿名社会の恐怖、拡大するネット犯罪…。ネット社会の急速な進展は、
我々の生活 に便利さや効率をもたらす一方、さまざまな負の部分を
生み出している。ネットは我々をどう変えるのだろうか。
また我々はネット社会をどう築けばいいのか。ネット社会に警鐘を
鳴らした毎日新聞取材班の大反響連載「ネット君臨」の書籍化。

本書では、国内最大のネット掲示板2ちゃんねる」に代表される匿名による
誹謗・中傷が人々の暮らしに深刻な影響を与えている実態を現場から報告。
2ちゃんねる」の管理人ひろゆき(西村博之)氏にインタビューしている。
さらに国の政策がインフラ整備に偏り、企業や個人のマネーゲーム
生んでいる実態や米国、韓国、中国のネット犯罪の現場をルポ。
 ー概要ー
マスコミがこれまで殆ど触れてこなかったネットの問題点に真正面から
切り込んでいる。難病(拘束型心筋症)の上田さくらちゃん(四歳)が
アメリカでの心臓移植をうける費用(約一億三六〇〇万円)を賄うために
さくらちゃんを救う会」が結成され、ボランティアによる募金活動が
開始された。だが2ちゃんねる上でさまざまな中傷記事が書き込まれた。
第一に、両親がともにNHKの職員であって高給を得ているうえ、
東京近郊に土地と建物を所有していることが伏せられていたということ。
そしてこの募金活動をしている非営利組織の運営が不透明であり、
過去に行われた同様の臓器移植募金に関して、余剰金などがどう
処理されたのかがまったく情報公開されていないということ。
こうした情報公開を行わずに募金を行い、しかもそこで集められた浄財
の行方が明確にされていないというのは、「死ぬ死ぬ」と騒いで金を
集める一種の詐欺行為ではないか--というのが、批判者たちの主張だった。
*次に2ちゃんねる の書き込みの部分を抜粋してみた。
 ---
ーP・22 
インターネット掲示板で「また死ね死ね詐欺ですかw」。
「w」は笑いの意味。NHK勤務の父昌広さん(54)と母和子さん(45)
が記者会見で職業を「団体職員」と公表したことも災いした。後でNHKと
答えたが、手遅れだった。
「NHKキタ---(゜∀゜)---!!!!」と顔文字を付け、
はやし立てる。「高給取りを隠して同情を買おうなんて詐欺だな」

両親が借金などでねん出した3000万円の自己負担を公表しても
攻撃はやまない。ローンが残る住宅しかないのに「十数億円の資産
がある大地主」と虚偽の情報が書き込まれた。自宅の登記簿や写真も
ネット上にさらされた。「だまされて募金したので返してほしい」。
救う会にはメールや電話が続いた。「裸で歩いているような恐ろしさ。
眠れない時もありました」。和子さんは家の前で携帯電話のカメラを
構えた人影を忘れられない。「親ですから娘が救われるのなら構いません。
でも支えてくれる人たちが疲れていくのを見るとつらい」。目が潤んでいた。
ーーーー

以上だが、
この本を読んでいて、2ちゃんねる などのネット攻撃の酷さの事例を
あげているが、よくぞここまで酷い中傷をと呆れ返ってしまった。
情報化は±両面で、社会を変えている。     (^^)/

・・・・・・・・・
2006年11月30日(木)
2067, あたりまえなことばかり -18
          (+>∀<+)ノ おぁはは~ようさん!

