つれづれに

イメージ 1

イメージ 2

 他のブログ
http://www.enpitu.ne.jp/usr5/54909/
http://horii888888.toypark.in/cgi-bin/s_diarys.cgi
http://d.hatena.ne.jp/horii888888/archive

 今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=mZ_-qPZaX98

 昨夜のフィギアスケートのオリンピックをかけた試合が面白かった。
特に、女子フィギアの4人の試合が圧巻。それぞれが、一つの失敗で、
この大会で引退になる極めて緊張度の高いもの。ひとり残らず、本人たちに
とってベストの内容の結果には感動もの。 家内曰く、「女は、いざとなると強い!」



・・・・・・
1360, 金に泣く人笑う人 -1
2004年12月23日(木)
藤本義一のこの本は、「面白い」という点では抜群である。
この人は、金銭と欲と詐欺にからむ小説を多く書いている。
雑学を多く知っていることに感心をする。一冊の本を書くために、多くの人とインタビューを
するから尚更である。この本の中にも、ナルホドと唸る面白い話であふれている。
その幾つかを抜粋してみる。
~12章の「騙しのカラクリ」が面白い。
 ーペテンの技法・香具師の商法ー
香具師の語源は武士→野武士→野士→野師→香具師と考えるとよいだろう。
武士になれない野武士が武器を取り上げられて、野士になり、
武器を持たないので既に‘士’でないので野師になったと考えればよい。
野師は口先三寸で啖呵売をして騙す方法を考えた。つまり、言葉巧みに香具(仏具)を
売る方法を考えた。この巧言を説明するとこういうようになる。
香具師は最低二人組む。一人の場合は単なる啖呵売りであり、これは詐欺行為でなく、
大道芸人の一種と考えてもよい。例の「男はつらいよ」の寅次郎を考えればよい。
二人以上で組織されるのが香具師の原則である。
原則的な香具師は一人が山伏姿になり、いま一人は仏具を商う仏具士に化ける。
先ず山伏に化けた男が京の方から里に下りてくる。
錫杖を手にして高下駄を鳴らして歩く白装束は誰も目立つ異様さがある。
そして、山にこもって修行したという人という印象から村人達は尊敬の目を向ける。
昔も今も詐欺師たちは魅力的な特色を持っていなくてはならない。
この山伏は悠然と村を通り過ぎようとする。が、一軒の家の前で、急に立ち止まる。
家は村の庄屋の場合が多い。庄屋でなくとも、村長と思われる豪勢な屋敷前である。
山伏はその場で急変する。全身を痙攣させ、口から泡を吹かんばかりの苦しみ方をする。
村人たちは仰天をして、庄屋を呼びに行く。庄屋は水を与えたり、苦しみを鎮めようとする。
ようやく一息入れた山伏は苦しい息の下からいう。「この家の前に通りかかった時に、
急に悪霊に取りつかれて身動きが出来なくなってしまった。出きれば、この家の仏壇を拝ませてほしい」
庄屋は、これを拒むことはできない。自分の屋敷内に悪霊がいるといわれれば、恐怖心で招き入れる。
仏壇の前で山伏は狂ったように祈りつづけて、やがて上半身を前にして気を失う。
一同は不安げな様子で見守るが、山伏は息を吹き返して、座りなおして、やおら鈴を手にして委細を眺め
「や、四代前のご先祖様が成仏できずに迷うておられるぞ」と告げ、
「この鈴の傷が何よりもそれを物語っている」と、指差す。鈴にヒビワレが入っているのだ。
そこで、庄屋がどういうふうにすれば、霊がおさまるかと問うと。
「いずれ、この前に仏具師が通る故に、このものを何としても引き止めて、この鈴と新しい鈴を
引き換えて買うがよろしい。どんな高い値段でも買うがよろしい」といって立ち去っていく。
当然の事に、この時、庄屋は山伏に祈祷料を渡している。そして、この仲間が仏具師に化けて何日後に通る。
庄屋は鈴を交換してくれと頼むが、一応仲間は拒む。庄屋はさらに高い値段で買いたいといい、
それではと譲り渡すのだ。
これが香具師の騙しのテクニックである。これがカラクリであるが、何ということはない、はじめに来た
香具師がヒビの入った鈴を袖に忍ばせて、仏壇に倒れた時に、その家の鈴と交換したのだ。
庄屋は、元々あった、家の鈴を知らないで買わされていたのだ。これが香具師の技法である。
 -----
ー以上である。
まあ、Tvに出てくる霊媒師は、この応用をしているにすぎない。詐欺の原型である。
