「知っているようで知らない 法則のトリセツ」 水野 俊哉 (著)
  今さら法則もないが、しかし面白い本である。 ーまずは、アマゾンの内容紹介からー
【 内容紹介: 巷にはさまざまな成功法則や戦略書がある。いったいどの法則が実際に使えるのか、そしてどのような場面で
   どんな法則を使うべきなのか、迷ってしまうことも多い。そこで本書ではどれが有効なのか、ケース別、TPO別に解説する。
   ナポレオンヒルから行動経済学までを完全網羅!
 △ 世の中はこんな「法則」で回っている!
    組織には必ず20%の怠け者が存在する
    会議では自分の意見に反対する人は正面に座る傾向がある
    一度Yesと答えてしまうと後でNOとは言いづらくなる
    先延ばしした仕事は、処理に通常の2倍の労力を要する等 
  不安定な時代に知っておくべき「法則」がある。人生の「ショートカット」となる「法則」の数々が、この一冊に! 】
 ▼ ざっと概要は、こんなものだが、取り扱い方というより多くの知らない法則が各分野に多くあるのに驚いた。
  それらの法則を知っているか知らないかでは雲泥の差になる。「法則の取り扱い方」の説明書より、法則の紹介書ともいえる。
  「法則」を多く知り、用いることが出来れば、人生、数倍、いや数百倍も豊かに人生を生きることが出来る。しないで済む
  苦労も事前に避けることが可能になる。 長い歴史の中で科学も人生も、ほとんど先人が既に経験済みのこと。
  法則は、それらを経験則として凝縮されている。それを知るほど、世界を広げることが出来る。三年前の出版された本だが、
  過去に、このような本は数多あったはず。 多くの「法則」、知っていても本当に理解していたか?というと疑問である。
  ここで法則を、職場関係と仕事の法則、ビジネス一般、心の法則、勉強の法則、そして成功本の成功法則などに分けている。
  半分近くは、これまで読んだりして少しは知っていたが、全く知らない法則も多く紹介されている。
   何気なく目次を見た中で、「好意の互恵性」の法則があった。「好きになると、好かれる。好かれると好きになる」とか
  いう法則である。これも一方的に思い過ぎたり、思われ過ぎると逆効果になるが、ほどよく人間関係に適用すれば、
  職場などの人間関係で有効になる。 次回から、今まで知らなかった面白そうな法則を選んで紹介する。
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3891, 腰痛は、脳内システムの不全が原因
2011年11月20日(日)
  先日のNHKTV番組「ためしてガッテン」で、腰痛を取り上げていた。腰痛について、ここで何度も取り上げてきたが、
内容は、思わない展開であった。大雑把にまとめてみると、<腰痛の痛みは、椎間板ヘルニアと思われていたが、その痛みは
ストレスなどで脳内にある痛みを抑える脳機能の働きが弱ったためで、犬や他のことに気を散らせると大きく改善する・・云々>
という内容。今でも半信半疑である。
  ー まずは、「ためしてガッテン」のHPの内容紹介を、箇条書にしてみる ー
 ◎ 日本人の8割が一度は経験するといわれている腰痛が、実は「国民的大誤解」があることがわかった。
  まず、なんと「腰痛の85%が原因不明」という。
 ◎ さらに、主犯と考えられていた椎間板ヘルニアさえ犯人じゃない? 町の人に尋ねると、半分の人たちがこの椎間板に原因で、
  ひどければ手術!と信じていました。 ところが、これが国民的大誤解。 ヘルニアを切除して、神経の圧迫が無くなったのに、
  痛みが消えない人。さらに、ヘルニアがあるのに痛みがない人が続々とみつかりました。「ヘルニア手術」をした場合と、
  「手術以外の治療」をした場合を比較しても、2〜10年で患者の回復満足度に差がないことも明らかになってきた。
 ◎ そんなナゾ多き痛みに、50年に1度という大発見がありました。 それはなんと「脳」と「腰痛」の意外な関係。
  「犬」を飼ったら大幅に直った!という事例がある。神経が、痛みに集中していたのが、犬に気持ち分散したためである。
  研究者が注目しているのが「脳」と「腰痛」の意外な関係。 様々な論文で、ストレスが高まると「腰痛」が増えることが
  指摘されていましたが、その理由は解明されていませんでした。福島県立医科大学が、原因不明の腰痛患者の脳血流量を調べたところ、
