つれづれに

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 今日は、シネマの日。 『人間資金』を見てきた。  邦画に厳しい私にしては90点評価。
あまり期待してない分、面白い。 家内に監督名をいうと、実績のある人という。
 M資金というと、戦後、多くの詐欺師がいて、東京で、今でも二万とか三万人の詐欺師が居るとか?
父親が、ガンになって、東京女子医大で手術をしたとき、同じ部屋の隣に、そのM資金の関係者で、
云々とかいう話が面白かったと、聞いた。 15年ほど前に、資金繰りに困っていた取引先の社長が、
真剣な眼差しで、『M資金を信じますか?』と、聞いてきた。 成るほど!と、聞き流したことがあった。
後日の、随想日記のネタということか。 この映画では、10兆円レベルだったが・・・

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2045, あたりまえなことばかり -2
2006年11月08日(水)
       ー 読書日記 
  この本の面白そうな項目から取りあげてみると、
「考えるとはどういうことか」になる。「考える」とは、実際のところなんだろうか?
 言葉の羅列?それとも、思いつき?、それともそれらを対比し、その差異と同定を
しながら掘り下げること?まずは、この本の面白そうなところを抜粋しながら「考えて」みる。
 我慢して最後まで読んでください。 それも何度も!
 当たり前のことに何の疑問を感じなくなってしまっている、自分の感覚を呼び戻すためにも・・
  ーー
? 考えるとはどういうことか ー?ー
* 私が日がな何を考えているかといえば、考え始めたはじまりにまで遡ってみると、
一言で言えば人生についてです。人生というと一言で敢えて具体的にいえば
「生まれてきて、死ぬことです」あるいは「誰もが自分である」ということです。
この当たり前のことが、不思議ではないですか? そんなのは当たり前といいますが、
本当に当たり前と言われるが、それでは如何いうことか、解るのですか? 
生きることも、死ぬことも誰も知らないのに、どういうわけか皆知ったふりをして、
毎日を生きているわけです。
*キリストの言葉というものをよく読んでみると、私を信じろとはいってませんね。
 あなたの内なる神を信じよ、といっているのです。
 ところが、生命とか宇宙とかの不思議が本来もうどうしようもない謎を
 忘れた人たちにとっては、キリストそのものが信仰の対象になってしまうのです。
 キリストだって分りませんよ、そんなこと。ところが自分がわからないといことを
 忘れているから、ただの権力闘争になってしまう。本末転倒なわけです。
*どう考えるかという問いにあえて答えるとしたら、一言「驚け!」です。
驚くしかない、驚けばそこから必ず考え始める。なぜなら、知りたいからです。
アリストレスも最初から言っている。哲学は驚きから始まるうる、と。
 驚きの無いところから、知りたいという動きは始まらない。考えることで、誤解されていることは、
何かを悩むことだと思われているが、これは正反対のことです。
考えることは、決して悩むことではありません。きちっと考えてないので、ぐずぐず悩むのです。
 そもそも考えることの始まりは、自分があることや生命の不思議を知りたいということであって、
 それをどうこうしたいということではありません。考えてわかったところで何も変わりません。
 自分が生きて死ぬことも、自分が自分であることも何も変わっていません。
 だから考えてどうなるかと言われても、どうにもならないということです。
 けれども、ひとつ決定的に違うことがあります。
 {自分が生きて死ぬということがどういうことか、ということがハッキリ自覚できるということです。
 この日常の不思議さを自覚しながら生きるということは、納得と確信を手に入れることができるのです。
 そうすると、生きる姿勢が全く変わります。当たり前の日常を自覚的に生きるのとそうでないのとでは、
 全く構えが逆になります。つまり、強く生きられる。そのことが、考えて何の得になるのかと問われれば、
 あえて得の部分だという答えです。 無用の用という言い方における、用ですね。}
   ーー
「考えるとはどういうことか 」の抜粋は次回も続くが、字数の関係上、まず以上のことから考察してみる。
「日常の当たり前のこと、すなわち生死など人生のことや、宇宙の不思議さを自覚しながら生きると、
 納得と確信を手に入れることができる。 そうすると生きる姿勢が変わり、構えが変わってくる。
 決して、考えることは無用の用ではない」という論は説得力がある。
「よく考えることは、よく生きることと同じである」のは、よく考えるということは、人生の構え
 ー姿勢が変わってくるということになる。
 先日、ネアンデルタール人と、クロマニョン人の混血人の骨が発見されたというニュースの中に、
 なぜクロマニョン人が取って代わったかのか?という疑問に、言葉系ー考えが上だったという
 研究結果だった、とあった。                \(^▽^*)バイ!

