つれづれに

イメージ 1

他のブログ
http://www.enpitu.ne.jp/usr5/54909/
http://horii888888.toypark.in/cgi-bin/s_diarys.cgi
http://d.hatena.ne.jp/horii888888/archive

  今日のYoutube

 もう、金曜日である。シネマ、何をみようか?
ハリーポッター」の延長上の映画か。 あと二本、面白そうだが。

 今朝は、お天気もよいので、厚着をして、いつものコースの
信濃川大橋から大手大橋を一周してきた。やはり寒いが、この位なら
我慢ができる。 そろそろ今年の早朝のポタリングも終了になる。
 
 腰痛ベルト、ネットでドラッグストアの10分の1の値段のものを
注文した。 どんなのがきたか? なんら変わらない商品にホッとする。
 どうなっているのか世の中は? 明日のネタに丁度よいか!


・・・・・・
3531, 専門家を疑ってかかれ!
2010年11月25日(木)

    * 「ローゼンハン実験」 ー専門家の先入観を疑え―
 先日の朝日新聞勝間和代「人生を変える法則」のシリーズに、以下の実験に
関する法則の紹介があった。医学など、こんなものだろうが、アメリカ的で何とも面白い。 
まずは、その内容から・・                               
【 精神分析学に、「ローゼンハン実験」という有名な実験があります。
これは、1973年に米国の心理学者のデービッド・ローゼンハン博士が友人7人を募り、
8人で12の病院に「幻聴が聞こえる」と訴える偽患者を装って診察を受けに行ったところ、
診察にあたった医者がそれを詐病と見抜けず、全員入院させられて、薬物治療を受けること
になったというもの。この実験は、医学界から大変な反論と反響がありました。
ある病院は、偽患者はかならず見分けられると主張し、ローゼンハンに、好きなだけ
偽患者をよこせと勝負を挑みました。じつはこのときも、ローゼンハンの完勝でした。
なぜなら、この病院は、3カ月間で診察した193人の患者のうち、41人が偽患者だと
見抜いたと発表しましたが、なんとローゼンハンはこの病院に一人も偽患者を送りこんで
いなかったのです。もちろん、当時と現在では、精神疾患に対する診断基準が違うため、
いま、偽患者を装って受診しても即入院とはならないでしょう。
しかし、経験則に重きをおく医学では、医者が、短時間で患者の訴えの虚実を見分ける
ことは大変、難しく、なんらかの病気の診断を下そうとしてしまいがちだというのです。 
現代で、同じような偽患者による追試を行うと、入院こそさせられませんが、念のため、
ということで薬が処方されることがあるでしょう。これも、医者が、患者の期待に、
なんとか応えようとするためです。この実験の教訓は、専門家たる医者の立場からみると、
先入観にとらわれてはいけない、ということです。さらに、患者が嘘をつく可能性を念頭
に置き、物事を熟知していると自負するあまり、あるパターンに押しこめて理解しようと
していないか、常にチェックすることです。また、患者の立場からみると、こちらからの
情報が正確に伝わらないと、誤診を犯す可能性があるということを理解しておくべきでしょう。
しかし、この実験から、「専門家はあてにならない」と即断すべきではないと思います。
専門家も間違える可能性を念頭に置きながら、互いに信頼関係を築き、ベストな情報を
交換し合うことが必要でしょう。(勝間和代ー経済評論家・会計士)ー2010年11月22日】
 ー 医者も間違えることをことを患者サイドは、常に意識しておかなければならない。
要は、医者も能力の差があり、正確な診断を下せるとは限らない。それが精神疾患
なれば、尚更である。これは、医者だけでない。社会一般にも言えること。
 専門家と称する人が言うことが、常に正しいとは言えないということだ。引退近い
力士が、負けが込むと医師から、色いろな病気の診断書のお墨付きをもらい休場する。
見ているほうからすれば、力の衰えからくる実力で負けが込んだのは一目瞭然。
 医者も阿吽の呼吸で診断書を書く。 ところで、考えてみれば、人間の認識って
のは、全てが先入観でしかないのでは? 

