つれづれに

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 今日のYoutube

 選挙のライブのTV番組は面白いが、今回は、ほとんど見ることはなかった。
争点も不明確で、自民の大勝が分かっていたため。 結果は、安部の
思惑どおりだったが、これで良かったのだろう。国家リストラには、
保守本流の安部しかいないということか。自由主義は、弱肉強食だから、
念権生活者矢、弱者にとって、厳しさが増すだろうに・・

 雪がシンシンと降り続いている。 1・5Mほどか。
写真は、庭の雪だが、まだ雪囲いができてない。
 池の写真は、ネットの写真から!

 午前は歯医者と、午後からはスポーツセンターの予定。


・・・・・・
2082, ワーキングプア?
2006年12月15日(金)
              (~Q~;) おはよう~~
                ファ~
    12月10日(日)にNHKで総合テレビで放映された
    「ワーキングプア?」ー努力すれば抜け出せますか ー
    がシビアで、深く考えさせられる内容であった。
    今年の7月に放送したのを見て、肌で感じていた厳しさを
    全国の事例として目の当たりにみせられ衝撃的であったが、
    その続編である。
 まずは、
ーNHKのHPより抜粋したものであるー

 『働いても働いても豊かになれない…』。
今年7月に放送したNHKスペシャル「ワーキングプア」は、
生活保護水準以下の暮らししかできない“働く貧困層”の厳しい現実を見つめ
大きな反響を呼んだ。NHKに届いたメールやファックスをもとに、
今回、ワーキングプアのさらなる実態を取材。「第2弾」である。

    この10年の雇用環境激変の影響を、最も大きく受けた女性たち。
    その窮状を訴える声が数多く寄せられた。
    雇用が回復した今も「正社員」は依然として狭き門で、
    複数の派遣やパートの仕事を掛け持ちしても、
    生活ギリギリの給料しか得られない女性が急増している。

 一方、中小零細企業の経営者からは、『景気回復など実感できない』
という声が相次いだ。海外との激しい価格競争の渦に巻き込まれ、
廃業に追い込まれる企業が続出。地域全体が地盤沈下するところも出ている。
再チャレンジしようにも、衰退した地域の中では、なかなか新しい仕事を
見つけることはできない。
 
    さらに老後への不安も高まっている。
    医療費などの負担が増え、年金だけでは暮らせず、
    70歳を過ぎても清掃や廃品回収の仕事を続けるお年寄りも数多い。
    なぜ真面目にコツコツ生きてきた人たちが報われないのか。
    どうすればワーキングプアの問題を解決することができるのか。
    一人一人が抱える現実を直視し、社会のあるべき姿を

 ーー

師走の日曜日のゴールデンタイムに、これだけシビアの内容を放送したNHK。
ワーキングプアのギリギリの状態を知らしめたかったのだろう。
1980年頃に5年ほど、実家の衣料量販店を任されていた時に、
岐阜駅前にある衣料メーカーの出店と問屋が立ち並ぶ街に隔月ごとに通っていた。
そこには、7~800軒ほどの店が所狭しと並んで全国からの小売店の商店主や
バイヤーが仕入れに集まっていた。 

    その街が中国製品の影響と不景気のため、
    殆んどの店がシャッターを閉めている映像と、
    そこの窮状のレポートがあった。
    何か裏悲しい時代の変遷があまりに衝撃的であった。
    どこの地方都市にも見られるダウンタウンの姿だが。
    丁度よい時期に?手を引き転進したものだ。

それにしても逮捕された福島や和歌山の県知事の
成金大名といった風体と対照的だが。
これはここのテーマではないから、これ以上言及しないが・・・

    地方経済は土砂降りがつづき、首都圏のような景気回復はみられない。
    耳に入ってくるのは、スナック・飲食店の主人の自殺や、
    地元企業の倒産などの話ばかり、これが地方の現状といってよい。
    
さらに談合の取締りが一段と厳しくなり、
建設業者の淘汰が来年から本格的に始まる。
2007年は団塊の世代の退職が始まる上に、
東京の大型ビルが完成ラッシュで、不動産バブルのはじける年である。
    
    それで、どうした!
    悲観的に考えることもない、
    日本は不況を脱して本格的な立ち直る年!
    何とかなっていくだろう・・・
    変化を受け入れさえすればだが。    
 ホンジャ(*^ワ^*)i バイバイ
 
