* ポチのポチの汚職問題が浮上
 アメリカ政府筋、よくぞ次々と問題がポチの周囲に起こるもの。頭が、ロシア
に育てられたポチ下の商務長官なら、さもあらん。ロシア筋は、自壊的現象を
冷笑してみていればよいだけ。オバマの高潔と気品は、何処に! 
それが良かったか、悪かったかは別問題… まずは、〜ネットニュースより〜
≪ ★ ー米閣僚、ロシア企業から利益 「パラダイス文書」を入手ー
 米トランプ政権のウィルバー・ロス商務長官が、タックスヘイブンにある複数
の法人を介して、ロシアのプーチン大統領に近いガス会社との取引で利益を得て
いたことが、朝日新聞が提携する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)
の調べでわかった。ガス会社の主要株主には、プーチン氏の娘婿や、米国の制裁
対象である実業家らが含まれている。商務長官は外国への制裁判断にも影響力を
持ち、複数の専門家が「深刻な利益相反の恐れがある」と指摘している。
 【特集パラダイス文書】疑惑の島 トランプ政権X氏の謎
英領バミューダ諸島などに拠点がある法律事務所「アップルビー」などから流出
した膨大な電子ファイル「パラダイス文書」を元に、ICIJがロス氏の資産
報告など複数の公文書と合わせて取材した。「ロシア疑惑」に揺れるトランプ
政権にとって、新たな火種となることは必至だ。≫

▼ 大変な問題だが、「で、どうする?」となれば、どうしようもない」が現実。
   〜で、天空彼方からの内なる彼らの問答は、こんなものか!
《 A:「この男を使って、やっちまえ!」 B:「何を?」 A:「当然、あれ!」
 B:「やばすぎない?」 A:「やばいでしょう」 B「:これ始めると、後に戻れ
ないのでは?…」 A:「それがどうした?なるようになる!それで最終調整に、
周っている」 B:「本当か?」 A:「いま、決断しないと、世界も、取返し
のつかない事態に」 B:「としても、止めておいた方がよい」 
A:「そう言いつつ20年も経っている」 C:「これが必然なら、早い方がいいよ」 
A:「あとあとの、歴史家も、必ずそういうよ」 B:「終戦処理の問題がある」 
A:「誰が戦う前から、戦後を考えるか」
C:「朝鮮半島イラク、シリアの戦禍状態に、日本はトルコ状態になる可能性
 が充分にある。過去70年以上も平和ボケの日本には、想像を絶した事態。そう
 こう考えると、周辺国は、真剣に締付けをしないと!」 
A:「どの道、あの国では無理! 国そのものがISのような狂信国家そのもの。
 住民もろごと、破壊する必要がある。 》 
書いている私自身、気分が悪くなっている。 どうもこうも!
C:「一年ぐらいは、様子をみたら!」を支持したいが、ポチと、何?が…

・・・・・・
5715,閑話小題 〜2016/11/07
2016年11月07日(月)
   * つれづれなるままに 〜2016/11/07
 常々思っていることは、年齢に意識が全くついていけないこと。
心は20歳辺りの時と大して変わってない。退化してないし、進化している
ようでもない。何れの峠(時節)から見える光景が初めてで新鮮?のため、
自分の年齢を忘れてしまう。 まさか、こんな面白い時代を生きるとは。
 この十数年、ネット社会やユビキタスの浸透で社会が激変している。
自動運転車が売り出されるとか、一般の大部分がスマートフォンを持つ現実
が不思議と思うことすら、若者にとって違和感があるようだ。
 10年後には、現時点で予測できない世界が表れているはず。
10年前に、誰が、スマートフォンが出現すると思っていただろう。
 〜スマートフォンを検索すると〜
< 2007年1月9日に開催された "MacWorld Expo 2007" で、当時Apple
 CEOのジョブスは、突如としてiPhoneを発表した。iPod・通話機能・
インターネット/電子メールの機能をあわせ持つ、全く新しいタイプの
携帯型情報端末の発表に、メディアもアメリカ国民も注目した。>とある
 これが一部の人たちでなく、世界中の多くが使いこなしている現実。
自動運転車といえば、『人工知能』がキーワードになる。通行人、車、環境
の動きを読み取ることが可能だから、大企業や、国家単位で本気で開発を始め
