* 目標なく生きる重要性
 現役から、余生の時節に移行して、それまで見えていた社会の様相が、
全く違ってみえてきている。現役時代は目的的な強い束縛の中で日々を
過ごしてきた。何もしないことは良くないことと、信じて疑ってなかった。
現役の知人に、『何もすることがないのも、良いことだよ!』といった時に、
明らかに恐れと戸惑いが現れ出ていた。ただ、ブラブラと無目的的に日々を
暮らすと、日常の中の、景色が、違ってくる。それが御隠居の特権である。
 京大教授の山極寿一の、「老後の意味」の論が面白い。
≪ 人類の進化史の中で、老年期の延長は比較的新しい特質だと思う。
 ゴリラやチンパンジーなど人類に近い類人猿に比べると、人類は多産、
長い成長期、長い老年期という特徴をもっている。多産はおそらく古い時代
に獲得した形質だ。人類の祖先が安全で食物の豊富な熱帯雨林から出て、
肉食動物の多い草原へと足を踏み出した頃、幼児死亡率の増加に対処する
ために発達させたと考えられる。成長期の延長は脳の増大と関連がある。
ゴリラの3倍の脳を完成させるため、人間の子どもたちはまず脳の成長に
エネルギーを注ぎ、体の成長を後回しにするよう進化したのである。
脳が現代人並みに大きくなるのは約60万年前だから、その頃すでに多産と
長い成長期は定着していたに違いない。
しかし、遺跡に明確な高齢者の化石が登場するのは数万年前で、ずっと
最近のことだ。これは、体が不自由になっても生きられる環境が整わなかった
からだと思う。定住し余剰の食料をもち、何より老人をいたわる社会的感性が
発達しなければ、老人が生き残ることはできなかったであろう。
家畜や農産物の生産がその環境整備に重要な役割を果たしたことは疑いない。
ではなぜ、人類は老年期を延長させたのか。高齢者の登場は人類の生産力が
高まり、人口が急速に増えていく時代だ。人類はそれまで経験しなかった
新しい環境に進出し、あつれき人口の増加に伴った新しい組織や社会関係を
作り始めた。さまざまな軋礫や葛藤が生じ、思いもかけなかった事態が数多く
出現しただろう。それを乗り切るために、老人たちの存在が必要になった。
人類が言葉を獲得したのもこの時代だ。言葉によって過去の経験が生かされる
ようになったことが、老人の存在価値を高めたのだろう。
 しかし、老人たちは知識や経験を伝えるためだけにいるのではない。
年や壮年とは違う時間を生きる姿が、社会に大きなインパクトを与えることに
こそ大きな価値がある。人類の右肩上がりの経済成長は食料生産によって
始まったが、その明確な目的意識はときとして人類を追い詰める。
目標を立て、それを達成するために時間に沿って計画を組み、個人の時間を
犠牲にして集団で歩みをそろえる。危険や困難が伴えば命を落とす者も出てくる。
目的が過剰になれば、命も時間も価値が下がる。その行き過ぎをとがめるために、
別の時間を生きる老年期の存在が必要だったに違いない。老人たちはただ
存在することで、人間を目的的な強い束縛から救ってきたのではないだろうか。
その意味が現代にこそ重要になっていると思う。≫
▼ 落語の『御隠居と与太郎』の問答が、正しく、これ。人生を消化した
 御隠居と、何もしらない与太郎の無目的の状態の二人が、目的的社会に
ついて笑い飛ばす。4年前に、それまでの自分の姿が急に面白くなり、腹の
底から笑ってしまった。それで憑物が落ちたのだろう、開き直れたようだ。
元もと、アウトサイダーを自認して、社会との関りを最小にしていたことも、
現在の日常を楽にさせてくれている。夕暮れには夕暮れ時の楽しみがある。
 〜以下のことは森のこと。後は、娑婆娑婆したり、しなかったり!
・・・・・・
4836,「事業人生を決心して45年」の語り直しー12
2014年06月11日(水)
   * 閑話小題 ー事業人生を振返って、あらため気づいたことは
 人生を鳥瞰すると、その時々に直面する問題に無心で取組んでいると、違う
チャンスが生まれているのが見て取れる。これは、課題に対する「正中心一点無」
の奥底から自然に生まれ出る不思議な因縁。前向きに正面から中心点に無心で
取り組み続けると、自然と機会が生まれてくる。過去・現在・未来とも、その
正中心一点は、時代のウネリ。この数年来では、2008年9月15日のリーマン
ショックと、2011年3月11日の東北大震災と、津波による福島第二原発事故。 
このリーマンショック対策で、今でも世界主要20ヶ国のトップが一年に一度の
会合を開いているが。実は未解決案件!
