つれづれに

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 今日のYoutube
https://www.youtube.com/watch?v=nINuDXRsi0E

 驚いてしまった。このサイトは20~40の閲覧で、エンピツのサイトは40~50の閲覧。
「Hatena::Diaryは、同じようだろうと、検索数を、まる7年間、一度も調べてなかった。
ところが、数日前に、何気なく調べたら、(そう検索数を7年×365日で割ったところ)
一日、平均300になった。何かの間違いだろうと、この数日、調べたら、ほとんど同じ検索数。
多くみて50~60と信じていたが、実際は350の検索があったことになる。 
何か、恐ろしいような気がしてきた。 学生時代から、こと批判に関しては、多くの人に、
重すぎる?と言われてきたが・・・
 
 何気なく知人に見ているかと聞くと、ほとんどの人が見ているという。
それにしても、少ないと思っていたが、まさか350以上も閲覧されていたとは。
別に、未来の自分への書置き状と、毎日の出来事と、読書などの雑記帳として、
書いてきたので、あけすけの内容になっていたが・・・ 
 5000日近くも、全力で面白おかしく書いていれば、当然といえば当然だが。
それも、最も親しい友人に、とっておきの、話をする感覚で書いていれば・・・

 三年数ヶ月前からは、ライブで、めったにない特異体験を生中継しているようなもの。
血だらけの手で、有りのままを、そのまま書いていたことも事実である。
 私が第三者だったら、これほど面白い内容はないと、見るだろうし・・・
そういえば、10年位前に、、毎日新聞の記者から、ある内容を指摘され、それって
本当ですか?という電話が入ったことがあった。そして、凄いことを書いてますね!と。
 
 
 ≪ この内容は、明日の閑話小題として、少し内容を書き加えて、そのままコピーします ≫


・・・・・・
2774, 仮説思考 -1
2008年11月08日(土)
           「仮説思考」 内田和成 著  
                         -東洋経済新報社
   実のところ、これを読んでショックであった。
  私の場合、仮説を多用してきたが、ある課題があると、問題点を幾つか探して、対案を幾つか考える。
  その対案を仮説と思っていた。しかし、早い段階の「仮の答え」を仮説というから、驚いた。
  リーマンの倒産直後に、大恐慌が始ったと書いた。 その時は、違うかもしれないが、8割方は間違いないと。
  確信はあったが、それでも半信半疑で、そう書いてしまった。 ところが、その視点で現象を見据えると、
  明らかに恐慌であり、その後の経過から現在は多くの人が、そのトバグチに立っていると信じている。 
 「あと一週間で死ぬとしたら何をしますか?」という問いかけも分かりやすい仮設である。 
  そうすることで、現在の「いまここ」の重要性に気づくことになる。
   間違いなく恐慌と確信したら、現在すべきことは全く違ってくる。
 「まずは結論から言いなさい。そして、その結論に至った理由を三つ分かりやすく説明しなさい」と、よく言う。
  それを思考に使うということだから世界のコンサルトは違うものだ。
   この本は必見に値する。 勘の鋭い人は、この文章だけで充分だが。
  
