脳内会話といえば、
哲学者の池田晶子の「帰ってきたソクラテス」「ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け」
「さよならソクラテス」の三部作が、池田晶子の脳内会話のようなものだった。
宇宙の彼方から帰ってきたソークラテスが、現代のニッポンに甦り、現職議員や老人福祉係、ニュースキャスター、
ジャーナリスト、エコロジスト、フェミニスト、マルチプランナー、トレンドクリエイター、コピーライター、
サラリーマンから釈迦まで、様様な職業の人たちと、政治や老人福祉、その他諸諸のことについて、対話する。
筆者が抱いている「ソクラテス像」というフィルターを通して、しゃべりたいことを、ソクラテス池田晶子
話をさせている。 ソクラテスなら、こういうだろうと池田が成りきっているところが面白い。
これこそ脳内会話そのものだろう。
 〜〜
「そーさ、そりゃあたしだって、決してこんな世の中いいと思ってるわけじゃない。
確かにこの頃は・目に余るところはあるわよね。 でも、世の中って、そういうもんて言や、
そういうもんなんじゃないの。 (中略) あたしは、自分の身の丈の暮らししかしたいと思わないから、
官僚が金儲けしようが女子高生が売春しようが、あきれはするけど、かまわないね。
言ってわかる連中じゃないんだから。(中略) ああいうのに腹立てて、やいやい言ってるヒマがあんなら、
自分をまじめに生きてる方が、あたしはいいね、ほんとはそっちが先でないのか。
みんながそれをほっぼらかして、人のことや世間のことばっか気にするから、
結局世の中全体が、そういうふうになるんでないのか。.……」

『悪妻に訊け』で読んだ「フェミニスト」とのやりとり。
フェミニスト  女の能力は生殖や家事に尽きるものではないと私は言ってるのです。
  女の隠れた能力を存分に発揮できる場所を、社会は用意するべきだと言ってるのです。
クサンチッペ  馬鹿だねえ。女の能力って言うんなら、そりゃ男を動かすことに尽きるでないの。
  社会動かしてるのが男なら、その男を動かすことこそ女の技量ってもんよ。せっかく女やってるんなら、
  断然その方が面白いね。
フェミニスト  全然甘いわね。男たちは女の言うことなんか、そんなに簡単に聞きやしませんよ。
クサンチッべ  そりゃ、あんたがそれほどのタマじゃないからさ。それだけのことだよ。
フェミニスト  失礼ね!自分の食い扶持も稼げないくせに!
クサンチッペ  やれやれ、食うことばっかりこの人は言うんだ。ない、私が稼がないのは、
  ソクラテスが私に惚れているからだよ。男ひとりに惚れられなくって、何で女の能力なのさ。」
 〜〜以上だが、
もちろん、クサンチッペは池田晶子そのもの。 一人にやにやして、自己会話をしている姿が彷彿する。

そうそう、面白いことを思い出した。 ある家の部屋の更に奥にある部屋に入って
亡くなった親戚、家族、友人、恩師などのテーブルを想定して、そのテーブルに座り、
一人一人と会話をするイメージの創作をしたことがあった。何かの本からヒントを得たのだが。
これをイメージだけでなくノートに書けば、面白い文章になったのに、書いておけばよかった。
今からでも遅くはないが。 脳内会話の本、アマゾンでまだ注文してないが、するか。

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