健康食品のメーカーがよく使う手口で、本の出版がある。
本の出版自体が詐欺?の手口の一つだが、その新聞広告がミソなのだ。
大新聞に出ている、健康食品に関する本の広告自体が、その手口になる。
「水溶性アガリスクの効用」とかいう奴だ。
大新聞に水溶性アガリスクが癌を治すという刷り込みをしているのだ。
その本には、あるメーカーを臭わせながら効用を化学的に説明して、その効果を実際、
治った人のインタビューを載せている。新興宗教の場合は、もっと手口が巧妙である。
新規の人を入れようと、さっきの香具師の手口の応用をいくらでも仕掛けてくる。
一番初歩的なのは、入り口の待合席にサクラを置いておき、何げなく根掘り葉掘り聞く。
それを、教祖様が盗聴してズバリ当てた振りをする。後は、言葉のテクニックで済む。
                                      ーつづく
・・・・・・
2003年12月23日(火)
993, 「魔女は夜ささやく」ー読書日記  魔女は夜ささやく(上下)
 長編小説を読むのは久々である。
 一昨日家内が親戚の葬式で不在であったので、一気に読み終えてしまった。
 「あ~面白かった!」というのが実感の言葉である。
 新聞の書評で激賞をしていたのを読んで、早速インターネットで取り寄せた。
 新幹線の中で読むことにして、約2ヶ月かかった。 上下800頁で、読みがいがあった。
 初めから一気に緊迫場面の連続で、ロバート・マキャモンの世界に引き込まれてしまった。
 主人公の青年マシューの真実を追究する姿勢は好感が持てた。
 一人の青年の成長過程をみるようで、読み終えて爽やかさが残った。
 内容は 18世紀直前の植民地時代のアメリカ。
主人公の青年マシューは、判事の書記として魔女を裁判にかけるため、入植地に向かう。
そこで魔女として牢に入れられている美女の無実を実証しようと必努力を尽くす。
詳細はインターネットで調べたものを後でコピーするが、登場人物を一人一人
丁寧に描いている。最後の最後まで息をつかさない作品であった。
これをきっかけに、新幹線では長編小説を読むことにした。
歴史の暗部を引き出し、それでいて内容は息をつかせないエンタテインメント仕立てである。
次の小説を何にするか探し始めたところだ。
トマス・マンの「魔の山」か、それとも買ったままでまだ読んでない本か。
ーー
以下は、インターネットで検索した内容紹介を幾つかをミックスしたものである。
内容
 17世紀植民地時代のカロライナ、史上悪名高いセーラム魔女裁判の噂も消えぬその7年後、
雨の降り続く原生林の中を、親子連れとも見える二人の男が馬車で通り抜けようとしていた。
年長の男ウッドワードは判事であり、20歳の連れマシューはその書記である。
彼らはチャールズタウンから新興開拓地ファウント・ロイヤルに「魔女裁判」のために
派遣されるところだった。判事一行は世にも怪しい旅籠に宿泊、一気に緊迫シーンが展開する。
その中で、二人の背景や来歴なども明らかになっていく。
導入部が伏線になって重層的な仕掛けも楽しませてくれる。
悪魔とまぐわうみだらな姿を目撃された上に、家の床下から呪術の藁人形が発見されたことが
動かぬ証拠となって逮捕された「魔女」レイチェルは、夫と司祭を切り裂いて殺害したという。
おびえる住民は次々町を去り、町長は一時も早い裁判と処刑を望んでいた。
闇と迷妄、そして欲望の渦巻く中、その生い立ちゆえに「理知」を武器とせざるを
得なかった青年が、愛と正義のために挑む孤独な闘いの行方は…。
 判事に限らず植民地時代ということで、入植者の多くはなんらかの過去を背負っている。
「約束の地」を見いだそうとした者、「インディアン」を追い払って広大な土地を
手に入れることを目指した者、欲望は常に犯罪の動機となり、弱者が「魔女」に選ばれる。
 主人公の新大陸生まれの若い書記マシューと、魔女は見え見えの冤罪。
証言はすべて美女レイチェルが犯人、少なくとも悪魔と交歓したことを告げている。
孤児院から判事に「拾い出された」マシューは、判事に恩義を感じながらも、きわめて独立志向の
強い精神の持ち主である。彼は美人人妻のレイチェルの姿に惹かれながらも、それは魔女の誘惑なのか
真実のイノセンスなのか迷い続ける。折しも判事は沼沢地帯の気候が災いして病に倒れてしまうが、
マシューの孤独な捜査が始まる。  最後にはシリーズ化の含みまで持たせている。
こういう分野の小説をじっくり読んだのは初めてであった。また新しい世界を見つけたようだ。
 
