ー知の逆転ー  対談相手: ジェームズ・ワトソン
   * 人間は、ロジックより感情に支配される
 人間は考えることが重要である。ところが、人は考えずに、そのまま受け
入れてしまう。そして忙しくしていたいだけ。考えるためには知識と判断力
を身に付けなければならない。それらは個人の中で熟成するしかない。
  〜その辺りが説得力を持って語られている
≪・「より良く知っていれば、より良い決断を下せる」。あることを学ぶという
 ことは、ある別のことを捨てる可能性がある。とすると、何を学ぶことが一番
良いことか。これらの問いかけは、「あなたの文化とはいったい何か」という
問いに繋がります。宗教社会では、聖書だけで十分だということになるが、
新約聖書の多くの部分はパウロによって作られた完全なるおとぎ話ということを
我々は既に知っているにかかわらずです。一般の人も、それを知る必要がある。
それは当然のことだが、でも、人は以前教えられたことを、教えたがるもの。
・ほとんどの人は単に物事を「受け入れ」てしまう。「これが小学校で教える
事柄である」と言っておしまい。常に、「これが最良の方法だろうか」と、
問いかける必要がある。考えることが重要なのです。この能力は記憶を主体
とする教育からは生まれない。
・多くの人はただ「忙しくしていたい」だけ。・・(略)
ある時点で、いまやっている実験は果たして思考を変えることが出来るのか、
と問う必要がある。解きたいと思っている問題の解決になるのかと。
単にできるという理由だけでこれをやっているのであって、それが決定的な
結果をもたらすものではないのではないかと。・・(略)
私が成功したのは、よく考え、よく読み、よく知っていたからだと思います。
ビジネスでも同じことが言えるでしょう。他の人が知らないことを知っていて、
それがいいとわかっているので、利益に繋がる。私の大学院でのモットーは、
「知識と判断をもって勝つ」でした。
・革新的なアイディアは押しなべて個人から出てくる。個人を大事にされる
組織や社会でないと発展は望めない。個人の違いを認め合おうと。そして、
何をするにしても、知識や知性よりも情熱が大事。そして、16歳位までに
人生の方向は大方わかっているはずと。≫
▼ 確かに、多くの人は考えないで、ただ忙しくしているだけ。よく考え、
 よく読み、よく知っていることの重要性は、成るほど実感すること。
その結果、教養がつくのである。考えずに現象を、そのまま受け入れている
人たちの薄っぺらさが、何よりも、その恐ろしさを示している。
・・・・・・
4795,「消費される物語」 ー4
2014年05月01日(木)
             朝日新聞(4月22日) 耕論「消費される物語」
  * 二つの大震災は「自然と文明」の大きな物語に開かれる機会だった!
 人生のテーマは、「創業と事業を遊ぶ」だったが、それもブラック・スワン
(思いもよらない震災クラスの事象)の何羽かの出現で終りを遂げたが、結果に
対して挫折感は殆どない。むしろ、自分の手で息の根を止めることが出来て、
良かったと手前勝手に思っている。で、これも、物語。物語とは手前勝手の
筋書きでしかない。無事にリタイアをして、事業を次に送ったとしたら、
閉じられた一つの物語だが、私の結末は、破壊により開かれた物語になる。
ものは考えよう。しかし、物語には節操が必要である。 ーその辺りからー
《 ー忘れられる節操ー  将来への不安がのしかかってなかで、私たちは
 小さく閉じたきな物語の方向に開かれる身近な物語に癒やされているわけ。
最近は作曲家を話題にするときに、作品と関係のない事柄が全面に出てくる。
女性の研究者の話題でも、メディアは研究の内容関係ないファッションや趣味
などを大きく取り上げる。それが節操のないことだという了解がなくなっている。 
STAP細胞を発見したのが、30歳女性ではなく、さえない中年の男性ならこれほど
社会的な関心を持たれることはなかった。本筋と関係ない過剰物語がつくられる
ことで、スタップ細胞について、よりよく理解できたかというと、そうではない。
 物語は自ら完結する性質があります。つまり物語の外を遮断して閉じている
ということですが、この閉じた物語をあえて開いて、外にまなざしを向けるのが
