つれづれに

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 今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=uGTaQSycO2Y

 この一週間は、全国高校サッカー選手権の準決勝からの試合に夢中。
高校生が大舞台に立つと、思いもよらない力が湧き出てくることもある。
今年も多くのスターの要素を持った選手がいたようだが・・ 
 
 大相撲も始まったが、稀勢の里の優勝がかかった場所だが、異常なぐらいに
プレッシャーに弱い。これが一瞬勝負の相撲では、横綱は無理。 昔は、
八百長もあったのだろうが・・・ どんどんモンゴル力士の土台が強化されていく。
今場所も、実業団の優勝をして幕下15枚目付けだしのモンゴル人が入ってきた。
20歳で、これまで全くの無名である。有望と思えるのは、全てモンゴル。
遊牧民族で羊の肉で育ってきたため骨格からして違う。

・・・・・・・・
2005年01月14日(金)
1382, 23歳の日記ー8
ー9月01日 1969年
雲屯庵にきている。学生時代にいた司法試験のため、一人きていた三条の高橋さんがいた。
新井石龍禅師と早速話しをする。私「いや~、世の中こんなに厳しいとは思ってもいませんでした!
理屈と実社会との隔離にただただ驚いています」禅師「世の中は、変わりはしない。
世の中が厳しいのではなく、あなたの理屈が甘かっただけの話です。」 私「・・・・・」
その夜、休暇で日本に帰ってきていた慶応を出て、ハーバード大のビジネス・スクールの学生がいた。
彼と高橋さんと、そこの雲水と話をする。ところが、その雲水が博学で、高橋さんと私はダンマリ。
ハーバードと雲水の議論に全くついていけないのだ。どうしたのだろう?
禅師に昼間真っ二つに甘さを指摘され、夜は夜で二人の議論についていけない自分が、そこにいるのだ。
何だろう、何だろう、何だろう!
実践としてスーパーに入ったが、何にもできない中途半端な自分がいるし、実際のところ濁流の中で
もう水を飲んでアップアップしているだけの自分が、神戸の垂水に一人呆然としているだけだ。
どうしたのだ、どうしたのだ。適当に真面目に考えることもないが。
ーーーー
2005年 ー1月14日記ー
ーこの時のショックは計り知れないものがあった。
身近で、これだけの知的水準の高い同年代ハーバード大の人と接したのは初めての経験。
会話さえついていけないのだ。一言一言の言葉が宇宙語のようであった。
その逆の環境の真っ只中にいたから、その段差がなおのことあったのだろう。
「学生時代に自分は何をしてきたのだろう?」という、疑問を持ったまま卒業をしたこともあり、
「いま一度一人になって知識の再構築したい」という気持ちが芽生えたキッカケになった。
司法試験をしていた高橋さんが三条市で弁護士になっていると、その後聞いたことがある。
まだ会ってはないが、実直な無口な人であった。懐かしい日々であった。

・・・・・
2004年01月14日(水)
1015, 一人と独り
度々この言葉の書き方を迷うことが多い。
私の場合は、状況から「疎外感を持っている状態」を「独り」と書き、
数名の一人の場合を「一人」と書いていた。
独りは、独身や孤独などの置かれた状況をいい、一人は、一が人についている
状態で孤立とは違う。したがって独りという言葉とは少し意味が違ってくる。
数字で言うと一人は「一」で、独りは「ゼロ」ということか。
辞書で調べると独り ー単独、孤独「独りになりたい」
 一人 ー人数「息子が一人います」となっている。状況と数の違いということだ。
凍りつくような独身生活と青春を謳歌している独身生活とは同じ独りでも、また意味が違ってくる。
老人の自殺は、凍りつくような独り生活に耐えられなくなるケースが多い。
生涯を通じて、自分独りの楽しみを創ってきたかどうかだ。
しかし連れ添いや子供を失った喪失感は、それでもカバーできない場合がある。
この随想日記も早朝、独り居間で書いている。全く寂しいとか、辛くて書いてはいない。
どちらかというと面白い。「独り」は「真我」といってよい。
自分の中心点の奥の「正一点中心無」といも言えるだろう。
以下はインターネットで調べた内容をコピーしました。
ーーーーーーーー
 「独りって…」

  ある人が言ってたよ。
  一人と独りは違うとね。
  私はその言葉にうなずくよ。
  私は独りだけど独りじゃない。
  私には、友達も仲間もお母さんもいる。
  でも、私は独りです。

  どんなに幸せな時間が流れても
  さっきまで、仲間と笑ってる時間があっても
  独りの寂しさはやってきます。
  人間、しょせん独りなんです。

・・・・・・・
 一人と独り

一人でいると
独りであることを
強く感じる時がある

二人でいても
独りだと感じたら

待っているのは
悲しい予感

・・・・・・・・・・
-ひとりでいるのは寂しくない?-

誰かに聞かれたことがあった。

「一人は寂しくなんかないよ。」

たしか俺はそう答えたはずだ・・・

でも
 ―――独りは怖い―――

心ではそう思ってはいたが、外に出すことはしなかった出しても気付く人はいなかった
「一人」と「独り」の区別を知らない者・・・

彼らは幸せ

「独り」の寂しさを知らないから
「独り」になったことのない”幸せ”な人たち

”孤独”という単語は知っていても理解することは出来ない者達

そう彼らは知らない

知らないから”幸せ”でいれることを

けど

知ってても幸せになる方法を
教えてくれた人がいた

『一人は怖い?』

――怖くないよ。ただ嫌になるだけ――

『独りは嫌い?』

――嫌い――

『じゃ、一緒にいよう? だったら独りじゃないよ』

そういったのは誰だっけ?

