つれづれに

イメージ 1

イメージ 2

d他のブログ
http://www.enpitu.ne.jp/usr5/54909/
http://horii888888.toypark.in/cgi-bin/s_diarys.cgi
http://d.hatena.ne.jp/horii888888/archive

 今日のYoutube

 今朝、TVのレポートで、南太平洋の小さな国家の
レポートをしていた。わずか一万人の国が、前時代的な
国家運営のため、破綻に瀕しているという内容。
そこで、ネットで調べてみたら、現実に、こういう国があった。
 ~明日の随想日記のテーマか!
≪ 2007年に日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』が「地球の歩き方
ナウル版を制作する企画で取材班が訪れた際には、日中の街中を無為に
うろつき回る多数の島民の姿が映し出されていた[3]。
これは1世紀近くにわたり、働かずに収入を得ていたため、ほとんどの
国民が勤労意欲以前に労働そのものを知らないためである。取材班が訪れた
当時は、政府が小学校の高学年で働き方を教える授業を行い、将来の国を
担う子供たちの労働意欲を与えようという対策がなされていた。
しかし、鉱業だけに頼る産業構造だったため一定規模の民間企業が
存在しないこと、インフラ整備が後回しにされていること、国民の勤労意欲が
極端に低いなど悪条件が重なっているため、現地での起業も外国企業の誘致も
進んでいない。外務省の情報では、日本からの民間投資は存在しない。
また子供の頃から働いたことのない成人に関しては何の対策も施せない
状況が続いており、平日の昼間にうろついていた成人男性らに
「なにをやっているのか」と前述の取材班が質問すると「何にもしていない」
「魚釣り」「暇だからバイクで島を一周していた」など危機感のない返答をしていた。
上記の通り、ナウルでは歴史上、国民が「自給自足で暮らす生活」・
「つらい労働を強いられる生活」・「遊んで暮らす生活」しか経験した
ことがなかったため、「働いて給料をもらい、その金で生活をする」という
概念が無いのがそもそもの原因である[4]。
2011年の統計によると、島内の失業率は90%に達しているとされる。
――
対テロ戦争以降はアフガニスタンからオーストラリアに向かう難民を、
外国政府による経済的支援の見返りに受け入れており、2005年時点では
イラク難民の比率が高かった。裕福だった時代から、グアムやサイパン
ハワイやオーストラリアなどの国外のリゾート地に、土地やホテル、
マンションを所有している。平時には現地の企業等に貸しているが、
これらの物件を所有する第一の目的は、非常時にナウル国民を避難させる
ためであった。しかし経済の行き詰まりから資産の整理売却が進んでいる。



・・・・・・
2187, 土地デフレが終焉?
2007年03月30日(金)

 オッ ¥(*^○^*)ノ ハ~ヨウ!
 
    土地デフレが終焉に向かっているようだ。
    先日の国土庁の発表で、全国の平均地価が十六年ぶりに前年を上回った。
    日経新聞の「終焉・土地デフレ」の三回のシリーズの概要を、
    以下の通りまとめてみた。
 ーー
・銀行・企業が負の遺産処理にメドをつけた一方、
・東京などは都市再開発で土地の収益性が向上。
 グローバル化の加速に伴う海外マネーの流入と相まって土地デフレは終焉。
・東京の山手線南部地域は10年後にはマンハッタンの様相になる。
・賃料収入など利用価値に着目した収益性が地価の基準としてほぼ定着。
 利回りを狙う新しい投資環境が出来上がった。
・さらに規制緩和も見逃せない。
 敷地面積に対する延べ床面積を示す容積率の上限を3割あげ、
 土地の収益性を高めた。
 この規制緩和を生かせる認定申請の期限を今年三月末からさらに五年延ばす。
・さらに企業が復活してきたことも大きい。
 過剰債務を脱した企業は社屋建て替えや拠点拡充に動きはじめ、
 都心のオフィス需要が高まり、空室率が低下、平均賃料は昨年から上がり始めた。
 これは実需に基づく収益性向上を意味するので、地価を押し上げる要素になる。
・一部には過熱感もある。 福岡の博多駅前で商業地が四〇%上がり、
 地価上昇が収益性を上回っているという。
 しかし、現在の日本の土地資産総額は千二百兆円程度で、ピークの半分以下。
 全国の商業地の地価は七〇年代後半とほぼ同水準で、デフレを脱した段階。
・日本の名目国内総生産(GDP)はこの二十年で5割増えたが、
 東京都の商業地の地価はまだ20年前の6割の水準。
 地価反転を確かな経済成長につなげるには、
 不動産を選別・開拓するミクロ的調整と、
 慎重なマクロ政策がポイントとなる。