・・・・・・
3156,デフレ・スパイラル
 2009年11月25日(水)
 政府が先日、三年数ヶ月ぶりにデフレ・スパイラルに入ったと宣言をした。
この宣言は消費者の財布をますます閉めることになるが、賃金・GDPも17年前の
水準まで落ち込んでおり、購買が減るのは当然である。そういう当ホテルの客単価も
ピーク時の3分の2である。ネット予約の顧客が全体の四分の一になっているが、破格値。 
そういう私も本の半分以上はアマゾンで中古本を買う。カメラや、ブルーレイ録画機も、
健康機器も、電気自転車も、何でもかんでもネットで一番買い得のものを選ぶ。また
週初めは通勤途上の新潟駅で、週末の売残りのバナナか、村上の牛肉の値下がり品を買う。 
家内は初めの頃は買ってくると怒っていたが、今では逆に頼まれる始末である。 
新潟駅駅ビルにビッグカメラがあるので度々、カメラや薄型TVを見にいくが、
この数年で廉くなっているのが分かる。先日、長岡のアピタの隣のシネマ館にいったが、
60歳以上は千円である。 またユニの衣料コーナーで驚いたのが紳士服。二着で一万五千円
だったが、柄も生地も悪くない。思わず買いそうになってしまったが、踏みとどまった。 
デフレ宣言を報じていた新聞をみていたら、紳士服の単価が一年で4割以上もダウン
しているとあった。家内がジーンズが好きで、微妙なカタチで購買を決めるというが、
廉くても、その微妙な部分はチャンとデザインに取り込まれていて悪くないという。  
既に大手スーパーや百貨店などは、究極の消耗戦に入っているが、こうなると弱い
ところに打撃は大きくなる。その山が年末年始にくるはず。ユニクロも、デフレを察知し、
60週記念売り出しで思いきった値下で先手を打った。 大盛況だったというから、
他店の出鼻を挫いたことになる。それだけ、ユニクロは大きな影響を与える存在になって
しまった。 企業にとってはデフレは厳しいが、消費者の節約にとっては良いことになる。
しかしハイパーインフレが始った訳でないのが、まだ救い。金(ゴールド)がジワジワ
値上がりを始めてきた。大荒れの一現象だが、見逃せないことである。
 ・・・・・・・・・
2791, 新型インフルエンザ
 2008年11月25日(火)
このところ、連日のようにTVで鳥インフレエンザの脅威について報道している。 
60年か70年に一度は、必ずといってよいほど大流行が起こるが それが近々という。
世界で最大、一億5千万人が死亡、日本では60万人と言われているが、鳥インフルエンザ
H5N1型の場合、感染の六割が死亡するといわれる。半数が感染した場合、三割と
すると????万人である。
(最悪の場合)それは防ぐことは不可能で、何時起こるかの問題というから、深刻。
新型インフルエンザの発生は、20世紀中に3回も発生して、大きな被害を出した。
そのなかでもスペインインフルエンザ(1918年~1919年)が知られており、世界で人口の
25%~30%が罹患、4000万人が死亡したと推計されている。飛行機のない時代であるにも
関わらず、日本でも2300万人が感染し、39万人もの人が死亡しました。
阪神大震災の約8倍)当時の新聞によると、郵便、鉄道、電話などのあらゆる
社会システムが麻痺し、食料や熱さましの氷が高騰するということが起きたという。
題名を忘れたが、アメリカの、ある町で発生、あわや町中の人ごと焼き払う寸前に
ワクチンが発見され、急場がすくわれた、という映画を観たことがあった。
スペインインフルエンザは世界中に流行の波が到達するまで6~9ヶ月の期間だったが、
現代社会は人口の増加や都市への人口集中、航空機などの交通機関の発達などから、
世界中のどこで発生しても短期間でまん延する。厚生労働省の発表によると、海外で
発生してから日本に到着するまでの時間は、2週間~4週間程度と予測される。
新型インフルエンザウィルス」は動物、特に鳥類のインフルエンザウィルスがヒト
に感染し、ヒトの体内で増殖するように変化し、ヒトからヒトへと効率よく感染する。
現在、毒性が非常に高い「H5N1型鳥インフルエンザ」がヒトからヒトへ感染する
ように変化、世界中に一挙に感染する可能性が高い。鳥インフルエンザが人と人の間を
空気感染する菌は、実験室の中で二回の突然変異で生まれた。これが世界のある場所で、
何時発生するかは分からないが、世界的爆発的が発生することは間違いないという。
それがH5N1の進化したインフルエンザなら、・・・・・・。 恐ろしいことだ。
タイミング的に世界恐慌とセットで、世界を根こそぎ変えることになるが、結果と
して人口の多い中国が最後は生き残ることになる。ただ、中国共産党は跡形もなく、
無くなるだろうが。いや、こういう時ほど、独裁国家の方が政治形態としてプラスに働く。 
やはり中国か? そろそろ、準備を始めるか! それも年内に? どうするのか?って、
自分で考えましょう! ウガイとマスクのセットは売っている、ネットでも・・・ 
(この情報源はTVとネットで、間違いありません)前門の虎、後門の狼である。
21世紀の玄関先は破壊と混沌から始ったようだ! それに参加できることを
喜ぶべきか、悲しむべきか?