たのである。早速、図書館で、『人工超知能が人類を超える』台場時生著
を借りてきた。「2045年に技術的特異点を超える」という。その特異点という
のは、<科学技術の進歩するスピードが予測不可能のほど高速になる時>を
指す言葉である。数日後に評論をテーマに書く予定だが・・ 
 30年とはいわない。 あと10年は生きたいものである。
今の若者は、この技術的特異点を超えた世界を生きるのである。
   
・・・・・・
5350,浅田次郎の人生相談 ー世の中、さほど不公平じゃない
2015年11月07日(土)
          ー『世の中、それほど不公平でない』浅田次郎
   * 意外とチャンスは平等に与えられている
 私が青少年の頃の50〜60年前は、まだ大きな格差が歴然としていた。
ところが、この半世紀で、建前だけは公平になってきた。 逆にいえば、
世の中は不平等と、つくづく実感する。持って生まれた能力のあるものに
とって、これほど生きやすい世界はないし、無い者にとって、これほど
厳しい世界は無い。しかし、今ではチャンスだけは公平に与えられている。
だから、無い者には、知的武装と機会の開発をするしかない。身の回りを
見渡しても、それぞれの分野での格差が露骨に存在する。努力が報われた
著者の上から視線なら、『世の中、それほど不公平でない』と、見える
のだろうが、下から目線では、そうではない。〜その辺りから〜
≪・太郎:「最近の若者は」と言うなら何か思い当たる節がありますか?
・次郎:そうだな… 個性がなくなってきているという気はするな。
 それは、今の日本社会に格差が小さくなってきているからだと思う。
ニュースではよく言われているけど、日本の世の中が格差社会だなんて
贅沢でわがままだよ。僕らの時代だって、ずいぶん格差は縮まっていた。
それでも、経済的な理由で中学から高校に行けない子供もざらにいたね。
今はそこまでではないだろう。 ・・これも僕の持論なんだけれど、
「食べられないこと」「命の危険にさらされていること」、
このふたつに比べたら、ほかのことなんて案外大したことではない。
この本の読者は、少なくともこれを買うことができているのだから、
そのふたつには該当しないはずだ。・・ということはね、今の世の中では
意外とチャンスは平等に与えられているんだ。昔は、いかんともしがたい
壁というものがあった。本当にどうしようもないくらい家が貧乏だとか。
そういうハンディは、今は少ないと思う。だから、世の中が豊かになった分、
若い人たちもみんな同じような感じになったね。同じようなものを食って、
同じような生活をして、同じような志を持つ。それで、価値観まで同じに
なるんだよ。そういうつまらなさは、若い人たちを見ていていつも感じる。
例えば、僕には君と同じような年齢の娘がいるのだけど、娘の友達が5人出て
きても、その5人が全然個性の違う友達ではなくて「娘の友達A、B、C、D、E」
みたいなところがある。僕らの時代はね、例えば5人友達がいたとすると、
5人ともまず家の豊かさが違う。それも、大幅に違う。だから価値観が違う。
世界観が違う。それが、おもしろかった。
・太朗:今はそこまでの違いは生まれにくいかもしれません。
・次郎:この間、おたくの編集部に行っただろう。あのとき壁にザーッと
 何十枚もポスターが張ってあったな。なんとかってアイドルの……。
 あのコたちもみんな同じ顔に見えたよ。
・太郎:AKB銘柄ですね。最初は、皆さんそうおっしゃいます。
・次郎:だいたい、どこがいいんだよ。僕はさっぱりわからないのだが。
・太郎:身近な感じがするのが、一番の要因ではないでしょうか。
・次郎:適度にブスということか。
・太郎:「クラスで5、6番目にかわいい女のコたち」というのがコンセプト。
  ふ〜ん、そういうコンセプトはわかる気がするな。 ・・・≫
▼「彼女らが何で?」と思っていたが、クラスで5,6番目狙いとは、知らなんだ。
 誰でも手が届きそうな、といって妥協したくない、微妙なところ狙いなら、
男女かかわらず、客層は広くなる。逆にいえば、1〜2番は、意外と孤独で、
孤立している。だから、心の距離を置いた?褒め言葉に弱い。
遊び人は、それを知っているから常に美人に恵まれる。ただ憧れていると
伝えることは、簡単。 だから、どうした? どうもしません!
