つれづれに

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 今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=fipalF6u85A

去年の今日の随想日記内の以下の問いかけが、改めて考えさせられる。
これを現在の自分、国家、そして世界にも当てはめることができる。
 ーー
「我々は不滅の苦悶にさいなまれ、心配が絶えず、
憤懣が溜まり、あらゆる試練に耐えなければならない」とベンジャミンは続ける。
「再び我々の生活から灯が消える時、準備万端、整っている状態を確保するつもりなら、
我々はみずからに決定的重要性を持つ一連の問いかけを発してみなければならない」 
ここから、その「我々がみずからに投げかけるべき質問群」が並べ立てられていく。
    ーそれらを、この紙面上に再現してみようー
  ● 我々は今どこにいるのか      ● いかにしてここにきたのか
  ● なぜ、ここにきたのか        ● 我々はどこに行きたいのか
  ● 行きたいところに、我々はいかにして行きたいのか
  ● どれくらい遠くまで行かないと、行きたいところに行けないのか 
  ● 行きたいところに行けた時、そこが行きたかったところであることを、どうすればわかるのか
  ● 我々は地図を持っているのか    ● 我々はなぜ元いたところから立ち去ったのか
  ● 我々はここで立ち止まりたいのか  ● それとも我々は元に戻って最初からやり直したいのか
                       我々はどうしたらよいのか ≫ 
  
・・・・・・
1749, 心のままに生きてごらん-3
2006年01月16日(月)              

鳥はよけいなものを背おわない。
だから、とべるんだよね。      
                     -87
          過去は記憶のなかにしかない。
          記憶はあくまであたまのはたらきで、
          あたまはきりかえがきくから、
          過去も自分でかえられる。      
                     -91
ほんのすこし時間をさくだけで、
よろこんでくれるひとがどれだけいることか。
それなら、それをいとわないこと。
              -96
          死にもいろいろと いいことがあるのに、
          ほとんどのひとが わかっていない。
          ということは、この、唯一たしかなことに
          ほとんどのひとが目をむけてないんだ。 
                      -99
なんでも できないひとなんていない。
みんなできる。
すこしはできる。
なにかはできる。  
                      -104

          思うようにならないと
          他人のせいにするのは、
          まちがった列車に乗って、
          列車のせいにするようなもの。     
                      -109
ひとの期待にこたえようとして生きるのは
ひとの服をきるようなもの
・・・・・そもそもサイズがあわないし、
色やがらもしっくりこない。       
                      -116
           わすれちゃいけない
           ーみんなせいいっぱいやっている。    
                          -118
          ((≧(≧∇(≧∇≦(≧∇≦)≧∇≦)∇≦)≦)))
おもしろくないのは
あたりまえのきりかえをいやがっているから。 
                   -125

           復讐はみずから苦痛をもとめる行為。   
                          -131
             sosi sosi
                 !!o┤*`□´ *├o
                         sosi sosi!!

孤独はこの世でいちばんありふれた病気。
そして、いちばん理解されていない病気でもある。
                    -134
           なんでも悪いのは他人と考えるひともいれば
           なんでも悪いのは自分と考えるひともいて、
           何も悪くないと考えるひともいる。     
                            ー139
      (*´・ω・`)(*´-ω-`)(*´・ω・`)(*´-ω-`)ウンウン♪
モチモノにはご用心。
ツキモノにかわることがあるから。     
                           -145

           おちこんでいるときに問題に目を向けるのは、
           おなじ世界を針の穴からのぞくようなもの。 
                            -146
人間も牛のむれもおなじ。
てんでばらばらに見えるけど、
少し上からはなれて見れば、
みなおなじ方向へ向かっている。    
                -150
            おしえるのは他人にできても
            まなぶのはあなたにしかできない。    
                             -152                  
   ーーーーーーー                  
 
 「ひとの期待にこたえようとして生きるのは
   ひとの服をきるようなもの
   ・・・・・そもそもサイズがあわないし、
     色やがらもしっくりこない。 -116」
 
  一生気がつかない人がほとんどだろう。
  まだ人の期待にこたえようとして生きるだけましだが。
  それさえ意識しないで生きている人が多い?
  
