「 人間にとって、その人生は作品である 」 
    これは司馬遼太郎の言葉である。 
 「 人間には志がある。その志の味が、人間の味である 」という言葉もある。

 身近で亡くなった両親の生き様を見てきてつくづくと、人生は作品ということが理解できる。
そして生きている限りは未完であるところが、ミソである。
死んだ時に完成するが、その時は自分にとって関係ないことになるから絶妙。
哲学では人生を「劇場」に喩え、その役割配置から、その真理を突き詰めていく。
それぞれが人生劇場では主役。 それは第三者が口挟むことでない。 本人の意志に従う物語。
従って還暦を迎える頃になると、その物語の辻褄合わせが始る。
シナリオ、主演が自分であり、観客の一人も自分。 だから面白いのであり、悲しくもある。
自分で悲劇の場面と思っても、第三者の目からみれば喜劇に思える。(逆も言える)
 
 年齢を重ねて分別がついてきて、人生を振り返ると、顔から火が出ることが度々。
主役は次から次へと襲ってくる難問を乗り越えるのが役割。 難問そのものの内容が物語を決めることになる。
だから、問題に対して嘆いてはならない。(自分の火種もあるが)問題と本人の意志が自分の人生の作品を決定する。 
 
 キュープラー・ロスは<人生劇場は「レッスン=学び」であると看破> 「死の看取り」から、人生をみた時に
彼女は人生の奥義に気がついたのである。 産まれて、死ぬまでの、それぞれの時節に、それぞれの難問があり、
その難問を解いていく過程で学ぶことが人生であり、最後のレッスンが死であると職業を通して学んだのである。
これは学びというより、修養ともいえる。 解決不可能に近い難しい問題が押し寄せてくるのが人生。
それを解決するためには、問題に対して真正面から真摯に向き合うしかない。
目をそむけると数倍エネルギーが被さってくる。 それも作品だろうが。
 昨夜、女房と、「人生など二度とない、思い切って全てを処分して三年ぐらい二人で彷徨ってこないか?」
と話している夢をみた。 現状逃避がありあり!だが。 
そういえば、TVの旅行番組で、ある工場を定年退職した人が、全てを処分して買ったヨットで夫婦して
欧州の運河で旅行しながら生きていく姿を映し出していた。 何ともいえない人生の姿(作品)である。 

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2547, パリ高級娼婦館女主人の告白 ?5
2008年03月25日(火)

゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚
ギリシャ神話の「ピグマリオンの神話」に登場するピグマリオンという王様。
自分の彫った女性像に恋をする。恋こがれた彼の想いがビーナス神に届き女性像は本物の人間になり、
ピグマリオンの恋が成就するというストーリー。
この娼婦の館の女主人は、ひとりあたり二年かけて、そのような理想に近い女性を作り上げる。
 その幾つかが、なかなか面白い。女性の魅力の作り方であり、真をついている。
(手練手管の熟練が自然と身につけるイロハである。)
・われ関せずの態度をとること。
・彼らが期待するイメージのみを与えること。
・自分の問題は自分で解決すること。
・巧みなセックス技術を身に着けること。
・ユーモアと優しさと悦楽を与えること。