格差云々という前に、努力をしなくては。逆に美人ほど、努力をしている
から、その差は開く一方。 でも、やはり世の中、不平等に出来ている。
・・・・・・
4985,暴走する世間 −2
2014年11月07日(金)
      「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著)
  ー著者は、安部謹也の「世間とは何か」を紹介している。
《 「社会」と「世間」について。「社会(society)」という言葉は、近代化
 の時代に西欧から輸入し、翻訳されたものである。神と個別の契約を結んだ
「個人」たちが営む集団組織のことを言う。西洋人たちは長い時間をかけて、
こうした「社会」を作り上げてきた。維新の立役者たちは西欧文明に追いつこう
と、様々な学問を持ち帰ってきた中で、日本にも「社会」という言葉が輸入され、
幅を利かすようになった。 日本には「社会」が無かったにもかかわらず。
そこにあるのは「世間」である。「世間は社会ではなく、自分が加わっている
比較的小さな人間関係の環」である。日本人にとっては、個人がどの「世間」
に加わっているかが重要であって、それによって、相手との人間関係が決まって
くる。「世間」はある時は強力な保護者になってくれるかもしれないが、一歩
間違えば、個人に対して没個性を強要する権威主義にもなる。本書は、こうした
関係の中で自己を形成せざるを得ない日本の個人についての論考である。 》
▼ 「世間を全世界と勘違いしている人たち」に同調したくないため、
 アウトサイダーのスタンスを取り続けてきた。幸いに装置産業は近隣社会と
接触が最小ですむ好都合の事業でもあった。以前の「世間」のテーマで取上げた、
藤沢周平の『海鳴り』の一節で、世間の中で生きているある商人の世間に対する
気持を正直に書いてあったが、世間の有様を鋭く観察するものと感心したもの。 
〜その一節から〜
< たしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。世間は時には悪意
 をむき出しに襲いかかってきたが、稀には救いの手を差しのべても来た。
渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。
だが善意の人も、一たん利害が対立すると手のひらを返したように悪意に満ちた
中傷をばら撒いたりすることもめずらしくなかった。つまり、と新兵衛は
そのころ思ったものだ。無償の善意などというものを世間に期待するのは
馬鹿げていて、この世はむしろ悪意に満ちていて、隙があれば足元をすくおう
としていると覚悟をしていた方がいい。> とある。その権化が、週刊誌など
のバッシング記事となる。 この世界は、実は幻想、幻覚であり、それぞれが、
それぞれの小さな世界で妄想しているに過ぎない。それさえ知ってしまえば、
何事も切実に悩むことも無いが、この世間という妄想はどうにもこうにも。
で、『世間学的エポケー』の問題になる。 この世間という集団妄想を
見据えると『無知蒙昧』のヘドロ!
・・・・・・
4618, 君は1万円札を破れるか? ー5 
2013年11月07日(木)
        ー君は1万円札を破れるか?ー苫米地英人(著)
 * 世界経済の影の支配者 ー世界の富の95%を独占する人々
 世界は幾つかの世界財閥の支配下にあり、各国の中央銀行の株の多くを
握っており、富の大部分がコントロールされている。そして彼らは決して
表には出てこない。その存在は、多く書かれているが、FRBや、EUBの株式の
多くを握って、世界の金融をコントロールをしているとは驚いた。
  ーまずは、その辺りを抜粋ー
《 世界経済の中核を担う先進国の中央銀行は国の機関ではなく、これらの
 中央銀行の実権を握っているのは、大株主の英仏のロスチやイルドや、
アメりカのロックフェラー家、モルガン家など、ごく少数の富豪たちです。
イギリスの中央銀行イングランド銀行、フランスの中央銀行のフランス銀行も、
形の上で国営化されていますが、事実上は英仏ロスチャイルドをはじめとする
個人によって支配されています。それらの大富豪一族のほとんとは、前で触れた
ゴールドスミスの系譜に連なる人たちです。現在、世界の基軸通貨アメリカの
ドルは、FRBが握っています。FRBは金融政策を決定する最高意思決定機関
でありアメリカの中央銀行である連邦のことでが、連邦準備銀行そのものは
