* つまらん男とは、どういう人か哲学してみようか!
  そこで、その「つまらん男」とは、どういう人か、少し考えみる。
  頭に浮かんだ‘あの人たち’(我が内なる)の顔を思い出して羅列すると・・・
・親など身近な人や地域社会から与えられた価値観を疑いもせず、ただひたすら追求している人。
・挫折をした経験が少なく、小さな社会のお山の大将で、その世界の価値観に合わないヨソ者を目の敵にする人。
・夢や目標を持つことなく、ただ現実に溺れ、埋没した人生しか生きてない人。
・傷つくことを極端に恐れ、それ故に何事も決心できず、その憂さを他人の批難で晴らすしかない人。
・烏合の衆で、群れることしかしらず、孤独、孤立を恐れ、仲間の顔色をうかがうしかない人。
 群れた思考ゼロの老人・中年・青年、サラリーマン・・  で、群れは何人以上か? の答えに5人以上があるが、
 「一匹狼以外、すべて群れだよ」というのもある。これからフット思いついたのが「自分以外、すべて、つまらない男よ!」 
 これ、言い得て妙。 あの皆の衆の心の底に、これがある。
・それでは、「つまらなくない人はいるのか?」というと、幾らでもいる。自分が、つまらない男と少しでも思ったら、
 少しは「つまらなくない男」。
  何回か書いたが、先年に亡くなった中学校の担任の先生が定年退職時の同級会の二次会での対話。
《 「堀井よ、俺の悩みを聞いてくれ! 俺には俺の人生が無かった。両親とも教師で、当たり前のように教員になった。
  現在、両親とも90歳近くカクシャクとしているが、定年をむかえた今でも監視されているようで自立できない。
 私自身の人生は無かったのでは? あるのは二人への憎しみだけ。この苦しみは並大抵でない・・》
 初老性鬱症の典型事例である。赤ら顔をして、一人合点で自分の成功物語を信じて疑わない「あの方たち」こそ、
 「つまらない人」。自分の姿が見えてないためだ。欝になるには、それなりの多くの原因がある。
 先生にとって両親は、哲学でいう「影」。人生には、それぞれの現象、節目がある。それは、多面体であり、光の当て方で、
 白にも黒にも、黄金にも変わりうる。中学の担任は、その光のあて方が初老性鬱症もあって、影(両親)の価値の刷り込み
 (牢獄)に気づいたのである。二人の牢獄から逃れるためには、自分で作り上げたライフワークを持つべきであった。
 そのことに気づく教養が足りなかった? それでも、気づいただけでも、良かったことになる。少くとも「あれらより」。 
  先生の両親への憎しみは、ポンティーと、その師のフッサールがいう <考えないでしまったこと>が問題になる。 
 自分の人生の節目での選択、それも極限での選択が無かったが故の苦しみである。避けて通っていたのである。
 ある意味で、万人が抱えている深刻な、根源的悩みになる。 それすら分からず紋付袴の紋章を競っている、あの方々こそが、
 「つまらない人」。その意味で、老舗を潰した男は、それに気づいて感謝をしたのである。「つまらなくない男」に
 脱皮したから、人生の完成になった。 もう一人の男というより、私は、これで半人前?になれたのである。 
 あれらって自分のこと? 大丈夫、9割以上が、つまらない人だから! しかし自分を真当と思っていたら、間違いなく
 「あれら」。 誰かのように、「つまらない男」で何処が悪い!と開き直るのも、一つの手。 いや、それしかないか!