・・・・・・・・
2007年11月25日(日)
2426, 「おばあさん」初体験
                   |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ
朝日新聞の「生活」のページのーひとときーという欄に切実な投稿があった。
家内が読んで「もう直ぐこういう経験をするかもね!」と教えてくれたのである。
一年ほど前に山の手線で偶然にシルバーシートの前に立ったことがあった。
若い人が座っていたが、その時に「もしかしたら、席を譲られるのでは」という
不安感に陥ってしまった。結果として譲られなかったが、次の駅が来るまで
頼むから譲らないでと願った経験がある。 
(字数制限のためカット 2010年11月25日)
・・・・・・・・
2006年11月25日(土)
 2062, モーニング・ページその後!
                   (~Q~;) おはよう~~ ファ~
今年の3月半ばから始めた「モーニング・ページ」を相変わらず続けている。
今年に入って新たに加わった習慣である。何も難しいことはない、ただ起きざまに
大学ノートに思いのまま書く。ポイントは、毎日必ず書くことである。
(以前にもかいたが)書き始めて8ヶ月、改善を重ねた結果、曼荼羅図のように
中央にハートの絵を書いて、周辺に9つの円を描いた中に書き込んでいく。
健康コーナーや、 随想日記のヒントコーナー、 読書コーナー、つれづれに
のコーナー等々、 だいたい位置が決まってきた。大学ノートを横にして上下の
ページを朝一番に書き、昼や夜に思いついたことを、その上に書き込む。
内容が一人歩きするのかと期待したが、脳の排水レベルで留まっている。
書き連ねているうちに、思ったままのことをスラスラかけるようになったのが
一番の収穫だ。それと毎日ほぼ同じことを書いている自分に驚いてしまう。
MP(モーニング・ページ)の習慣を40年前に、いや10年前に身につけて
いたら、もっともっと豊かな人生をおくれただろう。随想日記のように蓄積
されていくうちに、知らずに何かが生まれてくる可能性を秘めている。 
起きて、真っ白の状態そのままで書くのが良いのだろう。一種の座禅、瞑想
である。頭に浮かんだことを文に書き出すと、浮かんでは消えている雑事を
掬い取るのと同じ。脳の排水を小まめにしていることになる。その排水の中に
時には砂金が入っていることもあるが・・夜半みた夢と、前日読んだ本の印象
に残った書き込みがよい。 この一日一文と、モーニング・ページは私に
とっての生き甲斐?になっている。              
・・・・・・・・
2005年11月25日(金)
1697, 哲学マップ              
 「哲学マップ」(貫成人 ちくま新書)が面白い。哲学とはどんなもので,
他の哲学とどういう関係を持っているかの地図を示そうというもので、切り口を
変えた哲学史ともいえよう。最近、哲学がますます面白くなっている。
 極限の自己対話の本音の部分と、過去の哲学者の自己対話との重なりに、
自分の練りを今という瞬間に突きつめる。それが日常の足下を掘り起こし、
日常の外に出ようとすることになる。だから哲学は常に日常の中でおこなわれ
なくてはならない。自分が鵜呑みをしてきたことが、どんな哲学の範疇であるか、
そして、他の哲学からみたら、どういう関係にあるかしれば、その思い込み
から自由になることができる。
ーこの本の大筋はー     
 哲学の発想法といえば,
  1.全体を問題にする,  2.日常性から出る,
  3.形式的である,    4.方法についても慎重であるべきである、の4つ。  
また哲学的な「問い」を次のように立てている・・
(1) 「~とは何か」という問い (イデア:現実の二項対立でとらえる ープラトン
(2)「わたしとは誰か、なにを知りうるのか」という問い 
 (自我/対象、主観/客観の二項対立でとらえる  デカルト
(3)第一と第二の問い組み合わせカテゴリーが人の認識メカニズムにアプリオリ-先天的-
  に組み込まれている、と考える(「経験に先立つ本質」 カント)
(4)「なぜそれを問うのか」という問い 価値を差異に還元して考えるニーチェである。
 (虚構、流動性 ニーチェ)簡単に言えば、
(一)は「真理」への希求に関する問いであり、
(二)は、人の「認識」についての問いといったところか。
(三)については、「経験に先立つ本質」についての問い
(四)は「超越的実体を否定し、すべての差異が諸力のせめぎ合いによって
  生まれる流動性を肯定する」と書かれていることから、「流動性」(不確実性?)
  がキーワードになる。                  
20世紀の哲学は,               (*´o)*ゞふぁぁ…
 現象学, 言語分析, 言説分析, 精神分析, 実存分析, 構造分析
などの道具を使って行われている。大雑把すぎるが、この本の大きな柱になっている。  

