* 人口の配当を受ける成長地区    「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 
   第一章のまとめ 人口の配当を受ける成長地区はここだー の要点から
・人口動態はある程度確実に未来が予測ができる指標であり、すべての予測の基礎となる。
 世界的趨勢として高齢化が進み、世界の平均年齢は、二〇一〇年から二〇五〇年までに九歳上がって三八歳となる。
 富裕国では、百歳まで生きることが普通になる。
・その中でアフリカは人口が増大化し、労働年齢人口も増え続けるという入口の配当を受ける可能性が高い。
 二〇五〇年までに予想される人口増加分二三億人の半分はアフリカで増える分だ。
・中国の人口は、二〇二五年に一四億人でピークを迎え、その後減少に転じる。
・人口の都市化も大きく進む。二〇一〇年には、世界人ロの半数が都市部に居住していたが、
 二〇五〇年には七〇パーセントに近づくと予想される。
・人ロ増大にともなう、地域紛争の激化はない。
・今後四十年間、世界人口の増加のほとんどは、温室効果ガスの排出が最小水準の国々で生じると予想されるため、
 二酸化炭素や化学物質が激増する結果には必ずしもつながらない。しかし、増えた人々がどう生活するかで結果は変わる。
出生率は世界的に低下し、二〇五〇年には二・一になると予測される。
 その結果・世界の人口増のスピードは減速し、やがて人口増加はとまる。
出生率の低下は、ある世代のみが突出して多いという現象を生み出し、その世代が年齢層のどこにいるかで、
 その国の経済が変わってくる。この出っ張り世代が子供から労働年齢に達したとき、その国は急成長する。
 これを「人口の配当」という。さらにその世代がリタイヤし、被扶養世代になると、その配当は負に変わる。
・これから人口の配当を受ける地域は、インドとアフリカと中東である。しかし、若年層の膨らみは政治的な不安定要因になる。
・これから人口の負の配当を受けるのは、日本と欧州、中国である。ほかとは比較にならないほど人口動態の負の配当を
 受けるのは中国だ。安い労働力による世界の製造工場の役割を中国は終える。日本は世界史上未踏の高齢社会になる。
 ▼ 日本と欧州は大きく衰退、中国は、当分の間「人口の配当」を受けた後、衰退する。その間に、日、米、韓国と、
  中国との戦争も充分に有り得る。「地球上の繁栄の重心地域は地球を右回りに移動する」という説がある。
 中国からモンゴル、欧州、そして現在はアメリカである。 これから中国・インドに当分の間(30年)、重心が移動。
 その後、インド、アフリカに移動していく。消費人口の増大が、年月をかけて質に転化していく、ということ。
 情報化による知識の均質化が、その後押しになる。「37年先の2050年の逆、1977年に遡り、現在を予測できたか?」
 というと、遥かに想像を絶した世界になっている。情報機器や、科学技術の進化の加速からみて、予測不能である。
 その証明の目安として、この予測が使われるとしたら、少し物足りない内容である。

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4308, 新年明けましておめでとうございます!
2013年01月01日(火)
    * 新年、つれづれに
  新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
新年の文章を書くにあたって、これまで書いた元旦の文章を読み返してみた。それぞれの時代背景にした
紛れのない自分と出会っているようで懐かしいが、この感覚こそ書き残す秘儀(意味)がある。
読み返してみると年々、時代背景が厳しくなっているのが分かる。一昨年から一線を退いたため、どうであれ、
直接的リスクは無いが、その厳しさは尋常でない。 悪い悪いと騒いでも、一線に立っていればこその問題。 
恐慌という名の大津波が来ようが来まいが、今のところ今日明日の生活に変わりはしない。
不安も期待も妄想でしかないが、現実の大津波(恐慌)は現に足元に浸水してきているようだ。 
去年は数年来の中で比較的安定?した年だった分、今年に持ち越された。 
 恐慌で直接的に影響を受けるのは、年金生活者と零細・個人事業者の弱者たち。その辺りの悲鳴が聞こえ始めているが、
実際のところ、本格的恐慌は起こってみないと、具体的事態か分からない。 やたら狼少年みたいに「大変だ大変だ」と、
ことさら騒ぐこともない。 騒いでいるのは、最初に直撃を受けた私ぐらい? 頭が切り替わってない以前の感覚で、
この事態をみているため、新年早々から、こうして書いているだけか。 
 暗い話は、そのぐらいとして、昨日、談志の「芝浜」を再放送でみた。今まで5〜6回はみているが、何度みても良い。
行商をしている、魚屋の主人公に談志が乗り移った演技が鬼気迫る。 本人が何かの座談で、「魚屋のオヤジが、
自分を支配し話をさせている」と言ったのを思い出しながら聞いていた。形相は、芝浜世界の魚屋行商の勝そのもの。
TVの罪悪について、ことさら言うが、こういう名人芸を茶の間で横になって聞くことができる良さもある。
独り、部屋で、本を通し芝浜世界の落語を読むのも良いが、魂の全てを投げ打った名人芸を居間で聞くのも悪くない。
ということで、今年も、さらに独り遊びを切り開いていきたい。 平日二時間、図書館での長編小説世界の沈殿?