  なんと7割の腰痛患者が、健康な人に比べて血流量、つまり脳の働きが低下していたのです。 アメリカのノースウエスタン大学が
  さらに詳しく調べると、活動が特に低下しているのは「側坐核(そくざかく)」という部分であることが分かってきました。
  「側坐核」は、痛み信号が脳に届くと、鎮痛物質を働かせる命令を出すと考えられています。これによって、脳は大きな痛みを
  自動的におさえていたのです。ところが、慢性的なストレスを受けると、側坐核の働きが低下。鎮痛物質に命令がいかないので、
  痛みがおさえられず、激痛を感じてしまうのです。ストレスが痛みの原因を作るのではなく小さい痛みを強めて激痛を生み出すことが
  分かってきた。 脳の鎮痛システムが働かなくなるので、痛みが増加しているというのです。 
 ▼ 腰痛を47年も抱えてきた私にとって、まだ信じられない結果である。腰痛解消のため、30年前から早朝のウィーキングを
  続けており、二年前からは低反発クッションと枕を取り入れたこともあり、重い腰痛は起こらなくなった。そして、半年前からは
  スポーツジム通いで、更に改善をしている。 それが、ストレスによる脳の働きの低下により重くなっていると、いう。
  そんなものではない!というのが、私の現在の心境。しかしストレスは万病の元である。ストレス無いのが一番のストレスというが。
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3526, 死に至る地球経済   ー2
2010年11月20日(土)
   「死に至る地球経済」 浜矩子 著
   ー今だ一番底に落ちてない世界経済ー
  今だ、底に落ちてないのに二番底というのは矛盾がある。来年から再来年に、一番底が来るのは流れからみて当然。
 そして、その後に数年して二番底が来る。プライムローンなどの不良債権は、まだ表ざたになされないまま、銀行、
 企業、そして自治体などに塩漬けにされている。しかし、そのままにしてはおけない。
   ■ランダムに印象に残った部分を書き出してみた■
* 「二番底」と言うが、問題がある。ここまでの地球経済は、しっかり一番底に足がつかないまま、無理して舞い上がる
  ことを強要された恰好で推移してきた。このリーマン・ショックをもたらした諸々の歪みを是正され修正されるプロセスを
  貫徹されないまま、当座凌ぎの緊急対策で経済活動を離陸させた。二番底というのは、失速し、谷に落ちた経済活動が、
  一度は活力を取り戻して谷底から這い上がったのに、再び力尽きて谷に落ちた場合である。今回のは、谷に落ちていく
  途中で、つかの間の踊り場が人為的に繰り出されて一息ついた感じである。大底に向かっての小休止に過ぎない。
  そんな小休止の踊り場はぐらついている。G20の「成長に優しい財政再建」の苦肉の言い回しが、
  この厳しさを実によく言い表している。
* PIGSポルトガルアイルランドギリシャ、スペイン)の国々は「豚箱入り」
* アメリカとPIIGSはキリギリスで、ドイツはアリ。 日本は「アリの民間」と「キリギリスの政府」と喩えられ、
  「アリギリス」だ。 アメリカは、これからアリギリスを目指そうと言うが・・・
* 日本のお家芸は「量的緩和」と「金利引き下げ」である。
*「自国さえ良ければいい」的な通貨安競争は一時的には自国の利益を増やすが、各国が密接に関連している世界経済では、
  巡り巡って自国への強烈なカウンターパンチとなりかねない
* ガルブレイスの言葉、「政治は可能性追求の技にあらず。それは選択の技である。 
  選択肢は、悲惨なるものと耐え難きもの。二つに一つだ」(61-2頁)
  (字数制限のためカット 11年11月20日)
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3151、災害で助かる人、助からない人
 2009年11月20日(金)
 韓国の釜山の火災で日本の観光客が亡くなったり、浜松のマージャン店火災で7人が死傷したが、
色いろの現場で助かる人と助からない人が出る。 一般的に地震や火災などに遭遇したとき、
人はどのような心理状態で行動するのか? まず、どちらが正しいか?という質問。
 1 地震や火事に巻きこまれると、多くの人々はパニックになる