人生には、それぞれに相応しい時期がある。
その年齢ごとに新しい経験を織り込んでいくのが人生である。私の中学校
のクラスは卒業後も非常に仲がよくて、節目ごとにクラス会を開いていた。
地元にボス的な女性がいて、その都度声を掛け合って20人は集まっていた。
卒業後15年ほどしてからは1~2年ごとにクラス会を開いていた。
担任の先生の停年の年には(18年ほど前)、湯沢に一泊した翌日、
長岡に帰ってきて、延々と夜半まで三〇数時間も一緒に飲み続けた。
最近までは毎年のように理由をつけては会を開いていた。

そこで見えてくるのは、「歳をとるから老いる」ということではないことである。
経験を自分の人生の中で織り込んでしまえば、生きるということ、老いることも、
むしろ面白く、味わいが深くなる。人生など大したことがないものである。
深刻に考えるだけ馬鹿馬鹿しい。気楽に考えて、その時々を真正面から
生きていさえすれば、それでいいんじゃないか! ということである。        
 ーーーーーーーーーー
 老いは個人の生を超え  -? 
 ーーーーーーーーーー

老いるほど人生は面白くなるという言い方は、確かに可能である。
その歳まで、いったい何をしてきたのかと訝りたくなるような老人が多い。
おそらく、何もしてこなかった。摂食、生殖、快楽の追及以外何もしてこなかった。
刺激に反応して、反応したら忘れるといった動物的生存の日々、そういう人々は、
したがって老いることを拒む。

動物的生存に価値がある限り、肉体の衰えは価値の喪失以外ではないからだ。
老いた自分に価値が認められない。「老醜」とは正確には自虐的に使われる。

逆に、内省を知っている人は美しい。 鏡を内側に持っているからだ。
外に映る鏡の姿が崩れているにしても、ともに崩れる必要がない。
若年からの内省の習慣、老いるほどにその姿は違って見える。
内省すること、心の姿を整えること、それが魂の世話をする意味である。

歳を重ねると、内省と回顧が判然としなくなるが、面白いのは、
このとき回顧されているのが自分の人生ではなくなっているということだ。
自分の人生を振り返ってその視野に、自分の人生としての人類の人生、
すなわち「歴史」が、当たり前のように入ってくるようになる。
内に鏡を所有して生きることの面白さは、その現在の鏡に過去が映っているからだ。
過去とは現在以外ではなく、歴史とは自分以外のものでなかった、と
気づかされるのだ。それが鏡が鏡であることの秘密である。
「歴史は鑑である」とは、本来その意味であった。
   
 ーー  
 母親が80歳の時に、「私の生きた5~6倍前に家康や秀吉が生きていたと思うと、
 大して昔じゃなかったのね!」という言葉は、
 歴史が鑑であるという意味ではないが、ハッとする言葉であった。
 自分の生きた時間と家康の生きていた時代を対比して感じ取った言葉だからだ。
 
 田中角栄がどうした!と、今では確信を持っていえる自分がいる。
 それは自分の人生とは比べようもない実力を持った人も、過ぎ去ってしまえば、
 ただの悪名高き犯罪者でしかなかった政治家。
 その男が活躍していた時、私は学生で、雲の上の人とみていた。
 いまは、「何じゃい!戦後バブルの波に浮かんだ泡以上でも以下でもない男。
 そしてまだ、その娘が馬鹿丸出しで恥をさらしているだけ」としか思えない
 のも、自分が生きてきた時間の中で、自虐の自分を鑑にしてみるからだろう。
                (-"-;)
 これも長年生きた歪みが、この言葉であるということだ。  
 あと十年経てば70歳、20年経てば80歳である。
 これは生きていればの話で、もしそこまで生きていて加齢した自分を
 自虐していたとしたら、全く何もしていなかった人生を嘆いているだけになる。
 それは現時点でも言えることである。 
     (ノ≧ロ)ノ<いまさら何をいってんだ、ばかやろぉ~~~!!!             
               (*^ワ^*)i バイバイ
・・・・・・・・
2005年11月30日(水)
1702, 中学校還暦同期会 -2
                    nemu(ρ_-)
先日
「中学校の還暦同期会とはこんなものだった」という概略を書いた。
 今回は還暦から人生を振り返って、感じたことを書く。
 人生の60代に入り、40数年ぶりの幼馴染に会い感じたことは
 「人生の成功とか、失敗は大して変わりはしない」
       ということだ。 (いや、あるか!?)
    ( )                   (・ω・`。) ?
     ∥┓  ((  
    (_)  匚P 
    ━┻    ♪~♪~                            
 *上手くいったという人はそれでよし、
 *上手くいかなかったが、それも自分の責任、悔いはなし、
  というのもそれでよし。要は、自分の人生の受けとめかたである。
 人生の成功・失敗とは何だろうか?改めて考えてみる必要がある。
 どういう人生であっても、明るくニコニコしていれば       
 それで良いのではないだろうか。      (≧▽≦)     
 (本当に、本当か?)
 誰にでも悔いがあるのが人生である。
 それに対し、でも生まれてきてよかった!
 と、心から思えれば良いのではないか?