 ・・・・・・・・・
2005年12月15日(木)
1717, 戦略ノート ー2
          オッハー☆_φ(´∀`    
以下が具体的な
「戦略ノート」である。
  夢実現のための具体的な技術編である。
   何ごとも、実際に文章化をして一つずつ実行すればよいが、
    誰も実行しようとしない。
  --            ma nomete ~~旦⊂(・∀・ )
                         ~~旦_(-ω-`。) ドモドモ
1、自分の夢を書く
 しかも締め切り入りで
 2、今の自分の資源を洗い出す
  a)夢を実現するためにどれだけのことをしなければならないのか、
   そしてそのために全身全霊で打ち込む決意があることを確認する
   声明文を具体的に書きなさい
   b)夢の実現に役立つ自分の強みを三つ書きなさい
    1
    2
    3
    c)夢の実現を拒むもので自分の力でなんとかできるものを三つ書きなさい
     d)夢の実現のために払うべき代償はなにか?
      ◇金銭
      ◇時間
      ◇人間関係
      ◇現在の仕事・キャリア
      ◇安楽な生活
      ◇その他
     3、夢、実現への理念を書く
       自分の夢が明確になったら、
       実現へ向けての理念を書く
       自分の価値観と信念に根ざしたもの
      4、成功への旅の進行度をたずさえてチェックする
        成功の目安となる具体的な目標を設定する

 ----       φ(・ω・〃) ♪
 ー他に、この本のポイントを書き出すと

  *人生の質を高めるなら自分自身を高めるしかない
   *いつか、そのうちなんて日はない
    ・今日この日に手をつける習慣をつける
     ・今日の成長は明日のための投資
      ・自己成長は自分の責任で行う   
       ・今日の成功は明日の敵   ねむ!(ρ_-)
        ・時間不足などいくらでも埋め合わせができる
         ・人生の核となる軸に時間とエネルギーを集中させよう

         ・一日一時間、週5日法でその道のエキスパートに。
        ・捨てるものを厳選しろ
       ・せっかくの知識を持ち腐れするな
      ・どこで使えるか
       いつ使えるか
       誰の役に立つか
       を考えると情報の使い方がうまくなる
     ・成長が加速する環境に身を置く  よっしゃ♪o(>w<)〇゛
    「付き合う相手で自分の価値が決まる 」
   「自力でできることだけに集中する 」
  「成功は失敗と反省の繰り返しによってのみ成される 」
 「得るか失うか交換する ー
  この三つの選択肢で成り立っている 」

  ーこういう人に人が集まるー     σ (=^ε^= ?)’♪ 
 *人は誰しも自分を価値ある人だと思いたい
  自尊心を高め、自信を持たせてあげなさい
  *人は誰しも励まされると頑張れる
   *人は誰しもやる気を持ってうまれてきている。
     やる気を失った原因を克服する手助けをすれば、
      人間は自分からやろうという気持ちになる
       *人はリーダーの地位ではなく人間性に惹かれる
        人は信じられる人についていくものだ
         *人の上に巻いた種はやがて自分の上に咲く
                            (´-ω-` )ゝ
   ーー 
 よほど、純朴でないと、これらは空論にしか思えないものだ。
  しかし、自分のミッション・ステーツメントになる。
   何ごとも判断基準を明確にしておけばよい。  
              d(-。^)good!!
    ・・・・・・・・
 
2004年12月15日(水)
1352, 23歳の日記ー6
6月17日 (2)

今日は休日である。
何かしらない安堵感と、寮で一人いる不安感が複雑な気持である。
何か日ごとに、会社に染まりつつある。それ自体悪いことでないが。
流されている自分が不安である。
自分が目指してきたものが、少女の淡い結婚を夢見ている姿と
どこが違うというのだろう。
その甘さが、今の気持を不安にしているのだ。

それが行動にチグハグが出ているのだ。
流されているという感じも、そのためだろう。
自分の信念に対して、決してたじろいではならないのだ。
歩むことしか、今は許されないのだ。
休むことも必要だ。
といって、休みすぎて、歩くことに躊躇を感じるようになってはだめだ。
登っていることはそれでよいが、しかし断念はしてはならない。

頂上の着くことより、そこへ着こうとしている努力こそ求められなくては
ならないのだ。しかし、登山には登山の準備が必要である。
一つずつ山を登り続けなくてはならないのだ。
現在目指す山は『商道で力をつけることだ』
流通業で、自分の創造力をつけることだ。
しかし、僅か3ヶ月もしないうちに、不安と疑問を持ち始めているのだ。

このこと自体ナンセンスなのではないか?という疑問である。
5月病でしかないのか。自らが燃えないで、どうして光をつくることが
できようか。そのエネルギーがこの程度ということか?
どうしたのだろうか?