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568、年始、つれづれに
2011年01月01日(土)
 新年明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いしま
   ー 現在は、20万年、200万年に一度の変革期か?ー
 「20〜200万年に一度の変革期というのは、果たして本当か? 
もし本当なら世界に何が起き始め、更に何が起ころうとしているのか」を、このところ何度も独り考えている。
20万年前は人間が道具を使い出した時期、200万年前は言語を使い出した時期。以来、人間の脳と行動が他の動物と変わっていった。
そして気候等の大変動があった1万年前、その事態を乗り越えるため牧農を始めた。それまで自然の恵みを採取していた生活から、
人間自らの手で牧農をすることで、その変動を乗りこえた。それが村落をつくり、都市をつくり、5千年前の5大文明になっていった。
数百、数千年先からみたら、現在がその時になる。以来の大発明がネットとデジタル機器であり、大変革の開始になる。
 まず、これが「言語と道具以来の人類にとってのツールか?どうか」である。 ネットが世界中に張りめぐらされて、
キーワードを介して瞬時に情報がやりとりが可能になったことは、世界が電脳化したことになる。これは、世界を根底から変化する
力を持つことになる。 人間が言語の使用を始めてから、脳の言語脳の機能が永年かけ進化してきた。それが他の動物との絶対的な
差異になっている。その脳が、電子脳として世界中にネットで結ばれ、それが人間の意識、生活を根本から変えている。
それからみて、20万年、200万年の境目と認めてよいのではないか? こう考えると、世界が行き詰っている原因は、
20万、200万年に一度の人間社会を根底から変え始める境目であると見てよいのでは? このIT化社会の到来が、この数百年、
数千年かけてつくり上げてきた在り方を根底から変えている、とみてよいだろう。 この仮説?は、20世紀末から21世紀にかけて始った
情報化社会が始り、それをキッカケにして世界が激動を始っていたのである。それと環境問題も含めて、20万、200万年のスパンで、
人間の進化と、ありかたを考える時期に来ているのである。 現代に生きている私たちは、これを地球の有り方を考える、
ツールにし、これまでの価値観を見直すに丁度よいテーマになる。 時代は、100、500年スパンでなく、数十万、数百万単位の
変化の中に入ってしまったようだ。それが地球の環境問題であり、頻発する地震などの天変地異も関連している。これが21世紀!
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3193, 新年にあたり
2010年01月01日(金)
* 「日本は、既に恐慌に入っている!」 まず、これを前提にしないと!