人間の進歩というものだったと思います。けれども、物語を外に向けて開くこと
なく、心地よい物語を作っては消費して、飽きたら捨ててまた新しい物語を作る。
その繰り返しでは社会の進歩はありません。阪神と東日本の大震災は、
「喪失と癒やし」といった小さな物語として消費されてしまいがちですが、
本来「自然と文明」という大きな物語の方向に開かれるいい機会でした。
人間の文明など、自然の力で一瞬にして押し流されることがある。そう気づいた
以上、「私たちとは何者か」と語りなおすことによって、内向きの物語が外に
向かって開かれる可能性があったのですが。結局、「復興」という美名を冠した
あまたの物語にのみ込まれてしまっています。 私が小説家として目指している
のは「閉じない物語」。いろいろな人間、価値観が混じりあって混然一体となった
空間。いたるところに破れ目や出口がある。あえて完結はしない、
大団円やオチがない物語が理想ですね。》
▼ 地元の城下町・長岡に戻ってきたとき、「アッ危ない!」と思った。
『閉じられた孤島の世界があって、この価値体系に飲み込まれると自分の一生
が潰されてしまう。とにもかくにも、距離を置くこと。自分の世界をつくり、
三者をいれないこと!』であった。こう割り切ると、これほど面白い世界は
ない。で、今回も、その距離のおかげで、比較的、冷静にいられる。
「目くそ、鼻くそを笑う」というが、そんなもの、「ドくそ、目くそ、鼻くそ
(を)、笑う」でしかない。逆に「ドくそ、目くそ、鼻くそに笑われる」と、
割り切ればよい。所詮は、共同幻想でしかないのだから。挫折を個人にとっての
大震災と喩えると、その人を取り囲んでいる地球の、そして身近な「自然と文明」
に、気づき、開かれる機会になる。この東北大震災も、リーマンショックも、
日本人に、いや、人類にとって、「文明の行方の方向性を、根本から考え直せ」
になる。私も、この結果を含めて人生の意味を考えると、森の生活から、
サバンナの生活に移行し、早く馴染め! ということか。 これからして、
{『東京オリンピック』は、明らかに愚行そのもの!}いや、{オリンピックは
文明の象徴、これで良い!}と意見が分かれるが、私は、せっかくの再生の
チャンスを潰す象徴!の方が、正しいと思うが・・
・・・・・・
4428, 前期高齢者になって、気づいたこと!
2013年05月01日(水)
  * 老人教育の必要性
 前期高齢者になって丸二年になる。丁度、会社も無くなり、年金暮らしに入り、
丸裸の自分に直面、そこで改めて自分の年齢に驚いている。まず気持ちが年齢に
ついていけない。まだ50歳半ばというところ。数年前に親戚の法事に出たが、
宴席で80歳位の人の愚痴が始まった。「後期高齢者という命名が人を馬鹿にした
ようで気に入らない」「免許書換えで、返納を考えるように暗にいわれた」とか。
そこで、年寄りの愚痴ほど周囲を不愉快にすることを教わった。私の両親の愚痴を
殆ど聞いたことはない。 肉体の衰えが精神に転化し顕れるのが愚痴。
スポーツジムに毎日通って腰痛は軽くなったが、何かしらイライラする頻度が
多くなった。さしあたった心配事がないこともある。「前期高齢者」
後期高齢者」という命名は確かに失敗。例えば前期を「グリーン高齢者」、
後期を「プラチナ高齢者」ぐらいにする心遣いも必要である。歳を重ねるたび
身体は重く、気持ちは暗くなり、身内や身辺の悪口、あら探しの度合いが強く
なるのが老化のようだ。 他人をみると分かるが、自分になると自覚できない。
それもあるから年寄りは意識して明るくなければならない。それと自立が出来て
なかった人ほど老人の甘えが強い。 政府が音頭をとって、地域自治体に
「お年寄りの心得」とかいうセミナーの聴講を義務づければよい。 私など
最も手のつけられない偏屈老人になりそうだが・・ 日本は世界の名だたる
長寿国になったが、それに備える知識教育はされてない。 その以前に、自立と
教養の問題に行き着く。御隠居学とか、余生の過ごし方のようなノウハウ本には、
長年かけた準備が必要とあるが、今日明日、そう簡単に良い老人への変身など
土台無理の話。そこで、せめて「明るく自立した生き方を目指すべき。
老人になると、人生で培ってきた要素の格差が大きく出てくる。老いていく
自分を自虐的に鳥瞰するのも面白いもの!