・・・・・・・・
【一人】(ひとり)

1.一人でいること(笑)◎
2.若い時はよく一人暮らしした~いとか、一人でいた~いなんて
言うけどいざ一人になると人恋しくなるものである。
3.毎日、チャットしたり、テレビに話しかけたりする人は、
人恋しさのバロメータはかなり高い。
4.つまり、人間は一人では決して生きられないのである。
5.「ひとり」は独身とも書くんだよね。はぁ…
   むら
【独り者】(ひとりもの、ひとりもん)
1.独り身。社会一般では独身者の事。狭義では、彼女・彼氏の居ない人のこと。◎
2.全く縁のない人のことは「日照り者」と言う。
『解説』独り者が不幸かどうかは、未婚者と既婚者では、何故か意見が
    分かれてしまうモノである。
3.「独身」は体に悪く気の毒でもあるので「毒身」とも言う。
4.「独身」は「単身」とも言うが、単身赴任というと大抵所帯持ちである。
5.彼女の心を知りたい一心で修得したテレパシーの一種を「独身術」という。
6.「独り者」の期間が長期国債ファンドすると「変わり者」に変化する。
7.「独り者」と「変わり者」が融合すると「かぶき者」になる。
  
・・・・・
2003年01月14日(火)
646, 教育を考えてみた
昨日は成人式だった。少し硬い教育を考えてみよう。
過疎の学校の生徒の成績は普通の学校の生徒よりかなり落ちるという。
学校の統合や廃校で父兄が反対運動をするが、これは生徒の側から見たらマイナスである。
常識的に考えれば、一人当たりの先生の比率が圧倒的に多い過疎の方が成績が
良くなってよいはず。それが反対に悪くなるのはどういうことだろうか?
いろいろな問題が含まれている。
あまり管理が行届いて、子供の遊びや工夫の目を摘んでしまう事や子供同士の動物的刺激が
最小に済んでしまうからだろう。小学校高学年から中学にかけての虐めや、ライバルとの
闘いが意外と人間性の基礎をつくっているのかもしれない。
多くの人間との接点の中より人間の基礎がつくられるのが真実ということだろう。
小学校5年までにその人の能力の基礎は確定してしまっている。
そこのベースより抜け出せないともいう。小学校や中学を見渡しても、大化けした
同級生は全くいない。逆はいくらでもいるが。
これからの時代は、今までのような学業の成績だけでは判断されないから難しい。
自分で自分の特性を早く見つけて、自己育成を早い段階で積み上げなくてはならない。
昨日の成人式でノーベル賞をもらった小柴さんが「やりたいことを見極めて」と言っていた。
「自分のやりたいことを見極めることは、そう簡単なことでない。食わず嫌いせず、
いろいろな事を自分で試してください」と。もう遅いのか?最後のチャンスなのか?
「あなた何がしたいの?」とある若い人に聞いた。
「何にもない!ただ流されるまま生きていければよい。
 この時代何をしても上手くいくはずがない。時代が悪いのだ。」
 開いた口が塞がらなかった!でもこれが若い人の半分以上を占めている感覚である。
大学を卒業しても就職口ない時代、自棄になるのは解らないでもないが。そういえば地元の??
問屋の??2代目が同じことを言っていたのを母から聞いた事を思い出した。
親父が「俺なら幾らでも創業のネタがあるが、ああなっては人生終わりだ」という内容だった。
「人生どんな時でも前向きに切り開いていく能力」が教育の基本だが。
今の日本の中途半端の挫折がこういう雰囲気をつくっている。
最後は悲観的になったが、教育はすべての基本だ。

・・・・・・
2002年01月14日(月)
300、「心と合理化」
「合理的とは最小の資源で最大の効果を求めることである。
しかし心構えとして必要なことは、最大の努力で最小の効果である」
若いときに出会った言葉である。そして全てに対してその気持ちの構えで
とり組んできたー精神論もいいところだ。これは知る人ぞ知ることである。
意外とこれは落とし穴かもしれない。
それを可能とするのが、本当にそれが好きかという根本で決まってくる。
「好きと嫌いはどれほど違う、命ただやるほど違う」という都都逸があった。
好きなことをしての一生と、そうでない一生では天と地の位の差がある。
私の場合、事業と箱作りービル建設である。したがってこの30年、全く苦労した感はない。
周辺に波乱万丈の人生を生きてきたとかいう人がいるが、それが何なんだとつくづく思う。
好きなことをやってきたという人生こそ大事なことだ、と信じていきてきた。
他人の批評は所詮他人の脳の歪みでしかない。
この前ベトナムに行ったとき、定年直前のバスのドライバーが二人できていた。
本当に楽しそうに旅行を楽しんでいた!子供のとき自動車に憧れ、
大人になったらドライバーになると決めていた。
本当に夢がかなってよかったとシミジミ言っていた。
決して社会的に高いわけでないが、人生の後半にそれを言えることが最も
大事だと思うようになった。心とはそういうものだ!

・・・・・・・
1月14日  1969年
11時過ぎに起床。食後、卒論の最後の仕上げだ。16時に酒井君がくる。
佐藤の友人で早稲田の男で何か気が合う。酒を買ってきて、佐藤と三人で飲む。
酒井君に「私は防御が強すぎる。そして直に針を出して、人から自分を守ろうとする。
如何でもよいことまでも突き詰めてしまうと。自分をあまりに大事にしすぎだと。
もっと自分を下から見るべきである。
・「観念構成のために最もよい燃料は経験である。
 直接的な経験は一番上等な燃料になる。こういう経験はいつまでも
 身についてくるし、必要な時にはドンドンでてくる」
・「賢人の最も美しいあり方は、きわめて控えめな言葉を使って、
 きわめて強烈なことを言うことにある」
・「自分自身の考えを信じること、人知れず深く考え、自分にとって真理で
 あることは全ての人にとって・・・・・・