閑話小題 ~第四・北越銀行の現場は

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   * 昼飯も食べる時間もないほど!そりゃ地獄…
 第四と北越銀行経営統合から4ヶ月になる。実際は第四による経営統合
4年前に書いたが、統合の現場は、それは無惨だろう。特に統合店舗の仕事量
は倍増、そのシワ寄せは弱者の旧北銀社員にかかるのは、必然。 余剰人員の
整理には良い材料そのもの。20~30年前の20数行あった都銀の経営統合と様相
は同じ。新潟による長岡経済経済の統合に一層…拍車をかけることになる。
 
 台所の排水口がつまり、急遽、ネットで業者を呼ぶことになったが、手空き
の要員が急遽、新潟から来ることになった。ところが、専用タブレットを片手に、
写真を撮ったり、書込みをしながら作業をしていた。そして、最後は手書きの
サインを求められ、請求書が、後で送られてくる… そして翌日、他の
水漏れとか、何か補修の個所がありませんか…とかの営業の電話があった。
全てが東京本部の指示のもとで行われていた。要するに、情報がネット上で
処理される為、現場の作業要員と、指揮系統は別で済まされる。本人も…、
私の住居が新潟市内で、本部の人の顔を見たことがありません!こういう時代
ですよ!」 …地銀の経営統合もあって然るべき時代になった。これにAI化と
くれば、時代が先駆けをして変化しているようだ! 現場は生々しく変化する。

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6967,閑話小題 ~何ごとも娑婆の見納め
2020年04月11日(土)
   * 龍を怒らせてしまった!
74歳の吾が身を一度、殺して死者の目線で見下ろすのも一興かと…終わりを
 定めると、なる程、様ざまなことが、走馬灯のように浮かび上がってくる。
・生れたのが太平洋戦争の敗戦から5ゲ月後の1946年01月15日。
 亡くなった?のが2020年4月11日。74歳と3ヶ月になる。今年は昭和95年。
 終戦っ子で。昭和を43年+平成を31年数ヵ月、生きたことになる。
・振返ると「昭和」に人生の重点があったことが分る。それも遠くなりにけり。
 1990年辺りのバブル崩壊ソ連崩壊に驚き、2001年の9・11テロに驚き、
 2008年のリーマンショックと、2011年の東北大震災も驚いたが、この新型
 コロナのパンデミックにも驚かされた。 …あたかも、シネマ型の映像世界
 のごとく内容。敗戦後の昭和、平成、令和の時代を生きてきたことになる。

そうこう人生の節目に思いもよらぬ黒鳥が飛来している。これは予測不能のため、
混乱する。私の場合、30年前のバブル崩壊を含めて、何匹もの黒鳥の飛来で、
9年前に止む無くリタイアをした。…ある意味で、現在の事態の露払いでもある。
10年かけて売上が3分の1。現在の日本と世界の状況は、それが2~3ヶ月である。
楽観論があるが、これは、そう甘くはない。特に日本は、アベノミクスという
不自然な経済政策の失敗が表立ってくる。とはいえ、現在の野党は、烏合の衆。

年内の大混乱は避けられないが、何とか、年内でピークは収まって欲しいが、
その後の2年は後始末に追われる。とすると、来年の東京オリンピックは無理。
政治も混乱期に入る。中国は、この機会を狙い、台湾、韓国、そして沖縄の周辺
に楔をうってくる。米中戦争の可能性が出る。第一次、第二次世界戦争の前夜に
酷似してきた。こういう時節に、地震津波などの大震災が起こる。
悲観的になって当然だが… この意味することは「権力者たちに力量が試されて
いる」ということ。  …時代に火がついてしまった! 龍の到来である!

