つれづれに

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 毎日新聞の今日の「記者の目」がよい。
 ほぼ毎週、居酒屋に行っているが、年齢から見たら行き過ぎか。
 何とも退廃的なところがよいが・・・・

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記者の目:政治家さん、赤ちょうちんへ急げ=鈴木琢磨(夕刊編集部)
 ◇よりリアルな「いま」を見よ 「お坊ちゃん」は、ご免だが

 サクラの季節、国文学者の暉峻(てるおか)康隆さんを思い出している。<さようなら雪月花(ゆきつきはな)よ晩酌よ>。そんな辞世の句を残して93歳で逝かれた(01年4月)。まだまだお元気だったころ、東京は新宿で飲んでいて忠告されたことがある。「おい、君な、新聞記者なら居酒屋を知らねば。居酒屋をな」

 そのココロは? 左党の「党首」でもある先生いわく、居酒屋こそ、大衆のカタルシスの場であり、偽らざる庶民の声があふれておるぞ--。酔眼にしてその目はきりり。そうかもしれない、と感じるところがあって(むろん好きだからだけれど)、居酒屋めぐりをはじめた。「今夜も赤ちょうちん」のタイトルでまる3年、週1本コラムを書いた(東京本社版夕刊)。

 なるほど、そこにはもうひとつの東京があった。

 100年に1度の経済危機といったって、赤ちょうちん族にはチエがある。居心地のいいオアシスを知っている。寅さんの地元、柴又の「春」で焼酎を飲みながら、渥美清さんが撮影の合間につまんだ納豆オムレツをもらった。いささか不格好だけれど、うまい。安い。いや、おかみさんの笑顔がいい。社用族でしのいできた銀座のクラブのママさんとまるで違う。ふらっと常連が立ち寄っては一杯ひっかけ帰っていく。その風景だけでまた飲めた。

 しばしば居酒屋に「ふるさと」と読み仮名をふりたくなった。田舎を離れて東京暮らしをしていると、故郷が恋しくなる。年老いた親が心配にもなる。おしゃれタウン、恵比寿かいわいにぽつんと残る老舗「さいき」はのれんをくぐると、ご主人が「お帰りなさい!」と声をかけてくれる。ぐっときた。疑似ふるさとだけれど、いいじゃないか。「お帰り」のひと声でひと味もふた味も深みを増すしめサバにどれだけ酔ったか。

 そう、かつて演歌の多くは居酒屋が舞台だった。暗闇にぽっかりともる赤ちょうちんは、ままならぬ人生を励ましてきた。えらいもんだなあ。闇市の雰囲気が残る荻窪の駅前横町にある「東菊(あずまぎく)」。ここの91歳になる大おかみ、若かりしころの作曲家、遠藤実さんがギターを抱え、流しで歌っていたのを覚えていた。「夢追い酒」を口ずさめば、熱燗(あつかん)の進むこと進むこと。

 でも、悲しいかな、そんな舞台が消えていく。コラムでも紹介した昭和のにおいぷんぷんの池袋の「人世(じんせい)横丁」はなくなったし、浅草の江戸っ子好みの小粋な「松風」ものれんを下ろした。銀座の路地裏で俳人鈴木真砂女まさじょ)さんが切り盛りしていた「卯波(うなみ)」のきぬかつぎも食べられない。丸の内あたりはどんどん新しいビルが建つというのに。

 日本通の歴史学者、米イリノイ大教授のロナルド・トビさんは嘆いていた。太平洋を行ったり来たりの「渡り鳥」さん、お気に入りの日本橋浜町の焼き鳥屋「六ちゃん」のつくねをほおばりながら、こう言うのだった。「変わり果てた東京で唯一、心がなごむのがここです」。司馬遼太郎さんが生前、最後に対談したのがトビさんだった。ぬか漬けをお土産に、と頼む姿を目にすると、居酒屋こそ日本文化、としみじみ思う。

 そうした会社でも家庭でもない、ぬくもりあるコミュニティーで、夜な夜な飲んべえたちは裸になって語りあっている。なんて日本人は穏やかなんだろう。我慢強いんだろう。きりないほど不平不満が渦巻いているのに大きなデモはない。国会議事堂を囲む騒ぎも聞かない。そして、明日もまた満員電車で会社へ。居酒屋は喜怒哀楽を吸い込むスポンジなのかもしれない。すべてとは言わなくても。

 ひるがえって永田町のていたらく。「居酒屋スポンジ」にあぐらをかいていないか? 酩酊(めいてい)大臣は語るに及ばず。ホテルのバーで飲んでいればいいものを、わざとらしく居酒屋に足を運んで「ホッケの煮付け」とのたまう首相。下々のみなさん、いかがお過ごしでなんて高みの見物をされてはたまらぬ。民主党さんも、庶民の声を聞こう、といつぞや居酒屋をオープンさせたことがあったはず。お坊ちゃん発想はご免である。

 たしか暉峻先生はおっしゃっていた。「居酒屋が民主主義の原点なんだ。日本中の居酒屋を歩け」。その受け売り。しかつめらしいマニフェストもいいけれど、政治家さんよ、赤ちょうちんへ急げ。大いに飲んでくれたまえ。そこには世論調査でも、選挙結果でもない、よりリアルな日本の「いま」がある。「とてつもない」とか「美しい」とか構えずとも、等身大の日本がそのままあるから。

 気になるのは、あちこちに誕生している昭和レトロを演出した居酒屋。由美かおるさんのホーロー看板がわざとらしく壁を飾っていたりする、あれ。嫌いだなあ。いい酒場は、こぼれた酒と涙のしみがつくる時間の堆積(たいせき)--。自称、居酒屋バカはそう信じている。

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