つれづれに
今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=jFt7VeKRfj0
今のところ降雪が収まっている。25日あたりに毎年、大雪が降る。
ご隠居生活にも慣れ、淡々として日々が続いている。それはそれで悪くはない。
TVやシネマで映画をみたりドラマ漬けも、これまた面白い。ただ、振り返ることが多くなる。
随想日記や、このブログなど、一応張りがあるので、落ち込むことは少ないが、それでも
暗い世相の中で、それに引っ張られる傾向になる。
あまりに良い時代背景の中で、生きてきた。現在と比べて隔世の感がある。
とはいえ、現在も、それほど不自由な生活という感覚は少ない。ただ、現場は厳しいはず。
現役で頑張っている人をみて、何か不思議な感覚になる。それほど、実は大したことがないことに
拘っている自分に気づいていないのでは?ということ。それぞれのバイアスに囲まれているだけで、
それもこれも、投げ捨ててみたとき、違った世界が見えてくるはず。これも私のバイアスー偏見だが。
1018, 「会社にお金が残らない本当の理由」 -1
2004年01月17日(土)
ー読書日記
紀伊国屋で、この本の帯につられて買ったがナカナカ面白い。
タイトルは-93・7㌫の会社は10年以内に潰れるー攻めるだけでは
会社は10年続かないーである。
「初めに」の出しからして刺激的な文章である。
ー「まずはキャッシュで一億を作る。」
社員5名ほどの中小企業‥とか零細企業に私が最初に言う目標である。
「零細企業にそんなことができるか?」と思うかもしれません。
しかし、会社経営をしているなら、当たり前です。
そもそも、現在日本には一億の預金を持つ人は108万人います。
総世帯4700万ですから全体の2.3㌫です。
50世帯に一世帯が一億を持っているのです。
でも、実際の中小企業やその社長はどうでしょうか。
資金繰りに追われているところが大半です。
何故こうなったのでしょうか?
それはほんのチョッとした差から生じています。
そのチョッとした差が生死を分けてしまいます。
・・・普通の経営者は、経営の背後になっているシステムが分らないのです。
ーとのっけから読み手を引きつけていく。
印象に残ったところを抜粋してみると
・資本主義社会そのものがボッタリの本質をもっている。
・今の日本の税制は「かっぱらい」である。
「取りやすいところからとる!」が結論である。
・決算上の利益とは、実態とは違った税金を取るための数字でしかない。
その粉飾決算の利益を経営者も税理士も会計士も信じきっている。
税理士や会計士は無知もいいところ。
ゾンビを生んでいる日本の税制に気がつかない。
設備投資の耐用年数は実態とかけ離れている。
その数字のおかげで、ありもしない利益を計上させられ、
税金をボッタクラレている。
・自宅の名義は奥さんにしておくべきだ。
・「車」と「家」と「保険」を、おさえておけばお金は残る。
ーこの詳細がナカナカ面白い
・社長で「いい人」ほど儲かってない。
一般常識の世界で生きているからだ。
ロータリークラブとか・・・
それとは別の独自の指標が必要だということが分ってない。
・中小企業ー零細企業の報酬の内訳は「役員20㌫、社員30㌫」
但し役員報酬は合法的裏金で実質的に会社の金と割り切ること。
内部留保金と未来投資資金として割り切ること
・裏帳簿の勧め・・・・
・戦略3つ,戦術7つ
・ローリスクだからこそハイリターンを得ることができる。
リスクは極力かけるな!ローリスクは本業の中にしかない。
ー以上が印象に残った内容だ。
ーつづく
・・・・・・
2003年01月17日(金)
649, 損切り
ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。このパンフレットに殆ど90㌫が含まれている?
その概要を書くと以下のとおりである。
・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。
いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
-不採算部門の切捨て
-不良資産の切捨て
-不良幹部ーヘドロの切捨て
ー倒産を恐れるな
・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り
-まだまだ不動産の大放出が続くと思え
-より安全で、より高利回りのものに切り替えよ
・銀行取引の全面見直し
社長は先手を打って資産を守るべし
ー次は地銀・第二地銀・信金・・・金融機関の大編成が始まる。
-貸してくれない銀行には返さないこと。
-手元流動性資金の確保が絶対に必要
-絶対に応じるなー追加担保と追加保証人
-担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却
・5年先を読むと先手必勝である。
-国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。
その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・
-不動産の金融商品化が本格的に始まる。
-円資産だけでは危ない時代。
ゴールド・円でドル建て預金
-事業こそ最大の資産だ。
その事業を良くしておく事
それはデフレに勝ている事業だ。
・・・以上がその内容である・・・
「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。
去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。
次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが?
ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。
体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。
先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。
こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。
この数年は負け組みの最後の整理が控えている。
・・・・・・・
2002年01月17日(木)
303、事業と難関
事業を始めると、必ずといっていいほど「身辺」に思いもよらない何かが起こる。
それと当然「事業そのもの」にも、想定以外のことがおこる。必ず難関が次から
次に起こってくる。回を重ねるうちに、そういうものだと割り切れるようなった。
そしてかなりの極限に追い詰められた時、「これが今回の丁度ピークのそれ」と
冷静に受けとめれるようになった。
そしてその二つが重なってくることが多い。しかし経験とは凄いものである、
それが勘で解る。ここを踏ん張っていると次の展開が出て来ると解ってくる。
従っていつの間にか、その感覚がゲーム的になる。
難関を一つずつ乗り越えていくのが逆に面白くなってくる。それは付き物である。
これが一波、これが二波、これが三波と、そして「これが今回の一番の大波」?と
うけながら冷静に対処していく。一番の大波と感じた時は、これが自分の限界点に近いことがある。
しかしこれ以上の波はないのも解る。それが仕事というものだ。人生もそうか!
初めて事業を興した時、全ての問題がはき出た。「そういうもの」ということが解らなかった。
気持ちに余裕はなかった。しかし、親戚の同じ歳のナショナルに勤めていた人が遊びに来て、帰りに
ボロボロの姿を見て、「羨ましい!」のひと言が自分を支えてくれた。
その人は今かなり出世をしたとか聞いている。その人の弟の葬式に7~8年前出会ったとき、
「私は自己採点は80点だが、貴方はいくつか?」と聞いたら、「93点」と言っていた。
人事系の仕事だから冷静な点数と思う。
・・・・・・・・・・
1月17日 1968年
午後一時にゼミに出席する。
今までのゼミの反省と総括をする。
私の意見は「週2日を週一回にしたのが問題ではなかったのか?」であった。
全体的に同調されたようだった。石川君と私の卒論の発表会的なところも
あった。その後ゼミの連中と飲みに行く。「嵯峨」から飲み始める。
下落合の助手の横浜さんの下宿の近くまで、17時から翌朝の5時まで12時間も飲みまわる。
その後数人で横浜さんの部屋で泊まる。石川とは、「その仮面を剥げ!」とかなりの言ってしまった。
彼も私を辛辣に批判をする。私のほうが過激であった。 あとで謝らなくては!言いたいことを
言ったあとで自己矛盾がおこる。自分が解らなくなってしまう!
http://www.youtube.com/watch?v=jFt7VeKRfj0
今のところ降雪が収まっている。25日あたりに毎年、大雪が降る。
ご隠居生活にも慣れ、淡々として日々が続いている。それはそれで悪くはない。
TVやシネマで映画をみたりドラマ漬けも、これまた面白い。ただ、振り返ることが多くなる。
随想日記や、このブログなど、一応張りがあるので、落ち込むことは少ないが、それでも
暗い世相の中で、それに引っ張られる傾向になる。
あまりに良い時代背景の中で、生きてきた。現在と比べて隔世の感がある。
とはいえ、現在も、それほど不自由な生活という感覚は少ない。ただ、現場は厳しいはず。
現役で頑張っている人をみて、何か不思議な感覚になる。それほど、実は大したことがないことに
拘っている自分に気づいていないのでは?ということ。それぞれのバイアスに囲まれているだけで、
それもこれも、投げ捨ててみたとき、違った世界が見えてくるはず。これも私のバイアスー偏見だが。
1018, 「会社にお金が残らない本当の理由」 -1
2004年01月17日(土)
ー読書日記
紀伊国屋で、この本の帯につられて買ったがナカナカ面白い。
タイトルは-93・7㌫の会社は10年以内に潰れるー攻めるだけでは
会社は10年続かないーである。
「初めに」の出しからして刺激的な文章である。
ー「まずはキャッシュで一億を作る。」
社員5名ほどの中小企業‥とか零細企業に私が最初に言う目標である。
「零細企業にそんなことができるか?」と思うかもしれません。
しかし、会社経営をしているなら、当たり前です。
そもそも、現在日本には一億の預金を持つ人は108万人います。
総世帯4700万ですから全体の2.3㌫です。
50世帯に一世帯が一億を持っているのです。
でも、実際の中小企業やその社長はどうでしょうか。
資金繰りに追われているところが大半です。
何故こうなったのでしょうか?