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6600,読書日記 ~『サピエンス全史 ―文明の構造』 -2
2019年04月11日(木)
          『サピエンス全史 』ユヴァル・ノア・ハラリ著
  * “衝撃の書”が語る人類の未来
       ~サピエンス全史/ホモ・デウス. NHK 2019 年1月1日~
 先回、この番組をみた直後、この本を図書館で借りてきた感想を書いた。
その後、録画した番組を三度見直す度に新たな認識を持つことになる。
「人類種のなかでなぜホモ・ サピエンスだけが生き残ったのか」など、人類
の歴史を独自の視点でひもといた構成。 人類250万年の歴史から、
「小麦に人類が逆に家畜化された」など独自の視点でひもといている。
 ホモ・サピエンスは、AIやバイオテクノロジーにより、ホモデウス(超人類)
に進化して別の存在になろうと。 とすると現在、子供が学んでいる知識は、
将来何の役に立たなくなることになる。 現在の情報革命と、それがもたらす
新しい事態は、人類の枠を超えた『生命の発生以来の40億年以来の革命』と
アッサリ言ってのける。 現実社会を僅か20~30年の間で、情報ネットが覆って
しまい、支配権を奪ってしまった上に、現実を革命的に変えつつある。
10年前は、20万年来の革命」と聞いた時には眉唾に感じたが、その後の現実
からして、「40億年来の大革命」も妙に納得する。外国にいる子供たちと、
スマートフォンで、互いの顔を映し出し、生映像でやり取りする現象は、
一時代前には考えられないこと。
 
   ~印象に残った個所を数回、抜粋する~
<「人工知能とバイオテクノロジーで、人類は神に昇格する。
 乗り遅れた人間は、格差が進み就労不能な「無用者階級」ができる
『欲望すらAIに支配される無用者階級』という強烈な事態。AI時代に
 取り残された人達は「無用者階級」となり雇用不能者に…>
<人間が取残されないために、一生を通して学び続けなければ、繰返し、
 自分をつくりかえるしかない>
<文明は「虚構」の上に成り立っている。文明が発達するほど、我々は
 不幸になっていく。なぜならその文明は「虚構」の上にもたらされた
 からだ─。>
<西ヨーロッパは近代以前、巨大な帝国の中心地だったこともなければ、
 経済の中心地だったこともありませんでした。西ヨーロッパから広まって
 いった世界宗教もありません。ローマ帝国は、西ヨーロッパの帝国ではなく、
 地中海を中心とした帝国でした。そんな後進地域だった西ヨーロッパが、
 なぜ世界を支配することになったのか。 その謎を解く鍵は、
「近代科学」と「資本主義」の二つが西ヨーロッパで組み合わさったこと。
 じつは「近代科学」と「資本主義」には、共通点があるのです。それは、
 「未知の領域を探検し、その領域を征服したら、飽くことなく次の未知の
 領域をめざす」という考え方です。「地平線の先に何があるのかは誰も
 知らない。だから探検しに行こう。そうすれば、何らかの知識を得ること
 ができ、その知識は自分の力になるはずだ」>
<『サピエンス全史』の第四章で「ホモ・サピエンスは、あらゆる生物のうち、
 最も多くの動植物種を絶滅に追い込んだ生物史上最も危険な種だ」と。>

▼ 『何ゆえ、私が「秘・異郷ツアー」をライフワークにしてきたか?』が、
 事例が変われど、道理は同じく書いてある。
《 …それは、「未知の領域を探検し、その領域を征服したら、飽くことなく
 次の未知の領域をめざす」という考え方です。「地平線の先に何があるのかは
誰も知らない。だから探検しに行こう。 そうすれば、何らかの知識を得ること 
ができ、その知識は自分の力になるはずだ」と… 》。 これをツアーという
システムを使って楽しめたのだから、ツアー御宅も悪くはなかった。それは、
何らかの知識ではない。私の小さな世界にとって膨大の知識と経験を得ること
が出来る非日常の世界。何かのコマーシャルに、「思い出は金で買えない!」
のフレーズがあった。永遠の彼方に持っていけるのは、未知の領域で得た経験と
知識だけ。それをいとも簡単に現代科学はVRバーチャルリアリティ)で
仮想化技術で… それがSF映画として、私たちの仮想体験を可能にする。
YouTubeに6畳間に65㌅の高性能のネットTVの導入事例があった。一歩部屋に
入ると、嫌な現実からトリップできる、良き事例として…。 『凄いな!』
と感心したが、『この寝室は8畳間、大して変わりはしないじゃないかい!』
 17世紀の思想家ジャン・ジャック・ルソー
<平穏は、地下牢のなかにもある。だからといって、地下牢を暮らしやすい場所
 にするだけで充分だろうか> …は、閉鎖的城下町でつくづくと思うこと! 
石牢の呟き嘆きが何ともうら哀しく、時には悲鳴に聞こえてくる。時に慰めに?