 金沢にいた頃は、『ドルショック』。千葉の創業時には、『石油ショック
が直撃。その直後の数年は、その重大さが理解できない。が、数年後に現象と
して現れ出てくる。千葉での石油ショックは、創業初戦の私を直撃をした。
あてにしていた道路一本前の空地の5百室のマンション計画が緊急中止。
周囲の空気が一変してしまった。ビル内のテナントは全く入る気配がなし。
軽い気持ちで始めた養老乃瀧のオペレーションは、手こずるし、本部から
手伝いの開店指導員は、店の乗取りをはかってくるし、その上に、お嬢様育ち
の家内は戦力に全くならない。また凶暴化した酔っぱらいの店内での喧嘩や、
因縁に対処が出来ないため、なすがまま。あたかも西部劇の酒場の場面の
ようで、一日一日が瀬戸際のドラマである。 これが創業の苦しみと、つくづく
思い知った日々。〈背中に、重い荷物を担いで、足には鉄の下駄を履いて歩いて
いるよう〉という実感があった。その時、戦中、終戦の最なか、両親は、この
数倍、数十倍の苦労した苦労話と、幼児期の両親の苦労姿を、改めて思い知る。
両親には戦災の中、一家の生活がかかっていた。 そして、父親の死。
これが、自分への父からの贈物と、実感する。今度こそ、頼れるのは、自分と、
取り組んだ事業のみと! しかし、それも三ヶ月、半年と経つ内に、仕込み、
仕入れなど、一日15時間の勤務時間が、12時間、10時間、8時間と
減っていった。そこで、養老の滝を一緒に取り組んだ相方に任せ、自分は焼き
たてのテイクオフのベーカリーに取組む。とにかく、このミニビルを何とか
「カタチ」にしなくては! と。
 ー偶然、12年前同月同日に「創業のすすめ?」をテーマとして書いていたー
・・・・・・・・
2002年06月11日(火)
434,創業の勧め??
過去に創業を何回か繰り返してきた。好きで自分で望んだ事だから、
そう苦ではなかった。しかしそう甘くもなかった。
その時は、のるか反るかの大勝負を賭けている。
やはり脳は全開、見えない相手を考え尽くした上で
判断していかなくてはならない。ゼロからの出発である。
表面には出してないが、しかし色で出ているだろうが、キーワードは
「発狂」である。まったく存在してない自分の主張を、実際のカタチに
創り上げていく工程を踏んでいるのだから。部外者の人は狂っているという。
そうでなくては実際新しい創造は不可能だ。基本に忠実にゼロから一人で、
一日一日孤独の行為の積み重ねである。その時、見えるのは人間の
浅ましさと嫌らしさである。これは自分の事でもある、人間の底である。
・人間はエゴであるー生命の発展はそれぞれのエゴイズムが原点である。
・それがどうしたというのかーその当然の行為を始めたのだ。
・その積み重ねが事業の出発点である。
・馬鹿二代目が冷笑している、結構である。
 むしろそれが正しい事を証明してくれている。
・赤裸々な莚旗を立てた赤裸々な姿、それが創業である。
・事業に関していえば、まずは金そして金そして金・・
 ・・・・・・金である。
 それを命を賭けて投資するのである。なけなしの金と銀行から借りた
資金を合わせて、その「思い込みの対象」に対する命を賭けた博打である。 
それが面白いといえば面白いが、それは結果がよければの話しである。  
 いま世の中の風潮で創業の勧めがあるが、そう甘いものではない。
コツがあるとすれば、時間をかけた準備、準備、準備、計画の練り上げ
しかない。500�の成功確立の見通しになるまで練り上げるしかない。
それで実際のところ50�しかうまくいかないだろう。
 実際のところ事業を始める時、自分の心に約束した全て失っても
後悔はしないと。創業は勉強になる!! それでこの程度!