  ーまずは、この概要をまとめてみた。ー

 仮説思考とは何なのかというと、 情報収集の途中や分析作業以前に持つ「仮の答え」のことである。
『情報の少ない早い段階で結論を出し(仮説)、問題解決の筋道を大体決めてしまえ』というアプローチをいう。
・問題の課題の洗い出しをし 
・課題を発見したときも原因の追求をする、
・そして解決策を考える。
 この3つのプロセスにおいて事前に仮説を構造化していれば、漏れなく、早く、本質を当てることができる。
 大切なことは仮説を立て、仮説を構造化することである。
 仮説を構造化するために  So What?を使用する、訓練を行うために "Why?を5回繰り返す" などがある。
「仮説思考は、頭が良いとか、手法を多く知っているというのとは異なる」。
 誰もが日常生活の中で無意識に行っている思考方法。 それが仕事になると
「右脳的な考え方はいけない。もっと網羅的に理詰めで考えて結論を出さないといけない」とスイッチが左脳に切り替わる。
 だが、経営や仕事においても日常的な仮説思考を行った方がむしろ効率的で良い結果をもたらす。
  著者は「高速道路で渋滞にはまったとき」を例に挙げる。
「左車線は初心者など運転が遅い人たちが多いから、追い越し車線を選ぼう」「そう考える人が多いからここは左車線を選ぼう」
「この先はインターチェンジがあるから、そこまでは追い越し車線を行って、その後左車線を行こう」これは仮説思考そのもの。
  また雨の週末に外食に行こうとして「今日は雨だからすいているだろう」「雨とはいえ週末だから混んでいるだろう」
 と考えるのも日ごろ良くやっている仮説思考として取り上げている。
 ーー
 後記)レーガン米大統領が、「報告書には問題と、その問題の構造を大項目三分類、そして中項目を三分類ずつ九項目と、
  分かりやすくまとめたものにしていた」という。 成るほど!と感心したが、早い段階の「仮の答え」とは面白い!
  この効果は2~3倍ではなく、10倍になるというから、若いうちに知っていたら違う人生を送っていただろう?
  それにしても、今になって知ることが、知ることがあまりに多い。 無知の涙か?・・・
                                          ーつづく
・・・・・・・・
2007年11月08日(木)
2410, 「あたりまえ」ということ

金子みすず の「不思議」という素晴らしい詩がある。

*不思議

わたしは不思議でたまらない 黒い雲から降る雨が 銀に光っていることが
わたしは不思議でたまらない 青いクワの葉食べている 蚕が白くなることが
わたしは不思議でたまらない たれもいじらぬ夕顔が 一人でパラリと開くのが
わたしは不思議でたまらない たれに聞いても笑ってて あたりまえだということが

ーーー
我われは、いとも簡単に「あたりまえ」と思っていることでも、少し考えてみれば、不思議なことばかりである。
自分が現に存在していること自体が、「あたりまえ」ではない。偶然の一致の重なりで現在の自分が存在している。
その現在の自分が存在している宇宙そのものが不思議である。 それに気づくかどうかである。
不思議な体験を何度もしてきたが、それよりもっと不思議なこと、「いま、ここにある 自分」こそ、不思議そのもの。
その不思議をじっくり考えないから、せっかく不思議な宇宙、そして地球、自分の深さに気づかないのである。
そのためには「あたりまえ」のことに驚かなくてはならないのである。 感謝、感激、感動を周辺の全てから
感じ取らなければならない。最近、とくに感じるのは「いま、ここにある 自分」である。
これほど不思議な瞬間はないのである。こうなると哲学になってくる。あたりまえのことに、驚きを立てることである。
偶然、去年、池田の「あたりまえのことばかり」の書評が書いてあった。
面白いものだが、彼女の「あたりまえ」のことは、普通の人のいう「あたりまえ」とは全く違う。
「あたりまえ」と思っている全ては「あたりまえじゃない」ということ、それを全て疑いないなさいということが、
「あたりまえ」ということを言っている。 少し、ややこしいが・・・

・・・・・・・
2006年11月08日(水)
2045, あたりまえなことばかり -2
   「 あたりまえなことばかり」 池田晶子著  ー 読書日記 
                 (。^0^。)オッハ~
                 
 この本の面白そうな項目から取りあげてみると「考えるとはどういうことか」になる。
「考える」とは、実際のところなんだろうか? 言葉の羅列?それとも、思いつき?、
 それともそれらを対比し、その差異と同定をしながら掘り下げること? 
 まずは、この本の面白そうなところを抜粋しながら「考えて」みる。我慢して最後まで読んでください。それも何度も!
 当たり前のことに何の疑問を感じなくなってしまっている、自分の感覚を呼び戻すためにも・・
  ーー
? 考えるとはどういうことか ー?ー

