つれづれに

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今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=_89l-UDMCbE

 ☆ 金曜日は、私にとっての一週間の基軸の日。 スポーツジムは休みで、「シネマの日」。
 ☆ リンチの住宅工事、一昨日、一昨昨日の二日間、20~30本の杭を打ち込んで、昨日、今日は
  休みのようだ。来週から、杭の上に梁が組み立てられるのだろうか? 
  杭は、地面に見えないほど打ち込まれている。一々、型枠で土台など作らない工法なのか?
  この右側の住宅工事が、春先三ヶ月かけ完成したが、土台工事に一月かけていた。
  それが必要ない?としたら、今まで見たことがない住宅工事になるが・・・ 面白そうだ!

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2007年09月06日 
ベナレス -3   
出家した兄に対する妹の思いがそのまま伝わってくる。出家をした目線がなかなか興味をそそられる。
ーーー
P-126  兄の品々を懐かしそうに見せてくれるサルラーさんの振る舞いは、まるで、亡くなってしまった
兄弟の遺品を大切に保管する遺族のようであった。実際、出家遊行僧とはすでに死んだ存在であるとされている。
サンニャーシーとなる際に、ガンジス河の岸辺で白い団子を流すという一つの儀式が行われる。白い団子は通常、
先祖の供養に流すものであるが、それを自らのために流すのである。つまり、死者となる自分を自分で弔い、
世俗の生活に別れを告げるのである。出家を志した今、スワループさんの生活の場は限られたものになった。
ガンジス河のほとりにある僧院に住み、毎朝五時には屋上で、対岸から昇る太陽に祈りをささげ、瞑想を行っていた。
ガンジス河が見下ろせる二階のバルコニーからは、金網越しに右手には火葬場の茶毘の風景、左手には密集した
べナレスの街並みを望むことができる。ここはスワループさんがもっとも好きな場所であるという。
「この景色は美しいだけでなく、輝いています。果てしなく続く空が眼前にひろがっています。そしてここからは、
生きることと死ぬこと、その両方を目にすることができます。見てください。こちらの街では、まさに今、
幾つかの建物が建てられようとしています。新しい人生の物語が語られようとしているのです。一方、こちらでは、
まさに今、誰かが茶毘に付されようとしています。一つの人生の物語が終わりを告げようとしているのです。
この街は人間が必ず死ぬということを教えてくれます。欲望を追い求めてばかり生きると、死ぬ存在であることを
忘れてしまいます。中には私たちのことを世捨て人と言う人もいますが、私は欲望を捨てることで、生と死、
その中間の道を進みたいと考えているのです」
ベナレスは不思議な街である。ここでは火葬場がもっとも聖なる場所の一つとされ、欲望を追い求めるのではなく、
欲望を捨て去るという幸せのかたちが、多くの人によって模索されている。私たちの世界では火葬場は
忌むべきものと敬遠され、欲望を追い求める幸せのかたちが模索されているのではないだろうか。
ーーー
解)死ぬための街は、インドにも他にも幾つかあるようだが、それにしてもヒンズー教以外の人から見たら異様。
火葬場近くの川の中で、死者が身につけていた金銀などを流された骨の中から拾う人がいるのである。
背筋が凍る思いであった。

