2004年10月28日(木)
1304, まさか、地元で大地震!−5

昨日の、余震には驚いた。震度4以上の余震がいつまでも続いているのが、中越地震の特徴だ。
今年の台風と一緒で、そのしつこさは今までなかったことである。世界規模で起こっている異常気象の一つの現象であろう。
それと、余震の中のレスキュー隊による、奇跡の行方不明の母子の救済のTV中継も迫真であった。
二歳の幼児一人だが助かったが、母親の愛情の結果であろう。
何か私たちに解からない人間の深い何かがあるのだろう。不可思議としか思えない、奇跡である。
今回の地震は新幹線の脱線、奇跡に近い子供の救出劇、大きな余震が異常に続いていること、
長岡市の4分の1が避難所にいること、そして、身近で起きていることが特徴である。

ところで昨夜、夕食のため長岡駅前の居酒屋に行った。長岡駅はニュースで言っていたとおり閉鎖されていた。
駅前の店は殆ど休業をしていたが、全国チェーンの店が数軒開いていた。
プロパンガスを使っているので営業が出来たのだろう。6時前だが、ほぼ満席であった。
私たちの両側の席は、やはり応援部隊の人たちであった。

その帰り、避難所になっている阪の上小学校を覗いてみたが、近所の人がいた。館内放送で「配給は、おにぎり一個に、
飲料ボトル一個、それに子供にミタラシ団子一個の配給だけになります」といっていた。
昨日も、刺激的な一日であった。 今日は、新潟行きに再挑戦だ。
 ー日常の「生もの」を書いている日記のコーナー
 「バードウォッチング」の数日分を以下にコピーしておきます。

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メルクマール
 10月27日
・今日はもう大丈夫と思って、10時前に新潟の会社に向かう。見附のバイパス脇にあるディスカウントで給油をして、
三条への交通事情を若い女従業員に聞いているところで、いきなり揺れがきた。 彼女は車のドアに掴まって、
しゃがみこんでしまった。私が、「これは5強位ですね」と言うと「そんなものですね。それでも出発直前で良ったですね」と、
もう彼女は冷静になっていた。 怖いので「このまま5分、停車していますから」と言って、様子を見ていた。
さて新潟に行くか、長岡に帰ろうかの判断をしなくてはと考え、直ぐに自宅に電話を入れるが、不通。
それではと、新潟の会社の人に電話を入れると、中越地区は震度6とのこと。給油所の電機が消えて、さらに目の前にある信号が、
停電で消えている。月末の支払いの判の仕事は29日まで大丈夫なことを確認して、長岡の自宅に帰ることにした。
 バイパスの長岡まで20分位の帰路、事故が起こってないかと見ていたが、一台の事故車は無かった。
ただ、道路わきの建物は停電の為か、電機のついている店や建物が無い。
‘これを書いている現在も、推定4の揺れがあった’まさにくライブである。
自宅の近くにある長岡大手高校(昨日、小泉首相が慰問に来た高校)の前を通ると、グランドや校門や道路に避難をしている人が、
100人以上出ていた。 家は、門の下のセメンが少し剥がれていた。それと食器が数個、壊れていた程度だ。
電機と水道は大丈夫であった。こういう時は、大人しくしておくべきとつくづく感じている。もう、大丈夫と思ったのだが。

 追文 14時40分
たまたま、TVをつけたところ、NHKで小千谷の母子三人の救出が生中継で映し出されている。
最近では久々に見る感動的な場面である。それにしても、誰も生きているとは思っていなかったのだろう。
状況から見て、99・9?死亡と思うのは当然であろう。 危ないとしても、一人でもよいから、
車に近づくべきであったのではないだろうか。あの巨岩の中で、よくぞ生きていたのが不思議でしかない。
祖父が生きていてほしいと祈っている姿があったが。まさか生きているとは。あと母親と子供一人の救出がどうなることか。

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メルクマール
 10月26日
・今朝方の深夜の三時ごろ、震度三位の地震があった。昨日の午後から、地震の間隔が少なくなっている。
しかし、今朝の新聞によると、新幹線の復旧に一ヶ月以上かかるという。
冗談でない、宿泊が半減は覚悟をしなくてはならない。そうでもなくても、不景気の為大変であるのに。
しかし、昨日は月末の月曜日にしては、良い数字であった。長岡の住民か、災害関係者が泊まっているのだろうか。
長岡など中越地区は宿泊は特需である。 新潟市はないだろう。

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メルクマール  堀井
10月25日
・ヘリコプターが相変わらず、とびっぱなしだ。殆ど自衛隊のヘリのようだ。
新幹線の脱線のため、ホテルはキャンセルの電話だけだという。
仕方ないが。・この新潟県中越地区は全国で一番不景気の地区である。
そこが地震とは、因果なものだ。そういうものだ。といって、火災が起きたわけでないし、
建設が大きく特需というわけでもない。せいぜい庭師の石灯篭の建て直しぐらいだ。 いや、建設の土木が神風だ。

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メルクマール 堀井
 10月24日
・先日、台風のニュースで豊岡市に住民が「まさか、自分のところがね〜!」と被害にあった実感を言っていた。
それが翌日に自分におこるとは。庭の石灯篭が7〜8、すべて倒れていた。
直すのに数十万は覚悟か。家の中は、推してしるべしである。
怪我等は座っていた周りには、倒れてくるようなものは無かったので大丈夫である。
驚きとか、悲惨さは全く無い。こんなものだろう。人生にこんなことも起こるのだろうというぐらいだ。
あと片付けが好きな性分なので、家の大掃除を楽しんでいるという気分である。
別に、かた肘を張っていっているのではない。そうなのだから、仕方がない。
オーバーに言うのが嫌いなだけだが、こんなものだ。 ネロがローマを焼いた時、ローマ市民は、恐怖とか絶望より、
ローマが焼けているのを見るという歴史的出来事のほうに感動していたというが、それを例に出す方がオーバーか。
15歳の頃、長岡大地震を経験しているので殆ど驚かなかった。家内と面白がっていたというのが、実感である。
家内が机の下に頭を入れているのが何とも滑稽の姿で、可笑しかったほうが先であった。


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