  これまでの、「新年にあたり」を読み返すと、一年一年、経済の悪化がジワジワと身に迫っているのが分かる。
  今年も経済悪化の進行の中で年が明けた。 経済はデフレスパイラルに入ってしまい、企業も売上減が更に深刻になる。 
  緊急対策で何処まで持ちこたえられるかである。 失業率は10パーセントに向けアップを始め、社会的にも不安定度が増す。
  これまでと全く違った時代になったと割り切るしかない。 自民党は、政治一家の三代目を立て続けに首相につけ、
  更に、今度は民主党も三代目の鳩山、乱世のトップには相応しくない。このウネリからみて、2〜3年以内にデフレから
  ハイパーインフレに転じて、円と株と日本の国債が暴落は避けられない。その事態が現実になるまで日本のトップはなす術がない。 
  アメリカは、まだまだ政治も、経済も悪化、日本は既に世界に先駆けて恐慌に入ってしまった。それを、まず認めることである。
  その辺のことをハッキリしておかないと判断を誤る。 何で恐慌の中で株価が1万円なのか?これは緊急対策などでカンフル剤を
  うっているからで、これも目先の対策でしかない。いずれカンフル剤も続けられなくなる。 兎にも角にも、目先を、どのように
  乗り切るかである。世界恐慌に入ったのである。 今年も大変な年であるのは違いない。 恐慌も、何も、生きていればこそである。
* 今年は「閑吟集」のチロリチロリチンチロリ がピッタリか?    「一期は夢よ ただ狂へ」か〜!
   よのなかはちろりに過ぐる ちろりちろり (49)
   何ともなやのう 何ともなやのう うき世は風波の一葉よ (50)
   何ともなやのう 何ともなやのう 人生七十古来稀なり (51)
   ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に  あじきなき世や(52)
   夢幻や 南無三宝 (53)
   くすむ人は見られぬ 夢の夢の夢の世を うつつ顔して (54)
   何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ (55)
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2828, 新年にあたり
2009年01月01日(木)
  新年が明けた。 「新年明けましておめでとうございます」と言っていいものか?
「門松は冥土の旅の一里塚、目出度くもあり目出度くもなし」は、一休宗純が読んだ句だが、今年の正月にピッタリである。 
大暴風が本格的に吹き荒れる、何でもありの年になる。松井孝典の「共同幻想」「自己幻想」「他幻想」という言葉で、
現在起こっている問題を考えてみる。《宇宙から地球を見ると地表に何やら光を発している生物がいる。彼らは知的進歩をしている。
彼等は共同体をつくって、共同幻想を抱いている人間とかいう。何で共同幻想を抱くのか? それは自己に対する幻想と、
自分以外への幻想を抱く癖があるからだ。それは言葉という情報伝達が起因している。》これは私の解釈した要約だが・・・
 そこで「幻想」、「共同幻想」のキーワードで、この金融恐慌を解きほどいてみる。アメリカが社会主義に勝利し、
自由主義を推し進めた結果、「自由経済主義が絶対!」という共同幻想を抱いてしまった。世界の共通言語の英語、主軸通貨のドル、
世界最強の軍隊の存在の裏づけをもって、アメリカが当分の間、世界支配が続くと思い上がった。そのうえアメリカだけでなく、
世界全体が共同幻想を持ってしまった。そして内需を掘り起こすため低所得者に危険なサブプライム・ローンを貸し出し、
それを債権化して他の債権と混合し世界中にばら撒いた。 住宅が永遠に値上がりする前提だったが、住宅バブルが破裂すると同時に
債権は毒入りになってしまい、無価値化した。 2008年9月15日に、もろくも共同幻想が崩壊し、債権と、ドルへの信頼が破壊された。
 自由がいき過ぎれば、不公平になる。そこで自由が制限せざるを得なくなる分岐点が、今年である。 
災難に会うときは、災難に会うしかない。 会えば会ったで、何とかなるもの。 今年はチェンジ=変化がキーワードになる。 
チェンジするためには、過去の破壊へのチャレンジが必要になる。そこにはコンペティション(闘い)が生じる。 
今度のチェンジは数百年に一度の経済、社会変動である。21世紀への変身への壮絶な闘いと挑戦が要求される。 
目をそむけないで変化を凝視し、前向きに立ち向かうしかない。 そのうちに、気づいたら、その変化に適応しているのだろうが。 
薄笑いでいくか、今年は!巣篭も、また楽しいもの。 そういえば、昨日、家電店で46インチの液晶(PDPでない)、
98000円で売っていた。韓国製だが、画面は綺麗であった。 巣篭もりに、丁度良い? 少しは群れから離れるのも必要では? 
