つれづれに

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今日のYoutube

 大相撲が始まると、日々が飛び去るように過ぎていく。



 以下の文章?は、11年前に、何を思って書いたのだろう。
 現在では忘却の彼方。 どうでも良いこと。


・・・・・・
・・・・・・

2115, だと!
2007年01月17日(水)



              ○┓

『    だと!』
《     》
 
     『  んで!』
     《     》

『 で、どうした!』
《     》

     『 で、どうする?』
     《     》

『 うんで?』
《     》

     『 あふぉか!』
     《     》

『 フニャ!》
《     》

     『 うんだ、うんだ!』
     《     》

『ま、いいか!』
《     》
  
     『     』
     《・・・・・》

『  ! 』
《  ?    』

  『   。   』
 《   ・   》

         ( ゚∀゚)ノ
 ・・・・・・・・
2006年01月17日(火)
1750, おひとりさま
     (*^o^*)オ (*^O^*)ハ (*^。^*)ヨー!!

先日、TVで『おひとりさま』というテーマで
女性の一人の食事や音楽会の参加について取りあげていた。
女性といえば、つねに誰かと二人以上で行動するのが常だが、
最近になって、ひとりで行動するスタイルが
格好よいとされる風潮になってきている。
                    お茶どうぞ ( ^-^)_且~~~             
         「おひとりさま」のスタイルといえば、
         映画やリサイタル一人で観たあと
         ぶらりと店に入りワインかコーヒーを飲みながら食事……。
         大人の女性としての一人の時間を楽しむことである。
         背景にはキャリアウーマンの出現が背景にある。
時には一人で旅行に出て、ジックリと孤独の時間を味わう
スタイルを身につけること。
ひとりの時間を楽しめる人間こそ、
「おひとりさま」であり、しっかりした個を確立してこそ
他人との関係も良好になる。
         自然態で自分と向かい孤独を楽しめる人こそ
         「ひとり」の世界を確立できる。
       
      自己の確立がしっかりしているとは
        1「個」の確立ができていること
        2 他人の個を認めることができる
        3 独り遊びができること
        4 知的裏付けをもっている である。
都会住まいをすると初めに直面する問題が
男女を問わず『おひとり』の生活である。
三食の食事などの生活を自分で考え組み立てなくてはならない。
そして家族から離れた寂しさのコントロールである。
このバランスを崩して変質行為にはしる輩もいる。
        その中で初めて直面する問題が外食である。
        学生時代に、初めて蕎麦屋に入って食べた
        カレーライスの味が今でも忘れられない。
        そのような日々の中から、
        知己が一人一人出来てくる。
親しく十数年、古町などを飲み歩いた社長(故人)が、
「実をいうと誰にもいえない秘密がある。      (^。^ゞ
この歳になっても一人で新規の飲食店に飛び込めない」
という。粋な玄人の遊び人がである。      
        訓練の結果か、店の開拓が好きになってしまった。
        飛び込んで一人「一見(限)」でカウンターに座った緊張感が
        なんともいえない。
        この味を知ってしまうとコントロールがきかなくなる。
        酒量を減らすために、最近は一切やめてしまった。

「おひとりさま」で、(十年は経つが)
家内から聞いたおもろい話を思い出した。
長岡駅裏にあるホテルのレストランでコーヒーを飲んでいたら。
一人の中年女性が小さな花束をもって入ってきてコーヒーを飲み始めた。
そして持ってきた花束をグラスに入れて嬉しそうに眺めていたという。             
              |||||/(-_・;)\||||||| まじ~~?        
        周囲の人が全員変な目でみているので、小さな声で
       「あの女の人は、いつもああしているのですか?」
        と聞いたところ
       「ええ、時々来て同じことをしているのですが、
        周りから同じ質問をされて困っています。
        まさか、やめて下さいとも言えないし」と迷惑顔。
        全然、それが似合わない仕草で異様な感じという。
                      (/o\)ハズカシ(*^^*)
何かの本でヒントをえて一人で楽しんでいるようだという。
「本人が楽しければ良いんじゃないか!」というと、
「いや公衆の目の前で、何か素敵!と思えるなら良いが、
見ているほうが気恥ずかしい思いをするのはチョッとね」
という他愛のない話である。
知性を持ってこそ「おひとりさま」である。
               ・・・・~~~ヽ(^▽^)))さいなら!
・・・・・・・
2005年01月17日(月)
1385, ラムセス2世