    新潟市政令都市の目玉としての新潟駅再開発工事で、
    1400億円の投資が予定されており、関連の投資を含めて2000~3000億円の
    投資で、新潟駅周辺への一極化は日ごと進んでいく。
    
    土地も一強多弱の様相をみせてきた。
    自社にとっては明るい陽がやっと差し込んできた。
               
            ホンジャ \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・
2006年03月30日(木)
1822, あちら側の世界 -4    
              (@°▽°@)ノオッハヨー
ウェブ進化論ー4  ーオープンソース現象ー
 
オープンソース現象」が最近の潮流になっているというが、
これが大きな変革をもたらす要素になる。
私の、このHPも小さなオープンソースである。
これを多くの大組織がすることで、いや個人も含めてすることで
核爆発的に情報が満ち溢れる事態になってきている。
  
  ー以下は、この著書 Pー176からの抜粋である。
   (非常に哲学的にも深い示唆がある)

   オープンソースの考え方は、当初は「アカデミアを中心としたソフトウェア開発の世界」
   というコップの世界であった。Windowsnなどの爆発的広がりにより、
   インターネット休火山の大爆発が起こり、そのコップが壊れ、
   リナックスのような大成功が引き起こされた。
   そして、「オープンソース」は、IT業界の大潮流になってしまった。
しかし、この流れはそれだけにとどまらなかった。
オープンソース」とは、「知的資産の種がネット上に無償公開されると、
世界中の知的リソースが自発的に結びつき」しかも
「集権的リーダーシップが中央にいなくとも、解決すべき課題に関する情報が
共有されるだけで、その課題が解決される」という発見を意味していた。

    それは他の分野の、複雑な構築物や科学の分野でも応用できることを意味していた。
    その発見は、さらに「人は何故働くのか」「企業組織だけが万能ではないんだ」
    といった普遍的かつ根源的な問いかけや予感を誘発した。
    「オープンソース」はソフトウエア世界を超えて、世の中全体に
    応用できるのではないかと思わせるだけの、不思議な魅力を秘めていた。
    これがオープンソース現象である。

現にコレラ対策で、大きな成果をおさめている。
まだまだ開発途上国では、コレラは大問題である。
対策には高い治療費か、高いスキルが必要で相変わらずコレラに苦しめられていた。
ネット上でこの問題が提示されたとたん、わずか数ヶ月で、関連分野のさまざまな
領域の見知らずのプロフェッショナルたちがネット上で協力し合い、
低コストでしかも訓練なしで使える新システムが開発されてしまった。

    コレラ治療のプロジェクトに参加した人々は、自分の貢献したアイデア
    大勢の命を救う製品に、まるでジグローパズルが少しずつ出きるのに
    はまり込んでいったのだろう。

この文章を読んだ時、これからの時代を示唆しているように感じた。
=もう古くなるが、著者のHPより以下のオープンソース
関する記事をコピーしてみる。=
  {2003年9月19日[産経新聞「正論」欄]より}
ー知的資源の自発的な結合を誘発 従来型の開発方式を覆す

マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」に対抗する「リナックス」は、
オープンソースと呼ばれる世にも不思議な方法で開発されたOSである。
オープンソースとは、あるソフトウエアのソースコード
(人が記述したソフトウエアの設計図)をネット上に無償で公開し、
 世界中の不特定多数の開発者が、自由にそのソフトウエア開発に参加できるように
 することで、大規模ソフトウエアを開発する方式のことである。

    「リナックス」の成功は、(^_^)v
    「企業組織の閉じた環境において厳正なプロジェクト管理のもとで開発されるもの」
     という大規模ソフトウエアの常識を完全に覆してしまったのである。
    「リナックス」の成功によって証明されたオープンソース現象の本質とは何か。
    ・それは第一に、「何か素晴らしい知的資産の種がネット上に無償で公開されると、
     世界中の知的リソースがその種の周囲に自発的に結び付くことがある」
     ということである。
    ・そして第二に、「モチベーションの高い優秀な才能が自発的に結びついた状態では、
     司令塔にあたる集権的リーダーシップが中央になくとも、解決すべき課題
    (たとえそれがどんな難題であれ)に関する情報が共有されるだけで、
     その課題が次々と解決されていくことがある」ということである。