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2005年11月08日(火)
1680, 「自薦エッセイ集 魂の光景」-4
ー「メタモルフォーゼ」ー ?
   <意識の変容>
一万年続いていた農耕社会の重心が、工業化社会から情報化社会に移動しようとしている現在、
狩猟社会の本能が再び目覚めようとしている?のか。北極圏のインディアンに残っている
狩猟社会の個人主義は、農業社会が作りあげた差別社会を否定する。
メタモルフォーゼは、情報化社会になればなるほど問われることになるだろう。
以下は「メタモルフォーゼ」ー<意識の変容>の中の文章の抜粋である。
ーーー
直立歩行を始めてサル類から分岐した人類の先祖たちは、死肉あさりという屈辱的な低い生態的地位を経た後、
大よそ20万年前から狩猟生活を始め、平等な個人同士の対等な関係を基本とする小グループを形づくってきた。
カナダ北西部の北極圏地域に住むインディアン狩猟民について、文化人類学者の原ひろ子は
「老若男女それぞれが、自分が主だと思っている。
命令口調でものを言う人間や、忠告めいたことを言う人間を極度に嫌い、馬鹿にする。
酋長といった部族全体を統率するリーダーはいない」と報告している。
彼女は「ヘアー・インディアンとその世界」という著で、さらに狩猟民族の`個人主義’について
示唆を多くしている。特に興味をおぼえたのは、彼らの生活が「働く」「遊ぶ」「休む」の
三つにわけられ、そのうち「休む」が最も重要と考えられている、ということだ。
「休む」とは無為に寝転がっているということではなく、各人がそれぞれの自分だけの守護霊
(部族と家族とも共通でない)と相対する時間のことである。他人との関係からはなれて、
ひとり静かに自分自身と、つまり自分の無意識と対話するのだが、守護霊は雪の山野の親しい
生物から選ばれるのだから、それは自然の声でもあろう。そんな平等な個人を基本とする生き方が、
農耕時代に入って、身分制社会の不平等生活へと一変したことは事実だ。
まるで高等サル類の不平等な群社会に戻ったかのように、ひたすら優位者の機嫌を窺い、
身辺の人間関係に意識の大半を費やし、一族の、村の、国の共同の神をそろって拝む。
だが農耕社会はわずか数千年来のこと。それに比べてわれわれは本格的な狩猟民として、
最も短く見積もっても5万年もの経験を持っている。
20世紀の後半になって、農業人口が激減して、巨大な村に過ぎなかった木造的都会が、
鉱物的な現代都市に変貌するにつけて、狩猟民時代の記憶が意識の底から徐々に
蘇り始めてきているように思えてならない。
ーー
以上であるが、現在の時代に大きなヒントが隠されている。
エスキモーの生活が「働く」「遊ぶ」「休む」の三つに分けられ、
その中で「休む」が最も重要に考えられているというのは、大きな示唆がある。
ゴロゴロ寝ているのではなく、各人がそれぞれの自分だけの守護霊
(部族と家族とも共通でない)と相対する時間というのがよい。
意識の変容は、本来の自分に戻る状態といえる。
自分の守護霊と対じして、深く自らを見つめることで魂そのものと出会う。

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2004年11月08日(月)
1315, ビーズ・クッション
 数年前、パソコンショップで椅子と腰の間に置く「ビーズ・クッション」を見つた。
早速買って使ったところ非常に良い。そこで海外旅行に持っていって、飛行機やバスの席の腰に
当てて使っている。空気枕代わりにも使える。長時間同じ姿勢をしていると、この有難みが増す。
数ヶ月前に、ホームセンターで大きな枕位の「ビーズ・クッション」を見つけた。
TVの前でごろ寝をする時に腰に当てると、これも非常に快適である。
家具屋のソファー・コーナーをブラブラしていると、今度はソファー大の
「ビーズ・クッション」があった。何種類かあったが値段は3~6万円もする。
いつかは買うだろうが、とにかく高いので買わなかった。一ヶ月ほど前に、長岡駅にあるセゾンの
無印良品」店で、手頃の大きさの「ビーズ・クッション」があった。
居間のTVの前で、座るのに丁度よい。値段は16000円である。家具屋の値段から見てもそう高くない。
そこで、インターネットで「無印良品」とキーワードで検索をしてHPの「ビーズ・クッション」
を調べたところ、この商品の開発プロセスが図入りで詳しく紹介をしていた。
これでは失敗は無いだろうと、ネットショップで発注した。
使いだして一週間、非常に快適である。姿勢に合わせて、クッションのカタチが変わる感覚である。
それと、座ると包みこむように沈み込むようで、昔の王様が豪華なソファーに座ったようである。
これに液晶TV付きパソコンがあれば、部屋は快適空間になるのだろう。
これも、ローテク?のなせるワザである。
ますます、お宅の世界か!