民間銀行であり、ぞの株主は主にイギリスを中心としたヨーロッパ系なのです。
FRBには、1923年のクリスマス休暇中に、ロスチャイルドなどのヨーロッパ
の名家や、ロックフェラー家、モルガン家などのアメリカ名家の息のかかった
議員だけが突然集められ、成立した「FRS(連邦準備制度)」法案により
成立されたという驚くべき経緯がある。ユーロの発行権を持つECBにしても、
EU加盟国のどこの国の政府からも介入を受けないで、完全に独立をして通貨を
発行できると規定されている。このように、先進国の通貨発行権を握ることで、
これらの大富豪たちは世界の富のほとんどを独占している。だが、実に不思議な
ことに、表に出ることなく、分厚いベールに包まれている。・・・
 「アメリカの支配者」「欧州の支配者」とかいう表現は、それは必ずしも
欧米の指導者とか、為政者とかいう意味ではない。経済的な支配によって各国を
裏から動かしている人という意味であり、国籍は他国にあっても実質的に
その国の一端を握っている人たちもいます。たとえば、日本は実質上、支配して
いるのは総理大臣ではなく、第二次世界大戦以降、アメリカの属国のようなもの。
歴史をたどれば、明治維新のころから英仏ロスチャイルド家に代表される
ヨーロッパ系巨大大財閥の影響を受けています。》
▼ 日本の中央銀行の日銀の株式は政府が55%を保持しているが、他の45%は
 不明という。日銀の政策の独立性とかいうが、政府の意向は大きく働くのは
致し方がない。もし、その55%が欧米の財閥に握られているとしたら、その財閥
の隷属下にあることになる。ということは、アメリカの隷属国家の日本も、
彼らの支配下ということになる。そういう貨幣を信じて蓄財に励み、それを米国
国債を一兆ドルも買わされ、二度と戻って来ないというから、奴隷国家そのもの。
阿部も、麻生も家系からしてポチ系。ますます、忠犬になるしか道がない。
小沢は日本の独立に目指して一歩踏み出したが、忠犬官僚の検察とマスコミに
よって完璧までに潰された。そうこう考えると、大きな成功より、小さな個々の
成功(趣味など)を目指した方が、無難ということになる。彼らのスイッチ、
オンオフで、何もかもが決まるのだから。バブルの阿波踊りと、破裂だったか、
私の人生は? いや、全て。まあ、面白かったが! これでは、遅かれ早かれ、
素っ裸。今でも第二次大戦の敗北で間接統治のまま!
韓国にはIMFが入り、米国資本が主だった大企業の株主。近未来の日本?
・・・・・・
4243, しまった!  ー2
2012年11月07日(水)                
  * 手ごわい「あとバイアス」ー しまった!「失敗の心理」を科学する
                     ージョゼフ・T・ハリナン(著) 
周囲の世界を見たり、記憶したり、感知したりするのは、総じて‘体系的偏り’
(バイアス)を通して行われ、間違いの起因になる。 要するに、人は、それ
ぞれの偏見に焼きなおして記憶するのである。それは、その人の期待でもある。 
小さな地域社会では、それが一人歩きを始める。それが老人の多い町ほど、
内容は、地域の偏りの魔女狩りの様相になる。酷い噂は、流れのない淀みに
住んでいれば、誰もが何度も経験する。インサイダーになるか、徹底して
アウトサイダーになるかの選択をするしかない。それが、「あとバイアス
(歪んだ後講釈)」として、更に歪むため、ことは厄介になる。  
    ーその辺りを抜粋してみるー
≪ 簡単にいうと人間、自分が思うほど完全な存在ではない。だが周囲の
 世界は人間が完全であるかのような前提で動いている。たとえば、社会は
数え切れないほどのパスワードを、暗証番号を覚えるよう要求する。ところが、
この種の情報の記憶を人間は苦手とする、あるテストでは、たった一週間で
三〇%の人がパスワードを忘れてしまったし、別のテストでは、三ヵ月後に
六五%以上の人がパスワードを忘れていた。人間が一度にできることの数は
ごく限られているのに、ふだんの生活でマルチタスク(複数の作業を同時に
こなすこと)が求められ、その限界が試される。そのうえ同時におこなうよう
求められることは、たいがい実行中のことと無関係。しかし一般に人間の
短期記憶は、五つ以上の無関係なことを一度には覚えられない。
たとえば愛車はあなたに、いくつのことを記憶するよう求めているだろう? 
