つれづれに

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今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=E5ma6YDlm9w


 http://killing-game.jp/ 評価は85点。
昨日は、シネマで『キリングゲーム』をみてきた。背景にボスニア紛争がある。
ーその概要とはー
《 ロバート・デ・ニーロVSジョン・トラボルタ初対決!これぞ極限の1対1。
戦場が破壊した2つの心が激突する、サディスティック・アクション。ハリウッドを
代表する二人の大物俳優がついに初共演! 本作は、なんと全編、ほとんど二人だけで
展開されるサバイバル・アクション。アメリカ東北部からカナダへと広がるアパラチア山脈
大自然を舞台に、心にも肉体にも深い傷を抱えた男同士の壮絶な一騎打ちが繰り広げられる。
二人が演じるのは、旧ユーゴスラビアボスニア紛争でそれぞれ地獄の戦場を経験した
立場の異なる男たち。ロバート・デ・ニーロが扮するのは、退役してから家族とも疎遠になり、
人里離れた山小屋で独居生活を静かに営む元アメリカ軍人のベンジャミン。そこに
ジョン・トラボルタ扮するセルビア人の元兵士コヴァチが現れ、かつて戦場で出会った
ベンジャミンに対して人間狩り―“ハンティング”を容赦なく仕掛けてくる。
戦争の凄惨な記憶を封印してきた男と、いまだ戦争を終わらせていない男。
彼らは過去に決着をつけるため、世間から隔離された場所で、一対一の孤独な者同士の戦争に
なだれ込んでいくのだ。Wキャストの新たな代表作として迎えられるだろう傑作の誕生だ。》
  ーstorycopyー
 米アパラチア山脈の奥地。元アメリカ軍人のベンジャミン・フォード(ロバート・デ・ニーロ)は、
大自然に囲まれながら動物の写真を撮り、人里離れた山小屋で独り静かに暮らしている。
ある日、息子のクリスから、明日、孫の洗礼式に来ないかと誘いの電話が掛かってくるが、
気のない返事をするばかり。離婚してから、長らく家族とは疎遠のままなのだ。
 
 ーー
 恐ろしそうな内容で、迷ったが、ハリウッド映画は飽きさせない。
今日、このブログを書くにあたって、デ・ニーロの敵役がトラボルタと初めて知った。
化けるものである。最後は、和解するのが、意外だったが、それだけ互いの憎しみを
ぶつけ合う内容。 シネマは一週間分のストレス解消に、手取り早く、ちょうど良い。

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2005年01月19日(水)
1387, 23歳の日記-9
10月1日 1969年
店の大改装で、関西地区で初めての靴売り場の責任者になる。
開店で死ぬほどの忙しさである。新しい部門ということで全員が注目を浴びている。
岡田卓也社長も、この売り場まで見に来てくれて一言声をかけてくれた。
予算の800㌫というのが、自分でも驚きである。
何品かの売れ筋を見つけて、それをお客さんに積極的に勧めるコツをつかんだ。
面白いように売れる。予算の立て方を店長が低くしてくれたこともある。
新しい店長が、私に目をかけていてくれているのが嬉しい。この改装時にテナントに
入っている星電社の男子社員と、店の男子社員が集団乱闘寸前にになった。
そこに私が身を挺して中に入ってなだめてから、全員が私を受け入れてくれるようになった。
学生時代に合気道の経験が役に立ったようだ。
店舗の改装で、本が読めないのが悩みである。
本を読んでこそ自分があるのに、流されないようにしなくてはならない。
ーー
10月13日
今日と昨日は、集合教育の為地区本部に行ってきた。また壁に当たっている。
本を読めないのだ。一人になり、かつ考えなくてはならないのに。あれもこれもと、
やりすぎである。ドライに割り切って、優先順位をつけてこなして行かなくてはならないのに。
ところで、上司の別所さんの「送別会」を私がやらなくてはならない。
明日まで、会場を決めなくてはならない。いつも行く寿司屋か、会社の社員食堂か。
準備は、日下部さんか、岩崎さんに頼もう。売り場は、先ず単品管理を徹底的にしよう。
そして、靴の商品知識は、本部バイヤーの送ってきた本を読もう。
年内に大方、この売り場を把握しなくてはならない。