「たけしのエジプトミステリーⅢ」
  ー古代エジプト最強の王ー  の録画を先日みた。

10年近く前にエジプトに行った時に、初めてラムセス2世の存在を知った。
現地添乗員が「日本では、クレオパトラが有名だが、欧州ではラムネス2世の方が
段違いに有名である」と説明をしたが、なるほど彼の遺跡の多さには驚いた。

この番組は、タケシと吉村作治と女レポーターの対談方式で進行していた。
ラムセス2世と古代エジプトを、もっと知りたいと思っていたので
丁度よいタイミングであった。

ーまずラムセス2世の概略をみるとー
・第19王朝のファラオで、紀元前1304年~紀元前1237年まで、67年間エジプトを支配。
 紀元前1295年頃、シリアのヒッタイトと戦い、決着がつかず、
 世界最初の国際的な和平条約を結んだ。
 そして後にヒッタイトの王女を妃に迎えた。
・後半の治世は内政に力を注ぎ、神殿建築等の事業を起こした。
・100歳近くまで生き、多くの女性との間に100人以上の子供がいた。
・彼は大規模な建造物を数多く建てたが,
 中でもアブ・シンベル大神殿が特に有名である。
・数の上では最も多くのオベリスクを建てたファラオとされ,
 実際8本のオベリスクが現存している。
 彼が建てたオベリスクは比較的小さなものが多いが,
 ルクソール神殿第1塔門前の一対のオベリスクは非常に大きいもので,
 エジプトに残るオベリスクの中では「ハトシェプスト女王オベリスク
 に次いで二番目に大きなオベリスクです。
 本来ペアであるべきものが欠け,いまや1本しかない。
・最後はミイラとなって王家の谷に葬られた。
 しかし、彼の遺体は墓泥棒たちによって、本来の墓所から運びだされた。
 墓泥棒の隠し場所である共同墓所に、
 セティ1世、
 アメンヘテプ1世、
 トトメス3世
 などの他のファラオたちのミイラとともに、隠されていた。
 1881年に、この隠し場所が発見され、
 現在、カイロのエジプト博物館に展示してある。

ラムセスⅡのミイラは、死後3000年の時が経たあとも、その表情はリアルで、
強い意思が感じ取れる。
彼の生涯で私が最も強くひかれたのは、彼を偉大なファラオに押し上げた
王妃ネフェルタリの存在である。
歴史が男を動かし、その男を女が動かす。
3300年以上も昔の2人の愛が巨像やレリーフとなって永遠に地上に
残されていることだ。
ネフェルタリの愛が、そのまま遺跡を巡っていると感じ取れるのだ。

私が知る限り、一個人が数千年の時間を越えて、
直接これだけ訴えかけてくるのは、彼以外見当たらない。
まさか博物館で万人の目に触れるように展示されるとは
夢にだに思わなかっただろう。
自己顕示欲が強かっただけに、本人も本望だろう。

遺跡は、直接当時の世界がリアルに感じ取れるのがよい。
以前書いたエジプト紀行をコピーしておきます。

------
H0805
エジプト、トルコ感激の旅  ーエジプト編ー 

まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。
まず最初に訪ねたのが
カルナック神殿」であった。
“まさしく驚愕!”
直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、
今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。

歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。
日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。
そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの
熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。
そらに天を指すオペリスクとラムセスⅡ世などの王や神の像の数々。
今まで何度か海外旅行をしていながら、
何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。
 