 現代における最も複雑な構築物の一つである大規模ソフトウエアが、
こんな不思議な原理原則に基づいて開発できるものなのだという発見は、
単なるソフトウエア開発手法にとどまらないオープンソース現象の新しい可能性へと、
私たちを導こうとしている。  
   (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?  (=^ε^= ) ありがとう!               
 ーー
オープンソース現象は、人類の、そしてインターネットの未来に
大きな明りになるだろう。
                     ホンジャ o(▽^*)ノ~~
・・・・・・・・
2005年03月30日(水)
1457, 乱気流の恐怖

先日「台湾行きの飛行機が乱気流で42人の重軽傷者!」と報道されていた。
私も台湾周辺で乱気流に遭遇したことがあるが、あの恐怖感は言語で言いあらわせない。
(どうなるかは神のみぞ知る異常事態である)
スーッと50?位?飛行機が垂直に落ちる感じで、体が上につきあがりそうになる。
それも何度もつづくから恐怖も頂点になる。
もちろん、シートベルトをしてなければ体が放り出されている。
死なないと確証があれば逆に面白い?のだろうが。

飛行機は順調の場合は恐怖感はゼロであるが、乱気流に出あったり、
飛行機に不調があるのではないかと疑いが出たときは恐怖のどん底に落とされる。
もしかしたら、このまま消滅してしまうのではないかという恐怖感である。
二十数年前のことだが、ハワイで
「飛行機の上部が吹き飛んで座席が丸見えの状態で着陸をした映像」
をニュースで見て、そのリアルな状況にゾッとした記憶が鮮明に残っている。
確か何人かが吹き飛ばされたと記憶しているが。
また映画でも、墜落ギリギリの状態のものを何本か見たことがある。
実際に経験したものでなければ、あの恐怖感はわからない。

飛行機は時速1000キロで一万メートル上空を飛んでいる。
そのことに何もない時は気がつかないが、意識をした時にそのことに気がつく。
9・11の時も、実際にテロリストが飛行機を乗っ取ってビルに突入したのだから
乗客は恐怖のどん底であったはずだ。

以前にも書いたことがあったが、飛行機で夢を見たことがあった。
自分が空にドンドン浮き上がっていく。
電信柱が下に見えてきて、まずいと思っているうちに夢から醒めた。
そしてやっと地上にいる自分に戻ったと思った瞬間、自分が飛行機の中にいる。
その瞬間、直感的に空を1000キロの時速で飛んでいる体感がした。
大声を上げて助けを呼びたいが、回りの人は寝ている。
その時の恐怖の極みを今も鮮明に記憶している。

普通の日常では経験できない異常密室空間が飛行機の中である。

・・・・・・・・
2004年03月30日(火) 1092, 大相撲・千秋楽

一昨日が大相撲の千秋楽であった。 4人が11日目まで全勝。
最後の一番で優勝が決まった面白い場所であった。
一時のつまらない時期を過ぎたようだ。
外国出身の力士ということを気にしないようにしたら面白くなった。
幕下、十両、幕内前半に有望の歴史が目白押しに出てきた。
大関横綱になる素質は大体わかるが、それでも多くは外れてしまう。
怪我や病気で伸びが止まってしまう場合が多い。

幕下に「萩原」という17歳の超有望な日本人力士も出てきた。
若手で大関横綱級としては、他には朝赤龍白鵬黒海琴欧州あたりだろう。
萩原以外が外人というところが面白いが。モンゴル人だけで37人もいるのだから、
何処の国で開催しているのか錯覚してしまうほどだ。

モンゴルの大草原で羊の肉で育った飢えた彼らに、日本人が敵わないのは
仕方がない。元々はモンゴル相撲がルーツである。
数日前も、総合格闘技のK-1が放映、興奮をしてみていたが、
別に日本人かどうかは全く関係はない。
格闘技に関して、世界には底知れない強い選手が多くいる。
異種格闘技という垣根を取り払ったことが、試合を面白くしている。
さらにグローバル化で、広範囲になったこともある。

野球に、スケートに、K-1に、サッカーなど時間が足りないほど見ていて
面白いスポーツが増えた。
その時間は自分自身という面では何もプラスになるものはない?

