つれづれに

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 降雪が、ここで一息をついているが、今月末から来月にかけて、
もう一度大雪になるのが例年のならい。それにしても寒い!
 判に押したような毎日が過ぎていく。
「充実すれど、変化なし!」というところか。
週一のシネマとランチ、毎日一つ書きあげる随想日記と、
TVドラマかドキュメント。といえ、それで退屈かといえば、
退屈ということはない。図書館から借りてくる本は面白いし、
録画した映画は、いくらでもある。 冬場に入ったので、
自転車の早朝の遠乗りが出来ないのが不満ぐらい。
 

・・・・・・
1753, 愛のアフォリズム -1
2006年01月20日(金)     
                       (ヾ(´・ω・`)ノオハヨウ                         アフォリズムとは、気の利いた名言・格言をまとめたもの-箴言集-という意味。
格言や、哲学者や作家の著作などから、恋愛に関する言葉を集めてある。
どれをみても捻った言葉で満ちている。
一言一言が深く身に沁みるというと誤解されるから、心に響くといったほうがよい。                       
 普通、箴言集は読んでいて飽きてしまうが、これは読むほど深い?
世界に引き込まれてしまう。お笑いの視点でみると、これほどコミックなことがないが。   
今回は幾つかランダムに選んでみたが、次回は面白い章を選んで吹きだしてしまうような
お笑いアフォリズムを抜粋してみる。「お笑い一升瓶?」を次回は選び出してみる。

愛情に束縛を感じはじめたとたん、人はさとる。もうじき終わるにちがいないと。
                         ーフランスの格言 
嫉妬が死に絶えるのは、愛情が死に絶えてからずっとあとのことである。-H・G・ウエルズ
キスとは、思う存分くちびるを使うことで二人とも黙ろうとする試みです。ーゼンタ・ベルガー  

恋も麝香のかおりも、隠しおおせるものではない。  ーペルシャの格言        
結婚するのは一種の責務だが、愛人をつくるのは一種の贅沢である。              
                    ーシモーヌ・ド・ボーヴォワール
快楽は、生殖・出産の苦労に対する自然界からの報奨金である。
                    ージークムント・フロイト             
結婚生活なんて、二個の砥石がせいぜいやさしく撫であうようなもの。
                    ージョン・オズボーン          
恋愛とは、アマチュアの方がプロより上手い、この世で唯一のわざである。・・・
                    ーカールハインツ・デシュナー             
「どんな男でも、二つのことしか頭のなかにはないわね。
                    もうひとつがお金」 ージャン・モロー                             
ーーー
アラビアの格言に「花嫁を選ぶ前に、まず母親のことを問い合わせろ。」というのがある。
二十数年後の姿と品性と教養が露出しているはずだ。
それが許容できると思ったとしても、結果には責任は負えないが。
それと「家庭不和」かどうかも大事だが!そんなことを言っていたら結婚はできないか?
それを麻痺させるために恋愛感情が必要なのだろう。麻痺が醒めてから、一生男は後悔するのだが!
 