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4160, ペルシャ湾危機 ー2
2012年08月16日(木)
   * 鍵はシリア!      (第三次「油断!」イラン危機ー文芸春秋4月号ー参照)
 現在、シリアでの内戦が激化しており、アサド政権の崩壊も視野に入ってきた。もし早めにアサドが崩壊すれば、イランも
これまでの強気な政策を変えざるを得ない。首都・ダマスカス中心部で一月ほど前に爆弾テロがあった。国防相や、国防副大臣
務めるアサド大統領の義理の兄が死亡、他の閣僚もケガをした。 イスラエルを先頭に欧米各国は、まずはアサド政権の崩壊に
全力を向けているが、イランへの制裁効果をみて9〜11月辺りに核施設攻撃の判断をする可能性がある。しかしイランが裏交渉
で引き下がることも考えられる。もし、何事もなければイランが核開発の全面的撤退を飲んだとみてよい。その前に、少くとも
シリアがイランに援助を与える余裕がなくなるまで内戦を激化させている。その前にアサド暗殺か軍部の寝返りが起きるのか。 
しかし、イランはイスラエルに届く数百のミサイルを持っており、その他にレバノンのヒスボラが5万発のロケットと、
ガザ地区ハマスを使いイスラエル攻撃も可能で、世界同時テロもある。それを踏まえてもイスラエルは攻撃を仕掛けるしかない。
それほどイランの原爆保持は重大問題。イラン・イスラエル戦争ともなれば、世界情勢は一挙に緊迫する。イランも原油生産国の
資金で軍事力は豊富。ただならぬ戦争になるが、それでも世界相手では3ヶ月が限界とみられる。アメリカも積年の恨みがある。
もし戦争になり、ホルムズ海峡が閉鎖ともなれば世界恐慌の起爆の危険性もある。 いずれにしても、ユーロ圏の金融危機と、
中東は一段と緊迫した事態になる。国内政治も解散が目前に控えていて、政治的混迷が起きてくる。今度の起爆は乾いた藁が
世界中に積み上がっているため一瞬で燃え上がる可能性大である。シリア、トルコ、イラン、イスラエルの一連の動きから、
目が離せない領域に入ったと見るべきである。だから、国内では解散と総選挙を急いでいる。保守連立内閣の体制を早急に
つくらなければならない。年内は何でもありの歴史的スペクタルショーが始まる。アメリカ大統領選、盛り上がりがないのも当然。
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3795, 哲学人 ー?
2011年08月16日(火)
          『哲学人』 ブライアン・マギー著 ー読書日記
 ー 第一章 子供のころの記憶  〜時間に始まりと、終わりはあったのだろうか?〜 ?
  私が5歳、9歳の時など、ものごとを深く考えることはなかった。10歳頃に親戚の葬式で、故人が焼却場で骨になったのを
 目の当たりにしたときに「、何故、人は生きている間に好き放題に生きないのだろうか?」と思ったことがあった。死を目前にすると
 年齢に関係なく、人生を鳥瞰する視線が顔をだす。子供の頃から時間の始まりと終わりを突き詰め考えていたマギーの頭脳には驚かされる。
【 時間に始まりはあったのだろうか? 終わりはあるのだろうか? 9〜12歳くらいまでの2~3年の間、私は時間をめぐる謎の虜だった。
 夜の闇のなか、ペッドに横たわったまま、よくこんなことを思ったものだ。きのうという日に前の日があるし、その前日、そのまた前日と、
 覚えているかぎり日にちをさかのぼつていくことができる。でも私が覚えている最初の日にも、やっぱり前日はあったはず。
 自分の誕生日にも前日はあったにちがいない。そして、その前日の前の日も。・・・ どこまでも、どこまでも・・ いや、そうだろうか? 
 この、どこまでもどこまでも溯っていくということが、私にはうまく飲みこめなかった。そんなことは不可能に思えたのであった。 
 たぶん、きっとどこかに始まりはあったはずだ。でも、始まりがあったとすると、その前はどんな状態だったのだろう? もちろん、
 何もなかった(まったくの無だった)のは明らかなわけで、そうでなければ始まりなどありえない。けれども、もし何もなかったのだとすると、
 どうして何かがはじまることがでできたのか? その何かはどこから生じたというのか? 時間がひょっこりと( なんとも不思議なことに! )
 無から現れ、ひとりでに動きはじめたわけがない。無は無であって、何かではないのだから。とすると、始まりということ自体が思いも
 寄らないことであり、始まりがあるということもやはり不可能であるように思える。こうして結局、時間に始まりがあったとは考えられず、
 始まりがなかったとも考えられないということになってしまった。きっと何かを見落としているにちがいない、私はそう考えてみた。
 選択肢はこのふたつしかないのたから、どちらかが正しいはずだ。 ふたつとも不可能ということはありえない。そこで私は、まず一方を
 集中的に検討してから他方に移り、集中力が尽きたら、またもとに戻るという作業をつづけて、どこで間違ったのか突さ止めようとした。
