「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)
   * しっかり治して、しっかり舐めろ
Q: 知り合って三年、やっとものにした彼女のあそこが、くさいんです
A: こういうのを「すそワキガ」というらしい。傷つけないように知らせて、治してから、しっかり舐めろ!
   * さっさと当たって砕けましょう
Q: 職場の22歳も年下の彼女が好きになりました
A: 7〜8割は、「好意は持っていますけど、お父さんみたいな感じで、そんな風に考えてませんでした」
  と思いますけど、最後の恋かもしれませんので、「さっさと当たって砕けましょう」(ただしシラフで)
   * 小6の娘が好きな男の子の家に入リびたりで心配です。
A: 小学校6年の娘が好きな男子の家に行くようになり夕方まで3時間は二人きりで過ごしています。その子の両親は共働きです。
  娘に注意すると「何がいけないのよ」と逆ギレされますし、向うの家では「うちは放任主義ですから」と取り合ってくれません。
  12歳で肉体関係はないと思いますが、もしものことがないかと心配です。
Q: これはダメです。ヤリマン階段を上ってます。いや、別に男女間でどうこうじゃなく、親のいない家に子供がいるってのは、
  遊びで火事になったりとか、いろんな事故があるんで危険。あと、大人がいない家に上り込むのは泥棒のすること、って私は
  教わりました。セックスとか心配する前に泥棒。めちゃ罪重。何かなくなって「アンタんちの娘が盗んだ」と言われても対応の
  しようがないし。人の家に勝手に上がっちゃいけません。それは基本的な問題です。とりあえず、大人がいない家に上げさせる
  向こうの親とあなたが悪い。どうしても娘がの男の子と遊びたいなら、私だったら男の子を自分の家に呼ぶなあ。向こうが
  「ウチは放任主義なので」って言うんだったら、あなたの家で一緒に晩ご飯を食べればいいし。しかも、娘にそんな好き放題
  させておいて、「まさか肉体関係は」って被害妄想だけ膨くらませてどうするの。「娘に注意すると逆ギレされる」って、
  それで引きさがるあなたが悪い。ウチの田舎の高知県なんて、もっと親が強いですよ。東京とかで見てると、子供にすぐ
  折れるんでぴっくりしたもの。子供に逆ギレされて、そのまま何も言わないということ自体が、まったくわからない。
  子供がキレたら倍に返しでキレるというのが私ら高知のやり方。これはもう、奥さんもキレまくってください。張り倒して
  ポコポコにしてでも連れて帰ってきてください。こないだ息子が反抗期でウソついて塾サボってて、私がキレ、「めえみたい
  ウソつきは親父みたいな気違いアル中になって道端でクソもらして死んじゃうんだよ。死ねクソ野郎。」って怒鳴ったら、
  息子と娘に「いくら何でも、その言い方はよくない」と叱られましたが、激しくキレないと、相手はバカなので伝わりません。
▼ 振りかえってみて、小学校6年生ぐらいが一番、男女とも魅力的な空気が漂っていた。しっかりしたオスメスになっている。
 それも誰も居ない家で二人きりなど、黙認する方がおかしい。私は、息子二人なので、娘を持った父親の気持ちは分からないが、
 直接、相手の父親と話合う。「うちは自由放任は、女子の親の言い分なら分かるが、男子の親の言い分にはならない」と。
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4153, 人間には限界がある
2012年08月09日(木)
 人間、それぞれの能力があるが、それには当然ながら限界がある。その一つに自分で勝手に決め込んでしまう心理的限界がある。
30歳・40歳までは、その限界を壊し続け、アップスケールする成長期である。自己能力の限界の設定と、その達成。
そして破壊になり、限界の挑戦の繰り返しになる。機会を見出し、挑戦、変身していく、これが成長である。これは仕事だけでなく、
趣味の分野でも同じ。40歳代に入ってからは、秘境・異郷旅行を趣味にし、カナダのロッキーから、アフリカのケニアタンザニア
南アフリカ北アフリカ・中東、そして南米、シルクロードへと、行き先を広げていった。 未知の世界に初めて行くときは、
まず心理的限界を乗り越えなければならない。直前に大きな心の揺れが出て、計画断念まで考える。しかし一歩、家から出れば、