  ところで親の期待は、どうなんだろうか。
  一番しばられる期待であるが。
  まずは親からの離脱が必要か?
  手と指の関係と同じで無理といえば無理と考えるか、
  それとは違うといえば全く違うのか。
  
                  ☆~~ヾ・ェ・)o尸~ マタネ~♪  
 ・・・・・・・
 ・・・・・・・
 2005年01月16日(日)
1384, 生きる2004~森山良子コンサート
 昨夜、何げなくTVの番組表を見ると「生きる2004~森山良子コンサート」があった。
森山良子のコンサートを学生時代に見に行ったこともあり、ジックリ見た。
加山雄三さだまさし平原綾香の4人がそれぞれの時間を受け持つもので、
彼女のワンマンショーではなかった。
誕生日に心に残る何かがないかと思っていたが、これがメルクマールになった。
かわいいものだが。何げなく皇后の来賓席の姿を映し出していた。
そのためか、全員の歌に熱が入っていたようだ。
加山雄三と森山良子は、学生時代の思い出の歌手である。
さだまさしも心の歌をジックリ聞かせてくれるので好きである。
平原綾香の「ジュピター」も好きな曲である。
自分の誕生日の贈り物と勝手に思って聴いたが、部屋の電気を消して
真っ暗の中で聴いていると、実際の会場にいるようであった。
特に、森山良子の歌の全てが心に響く。
「今日の日はさようなら」は、学生時代の22歳の日記のバックミュージックに
ピッタリである。私にとっての青春の歌である。
また加山雄三の歌も一曲一曲が当時を思い出させてくれる。
昭和40年代は経済の高度成長期のよい時代だったということだ。
歌は時代背景を、そのまま反映する。
まあ誕生日に丁度よい番組みに当たったということだが、小市民そのものだ。

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2004年01月16日(金)
1017, 足の話-2
 前にも少し書いたが、野球のスカウトがまず注目するのは足である。
リトルリーグから大学を経て社会人になるまで観察し続けることもある。
まず足が速いこと、それによって体のバネや筋肉や関節の柔らかさが分る。
野球はランニングに始まり、ランニングで終わる。
大リーガーのスカウトは、特に足にうるさいという。
イチローや、二人の松井も脚力は並外れている。
 大相撲でも、入門をすると徹底的に下半身ー脚を鍛え上げる。
股割りから始まり、すり足、四股を教えていく。
そして、足指で土を掴まえるようになるまで足を鍛える。
本場所の相撲を見ていて、足に目があるのではないかと思うくらい微妙なところ
で俵の上で残ったりする。そこまで鍛え上げているからだろう。 
 足を辞書でひくと、
「体を支え移動させる機能。たとえば、動物の下肢、立ちまたは歩行の用をなすもの、
タコなどでは遊泳の用をなすもの」等が書いてある。
 足といえば、「足が付く」「足が出る」「足を洗う」「足を引っ張る」
「勇み足」等々、慣用句にもなっているほどだ。
お金のことを「お足」とさえ言っている。これは、走るように去っていくという
意味がある。いずれにしても、自分の体を移動させる重要な機能である。
 ところで、足の代用として何が考えられるだろうか。
移動手段として見ると、まずは車である。免許が無いのは、現代イザリとさえ
言われている。飛行機、船、列車などが考えられる。
このような移動手段の発達が人類の進歩に大きな役割を果たしている。
 海から生物が陸に上がってきて進化する過程で、移動手段としての足は重要な機能となった。
鳥のように前足を羽に進化させて、空を飛ぶということで移動する生物もある。
また蛇のように一切足を持たない生物もある。逆に百足のようなものもある、
 ところで、今の乗り物の多くは生物の機能の真似から出来てきた。
車は馬、飛行機は鳥、潜水艦は魚等。しかし船だけは見あたらないというが。
それと自転車やオートバイなどの二輪車は何だろうか?