彼らの実の妻や娘のできるはずのこと、できなくてはならないことを与えること、
つまり、自分の立場と役割を理解できる女性に仕立て上げることである。 
彼女たちには、大金を受け取るということは、その分だけお客に喜びを与えて、
仕事を正当化しなくてはならないことを知らしめることである。
こうして作り上げた高級売春の館と、他の店とはサンローランと、横丁の洋裁店の差があると、自負している。。
彼女は、子供時代に育てられた修道院での淑女の教えがあったのである。
銀座のママが新人のホステス教育の現場のドキュメントを見ていたとき、
「お客様には、世界で一番大切な人、と心から思い込みなさい」と言っていた。
なるほど、そう思われたら男というものは、何万、何十万もかけても通いたくなるだろう。
 そういえば、ジョークに「娼婦の館」という、とっておきの小話がある。
パリ高級娼婦館女主人の告白 ?
  ??
ー「娼婦の館のとっておきの話」ー ?
ある男、暇をもてあまし、知り合いの娼婦の館の女主人の所に遊びに行った。
「何かオモシロイコトないかね」と言うと、2Fのある部屋で裸になって
待っているように言われた。その部屋で待っていると鶏が1羽投げ込まれた。
鶏姦をという事かと面白くなり鶏を追いかけまわし、やっとのことで事を成し遂げた。
1週間後また退屈になり、再びその女主人のところにやって来てまた何か面白いことが
ないかと聞いた。それでは3Fのある部屋に行くように言われた。
その部屋に行くと、数人の男が隣の黒人3人と白人女3人のスワッピングを隠れみていた。
一緒になって見ていたが、あまりに面白いので隣の男に声をかける。
 その男曰く
「いや1週間前はもっと面白かった!馬鹿な素っ裸の男が鶏を追いかけて鶏姦をしていた。」
  ??
ー「インデアンの娼館にで」ー ?
白人のある男がインデアンの娼館で若いインデアンの女を買った。
いざベッドインでおんなが「クエックエッ」と身をよじる、それなりに満足をして
下のバーで飲んでいると、玉突きで遊んでいるインデアンの男達が時たま
「クエックエッ」と言っている。
マスターにあの「クエツクエッ」ってどういう意味だと聞いてみた。
 マスター曰く  ‘穴が違う!’  

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2007年03月25日(日)
2182, 「ライオン 空前の王交代劇」?2
            ( ^3)?♪ オハヨウゴザイマス!

「ライオンの空前の交代劇」を観ていた時に、一年ぐらい前の
「三頭の兄弟(放浪)ライオンの物語」を思い出した。
「検索」で調べてみたら「地球・ふしぎ大自然」で、昨年4月に放送されたものだった。
    インターネットは本当に便利である。
ーその内容をまずは紹介してみるー
 
 ライオンは猫科の中で唯一群をなして生活する動物である。しかし一つの群の中のオスは最大でも三頭ぐらい。
それ以外のオスは群に属しない放浪生活をする。だが放浪ライオンの生態についてはあまり知られていない。
今回この番組はその放浪ライオンの生活の記録を伝えている。
群の中のオスは、遅くとも三歳までに群を出される。これは近親交配を防ぐためであるとのことであるが、
元来狩が苦手な雄ライオンにとっては、これは試練の始まりでもある。
この番組では、ある三頭の兄弟を追いかけて、その生態について紹介している。
ライオンは同時に群を出た兄弟が一緒に生活する例が多いとのことである。
 群を出た放浪ライオンは、自らだけの力で生きていくか、どこかの群を乗っ取るか、
しか手はない。まだ力不足の三兄弟は、まずは自分たちの力で生き残る試練にさらされる
ことになる。食料の少なくなる乾期などの試練を乗り越えて、三頭はなんとか生き延びる。
 翌年、やや逞しくなった彼らは、群の乗っ取りを試みる。しかしながら他の群のメスに全く相手にされない。
結局彼らは二回の失敗後、幸運にも雄ライオンを病気でなくしたメス三頭の群と出会い、自分達の群を手に入れる。
もっともこれからの彼らは、その群を守る任務に追われることになるのだが・・・
ちなみにライオンが群を維持できるのは長くても三年が限度だとのことである。
ライオンが群で暮らすことは以前から知っていたのだが、あぶれた雄がどうして生活しているのかは
当番組で初めて知った。 やはり雄が自分の城を築くのは大変なようである。
ところでこれまた私が初めて知ったのは、雄ライオンが兄弟で行動することが多く、
群も兄弟で維持している場合が多いということ。ライオンの兄弟の結びつきが
これほど強いというのは、なかなか興味深いものであった。
 ーーー
 解) 前回は、メスのライオン・クループの視点の「王交代劇」 のドキュメントだったが、
 これは雄の放浪ライオンの立場の苦労物語である。(TV局も、制作会社も違うものだが・・・)
 百獣の王ライオンに、このような弱肉強食の世界があるのである。
 メスのグループにも、オスにとっても試練はどこにもある。
 人間社会と、似ているところが可笑しさと、悲しみを感じとれる。
 デ・カン・ショ、デ・カン・ショというが、人間の本質は動物とドコガ違うのか。
  まあ、ライオンの世界と人間の世界の違いを論じてもしかたないか?
 追い出されたオスが社会の中で、自分の居場所を確保するのは至難のワザではないのである!
 まったくである!
                  (℃゛)/ また、明日ね!
ーーーーー
2006年03月25日(土)
1817, 日暮里界隈 ?2
        ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆

最近の定宿は日暮里のホテルである。 日本旅行社の元支店長の知人に、
「都心(東京?秋葉原)に近くて、安くて・便利で・気楽で、インターネットもあり、
 かつ面白そうな居酒屋が近くにあるホテルはないか?」と聞いたら、
「自分が定宿にしているホテルが全ての条件を揃っている」という。値段は7千円である。
そこが日暮里駅至近のホテルである。早速泊まったら正しく、ピッタリである。
おまけに7?8分歩いたところに谷中銀座という昔ながらの商店街がある。
ところが、たまたま同行した人が谷中銀座近くに10年近くに住んでいて、谷中の飲み屋街を熟知していた。
そのある一角に、タイムスリップしたような昭和半ばの雰囲気を残た路地がある。
殆どの店が、50代後半の少しクタビレタ?ママがやっている。7?10席位の店が両側に十数軒並んだ飲み屋横丁。
そこで4回も通って馴染みになったのが、沖縄料理の店である。少し高い?が、料理と泡盛が美味しい。
先日、長男と沖縄の店の後に入った店がトルコ専門店。谷中銀座を歩いていると、ある飲食ビルの一角から
騒々しい音楽とドヨメキが聞こえてきた。面白そうなので、玄関口までいってみるとトルコ人がいた。
『この騒ぎは何?』と尋ねると、『今、ベリーダンス・ショーが始まるところ。
トルコ料理一式とダンス鑑賞で一人三千円。面白いよ!』という。面白そうなので入ってみることにした。  
30坪位の絨毯のスペースに三十人位のお客が真ん中に空間を囲んで、車座に座っていて異様に盛り上がっていた。
お客の半分は在日トルコ人。あとは何と殆んどが若い女性である。そしてショーの開始。(=^‥^=)┘♪└(=^‥^=)┐
以前トルコに行ったときベリーダンスを見たが、それはあくまで観光用。ところが、ここは違う。蛇のように、身体を
くねらせながら色気を表現する。全員がが手を叩いて、音楽に合せて囃し立てるほど踊りが過激になっていく。
        ━ヾ(   )ノ゛ヾ( ゜д)ノ゛ヾ(゜д゜)ノ゛        
ところが日本人の女性のプロダンサー?が一緒に途中から踊りだした。
常連のようだが、身体の動きからみてダンサーのようだ。
そのあたりから雰囲気は佳境に入り、不思議なトルコの夜の世界になった。
まあ、大当たりの店である。その次に入ったのが『何と申しましょうか?』と、いう店であった。
飲み屋横丁の一番奥にあるスナック風居酒屋?の店である。
50代のサラリーマン風が4人座っていた。何とママが86歳で、手伝いが71歳という。
大年増というのが話題になりTVによく出るといっていた。お客とダンスを踊ったのには驚いた。
店の中は凄いアルファー波に満ちていたが、お客は癒しを求めてきているのだろう。      
                                 ーつづく
・・・・・・
2003/06/26
日暮里界隈 ー1

一度、日暮里に行きたい思っていたが、念願かなって知人に夜の日暮里を案内してもらった。
谷中銀座と日暮里駅の中間を少し入り込んだところに時代から取り残されたような飲食街があった。
それが何ともレトロ調で映画のセットの中に入ってしまったよう感覚だ。
知人の会社の東京事務所があったため、よく通ったという店があった。
沖縄出身の60歳位の女将がやっている7~8人位しか入れない沖縄料理の小さい店であった。
店の名前は『あさと』といって、本人の名字の安里をそのままつけていた。
石垣島出身で、具志堅用高もわざわざ訪ねてきたという。何とも沖縄料理がおいしい。
豆腐よう、ほしぶどう、ゴーヤーの炒め物、そして泡盛が絶品であった。
そういえばこの数ヶ月、泡盛を晩酌で飲んでいる、スーパーでブレンドされた泡盛がいやにおいしいのだ。
店の中の全員がお互いの話を旧知のように話し合える感じがよい。それこそ若い人は皆無という雰囲気がまたよいのだ。
たまたま若い女性が一人入ってきて飲んでいた。話しかけると「2~3日うちに石垣島に亭主と行く」とのことで、
女将に知り合いの店を紹介してもらっていた。何か楽しくなって、下の息子を呼びだして一緒に呑むことになった。
本人も目をクリクリさせて、「今時、凄いところがあるものだ!」と驚いていた。
その後にもう一軒谷中銀座の中にある居酒屋にいったが、ここも印象深い店であった。
大きいメンチカツが何とも美味しい!
                 