  ー たまたまだが、以下の内容が、丁度つながる。
・・・・・・
4054, 吹き来る風が私に云う
2012年05月01日(火)
  ー 帰郷 ー   中原中也
柱も庭も乾いてゐる 今日は好い天気だ
縁の下では蜘蛛の巣が 心細さうに揺れてゐる

山では枯木も息を吐く あゝ今日は好い天気だ
路傍の草陰が あどけない愁しみをする

これが私の故里だ さやかに風も吹いてゐる
心置きなく泣かれよと 年増婦の低い声もする

あゝ おまえはなにをして来たのだと・・・
吹き来る風が私に云う
  ーー
 この最後の二行が、現在の自分の心?でもある。 
自分だけでない、晩年の人間から湧き出る言葉。
「あゝ、おまえは何をしてきたのだと・・・吹き来る風が云う」 
ったく!お前という奴は!と、まともに人生を生きてくれば、
この言葉が出るのが自然。 秘境ツアーで、平々凡々に生きてきた人が
病気で突然、死に直面し慌てて人生の余白を埋めに来た人に出会ったこと。 
死線を彷徨った手術の後、壮大な景色に感動して夫婦して肩を抱き合い
泣いている姿も見た。ネパールで遠景のヒマラヤ連峰が一望できる丘だった。 
パタゴニアでは初老の婦人が何気なく、「親のいう通り生きてきたが、
ハッと気づくと、先が無い。私の人生で何もしてこなかった。このままでは
死にきれない。この旅行で、その穴埋めにきた」と、道すがら語りかけてきた。
「・・吹き来る風が云う」声で追われるように旅立ってきて、そこで何を
感じたのだろう。実は、この矛盾こそ実在。 生きてきた証である。 
エッ 証文が束になっている? 誰? ただ飄々と風がふく。
 ・・・・・・・・
3688, 自己を見つめる −11
2011年05月01日(日)
           「自己を見つめる 」 渡邊二郎 (著)
  愛の不在の人=肉親の愛情に恵まれなかった人を見抜くことは難しい。
 両親の仲が悪い子供には往々に多いが。愛の不在の人は普段は分からないが、
節目時に、それが表面化する。 人への憎悪と呪いが、そこで爆発する。
これは誰々という訳でなく、全ての人の心の奥に巣くっている。 節目時は、
傷ついている場合が多い。そのマイナーのエネルギーをプラスに転換するには、
そのまま流される数倍のエネルギーを要する。しかし流される人は意志が弱い
ため、そのエネルギーが空回りをしてしまう。そして自爆になっていく。 
  以下の箇所も、充分、肯ける部分である。
  ー愛の不在ー
【 小さいときから、肉親の愛情に恵まれず、誰からも優しい扱いを少しも
受けなかった人があったとすれば、多分その人は、心の奥底に深い傷を抱いて、
その後ずっと人生を恨みとおし、表面は穏かであっても、おそらく心の底では、
一生を通じてずっと、他者に対して暖かい心をもつことができず、絶対に他人を
許そうとはしないであろう。 小さい頃に親の愛情に恵まれなかった人、また、
周囲の人たちから嫌われ、いじめられ、除け者にされたと思っている人、さらに、
長じてからも憂き世の労苦と意地悪な世間にもみくちゃにされて、何の優しい
愛の絆をも構築することができなかった人、そうした人は、その原因が何であれ、
その隠された心のなかで、人生を憎悪し、呪うことになるであろう。そうした
人は、自虐や他虐のふるまい方をする以外に、人生への仕方をすることができ
なくなるであろう。 そのすさんだ心には、辛い人生に復讐する怨恨構の爆発
だけが、この世の慰めとなるであろう。 これは、ひとごとではない人生の
最重要問題である。 こういう否定的な感情は多れ少なかれ、誰のうちにも
巣くっている心の病だからである。なぜなら人間は、どこにおいても、厳しい
人間関係のなかに置かれ、大なり小なり、この世の荒波にもまれ傷つ経験を
免れがたいからである。】
▼ 無条件に親の愛をうけた人は、それが温もりとして性格を形成する。 
 逆の人は否定的感情に支配され、深く自分を傷つける。それは誰も持って
いるが人により強弱がある。 普通の流れでは、それは出てこないが、
