つれづれに

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  今日のYoutube
 
 今朝もお天気は晴れ。ポタリング信濃川の二つの大橋を一周してきた。 
あと一週間か10日で今年分は終了。このお陰で、一日分のストレスの大部分
を落としている。ストレスには強い方だが、それでも、老化現象によると
思われることが大部分だ。 ストレスは生きている限り仕方がない。
 問題は溜めないこと。醗酵させないこと。




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3878, 閑話小題
2011年11月07日(月)
   * 再び、ギリシャ
 ギリシャの首相には驚き、呆れてしまった。例え話でいえば、
《暴走しているバスの運転手、助けにきた他の車が暴走車に鎖をつけて、
何とか大事故を抑えようとしたところ、「鎖をつけるかどうか、乗客に聞いて
みてから」と、言い出した。乗客は暴走をしているのを知ってか知らずか?
バス内の自分たちの不満で頭が一杯。瀬戸際で運転手が、どの道を選ぶか
乗客に聞いている場合でない。一つ間違えると、助けにきた仲間も道連れに
なることを運転手と乗客も知っているので、タカをくくっている。 
そこで「それなら助けるのを中止する。その上、共同体から排除をする」
というと、急に運転手も乗客も慌てだし、従うと言い出した。》
これは世界中が唖然とした寸劇。しかし国民の反対デモや議会の混乱を
抑えるため「国民投票」といえば、世界の袋叩になるのを覚悟の上、あえて
言った政治的駆け引きとすれば、これも納得。 国民投票やるべし!
のデモが起きるかどうかだが、起ってこないのが漫画的。この10年間、
哲学書を読み続けているが、始まりはギリシャ哲学。 その西欧文明の
行き着いた終着駅が現時点とすると、ギリシャ問題は、図ったように起きた
ユング的現象か。民主主義の発生の国で、その矛盾が、そのまま表出すること
になった。ともかく目先の火の手を納めたが、次はイタリア、スペイン、
アイルランドが控えている。そして、日本、アメリカ、中国も?
   * 少しウツ気味で、正常の状態?
 少しウツ気味。 年齢と現在おかれている状況から当然で、これが正常
なのかもしれない。パソコンの具合が悪かったり、スポーツジムで冷たい視線
を感じたり、家内が機嫌が悪かったり、幾らでも原因はある。それでもiPad
いう新たな遊び道具を手に入れネットサーフィンや、パソコン・ゲームに熱中。 
スポーツジムや、早朝のサイクリングで発散ができている。 過去に身辺の
ウツ症状の人の素人カウンセリングをしたりし対処の擬似体験をしていたので、
最小で済んでいる。目先の落ち込みはシネマにいくのが即効性がある。
で、最近多く行っている? 他にストレス発散に買い物がある。
百金や、スーパーで「酒のツマミ」や、机周りのものを買ったりする。
あくまで日常品の範囲だが・・・。
 50歳代の10年近く、20年・30年分の人生を押し込んだのが、
ここにきて効いている。そのため現状を悲観し過去の良かった時節を懐かしむ
こともない。人生は時節ごとに一期一会。それぞれに、また違った人生がある。
これからの人生を有効に生きるに、何が良いのか考え尽くさねばならない。 
これまでの緑の原野から出て、目の前に広がる「草原の世界」で何をすべきか? 
そのためには新しい世界を知ること。そして、草原で生きるための
「人生の知恵」を改めて身に着けなければならない。緑の原野だけが人生では
ないことを知るには、そこを一歩出てこそ分かるもの。真実の自分に気づく旅路?