 けれども、なんの手がかりもつかめなかった。私はこの問題に取りつかれベッドのなかだけでなく、しだいに日中も考えこむようになった。
 初めのうちはカになってくれそうな大人たちに相談もしてみたが、彼らの反応に私の混乱はかえって増すばかりだった。自分にはわからないと
 認めたかと言うと、そんな疑間を話題にしてもおもしろくないといわんばかりに別のことを話しだけでなく、あからさまに見下し、
「おやおや、そんなことに気をまわして時間を無駄にしないほうがいいよ」とせせら笑うかのどちらかだった、私にはわけがわからなかった。】
  ▼ 神様が、ここで早めに現役からの退去(倒産)を命じたのは何故だろうか?と考えると、
  「ここで、娑婆気から一たん大きく離れ、哲学書にしろ、トルストイなどの古典的小説を腹を据えて読みなさい。
  そして、自分の過去を振り返り、そして、現在の己を見つめなおし、人生の総括をすべし」という事だろう。
  そのために、やはり哲学書を?み締める必要がある! その点、「自己を見つめる 」渡邊二郎 (著) を、その直後、選択をし、
  その時の事象を噛み締めながら読んだことは正解であった。そして次は、この書である。それと、この随想日記の過去分を再思考すること。
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3430, 我が家に新しいテレビが
2010年08月16日(月)
* 運送会社のサービス化とは
  ーまずは、商品搬入で垣間見た「運送会社のサービス」の話しからー
「運送会社でも、ただ運ぶだけでなくサービスを付加したところが、不況の中で検討している」という話しは度々聞いていた。
具体的には何かと考えてなかったが、一昨日の新しいTVの納品を見ていて、「これが運送会社のサービスではないか?」と、感じ、
「運送会社の設置サービスですか?」と聞くと、「そうです!」という。チームで幾つかの搬入現場を同時に動いているのが分かった。
少し分からないことがあると携帯電話で現場同士が頻繁に連絡しあっている。 設置終了まで、予測どおり2時間半を要した。
その間、延べ6人が出入りしていたが、激務のようで全員が目が釣りあがっていた。色いろなメーカーの電器商品を納入を家庭にするから、
大変な仕事である。 それに対する知識がないとやれないが、それらをチームで携帯電話のやりとりでフォローしていた。
8年前のテレビの購入時は、運送業者関係者ではなかったようだ?。そうすると家具店も同じようなものか。スーパーの宅配も始ったが、
これも運送業者の受け持ちか。 これらは運送サービスの典型的事例。運送といえば、宅配便と、引越しセンターが、運送のサービス化
としての市場を形成している。それが直接に消費者に対するサービスの付加なら、家電や家具店などの業者の配送部分の委託である。
物流の一場面だから、当然、納品サービス(家電の家庭内のセットなど)付配送も、当然あっておかしくない。しかし店サイドとの軋轢が、
電話のやり取りから手に取るように分かった。これからは農家や漁業関係の産直がネット販売の出てきている。 ヤマト運輸の宅配便は、
サービス化で先行しているので、潜在需要を作るに有利。特にネット社会では運送業者のキメ細かいサービスが求められる。
これまでの旧来の運送業務だけでは、生存競争が激しい時代には生き残れないのが現実。 時代の変化に合わせて企業も変化し続けて
いかなければならない事例。 それにしても、生々しい世界を垣間見てしまった。
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3055, 功利主義者の読書術
2009年08月16日(日)
 「功利主義者の読書術 」佐藤 優 (著)  ー読書日記
 佐藤優の読書術本なら、買わないわけにはいかない。
ビジネス書、世界文学の名作、哲学書、宗教書まで「役に立てる」という観点から本を紹介しているが、この人の本は決して
期待を裏切らないからよい。 私にとって「如何いう本を読むべきか」という先生役が、立花隆から佐藤優に重心が移動したと
いってよい本でもある。 この本の中に私も過って読んだ本も何冊かある ー高橋和己著『邪宗門』 副島隆彦著『恐慌前夜』 
ソルジェニーツィン著『イワン・デニーソヴィッチの一日』池田晶子著『死と生きる』ーなど、
佐藤の解説を読むと己の浅さを思い知らされる。それが、ここでいう自分の立ち位置を知るということ。 
 ここで著者は、
「実用書やビジネス書は、初めから役に立つようにつくってある。そこで功利主義的な考えからいえば解説をしても、
読者にとって追加的利益は殆どない。そういう観点から『新約聖書』や『資本論』『カラマーゾフの兄弟』のような古典が、
21世紀の現下日本と世界を読み解くのに、いかに役立つかをを、あえて取り上げている。更に、実用主義は、
何か軽佻浮薄に見えるかもしれないが、そうではない。目に見えるものだけが現実と考える傾向が強いが。
(字数制限のためカット 2012年8月16日)
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2690, 若者が危ない!