車内にナビは搭載? 自動速度制御装置は?衝突防止装置はある? 死角警報
システムやリアビューカメラ、子ども用の娯楽システムは? MP3プレーヤー
や携帯電話は? いまや車内には運転者の気を散らし、それ自体が事故の原因
になりうる装置があふれている。だが事故が起きれば、責めを負うのは車
ではなく、あなたなのだ。自分が間違えるのを「間違った」もののせいにして
いたら、同じ過ちを繰り返すことになりかねない。原因をまちがえていては、
経験から学べることは少ない。とりわけ大きな不具合が生じた場合に、
責任の所在を追及するのは当然のことである。だがどこに誤りがあったか、
それをつきとめるのは容易なことではない。だから「あとバイアス」をする。≫
▼「あと講釈」の一つに、スポーツ解説がある。勝手に選手の失敗に対して、
 あたかも本当のようなウソをいう。聞いている方は素人を承知で、
「あとバイアス」の言いたい放題。気の毒なのは、選手で、それが恰も真実
として罷りとおる。批判される選手と監督は、結果責任を問われているから
何も反論できないことを充分に承知の上のため、言いたい放題。
しかし、「あとバイアス」を自分の思考や判断を狂わせてしまう。
現在の日本の政治の混迷も、これが大きな起因になっている。
・・・・・・
3878, 閑話小題
2011年11月07日(月)
   * 再び、ギリシャ
 ギリシャの首相には驚き、呆れてしまった。例え話でいえば、
《暴走しているバスの運転手、助けにきた他の車が暴走車に鎖をつけて、
何とか大事故を抑えようとしたところ、「鎖をつけるかどうか、乗客に聞いて
みてから」と、言い出した。乗客は暴走をしているのを知ってか知らずか?
バス内の自分たちの不満で頭が一杯。瀬戸際で運転手が、どの道を選ぶか
乗客に聞いている場合でない。一つ間違えると、助けにきた仲間も道連れに
なることを運転手と乗客も知っているので、タカをくくっている。 
そこで「それなら助けるのを中止する。その上、共同体から排除をする」
というと、急に運転手も乗客も慌てだし、従うと言い出した。》
これは世界中が唖然とした寸劇。しかし国民の反対デモや議会の混乱を
抑えるため「国民投票」といえば、世界の袋叩になるのを覚悟の上、あえて
言った政治的駆け引きとすれば、これも納得。 国民投票やるべし!
のデモが起きるかどうかだが、起ってこないのが漫画的。この10年間、
哲学書を読み続けているが、始まりはギリシャ哲学。 その西欧文明の
行き着いた終着駅が現時点とすると、ギリシャ問題は、図ったように起きた
ユング的現象か。民主主義の発生の国で、その矛盾が、そのまま表出すること
になった。ともかく目先の火の手を納めたが、次はイタリア、スペイン、
アイルランドが控えている。そして、日本、アメリカ、中国も?
   * 少しウツ気味で、正常の状態?
 少しウツ気味。 年齢と現在おかれている状況から当然で、これが正常
なのかもしれない。パソコンの具合が悪かったり、スポーツジムで冷たい視線
を感じたり、家内が機嫌が悪かったり、幾らでも原因はある。それでもiPad
いう新たな遊び道具を手に入れネットサーフィンや、パソコン・ゲームに熱中。 
スポーツジムや、早朝のサイクリングで発散ができている。 過去に身辺の
ウツ症状の人の素人カウンセリングをしたりし対処の擬似体験をしていたので、
最小で済んでいる。目先の落ち込みはシネマにいくのが即効性がある。
で、最近多く行っている? 他にストレス発散に買い物がある。
百金や、スーパーで「酒のツマミ」や、机周りのものを買ったりする。
あくまで日常品の範囲だが・・・。
 50歳代の10年近く、20年・30年分の人生を押し込んだのが、
ここにきて効いている。そのため現状を悲観し過去の良かった時節を懐かしむ
こともない。人生は時節ごとに一期一会。それぞれに、また違った人生がある。
これからの人生を有効に生きるに、何が良いのか考え尽くさねばならない。 
これまでの緑の原野から出て、目の前に広がる「草原の世界」で何をすべきか? 
そのためには新しい世界を知ること。そして、草原で生きるための
「人生の知恵」を改めて身に着けなければならない。緑の原野だけが人生では
ないことを知るには、そこを一歩出てこそ分かるもの。真実の自分に気づく旅路?