 ---
7月16日  1969年
    22時30分
10日位前に四日市から、神戸の垂水店に来ている。
四日市検収をしている商品管理部から、室内装飾の売り場に移動後、
やっと慣れたら、2日後に急遽転勤の辞令である。
実際のところ頭が真っ白である。
前知識なしに何人かが合併の先頭として、交流の為に神戸や大阪や
姫路などに転勤である。
まだ日にち4ヶ月も経ってないが、刺激的な日々である。
昨夜は当直、その為か今日の午前中は肉体的極限状態であった。

聞きしに勝る酷い環境で、何か数百年前の江戸時代のような世界である。
日用雑貨の一部を受け持つが、30歳近い「主のような女性」が難物である。
店の女性を仕切っている大ボスである。
まず彼女を自分の監督下におかないと。
乗りこえなくてはならない女の壁だ。

四日市本店は丁度よい時期に転勤かもしれない。
ボロが出る直前だったからだ。
そのためか、良い思い出だけが残った。

特に寝具売り場の大西さん、黒田さん、伊藤さん、名前は忘れたが
エッチャン、伊藤さん、それに梅村さんだ。
それも、四日市のよい思い出になった。
特に最後の夜の思い出は忘れることができない。

ところで今日、アポロ11号の打ち上げがTVで放送されていた。
歴史に残る、素晴らしい光栄に満ちた出来事である。

あと半月後に社員登用試験が控えている。
それには絶対受からなくてはならない。

それにしても、凄いところにきたものだ。
寮が、四日市で同室であった堀田君が一緒というのが救いである。
丁度良い相手が同室になって良かったが、寮生と店の人たちは、
まだまだ、心を開いてはくれないが、彼らも様子見というところだろう。
ーーー

2003年12月15日(月)
985, アパについて

 先日の夜のワイドショーに
アパホテルの女社長がTVで出ていた。
アパ・マンションの社長婦人で、ホテルを任されている人だ。
ホテルにしても、会社の奥さんがTVのワイドショーに出てきた時は
大体が末期の時である。
落ちとして、最後には「わが社のマンションを買ってくれ」
とのコマーシャルで終わった。

 このマンションを請け負った大手ゼネコンの営業部長が
「あそこのマンションだけは買わないほうがよい。10年もしないうちに
ボロボロになるのは必定の設備である」と言うのだから、
これだけ確かなことはない。

 いつ消滅するかどうか分らないマンション分譲メーカーの長期物件を
買う人の無知に大問題がある。無恥を曝け出してTV出演をして
サクセスストーリーを得々と話している姿をみると、
こちらまで恥ずかしくなってくる。
 
 そもそもマンションを買うのは、やめておいた方がよい。
理由は20年~30年経ったマンションをみればよい。
ほぼゴミ屑同然である。
それすら分らない相手を騙すのだから凄い。

 アパ・マンションに対しては、
・光の部分をみると、
 「三こう」がコンセプトに入っている
 -高(高感覚ー若い人の感覚に合っている)
 ー広(広い面積)
 ー好(値段が見た目から安く好感が持てる)
 これは、今までなかったマンションで若者に支持を受けている。
・影の部分は
 10年、20年経ったときのことはほとんど考えてない?
 ー目に見えない部分の設備などは徹底的のコストカットしてある。
 水漏れなど、時間が経つとトラブルが続出する。
 精神衛生上、マンションは問題になることが多い。

 確かに、メンテや防犯的には合理的に見えるが、
日本におけるマンションの歴史が浅いのが致命的な欠陥である。

・・・・・・・・・
2002年12月15日(日)
 611,ある時間の断片-25
 1968年 10月25日 金曜日

8時前に起床。学校へ向かう。
人事管理で討論をやる。
我々のグループでは予習をいいかげんの割には論議に筋が
通っていた。
授業後、兼子と奥村と食事。
その後、ゼミの同期の連中と食堂で話をする。
その後、欧州旅行仲間の川崎と酒向の下宿に行く。