 2008年08月16日(土)
希望格差社会 −1
           ー希望格差社会山田昌弘著・筑摩書房
著者は「若者が危ない」という。そして「若者が社会的弱者になりつつある」
「やがてこの弱者たちが社会に危険をもたらすであろう」と。統計をみると、
・親と同居している未婚成人(その過半がいわゆる「パラサイト・シングル」)は1200万人。
・離婚数は年間29万組(結婚75万に対する数値だから結婚したカップルの40%が離婚)
・結婚75万のうち、「できちゃった婚」(婚姻届提出後10ヶ月以内に出産)は15万。
・フリーター(未婚若年アルバイト雇用者)は200万人。失業中、未婚派遣社員を入れると未婚若年不安定雇用者数は400万。
・「引きこもり」については正確な数値がないが、推定50万人。
・義務教育期の不登校は13万。
児童虐待児童相談所が把握しているだけで年間2万件。
・「将来、自分の生活がよくなる」と考えている若者(25−34歳)は15%。
・中学生の70%が「将来、日本は今以上豊かにならない」と考えている。
どうして、こうなったか? 著者は、その理由を「リスク社会」の出現という。
 ー「リスク社会」とは何か、
「リスクをとることを強制される社会」、「選択を強制される社会」のことである。「自分のことに対しては、自分が決定する。
  (字数制限のためカット 2010年8月16日)
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 2007年08月16日(木)
2326, 被災地・柏崎の現在の事情          才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
今日で「柏崎沖地震」から丁度一月になる。昨日、家内の実家の墓参りに柏崎に行ってきたが、中心地ほど倒壊している家が目立った。
ダウンタウンの本町辺りの商店街の通りを中心として倒壊した民家と商店が生々しく現れてきた。そして(住んではいけない)赤紙と、
(住居注意の)青紙が半数以上の家に張られていた。地方局のアナウンサーのTVのクルーが撮影している姿が更にリアルさを増していた。
家内の実家の近所は特に酷い状態であった。家内の両親(故人)の住んでいた住宅は傾き隣の倉庫の壁を突き破っていた。
特に内部は目茶目茶という。そこは無人だったので人災は無かったが。義弟の話によると「始めの揺れで立っていられず腰を落とした瞬間、
次の揺れで身体が横に吹っ飛んでしまった」という。車で商店街を通っていると、自衛隊とパトカーが次々とすれ違い、次々と倒壊の家を
みるにつけ、映画のロケ地にいるようで現実感がなかった。義弟に「この地震は、即死するかもしれない事態だった!」といっても、
キョトンとしていた。そんなことを考えている余裕が無いのだろう。「柏崎刈羽原発の再開は無い!と思いませんか?
そうなれば柏崎経済は壊滅的になるので、目先の復興景気を勘違いしないように!」と忠告したが、
私が感じた角栄への怒りなど、ほど遠い話のようだ。一月経ったためか、道路等思ったより傷んではいなかったが、
やはり東電の原発の爆発まで至らなかったことが救いであった。以上が私の柏崎市の現状レポートでした。
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2006年08月16日(水)
1961, 今日はお盆−3
  つれづれに、〜お盆〜                 才八∋ウ_〆(∀`●)
昨日は、終戦記念日!もう敗戦後、61年になる。
あれから米ソの冷戦などを経て現在に至っているが、最近は宗教戦争の様相になっている。それも無差別テロが世界中に日常化してきた。
大規模のイギリスでの無差別飛行機テロ、今回は未然に防げたが、死ぬ気の連中を阻止することは絶望的だ。無差別のテロは正当化できない。
終戦直前にアメリカが日本で原爆を二発投下、一般住民を殺戮した事実とイスラムのテロと、どこが違うというのだろうか?
それだけアメリカは日本に対して悪いことをしたのだ。 人類に対してといってよい。
アメリカが広島と長崎の原爆で一般人の大量殺戮をしたことを忘れてしまったのか? 日本人よ!スターリンと、
毛沢東が数千万の自国の国民を殺戮したことを考えれば、大したことがないと許されて良いのだろうか?