 *私が日がな何を考えているかといえば、考え始めたはじまりにまで遡ってみると、一言で言えば人生についてです。
  人生というと一言で敢えて具体的にいえば「生まれてきて、死ぬことです」あるいは「誰もが自分である」ということ。
  この当たり前のことが、不思議ではないですか? そんなのは当たり前といいますが、本当に当たり前と言われるが、
  それでは如何いうことか、解るのですか?生きることも、死ぬことも誰も知らないのに、どういうわけか皆知ったふりをして、
  毎日を生きているわけ。
 *キリストの言葉というものをよく読んでみると、私を信じろとはいってませんね。
  あなたの内なる神を信じよ、といっているのです。ところが、生命とか宇宙とかの不思議が本来もうどうしようもない謎を
  忘れた人たちにとっては、キリストそのものが信仰の対象になってしまうのです。 キリストだって分りませんよ、そんなこと。
  ところが自分がわからないといことを忘れているから、ただの権力闘争になってしまう。本末転倒なわけです。
 *どう考えるかという問いにあえて答えるとしたら、一言「驚け!」です。
  驚くしかない、驚けばそこから必ず考え始める。 なぜなら、知りたいからです。
  アリストレスも最初から言っている。哲学は驚きから始まるうる、と。驚きの無いところから、知りたいという
  動きは始まらない。考えることで、誤解されていることは、何かを悩むことだと思われているが、これは正反対のことです。
  考えることは、決して悩むことではありません。きちっと考えてないので、ぐずぐず悩むのです。
  そもそも考えることの始まりは、自分があることや生命の不思議を知りたいということであって、
  それをどうこうしたいということではありません。考えてわかったところで何も変わりません。
  自分が生きて死ぬことも、自分が自分であることも何も変わっていません。
  だから考えてどうなるかと言われても、どうにもならないということです。けれども、ひとつ決定的に違うことがあります。   
  {自分が生きて死ぬということがどういうことか、ということがハッキリ自覚できるということです。
   この日常の不思議さを自覚しながら生きるということは、納得と確信を手に入れることができるのです。
   そうすると、生きる姿勢が全く変わります。 当たり前の日常を自覚的に生きるのとそうでないのとでは、
   全く構えが逆になります。つまり、強く生きられる。そのことが、考えて何の得になるのかと問われれば、
   あえて得の部分だという答えです。 無用の用という言い方における、用ですね。}
   ーー
 「考えるとはどういうことか 」の抜粋は次回も続くが、字数の関係上、まずは以上のことから考察してみよう
 「日常の当たり前のこと、すなわち生死など人生のことや、宇宙の不思議さを自覚しながら生きると、
  納得と確信を手に入れることができる。  そうすると生きる姿勢が変わり、構えが変わってくる。
  決して、考えることは無用の用ではない」という論は説得力がある。
 「よく考えることは、よく生きることと同じである」のは、よく考えるということは、人生の構え(姿勢)
  が変わってくるということになる。先日、ネアンデルタール人と、クロマニョン人の混血人の骨が発見された
  という ニュースの中に、なぜクロマニョン人が取って代わったかのか?という疑問に、言葉系ー考えが上だった
  という研究結果だった、とあった。
                                                         \(^▽^*)バイ!
 ・・・・・・・・
 2005年11月08日(火)
1680, 「自薦エッセイ集 魂の光景」-4
   ー「メタモルフォーゼ」ー ?
     <意識の変容>

