読書日記 ~『シェイクスピアの人間学』

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                『シェイクスピア人間学』_小田島雄志・著  
 これまで、何度か図書館で借りてきて本。何故か、書評をしてない。
改めて、読返すと、その時節で受け止め方が違ってくる。心理学者のような、
人生で何度か壁に突き当たった時に、経験する心のヒダである。
 以下は、Amazonの紹介文と書評である。      
≪ 著者は、坪内逍遥福田恒存に次ぐ、わが国の現在のシェイクスピア演劇翻訳
の第一人者。坪内は歌舞伎風に、福田は「新劇」(心理的リアリズム)の視点から、
そして小田島さんは矛盾を孕んだそのままのシェイクスピアという現代劇の観点で、
翻訳した。著者はそう書いている。 本書は、
(1)シェイクスピア演劇の特徴、
(2)生い立ちと作品との関係、
(3)その「読み方」、読み取るべき「生きるヒント」をまとめている。

(1)その特徴は、人間を人間関係のなかに描いたこと、古典劇の「三一致の法則=
 所、時、筋の一致」をはみだす展開を好んだこと(p.79)、
 登場人物の台詞はその人の気持ちを重んじて喋らせたこと(p.31)、
 人間世界のあらゆる出来ごと(愛、憎しみ、嫉妬などの感情面)を描ききった
 こと(P.78)、などである。
(2)「生い立ち」では、父親が商人で町会議員、町長を経験するが没落、
 そのため大学に行けず、年上の女性と「できちゃった結婚」で3人の子を
 もうけたあと家出、そうした人生経験の作品への投影が説明されている。
(3)「読み方」では、登場人物は、具体的な置かれた状況のなかで考えている
 ので、そのことを理解して読むことが鉄則と言い切っている(p.126)。
(4)「生きるヒント」では、「もしも」と一歩ひいて、相手の立場を理解し、
 コミュニケーションをとることが大切とのこと[「<もしも>には偉大な力が
 ある」(p.17),
 「『武器は言葉』とコミュニケーション」(p.31)]。
 他に、ゲーテ(肯定的)、マルクス(肯定的)、トルストイ(否定的)の
シェイクスピア評価、シェイクスピア演劇のセリフから人間学を解読し、最後に
年譜と作品解説が付いている。 因みに「ハムレット」の
 ”to be,or not to be: that is a question” を、小田島さんは
「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」と訳している。
 ――――
    ~名言集より~
「成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない」、
「嫉妬をする人はわけがあるから疑うんじゃないんです。 疑い深いから疑うんです」
「このままでいいのか,いけないのか,それが問題だ」(ハムレット),
「人生は歩きまわる影法師,あわれな役者だ」(マクベス
「われらはいかにあるかを知るも、われらがいかになるかを知らず。
                       ( ハムレット-四幕)
「俺のものはお前のもの、お前のものは俺のもの。
                        (しっぺ返し-五幕一場)
「偉人には三種ある。生まれたときから偉大な人、努力して偉人になった人、
 偉大な人間になることを強いられた人。」(断片)
「外観というものは、いちばんひどい偽りであるかもしれない。
 世間というものはいつも虚飾に歎かれる」(ヴェニスの商人-三幕二場)
「弱き者よ、汝の名は女なり」      (ハムレット-一幕二場)
「彼ら十人、二十人の剣よりも、お前の目に千人の人間を殺す力がある。」
                 ( ロミオとジュリエットー三幕二場)
「恋とは、いわば深い溜息とともに立ち昇る煙、きよめられては、恋人のひとみに
 閃く火ともなれば、乱されては、恋人の涙に溢れる大海ともなる。それだけもので、
 大変分別くさい狂気、息の根もとまる苦汁かと思えば、生命を養う甘露でもある」
                 (ロミオとジュリエット-一幕一場)
「恋は目で見ずに心で見る。だから絵にかいたキューピットは翼を持つが盲目で、
 恋の神の心には分別がまったくなく、翼があって目のないことは、せっかちで
 無鉄砲なしるしだ。そして、選択がいつも間違いがちだから、恋の神は子供だと
 いわれている。          ( 真夏の夜の夢-一幕一場)
「悲しみは慰めによって酬いられる。」( アントニオとクレオパトラ-二幕)
「愉しみが終わるや、たちまち侮蔑の念を生じ、理も非もなく追い求むれど、
 思いをとぐれば、たちまち理も非もなく憎むにいたる。」( ソネット-肉欲)
「愚かな知恵者になるよりも、利口な馬鹿者になれ」 ( 十二夜-一幕五場)
「愚者は己れが賢いと考えるが、賢者は己れが愚かなことを知る。」
                      (お気に召すまま-五幕一場)