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6237,閑話小題 ~金沢・富山バスツアー
2018年04月11日(水)
  昨日は、数年ぶりに、観光バスツアーに参加してきた。
地元の越後交通(ゴールデンツアー)の日帰りコース。出発が長岡駅東口で、
早朝の7時20分発。地元到着が19時20分。値段が9500円(税込)。家内が長岡駅
への道すがらにある越後観光ビル内の案内所で見つけてきたツアー。 
富山県北アルプスを背景にした『あさひ舟川・春の四重奏』の花見と、
金沢市内の『金沢ひがし茶屋街・散策』
・『ホテル日航金沢のランチ食べ放題』のメニュー。
家内が、このコースに甚く気にいって誘ってきた。この数年、ライフワークの
秘異郷旅行に行ってないため、即座に合意し、参加した。 一つだけ誤算が、
桜の開花が一週間早まり満開の時期を逸し、半分ほど散っていたこと。
それでも、満足できる散策。
 その後、金沢駅前にある「ホテル日航」のランチが思いの外、美味しかった。
「ひがし茶屋街」の散策を1時間ほどして、帰路についた。
金沢には、20歳半ばに一年半ほど、修行も兼ねて勤務をしたことがあった。
立場が立場だけに、気持ちがどん底だったが、ところは、「いとはん」という、
マナーに厳しいと定評のあったファッション衣料チェーン。人手不足の中、
女性専用のマンション寮が大うけで、若い女性の就職希望が殺到していた急激
な右上がりの会社で知られていた。しかし、勤めて半年もしないうちに、ドル
ショックが起きて時代は一変し、売上は激減し、西武流通グループの傘下に入る
激動の最中。社長と、ナンバー2、3の人物の対立もあって社内は荒んでいた。
 しかし、3人に1人は、いわゆる金沢美人。仕事の半分は、様々な悩みの
相談と、信頼の構築。 肩書が無い立場からこそ、気を許してくる。
最悪が故に、面白いことが多かった。女子寮内に、誰か茶道に通っている人
が居ないかと聞いて、寄宿していた寮の近くの一般家庭の主婦が
教えている家を紹介してもらい、1年程、通っていた。当然、そこに数人、
金沢美人が通っていて、週の二回、火曜日と、木曜日と、交互に通いながら、
様々な地元美人と茶道の練習を楽しんでいた。金沢は外モノには優しく、
仲間内にはキメ細かい暗黙の気遣いが歴然としている階級社会。
男尊女卑が歴然と残っている男社会で、一歩も二歩も、男をたてる世界。
富山、福井、能登、飛騨高山が近くにあり、何はともあれ、金沢に… 。
当然、遊び場も、茶屋街に。芸者衆の集まる茶屋街が「ひがし茶屋街」
「にし茶屋街」「主計茶屋街」の三つが金沢藩の肝いりで集められ、現在
に至っている。その「にし茶屋街」に、何も知らずに店のパンフレット
配りをして、その奥深い世界を一端を見た時の驚きを忘れられない。
出あうのは今まで見たことのない御公家顔の美人ばかり。あれは、芸子の
スッピン顔だったと、今回の散策で気づいた。それでは綺麗なはずだ。
 雑種の地方の寄り集まりの首都圏を除いて、四日市、神戸、金沢、新潟、
長岡市と、仕事で渡り歩いたが、こと美人とセンスに関しては、金沢が
一番の粒揃いで‘粋’があった。文化面で一番、影響を受けているのが、
京都の文化である。北陸新幹線開通まで、あまり知られてなかったのが、
他に、料理文化の深さ。現在はどうか知らないが、おでん屋、小料理屋、
茶店に味わい深い店が多い。当時の金沢の話は尽きないほどあるが、
どの場面も、青春の真只中の思い出は尽きない。時代は、経済が激動の
中でも、右上がりの、今となっては夢のような時代背景があった。 
ドップリ地元城下町の一角に沈んでいる自分に気づかされた一日だった。
  これを書いた20分後に、ポタリングに出発し花見をする予定。
長時間バスの座席の固定で腰痛を心配をしたが、殆ど問題は無かった。
習慣の力だが、定時の3時50分に起床し、これを書上げ…日常の世界に
舞い戻った。一日とはいえ、この非日常の反動は、数日後に出てくること
になるが…