大学の近くにある。
寮住まいも大変だが、アパートの一人住まいも寂しそうだ。
それぞれあるのだろう。
欧州旅行の仲間の会を日曜日に開くことにする。
そこで連絡の打ち合わせをする。

茶店のジョーイに行く。
そこで川村の鈍行というグループが集まっている。
石川と田島もいる。田島と例の件で議論をする。
田島は個性豊かな人間だ。
私の顔がユニークだという。
貶しているのか、褒めているのか。

お前に言われたくないとも言えなし。
13時から武澤ゼミに参加。
指定の本をあまり読まなかったせいか、軽井沢ボケのせいか
まるでついていけない状態だった。
つくづくいやになる。

ゼミ終了後、高木と石川とゼミの3年の二人と飲みに行く。
2軒回った後に、所属している合気道会の主催の
「素晴らしき飛行機野郎」をタッカーホールに見に行く。
21時半に寮に帰ってくる。

新聞を読んでいると、後輩の米林君がくる。
寮の佐藤嬢とのノロケを聞かされる。
別れようが別れまいがどうでもよいだろう。
23時に就寝。

ー反省ーゼミでの論理の曖昧さを実感した。
もっと本を集中して読まないと。批判にしても
プラスマイナスを明確に把握しないと。
その為には、本を4~5回は読まないと。

10月26日 土曜日
朝10時起床。
午後は卒論や音楽を聞いて過ごす。
22時から、先輩の河路さんのオーストリアへ留学の送別会だ。
彼らの仲間のOBが主体でやる。

全く彼等とは上手くいかない。
私の吊るし上げに近い状態だった。
もう少し寮の先輩らしくしろと言っているようだ。
彼等の目で見たらそうかもしれないが、如何しろというのだ。

自分の世界に一人割り切りすぎるというのか。
まとまりのある寮にしろというのは自分が外に行き過ぎている
ことか。
2次会の終了後、市川さんと飲みに行く。
自棄酒で夜半の2時に帰ってくる。
市川さんが気の毒と思ってくれたのか奢ってもらった。
ぼろぼろだ。

・・・・・・・・
2001年12月15日(土)
270,本屋と図書館

“私は書物を人にはすすめない。その人にとって本は買うまでが勝負である。
本屋でこの本を自分が買うと決めるその一瞬こそ最も大事なのだ。”
(第一生命・桜井社長・“NHKトップインタヴュー”より)

本屋に行くと何ともいえない緊張感がある。そのせいかもしれない。
自分でリサーチをして、そして決断か、情報万引きー立ち読みか、本当の万引きか、
その雰囲気を楽しむか、いろいろあるからだ。

週に二回か、三回行く。その時の時勢が反映しているのが面白い。
最近はネットの「紀伊国屋」や「アマゾン・コム」で、半分以上買うようになった。

桜井氏の考えにも一理あるが、私など是非そのような人物が近くにいたら、
教えてもらいたいと思う。といってやはり自分で苦労して捜してこそ意味があるのも
当然の事だ。

本屋とか図書館に神か妖怪がいて、自分が真に求めている所に導いてくれるという。
誰もがその不思議な出会いを経験しているはずだ。

立花隆の「僕はこんな本を読んできた?・?」が今の私のガイドブックになっている。
トイレに置いてある。一度座るたび、ダイジェストで一冊の要約を知る事ができる。
・・・・・・・・・
ある時間の断片
12月15日 ー日曜日
 1968年

 朝10時に起床。
午後も何となく過ごす。
夕方食事に行き、その後独りで本を読む。
その後卒論をまとめたりして過ごす。

 今朝ゼミの植本君から一昨日の礼状がきていた。
その番のうちに礼状を書いて翌朝速達でよこすとは凄い。
それだけ感激したようだ。
しかしこの気持ちが一番大事なことである。

 先日のゼミの私が創作をした内容は実家の商家をモデルにした。
そこでの人間関係を現在の寮の自分の立場に置き換えて話した。
しかし、あまり練ってなかったので、その場でパフォーマンス的に
つくり変えたので矛盾点が出たのだ。
どうしても表面的な受け答えに なってしまった。
必死に突っ張っている自分がそのまま露呈したようだ。