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3513, ペットロス ー1
2010年11月07日(日)
 * ペットが風邪で死す
一年前に我が家に久々にペットになったメキシコ・コガネインコが、数日前の夕方に死んでしまった。
12年は生きるとあったので一年は早すぎる死である。 死因は風邪である。大よそ30年から20年前にかけて、
小桜インコを代々5羽飼っていた。 殆どは二年位で逃げられてしまった。その度に雛を飼ってきては手乗り
にしていた。しかし最後の一羽は凍死をさせてしまい、その罪悪感と子供が大学入学で巣立っていったことも
あり飼うことを止めてしまった。
数年来、ペットショップを動物園代わりに、近くのSCに行ったついでに立ち寄っていたが、いやに
人懐こいインコが気になっていた。しかし売れないようで金網にとまって御客から頭を撫ぜてもらっていた。
値段が6万8千円じゃ、そうは売れない。たまたま中年の夫婦が、そのインコの頭を撫ぜていた。 
「慣れたインコですよね」と話しかけると、「私たちはオカメインコを飼っていたが、鳴き声が大きく近所
迷惑で、親戚の人にあげた。それで時々、ここのインコを見にきているが、このインコが懐いていて欲しいけど、
やはり近所迷惑が・・・」という。 何気なく私の癖が出て、近くいた女店員に「5万円なら買いたけど」というと、
「このインコ、店の皆が大事に育ててきたインコ。値下げなど出来ません」と怒りだした。で、私もムキになって、
「三ヶ月前から、売れないでいる。ペットは大きくなるにつれて価値が下がるのは常識。お客が、そう言っている
と責任者に聞いてきて欲しい」というと、暫く姿を消していたが「店長が6万円ならオッケーです」との返事。
その成行きで買う羽目になったことは以前、ここで書いた。 で、家内に例のごとく反撃にあって、あわや
「新潟の長期滞在の御客様のペット」となる直前に、急に家内の気が変わって暫くは OK になった経緯がある。
そうこうして我家のペットになったが、ペットショップの多くの御客から頭を撫ぜてもらっていた為、人懐こい。
しかし朝晩以外は誰もいないベランダに置いておくため、足音など人の気配が聞こえるとピーピー鳴き叫ぶ。 
最初のうちは、うるさいと思っていたが、だんだん、それが可愛らしくなってきたのは私と長男だけでなく、昼間、
家にいる家内もである。直近は一番、あれだけ嫌っていたのが、このインコの大ファンになったいた。鳥というより
犬に近いと思うほど、人懐こく、頭がよい。個々人の識別もし、その対応も変わる。何とか人にかまってもらおうと、
色いろな鳴声が憶えた人間の言葉。それで呼びかけられれば愛情が湧いて当然。「三つ子の魂いつまでも」で、
店頭で可愛がられて育った温もりが、性格になったいた。
 
 ・・・・・・・・
3138, 閑話小題  ーつれづれにー
2009年11月07日(土)
   * 金の価格が、動き出した?
 金の価格が、そろそろ動き出してきた。 世界の株式総額4000兆円に対して金の総額は500兆円でしかない。
信用取引などの債権総額が7京(7千憶×10)。 金の通貨としての歴史は数千年もある。 時代が変化しても、
やはり通貨の基準軸である。 で、去年に世界主要20ヶ国が、この通貨危機に対して、どんどん通貨を刷りましょうと
決めたのだから、近い将来に金が暴騰するのは当然のこと。 しかし目先に金を放出して、金融危機を乗り越える機関
もあり、一年あまりは自動調整をしてきたが、ここで値上がりに転じてきたようだ。IMFが放出した400トンの金
の半分を伏兵だったインドが買ったことも上げ相場の原因だが。 それとも、まだ調整期の一現象か? 金融の世界
だけは複雑怪奇なので即断は出来ない。 これでバブルの沸く中国上層階級が買いに入るかどうか?