追: いま気づいたが、3年前に、以下を書いていた。
  少し出来過ぎだが、こんなものか。話題の在庫が少ないだけだが。

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5140,閑話小題 ~北陸新幹線開通1ヶ月
2015年04月11日(土)
  * 北陸新幹線開通1ヶ月
 北陸新幹線が開通して1月。ゴールデンウィーク辺りから、福井、石川、
富山の北陸三県の観光地が脚光を浴びる。金沢は加賀百万石の文化が営々と
引継がれている。20歳代半ばの頃、1年半、金沢の地で勤務したが、現在
でも鮮明な記憶として残っている。休日、日帰りバスツアー能登半島
一周したり、半日市内観光をしたり、金沢港でキス釣りをしたり、茶道に
習いにいったりした。 加賀百万石の文化は何とも風情のある。
特に、老舗の居酒屋が良い。北陸三県と隣接した地区の観光資源は豊富。
その背景に三大都市圏の観光需要があるのが大きい。そこに新幹線で二時間半
で行けるのだから、女性にとってうってつけ!『日帰り能登一周コース』を
つくれば良い。 逆にストロー効果で、地元民が東京に取られる可能性も大。 
 ところで金沢滞在の一年半で、姉や友人が三人、訪ねてきた。更に、実家の
会社の慰安会で近くの温泉にバスで来て、私もそこに招かれ、泊まって騒いだ
こともあった。勤務先の会社上げての慰安会が、泊まり込みで片山津温泉
高度成長経済の真只中時代だった。今では隔世の感がある! 
金沢・能登は一人旅に、うってつけ、お勧めである。
   * ジヌ(銭)よさらば! ーシネマ評
ハリウッドか邦画か、翌日放映の‘ソロモンの偽証(下巻)’にするか
 迷ったが、上記の内容を読んで、こういう風変わりも「良いか」で、
これにした。80点だが、不満も残らない内容。観客は10人あまり。
《 田舎の小さな村“かむろば村”に、大荷物で降り立った1人の青年。
彼の名は通称・タケ。一見どこにでもいる若者だが、実はこの男…お金を
“さわれない、使えない、欲しくない”の三拍子がそろった“お金恐怖症”
になってしまった元銀行マン。現金にさわるだけで、とたんに激しいめまいに
襲われ失神してしまうという筋金入りだ。「1円もお金を使わない!」
と悲壮な決意を固め、かむろば村へやって来たタケは、どこか田舎の自給
自足ライフを甘く見ているフシもあり度々命の危険にさらされるが、憎め
ない天然キャラに救われ、村人たちに度々助けられるのだった。・・(略)
クセ者なのはタケだけではない。彼がやって来たかむろば村こそ、一見
どこにでもある寒村ながら、ユニークというには濃すぎる村人たちが生息
していたのだ。学校はないけれど、異常に世話焼きな村長がいる。銀行も
ないけれど、写真好きで目が光ったりする神様がいる。病院なんてもちろん
ないけれど、色っぽい美人が(多少)いる。そんなキャラクターの濃い村人
たちのお蔭もあり、危なっかしいながらも奇蹟的に1円も使わない生活を
続けるタケ。最初はタケの無知と無鉄砲さに半分あきれていた村人たちも、
タケの存在を優しく受け入れてゆく。そんな矢先、穏やかだったかむろば村
に不穏な風が吹き始める。村長の過去を知る不気味な男の出現、同時に迫り
くる村長選挙をめぐる陰謀が発覚!村に来て間もないタケも、知らず知らず
のうちに騒動の渦中へ…。タケの生活は思わぬ方向へ向かいだす…! 》
▼ 少し、いや非常に甘い主人公と、その物語の設定だが、それでも、
 何時の間にか、‘かむろば村’の世界に引きこまれてしまうには、
主人公の松田龍平の周りに、松尾スズキ松たか子西田敏行などが、
脇を固めているため。「ぼんやり」と息を抜くには丁度良い。以下に続く!