・・・・・・・ 
2004年11月25日(木)
1332, 23歳の日記-4
 1969年 3月29日 ー四日市にて
勤めて、まだ一ヶ月も経ってないのに、既に壁に当たっている。後方部隊の管理部は
総員37名、そのうち30名が若い女性。今年配属された男子4名の他に、課長と
係長と肩書きのない古手の男子2名が男だ。それにしても肉体的の限界の激務である。 
寮で同室の堀田君は本店から離れている郊外の食品スーパーに配属されているが、
話からすると、仕事の厳しさは本店の管理部は彼よりも数倍厳しいようだ。部屋に帰って
きて、布団にバタッと倒れる状態である。それでも、既に数回同期の4人と三回も居酒屋
に行った。同期の仲間は西尾、桜井、渡辺、そして私の4人だ。酒好きというのが共通点。
いずれも地方の大學出身のせいか純粋であり、温厚である。学生時代の寮の連中からみれば
地方大学出身の為かすれてないのがよい。上司の松又さんは九州出身の純朴な好青年である。
高卒で8年目だが仕事が出来る。我われ四人に、非常に気を使っているのが解る。
今の課題は、同僚としての女性に対してどう接してよいのか解らないことだ。
純朴な地方の擦れてない若い娘達の同僚としての対応の仕方である。傷つきやすい
敏感な年頃である。全く難しい。自分としても、どう気持を開いてよいのか解らない。
やはり、自分を取り払わないとわかっているが。それと、寝る時間の前に本を読む癖
だけはつけておかないと。本店には、300人ほどの女子店員がいるが、息を呑むような
美人が7~8人はいる。働く女性の姿が輝いている姿を身近にみるのは初めて。
小説を見ているようだ。それにしても良く働く、いや働かされている。
 ー4月2日
どうも、若い女性を扱うのは難しい。他の三人は結構上手く、楽しそうなのに自分は駄目。
まず彼女らを人間として認めなくてはならないのだ。何か焦りを自分に感じている。
取りあえず、問屋の名前を一つずつ憶えてみよう。 次に店内の配置図を頭に入れてしまおう。
そしてコード名を憶えよう。何か一日一日に追われているだけだ。統一伝票の合理的な
システムには驚かされる。4枚綴りの複写で、それが本部用、店用、取引先分類、そして
最後の一枚は、受領書として相手方に送り返される。この伝票システムが仕様書発注と
して内容が細かくないようが伝票にギッシリ書かれるのだ。凄いと思わざるを得ない。
-------
2003年11月25日(火)
965, 悪口についての一考察 -1
 悪口については、随想日記の中では何回も書いている。しかしテーマにしたことは
無い、一番イヤなテーマだからだ。昨日、新聞を見ていたら‘メジャー’ヤンキ-スの
松井は中学校二年生以来、悪口を言ったことがないという。(所詮は勝ち組が言っている
から注目している部分もあるが) それでは「私の場合は如何だろうか?」と考えてみた。
 本音でいうと 可能な限り言わないようにしている。その為には嫌いな人のいる場には