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2006年09月06日(水)
1982, ある首斬り役人の日記 -3
                      -読書日記                   
215、1602年9月14日
 ゲオルク・ブラウン、マンスフェルト出身。彼は蜂蜜・胡椒入りケーキ職人で、流れ者の剣客であった。
旅の道連れだった青年から13ターラを盗み、その代わりに石を入れておいた。その後、コペンハーゲンでも
同じ青年からまたしても8グルデンを盗んだ。その他にもある車夫から車を盗んだ。
同人を当地にて処刑した。その後たっぷり7,8分、彼の首は石の上であちこちを向き、さながら、四方を
見回すように動いた。また、何かをいいたいように、舌を動かし、口をあいた。私は、今までこのようなことを
一度も見たことがなかった。 感想)このような文章を見ていると、時代を超えた何が伝わってくる。
229、1604年10月13日
 コンラート・ツヴィッケルベルガー、市民で、コンパス器械作り職人。
彼は大工の妻バラバラと淫らな行為に耽った。彼は以前ある女性にも夫にそうさせたのだが、
この大工の女房にも蚊の粉を調理して夫に食わせるよう、三度そそのかした。
夫は6度吐いたが、どこも身体を害することはなかった。ツヴィッケルベルガーは、年老いた魔女に
二グルデンの金をやり、大工の亭主が刺し殺されたり、河で溺れ死ぬように呪文を唱えさせた。
同じく彼は24年前に、大工の母親とも関係を持ち、淫らな行為に耽った。
またパン屋の三姉妹とも淫らな行為に耽ったことがある。その他の人妻とも。その件で彼はお慈悲を
もって打ち首に処した上で、火あぶりにした。
 感想) どの時代も、人間の性欲からくる人間ドラマがある。
    性欲だけは、コントロールが難しいから、ドラマと悲劇が起こるのだろう。
*嬰児殺しー
 嬰児殺しの内容が、この日記に多いのに驚く。新生児を母親が手にかける典型的な女性犯罪は、
古くて新しい問題である。フランツ親方の日記にみる動機は、もっぱら婚外婚の結果の清算である。
避妊や堕胎の認められぬ時代、この悲劇に至る過程は無知、貧困、誘惑、陵辱などさまざまあろうが、
社会的に認知されない児を産めば、大罪とこの上ない不名誉を招くことは自明である。
便つぼ、河川、泉、雪中、長持が棄却場所であり、また殺害方法も頭を押しつぶす、首筋を締めると、
いかにも哀れである。 何時の時代も同じである。
 感想)許されない不倫や、その結果としての嬰児殺しは、いつの世も起こる悲劇である。
それにしても人妻の浮気の多いのは、どの時代でも同じ?それとも、男の浮気は問題にならないだけか!
助平は生物の存続原因、仕方がないか! 一盗、二卑、三妾、四妓、五妻というから、スリルと
サスペンスがあるのだろう?              (+>∀<+)ノ ホンジャ!
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2005年09月06日(火)
1617, 楽しく生きる-2
大不況の中、毎日を楽しく生きることができれば、これにこしたことがない。
図書館で借りた「楽しく生きる」精神科医高橋和巳著が、なかなか含蓄のある内容であった。
ー概要をまとめてみた。
(時間をかけて書き写すだけの価値は充分にあった)
 ーー
人の欲求が新たな希望へと向かう心の軌道とは?
欲求の生起ー>否定ー>欲求不満ー>絶望(対象喪失ー>茫然自失ー>否認ー>怒りー>自失->
怒りー>自責)->抑うつー>悲しみー>孤独の自覚ー>諦めー>新たな希望の獲得ー
この過程のどこに「私」はいるのか考えてみよう、と提起している。
望みが叶わないといって絶望や諦めを恐れる必要はない。人の心は絶望や諦めを超えることで、
孤独の中の本当の自分と出合い、自分が何を望んでいたのか、欲求の全体構造を明らかにする。
そして、その先にある新たな希望へと導く。挫折から、諦め、そして孤独の底から、
新しい自分に出合い、新たな希望を創っていく中から、真の楽しみ方を見出していくのである。
何を考えても埒があかない。どう望んでも解決が見えない。そんなときには、一度すべての
欲求から離れるしかない。自分の心、身体、他人や環境のあらゆるものから離れて、濁流や、
澱みや流れの全体を見渡せる場所に自分を置く。そこで自分を作り直す。
そこで、もう一人の自分に自分に出会う。
我われがあらゆる欲求から離れることができるとすれば、それは時間が止まったときだけだ。
時間は二つの場合に止まる。絶望の中と、満足の中で。
欲と向き合う、そして自分を満たして、自分から離れる
<諦めて得た楽しみ>
  (以下、字数制限のためカット 2013年9月6日)
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2004年09月06日(月)
1252, オーストリア旅行記ー3
  ーシェーンブルン宮殿
  (以下、字数制限のためカット 2013年9月6日)
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2003年09月06日(土)
885, 遥かなるアルゼンチンタンゴ
 先日、NHKのBSTVで「遥かなるアルゼンチンタンゴ」の2時間番組を放送していた。
昨年末にアルゼンチンに行って、本場のアルゼンチンタンゴのショーに感激した余韻が残っており
丁度よいタイミングであった。(感想文は後にコピー)
 番組はアルゼンチンタンゴの歴史や由来、超一流のタンゴの踊りを交えた内容の濃いものであった。
アルゼンチンタンゴは踊りだけでなく、歌も庶民の悲哀と愛を歌い続けてきた。
バンドネオンといわれるアコーデオンやバイオリンなど中心としたタンゴオーケストラもある。
ー以下はその放送に流れるナレーションを纏めたものである。
 禁断の踊りの魅力に満ちた哀愁の漂う街ブエノスアイレス。その隅々までタンゴの一部になっているようである。
パリの街の売春宿の踊りとして有名になった時、時の法王が、そのあまりの過激さに、「タンゴ禁止令」をだした。
 その時パリにやってきていたカシミール・アイーンが、法王に直訴をした。そして法王の眼のまで実際に
おどって見せた。それをみた法王が感動して、禁止令を撤回したという逸話が残っている。
 この世界中を魅了している踊りの歴史は深くはない。南米のアルゼンチンのブエノスアイレスに、
世界中の踊りや歌を携えて船乗りたちがながれてきた。そしてそこの男女が互いを誘惑しあった踊りである。
キューバのタバネロや、スペインのフラメンコが混ざり合い出来上がっていった。
執拗に互いの身体を密着しあった踊り、それをアルゼンチンタンゴというようになった。
 男女が誘惑しあうタンゴの原点はいつの世にも変わることはない。
変な気取りを全て捨てて鳥のように誘惑しあう姿が美しい。男女が身体を離して踊るのではない。
二人は密着しあって一つになる踊りである。彼らはタンゴから人生そのものを学んだ。
 ブエノスアイレスは犯罪が少ないという。男女の欲望はタンゴをとおして発散できるし、出会いの場が多い。
ダンス場が街のあちこちにあり、入場料はマンドリン(飲み物付き)で200円ばかり、眼が合えば
一時の恋人になる。音楽の続く3分間はお互いに相手にゆだねる。全く知らない人でも、ダンデーな
男と艶やかな女になれる、それがアルゼンチンタンゴである。
ー以上であるが、何よりも男女の誘惑しあう踊りがイヤラシクも何もない。
スペインのフラメンコは一人踊りか、集団で踊るかだ。それに対して、男女二人が体を密着して誘惑しあう。