 2 地震や火事に巻きこまれても、多くの人々はパニックにならない 
  答えは2という。 日本や欧米の研究でも、避難の指示や命令があっても、大部分の人間は速やかな
避難行動を取らないという。指示する側が人々に安心感を与えるために状況の深刻さを軽めに伝え、その結果、手遅れと
なることもある。一般的には、実際の災害現場では幾つもの要因が偶然に重ならない限りパニックなど起きないという。
過去の大災害時に助かった人で、一番死亡しやすいのは年齢の高い「男性単身者」。
逆に一番助かりやすいのは「家族」で、行動を共にする人がいること。 また若い人ほど生存確率は高い。
家族による信頼感と無償の援助、心理的な安心感が生存確率を二倍にも高めるということ。
マスメディアや近所つきあいの接触の多い人間は、早めの避難行動を取る傾向があり、助かりやすく、
また金持ちほど助かりやすいデータもある。大金を残して死ねるかという執念があるからか。
状況判断が的確に出来るか、そして前もって災害の恐ろしさの情報があるかどうかが分かれ目になる。 
 少し話は逸れるが、地震や大火災は、都市の時間的流れを強制的に進める効果がある。神戸の震災は復興はしたが、
経済的な後退感は否めない。それは神戸が経済的には下降期にあったからだ。逆に関東大震災の東京は、それを機に
都市計画を整備し、震災以前よりも首都として成長することができたのである。都市が成長期の災害は一層の成長をし、
衰退期の災害は一層の衰退につながる。 人生も事業も同じようなものか。
 飛行機事故で数人助かった人の顔は、何か共通の異相をしているのにお気づきですか。
 :天声人語に以下のような文章があった; 
 警察によると、幅約1.4メートルの落石が駐車場フェンスを突き破り、駐車場に停まっていたキャンピングカーを貫通した 
  (字数制限のためカット 11年11月20日)
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2786, 人生ゲームを楽しまむため、生まれけん!
 2008年11月20日(木)
ー次は、ある雑誌(文藝春秋)の中にあった、角川春樹の文章であるー
【 私は平成五年八月二十八日、麻薬取締法違反で逮捕され、ニ年五ヶ月、干葉拘置所に拘束されていた。
その間、私を悩ませた課題は、「自分は何故生まれ、何処へ還るのか」という古代ギリシャ以来の疑問であった。
ある時、一冊の本が差し入れられた。立花隆の『宇宙からの帰還』である。その中で私を惑動させたのは、
宇宙飛行士のエド・ミッチェルの、次の発言であった。
〈 すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。そのプランは生命の進化である。
個別的生命は全体の部分である。個別的生命が部分をなしている全体がある。すべては一体である。
この全体の中で、人間は神と一体だ。宇宙は創造的進化の過程にある(略)。 〉
彼の言葉が、完壁に理解できたのは、平成十年の大晦日である。 朝から二度倒れ、四度嘔吐した。
その時、突然、次の唱句が天から降りてきた。   年ゆくや天につながるいのちの緒   春樹
この瞬間、あらゆる生命が宇宙意識と繋がっていること、宇宙は一つであることを直感したのだ。
エド・ミッチェルが宇宙で体験したことを、私は地上で体験したのである。そして平成十六年九月一日、
私は静岡刑務所の独房の中で、自分の意識が宇宙の果てまで辿り着いた時、逮捕されて以来の長い間の疑問が
あっけなく感受できた。 答えは、人間は人生ゲームを楽しむために地球に生まれて来た、ということだった。】
▼ 人生のゲーム化については、ここで何回か書いているが、彼が他の人と違うところは、
そのコンセプトのもとに雑誌を刊行したことと、刑務所の中で、絶望の底で、実感として掴み取ったことである。
‘ゲームとは、到達地点を決めて、その間に障害を置いて、如何に効率よく到達するかを競う遊び’である。
人生ゲームの醍醐味は、死の完成までの障害を乗り越えるプロセスを如何に楽しみ、味わうかにある。 
それも命がけに取り組むほど、ゲームが面白くなるのである。
【 父母に 呼ばれてこの世の 客となり用が済んだら はいさようなら 】という一休の詩がある。
せっかく、客として呼ばれたからには、この世の人生ゲームを充分楽しまなければ、生まれてきた甲斐がないじゃないか! 