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2004年01月19日(月)
1020, 人生とは
 いまさら人生論ではないが、あまり思い浮かぶことがないので
思い浮かぶまま,生きてきて思うことを書いてみる。
まず思う事は、「人生には無駄なことがない」ことだ。
マイナスに思える中にプラスがあり、プラスの中にマイナスがある。
むしろマイナスと思える中にこそ、真のプラスが隠されているようだ。
 それはマイナスの方が対象をしっかり吸収する為である。
失恋旅行の方が、対象と一体化をすることをみてもそうだ。
小説も音楽も、絶望の中で聴いたほうが心に沁みとおる。
無駄が無駄にならないのが、人生の意味深く、味わい深いところである。
特に若い時の無駄が深い意味を与えるものだ。浪人とか長期療養や大学中退などは、
その人にとってプラスになることが多い。じっくり本を読んだり、将来のことや見失っていた
周囲のことが見えてくる。また我慢強さが出来てくる。 マイナスをプラスにする力が年齢を
重ねると段々ついてくる。この力こそ一番重要な要素である。この力には前向き、積極性、
陽気さ、そして集中力が付いてくる。
「知識を多く知っていることが大事でない。美しいということを美しいと思えることが大事な事」
という意味がよく解る年齢になってきた。また「生きているということは凄いことだ」と思う。
目的をもって、崖っぷちにたっている時こそ「生きている」経験をする。
「人生を商家の一代目、二代目、三代目と考えると面白い」とか。
30歳辺りまでが一代目ー商売の基礎作り
50歳辺りまでが二代目ー必死に維持拡大をする
その後が、全てを遊びに昇華して、過去の蓄積を楽しみ尽くす・・
 なるほど上手いことを考えるものだ。馬鹿三代目にも、それなりの役割があるんだ。
人生50~60歳以降は馬鹿三代目として楽しむことだ。「人生晩期は三代目論」か! いいね!
ホームページの検索を調べたら、あったあった。
底が浅いのか、本心の深いことなのか?解らない。
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2001/12/21
[51] 無駄な事なし
人生ふりかえってみて感じる事は無駄な事は全くないという事である。
もっともある程度燃焼してきたから、言えるのかもしれないが!
それも全く無駄にみえる事ほどふりかえってみた時、一番重要なポイント
だったようだ。皮肉と言えば皮肉だ。ポイントはぼろを羽織ってくるのだろう。
老年にさしかっかた時、死と同じくらいの恐怖
「自分の人生これでよかったのだろうか?」という問いかけだそうだ。
ある本に自分の母が死ぬ時「私の人生失敗だった!」という言葉を残していたと、
姉より死後聞いてが立ち上がれないほどショックを受けたという内容が書いてあったが。
無駄な事だらけという人生もあるのかもしれない。人生にやはり意味を求めていないと、
失敗だった?という気持ちになってしまうのだろう。 2001/06/13

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2003年01月19日(日)
651, 自分の一本の木
「自分の一本の木を見つなさい!」を考える。これは二つの事が考えられる。
・何処かの山や近く川端などの具体的な木を見つけておく。・心の中の目標やゆめである。
まず具体的な木を考えてみる。これを見つける為に近くの福島江の桜の木や長岡の悠久山の
木を探したが、まだ見つけてはいない。自宅の松ノ木あたりなのだろうか。
こういう木があって、これが自分の一本の木と真に思えれば、その木と対話ができる。
それが独り言だとしても、その木を通して違った会話になるはずだ。生命体として
反応するとみてよい。その木がアンテナとして、宇宙の霊に通じている可能性もある。
祈る時に両手を合わせるのは全ての宗教の共通した事だが、これはアンテナになるからだという。
一本に木を買ってきて、庭に植えるのもよい。それを自分の木にする事も可能だ。
いずれにしても早く見つけなくては。
「心が疲れたら、鉢の花を買ってきて語りかけなさい。心が休まる」というが、
鉢物の木を買ってきて手軽にしてしまう方法もある。全くしないよりずっとよい。
心の中の木を考えてみる。
目標・夢である。
ツリー図で実際書いてみると面白い。
大目標・中目標・小目標を幹・大枝・小枝と書き加えればよい。
そうすると根の存在が面白くなる。
「枝葉を切って根を養え!」という時期もあるが。
それと土壌と環境の問題を合わせ考えると幾らでもヒントが出てくる。
難しく考えないで取りあえず幹と枝を感えてみるといい。
実物の木を3月を期限に最終決定する!!

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2002年01月19日(土)
305、ホームページ文章作法
毎日テーマ日記を書いていて心がけている事として
・まずはテーマを奇抜に興味をもってもらえるように、
・数人の知人友人に直接語りかけるつもりで、気楽に
・従って本音で、面白く、自分の言葉で、平易に
・添削をなるべく重ねる
・書きだめを幾つか溜めておく
・いちばんリラックスしている時に書くー晩酌をしながら下書きを書く
ある人が糸井重里に「貴方の年賀葉書が毎日もらえたら嬉しいのにね」と言われた。
本人は「なに金と手間があれば、毎日だせるさ」と思った。
それがメールにはまり込むキッカケだったという。多人数に軽く文章を送れるからだ。
そしてホームページを思い立った時、その転用として頭にうかんだという。
私の随想日記も似ている。10日に一回位書いていた随想日記を「これを機会に
毎日書くことを自身に強制する事で、頭の中を汲み出してしまおう」と試している。
1~2年は尽きることはない自信があった。
カミサンとは毎日飽きずに何か話している。2~3日家をあけようものなら、
かなりのネタが幾らでも出てくる。30年近く経っても尽きないのだから、
随想日記のネタが尽きる訳がない。ということで、
内面を気楽に、しかし本音で、面白おかしく、ブツブツ書いている。

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1月19日  1969年
11時起床。
12時半に、聖心女子大に向けて出発する。
明美とトツに会う。明美から招待券二枚が送ってきて
寮の佐藤と出かけた。晴海もチッラと見る。
「アンドロマック」という演劇であった。
その中でエルミオレを演じた人が素晴らしい演技であった。
演劇の素晴らしさを知ったようだ。明美が演出したという。
よくあれだけの人を纏め、仕上げたものと感激をする。
おっとりした彼女の中に、あれだけの知性と能力が隠されているのは驚きだった。
終了後、気を使わせない為、会わずに帰ってきた。そのほうが良かったのだろう。
聖心女子大に入ることも初めてで終わりだろう。
昨年の暮れ、女らとの合コンを深井とのトラブルで欠席したが、
これで気持の上で納得ができた。いい思い出になった。17時に帰寮する。
招待状を送ってきた時の彼女(明美)の手紙である引用だが、印象的な言葉があった。
「青年は確実な証券を買ってはならない」ふとこの日記を書いていて思ったことは
「純粋性は手段ではなく、目的にすべきである」
今は毎回のイベントが最後の別れになる。よい人たちであった。