 一万年続いていた農耕社会の重心が、工業化社会から情報化社会に移動しようとしている現在、
狩猟社会の本能が再び目覚めようとしている?のか。
北極圏のインディアンに残っている狩猟社会の個人主義は、農業社会が作りあげた差別社会を否定する。
メタモルフォーゼは、情報化社会になればなるほど問われることになるだろう。
以下は「メタモルフォーゼ」ー<意識の変容>の中の文章の抜粋である。
 ーーー
直立歩行を始めてサル類から分岐した人類の先祖たちは、死肉あさりという屈辱的な低い生態的地位を経た後、
大よそ20万年前から狩猟生活を始め、平等な個人同士の対等な関係を基本とする小グループを形づくってきた。
文化人類学者の原ひろ子は「老若男女それぞれが、自分が主だと思っている。
命令口調でものを言う人間や、忠告めいたことを言う人間を極度に嫌い、馬鹿にする。
酋長といった部族全体を統率するリーダーはいない」と報告している。
彼女は「ヘアー・インディアンとその世界」という著で、さらに狩猟民族の`個人主義’について示唆を多くしている。
特に興味をおぼえたのは、彼らの生活が 「働く」「遊ぶ」「休む」の三つにわけられ、
そのうち「休む」が最も重要と考えられている、ということだ。
「休む」とは無為に寝転がっているということではなく、各人がそれぞれの自分だけの守護霊(部族と家族とも共通でない)
と相対する時間のことである。他人との関係からはなれて、ひとり静かに自分自身と、つまり自分の無意識と対話するのだが、
守護霊は雪の山野の親しい生物から選ばれるのだから、それは自然の声でもあろう。
そんな平等な個人を基本とする生き方が、農耕時代に入って、身分制社会の不平等生活へと一変したことは事実だ。
まるで高等サル類の不平等な群社会に戻ったかのように、ひたすら優位者の機嫌を窺い、身辺の人間関係に意識の大半を費やし、
一族の、村の、国の共同の神をそろって拝む。 だが農耕社会はわずか数千年来のこと。 
それに比べてわれわれは本格的な狩猟民として、最も短く見積もっても5万年もの経験を持っている。
20世紀の後半になって、農業人口が激減して、巨大な村に過ぎなかった木造的都会が、鉱物的な現代都市に変貌するにつけて、
狩猟民時代の記憶が意識の底から徐々に蘇り始めてきているように思えてならない。
 ーー
 以上であるが、現在の時代に大きなヒントが隠されている。 エスキモーの生活が「働く」「遊ぶ」「休む」の三つに分けられ、
その中で「休む」が最も重要に考えられているというのは、大きな示唆がある。 ゴロゴロ寝ているのではなく、
各人がそれぞれの自分だけの守護霊(部族と家族とも共通でない)と相対する時間というのがよい。
意識の変容は、本来の自分に戻る状態といえる。自分の守護霊と対じして、深く自らを見つめることで魂そのものと出会う。

・・・・・・・
2004年11月08日(月)
1315, ビーズ・クッション

数年前、パソコンショップで椅子と腰の間に置く「ビーズ・クッション」を見つた。
早速買って使ったところ非常に良い。そこで海外旅行に持っていって、飛行機やバスの席の腰に当てて使っている。 
 《字数の関係でカット2008年11月8日≫

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2003年11月08日(土)
948, ユーモアのセンス

 このホームページにもユーモア・小話のコーナーを設けてあるが、世の中には、面白い小話、ダジャレ、
ユーモアは多くあるものだ。といって本当に面白いものは少ない。
以前もユーモアについて書いたが、当時は小話を100近く集めて知人に話した。
それが、ここの癒し系のコーナーに書いてある。  ユーモアについては、全く通じない人が多い。
「どうして?」と共通項を考えてみたが、本を読んでない人にその傾向が強い。
言葉の中にある微妙な面白いイメージが全く湧いてこないのだ。 それと、身構えて冷笑してしてしまう。
早くいえば教養のない人であるが、それをいってはお終いだが。
「じゃあ、あなたは自分の教養があると思っているのか?」と言われると答えようがない。