いや、ストレスの解消になる?

・・・・・・・
2003年03月30日(日)
725, 今日の結婚スピーチ

 今日は会社の女子社員の後藤早苗さんの結婚式だ。
何か祝辞をいわなくてはならないが、これはというのが出てこない。
気持ちの入らない祝辞ほど聞いていて、いやなことがないのを知っているから
流す事もできない。こういう時は自分の話しをすればよい。

結婚観をそのまま話をするしかないと思ったが、そうはいかない。
初めて図書館で「祝辞・結婚スピーチ」のコナーを覗いてみた。
「結婚スピーチー死ぬまで忘れられない話」斉藤茂太著があった。
さすがだ、といってそれを読んでいる時間が少ないので、
やはり自分の話しをする事にした。
今日の11時10分あたりに話している内容を先に書いて出かける。
ーーーーー

・まずはうちの会社の女性ーすなわち花嫁の褒め殺しとして、  
 彼女が陽気であることを紹介します。
 陽気は最大の美徳であり、素質であります。 陰気は罪悪です。

・結婚は決してよいことことばかりではありません。
 「二つ良いことさてないものよ」という言葉がありますが、この言葉を
 一番実感するのが結婚です。離婚がいまや三割を超えているといいますが、
 家庭内離婚を入れたら過半数は破綻です。
 これだけは家電と同じで、当たり外れは長い時間を経って見ないと解りません。
 あとは神のみぞ知るのみです。当たりであることを心より願っています。
 
・また結婚は二人の権力闘争です。それも死ぬまで続く泥沼の死闘です。
 これも仕方がありません。それでは如何したらよいか?
 「過去の事は持ち越さない、ぶり返さない」ことです。それしかありません。

・私の家内と本当に結婚してよかったと思います。 
 いやそう自己暗示を与えています。陽気であり大らかさからです。
 最後は泣くか笑うかです、なら笑う人が良いのではないかと思います。
 まあこの程度にしておきます。
 ライオンに食べられそうになったら、耳元にこっそり次の事を呟けば
 ライオンは逃げ出すそうです「私を食べる前に、少し長い演説をさせてくれ!」と。

良い家庭を築いてください。
それと収入の10%以上の天引き預金を習慣にしてください。
以上です。お幸せになってください。

斉藤茂太の「結婚スピーチ」の抜粋は明日か明後日書きます。

・・・・・・・・・
2002年03月30日(土)
361,イスラエル

主観であるが、旅行をしたところに事件がおきる。
ペルー、エジプト、イスラエル、そしてフィジーケニアと次々と、
ああそれとパキスタンとネパール。
それから考えると、今度はヨルダンかシリアあたりか。
考えてみたらペルーを除けばイスラム教に関係している。

イスラエルに行った時に危ない感じがした。
まずは入国審査の審査は異常なくらい厳しいものだった。
また国内はあちこちで兵士が機関銃を持って歩いていた。
私用の時も身から離さないようだ。

あちこちの広場に兵隊が駐屯していた。
市場で兵隊が3人血相を変えて走って行く。
その後を商店主のアラブ人が何事かと走って行く。
これが日常のようであった。

アラブ人地区に入るとやはり民度が落ちるのが解る。
4000年の対立は致し方ないのだろう。

3年前の文章をコピーしておきます。
 -------
H1105イスラエル聖なる旅 

この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。
四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。
現地の日本人ガイドのシャワ-のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続であった。
その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果となった。
関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。

考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。
人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。
旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、
ただただ面白い!内容であった。
旧約はユダヤユダヤ民族の歴史の書であった。
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。

ー印象の強い順に列記してみるとー
まずは何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されているといってよい。
四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの舞台となった。
そして現在も続いている。
この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。
エスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ-サ。
磔刑に処せられたゴルゴダの丘。 最後の晩餐の部屋。
イスラム教の重要な寺院=岩のド-ムとアクサ寺院。
ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場。そしてダビデの塔。
旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。

次はモ-ゼの十戒で有名なシナイ半島シナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。
そして、その麓にあるカタリ-ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。
そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。

マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、キリストが死んだ四十年余り後に、
ロ-マ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。
陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。

エスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。

ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った巻物を発見。
壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書等々記されていた。
今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない事が記された文書があった。
-イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあったという。

“イエスエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”
という疑問がでてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。
あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で
一大転機の経験となるのではないだろうか。
旅行は外界を訪れるだけでなく内奥の自分との出会いの機会でもある。