・・・・・・・
2005年03月25日(金)
1452, 「仏教の根底からの否定」の文章ー2
    ー山根二郎かく語りきー2

ー前回に続いて印象的な部分を書き出してみるー

あのオウムが、教団の対立者を「ポア」という名で殺したが、これは特殊な教義を信奉していたからと信じられている。
が、しかし「救済」の名の下でなされる殺人の容認は仏教にも多く認められる。
私が書いた「仏教解体」は、仏教を根底から解体しつくした日本では稀有の書である。
そこに述べられている仏教否定思想は、これまでの日本にはなかったものだ。
内容の一部を紹介すると「仏教思想、禅思想」が、どれほど恐るべき非人間思想であるかということが分ってくる。
日本人は、この思想に取りつかれたままになっている。要するに日本および日本人は、戦前・戦中・戦後を通して、
今日まで巨大なオウムをやってきたことになる。「日本人は恐い」「日本人は特殊である」と世界の人々が
思ってきた根底は、これである。「世界の人々よ、気をつけろ。そして日本人よ、仏教から目を覚ませ」
般若心経で、 色即是空ってのがある。存在とは空だって意味だ。
無限耳鼻舌身意 耳も鼻も舌も体も心もすべて無だと言い切る。
浅原じゃあないが、まさに涅槃の境地に達しないと言えないことだ。
しかし、この凄いことを、我々日本人は日常で坊さんに言われ続けている。
葬式で般若心経を坊さんが唱える。月命日でも坊さんは仏壇の前で唱えてる。
「もともと、無いものが無くなったんだから、死んだからといって、そんなに嘆くな悲しむな。
殺されたからといって、そんなに怒るな」って言われていることになる。 葬式でこんなこと言われていたのだ。
いま、犯罪被害者の人権などと騒いでいるが、まっさきに糾弾されるのは坊主である。
 (字数の関係でカット2008年03月25日)
ーーー
以上のように初めから終わりまでこのような文章が続く。
この人の文章を読んでいると、全くそのとおりと思えてくるから不思議である。
極東の島国では仏教は丁度良い思想と思っていた。
禅坊主が「考案」とか訳のわからない議論をして悟り顔をしているも、山岳の多い風土には丁度良いのだろうが。
あのアブラハムが創りだした「アラーの神」も、東洋の片隅から見てみれば、砂漠の無知の民をマトメル為の嘘
ー方便にしか見えない。その反対に彼等から見れば山根二郎のいう論も、的を得ている。
この位の論を持っていないと、葬式坊主どもに集られてしまう。

・・・・・・・・・
2004年03月25日(木)
1087, ある日突然

ある日突然、今まで順調であった仕事や商売が成り立たなくなる時代になった。
以前は、時計屋が典型的な事例であった。
・25年前に、デジタル時計の出現でアナログ時計の売り上げが激減をしてしまった。
・10年前には駅前旅館も消滅をしてしまった。
・その後、業種店はスーパーなどの業態店の出現で殆ど壊滅した。
・そして、酒屋や米屋やガソリンスタンドなどの規制で守られてきた業界も一瞬で壊滅をしてしまった。
・最近では、駅前のあちこちにあったDPEの店もデジタルカメラとプリンターの普及で、
 いつの間にか無くなってしまった。
次は、何であろうか? 全ての経営者が自分のところではないだろかという恐怖の時代になった。
DVDとビデオレンタルの「ツタヤ」が光ファイバーとデジタルTVのドッキングで、
ある日突然消滅するのではという可能性を秘めているとか。
鳥インフルエンザで、京都の養鶏場のオーナー夫婦が「ある日突然」国家的犯罪者に
仕立てられ、自殺に追い込まれた。経営者なら誰も身につまされる出来事であった。
私の事業もごたぶんに漏れず、「日帰りの徹底」で、打撃を受けている。これに新幹線がテロに狙われたり、
SARD騒ぎが起きたら、ホテルの顧客はゼロに近くなる。本当に恐ろしい時代である。
あの絶対大丈夫と思われていたNTTや電力会社や郵便局でさえ、一歩間違えれば明日は解らない時代である。
時代の変わり目は、こういうものだろう。日々の科学技術の進歩が背景にあるのだ。事業も考えてみれば、
情報と技術の能力の差である。それが情報化で瞬時で格差がなくなってしまったのだ。