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4775,ぼんやりの時間 ー8
2014年04月11日(金)              
  * 「懶」 ー心の余白    「ぼんやりの時間」辰濃和男 (著) 
「『ものうい生活』の中に自らなる別天地に休んじ、楽しむことを気取ることが
懶惰」というらしいが、これが、この年齢で、少しは分かってきたようである。
事業を立上げ、軌道に乗せて暫くの間、何もすることが無い日々の別天地を
知っればこそ、この懶惰の味わいが分る。振返ると、あの退屈の懶惰こそ、
お宝だった。その合間の、読書や、秘境ツワーなども、それだ。
《 谷崎潤一郎は、1930年に『懶惰の説』という随筆を書いている。西洋の
 人々がいかに活動的であり、精力的であるかを例示し、これに対し東洋の
人々がいかにものぐさで、面倒くさかり屋であるかを対照的に書いている。
懶惰の代表者は誰か。物語のなかでの人物ではあるが、物臭太郎三年寝太郎
の名をあげている。 さて、瀬惰とはなんだ?.
「『ものうい生活』の中に自らなる別天地のあることを知り、それに安んじ、
それをなつかしみ、楽しみ、或る場合にはそう云う境地を見えや気取りにするか
の如き傾向の存すること」 瀬惰心という言葉があるとすれば、この谷崎の
定義はその一面を言い当てている。むろん、西洋人にも瀬惰心の人がいるし、
東洋人にも活動的な人がいるのはいうまでもないが、あるていど類型化
しないと、論旨がはっきりしない。瀬惰をよしとする人は、年中あくせくして
きりきり働く人を冷笑、ときには俗物扱いにする。朝から晩までせかせかと
動き回る人を嗤う傾向がある。一方、瀬惰心に批判的な西洋人は、浮世を
捨てて山の中に隠遁し、独り瞑想にふけっているような人物を聖人とは
思わない。高潔の士とも思わず「一種のエゴイスト」にすぎないと切り捨てる。
 谷崎自身は、瀬惰心というものに、一定の共感をもっていたことはたしかだ。
「とにかくこの『物臭さ』『億劫がり』は東洋人の特色であって、私は仮りに
これを『東洋的瀬惰』と名づける、というとき、自分にもまた、その東洋的
瀬惰なるものの血が流れているという自覚があっただろう。 》
▼ 事業を目指し、準備15年間、立上げ、最後は、津波で流され終わった
 私の事業人生。それを全面否定され、あざ笑われているような内容である。
それも、あと一年で古希になろうとして気づいた底浅い己には、この結果が
似つかわしいと独り納得させられる。 こういう視点もあると割り切っては
いても、気になることは確かである。心の余白など埋めぬがよい! 
いや、埋めようがない!