ーところで盆について調べてみたー
(以下、字数の関係でカット 2008年08月16日)   
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2005年08月16日(火)
1596, 概念とは
随想日記を(旅行以外は)必ず書き続けると決心して4年3ヶ月経つ。その日以来、一日単位の柱が
この随想日記を書き上げることになった。散歩をしていても、寝ていても、全てこの日記を書き上げることが中心である。
     (以下字数の関係上カット09年08月16日)
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2004年08月16日(月)
1231, エピクロスー哲学についてー29
エピクロスといえば、快楽主義者として「エピクロスの園」の酒池肉林が思い浮かぶ。次に印象に残っているのは、
「人間にとって死は存在しない、死んだと同時に存在が無くなるのだから、本人にとっての死は存在しない」という言葉である。
ー父が死期を悟り、その恐怖のどん底の時に、この言葉を伝えた。父は、「死の意味が初めて解った!」と言ったことを思い出す。
言葉の力を思い知った出来事であった。エピクロスは、人生は良く生きることである、その為には良く考えるべきだと説いた。
快楽を幸福な生の始め(アルファ)にして、終わり(テロス)であると断言した。しかし、一般的に誤解されている、官能の享楽ではない。 
いや逆に、肉体的な欲望を否定した魂の平安こそが、エピクロスのいう「快楽」なのだ。官能の快楽は、その数十倍も煩わしさをもたらす。
真の快楽とは、自由をもたらすものでなくてはならない。すなわち、官能の享楽「自足」である。
(以下字数の関係上カット09年08月16日)
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2003年08月16日(土)
864, ミッション・ステートメント       ー改訂版
 死ぬ時に、「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、 
恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」と心から感謝していえる人生を生きる。
 ーイメージとしてー
 80歳の誕生日にケニヤの高級ホテルで二人の子供と孫たちとサファリを している。陽の沈むサバンナでシャンペンを掲げて
 家内と二人幸せな絶頂にいる。海外旅行も行きたいところはすべて行った満足感で満ちている。
 その後日本に帰ってきて酒飲み友達と銀座のスナックで昔を懐かしみながら好きな歌を歌っている。
 =そのために以下の憲法を制定する=
  ー堀井八郎の憲法
     (字数制限のためカット 2011年8月16日)
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2002年08月16日(金)
 589,送り火ー母への追悼文
今日はお盆の送り火ーご先祖様があの世に帰っていく日だ。6年前に亡くなった母の通夜の挨拶の下書き文を書いてみた。
もうあと一ヶ月で7回忌だ。机の中から偶然出てきた文を書いておく。
  −通夜挨拶ー         
  平成8年9月25日20時
本日は母の通夜にお忙しい中,遠方よりご列席いただき有難うございました。母も心より喜んでいると思います。
この7月半ばまで浮腫で入院していましたが、昨日の9月24日の12時51分に帰らぬ人となりました。当初は三週間の入院予定で
順調に回復しているように見えましたが、まさかこれだけ早く亡くなろうとは・・・。88歳6ヶ月の命でした。
母は生前、今夜飾られている写真を自分で用意して‘私の葬儀に必ず飾るように!’との遺言でした。本人が一番気に入っていた写真です。 
また通夜は明るく華やかに!とのことでした。私自身29歳の時から21年間、母と同居、母に手を取られて今日まできたというのが実感でした。
自分でいうのは何ですが、本当に偉大な母でした。母の死で自分も初めて一人立ちができそうです。 七年前に脳梗塞がでて以来、
大木がゆっくり倒れていくように・・・。そして今日に至りました。その中で一人の人間の「生老病死」のすざましさを身近で
見せてもらいました。私も死ぬ時は母のように死にたいと思います。母とは二年前より、早朝長岡ニュータウンの広場までドライブに行き、
誰もいない散歩コースを20~30分、車椅子で一周するのが日課となっていました。そして途中のベンチで缶ジュースを半分ずつ飲むのが・・・。
正に霊界を二人で宙遊しているようでした。そして一回ごとにこれが最後かと、これが至福の時かと実感していました。
今夜は通夜参列いただきありがとうございました。明るい話をするつもりが涙が出てしまいました。重ねて、参列有難うございました。
 ・・・・・・・・
2001年08月16日(木)
 [109] 偽坊主
 *今の仏教界ーいや仏教業界よりましな話!
10年ぐらい前か、ー男はつらいよ(風てんの寅)を見ていたとき、ふと哲学的になってしまった。 内容というと
「世話になったお寺の和尚が風邪をひいたとき、法事に坊主に成りすまし、口からデマカセの法事で無事代役を終える役
(偽坊主)を、トラが演じていたー そのとき奇妙な感覚になった。 まず本人ーこれを 1・能作がまづあり 2・本人の苗字があり 
3・俳優の渥美清 4・寅さん 5・偽坊主ーと重なりがある。能作?が2345を演じていることにきずいたのだ。このような場面は
私も何回も経験をした事がある。仕事も役割もこの重なり合いといってよい。この重なりを名優はこれを簡単にやってしまうのだろう。
渥美清もそのときその重なりを感じたと思う。
 [110] 正中心一点無
15年前か、経営セミナーで栗山奉行という思想家?の話を聞いた。あまりに奇抜で面白かったので、
その人の本を買い求めた。そこにこの正中心一点無という言葉があった。見る人が見たらこの意味はお解かりだろう。
問題解決の時などこの言葉を唱えていると、その答えが自然出てくる。その中心点を無心にになって見つめて
(もとめて)いると自然解決してくる。それが難解であればあるほど、この効果が出てくる。
この言葉で今まで、どれだけ知恵が出てきたことか。知恵の袋の穴と言ってよい.それにしても、酷いのが多い。