・・・・・・
4469, 余命半年 −5
2013年06月11日(火)
        「余命半年  満ち足りた人生の終わり方」大津 秀一著
  * 生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五
「生物の最大寿命は生物の性成熟年齢×五」説によると、人間は75歳。
その辺りが大きな目安になる。去年、知人が75歳で亡くなったが、70歳
前後から急激に衰えていった。特に男は75歳、女性は80歳辺り。成るほど
後期高齢者の区切りである。この辺の健康状態で、あと何年かが決まって
くるようだ。 ーその辺りからー
≪ 川上嘉明氏の著書『自然死を創る終末期ケア』を読んで、私は生物の生命
 過程の事を知った。生物には成長期・生殖期・後生殖期の三つの時期がある
という。そして人間は後生殖期が長いのが特徴であるとのことだ。なるほどと。
確かに昆虫など、生殖期を終えればすぐに死んでしまう種の数は多い。ほ乳類
の場合は、最大寿命と性成熟年齢が性の相関関係にあるとされ、生物の最大寿命
は生物の性成熟年齢×五であるらしい。最大寿命と言うのは、限界の寿命である。
人ならば性成熟年齢の十五歳×五の七十五歳が本来限界となるはずだ。
しかし、周囲を見回せば明らかなように、今や限界超えが当たり前。
図をみると、実際にヒトだけが逸脱して限界を超えてしまった。人類がなぜ
後生殖期が終わったのちに、これほどまでに生きられるようになったのか。 
それは「医療」の発展ゆえである。ついぞ五十年くらい前までは「人生五十年」
の世界であった。しかし、人類にとってかなりの強敵であった感染症に対して、
西洋医学が優位に立つと、寿命はぐっと延びるようになった。もちろん栄養状態
の改善も影響しているだろう。あるいは衛生環境の改善等も。体格が世代を重ねる
ごとに良くなっていることは、清潔で栄養に満ちた生活が提供されている
一つの証明でもあると考えられる。≫
▼ ちなみに類人猿のチンパンジーは50歳、ゴリラは40歳後半で、50年前
 までは、人間と変わらなかった。病気を治す術を得た分、長生きが出来るように
なった。その最大寿命の75歳に近づいてきた。70を過ぎると、摂生してきた
人と、不摂生してきた差が鮮明になる。 私も酒の飲み過ぎもあり、その辺りが
大きな関門だろう。 ところで、介護を受けたり病気で寝たきりになったりせず、
自立して健康に生活できる期間を示す「 健康寿命」を2010年に男性70・4歳
(10年の平均寿命79・5歳)、女性73・6歳(同86・3歳)と厚生省が
初めて算出し、発表した。大体10年間が、介護か寝たきりなる。 
あと3年で平均で達するので、現在、介護を受けても不思議でない。そうすると、
まだ元気な現在、好きなことが出来る時間的余裕が少ないことになる。
10年間の介護を考えると、末期ガンになってもジタバタしないで、悄然と
従うのが良いのかもしれない。そうこう考えると、老いの現実は厳しい!
介護、寝たきりまで平均3年、死まで12年? 男が平均70歳で、寝たきりか
介護? 周囲を見渡しても、そうだろうか? 自分を考えると3〜4年先に倒れ、
その2〜3年先とすると不思議でない。とすると二年前の会社整理は正解? 
ものは考えよう。
・・・・・・
4095、古代の皇帝の最後は
2012年6月11日(月)
 先月、ローマ人が現代日本にタイムスリップし2000年の時空を行ったり来たり
する「テルマエ・ロマエ」という映画をみてきた。当時のローマ皇帝は体制を
維持するため、何処の街にも劇場とローマ風呂をつくり住民を懐柔する政策を
とっていた。そこで歴代のローマ皇帝の最期が如何なるものかを調べてみたら、
その最期は壮絶なものが多い。 ーネット調べてみると
≪ 初代オクタヴィアヌス・アウグスツ帝(BC27)から、最後のアウグスツス
(AC476年)まで、503年間に、皇帝は81を数えた (名前だけの神聖ローマ
帝国は、1806年までも続いていたが、ここでは省く)81人という数も見方
によって違いが出る。時どき、数人併立したりしたからである。とりあえず
81人として、 平均在位年数は六年四ヵ月、あまり長くはない。
奇妙な偶然だが、古代ローマの継承者を次々と自ら任じた歴代ローマ教皇の平均