ということだ。そうこう考えると幸せの4階建ての4Fが、克服できない苦難や悲しみ、というのが少しは分かるが。
    4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
    3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
    2階:獲得した「快」を永続させる。
    1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
 人生ゲームは、このビルの中で遊ぶようなものである。   何か際どい話になってきたが。
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2007年11月20日(火)
2421, 閑話小題             ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
 *携帯電話・パソコンが変えたこと
 (字数制限のためカット 09年11月20日)
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2006年11月20日(月)
2057, あたりまえなことばかり −11
  オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! −読書日記
「死と生」は、考えるほど不思議で尽きない。この無限の宇宙の中で、何で此処に自分が存在しているのだろう。
60年生きてきたが、「自分にとって死はない」というし、永遠は「いま、ここ」にしかないというし、
人間しか持ち得ない「観念」によって、動物のように十全に生きられないというし、
人間しか持ち得ない精神の思考によって、生物体としての死の恐怖を看破し得るという。
先入観ー馬鹿の壁ーがビッシリと脳にこびり付いていた自分の人生に、ここで気づいている愚かさ! 
そして、周囲を見て、まあいいか、と思っている愚かさ!自分にとっての時間は生まれ死ぬまでの時間ではない。
永遠は、「いま、ここ」に、垂直に、立ち上がる! なるほど、その通りである。
我を忘れるほどの感動の、あの瞬間! 縦に立ち上がっていた! 永遠に今も続いている。
 薬物でもできそうだが・・・   それは、末期の時の一服の楽しみとして、とっておこう! **** Ψ( `▽´ )Ψ ケケケケ♪
  ーー
  * 死ぬことは不幸なことか 
人間のみが自殺する生物であるのは、人間においてのみ、死が観念として対象化されているという
事実を端的に示している。 観念でない現実の死。とは、どういうことなのか。 
多くの人が、人間は死に向かう存在なのだと長く教えられてきた我われが、そのまま長く思い込んできた、
未だ気づかない間違いが、ここにある。考えてみれば、観念でない現実の死を考えるとする正にそのことによって、
死は常に観念となるという事実。観念でない現実の死など、観念としてしか存在しない。
しかし人は死ぬではないか、と人はいう。確かに現実に人は死ぬ。死ぬのは常に他人であるという事実について考えてみる。
他人の死は自分の死ではない、そこにも自分の死は、存在してない。人は、他人が死ぬのを見て、死を観念として対象化し、
それを自分に類推して、自分の死が現実に存在すると、思い込んでいるに過ぎない。ここでもあくまで観念でしかない。
笑うべきことだが、自分の死を考えようとして与えられている思考の真空、自分がいないとということを、考えている当の自分に、
どうして考えることができるのだろうか!かくして、哲学が誕生することになる。精神は思考することによって、
生物体としての死の恐怖、その錯覚を看破し得る、だから、考えることこそが、善く生きるということなのだ。
おそらく生物に存在するのは生存本能であって、死の恐怖ではない。生きようとするために死を避けるのであって、
死を避けるために生きているわけではない。人間という生物においてのみそこが転倒しているのは、自ら課した観念による
錯覚のためで、人間は動物のように、十全には生きてはいない。それ自体で転倒している死への恐怖を逆手に取り、
再び大きく転倒させるものが宗教である。あるいは、宗教は考えられないものとしての自分の死、思考の真空地帯のそこに、
「死後」の絵を画く。あたかもそれが、生の続きのように。しかし「生の続き」としての「死後」とは、どのようなことでありえようか。
自分の死が観念としかあり得ないのだから、その「死後」というのも、文字通り観念としかあり得ないのは自明なことだ。
死が観念なら死後も観念である。ふと気づけば当たり前のことである。 人が死と対になった「死後」という観念から
離れられないのは、真空への恐怖だけでなく、時間の一直線に前方に流れるものという時間認識の錯誤にもよるのではなかろうか。
時間は一直線に前方に流れるという人々の表象の原型となっているのは人は誕生から死へと向かう存在であるという人生の表象。
人は、物理的肉体として生まれ、育ち、次第に老いて、次に死ぬ。時間は、そのような物理的現在、物理的瞬間の重なりとして
