居場所を見つけたときに人間は変わる −2 (2)

                ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]

   居場所は自分のアイディンティーと関係してくる。
   もし、そのアイディンティーが、寄る当ての無いものなら、寄る当てのあるように
   変えていかなくてはならない。まずはボタンのかけ違いを、
   一番初めから、かけ直さなくてはならない。
   居場所こそ、人間が持っていなくてはならない場所である。
   私の場合は、机と本棚である。そこに好きな愛読書とコーヒーカップが有ればよい。
   そしてステレオかラジオかTVを置く。 誰でもが、まず始めることだが!
   現在なら自分のパソコンと、その中のブログと携帯電話になる。
   ブログは、そういう意味で居場所の概念を変えてしまった。
   携帯かパソコンが身近にあれば、それが自分の居場所になる。
   それもあるが、前回にも書いたが、やはり暖かい家庭こそベースになる。

*前回の続きです*
ー 芹沢
この話が告げているのは、悪いことをやる奴には「悪いことは悪い」ときっちりと
教えなくてはいけない、それを強い規律と指導と訓練で教え込もうというような方策が、
実は失敗への道でしかないということです。
いまアメリカがイラクに対してやろうとしていることは、それに近いですね。
でも、その女性がやったことはそうではない。
盗みでもしなければやっていられないような彼自身の、安心も安全も安定もないような
これまでの人生を、ーそれは過去からの歴史が作っているわけですけれども、
しっかり受け止めたのです。 受け止められた中で、彼が変わっていくのです。
例えば、青年はものすごくケチで、自分のことにはお金を使うけれども、
人にプレゼントなんて一切しない人だった。
そんな彼が、彼女にプレゼントを初めてしたというのです。
そんなふうに初めて安心、安全、安定できる場所ができ、ここが自分の居場所なのだと
初めて感じたとき、その居場所を作る支えになった人が大切な存在として見えてくると
いうことが起きているのです。 すごいな、と思います。彼女は母の役割をしたのです。 
母というのは「存在の大地」につながるのだ、
とそのケース・カンファレンスを聞きながら実感しました。

 ー 二階堂
芹沢さんは、先に大地とは居場所だと言われましたね。言い換えれば、どこに座っているか。
仏教では、仏さんそのものより仏さんが座っている蓮華の座をまず観て大事にするのです。
どこに座っているかということで、その人間がわかる。
座る場所がなくなってしまうのが、いちばん苦しいわけです。
「拠りどころ」という言葉もありますね。
「人・地に寄るが故に倒れる・還りて地に依りて立つ」
(地に因りて倒るる者は、地に依りて立つ)
という言葉が仏典(『入大乗論』にあります。人はいろいろな苦難があって、大地に倒れても、
必ず同じ大地から立ち上がる。 良い言葉だなと思います。

 −−−
心の拠りどころ、心が何処に座っているのか、それも大事である。
自分の夢と信条、好きなことを明確にして、それに従って生きることこそ重要である。
そして、物理的にも自分が座るべき場所を明確にしておくことも!
父親の位牌とか、母親の形見とか、そういうものを常に身近に置くことも居場所つくり
に良いだろう。森の鎮守様など、それだろう。
                      ヽ(・д・`●)
・・・・・・・・
2007年01月03日(水)
2101, ウェブ人間論 −2

  b(^o^)dおっW(^O^)Wはようー♪  
    この1〜2年でネットによって社会が劇的に変わりつつある。
    光ファイバが各家庭へ劇的に普及したことと、ブログと、
    携帯電話の進化のためで、この激変はとどまることはない。
    私の今年のテーマは現在のHPから「ブログ」への転進である。
    第一章から内容は深く核心をついた内容になっている。
    梅田のネット世界が窺い知れて面白い。

