2004年10月16日(土)
1292, 随想について

 随想日記を書き続けていると色いろな事に気が付く。
 結局は、随想とは自分自身のこと、それも自分でしか書けないことを表現する、自分の物語である。
 もともと日記と随想は違うもの。 日記の対象は自分であり、日常の出来事や気持ちを書き残すものであり、
 随想は第三者を想定して、それに合わせて書き下ろすものである。
 その二つを重ねた随想日記とは、矛盾している。 実際は「毎日書く随想、あれこれ」という意味である。
 いや、日記にテーマをつけて書いていたのが、随想的になっただけである。
 日記としては、この随想日記に書いてある「22歳の日記」が、理想に近い。
 時系列に、その日の出来事と気持ちを正直に書いている。当時はただ、自分をコントローズをする為に
 本能的に書いていた。友人と議論した内容や、ちょっとした社会現象に対する意見や、
 読んだ小説や本の感想が書いて置けばよかった。 当時、何故書いたか、その動機を憶えていない。
 
 それに対して随想は、第三者に向かって自分を表現する物語である。
 読んでいるほうは、実際こんなに面白いものはないだろう。ふつう経験できない個人の心の奥底に入り込めるからだ。
 文章は飾り立てても、その飾り立てている姿が出てしまう。正直に書くしかないし、そうでなければつづかない。
 飾り立てても今更というのが、書き手の立場である。 毎日テーマをたてて脳の奥底を書くかというと、
「未来の自分という読者と、まだこの世に存在しない子孫をも意識している」
 からである。そう思って書いていると、魂が入る。「今ここで」が、そのまま入魂になるからである。
 
・・・・・・・