【別記】
この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。
四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。
六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。
現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。
男子は三年、女子は二年の兵役があった。
国中どこにいっても機関銃を持った兵隊がいた。
一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。
といってその手の事件は一切ないという。
その銃の目的は敵に使うもの、国を守る為のものというのがはっきりしているからである。
今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると浮き彫りにされた旅行でもあった。
1999.4.14~4.24

・・・・・・・・
<お笑い> [破れ傘 ] ☆☆
 ある男 夜 山道に 迷っていたところ 一軒の家があった。
1人の綺麗な後家さんふうの女が 気持ちよく 泊めてくれた。
夜中よからぬ気持ちになり、ついつい夜這いにおよんだ。

どうしてもうまくいかずそのまま寝込んでしまった。
狐に化かされたのだ。 朝 山道に一人転がっていたのだ。
そして  そこに一本の破れ傘が落ちていた。

  男曰く、‘どうりでさせないわけだ’







・・・・・・
2187, 土地デフレが終焉?
2007年03月30日(金)

 オッ ¥(*^○^*)ノ ハ~ヨウ!
 
    土地デフレが終焉に向かっているようだ。
    先日の国土庁の発表で、全国の平均地価が十六年ぶりに前年を上回った。
    日経新聞の「終焉・土地デフレ」の三回のシリーズの概要を、
    以下の通りまとめてみた
 ーー
・銀行・企業が負の遺産処理にメドをつけた一方、
・東京などは都市再開発で土地の収益性が向上。
 グローバル化の加速に伴う海外マネーの流入と相まって土地デフレは終焉。
・東京の山手線南部地域は10年後にはマンハッタンの様相になる。
・賃料収入など利用価値に着目した収益性が地価の基準としてほぼ定着。
 利回りを狙う新しい投資環境が出来上がった。
・さらに規制緩和も見逃せない。
 敷地面積に対する延べ床面積を示す容積率の上限を3割あげ、
 土地の収益性を高めた。
 この規制緩和を生かせる認定申請の期限を今年三月末からさらに五年延ばす。
・さらに企業が復活してきたことも大きい。
 過剰債務を脱した企業は社屋建て替えや拠点拡充に動きはじめ、
 都心のオフィス需要が高まり、空室率が低下、平均賃料は昨年から上がり始めた。
 これは実需に基づく収益性向上を意味するので、地価を押し上げる要素になる。
・一部には過熱感もある。 福岡の博多駅前で商業地が四〇%上がり、
 地価上昇が収益性を上回っているという。
 しかし、現在の日本の土地資産総額は千二百兆円程度で、ピークの半分以下。
 全国の商業地の地価は七〇年代後半とほぼ同水準で、デフレを脱した段階。
・日本の名目国内総生産(GDP)はこの二十年で5割増えたが、
 東京都の商業地の地価はまだ20年前の6割の水準。
 地価反転を確かな経済成長につなげるには、
 不動産を選別・開拓するミクロ的調整と、
 慎重なマクロ政策がポイントとなる。

    新潟市政令都市の目玉としての新潟駅再開発工事で、
    1400億円の投資が予定されており、関連の投資を含めて2000~3000億円の
    投資で、新潟駅周辺への一極化は日ごと進んでいく。
    
    土地も一強多弱の様相をみせてきた。
    自社にとっては明るい陽がやっと差し込んできた。
               
            ホンジャ \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・
2006年03月30日(木)
1822, あちら側の世界 -4    
              (@°▽°@)ノオッハヨー
ウェブ進化論ー4  ーオープンソース現象ー
 
オープンソース現象」が最近の潮流になっているというが、
これが大きな変革をもたらす要素になる。
私の、このHPも小さなオープンソースである。
これを多くの大組織がすることで、いや個人も含めてすることで
核爆発的に情報が満ち溢れる事態になってきている。
  
  ー以下は、この著書 Pー176からの抜粋である。
   (非常に哲学的にも深い示唆がある)

   オープンソースの考え方は、当初は「アカデミアを中心としたソフトウェア開発の世界」
   というコップの世界であった。Windowsnなどの爆発的広がりにより、
   インターネット休火山の大爆発が起こり、そのコップが壊れ、
   リナックスのような大成功が引き起こされた。
   そして、「オープンソース」は、IT業界の大潮流になってしまった。
しかし、この流れはそれだけにとどまらなかった。
オープンソース」とは、「知的資産の種がネット上に無償公開されると、
世界中の知的リソースが自発的に結びつき」しかも
「集権的リーダーシップが中央にいなくとも、解決すべき課題に関する情報が
共有されるだけで、その課題が解決される」という発見を意味していた。