あとは成り行きに任せる。限界は誰にもある、要は、その先に踏み出すかどうか。 口では軽く言えるが、いざ実行となると、
そう甘くはない。挫折は、その限界に跳ね返された時に生じるが、自分の再構築する機会になる。 諦念とは、限界を知り、そのまま
素直に受け入れることをいうが、実に辛い。 世界的カーレーサーの言葉に、「限界は誰もいける、問題は、それから先に、
どれだけいけるかである」という名言がある。世界的レーサーだからいえる言葉。野球の野村元監督の講演で印象に残った言葉がある。
《 自分は二流の能力しかなかった。その事実を認め、戦い勝つためには「考えること」しかない。一流選手の中で勝ち残るために、
その間にプラスの要素を加える工夫しかない。それが考えること、データー野球である・・・云々》 凡人は、一に準備、二に準備、
それを常に楽しみ工夫してやるしかない。あまりに、考えない人が多い。そう思ってきたが、一番考えないのは、この私。
これは全ての人に当てはまるが。 実際に、あと10年間は考える時間が欲しいが・・。 ところで、モバイル携帯端末が普及して
ネットで世界が繋がってしまった現在、能力の限界も今までとは違ってきている。脳がネットで世界中に繋がったのである。
面白く、かつ恐ろしいことで、ここに時代の大きな断層が出来てきた。20年、30年前だったら、数百億もするコンピューターが、
ただ同然に世界中の人々が持てるようになり、現実世界をネット世界が覆いだしたのである。これが断層となって既存のシステムを
根底から破壊はじめてきている。 ところで人間を不幸にしている要素に、その限界を認知できないことがある。そこに不幸の種が
出来てくる。として、限界を遥かに超えたところで、砂利の大きさと形の差異でしかない。面白可笑しく楽しむしかないか、最後は!
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3788, 閑話小題
2011年08月09日(火)
  * 水戸黄門が放送終了という
 水戸黄門が、今年の12月で放送を終えるという。放映開始が私が社会に出た年1969年で、42年になる。 
1979年には視聴率は43.7パーセントというから、信じられない人気だった。それも現在10パーセント前後まで落ちていた。 
勧善懲悪がハッキリしていて、印籠を出す時間が分単位で分かるという。 初代が東野英治郎で現在の黄門様は5代目。
最後は黄門様のお上の力を披瀝することで、各藩の下々や家老などの悪事を暴く筋書き、40年以上も経てば飽きられて当然。
当初の頃、年に数度みた記憶があるが、最近は全くみてなかった。 由美かおるの入浴シーンも売りだっが、数年前に彼女も
還暦を向かえとこともあり、なくなってしまった。 当初のころ、芥川龍之介の逆視線の「桃太郎」の物語と、水戸黄門
勧善懲悪が重なりを感じてつまらなくなった。 桃太郎が勝手に鬼が島に鬼を征伐に行って、宝物を奪略してきたという筋書き。
立場変われば善悪は逆転するという捻れた物語。鬼にとって桃太郎こそ、勝手な侵略者。 
そういえば姉の一人が大好きで、脳の構造までが、印籠を出すタイミングを常に計っているようだったが・・・
 地方都市の世界は家紋か〜 城下町小唄は今も続いている。全ての世界も同じようなもの、そこしか知らないものにとっては
  * 無言の圧力
「毎日のように、貴方の随想日記を読んでいると、無言の圧力を感じる」と、ある人にいわれた。成る程、そうかもしれない。
ここでは思いの一部分も書ききれてないが・・ それを毎日続けることで、書いた言葉の背後にある無言のエネルギーを感じるのか。
理路整然と筋道を書き上げることは、それなりにエネルギーを要する。とはいえ、書き、修正を加え完成させると、それを第三者として、
それを見つめている自分がいる。それも毎日10年分の同月同日の文章もコピーし読み返していると奇妙な感覚になる。同化しているような。
一文章 2時間×10年=20時間の集中したエネルギーもある。(テーマ探しは別) 書いた瞬間に全て忘れているためか、
書いた本人が一番、エネルギーの痕跡を感じる。書いてしまった文章は過去のエネルギーであり、時間がたってしまい再度読んでいる時、
現在の自分のエネルギーと混同する。それが読み続けることで「無言の圧力」のように感じるのか。 それを感じさせるだけ稚拙ということ。    