世界が総アウトサイダーになると、それはアウトサイダーでなくなる。 
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2008年01月01日(火) 
2463, つれづれに −元旦
  新年明けましておめでとうございます   ○┓  今年もよろしくお願いします。
昨日は腹痛と頭痛のために一日寝込んでしまった。大晦日に寝込んだのは初めての経験である。
風邪の一現象なのか、それとも飲みすぎと寒さのための腹痛なのか、まだ分かってない。重症でないの確かのようだが。
時々居間に顔を出して紅白は最後の30分しかみてないし、K-1も殆どみてない。今日は次男夫婦が里帰りで夜、
外食の予定だったが私は無理だろう。今年は、大荒れの年になるだろうし、去年の後半から、その兆候は出ていた。
世界的には、サブプライム問題、原油の暴騰、テロ、温暖化問題、インフレ兆候など地球規模で次々と問題が噴出。
その広がりがより大きくなる年である。国内では、自民党の惨敗、安部前首相の突然の辞任と混乱、石油の高騰、
そして柏崎沖地震等、これらの影響は今年になって深刻になる年である。今年は、国内では政権が民主党に移動、
それによる政治的混迷と、アメリカ大統領の選挙と民主党への政権の移動などから、思いもよらない事態が生じるだろう。
考えれば考えるほど、悲観的になってしまうが、事実であるから仕方がない。割り切って一つずつ乗り切るしかない。
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四四太郎の霊日記ー16 人(_ _ )
新年になりましたか! 400年も昔の世界から来たものから見ると何とまあ、忙しない時代である。 
それでも、この物理的な豊かさがある、食べれない心配から見れば、御主の世界はあまりに恵まれすぎじゃ。
一日一日を、充分楽しめばよいじゃないか。四百数十年のスパンの視点から見ても、面白い時代になったものじゃ。
この境目に生きているだけでも、充分に恵まれている筈である。ワシが御主に言いたいのは、せっかく娑婆に生を受けたからには、
その時々の「いま、ここ」に活なければならない! ということじゃ。また、説教的になってきたか。
今年は、御主も気がついているようだが、大荒れの年になる。それも御主等が考えている範囲を超えてじゃ。といって、それが何だ
というのだ。大荒れ結構、問題など目を逸らさない限り乗り切れるものじゃ。 ただ、常に長期的な視点で先手を打つことなくして、
理屈を捏ねているだけでは、最悪の事態になるだろう。こうしてみると、文明など何だというのか思ってしまう。
集団自殺じゃないか、それも他の動物を巻き込んだ。全く。今年は、ともかく気を緩めないこと!それだけは言っておく。
 それにしても、羨ましいことじゃ、生きていること、そのことがだ。
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2007年01月01日(月)
 2099, 新年にあたり   新年明けましておめでとうございます ○┓ 今年もよろしくお願いします。
 2007年から5年間は大きな転換期に入るが、時代はどの方向に向かっていくのだろうか。
情報化が人間を、社会のあり方を、根底から変えている。その中で私たちはどのように身を処してよいのだろうか。
1995年から2005年まではインターネットの時代、2006年から10年間はブログと、グーグルの時代というが、
それがはっきり見えてきたのが昨年である。今年からはより鮮明に具体的になる年であろう。
その一つがグーグルアースで、これは驚愕といってよい。しかしこれは、グーグルの料理でいう前菜でしかない。
通常の地図の他に衛星からの写真があり、建物の一つ一つが明瞭に識別できる。衛星写真で最大限にすると、
地球全体が見え、そこから高度を下げていくと、地上の状況が次第に詳細に見えてきて、車までみえてくる。
最近になって、飛行機の操縦桿みたいなものがついて、ヘリに乗って飛び回っているようになっている。
グーグルの地図ソフトは、一年前まではいくら金を出しても個人では入手できないものだった。 
それが、家の机に向かったまま無料でみることが可能になった。その他にも、図書館に存在する書籍の検索を、
グーグルが始めた。まだ始まったばかりなので初期的段階だが、これが進めば検索の対象になる情報が飛躍的に拡大する。
   (字数制限のためカット 2011年1月1日)
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2006年01月01日(日)
1734, 新年にあたり (σД≦)ネムゥ〜 ☆・゚+。*゚・.+´