  * 新潟飛行場タクシー運転手殺人事件
 物騒になってきた。新潟市は殺人事件が多いが、港町ということもある。
数万の金のため簡単に殺人事件を起こすから恐ろしい。 運転手も戦々恐々だろう。
「不景気で稼ぎが悪い上に、これだもの!」という、ボヤキが聞こえてきそうである。
さっそく、刑事が当日の宿泊客の名簿を調べにきていたが。 
  * 来春の高卒の就職内定者が4割を割って過去最低
 来年の高卒就職内定率が9月末で37パーセントで、去年より13パーセントもダウンした、という。
経済活動全般が三分の二になったのだから、この数字も肯けるが、地方ではよりマイナスが大きい。
新潟県は33パーセントというから、学校によっては、2割も決定してないところもあるはず。
企業側からいえば、5年もしないうちに大部分が辞めていくなら、中途採用準社員にした方が数段、戦力になる。
この流れは、もう止まることもないから若者は絶望的になるのも分かる。 新卒の若いうちに、正社員としての
基礎訓練を入れてないと、何処の企業の再就職も難しいことは周知の事実。日本がますます弱っていく姿は痛痛しい。
その人にとって時代背景に恵まれていたかどうかは、大きな要素。その意味で現在、卒業を迎えている若者は気の毒。
しかし「今時の若者は」ではないが、ますます若者の質の劣化が進んでいる。まともな会話さえ出来ないのが大部分。
どうする日本である。それにしても、「ゆとり教育」の弊害は深刻である。 日教組か~歴史に残るだろう、これは!
                         (偶然だが、去年、似たようなことを書いていた)
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2773,  どこか変?
2008年11月07日(金)
 今更だが、子供も含めて「どこか変」である。「今の若者は!」と、ピラミッドの何処かに書いてあったというが、
現在の若者のそれは、そのレベルではない。 見てみない振りをするしかないのか。アメリカが画策した占領下無能化
教育の完成品?  立場的に書けないことは幾らでもあるが、酷いを遥かに超えている。 情報化による弊害もある。
 以下、その純朴な疑問がそのまま書いてある随想の一部である。 まずは、その部分から、
   ーーーー
*どこか変です!
 女子高校三人が乗ってきて、通路をはさんだ私の前の三人がけの座席に座った。
その直後である。駆け込み乗車さながらに、白い蝶が一匹、勢いよく飛び込んできた。
まるで意志あるがごとくにである。その潔さに驚いているとドアが閉まった。
蝶はまぎれもなく電車の一員になったわけだ。 この珍景に心を奪われていると、蝶はやがて失敗に気づいたらしく
右往左往しだした。だが程なく居場所が決まった。三人の前である。彼女たちの匂いや彩りを花と見立てたのだろう。
その前を拠点に、ひらひらを始めたのである。 私はほっとした。 三人はきっと優しい視線を注ぎ、
あわよくば誰かが、その柔らかな掌に包み込んでいとおしむに違いないと思ったのだ。
 ところがである。彼女たちは、「きゃあー」と悲鳴をあげて、通路を前方へと突っ走って行ったのだ。
あたかも熊ん蜂に襲われでもしているかのように、両手で頭を押さえ、背を丸め、まるで必死なのだ。
信じられない。 なぜなの? 蝶は拒絶されてもなお、その花たちを追った。
三人は前の車両に飛び込んで大慌てで境のドアを閉めた。そうして、こともあろうにガラスに額を押しつけて、
蝶のようすを伺っているのだ。これっていったい何。ふざけ?それとも本心?高校生だけにその挙動は不可解だった。 
 乗客の大半は蝶のことを知らない。突然の騒ぎにも我関せずである。
ひたすら本のぺージを追い、携帯電話を見つめ、あるいは目を閉じている。
私は行きがかり上、無関心ではいられない。それとなく、孤独な蝶の行方に心を寄せていた。
なぜ、こうまで嫌うのだろう。 相手が複数なら別だけれど、たったの一匹だ。しかも三対一。
ふざけにしては大袈裟過ぎる。 それとも鱗粉が問題なの? それなら眺めるだけでよい。
 そういえば先日、蝉が怖いのだと母親にしがみついて泣き喚く幼児がいた。男の子である。
蝉は歩道の傍らで、ただ、うずくまっていただけなのに。 私にはその泣き声が、自然との関わりが
稀薄になることへの警鐘に聞こえた。そうして、今またその思いが重なった。
人々は急テンポで変化していく世相に翻弄され、それは子どもたちが、野に出て遊びほうとする掛け替えのない