・・・・・・
2003年01月16日(木)
648, 流通業界を考える
 実家も勤務も前業も流通業界の出身の為か業界のウネリに興味がある。
一般小売店と地方百貨店はほぼ壊滅。その流れが都心の百貨店にきている。
そごう百貨店の倒産、西武流通グループの解体と西武百貨店の再生法。
東急もしかり。三越の不祥事の連続の事態。
これからは高島屋の隠れた問題が吹き出るはずである。
百貨店といっても、その実体は不動産業でしかない。
問屋とアパレル業やメーカーの場所貸しでしかない。
それに優勝劣敗の管理を加えている位だ。
当然、スーパーや大手専門チェーンに侵食される運命だった。
その勝ち組であったスーパーがおかしくなり始めた。
イカル・長崎屋・九州の覇者の壽屋ヤオハンの倒産である。
ダイエーは解体過程、西武流通グループは完全解体、西友外資
買収された。原因は多角化の失敗である。
アメリカのNO・1であったスーパーのKマートが去年倒産したが、
これはシアーズの生活総合業の真似によるエネルギーの分散の為である。
ダイエーは、野球やリクルートとホテルなどの多角化が本体のエネルギーを
そぎ落としてしまった。他もそうだっだ。
勝ち組と見られるヨーカ堂ジャスコは売り上げ経費率が25~28㌫もあり、
近々大量出店を見込まれるウォールマートの16㌫の2倍近い。
10年後の流通図が、この数字に全て暗示されている。
この2つが合併しても16㌫にそぎ落とす事は無理だ。
傍で見ている分には面白いが、これから始まる大競争時代を象徴している。
解体と再統合の繰り返しの始まりだ。これは今の銀行の先行を明確に現しいている。
地銀以下レベルは40年前の日本の流通業に酷似している。
どう収れんされていくのか? 今年からその再編成が始まる。
これは日本の根底の再編成になる。

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2002年01月16日(水)
302、事前の一策は事後の百策に勝る

生きてきて、事業を通してつくづく感じる事である。
これは準備の大事さ、計画の大事さをいっている。
ビル計画の場合、出来上がった後「こうしておけばよかった、
ああしておけばよかった」ということが出てきても、その
修正に莫大の費用がかかってしまう。従ってアアでもないコウでもない
と仮説を立て、あらゆるケースを考え設計にエネルギーを叩き込む。
これ以上もう考えられないところまで、考え尽くす。
それをどこまでやれたかが、10年~20年後に結果として出てくる。
宮大工は、自分が死んだ数百年後の修理のことまで十分意識して、
建物を造るという。数百年後の宮大工を意識して仕事をするという。
以前何かに書いたが、成功の言葉は「練り上げ成す」という。
事前の一策を練る事といえる。
一般にみていると、「事前の一策の戦略ミス」を「事後の戦術でカバーしている
プロセスを踏んでいる」ケースが多い。本人はその意識もないレベルだが。
他人事でないか?!事前の一策をどう打つか、立てるかがポイントになってくる。
それでは「それを十分に立てることが可能か?」もちろん「可能」である。
十分な情報収集とその分析に、時間とエネルギーをかけることである。
過去の自分の失敗事例と成功事例を振り返ると、ここに行き着く!
準備とは集中の要である。準備とはなんに集中するかを、とことん突き詰める事だ。
計画中断も一策かもしれない。根本から数回やり直すことも、
必要だったらやるべきだ。やる前ならどうとでも修正できる。
結婚もそれがいえるかもしれない。以前は「足入れ婚」があったという。
数年住んだあとで、籍を入れる、ああそうか今は同棲という形か!

・・・・・・
1月16日  1969年
9時起床。
10時前に大学にいって卒論提出。
万歳!これで頭を痛めていた難問をクリアーする。内容は満足のいく半分のできであった。
あれだけ努力をして、内容はこのレベルでしかない。基礎ができてなかったのだろう。
あちこちの文章を切り抜いて、自分の言葉に言い換えただけでしかない。
そこに新しい視点を見つけることは不可能であった。甘さといい加減さが、
この内容が物語っている。以前の自分はもっと自分に厳しかったはずなのにどういうことか。
そういえば今日試験があったのを知らなかった。
これをとらないと単位が取れないという。欠席届を出して、後はどうなるか様子見である。
一つ大きな心配が増えた。ゼミの河村と石川と外山と4人で研究室に行き、
助手の横浜さんと話をする。その後、寮に帰りTVをつけると、東大の校舎で反代々木系
全学連安田講堂にたてこもって8千人の警察官と攻防を繰りひろげていた。
まるで戦場である。講堂の屋上からは火炎瓶、空からはヘリコプターが三機もいて
リュウガスを撒いている。驚くばかりである。駒村の部屋に行く。彼とは大きな距離を感じる。
その後風呂に行く。その後部屋に帰ってくると、先輩の永田さんくる。
先日、飲みに行ったばかりだが、また彼と飲みにいく。先日よりズット落ち込んでいた。
あれだけ強気であった人が、何があったのか弱気なのだ。
もう秘書は辞めて田舎に帰るとか、鼻ー蓄膿症ーが悪くてどうにもならないとか。
午前一時過ぎに帰って、就寝。