つれづれに

イメージ 1

他のブログ
http://www.enpitu.ne.jp/usr5/54909/
http://horii888888.toypark.in/cgi-bin/s_diarys.cgi
http://d.hatena.ne.jp/horii888888/archive

今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=Lj9-CoTyw2A

 昨日は『サイド・エフェクト』をみてくる。 評価は90点。
筋書きが面白い!  http://www.youtube.com/watch?v=KP8WIyNZyJk
 

・・・・・・・
1983, 閑話小題
2006年09月07日(木)
ーウォーキングの道でー
先日の土曜日の9時過ぎに土手でウォーキングをしていると、小学校の運動場で
運動会が開かれようとしていた。開会式のようで、マイクの声が聞こえてきた。
 ところが中学生の声で、「何々中学応援団団長何某!」その後に、小学生の女の子の声で
「何々小学校応援団長何某!」と、宣誓の最後に締めくくった。
今どき、中学校と小学校の合同の運動会か?と、思いつつ通り過ぎながら見ると小学生しかいない。
中学校の応援団が、運動会の高学年の応援指導をしていたのである。学生服を着て、頭に長い鉢巻をした
10人ぐらいの中学生が大声で、高学年の生徒の前で応援の手ふりをしていた。何とも微笑ましいが、
生徒のほうはピリピリしているのが伝わってきた。運動会全体がしまっていたようだ。
小さな集団に小1のグループがあった。幼稚園の集団と間違ってしまうほど、幼さが残っていた。
紀子様、男子出産の意味ー
「朝生TV]のテーマではないが、紀子妃の男児出産で、次の次の天皇継承問題が更に複雑になってきた。
過去の女系天皇の場合、結婚をしてない女性が天皇になっていた。直径の血を薄めないためだろう。
しかし、この時代まさか結婚をしない訳にはいかない。天皇制を緩める意味で、女系天皇
その子供の天皇継承を認めるのもよい。しかし紀子妃の男子出産で、次の次の天皇は紀子妃の男児
継承される可能性が大になった。
そうすると、次の天皇を皇太子が辞退ということもあり得る。雅子様もそれでノイローゼが軽くなるだろうが、
その判断は皇太子本人の意思?になる。
 こういう直後に、意外と雅子妃の懐妊があるもの。どうなるか、時間が経たないと解らないが・・・
雅子妃もホッとしているのは、間違いないだろう・・・
関敬六という喜劇俳優が亡くなったー
関敬六といえば、TVが出始めの頃から脱線トリオの一員として、由利徹、八波むとし、南利明等と
トリオを組んで茶の間を笑いに包んでいた。また谷幹一渥美清と三人のコントを今でも思い出す。
何とも人間味溢れた役者であった。新聞に、その彼の訃報が出ていた。「男はつらいよ」にも、
端役としてテキヤ仲間としてでいていた。これで渥美清も含めて、全て亡くなったことになる。
一つの時代の終わりを告げているのだろう。
          
・・・・・・
2005年09月07日(水)
1618, 楽しく生きるー3
「楽しく生きる」にも、色いろある。
「ドラックをやって、目先の快楽を追い求めて人生をボロボロにしてしまっても」と、いう意味で
言っているのではない。目先の楽しみだけを求めると、長期的に問題がでる。何ごともバランスである。
前回書いた「楽しく生きる」精神科医高橋和巳著の一部をさらに書き写してみる。
 ー人生の「動」と「静」を楽しむー
私たちの生活のあらゆる動きを生み出しているのは「欲求」である。
それは無限のエネルギーを生み出したりして、人生の全体を創造している。
欲求が生まれ、動き出し、目的を達成すると、一つのサイクルが終わり、動きは止まる。
すると、次の欲求が生まれ、新しいサイクルが始る、この繰り返しが生命活動である。
その生命の欲求サイクルが始るところが心の奥底の透明な「意識」である。
ただ私がそこに「いる」だけの場所である。欲求は心の奥底の何もないところ、無から生まれる。
「欲求」は、生まれるとすぐに自分を実現しようと動き出すが、欲求を生み出した「意識」はその動きに
巻き込まれることなく、いつも欲求から離れている。この「欲求」と、「意識」が私と私の人生を動かしている。
 意識は動かない 「静」で、 欲求は動きまわる「動」である。
楽しく生きるということは、欲求を満たす過程を楽しむことである。
そのためには、いつも「動」と「静」の二つが私たちを動かしているのを忘れないように。
いつも変わらない「静」があるからこそ、「動」を楽しむことができる。
「動」の欲求と「静」の意識が対になって、この世の花を楽しませてくれる。
楽しく生きる。今、人生を楽しむ。純粋の遊びこそが、遊びの真髄である。
ー私には「会いたいもう1人の自分」がいる欲求とその成就は、本来、単純である。
このような欲求を邪魔をしている唯一のものは、私たち大人が身につけている「思い込み」である。
この「思い込み」が、本来の欲求不満を自分から隠してしまうのである。
「思い込み」という間違った解釈を自分で与えることで、私たちは自分の欲求不満をそらす。
この自分の思い込みを解除することは、実はもう1人の自分に出会うことでもある。
ーー
以上が、この本の概要である。
<自由とは、その周囲から植えつけられた「思い込み」からの解放である>
秘境ツアーに来ている人の中に多いタイプに、思い込みに気がつき、真の「自分探し」の人を多く見かける。
そのタイプを要約すると、ー親と世間の常識を信じて何も疑うことなく、何時の間にか歳をとってしまった。
ふと気がつくと、あと数年しか時間的に自分の残された人生しかない。このままでは、死ぬに死に切れない。
そのために捨て身で世界の果てに来て、自分の心の渇望を埋めようとしている。
もう少し早く気がつけばよかった。余白はあまりにも短い! 等々である。
「楽しく生きる」も、深い心の底からの欲求の充足でこそ意味がある。
その辺のカラオケで騒ぐ、軽いものをいっているのではない。 魂が入っていれば、それでもよいか?
・・・・・・
2004年09月07日(火)
1253, 死について再び考える
過去に死について多く書いてきたが、五十嵐恭一さんの死で改めて死について考えてみる。
毎晩、何気なく寝ているが、そのまま目が覚めないと仮定して、深い長い夢をみながら死んだとしたら、
その夢と現実とはさほど変わりはしないのではないか。死んでしまえば、重油をかけられ燃やされ、灰に帰す。
骨は墓に入れられ、一年もしない内にほとんどの人から忘れさられる。
人生とは何なのだろうか? ー意味
その行蔵の中味は何か? ー経験
何を成しえたのか? ー達成
何を成しえなかったのか? ー挫折
それを成し得たとして、それが如何ということだろうか?
人の苦しみ、喜び、快楽、達成とは何か?
精一杯生きたのだろうか?
答えは無いと思うが、それでもヒントは以下の格言に多く隠されている。
ー生死の格言ー
・死者にたいする最高の手向けは、悲しみではなく感謝だ。     byレーントン・ワイルダー
・墓場は、一番安上がりの宿屋である。              