時期を逸することとつながった。 馴染みのない昆虫に拒否反応を示したとしても不思議ではない。
しかし、これもまた痩せていく日本の一コマではないのかと胸が騒いだ。
菜の花と蝶、炎天下の蝉しぐれ…… これらは皆、列島の宝である。 万人の心に響くものでありたい。
 次の駅で私は下車した。 蝶は、まっ先に飛び出したことであろう。
そうして一路、あの葉桜の下の草むらへと、独り旅を楽しんでいるに違いない。
私の偏見かもしれない。 時代おくれも承知である。 これでいいのかしら、と気になるのである。
 ー
 以上だが、何か変なことは誰も知っている。だが、諦めたのか、馬鹿馬鹿しいのか、誰も素朴な疑問を持たない。
 新幹線や、電車の中の似たような出来事を、知人に話すと、今更という顔をしながら、更に酷い事例を話してくれる。
 先日、自動車で3キロ引きずりをして死なせた若者がいた。 その男の、それまでの行蔵をレポートをしていたが、
 その何か変!というのに当てはまる。 親が団塊の世代で、離婚をしていて、親の不仲が子に報い!という奴だ。
 それに過剰な情報である。 オカシクなって当然といえば当然である。
「どこか変?」でなく、「かなり変!」である。
・・・・・・・
2007年11月07日(水)
2409, まわり道
               ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよ~♪
 神谷八重子の「こころの旅」ー第六章の中に青年期の「まわり道」について書いてあった。同じような
ことが、立花隆の文章にもあった。「青年期の10年は潜伏期間で何を蓄積するかで人生が決まってくる」と。
私のカラオケの18番が「遠くへ行きたい」。「まわり道」の先で歌ってたせいか、心の歌になってしまった。
 一番の究極の時こそ一番のプラスとマイナスの経験をする。人生には、色いろな道を通らねばならない。
「のぼり坂、くだり坂、そしてまさか」という道。迷い道、けもの道、なみだ道、散歩道、行き止まり道、
 分かれ道?など、 多くの道を歩いた先にあるものは?  火葬場? 天国?
ーp.121
・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。「運命」と当面のしごとが
要求することを忠実にはたしているうちに、意外にもそこから本来の道へ行く糸口があらわれてくることもある。 
あるいはまったく思いがけない人がみていて、本道へとつれ出してくれることもある。
けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間見捨てられているわけではない。
いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの旅の内容にとって必ずしも損失ではなく、
たとえもし青年期を病の中ですごしたとしても、それが後半生で充分生かされることが少なくない。
人間は「ただではころばない」という芸当もできるのである。落伍者のようにみえた青年の中から、のちに
どれだけ個性豊かな人生を送る人がうまれたことであろう。それは彼のこころの道中で、順調に行った人より
も多くの風景に接し、多くの思いに心が肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。
そのためにやっと「わが道」にたどりついた時、すらすらと一直線でそこに来た人よりも
独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事をすることができるだろう。・・・
 ーー
人生60年余生きてきて、本当に無駄なことは無かったと実感する。それも順境の時より逆境の時の方が有益だった。
「順境は枝を張れ、逆境は枝葉を切り取って根を張れ」という。私が現在、文章を思ったままスラスラ書けるのは、
三回の浪人期に、自分を支えるため本を読み、文章を書いたため。その残存が、これである。外務省の佐藤優の文章が
心を打つのは、決して奇麗事を書いているからではない、留置所の中で考え、そして言葉を練りまわしていたからである。
また、そこを「勉強の場」として、本を徹底的に読んだからである。留置場こそ使い方によっては学びの部屋のようだ…   
留置場への道もあるか・・・
・・・・・・・・・
2006年11月07日(火)
2044, 読書週間に読書習慣を考える       (+>∀<+)ノ おぁはは~ようさん!