節目時に暴風となる。それも家族全体が。
 ・・・・・・・
3323, 「なぜ・なぜならば」の極限としての自由
2010年05月01日(土)
 『カントはこう考えた ー人はなぜ「なぜ」と問うのか』石川文康著−3
「理性の極限として自由に行き着く」とは、驚きだが納得できる。 
そしてカントも自由が「創造的能力」と看破。自由は第一原因であることから、
当然の帰結である。  自分の真にしたいことを人生を通して貫き、創造性を
発揮することが自由であり、それが理念であり、そこに理性が働くことになる。
 *「なぜ・なぜならば」の極限としての自由  ーP・205 から
≪ 自由は第一原因である。原因は理由であり根拠であり、「なぜ」
「なぜならば」であったから、第一原因としての自由は、意外に思われるかも
しれないが、「なぜ」および「なぜならば」の極限である。日常のことばの
使用法からすれば、「なぜ」は単なる疑問詞であり、「なぜなら」も単なる
接続詞にすぎず、これらが自由とじかに結びつくことはない。
それを思えばよくよく意外な地点に到達したものである。しかし、
「なぜ」「なぜならば」「理由」「根拠」「原因」、そして「第一原因」と、
一連の鎖を極限までたどってくると、おのずと「自由」に逢着せざるを
えなかったのである。これらの鎖の項は、いずれも理性のメタモルフォーゼ
(変容・化体)である。理性は自由の最終的メタモルフォーゼである。
そして、自由はあの「なぜ存在するものがあって、むしろ無ではないのか」
というライプニッツ以来の問いに対する、考えられうる「なぜならば」
の中で究極のものである。 その意味で、先にアプリオリな判断が、
ライプニッツによる十分な理由の法則の成長形態であることを確認したが
自由はその成長の極致と言ってよい。われわれ独自の定式で言えば、
「なぜ『なぜ』なのか」という問いに対する究極の「なぜならば」でもある。
この背後に関しては、哲学はソクラテス以来の率直な「無知の知」をもって
答える以外にない。究極の「なぜならば」であるかぎり、そのさらに
「なぜ」は少なくとも理性にとっては無意味である。カント自身も、
「なぜ」自由が可能なのかは、答えることが出来ないとした。自由が「なぜ」
(理由=理性)の極限であれば、理性にとってそれ以上の「なぜ」は
あるはずがない。あえてその背後に踏み込もうとすると、理性の限界外に越権
を犯すことになり言葉が空転する。そこには、理性を満足させうる答えはない。
というのは、理性を満足させうるのは再び理性のみであり、理性の限界外には
「非理性」があるだけだからである。 ちょうど、鏡に万物が映し出されるが、
しかしその中には何も実在していないように。非理性によって満足するものが
あるとすれば、それはさしずめ「構想力」(イマージネーション)であろうが、
それを満足させることができるのも、やはり逞しい構想力であって理性ではない。
・・(略)たしかに自由は無からの創造に類似する。超時間から時間への作用
である自由は、どこか神による無からの創造を思わせる。カントも自由が
「創造的能力」であることを、はっきり認めていた。 しかし、理性的存在者と
しての人間は、その自由ゆえ自己の行為の創造者でありえても、世界の創造者
ではない。≫
〜「よく遊び、よく学び、よく遊ぶ」これが創造的能力を発揮する! 
この「よく」が理性? 親、社会の刷り込みからの自由?
・・・・・・・・・
2948, 報道されないニュース
2009年05月01日(金)  
 ネットで「商業販売、過去最大24.0%減に」をみて驚いた。 
大手の新聞記事を探したが見当たらない。報道管制をしているのである? 
メーカーが40〜50パーセント減、流通・サービスが30〜40パー減、
と言われているが、あまり表面だった報道はされていない。ところが、共同
通信社のHPに、この記事があった。スーパー、百貨店などが24パー減とは、
マスコミは間違っても報道はしないが、実際は、そんなところか?