在位年数が、やはり六年四カ月になる。その諸帝の最期は、暗殺、毒殺、強制
された自殺、反対派に捕まって処刑などが34、戦死9、事故死1、計44人が
非業の死。死因すらもはっきりしないのが17帝で、ローマ式ベッドの上で
死ねたのはわずかに20帝、四人に一人でしかない。平均の六年四カ月以上在位
できた皇帝は22人、これも四人に一人にすぎないが、その中に、強制自殺
させられたネロや、親衛隊に殺されたコモドゥスなど非業死を合んでいる。
残る12帝も暗殺未遂などあったはず。≫ とあった。
▼ これだけ絶大で安定していた古代ローマ帝国のトップの地位は、逆に非常に
不安定であった。そこから人間的な権力闘争が垣間見るることが出来る。人間の
権力欲と闘争本能は決して変わることがない人間の業。未来永劫、この業による
争いは変わらず続くのだろう。人類は歴史から何も学ばないのである。
日本の首相は仕組みからみて一年間袋叩きでズタズタにする。実はズタズタは
国そのものであるのに、鬱憤をトップ攻撃に向ける。目先の安易を求め、
国が破綻しようが構わないギリシャと同じ。
・・・・・・
3729, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー  〜�
2011年06月11日(土)
          『議論に絶対に負けない法』ーゲーリー・スペンス著
【 * 常に主導権を確保せよ −そのためにー
 「スペンスさん、あなたは私たち陪審員を信用していなかったんですか」
「もちろん、信用していました。どうしてですか」。 私はあわてて答えた。
「あたは大変苦労して、私たちが人格の優劣によって、この評決を下すのでは
ないかと、心配している」とばかり話していたからです。私たちは事実に基づいて
評決を下したんです。どちらが魅力ある弁護士か、で決めたのではありません」
 突然、私は「自分」に魅力がないことを証明してしまったのだと気づいた。
手遅れだった。私は自分の言い分の正当性を陪審員に主張するよりも、相手の
弁護士を非難することに時間を使ってしまったのだ。 私が相手にあまりに
多くの力を与えたために、彼の主張は私自身の主張よりも正しいことになって
しまったのだ。私は自分の敵が誰なのか、まったくわかっていなかった。
 私は自分が作り出した絶対に勝ち目のない巨人に立ち向かっていたのだ。
私は自滅したのである。私はこの巨人に、私を打ち負かすのに十分な力を
そっくり与えてしまったのだ。 あのころは、今私がここで教えたいと思って
いることをまだ学んでいなかった。それは学ぶのも覚えるのも大変な勉強だ。
私たちはしばしば、自分が得意としていない分野を得意とする相手に出会う。
ほとんどの相手は自分より聡明で、博識で、頭の回転が速く、外見もいい。
相手のカを心配することに時間とエネルギー、全ての力を浪費し、相手に自分
の力を与えてしまう。 どんな議論をどんなにうまくやってのけても、相手を
変えることはできない。自分の力で変えることができるのは、自分自身だけだ。 
それ以来、相手に自分の力をこれっぽっちも渡すまいと私は思っている。
私は自分の力を自分の手元にしっかりと置いておく。そして自分の主張の準備
をするため、自分の主張に気を配るため、そして自分の依頼人の心配をするため
に使う。 私は自分に話しかけてくる、かすかな声に耳を傾けることを覚えた。
「大丈夫。君なら十分できる。もし自分自身を見つけ、ありのままの自分でいる
ことに力を使えば、もしできるだけ誠実に自分自身を表現すれば、もし子供
らしさの最後のかけらが残っているところ、つまり何の邪心もない心の奥底から
話をすれば、そこからすべての本当の力が生まれてくる。それで十分だ」。 】
▼ 相手に気を奪われ、自分の内なる知恵に耳を傾けなかった大失敗を通して、
 主導権を取るとは如何いうことか学んだのである。相手に気を取られ、
それが自滅を誘ったのである。それより準備をし、自分の内なる声に従って
対峙して主導権を取る方が近道。その辺のことが分からないから自滅をする
ことになる。ようするに自分のペースで議論を運ぶこと。そのためにシナリオ
つくりの準備を充分にすることである。これは議論だけでない、人生も同じ。
人生のシナリオと、その準備を数十年かけ作ること。シナリオが狂った?