それはほんのチョッとした差から生じています。
そのチョッとした差が生死を分けてしまいます。
・・・普通の経営者は、経営の背後になっているシステムが分らないのです。
ーとのっけから読み手を引きつけていく。
印象に残ったところを抜粋してみると
・資本主義社会そのものがボッタリの本質をもっている。
・今の日本の税制は「かっぱらい」である。
「取りやすいところからとる!」が結論である。
・決算上の利益とは、実態とは違った税金を取るための数字でしかない。
その粉飾決算の利益を経営者も税理士も会計士も信じきっている。
税理士や会計士は無知もいいところ。
ゾンビを生んでいる日本の税制に気がつかない。
設備投資の耐用年数は実態とかけ離れている。
その数字のおかげで、ありもしない利益を計上させられ、
税金をボッタクラレている。
・自宅の名義は奥さんにしておくべきだ。
・「車」と「家」と「保険」を、おさえておけばお金は残る。
ーこの詳細がナカナカ面白い
・社長で「いい人」ほど儲かってない。
一般常識の世界で生きているからだ。
ロータリークラブとか・・・
それとは別の独自の指標が必要だということが分ってない。
・中小企業ー零細企業の報酬の内訳は「役員20㌫、社員30㌫」
但し役員報酬は合法的裏金で実質的に会社の金と割り切ること。
内部留保金と未来投資資金として割り切ること
・裏帳簿の勧め・・・・
・戦略3つ,戦術7つ
・ローリスクだからこそハイリターンを得ることができる。
リスクは極力かけるな!ローリスクは本業の中にしかない。
ー以上が印象に残った内容だ。
ーつづく
・・・・・・
2003年01月17日(金)
649, 損切り
ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。このパンフレットに殆ど90㌫が含まれている?
その概要を書くと以下のとおりである。
・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。
いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
-不採算部門の切捨て
-不良資産の切捨て
-不良幹部ーヘドロの切捨て
ー倒産を恐れるな
・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り
-まだまだ不動産の大放出が続くと思え
-より安全で、より高利回りのものに切り替えよ
・銀行取引の全面見直し
社長は先手を打って資産を守るべし
ー次は地銀・第二地銀・信金・・・金融機関の大編成が始まる。
-貸してくれない銀行には返さないこと。
-手元流動性資金の確保が絶対に必要
-絶対に応じるなー追加担保と追加保証人
-担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却
・5年先を読むと先手必勝である。
-国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。
その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・
-不動産の金融商品化が本格的に始まる。
-円資産だけでは危ない時代。
ゴールド・円でドル建て預金
-事業こそ最大の資産だ。
その事業を良くしておく事
それはデフレに勝ている事業だ。
・・・以上がその内容である・・・
「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。
去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。
次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが?
ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。
体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。
先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。
こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。
この数年は負け組みの最後の整理が控えている。
・・・・・・・
2002年01月17日(木)
303、事業と難関
事業を始めると、必ずといっていいほど「身辺」に思いもよらない何かが起こる。
それと当然「事業そのもの」にも、想定以外のことがおこる。必ず難関が次から
次に起こってくる。回を重ねるうちに、そういうものだと割り切れるようなった。
そしてかなりの極限に追い詰められた時、「これが今回の丁度ピークのそれ」と
冷静に受けとめれるようになった。
そしてその二つが重なってくることが多い。しかし経験とは凄いものである、
それが勘で解る。ここを踏ん張っていると次の展開が出て来ると解ってくる。
従っていつの間にか、その感覚がゲーム的になる。
難関を一つずつ乗り越えていくのが逆に面白くなってくる。それは付き物である。
これが一波、これが二波、これが三波と、そして「これが今回の一番の大波」?と
うけながら冷静に対処していく。一番の大波と感じた時は、これが自分の限界点に近いことがある。
しかしこれ以上の波はないのも解る。それが仕事というものだ。人生もそうか!
初めて事業を興した時、全ての問題がはき出た。「そういうもの」ということが解らなかった。
気持ちに余裕はなかった。しかし、親戚の同じ歳のナショナルに勤めていた人が遊びに来て、帰りに
ボロボロの姿を見て、「羨ましい!」のひと言が自分を支えてくれた。
その人は今かなり出世をしたとか聞いている。その人の弟の葬式に7~8年前出会ったとき、
「私は自己採点は80点だが、貴方はいくつか?」と聞いたら、「93点」と言っていた。
人事系の仕事だから冷静な点数と思う。
・・・・・・・・・・
1月17日 1968年
午後一時にゼミに出席する。
今までのゼミの反省と総括をする。
私の意見は「週2日を週一回にしたのが問題ではなかったのか?」であった。
全体的に同調されたようだった。石川君と私の卒論の発表会的なところも
あった。その後ゼミの連中と飲みに行く。「嵯峨」から飲み始める。
下落合の助手の横浜さんの下宿の近くまで、17時から翌朝の5時まで12時間も飲みまわる。
その後数人で横浜さんの部屋で泊まる。石川とは、「その仮面を剥げ!」とかなりの言ってしまった。
彼も私を辛辣に批判をする。私のほうが過激であった。 あとで謝らなくては!言いたいことを
言ったあとで自己矛盾がおこる。自分が解らなくなってしまう!