 先週は、「読書週間」で読書について幾つかの新聞で特集を組んでいた。
驚いたのは、「この一ヶ月間で何冊本を読んだか?」の質問で、一冊も読んでない人が半数近くもいたことだ。
・男女はほぼ同じ、女性が50パー、男性が48パーであった。読まなかった人は、この10年はほぼ変わらなかった。
・20年前に比べると20代では、20年前(22?)に比べると、二倍以上も増えていることだ。
 娯楽が本以外のメディアなどに多様化したことが原因である。
  (字数制限のためカット09年11月07日)      
・・・・・・・
2005年11月07日(月)
1679, 「自薦エッセイ集 魂の光景」-3
ー「メタモルフォーゼ」ー ?
   <意識の変容>
「意識の変容」といえば、夢であろう。 夢は裸の自分に出会うところである。夢について今まで多く書いてきた。
そして、その本質について深く考えてきたと思っていたが、この文章を読んで疑問を持ってしまった。ユング
フロイトを読み、実際に不思議な多く体験をして意識の変容としての夢を冷静にみていたつもりであったが。
まずは、「自薦エッセイ集 魂の光景」 ー『メタモルフォーゼ』の章のポイントを書き写してみる。
この著者は深く難しいことを何気なく表現するのがよい。 ジャーナリスト出身だからだろう。
 ーーー    
"夢の形で何が現れるのか。少年時代からぼんやりと感じ、30歳代になってかなり意識したのは、
自分の内部に人気のない山奥の古い沼のようなものがあり、そのエメラルド・グリーンの静まり返った水面下に、
自分の体験だけでなく、両親とその先祖たちの何十代、何百年前にわたる同じ一族としての、同じ民族としての、
同じ人類としての経験だけでなく、哺乳類から爬虫類、両生類、魚類、海中微生物時代の経験までが、深々と
薄暗く沈みこんでいるらしい、ということだった。そしてたぶん私の場合、他のまともな多くの人たちに比べて、
その沼の水面の表面張力、つまり意識と無意識との境の膜が、極度に薄くって弱いらしい、ということも。
  (字数制限のためカット10年11月07日) 
・・・・・・・
2004年11月07日(日)
1314, まさか、地元で大地震!ー11
 ウォーキングで、彼方此方みるうちに地震の大きさに驚いている。 近くに避難所があることと、自宅の裏
の空家に被災者一家が入居してきたことと、一昨日の殿町の飲食街で、具体的な被害を見てきたこともある。
お客は閑散、店と客のボトルは殆ど棚から落ちて割れたとか。次々に廃業をしているという。
30分ほど歩いた所にSCがあるが、ゲームセンターは閉鎖のまま、隣接している玩具のチェーン店
「トイラザス」もやはり閉鎖のまま。ジョウシンという家電の全国チェーンも、痛々しいほど店の商品はスカスカ。
駐車場の一角に大きなテントを張って、壊れた商品を一時保管していたのをみても多くの商品が破損したのだろう。
近くのパチンコ店も閉鎖のままである。遊技場など行く雰囲気でもないが。道路は陥没のまま手がつけられてない状態。
アルファルトで応急処理をしてある道路も余震で再び陥没していたところが多い。この地震で家の崩壊や死傷者が少な
かったのは、建物が雪国用に頑丈に作られていたことと、過疎地で人口の密度が低かったことなどで、第二次災害が
最小であったためだ。これだけの災害でよくぞ三十数人の死者ですんだのは、不幸中の幸いである。
新幹線も、雪国用の特別仕様のため大事故をまぬがれた。
この地震の特徴は余震が異常に多く、現在も続いていて、余震の地域が更に広域に広がっていることだ。
昨日のメルクマールでも書いたが、散歩途中で聞こえてきた農家の人の立ち話が印象的だった。
