つれづれに

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  今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=txzn9AEk1Cw
http://www.youtube.com/watch?v=G36BXhYoa-A&feature=related

   ≪ つれづれに、思いのまま ≫
 あの日以来、半年が経過した。 ここまでは、新しい生活や、落ち込みで
鬱にならないようにと、心の底では緊張してきた日々だったのだろう。
しかし、ここにきて、ギアチェンジのサイドから、改めて周辺を見渡してみると、
何てことはない、歪みの視線が治った反面、歪んだ目線が鮮烈に見えてくる。
 歪みの視線が直ったというのも歪みの視線。 それにしても、酷いものだった。
人の歪みは見えても、その時の自分の歪みの視線は自覚できない悲しさがある。
 
 象(地球)の皮膚の間(地域)の寄生虫(社会)に、またそれに寄生しているダニを人間とする。
その人間が皮膚の中しか知らないで一生を終えていく。 その外に出たり、入ったりしていて、
寄生虫に、さらに寄生している自分、それも、そのことすら自覚できない目線しか持ち得ないのが
人間の悲しさ。 まあ、それが辛らつに鮮明に見えてきている日々。
 それが、この年齢になったからこそ見えるのだろうが・・・ その象も、宇宙から見れば
チリのチリの存在でしかない。 寄生虫についたダニには意識がある。 その意識は、
限定平均、80年の時間しか与えられてない。 だから、その構成要素の瞬間、瞬間を
手繰り寄せて、味わうこと、それは感動と、新たな知識の獲得という手段がある。