・・・・・・
2005年01月20日(木)
1388, 23歳の日記-10
 11月2日 1969年
今日ひらめいたが、一年早く会社を辞めて大学に入リ直すのはどうだろう。
初めの予定は、二年後に実行の予定であったが。
来年の二月で辞めて、どこかの大学に再編入するのはどうかということだ。
今度また、三連休をして、家に帰って親父に頼んでみよう。
このまま、あと一年は自分の気持がどうなっているか。
ーーー
ー後記(2004年1月15日)
ここで、23歳の日記は終了をしている。
この4ヵ月後に会社を辞めて、産能大編入したが、ボロボロであった。
そのボロボロが良かったようだ。その一年が、現在の基本になっている。
日記を読んでいると、全く好きなことを考えていた。
父親が絶対的に応援をしていてくれている前提があったからだ。
全て、父親の手のひらの上で好きなことを考えていたに過ぎない。
父は、若いうちは好きなことを、思ったことを、やりたいことを、
全てやらせたい、という見守る愛情があったようだ。
父親なりの経験からくる教育だったようだ。
それを知った上で、これだけ自分本位な考え方をしていたのだ。
それでも自分で考えて、即座に実行する行動は、この時についたものだ。
手のひらの上でしか出来ないこともある。
この後、辞表を出したと同時に三重の四日市に戻され、間接的なリンチにあって
ボロボロになって帰ってきた。これだけのリンチも初めてで終わりである。
当然の報いといえば報いである。「他人の血で、自分の傷口を洗うな」
という言葉がある。誰もが気をつけなくてはならない。それぞれの多くの道を歩いてきた。
読み返すと、全く違う他人の日記を読んでいるようでもある。
細胞も、脳も殆どが入れ替わっている。しかし、原型がそこにある。
ーー
ーところで、また信じられないことがあった。24歳の日記帳が、本棚にあった。
てっきり本と思ってしまう厚いカバーがあった為、30年近くも気がつかなかったのだ。
恐らく、学生時代の日記と23歳の時の日記の三冊セットで、自宅の倉庫の本の間に
隠してたのだろう。やはり20日分が飛び飛び書いてあった後、途絶えていた。
その後は、日記帳をカード日記に切り替えた為である。カードに日記を書いて、分類していた。
しかし一年後に全てを捨ててしまった、過去の膿に思えたからだ。
カードごとにテーマも書いていたというは、現在の随想日記の原型を
24歳の時に実施していたのだ。そして引き出し代わりに茶封筒に入れていた。
24歳の日記には、何と今でいうミッション・ステートメントが書いてあった。
そして、その後の人生のパターンを振り返ると、その通りに生きてきている。
(正直にいうと、それ以来見ていないのでブレがあったが)
その宣言を常に持っていたら人生変わっていただろう。
その後、日記帳は一切書いたおぼえがない。
また書き写すつもりだが、「もう見たくない、書きたくない」のが、
本音である。しかし、その時々の記憶の思い出す糸口になっている。

・・・・・・
2004年01月20日(火)
1021, 22歳の日記
 半年近くつづいた22歳の日記もあと一ヶ月足らずで終わろうとしている。
丁度、昨日と一昨日の辺りの日記が内容としてピークのようだ。
この日記を読むと頭が痛くなるので、当日分を書くとき以外読まないことに
している。写しながら赤面も良いところだ。
こんは華やかな?日々を、過ごしていたことが不思議でたまらない。
高度成長期真っ只中という時代背景もある。最後の青春を謳歌してようだ。
昨日の聖心女子大明美は卒業をしたあと、確か手紙のやり取りを一回したことがあった。
また、私が結婚をした一年後(5年後)、深井と千葉の私の新婚家庭の近くまで車で
訪ねてきたという。途中で彼女が気が引けて、U-ターンをして帰ってしまったと後で聞いた。
その時は、彼女はお医者さんと結婚、亭主がニューヨークに行っていたとか。
何ともおっとりした感じのよいお嬢様であった。
好き嫌いというより、彼女たちからは温かさが、そのまま伝わってくるのが良かった。
一度皆と会おうかという話もあったが、仲に入っていた深井が10年前に脳梗塞
亡くなってしまった。世界の違う人たちというのが分っていたので、恋愛感情は全くゼロ。
全員が、洗練されたかなりの美人であった。その中で、特に「アユ」は光り輝いていた。
私以外の二人は、その人に結婚を申し込んで振られたと、深井が死ぬ数ヶ月前に言い残していた。
全く知らなかった。その意味では、私だけは無傷であった。
こういう女性を見ていたためか、女性の職場を転々として、同僚の女性を結婚相手という
気持を持つことはなかった??どこか冷静な眼ができていたのだろう。
この時期の自分が大きく揺れていたのが日記帳から窺い知れる。
濁りのない純粋の目も感じることができる。内面はもっともっと揺れていた。
別に人に見せる文でもないのに、自分に対しても気取りがあることが
ハッキリ解る。若いということだろう。それと精一杯一日一日を過ごしていた日々が懐かしい。
書き残すということは、非常に意味があるとつくづく思う。