日本は、とんでもない領域にあるということだ。 時間の経過と共に
ツルベオトシになっている。これに豚インフルエンザときたら、5〜6月は
大荒れになってしまう。即死の企業が多出するのは必然である。
*3月商業販売、過去最大24.0%減=卸の全業種マイナスに 
   4月28日11時1分 配信 時事通信
  経済産業省が28日発表した3月の商業販売統計によると、卸売りと小売りを
  合計した商業販売額は前年同月比24.0%減の45兆0650億円となり、4カ月
  連続で過去最大の減少幅を記録した。自動車や半導体の輸出が不振で、卸売
  業販売額が29.2%減の33兆3420億円と急減したことが響いた。  
  卸売りは全業種でマイナス。 
*2月商業販売、過去最大21.5%減=卸、小売りの全業種がマイナス 
  (2009/03/27-10:20)
  ≪字数制限のためカット 2011年5月1日≫
・・・・・・・・・・
2584, ただ、生命だけが‘びくびく’と生きている
2008年05月01日(木)
 ー「人生の答え」の出し方ー  柳田邦夫著 ー2
この本の「魂を揺さぶる言葉」という項目の中でー「いのちの初夜北條民雄著ー
を取り上げていた。ハンセン病のために隔離され疎外され、23歳で夭折した小説家
北条民雄の代表作「いのちの初夜」で、古株の患者が新入患者である主人公に
語る言葉の一部がある。 まず、その部分を書き写してみる。
 ーー
「人間ではありませんよ。生命です。生命そのもの、いのち そのものなんです。
僕の言うこと、解ってくれますか、尾田さん。 あの人たちの『人間』はもう
死んで亡びてしまったんです。ただ、生命だけが‘びくびく’と生きているのです。
 なんという根強さでしょう。誰でも癩になった刹那(せつな)に、その人の人間
は亡びるのです。 死ぬのです。社会的人間として亡びるだけではありません。
そんな浅はかな亡び方では決してないのです。廃兵ではなく、廃人なんです。
けれど、尾田さん、僕らは不死鳥です。新しい思想、新しい眼を持つ時、
全然癩者の生活を獲得する時、再び人間として生き復(かえ)るのです。
復活そう復活です。 びくびくと生きている生命が肉体を獲得するのです。
新しい人間生活はそれから始まるのです。尾田さん、あなたは今死んでいるのです。
死んでいますとも、あなたは人間じゃあないんです。あなたの苦悩や絶望、それが
どこから来るか、考えてみてください。ひとたび死んだ過去の人間を捜し求めて
いるからではないでしょうか」・・?   「いのちの初夜」より
 ここからは、ー「人生の答えの出し方ーより??
・・ハンセン病になったとたんに、家族からも地域からも排斥され、社会的存在
としての人間は抹消されてしまう。しかも、病気の進行によって、肉体は崩れて
感覚器官もうしなわれていく。まさしく<生命だけが、びくびくと生きている>
状態になることを、北条は残酷なまでに表現している。<びくびく>という
形容詞が情景と本質を正しく表現する決め手になっている。・・この作家が
川端康成に出した手紙の中に次のような文章がある。「この作品は書かねば
ならないものでした。・・僕には、生涯忘れることの出来ない恐ろしい気憶です。
・・僕には、何よりも、生きるか死ぬか、この問題が大切だったのです。」
 ーー
解)「人生の答え」など、あるわけがないと、この本を読むまでは考えていた。
 ところが、此処には、その答えがあったのである。この本の構想のメモには、
<俺は俺の苦痛を信じる。如何なる論理も思想も信じるに足りない。 
 ただこの苦痛のみが 人間を再建するのだ。>とすざましいことをいっている。
 人間は、死を直前に突きつけられると「生きる意味」に気づかされるのである。
 死を目の前に突きつけられると、自分が宇宙のチリの中の微粒子の、そのまた
 無に無限に近い存在に気づかされるのである。そして、そこから改めて現世に
 振り返って、そのことを考えている己を見つめ直すと生死の際でボウフラのよう、
 ふわふわしている存在に大きな愛情を感じる。 著者のライ患者・北条は、
 そこで苦しみ苦痛こそ、崩れ去ろうとする人間性を再建させてくれると悟り、 
 書くことに全てを捧げる。 それこそが、人生の答えの出し方である。 
 「その苦痛こそ、多くの人間の苦悩を救うことが出来る。それを書くという
 一点に全てを集中すること」それが人生の答と、柳田邦夫は看破している。