次に行った「王家の谷」。
ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々掘られている集団墓地だ。
この中で英国の考古学者カーターの執念でつきとめられたツタンカーメン
墓室にも入ってみた。
また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と
そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。
その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な
光景も印象的であった。
 
その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセスⅡ等の巨大な立像。
実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。
またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という
小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を感じる事が
できるようだった。

旅の後半になってカイロに入ったが、
ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!”
というまさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。
丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが、
逆に対比する事ができた。

早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。
我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、
それがイスラム教という。

カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげた「クス王のピラミッド」
も本当にすばらしいの一言。
考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、
ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。

まだ今にも起きあがりそうな「ラムネスⅡ」をはじめとする
数々のミイラも数千年をこえて不死への激しい希求を魂に
かたりかけてくるようであった。

・・・・・・
2004年01月17日(土)
1018, 「会社にお金が残らない本当の理由」 -1
ー読書日記

 紀伊国屋で、この本の帯につられて買ったがナカナカ面白い。
タイトルは-93・7㌫の会社は10年以内に潰れるー攻めるだけでは
会社は10年続かないーである。
「初めに」の出しからして刺激的な文章である。
ー「まずはキャッシュで一億を作る。」
社員5名ほどの中小企業‥とか零細企業に私が最初に言う目標である。
「零細企業にそんなことができるか?」と思うかもしれません。
しかし、会社経営をしているなら、当たり前です。

現在日本には一億の預金を持つ人は108万人います。
総世帯4700万ですから全体の2.3㌫です。
50世帯に一世帯が一億を持っているのです。
実際の中小企業やその社長はどうでしょうか。
資金繰りに追われているところが大半です。
何故こうなったのでしょうか?
それはほんのチョッとした差から生じています。
そのチョッとした差が生死を分けてしまいます。

・・・普通の経営者は、経営の背後になっているシステムが分らないのです。
 ーとのっけから読み手を引きつけていく。
  
 ー印象に残ったところを抜粋してみるとー
・資本主義社会そのものがボッタリの本質をもっている。
・今の日本の税制は「かっぱらい」である。
 「取りやすいところからとる!」が結論である。
・決算上の利益とは、実態とは違った税金を取るための数字でしかない。
 その粉飾決算の利益を経営者も税理士も会計士も信じきっている。
 税理士や会計士は無知もいいところ。
 ゾンビを生んでいる日本の税制に気がつかない。
 設備投資の耐用年数は実態とかけ離れている。
 その数字のおかげで、ありもしない利益を計上させられ、
 税金をボッタクラレている。
・自宅の名義は奥さんにしておくべきだ。
・「車」と「家」と「保険」を、おさえておけばお金は残る。
 ーこの詳細がナカナカ面白い
・社長で「いい人」ほど儲かってない。
 一般常識の世界で生きているからだ。
 ロータリークラブとか・・・
 それとは別の独自の指標が必要だということが分ってない。
・中小企業ー零細企業の報酬の内訳は「役員20㌫、社員30㌫」
 但し役員報酬は合法的裏金で実質的に会社の金と割り切ること。
 内部留保金と未来投資資金として割り切ること
・裏帳簿の勧め・・・・
・戦略3つ,戦術7つ
・ローリスクだからこそハイリターンを得ることができる。
 リスクは極力かけるな!ローリスクは本業の中にしかない。
ー以上が印象に残った内容だ。
               ーつづく
・・・・・・・
2003年01月17日(金)
649, 損切り

ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。
このパンフレットに殆ど90㌫が含まれている?

ーその概要を書くと以下のとおりであるー
・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!