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3423, 5つの「あ」
2010年08月09日(月)
中国奥地で国際援助の植林活動をしている日本人が、「5つの‘あ’」で現地で頑張っているといっていた。
「 あせらず、あわてず、あきらめず、あてにせず、あなどらず 」である。
「中国人の反感の視線の中で、こういう地味の国際活動は、この5つの精神でないと持続できない」という言葉が重い。 
人生訓でもある。 そこで、≪5つの「あ」≫と検索で調べてみると、他にもあった。
* 『あせらず』 不安、焦燥があってもゆとりを持つことが必要です。
  『あわてず』 現時点で急な展開を求めるべきでなく、少し時間的猶予を…
  『あきらめず』まだ自分には使っていないものがあるから、それを使えば安全・自由です。
  『あるがまま』現実をありのままに見つめて、目の前のことを、感謝・喜びとして感じると、あるがままに行動できますよ!
  『ありがとう』今日、一日の無事に感謝し喜びをこめて“ありがとう”と表現しよう
* あんしん. あんぜん. あたたかさ. あいじょう. あかるさ
* 挨拶、ありがとう、謝る、頭を下げる、新しいこと  などがあった。
 しかし、中国での植林事業では「「あせらず、あわてず、あきらめず、あてにせず、あなどらず 」が良い。
 自然体の具体的な心の持ち方ということ。逆に「焦り、慌て、直ぐに諦め、誰か・何かを当てにして、あなどる」が、日々の自分たち?
  それにしても、中国でボランティアで長年、植林にたずさわっている姿に頭が下がる。
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3048,閑話小題 
2009年08月09日(日)
   * 印税は定価の一割
  作家の一冊あたりの手取りは大まかにいうと、定価の一割という。 といって、一万冊売れると思って出版はしたが、
 半分も売れなければ、その一割が入るかどうかだ。本を出版して一万冊売れるかどうかが目安(現在は7〜8000冊ともいうが)
 1500円の本が、まあ売れたとして150万円でしかない。だから作家にしても、ノンフィクションのライターが
 物書きで生活するには並大抵のことではない。 現在は、出版不況で総合月刊誌の休刊が相次いでいる。
   * モノを知らないから困るのではない
 「我われは、モノを知らないから困るのではない。知っていると勝手に思い込んでいるから困るのである。」という名言がある。
 その上に、知っていることが、実は間違っていることもある。
 「人は、それぞれが知っている範囲の中でしか、理解しえない」ということも最近つくづくと思うこと。
 結局は何にも知らないも同然だったということだ。特に他人に対して、それがいえるのでは。
 知っていたつもりの人が、全く知らない一面というより、多面を持っているのを知り度肝を抜かれることがある。
 我われがインドのカースト制度の差別社会を見るとき、それは実は気づかないだけで、日本でも歴然としてあること。
 自由、平等、そして思いやりのある博愛、等々は全部ウソ。 それを知っているつもりで、実態は不自由で、
 身分社会が厳然としてあり、大方が金で左右される取引社会の真っ只中にある事実が見えてないだけ??。
   * 昨夜は高校の同級会
  昨夜は、高校の同級会。 幹事だったので気を使ったが例年通り盛況に終わった。出席が15名。 ドタキャンが一人と、
 連絡なしの欠席が一人。 二次会は6人出席。 ドタキャンもあろうと会費を千円を上乗せをしていたので何とか凌いだが、
 問題の二人は、これまで一度も出席をしたことのない男。 亡くなった山田君の奥さんに三回忌という名目で出席して貰ったが、
 故人も喜んでいただろう。 それより故人の奥さんが、その場に馴染んでいたので安心をした。
 驚いたのは、奥さんも含めて無職が一人だけのことだった。 自営業が半分以上ということもある
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2683, iPhoneは、超小型パソコンだった! −3
2008年08月09日(土)
  −Phnoe の経過報告