・・・・・・・・
2003年03月25日(火)
720,「お金の哲学」ー3

デフレになって、お金の価値が物の価値より上がってきて、日本ではタブーのお金に対して関心が増してきている。
過去何千年も祖国を追われていたユダヤ人は特にお金にシビアであるのも、
最後頼るべきはお金や金ダイヤなどの貴金属ということが骨の髄まで解っているからである。
日本人がお金に対して「お金は汚いもの」とか、「お金のために生きているのではない」
とか言っていられるのは、島国の環境の為である。世界中にお金を汚いとか、甘く見ているのは日本人だけである。
江戸時代の幕藩体制下の宮仕えの貧乏藩士の建前意識が、美徳としてごまかされ飼いならされた結果でしかない。
それを儒学で覆い被せて、それしか世界をしらない田舎侍たちを無垢に信じさせていただけの事。
上手く金は汚いものと洗脳してしまったのだ。惨めな話だが、それがそれだけの世界ならそれでよかったのだろう。
その意味でまだ日本はその影響下にあるのだ。「もう人生を終わってしまった敗残者か、成功した人が外装としての理屈」
の為に集まって、鼻声で儒学を楽しんでいる分にはよいが。これから一生を妻子を養っていかなければならない
真っ当な人間に、その教えをまともに教えている無知な人種がいるのが問題なのだ。
 現在日本がこのような状況にある根本原因は、この「虚勢犬意識」が国民的潜在意識にあるからだ。
もし一億のお金を貯めようとしたら、5百万の預金をしたとしても20年はかかる。
その為には2000万の収入を20年続けなければならない。その能力のある人は千人に一人?いるかどうかだろう。
それだけお金を蓄積するのは時間を要するものである。実際のところ 二代三代をかけなくてはならない。
 商人であった両親から学んだ事は、お金の大事さと、その使い方である。晩年になってよく父が言っていたのは
「お金の使いかた」である。 見栄でなく、本当に自分の好きな事に納得して合理的に、使うことだ。
そこには一点の隙があってはならない。稼ぐと同じくらい前向きに合理的に楽しむことだった。
 それを聞いていた割に全く身についてない自分は何故??装置産業の為に、大借金をしているためであるー言い訳か!
大儲けをして現金の山を見たことは一度もない。「健康法説いて あの世に先に逝き」ではないが、
「金のこと説いてた あのバカ夜逃げをし」ということになる可能性もあるからあまり偉そうな事を書かないほうがよい。

・・・・・・・・・・
2002年03月25日(月)
356,西アフリカー3
 ー能力探しー

今回の旅行で面白い人とであった。 予備校の講師でミュージシャン、今度小説を出すという。
年令が31歳、数学の本を何冊か出し、予備校の講師。 今回の旅行で3つの歌を作ったという。
音楽のゴーストライターもやっているという。ゴーストライターで本は聞いたことがあるが、
音楽では珍しい。 ミュージシャンと数学の先生の二刀流ということだ。
CDを数枚出し、有線でトップテンに入ったことがあるという。
「防波堤」は長岡のスナックで聞いた事あった。夜バーで聞いた弾き語りがなかなかよかった。
昼からビールを二本飲んでいた。夜もしかり。話しているだけで、自分の中の創造性が喚起される。
私の目では一応本物に見えた。エルミナの夕景を見にホテルの海岸に出たら、一人海辺に隣接している
誰もいないスナックでビールを飲んでいた。声をかけると、夕日で変わる海の色の変化を見ているという。 
これはいえない言葉である。何か変わった人だと気に留めていたが、家内からあの人はミュージシャンで
予備校の講師と聞いて納得した。その後何回か話す機会があったが、講師とミュージシャンの仕事の特性の
為か、相手を自分の世界に引き込む話術には驚いた。いや話術ではなく、その人の中味なのであろう。

http://yoshiki-o.hoops.ne.jp/  大上芳樹