・個人も会社も、いまは「損切り」をしないと生き残れない。
 いまは有事の時、平時の常識を捨てなさい。
 -不採算部門の切捨て
 -不良資産の切捨て
 -不良幹部ーヘドロの切捨て
 ー倒産を恐れるな
・不動産は「短期の流動資産」と考えよ、決め手は利回り
 -まだまだ不動産の大放出が続くと思え
 -より安全で、より高利回りのものに切り替えよ
・銀行取引の全面見直し
 社長は先手を打って資産を守るべし
 ー次は地銀・第二地銀信金・・・金融機関の大編成が始まる。
   -貸してくれない銀行には返さないこと。
   -手元流動性資金の確保が絶対に必要
   -絶対に応じるなー追加担保と追加保証人
   -担保に入っている社長個人の不動産を会社に売却
・5年先を読むと先手必勝である。
 -国債の暴落から始まる大マネー戦争になる。
 その結果金利上昇・円安そしてハイパーインフレ・・
 -不動産の金融商品化が本格的に始まる。
 -円資産だけでは危ない時代。
  ゴールド・円でドル建て預金
 -事業こそ最大の資産だ。
  その事業を良くしておく事
  それはデフレに勝ている事業だ。
・・・以上がその内容である・・・
「処分すべきは処分をして、徹底的にスリムな体質にすべきだ」という事だ。
去年から、個人の事業用資産を会社に譲渡して損だしのプロセスに入った。
次に、会社のデフレからきた損だしのプロセスに入るが?
ここで思い切ってやらねばならない時期が来たようだ。

体力あるうちに先手を打ってやるべしということだ。
先行きはもっと悪くなるのは自明のことだ。
こういう時代は知恵を絞って乗り切るしかない。
この数年は負け組みの最後の整理が控えている。

・・・・・・・ 
2002年01月17日(木)
303、事業と難関

事業を始めると、必ずといっていいほど「身辺」に
思いもよらない何かが起こる。それと当然「事業そのもの」にも、
想定以外のことがおこる。

必ず難関が次から次に起こってくる。回を重ねるうちに、
そういうものだと割り切れるようなった。
そしてかなりの極限に追い詰められた時、
「これが今回の丁度ピークのそれ」
と冷静に受けとめれるようになった。

そしてその二つが重なってくることが多い。
しかし経験とは凄いものである、それが勘で解る。
ここを踏ん張っていると次の展開が出て来ると解ってくる。
従っていつの間にか、その感覚がゲーム的になる。

難関を一つずつ乗り越えていくのが逆に面白くなってくる。
それは付き物である。これが一波、これが二波、これが三波と、
そして「これが今回の一番の大波」?
とうけながら冷静に対処していく。

一番の大波と感じた時は、これが自分の限界点に近いことがある。
しかしこれ以上の波はないのも解る。
それが仕事というものだ。
人生もそうか!

初めて事業を興した時、全ての問題がはき出た。
「そういうもの」ということが解らなかった。気持ちに余裕はなかった。
しかし、親戚の同じ歳のナショナルに勤めていた人が遊びに来て、
帰りにボロボロの姿を見て、
「羨ましい!」といった一言が自分を支えてくれた。

その人は今かなり出世をしたとか聞いている。
その人の弟の葬式に7~8年前出会ったとき、
「私は自己採点は80点だが、
貴方はいくつか?」と聞いたら、
「93点」と言っていた。
人事系の仕事だから冷静な点数と思う。

・・・・・・・・・・
ー1月17日 1968年
午後一時にゼミに出席する。
今までのゼミの反省と総括をする。
私の意見は
「週2日を週一回にしたのが問題ではなかったのか?」
であった。全体的に同調されたようだった。
石川君と私の卒論の発表会的なところもあった。

その後ゼミの連中と飲みに行く。
「嵯峨」から飲み始める。
下落合の助手の横浜さんの下宿の近くまで、
17時から翌朝の5時まで12時間も飲みまわる。
その後数人で横浜さんの部屋で泊まる。

石川には、「その仮面を剥げ!」とかなりの言ってしまった。
彼も私を辛辣に批判をする。私のほうが過激であった。
あとで謝らなくては!
言いたいことを言ったあとで自己矛盾がおこる。
 自分が解らなくなってしまう!