「丁度良い時期に、地震が起きてくれた。早ければ、稲刈りや農作物の取り入れに影響をしたし、
遅ければ寒さや雪で大変であった。 水害の跡片付けも丁度終わった頃だし」なるほど、その通りである。
大きなマイナスの出来事の中にも、必ずプラスがあるものだ。
これからの被災者の大きな問題は、普段の生活に戻れないことだろう。一番変化に対応しにくい人達?だからだ。
・・・・・・・
2003年11月07日(金)
947, 女の視線
田中真紀子は選挙になると、一番汚い服を着る」という噂が専らである。なるほど、その同年代の女の視線を、
彼女には解らないのだろう。所詮は票乞食にならなくてはならないのが代議士。もっとも選挙運動に綺麗な外行
の服も着ることができないが、パフォーマンスで着ているかは女の目には誤魔化せない。
目白御殿に住み、何不自由なく生きてきて、今更庶民派もないだろう。
   (字数制限のためカット10年11月07日) 
・・・・・・・
573, 健康機器
- 2002年11月07日(木)
 以前ある人に「ニギニギ」を紹介されてから、散歩の時は必ず持ち歩き、握ぎ握ぎをしながら歩いている。
肩こりや目などに非常に良い。 数種類を持っていてその時々に使い分けている。
海外旅行の時など飛行機や移動のバスの中では、必ず手で握り締めている。 ボチボチや突起物が付いており、
それが手のツボを刺激をする。 足と目と手にツボが集中しており、手が気楽に一番やりやすい。
100円ショップに多くの種類が売っており、7~8種類を持っている。
2週間ほど前に会社の近くの家電の量販店をブラブラしていると、磁気付きのニギニギがあったので早速買った。 
使ってみるとなかなか良い。また自宅の近くのダイエーをブラブラしていると、店頭で磁気付きブレスレッドの
定価8千円のものが1千円で売っていた。 迷わず買って腕にした。
その夜何か寝ていても気分がよく良い夢を見た、そして翌夜も。気のせいもあるだろうが。
 更に再び同じ家電の売り場に再び行くと、アイマスクの磁気入りの物を売っていた。
これを早速買って夜付けて寝ると頭がすっきりした。 今度はヨドバシカメラに行くと、
頭に掛けるイヤホーンの形のコメカミに磁気を当てる物があった。これも良い。
付けて本やTVを見ると疲れないのだ。従ってこの二週間で頭や目や肩が非常に楽になった。
腕にブレスレッド、頭にイヤホーン、手にニギニギ、寝室ではアイマスクをしている。
まあ馬鹿みたいだが? 肩こり、目の疲れに間違いなく良い!
・・・・・・
[219] 無駄な事なし
- 2001年11月07日(水)
 人生ふりかえってみて感じる事は[無駄な事は全くない]という事である。
ある程度燃焼してきたから、言えるのかもしれないが!全く無駄にみえる事ほどふりかえってみた時、
一番重要なポインだったようだ。皮肉と言えば皮肉だ。重要な事はボロを羽織ってくるのだろう。老年に
さしかっかた時、死と同じくらいの恐怖「自分の人生これでよかったのだろうか?」という問いかけだそうだ。
ある本に‘自分の母が死ぬ時「私の人生失敗だった!」という言葉を残していたと姉より死後に聞いて、
立ち上がれないほどショックを受けた’という内容が書いてあった。なにか非常に悲しい響きが残っている。
母に「人生の元をとった?」と聞いたことがある。「とったとった十分とった!」と嬉しそうに言っていた!
人によって「無駄な事だらけ」という人生もあるのかもしれない。
人生にやはり意味を求めていないと、精一杯生きてないと、失敗だった?という気持ちになってしまう
のだろう。無駄とはどういう事だろう? ある事業に失敗したとする、それをどういうように解釈するか?
自分の解釈で意味ずけをするかだ。 無駄にみえても、意味があると解釈するかどうかだ。