2006年12月18日(月)
2085, 哲学者が霊能者を一刀両断すると! −1
                才八∋ウ_〆(∀`●)
知ることよりも考えること −? 池田晶子著  ー読書日記
ー前世を知りたいー             

哲学者が霊能者を批判すると、これだけ説得力があるものか? 霊能者の立場の視点で読んでみると、
反論しようがみあたらない。哲学者は霊能者のいい加減さを一刀両断で以下の通り切り捨てる。
 ー人間は自分が存在しているという以上の神秘がありえない。(自分が)存在していることということは、
科学的には説明できず、理性によっても理解できない。なんで存在するのかわからないものが存在し、
毎日生きている驚くべき神秘の毎日こそ神秘体験のはずが。その当たり前のことこそを知ることが先ではないか。
[超常]を言う前に、[常識]を知るべきだーと。 全く、哲学者のこの論は理にかなっている。
私も父が死んだ後に「妙な霊的な感覚?」が10年近く身についたことがある。
今TVなどで話題になっている江原啓之氏のことを多くは知らないが、恐らく見えないものが見えるのだろう。
それより女哲学者の論があまりに的を得ている。  
 ー以下は、その中の抜粋であるー    
ーー
輪廻転生という考え方は、現代に限らない、科学の発生以前から、人間が宇宙と人生をという謎を理解しようとする時、
繰り返し起こってくる型である。同一の魂が宇宙的法則によって生まれ変わりを繰り返すというこの物語は、
わかりやすいので受け入れられる。つまり人はそれを[本当のことだ」と思うのである。

しかし、よく考えて見ると、これもよくわからない。霊能者は過去を見るという。
しかし、過去なんてものは、今やどこにも存在していない。過去はその人の記憶としてしか存在していないのである。
そして、記億はそれ自体が物語として構成されたものでしかないのは明らかだ。霊能者が見る過去世の物語というのは、
人間の言語により構成された文字通りの[物語」なのであって、客観的事実であるわけがない。
それらの人たちは、それらの物語を事実だ、本当のことだと「思い込んでいる」。
本当はどうなのかわからないことを、本当だと思い込んでいるのである。

しかし、物語もまた、謎を語るためのあくまでも「方法」であって、方法によって謎が謎でなくなるわけがないのは同じ。
宇宙が存在し、我われがそこで生きて死ぬというこの驚くべき謎の側は、やっぱり動かない。
我われは何一つ理解していないのだ。 この根源的絶対的無知、これを忘れると物語は容易に宗教と化す。
自分の現在を理解するために、とくに過去世を知る必要はない。過去を知ったところで、現在が変わるわけはない。
もし現在を変えたかったら、現在において変わる以外ないだろう。 「色即是空」もブームと聞く。 
生まれ変わり、死に変わりというのは、どう考えても「色」である。 よって「即ち」、そんなものは、「ない」と言う。
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 次回も続くが、霊能者も言うだろう、「空即是色」と! 現世のことが解ってないのに、何が来世!
変な物語を勝手につくりおって!という論は、非常に説得力がある!
秋刀魚の頭も信心からとなると、インチキ宗教になってしまう。似たようなものである。
信じたい人いるのだから、面白いじゃないかプロレスの観戦と思えば! ショーと知りつつ、楽しむのも!
現世も、来世も、生まれかわりも、ショータイムでしかないのだから!            
             ーつづく     まあ冗談はさておいて
 \(^▽^*)バイ!          ~~■P o(´・∀・` )coffee 飲めて
     
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