    それは他の分野の、複雑な構築物や科学の分野でも応用できることを意味していた。
    その発見は、さらに「人は何故働くのか」「企業組織だけが万能ではないんだ」
    といった普遍的かつ根源的な問いかけや予感を誘発した。
    「オープンソース」はソフトウエア世界を超えて、世の中全体に
    応用できるのではないかと思わせるだけの、不思議な魅力を秘めていた。
    これがオープンソース現象である。

現にコレラ対策で、大きな成果をおさめている。
まだまだ開発途上国では、コレラは大問題である。
対策には高い治療費か、高いスキルが必要で相変わらずコレラに苦しめられていた。
ネット上でこの問題が提示されたとたん、わずか数ヶ月で、関連分野のさまざまな
領域の見知らずのプロフェッショナルたちがネット上で協力し合い、
低コストでしかも訓練なしで使える新システムが開発されてしまった。

    コレラ治療のプロジェクトに参加した人々は、自分の貢献したアイデア
    大勢の命を救う製品に、まるでジグローパズルが少しずつ出きるのに
    はまり込んでいったのだろう。

この文章を読んだ時、これからの時代を示唆しているように感じた。
=もう古くなるが、著者のHPより以下のオープンソース
関する記事をコピーしてみる。=
  {2003年9月19日[産経新聞「正論」欄]より}
ー知的資源の自発的な結合を誘発 従来型の開発方式を覆す

マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」に対抗する「リナックス」は、
オープンソースと呼ばれる世にも不思議な方法で開発されたOSである。
オープンソースとは、あるソフトウエアのソースコード
(人が記述したソフトウエアの設計図)をネット上に無償で公開し、
 世界中の不特定多数の開発者が、自由にそのソフトウエア開発に参加できるように
 することで、大規模ソフトウエアを開発する方式のことである。

    「リナックス」の成功は、(^_^)v
    「企業組織の閉じた環境において厳正なプロジェクト管理のもとで開発されるもの」
     という大規模ソフトウエアの常識を完全に覆してしまったのである。
    「リナックス」の成功によって証明されたオープンソース現象の本質とは何か。
    ・それは第一に、「何か素晴らしい知的資産の種がネット上に無償で公開されると、
     世界中の知的リソースがその種の周囲に自発的に結び付くことがある」
     ということである。
    ・そして第二に、「モチベーションの高い優秀な才能が自発的に結びついた状態では、
     司令塔にあたる集権的リーダーシップが中央になくとも、解決すべき課題
    (たとえそれがどんな難題であれ)に関する情報が共有されるだけで、
     その課題が次々と解決されていくことがある」ということである。

 現代における最も複雑な構築物の一つである大規模ソフトウエアが、
こんな不思議な原理原則に基づいて開発できるものなのだという発見は、
単なるソフトウエア開発手法にとどまらないオープンソース現象の新しい可能性へと、
私たちを導こうとしている。  
   (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?  (=^ε^= ) ありがとう!               
 ーー
オープンソース現象は、人類の、そしてインターネットの未来に
大きな明りになるだろう。
                     ホンジャ o(▽^*)ノ~~
・・・・・・・・
2005年03月30日(水)
1457, 乱気流の恐怖

先日「台湾行きの飛行機が乱気流で42人の重軽傷者!」と報道されていた。
私も台湾周辺で乱気流に遭遇したことがあるが、あの恐怖感は言語で言いあらわせない。
(どうなるかは神のみぞ知る異常事態である)
スーッと50?位?飛行機が垂直に落ちる感じで、体が上につきあがりそうになる。
それも何度もつづくから恐怖も頂点になる。
もちろん、シートベルトをしてなければ体が放り出されている。
死なないと確証があれば逆に面白い?のだろうが。

