2004年05月01日(土)
1124, いま不幸と思っている人へ

不幸論を書いたことがあるが、一般に自分のことを不幸と思っている人が多い。
幸・不幸は、気分と解釈の問題でしかないと割り切って考えないようにしてきた。
躁の時は幸せ気分、鬱の時は不幸せ気分でしかないと。
何げなく検索をしていたら、面白いHPに「不幸について」多くの格言がまとめてあった。

これを見ているだけでも、こころやすまるから不思議である。
結局他人と比べてしまうのが人を不幸にしているのだ。

「人は自分が幸福であることを知らないから不幸なのである」
といったドストエフスキーの言葉が真髄をついている。
仏様は人間は生きている限り、苦しむものだと看破をしてそれを「四苦八苦」に分類。
それを乗り越えるために「八正道」を説いた。先人の不幸に対する解釈も深い。

ー面白いところだけを抜粋してコピーした

・もしある人が自分の不幸な出来事について話したら、
そこにはなにか楽しんでいるものがあると思って差し支えない。
なぜならば、本当にみじめさだけしかないとしたら、その人はそんなことを
口にしないだろうから。 ーサミュエル・ジョンソン
・不幸なる人々は、さらに不幸な人々によって慰められる。
      ーイソップ
・他人の悲劇は、常にうんざりするほど月並みである。
      ーオスカー・ワイルド
・人間には幸福よりも不幸のほうが二倍も多い。
      ーホロメス
・大多数の人間は、静かな絶望の生活を送っている。
      ーヘンリー・デイヴィッド・ソーロー
・すべての不幸は未来への踏み台にすぎない。
      ーソロー
・不幸に対する特効薬はありません。ただ昔から
退屈な忍耐とか、あきらめといった美徳があるのみです。
      ーアルドゥス・ハックリー
・結局のところ、最悪の不幸は決して起こらない。
たいていの場合、不幸を予期するから悲惨な目に会うのだ。
      ーバルザック
・不幸な人間は、いつも自分が不幸であるということを自慢しているものです。
      ーラッセ
・それ自体の不幸なんてない。自ら不幸を思うから不幸になるのだ。
      ーアルツィバーシェフ
・不運な時に幸福な時代を思い出すことほど辛いものはない。
      ーダンテ
・人生の小さな不幸せは、我々が大きな不幸を乗り越えていくのを助けてくれる。
      ーエッシェンバッハ
・人間には幸福のほかに、それとまったく同じだけの不幸がつねに必要である。
      ードストエフスキー
・どんな不幸のなかにも幸福がひそんでいる。どこに良いことがあり、
 どこに悪いことがあるのか、我々が知らないだけである。
      ーゲオルギウ
・明日、なにをすべきか分からない人は不幸である。
      ーゴーリキ
・「今が最悪の状態」と言える間は、まだ最悪の状態ではない。
      ーシェークスピア
・時間がやわらげてくれるような悲しみは一つもない。
      ーキケロ
・いつまでも続く不幸というものはない、じっと我慢するか勇気をだして
 追い払うかのいずれかである。
      ーロマン・ローラン
・人間は、自分が考えるほど不幸でもないし、それほど幸福でもない。
      ーラ・ロシュフーコー
・人間には不幸か、貧乏か、勇気が必要だ。でないと人間はすぐに思いあがる。
      ーツルゲーネフ
・人生は学校である。そこでは幸福よりも不幸のほうがよい教師である。
      ーフリーチェ
・絶望は死にいたる病。
      ーキルケゴール
・不幸はナイフのようなものだ。ナイフの刃をつかむと手を切るが、とってをつかめば役に立つ。
      ーメルヴィル
・不幸はこれを語ることによって軽くすることができる。
      ーコルニィエ
・人は自分が幸福であるだけでは満足しない。他人が不幸でなければ 気がすまないのだ。
      ールナール
・禍福は糾える縄の如し。  ー老子

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