・・・・・・
2003年01月20日(月)
656, 四行日記

新聞広告を見て買おうか迷ったが、先日また同じ広告が
出ていたのでやはり買うことに決めwebの紀伊国屋で注文した。
一昨日とどいて要点読みをして要点を把握した。
 届くまで自分が4項目にするならどうするか考えてみた。
 以下のとおりである。
・新知識ーこんな事知らなかった   -知
・感情ー喜怒哀楽、感謝感激     -情
・こんな事してみたい        -意
・ 他・・・・
以上を考えた。

実際の本の内容は。事実   -その日の出来事で、心のアンテナに反応した事を一つ選ぶ
。気づき  -「あっ、そうか!」と気でいたことを書く
。教訓   -その気づきから学んだ事
。宣言   ー「ありたい姿」を力強く断言
毎日これを続けて書いていけば、膨大の知識と経験が蓄積されるし、感覚が鋭くなっていくだろう。
小説家は何らかの形でこれを毎日続けている、データーベースの為だ。
日記は
・その日に起きた事実を書き
・その感想ー意見をまとめる
・時系列であるのが特徴だ。

私が続けている随想日記を上級?ならば初心者向きだが、明快で毎日続けるにはよい。
プロセスは全く同じだ。「明日は何か書くことが無いか??」が常に頭から離れない。
好きでやっているのだから苦痛はそうでもない。いざ始めようと思ったら、
この四行日記がいい。一日何らかの出来事はあるはずだ。
それを提起して、感想を書き、その中の学んだ事を書いて、
最後はより広い高い視点を書き込めばよい。
カミさんと喧嘩をした時
・まずその内容ー事実を書き
・そういえば、最近あまり会話が足りなかった事に気づき
・話すのが面倒でも、聞き役にはなれるはずだ
・明日から朝晩に5分はその時間をつくることにする 
 定期入れにその誓いの文を暗号でもよいから書いておく。
これで日記に十分なる。   
                -続く
・・・・・・ 
2002年01月20日(日)
306、時代の変遷
 時代の変遷に驚いている
今日、新聞をみて目を疑った。あのアメリカのKーマートが倒産直前という。
10年位前まで、k-マートといえば全米でウォルマートと小売りの1~2を競っていた。
加入している流通のコンサルタント会社の視察旅行でアメリカに二回行き、
その合理的システムに驚いたものだ。米デスカウントストアの草分け的存在で、丁度ピーク時。
景気後退とウォルマートとの安売りの競争が、収益悪化に拍車をかけたという。
あの天下のシアーズも数年前経営悪化を報じられたが、ここまで競争社会の激しさを
目の当たりにしようとは。アメリカの流通は大別して「シアーズから、Kマート
そしてウォルマート」と変遷してきたといってよい。
日本でも西武流通グループも解体され、堤清二が追放。
ダイエーも実質倒産?解体で、中内功が追放。
スーパー四位のニチイーマイカル、長崎屋、ヤオハン、九州の最大手の
寿屋も倒産。チェーン店でまっとうなのがジャスコとイトーヨーカ堂
専門大店と地方のナンバーワン・スパー位になってきた。
これからIT の時代、ナンバーワンしか生き残れない時代が顕著になってきた。
本の半分以上は、ネット書店で買うようになってきた。ネットも紀伊国屋から、
アマゾンで買うように変わってきた。

・・・・・
1月20日 1969年
12時起床
午後本を読んでいると、市川さんが会社を途中で引けてくる。
お茶を飲みながら話をする。何か俗人もよいとこだ。仕方がないのだろう。
その後風呂に行き、食事をする。突然、ある女性のところに手紙を書きたくなる。
まあ何も意図はないが。面白い文になった。
昨日もそうだが、実際は一人一人お別れをしていることになる。
大学もあと一ヶ月でお終いだ!もう誰とも会うことはないだろう。
出生前の兵隊みたいな気持とはこういうものだろう。
何か今ひとつ読書の幅という点で、物足りなさが残った。