飛行機は順調の場合は恐怖感はゼロであるが、乱気流に出あったり、
飛行機に不調があるのではないかと疑いが出たときは恐怖のどん底に落とされる。
もしかしたら、このまま消滅してしまうのではないかという恐怖感である。
二十数年前のことだが、ハワイで
「飛行機の上部が吹き飛んで座席が丸見えの状態で着陸をした映像」
をニュースで見て、そのリアルな状況にゾッとした記憶が鮮明に残っている。
確か何人かが吹き飛ばされたと記憶しているが。
また映画でも、墜落ギリギリの状態のものを何本か見たことがある。
実際に経験したものでなければ、あの恐怖感はわからない。

飛行機は時速1000キロで一万メートル上空を飛んでいる。
そのことに何もない時は気がつかないが、意識をした時にそのことに気がつく。
9・11の時も、実際にテロリストが飛行機を乗っ取ってビルに突入したのだから
乗客は恐怖のどん底であったはずだ。

以前にも書いたことがあったが、飛行機で夢を見たことがあった。
自分が空にドンドン浮き上がっていく。
電信柱が下に見えてきて、まずいと思っているうちに夢から醒めた。
そしてやっと地上にいる自分に戻ったと思った瞬間、自分が飛行機の中にいる。
その瞬間、直感的に空を1000キロの時速で飛んでいる体感がした。
大声を上げて助けを呼びたいが、回りの人は寝ている。
その時の恐怖の極みを今も鮮明に記憶している。

普通の日常では経験できない異常密室空間が飛行機の中である。

・・・・・・・・
2004年03月30日(火) 1092, 大相撲・千秋楽

一昨日が大相撲の千秋楽であった。 4人が11日目まで全勝。
最後の一番で優勝が決まった面白い場所であった。
一時のつまらない時期を過ぎたようだ。
外国出身の力士ということを気にしないようにしたら面白くなった。
幕下、十両、幕内前半に有望の歴史が目白押しに出てきた。
大関横綱になる素質は大体わかるが、それでも多くは外れてしまう。
怪我や病気で伸びが止まってしまう場合が多い。

幕下に「萩原」という17歳の超有望な日本人力士も出てきた。
若手で大関横綱級としては、他には朝赤龍白鵬黒海琴欧州あたりだろう。
萩原以外が外人というところが面白いが。モンゴル人だけで37人もいるのだから、
何処の国で開催しているのか錯覚してしまうほどだ。

モンゴルの大草原で羊の肉で育った飢えた彼らに、日本人が敵わないのは
仕方がない。元々はモンゴル相撲がルーツである。
数日前も、総合格闘技のK-1が放映、興奮をしてみていたが、
別に日本人かどうかは全く関係はない。
格闘技に関して、世界には底知れない強い選手が多くいる。
異種格闘技という垣根を取り払ったことが、試合を面白くしている。
さらにグローバル化で、広範囲になったこともある。

野球に、スケートに、K-1に、サッカーなど時間が足りないほど見ていて
面白いスポーツが増えた。
その時間は自分自身という面では何もプラスになるものはない?

いや、ストレスの解消になる?

・・・・・・・
2003年03月30日(日)
725, 今日の結婚スピーチ

 今日は会社の女子社員の後藤早苗さんの結婚式だ。
何か祝辞をいわなくてはならないが、これはというのが出てこない。
気持ちの入らない祝辞ほど聞いていて、いやなことがないのを知っているから
流す事もできない。こういう時は自分の話しをすればよい。

結婚観をそのまま話をするしかないと思ったが、そうはいかない。
初めて図書館で「祝辞・結婚スピーチ」のコナーを覗いてみた。
「結婚スピーチー死ぬまで忘れられない話」斉藤茂太著があった。
さすがだ、といってそれを読んでいる時間が少ないので、
やはり自分の話しをする事にした。
今日の11時10分あたりに話している内容を先に書いて出かける。
ーーーーー

・まずはうちの会社の女性ーすなわち花嫁の褒め殺しとして、  
 彼女が陽気であることを紹介します。
 陽気は最大の美徳であり、素質であります。 陰気は罪悪です。

・結婚は決してよいことことばかりではありません。
 「二つ良いことさてないものよ」という言葉がありますが、この言葉を
 一番実感するのが結婚です。離婚がいまや三割を超えているといいますが、
 家庭内離婚を入れたら過半数は破綻です。
 これだけは家電と同じで、当たり外れは長い時間を経って見ないと解りません。
 あとは神のみぞ知るのみです。当たりであることを心より願っています。
 
・また結婚は二人の権力闘争です。それも死ぬまで続く泥沼の死闘です。
 これも仕方がありません。それでは如何したらよいか?
 「過去の事は持ち越さない、ぶり返さない」ことです。それしかありません。