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2003年11月08日(土)
948, ユーモアのセンス
 このホームページにもユーモア・小話のコーナーを設けてあるが、世の中には、面白い小話、
ダジャレ、ユーモアは多くあるものだ。といって本当に面白いものは少ない。
 以前もユーモアについて書いたが。当時は小話を100近く集めて、知人に話した。
それが、ここの癒し系のコーナーに書いてある。 ユーモアについては、全く通じない人が多い。
「どうして?」と共通項を考えてみたが、本を読んでない人にその傾向が強い。
言葉の中にある微妙な面白いイメージが全く湧いてこないのだ。それと、身構えて冷笑してしてしまう。
早くいえば教養のない人であるが、それをいってはお終いだが。
「じゃあ、あなたは自分の教養があると思っているのか?」と言われると答えようがない。
 全くつまらないと思うか思わないかのテストをしてみる、
ー身の上相談
アメリカのラジオ番組で、ある女性の回答が評判であった。
あるとき、小学校のこどもが相談の電話をかけてきた。
「うちのママは、毎日、毎日、
   朝は早くおきなさい
   よく手を洗いなさい
   よく勉強をしなさい
   TVをいつまでも見てはいけません
   夜は早く寝なさい
と言って、うるさくて、うるさくてしかたがありません。ボク、どうしたらよいのでしょうか」
 それに回答者が答えた。
  「朝は早くおきなさい
   よく手を洗いなさい
   よく勉強をしなさい
   TVをいつまでも見てはいけません
   夜は早く寝なさい  以上、サヨウナラ」
 この何が面白いかと疑問に思ったら、少し考えた方がよいのでは? 「子供の期待する答えと、
 全く正反対の言葉を斬って返すセンス」が面白いのだ。隣の席の女に気がいっていてはダメだ。
 ーまた他の話で
ある男が片腕を失って、将軍から銀の勲章を貰った。男は将軍にもう一方の腕を失くしたら
金が貰えますかときくと、将軍は「もちろん、あげますよ」と答えた。
それを聞いたその男やおら剣を抜くと、もう片方の手を切り落としてしまった。

 この話、何にも面白い内容ではない。ところが少し考えると、あることに気がつくはずである。
もし気がつかないなら、一日考えてください。これが解らないと「言葉に対するセンスがない」
といわれても仕方がない?
 ー説明すると、いややめておく。
引き出しのコーナーの、この文章の最後に書いておきます。
ー江戸の小話でも似たのがあった。
「後家さんになると綺麗になると聞いた熊さん、
『俺のカカアも早く後家さんになってほしい!』」

・・・・・
574, つれづれに-学生時代のこと
- 2002年11月08日(金)
学生時代の最後の半年間の日記を「ある時間の断片」という題で書き写している。
そのときは34年の時空を飛び越えて青春真っ只中の自分に立ち返っている。
記憶もそのときのことが走馬灯のように立ち返ってくる。
変わらない自分と全く変わってしまった自分がそこに見える。
今時に悠長なことを思い出しているものだとも考えてもしまう。
学生時代は、
・そこで住んでいた青雲寮の生活
・武澤ゼミと卒論
・欧州の一ヶ月の旅行
・影響を受けた大学の先生と授業
・クラブの先輩同僚などの思い出
・軽井沢の友愛山荘のアルバイトの思い出
・合コンや合宿などなど
結構多くの構成が重なっている。この4年間が人生の圧縮であった。
物理的には馬小屋のような部屋に住んでいたが、出来事は数え切れないほどのことがあった。
脱皮脱皮の連続線上にあった。20代30代は誰でもそうだが私の場合創業を目指していたこともあり、
刺激の強い20年間であった。武澤ゼミ、欧州旅行、青雲寮、軽井沢友愛山荘、個性的な教授と結構
恵まれていたのは時代の背景もあったようだ。高度成長期で日本がアップスケールの真只中だった。
毎日日記の中で色々な友人と語っている内容は、これからどういう生き方をしようかという内容と、
その批判である。未来が光り輝いていた。・自分は留学しようと思う。
・いや大手の会社に勤めようと思う。
・大学に残ろうと思う。
・自分で事業を起こしてやろう。
そういえば結婚をしようという人は誰もいなかった。
如何しようか?という人は多かったが。
自分が何か使命を持って社会に期待されているようであった。
何かやっと自分の出番が回ってきたようでもあった 。