 そうすると、笑いと感謝さえ失わなけれ、
「『ありがとう』を一日、千回いって、
その結果として、自然の笑いが出てくればよい」ということになる。
                          ♪~(=^ε^= )
出席している人は、比較的に恵まれている人?のためか、
全体として、明るい人が多かった。
めでたい席で暗い顔もしていられないのだろうが。
私が、彼らの気持ちを代弁していうと、
「ここまで、人生の良いところを生きてこられて良かった!」
というのが、偽らざる気持ちだったろう。
年齢に気持ちがついてきてないのが本当のところだろう。
人生は短い!   還暦は逆成人式ということだ!          
                      (^_^)/~~baybay
 ・・・・・・
 2004年11月30日(火)
1337, 「自分を活かす極意] 」
              ー読書日記 -1
  齋藤スタイル―自分を活かす極意   齋藤 孝 (著)
            
書店のエンドでよく斎藤孝の本を見かけたが手にとるだけで買わなかった。
いや一度、この著者の本を図書館から借りてきたが、読まずに返したことがある。
先日、図書館でこの本を見かけ借りてきて速読をしたところ、内容が濃厚である。

斉藤孝の多角的世界を集大成してある。
日本語、身体、能力、読書、教育、子ども…。
多彩なテーマを独自のスタイルで語たりかけていて、
斎藤ワールドのダイジェストといえる。
対談という形を通して著名な人の意見と議論がより深みを持っている。

特に「三色ボールペンで読む日本語」のダイジェストの章がよい。
赤ペンチェックの言葉が多い。
「図化と文章化」 「具体的かつ本質的」
「エネルギーを出し続けているが故に、技も必然的に磨かれていく」などもよい。
著者は、「勉強でもスポーツ仕事でも、自分が体験し学んだことは、
自分のスタイルとして練り上げ、技化しなければならない」といっている。
齋藤氏の「スタイル」と、ノウハウの集約書である。

ー今回は、まずは三色ペンについて書いてみる。数年前に、
三色ボールペンで読む日本語」を図書館から借りてきて目を通したが、
ほとんど読まないで返してしまった。おそらく他に面白い本があったのだろう。

しかし先週の土曜日に、この本を借りてきて再度「三色ペン」の効用を読んで、
4色ペンを買ってきた。ー著者の勧めの青、緑、赤だけの三色ペンが無く、
これに黒の入った4色ペンしかなかったー
まずは買うことによって、実際の効果を確かめたかったのである。

この本では、三色ペンで読書をしながら
・重要な部分を「赤」の線、
・少し重要な部分は「青」の線、
・面白いところを「緑」の線、 で色分けをすることを勧めている。

これは取りも直さず20対80法則の、20の区分けをしていることになる。
メモにもこの三色を使い分けることが可能だ。
さらに、速読法に三色ペンを使うのだ。
読む前に、速読をしながら色分けをしてしまうのだ。
私のあみ出したページ折込と同じか、それ以上の効果がありそうだ。

この歳になって、こういう初歩的なノウハウの発見があまりにも多い。
数年前に、このノウハウを読んでいて全く心が動かなかったのは、
どうしてだろうか?考えてしまった。
会社の大矢さんに聞いたら、彼は「4色のペン」を常時もっていて、
メモで、個人と、会社と、家族と、子供に分けて使っているという。

私の場合は、今のところ斉藤孝氏の三色の使い分けの他に
黒を、感動か新しい発見・知識にしようかと思っている。
あるいは書き込みもよい。
この数ヶ月間の訓練で、思わない発見がでてくるだろう。
                       ーつづく
・・・・・・・・
2003年11月30日(日)
970, 「遺言川柳」