・私の家内と本当に結婚してよかったと思います。 
 いやそう自己暗示を与えています。陽気であり大らかさからです。
 最後は泣くか笑うかです、なら笑う人が良いのではないかと思います。
 まあこの程度にしておきます。
 ライオンに食べられそうになったら、耳元にこっそり次の事を呟けば
 ライオンは逃げ出すそうです「私を食べる前に、少し長い演説をさせてくれ!」と。

良い家庭を築いてください。
それと収入の10%以上の天引き預金を習慣にしてください。
以上です。お幸せになってください。

斉藤茂太の「結婚スピーチ」の抜粋は明日か明後日書きます。

・・・・・・・・・
2002年03月30日(土)
361,イスラエル

主観であるが、旅行をしたところに事件がおきる。
ペルー、エジプト、イスラエル、そしてフィジーケニアと次々と、
ああそれとパキスタンとネパール。
それから考えると、今度はヨルダンかシリアあたりか。
考えてみたらペルーを除けばイスラム教に関係している。

イスラエルに行った時に危ない感じがした。
まずは入国審査の審査は異常なくらい厳しいものだった。
また国内はあちこちで兵士が機関銃を持って歩いていた。
私用の時も身から離さないようだ。

あちこちの広場に兵隊が駐屯していた。
市場で兵隊が3人血相を変えて走って行く。
その後を商店主のアラブ人が何事かと走って行く。
これが日常のようであった。

アラブ人地区に入るとやはり民度が落ちるのが解る。
4000年の対立は致し方ないのだろう。

3年前の文章をコピーしておきます。
 -------
H1105イスラエル聖なる旅 

この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。
四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。
現地の日本人ガイドのシャワ-のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続であった。
その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果となった。
関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。

考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。
人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。
旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、
ただただ面白い!内容であった。
旧約はユダヤユダヤ民族の歴史の書であった。
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。

ー印象の強い順に列記してみるとー
まずは何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されているといってよい。
四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの舞台となった。
そして現在も続いている。
この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。
エスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ-サ。
磔刑に処せられたゴルゴダの丘。 最後の晩餐の部屋。
イスラム教の重要な寺院=岩のド-ムとアクサ寺院。
ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場。そしてダビデの塔。
旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。

次はモ-ゼの十戒で有名なシナイ半島シナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。
そして、その麓にあるカタリ-ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。
そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。

マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、キリストが死んだ四十年余り後に、
ロ-マ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。
陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。

エスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。

ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った巻物を発見。
壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書等々記されていた。
今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない事が記された文書があった。
-イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあったという。

“イエスエッセネ派の指導者の一人でしかなかったのでは?”
という疑問がでてきたのである。そうすると西欧キリスト教の根底が変わってしまう。
あと十年後に振り返った時、恐らく今回のイスラエル旅行は私の内的深奥で
一大転機の経験となるのではないだろうか。
旅行は外界を訪れるだけでなく内奥の自分との出会いの機会でもある。

【別記】
この旅行と旧約聖書を読んで今の日本に絶望的気分になった。
四千年間の他民族・他宗教と血と血で争う闘いが現在まで続いている。
六十年前には六〇〇万人ものユダヤ人がナチに殺されている。
現在も一歩間違うと今の国土より追放されかねない緊張感・危機感が全土にあった。
男子は三年、女子は二年の兵役があった。
国中どこにいっても機関銃を持った兵隊がいた。
一歩家の中に入ると機関銃が無造作においてあるという。
といってその手の事件は一切ないという。
その銃の目的は敵に使うもの、国を守る為のものというのがはっきりしているからである。
今の日本の防衛に対する考え方甘さが対比すると浮き彫りにされた旅行でもあった。
1999.4.14~4.24

・・・・・・・・
<お笑い> [破れ傘 ] ☆☆
 ある男 夜 山道に 迷っていたところ 一軒の家があった。
1人の綺麗な後家さんふうの女が 気持ちよく 泊めてくれた。
夜中よからぬ気持ちになり、ついつい夜這いにおよんだ。

どうしてもうまくいかずそのまま寝込んでしまった。
狐に化かされたのだ。 朝 山道に一人転がっていたのだ。
そして  そこに一本の破れ傘が落ちていた。

  男曰く、‘どうりでさせないわけだ’