 ・・・・・・・
3364, 人みな骨になるならば ー14
 2010年06月11日(金)
 * どうということはない地位と財産  P-126
≪ 財産や地位などというものは、「あるに越したことはない」のである。
ただし、「あるからといって、あるいは、ないからといってどうということ
はない」という点を忘れるのは問題である。現実に財産や社会的地位のある
ものの殆んどは、「あるからといってどうということはない」点に気づきにくい。
また恵まれない者ほど、「あるからといってどうということがない」と信じた
がりすぎる。もし「あるからといってどうということはない」のなら
「ないからといってもどうということはない」のだ。古来の聖賢たちが、
財産や地位を警戒してきたのは、ひとつには、いったん得てしまうと今度は
それを失わないために汲々としてしまいがちなこと、あるいはさらなる欲望に
とらわれがちなるとによる。なぜ、これらが警戒しなければならないことか
というと、それによって人生が空費されてしまうからである。財や名声を
追い続けていると百年に満たない生涯はたちまち尽きてしまう。
・・ 財産や地位の空しさを論証するのはたやすい。「あの世まで持って
いけるものではない」からである。一生かかっても使い切れない資産というのは
食べきれない料理と同じである。歴史に残るほどの偉業をなしても人類の歴史
そのものが永遠ではない。世界一の金持ちもいずれ死んで財産はそのうち
四散する。世界の帝王になったとしても跡目は誰かに譲るか簒奪される。≫
▼ 以上だが、分かっていても囚われるのが人間。「死んで三日もすれば
 三百年前に死んだと同じこと」とハッキリと自覚すれば、何も目先のことに
気持ちが大きく揺れることもないだろうに。生きていること自体が最も大事な
ことに気づく時は、死を自覚した時など切羽詰らないと、なかなか無い。
ここで、著者が最後に指摘しているように、「好きなことをして自然に転がり
込んでくるような名利でないかぎり、我が身や時間を切り売りしてまで欲しがる
べきではない。百億の資産、大臣の椅子といったところで、 所詮はサルが
食べきれないほどのエサを掻き集め、あるいは、ひとつのサル山での順位を
目一杯あげただけだ」ということ。われわれにはもっと他に大事なことが
あるはずだが。 無いよりも、有ったほうがと、言うのが本音になるが・・
・・・・・・・・
2989,歩く木
2009年06月11日(木)
 歩く樹木があるという、その名は”ウォークパーム”。
アマゾンに生息しており、太陽の光を求めたり、成長するための空間を確保する
ために、根をタコ足のように伸ばして年に10数センチも移動する。アマゾンの中
でも樹木の争いがある。光の当たる方に根を伸ばし陰になったほうが腐っていく
のだそうだ。50年で5〜6メートルも移動するのだから大変なものだ。 
(字数制限のためカット 2012年6月11日)
・・・・・・・・
2008年06月11日(水)
『いのち楽しみ給え』吉川英明編  (講談社
  ーまずは、 第二章 人間の本質 から抜粋してみる
 理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。
西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない。
   評)理想ある漂流者、感謝のある孤独か? 詩は心だからである。 
                        (『宮本武蔵』火の巻) 
*今の足の向き方ひとつで生涯大きな違いが生じるのだ。必然こうなるものだ
 と決定された人生などがあろうとは考えられない。偶然にまかせて歩くより
 ほか仕方がない。 評)必然と偶然、哲学の話になる。(『宮本武蔵』火の蓋)
*一個の人生にしたところで、余り気まま暮しな人間や、物に困らないものが、
 却って、幸福でない例を見ても、総括した民心というものにも、艱難する
 時代と、共栄謳歌する時代と、こもごもの起伏があっていい。なければ
 却って、民心は倦む。    「新誉太閤記
*生きようとすれば、あがきの爪が、何かをつかむ(『「本太平記」みなかみ帖)
   評)最近の若者の大多数?は、あがきもしない。
*どんな大難も、一過を待てば、おのずから雲間に晴天を見せてくれる。
               (『「本太平記」帝獄帖)
*「なべて眼のあたりのことは、うこかし難い、また、変るなき鉄則に
 見えますが、どんな現実というものも、じつは間断なく変っています、変るなと
 願っても、推移せずにはおりませぬ。人の境遇も、人お互いの心も」(麻鳥)  
                (「新・平家物語』静の巻)
*人と人との応接は、要するに鏡のようなものである。 驕慢は驕慢を映し、
 謙遜は謙遜を映す。人の無礼に怒るのは、自分の反映へ怒っているようなもの
 といえよう。(「三国志」 望蜀の巻) 評)人を恨めば穴二つ、ということか。
*はたらいた俺にはあるぞ夕涼み 「書簡・詩歌集」 評)はたらかぬ俺には
 あるぞ閑の味 老けて行く春を化粧の瓶の数  「書簡・詩歌集」     
         評)老けていく春をサプリの空の瓶
  どん底の人に不思議な顔の光沢(つや)「書簡・詩歌集」  
               評)去年、癌で亡くなった人の顔
 ▼ 評)は無かった方が良かったが、これを書かぬと味気ない。
  後で読み返した時の(いま・ここ)の自分のマーキングである。ーつづく