表象されているのである。しかし、この時間表象によっては、決して表象されないときがある。
それが、それらを表象している正にこの現在、時間は一直線に前方に流れるものだと表象しているこの瞬間である。
  (字数制限のためカット 2010年11月20日)
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2005年11月20日(日)
 1692, 二つのトッテ
「ものごとにはすべて、二つのトッテがある」という諺がよい。 (人`∀´)ィヒッ♪
 何ごとも両面がある(今さらだが、例えとして判りやすい)+面の取っ手を掴む癖をつけるかどうかで
 人生変わってくる。 私のみるところ、意識をしてプラスを掴むようにしている人は1割も満たない。
 平気でマイナスの取っ手を掴んでいる人をみると、その異様さに唖然とする。 家内にいわせると、
 おばさん系の地味な服装の人に多いという。話題に暗い話をするのが恒例になっていて、マイナスの話に
 快感を覚えているという。     ン・・ ヘロヘロ α〜(´`d)ぱぁぁ   ー 字数の関係でカット(2007年11月19日)
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2004年11月20日(土)
 1327, まさか、地元で大地震が!ー14
今回の損害は、おおよそ3兆円と発表された。
・インフラー高速道路、山間部の斜面などで、一兆二千億  ・民間家屋、7000億
・商工関係、3000億                   ・他    8000億 という。
阪神大震災兵庫県だけで9兆9000億というから、その三分の一の損害規模になる。
阪神大震災が都市型であるのに対して、中越地震は山間型地震の典型だ。
損壊した家屋が4万8千戸。そのうち全壊とほぼ全壊で2300戸という。 現時点で、解雇が50社で420人。
この地震での事業への影響は、目先プラスであるが、当面の復興の為の応援が収まったときのことを考えると
背筋が寒くなる。長期的にみたら、この大震災は新潟県にとって大きなマイナスである。目先の資金の確保は非常に楽になるが、
消費マインドが冷え込む。ことの深刻さは、日が経つにつれて深くなってくる。本当の問題が出てくるのは、これからである。
ただ年内に新幹線が全面開通の見通しが経ったのが救いである。
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2003年11月20日(木)
960, バードウオッチングの面々−3
字数の関係でカット(2007年11月19日)
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586, 不気味

株が連日底割れをしている。 日経平均8千円割れも目前になってきた。
さらに悪いのは銀行株の連日の下げである。UFJみずほ銀行が50円額面で100円を割ってしまった。
UFJが年内、みずほが来年そうそう国家管理になるという噂も、現実味をおびてきた。
昨日一日早く週刊朝日が手に入り、木村毅の銀行トップ批判の記事を読んだ。日本経済の実情は一般のマスコミが
言っている以上に悲惨だ。団塊年代の世代交代期と情報化による時代の変化が重なっている。
これが今の日本の悲劇的のところだ。先日もその世代の宿泊客の自殺未遂が自社ホテルであった。
しかし不良会社の清算はしなくてはならない。イラク戦争のドサクサでやってしまうのが政府の狙いだろう。
次の朝鮮戦争?が控えているから、やはり先倒しで?整理はしておいた方が良い。イヤやるべきだ!
装置産業の当事者として他人事ではない。 悲壮な話しだが暴風は覚悟はしなくてはならない。
今までが良い時代だったと割り切った方が良い。実際のところ来年は想像するのも恐ろしい。事業も社会情勢も。
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「233]」イチロウ
 - 2001年11月20日(火)
「今の天才と言われる新人類は,皆コンピューター付きマシーンを使っている」とメケメケの美輪?が言っていた。
(字数制限のためカット 2011年11月20日)
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ある時間の断片
 ー1968年11月20日(水曜日)
11時過ぎ起床。 14時に市川さんがくる、休みのようだ。 彼は早稲田を卒業をして、この春より医薬品メーカーに勤めている。
MEという職種で、医者病院まわりが仕事だという。この8ヶ月でまるで人が変わってしまった。お医者さんのオモリだそうだ。
勤めると彼のようになると思うと複雑な気持である。 すごく自分と性格が合うが、理工系で生真面目な人である。
その後、風呂に行き、Tvを見て食事をしたりしてすごす。22時から夜半の2時まで卒論のまとめをする。
もう市川さんのように社会に出なくてはならないのだ。最後の学生生活をもっと有意義に過ごさなくてはならない。
いい加減な生活だ。あと4ヶ月でジャスコオカダヤに就職だ。三重の四日市に行く事になるだろう。