極力行かないようにしている。例えば、ライオンズとか商工会議所などである。
痴呆名士志向の子狐的人間である。地方で頑張っている人はこういう傾向が強いから
始末が悪い。 自分より肩書きや収入が多い人間には媚びへつらい、下の人間には尊大な人。
まあ仕方ないのは解っているが。「お前の姿でもある」といえば、そうかもしれない。
 人間にとって自分は善人であり他人は悪人なのである。自分を理解しろと必死になるが、
 嫌な人を理解しようとはしない。それは、怠惰という無精者に過ぎないことに気づいていないからだ。
 辞典には
 ー悪口は「他人について、劣っていると(事実に反し、また実際以上に)いう言葉」とある。
 ー陰口は「その人のいないところで、いう悪口」と書いている。
 悪口とは事実に反してと書いている。 週刊誌などは、それで持っているいるようなものだ。
 大衆の一番弱いところを狙っているのだ。 辞書のとおりならば、悪口の経験のある人は
 虚言罪で天国の門は間違っても叩かれないことになる。思いつくまま「悪口」について
 頭に浮かんだことを書いてみる。
・「悪口はドロボーより悪い!」と曽野綾子の本にあったが、まったく
 曽野(その)とおりである。ドロボーは人を殺さない、しかし悪口は時に人を殺す。
・悪口は結局は、自分の事をいっているに過ぎない。 したがって根は深い。
 ただ自分で気がついてないのだ。 悪口はその人の歪んだ心象風景といってよい。
・悪口にも色いろある。 本人に面と向かっていう悪口と 陰でいう悪口がある。
・宗親(居酒屋おやじ)「馬鹿野郎!これで俺等居酒屋が、商売でもっているんだ!
 でも酷いもんだよ! サラリーマンの悪口は耳を塞ぎたくなるより、『その対象の奴より、
 言っている本人を張り倒したくなるよ!! 
 まあ、そうでもしなくては精神のバランスが保てないのだろうがね』     続く
 ----
591, ある時間の断片ー13
  2002年11月25日(月)   
 ー 1968年 10月3日ー
9時半起床。 10時40分学校へ出発。 12時に図書館に行く。途中で石川と会う。
図書館で数人の人と話ばかりで、試験勉強が身に入らない。試験は予想どおりで、簡単。 
必死になったのが馬鹿みたいである。帰寮後、床屋に行く。 夕食後TVを見る。 
今の自分が何かあるべき自分とのギャップが大きい。どうかしているのではないか? 
石川に今日言われた。 「かなりいいかげんだ!」と。そうだ、新潟の六日町の禅寺の
雲洞庵にいこう! これで遅れた分が取り戻せるだろう。このままだと、その半分以下だろう。 
この7日か8日にいこう。 そこで集中して卒論の大筋をまとめあげよう!
同時に人生の将来図ー目標とか理想をつくりあげよう。 イメージにまでにしてしまおう。
 ーーーー   
 11月25日(火曜日) 1968年
朝10時起床。 卒論のマトメをしたが中途半端であった。部屋に米林がくる。
彼もかなりクールのようだが。
(字数制限のためカット 2010年11月25日)