                  あけましておめでとうございます 今年もよろしくおねがいします`。
  2006年元旦である。 心新たに、新年をむかえる気持ちがよい。
  雪が積もってないと墓まいりが行事になっているが、これほど積もった場合は行かない。
  あと二週間で還暦になる。「60歳を一つの大きなゴールとして、それ以後の全てを詰め込んでしまえ」
  と思って生きてきたので、この年越しは感慨が深い。「思い残すことはない!」というのが実感であるが、
  「本当に思い残すことはないのだろうか?と一年かけて考えつくすことと、これからの十年のデザインをする」のが
  今年一年の課題である。 ま!ー^)/C□~~ コーヒーいかが?今年も情報化の影響で、
  さらに大きく世の中を変えるだろう。 (字数制限のためカット 2012年1月01日)
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005年01月01日(土)
1369, 新年にあたり
 さて今年が始ったがまあ元旦の清々しい気分がよい。去年、世界的にも身辺でも災害が続いた。
 オリンピックに、アメリカ大統領選挙、国内では参議院選挙も重なって刺激の強い日々が続いた。今年はどうなるだろうか。
 早生まれなので、来年早々に還暦を迎えることになるが、多くの同級生が還暦を向かえることになる。 
 やはり感慨が深い。「とりあえず60歳まで!」と、人生を生きてきたのであと一年の余白を何で埋めるか、
 この一週間じっくり考えてみたい。その意味で今年は、思い切ったことをしたい。4月からは、銀行のビッグバンがある。
 特に地方銀行は、待ったなしの年になる。風評だけで倒産になる可能性が出てきた。 大きな再編成は必至だろう。
 特に地方は大きな変わり目になり、多くの倒産・再編成がおこるだろう。ますます、刺激的な日々が続く。
 それにしても大晦日と元旦では全く違う感覚が非常によい。この時代、あまりにも変化が激しい。しっかり足元を見つめていないと!
 自分を見失ってしまう。面白いといえば面白い時代でもあるが。 今年の私のキーワードは「3C]である。
 チェンジ・チャレンジ・コンペティションだ。 白紙に戻って、変化・挑戦・闘いをし続けなくてはならない。
  年始から少し硬すぎる内容になってしまった。楽しんでやっていれば良い。ー過去の元旦の文章を見ると面白い。
元旦の気持ちはいつも同じようになる。また、時代時代の背景がクッキリ見える。書くということは、気持ちをパックしてくれる。
去年の元旦の日記に「グリーンランドに行く」と書いてあったが、実際のところ忘れていた。
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2004年01月01日(木)
1002, 新年に思う
  新年になった。新年の何ともいえない雰囲気が好きである。神社に行ってお参りする習慣はないが、雪が積もってない時は
 寺に墓参りに行くことにしている。ただ坊様のところには、新年の挨拶は行かない。 今年は、日本経済に関して正念場になる。
 (字数制限のためカット 2012年1月01日)
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2003年01月01日(水)
628, お正月の意味
  今日はお正月、その意味をインターネットで調べてみた。お正月の意味はお正月さま、年神様という先祖の集合霊をいう。
この霊が各家に帰ってくる。12月13日は家を祭場する準備のすす払いの日という。
 (字数制限のためカット 2012年1月01日)
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2002年01月01日(火)
 287、リセットの年
今年のキーワードは「リセット」と年末に挨拶に行った銀行支店長が言っていた。21世紀的なものへの、変わるべきところへの
リセットである。自分自身に対しても同じことが言える。世界、日本にとって政治経済で白紙からの出発の年といっていいだろう。
(字数制限のためカット 2012年1月01日)
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ある時間の断片
 1月1日  1969年
 8時起床。 食後、あと一寝入りをする。11時過ぎに、実家の店の佐藤さんが新年の挨拶にくる。
 その後、事務所の女事務員が数名挨拶に来る。 近くの分家の堀井明ちゃん夫妻と従妹のまり子ちゃんも来る。
 相変わらず可愛い。彼等と裏に住む姉の正子さんの所に行く。
(字数制限のためカット 2013年1月01日)