 UFJ信託銀行が11月25日に単行本「遺言川柳」を発売をした、
と新聞やTVで話題になった。
当銀行が「遺言川柳」を募集したところ、約1万2000人から
5万通以上の作品が寄せられたという。せいぜい2000~3000作品」
と見込んでいたUFJ信託銀行にとってうれしい誤算だった。
そこで急きょ、出版社からの申し出で「敬老の日」を狙った作品集の
発行が決まるなど、「遺言川柳」がちょっとしたブームになっているという。 
 
 遺言といえば、両親とも、私にとって「有利な遺言」を書いて亡くなった。
遺言は残された子供にとって、その後の人生を左右するほど大きい要素になる。
母が亡くなったときは、さすがに4人の姉に「恨み辛み」をいわれた。
それだけ、両親は「家」というものを重んじていたのだ。
両親が亡くなるとき、同居をしていたため情が移っている部分と、
末っ子という特殊要因もあった。

 相続は、それぞれの子供に連れ合いがいるから複雑になる。
日常でおこる争いの一番の原因になる。 そして生々しい。

ー以下の遺言川柳は一つ一つの意味の深さを十二分に実感できる。
 -------

ー特選ー 1作品
・遺書書いて 腕立て伏せを 二十回 (64歳・男性)
  
  ーーーー
ー入選ー 5作品

・遺言も 開けてみるまで 宝くじ (25歳・女性)
・情よりも 法が出しゃばる 遺産分け (63歳・女性)
・書き替える たびに痩せゆく 遺産額 (70歳・男性)
・通夜の席 銀行マンが 勢揃い (55歳・不明)
・遺言を 地球が書いて いるらしい (46歳・男性)
  ーーーー
以下は、字数の関係でカット
 2007年11月30日

・・・・・・・・・・
2002年11月30日(土) (2)
596, スーパー床屋は席貸業 -

最近、新潟でも目立つようになってきたスーパー床屋の実体が面白い。
日経流通新聞の広告でフランチャイジーの募集の内容に興味を
持った。「経営は理髪師の免許がなくても可能です」
どうして?と思うのは当然である。
既存の理髪業も今の日本の旧体質の典型?である。
若い人が既存の店で修行と称してタダ働きに近い状態?を
強いられていた職人の世界である。

そのプロセスを踏まないと新規の出店の時に想像を絶する嫌がらせに
会うと聞いていた。誰もが知っているあの日本的馬鹿いや愚かの世界。
関西人がそこに目をつけ、チェーン化を始めた。場所貸し業と捉えた
のである。スーパー床屋のシステムはその席貸し業に組み替えたシステム。

この辺の話しは良く解る。オーナーは不動産業なのである。
最適な立地の不動産のオーナーと理髪のフランチャイザーが組む。
フランチャイジーはマニュアルどおりにやればよい、
タダそれだけでしかない。席を借りた人は働いただけお金になるのだ。

札幌のススキノで飲んで帰るタクシーの運転手さんの話が今でも
忘れられない。深夜のタクシーは倒産した人の最後の砦の世界という。
とりあえず、お金がほしい自分達の必至の金稼ぎの世界である。

タクシー会社も深夜の高い人件費を考えると、そのままタクシーを
丸投げで貸したほうが良いという。 その応用がこのスーパー床屋
の世界なのである。場所貸しで割り切った若い人が必至に働いて
もらった方がいい。

若い人で4~50万稼ぐ人がいるとか。
都会の既存の床屋はここにきて大きな落ち込みが始まり、
また新規開店がげきげんしたとか。床屋の世界おまえもか!である。

そういえば宅配便の運転手はもっとシビアの世界だ。
そのベンチマーキングの結果の美容・理容の世界でしかない。
全国チェーンもあるところまでいくといきずまるだろうが!

商売は全てがシステム7割、商品3割である。
そのシステムが根こそぎ変わろうとしている。