・・・・・
2002年09月07日(土)
512,パンプローナ牛追い祭り
今朝9時半より、衛星TVで今年のサン・フェルミン祭を放映していた。
もし神様が一日だけもう一度同じ日を与えてくれるといったら、
4年前のこの祭りの最終日を間違いなく選ぶ。今年は例年になく多くの負傷者が出た。
今日の番組は毎朝の牛追いに絞った8日間の内容の為、毎年放映される中でも特に迫力があった。
初めから最後まで手に汗を握る内容であった。
この祭りはヘミングウエーの「日はまた昇る」で舞台になり世界に一躍知られるようになった。
この期間ー7月上旬の8日間、町中の人が白い服に赤の腰巻の布を巻き、赤いネッカチーフをつける。
パンプローナの出身者の多くが帰ってくるという。毎朝6頭の闘牛とそれを先導する虚勢牛6頭の
合計12頭が闘牛場に向かう街の道路に放たれる。毎日異なるドラマを生みながら熱狂を8日間重ねていく。
その6頭の闘牛が毎日おこなわれる。4年前その最終日の闘牛をみたが、会場が異様な熱狂に包まれていた。
その牛の前を走るエニシエロが、勇気試しになる。
19世紀半ばからこの祭りが始まり、闘牛とか牛追いは途中からその祭りに加わった。
ーユーラシア旅行社でいくと、市役所広場の前の4階の部屋からファイナルギャザリングと牛追いが見れる。
4年前の「北スペインの旅」-より抜粋ーの内容をコピーしておきます。
ーー
・・その中で一番のハイライトがパンプローナの“牛追い祭り”であった。
延々8日間にわたって毎夜、闘牛が行われる。その牛を毎朝、市役所から闘牛場へ、
町中を追い上げる。その前を街の若者が走って、度胸試しをする。死人が出ることがあるという。
我々が着いたその日が最終日の為、最高の盛り上がりであった。
その夜の闘牛もその為か異常な熱狂を会場にただよわせていた。これこそ正しくスペインと思われた。
深夜の十二時に向けたファイナルギャザリングが、一生の思い出になる感動的場面であった。
市役所前に数千の群集がロウソクを手に持って集まり、ロウソクをかざしながら歌い踊るのだ。
彼らが心の底からパンプローナを愛しているのがよくわかるのだ。
民家の4Fの一室を借りて見たのだが、光の海を見ているようであった。
トランペットやバイオリン・タイコの楽団の演奏にあわせて歌を全員が歌っている。
キリスト教で祭りを集団で祝うのはスペインだけといわれている。
イスラムキリスト教が融合して、神聖かつ感動的・熱狂的なお祭り騒ぎなのである。
このような宗教的感動的場面に出会ったのは初めての経験であった。
この場面に出会っただけでもこの旅行は充分の価値があった.一生の心の財産になった。

・・・・・・
2001年09月07日(金)
[137] ピラミッド
「ピラミッドに登る人、途中で休んでいる人、オアシスにいる人、小さなピラミッドを造っている人、
ピラミッドの盗掘をしている人、駱駝で荷を運んでいる人、」これは社会を例え話で解りやすく説明したもの。
ピラミッドは会社・組織を喩え、小さなそれは事業を起こそうとしてる人。オアシスはノッケカラそれを捨て、
人生楽しんでいるアウトサイダー。荷を運んでる人は、その全てのサービスに徹してる人か。
20代前半からもちろんこのことは解っていた。普通の人から見れば、社会構造を冷静に見据えていたようだ。
卒業する前から、ピラミッドに上る意思は全くなかった。「立場があってそれも仕方ないのかな」
とぐらいしか考えてなかった。卒業の前年、石川播磨の造船所にゼミで見学に行った。
ショックであった。タンカーに数百人が張り付いて働いているのを、上から見るのだ。
要するに組織の中では個人は小さな存在でしかない。反面組織化すれば、これだけおおきい仕事ができるのだ。
その時の私の反応は「ボートでいいから海の中で自由に生きたい!」であった。
ピラミッドに必死に登り、突然ピラミッドから排除されミイラ人間になったり、自殺したり、転げおって死んだり。
オアシスの何かも知らなかったりする。単色の人生さえ気づかなかったりする。
もっともオアシスの人は、ピラミッドの広い視野眺めの素晴らしさが解らない。
それぞれの立場を、たとえで一瞬で見たことは一生忘れえぬ印象でのこった。
ーこ