・・・・・
2002年12月23日(月) 
619,パタゴニア旅行記ー6

今回の添乗員が過去の添乗員の中でベストの人であった。
大手銀行のリストラ組で、その後事業を起こして失敗をしたそうだ。
バックの力と自分の力の差を読み違えたと言っていた。
「バックとは何か?」の問いに、資金力と答えた。
それにしても、彼の知識量と見識の高さに驚いてしまった。
これで添乗をどん底で経験すれば、人生という意味で大きいものを
掴むことができるのではないか?そう甘くはないが。
前回は南アフリカ、今回の南米のパタゴニア、次回はウイーンの
新年の恒例のウイーンフィルの観賞の添乗だそうだ。
仕事はテキパキとかたずけるし、質問には何でも完璧に答えるし。
凄い人がいるものだとつくづく感じ入った。
特に英語がぺらぺらでイギリスに長年駐在していたようだ。
リストラでこういう人が多く職を失ったと思うと経営者の責任も甚大とつくづく思う。
話しが違うが、秘境の旅で一人参加の人が多い。そのエネルギーに驚かされるし、
何か余白を埋めに来ている人が多い。ある人が何気なく言っていた。
[[帰ったら死ぬ心配をしなくては!いろいろの問題を引き出しの中にギュウギュウに
押し込んで出かけてきた。帰ったらそれが待ち構えている」人生の圧縮された言葉だ。

・・・・・・
2001年12月23日(日)
278心の開放のために!
心の開放のために!-何からの開放????かんがえてみよう!
「心を自由にする為に!本当に自分がしたいことを見つけよう。
これが一種の瞑想だ。これを探し出して、明確にしてそれを推し進める事が
本来の人間の姿だ。それが本来の価値であり、価値観といえる。」
下記にコピーした要旨である。瞑想の意味が今ひとつ解かってなかったが、
逆に自分探しという意味で説得力があった。
「仕事人間」を馬鹿にする風潮があるが、本人が本心に楽しければ第三者
の批判外である。自己実現こそ心の開放ということか。
何事も考えているだけで解からない、やはり積積的にやってみて初めて解かるものだ。
私が好きなのが早稲田教授のエジプト等の遺跡発掘の吉村作治氏である。
3年浪人して早稲田に入り好きなエジプトの発掘に自分の全財産を、全人生を投げ込でいる。
家族の生活費は大学からの収入で。タレント活動の収入は全て発掘活動に使う。
8000万だそうだ。それを種にして寄付等を願うと、その事実の前で4~5億の金が
集まるという。「タレント教授」といわれても、本人は手段と割り切っているから
「そのとうり!」と開き直っているのがいい。 
大橋巨泉の生き方とレベルが違うと思う、それは私の価値観か!
・・・・・
H6/09ーコピー
自己実現のために-日下公人
心を自由にするために、こうするといい。自分は何が欲しいのか、どうすれば
幸せに感じるのか、人の寝静まった深夜に起きて、紙を広げて7つ書いてみなさい。
そしてそれに優先順位をつける。終わったら忘れて寝る。
翌日生活していると、おりにふれて思い出す。
友人、知人、有名人の言動をみて「あの人は自分の欲望の3番目をやっているな」
とか。・・・そうしたらl「実現の手段を考えよう。そして実現しそうなことより
実行しろ」と。実行の優先順位をつけたら、ほかの事はやらなくていい。
そうすると他の人の話が生き生き自由に聴けるようになる。こういうような作業は一種の「瞑想」です。

・・・・・・
12月23日 日曜日 1968年
11時過ぎに起床。午後はTVを見たり、本を読んだりして過ごす。
21時過ぎに、永田さん等が寮のOB会の忘年会の帰路に寮による。
高橋の部屋で飲み会にでてこいとのこと。そこで飲んだ後、近くの「ヤマ」という居酒屋で飲む。
一年先輩の衛さんが隣でチョッとしたことで私に怒り出す。初めは何とも感じていなかったが、
怒りが途中からわいてくる。「あまり他人のことに関心をもつな!」と、我慢をしていたら涙が出てきた。
OB会で私の批難をしていたのだろう。この連中をみていると、まだ学生という臍の緒が抜けてないのだ。
情けない!恥を知れ!卒業をしたら当分は一切の友人と付き合うなということが
解かってないのだ。それも元いた学生寮に入り浸っている姿は最低だ。すっと抜けだして帰ってくる。
自分までが情けなくなってくる。結局何なんだ、自己逃避でまだ学生時代の寮から抜けきれないのだろう。
こんなものだ。
ー2003・12月23日 後記ー
 5~6人来ていたOBのうち二人が政治家の秘書をしていた。
一人は未亡人の愛人でお金を貰っていた。後で聞いたが二人とも県会議員をしているという。
何か聞いていてゾッとした。恐らく、変身したのだろう?!
この程度の人が実際のとろの政治家(屋)になっている。ただ、政治家志望の渇望はすざましかった。
この寮の出来事を小説にしたら面白いだろう。馬鹿馬鹿しくて書けない事を脚色したら、
その馬鹿馬鹿しい事が味付けになる。地方出身の鬱々とした男達と、そこの出入りする近くの女子寮
の女子大生や、ホモや、政治ゴロが織りなす赤裸々な私生活だ。
書き残すということは、やはり必要である。魂?心の軌跡を残す事になる。