これが気に入っているのは携帯電話に馴染めなかったことが大きい。ボタン入力が苦手なこともあり、気楽に弄りまわせないでいた。
それより気楽に電話をかけたりメールを出す相手がいないこともある。家内が昨年の春に初めて自分の携帯電話を持ったとき、
嬉々として使い出した。妹とメールの遣り取りを遊び感覚でしはじめた。土日の暇なときに、「いま、暇。何してる?」
とかをメールで入れたり、私がTvを見ている前で、ワンセグで他のTvを見たりしている。
   (字数制限のためカット 2010年8月9日)
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2007年08月09日(木)
 2319, 5次元世界が存在する?   ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ
何かSF的な話か、新興宗教の本に出てくる異次元の話が、たまたま見ていたNHK・TVで放送していた。
「エッ、何?」と注目してみた。あと数年もしないうちに「『5次元の世界』が発見される可能性がある」という。
来日中の理論物理学者のリサ・ランドールがNHKのアナウンサーと、朝から異次元を語っていれば、私でなくても誰でも驚くであろう。
彼女は、いま全米が注目する物理学会のニューヒロインで、5次元世界の提唱者。加速器を使った粒子の衝突の実験で、消えてなくなる
素粒子が存在することから、その理由を探しているうちに5番目の次元に移動するのでは?と、思い至ったという。
5次元の世界は私達が触ったり、感じたりはできないが、物理的には必ず存在するという。3次元空間の中にスライスされた
2次元の平面(膜)が無数にあって、その膜のひとつに私達や銀河が張り付いているようなイメージという。 これは「超弦理論」の
M理論」に非常に似ている。 M理論とは「プレーンとプレーンの間は唯一重力が伝播されていて、あるときプレーンとプレーンが
何かの要因で接触すると莫大なエネルギーが解放されてビッグバンが起こり、新たな宇宙が発生するメカニズムを理論化したもの」 
M理論は11次元の超重力理論であり、ランドール博士の5次元宇宙と何処が違うか私の知識内では理解できない・・ 
ランドールは子供向けに数式を使わずに「ワープトパッセージ」という本を書いていて、全米の科学分野でベストセラーに
なっているという。20年位前に、NHKがシリーズで壮大な「宇宙」についての番組を放送していた。
その中で、「ブラック・ホールが周囲の星など何もかも吸い込んでしまうが、その宇宙の歪みからできた穴の行き先は、
この宇宙とは違う宇宙に通じている。」という説を紹介していたが、それにも通じるのかも知れない。
その時、その別宇宙への目に見えない管が我々周辺にも満ちている、と。それにしても、数年以内に5次元世界の存在が証明される?
現実的には信じがたいことである。発見されれば、科学にとって、いや人類にとって衝撃的ニュースになる!
別宇宙の空間が我々の周辺に満ちている?そんなバカな!        (≧∇≦)ノ~~~マタネー
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2006年08月09日(水)
1954, ある首斬り役人の日記 −1
 「ある首切り役人の日記」 フランツ・シュミット/ 訳・藤代幸一  白水社
 −そろそろ、お盆! 少し背筋が凍りつく内容もよいだろう!ー
何気なく図書館で借りてきた本。少し気味悪いが、人間の極限における生々しい姿が書かれている・・・
初めは事務的に時系列の処刑の記述が、時間が経つにつれて具体的にリアルになっていくのがわかる。 しかし汚職とか、
政治闘争の結果の死刑は見当たらない。16世紀に実在した、死刑執行人の日記で、自分の仕事内容を記録したもの。
16世紀末から17世紀初頭にかけて、ドイツで刑の執行を行った親の代からの首切り役人フランツ親方の日記で、剣と綱で
生涯に361人の処刑をした。他にも鞭打ち・指切りなど死刑以外に彼の手にかかった処刑者は345名である。
            (字数の関係でカット2011年08月09日)   
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2005年08月09日(火)
1589,自民郵政解散の攻防−3