 全くつまらないと思うか思わないかのテストをしてみる、
ー身の上相談ー
アメリカのラジオ番組で、ある女性の回答が評判であった。あるとき、小学校のこどもが相談の電話をかけてきた。
「うちのママは、毎日、毎日、朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい よく勉強をしなさい TVをいつまでも見てはいけません 
 夜は早く寝なさい と言って、うるさくて、うるさくてしかたがありません。 ボク、どうしたらよいのでしょうか」
  それに回答者が答えた。
「朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい TVをいつまでも見てはいけません 夜は早く寝なさい 以上、サヨウナラ」
 この何が面白いのかと疑問に思ったら、少し考えた方がよいのでは、と思うのは少し厳しすぎるだろか?
「子供の期待する答えと、全く正反対の言葉を斬って返すセンス」が面白いのだ。隣の席の女に気がいっていてはダメだ。
 ーまた他の話で
ある男が片腕を失って、将軍から銀の勲章を貰った。
男は将軍にもう一方の腕を失くしたら金が貰えますかときくと、将軍は「もちろん、あげますよ」と答えた。
それを聞いたその男やおら剣を抜くと、もう片方の手を切り落としてしまった。
 この話、何にも面白い内容ではない。ところが少し考えると、あることに気がつくはずである。
もし気がつかないなら、一日考えてください。これが解らないと「言葉に対するセンスがない」といわれても仕方がない?
 ー説明すると、いややめておく。 引き出しのコーナーの、この文章の最後に書いておきます。
ー江戸の小話でも似たのがあった。
「後家さんになると綺麗になると聞いた熊さん、『俺のカカアも早く後家さんになってほしい!』」

・・・・・・
574, つれづれに-学生時代のこと
- 2002年11月08日(金)

学生時代の最後の半年間の日記を「ある時間の断片」という題で書き写している。
そのときは34年の時空を飛び越えて青春真っ只中の自分に立ち返っている。
記憶もそのときのことが走馬灯のように立ち返ってくる。変わらない自分と全く変わってしまった自分がそこに見える。
今時に悠長なことを思い出しているものだとも考えてもしまう。
学生時代は、
・そこで住んでいた青雲寮の生活
・武澤ゼミと卒論
・欧州の一ヶ月の旅行
・影響を受けた大学の先生と授業
・クラブの先輩同僚などの思い出
・軽井沢の友愛山荘のアルバイトの思い出
・合コンや合宿などなど
結構多くの構成が重なっている。この4年間が人生の圧縮であった。
物理的には馬小屋のような部屋に住んでいたが、出来事は数え切れないほどのことがあった。
脱皮脱皮の連続線上にあった。20代30代は誰でもそうだが私の場合創業を目指していたこともあり、
刺激の強い20年間であった。武澤ゼミ、欧州旅行、青雲寮、軽井沢友愛山荘、個性的な教授と
結構恵まれていたのは時代の背景もあったようだ。高度成長期で日本がアップスケールの真只中だった。
 毎日日記の中で色々な友人と語っている内容は、これからどういう生き方をしようかという内容と、
 その批判である。未来が光り輝いていた。
・自分は留学しようと思う。
・いや大手の会社に勤めようと思う。
・大学に残ろうと思う。
・自分で事業を起こしてやろう。
そういえば結婚をしようという人は誰もいなかった。 如何しようか?という人は多かったが。
自分が何か使命を持って社会に期待されているようであった。 何かやっと自分の出番が回ってきたようでもあった

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[220] 実感の言葉
- 2001年11月08日(木)
  
「自分の人生の今までの実感を、幾つかの言葉で表現してみたら?」と聞かれたら
 1、まずは「恵まれていた」これが全てと言ってよぐらいだ。(時代、両親、恩師・・)
 2、次は、「ついていた、運が良かった」
 3、第三は、「面白く楽しかった」
 4、第四が、「有難う」ー感謝・感謝・感謝である。
 5、そして、「愛こそ全て」愛情の大切さである。
 6、「もう一度全く同じ人生を!」ー
  「ありがとう、面白かった、悔いはなし」 実際のところ、うそ偽りなしの気持ちである。
   ーなんか遺言みたいだー
   ---
 ーいざベトナムへ!ー  
  こういう時代、一回一回が最後のチャンスと考え旅行をしなくてはならない。
  行く方も必死だ、ベトナム航空でベトナムなら大丈夫だろうと決定した。
  いざベトナムを決めて情報をとると、サイゴンホーチミン)やハノイはかなりスサンだ状態だそうだ。
  かなり危ないらしい。 しかし地方は良さそうだ。一週間で、近いということで殆ど緊張感がない。18時に成田発だ。