第一章 ウェブ世界で生きる  −? 
*ネットの世界に住んでいる*
 −−−−−−
梅田:今の僕は、朝4時に起きてトータルで1日8~10時間位ネットに
つながっていて、「ネットの世界に住んでいる」という感覚である。
僕の仕事は、アメリカで考え事をして、ニケ月に一度日本に戻り、
日本企業の顧客と議論するというスタイルなので、東京にいる間は、
打ち合わせなどリアル世界で朝から晩まで忙しいから、ネットにすめない。
だから僕は「アメリカに帰る」と「ネットの世界に帰る」は同義で、
ネットの世界が僕にとって「リアル」なのです。・・・・

梅田:ネット上の僕の分身が僕のブログだから、まずそこに行きます。
家族が元気かどうか、家は家事になってないか心配する感覚で、
分身が異変を起こしていないかを、確かめに行きたいんですよね。
    梅田:少しまとまった時間があれば、いつもチェックしているブログを
    見に行きますが、それだけでも英語のもの、日本語のものあわせて
    300~400位あります。気になっている人300~400人の日常や、
    いま考えていることを、シャワーのように浴びるっていう感覚でしょうか。
    もちろんリアルの友人のブログもその中に含まれますが、
    それは全体からみればわずかですね。
平野:僕が2004年にパリに住んでいた頃に、ネットカフェがパーッと
増えたんです。当時のパリは、自宅のネット接続まだまだ遅くて、
やっとADSLが出てきたという調子であったからと思います。
パリのカフェは本当に人がお喋りをする場所で、いつ行っても
フランス人がダラダラ喋っている空間であったのが、
いまやインターネットカフェでは誰も口をきかず隣の人でなく、
数千キロ、数万キロ離れた人とやりとりをしている。
これは何なんだ!という雰囲気が、特にネットに関係ない人たちの間にありました。
その時、コミュニケーションの際の「時空」の把握の仕方が変わってきているなと、
感じました。

    *検索がすべての中心になる*
     −−−−−−−−−−−−
    梅田:「ウェブ進化論」でも紹介した将棋の羽生善治さんの
    「高速道路」論というのがあって、
    「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、
    将棋が強くなる高速道路が一気に敷かれたということです。
    でも高速道路を走り抜けた先には大停滞が起きています」と、彼はいうわけです。
    僕はその大停滞を抜け出せるかどうかのカギの一つは、構造化能力と思っています。
平野:情報というものは、そういう一部の「専門家」だけじゃなくて、
誰でもアクセスができるし、そもそも一人の手に負えるものじゃない。
大雑把な全体把握をするか、選択的に自分の関心のある世界だけに手を
伸ばすかないという認識が一般化してきた。その後者が「オタク」でしょう。
作家でも研究者でも、知っているだけでは、もう威張れない。
ネットの検索機能を使えば、誰もがその知識にアクセスできるのですから。
    梅田:検索がインターネット時代の中核技術だということを、1998年に
    シリコンバレーで創業した「グーグル」という会社だけは知っていた。
    グーグルというのは、検索エンジンという概念やシステムそのものを
    発明した会社ではないのです。もっと前からアルタビスタなどの
    検索エンジンが色々と出来て、グーグルは後発なのです。
    その中でなぜグーグルが勝ったか、それは僕は「思想の有無」の差だったと
    思います。いま思えば2003年ぐらいまではグーグルのどこがすごいか、
    ほとんど誰も気がつかなかった。
梅田:1995年から2005までの10年が、インターネットの時代だとすると、
おそらく006年から次の10年というのがグーグルの時代=検索エンジン
時代なんです。グーグルは、検索エンジンの意味を体現して、
情報の層(レイヤー)を全部押さえ、整理し、整理対象になる情報を
もっともっと広範囲にしていく、そういう意志を持った会社です。
その最初の10年が「ウェブ1・0」、これからが「ウェブ2・0」
ただ、利便性、コンビニエンスというのは、まだ1・0の感覚なんですよ。
利便性以上の変容を迫るのが2・0なんです。
   平野: 光ふぁいばーなどのインフラの整備のおかげで、通信速度が速くなって
    圧倒的にネットが身近になって、誰もが「ネットで何とかしよう」という気に
    なったんじゃないかと思う。ダイアルアップで、接続時間と料金を気にしつつ、
    重たい動画や画像をイライラしながらやり取り、ネットの世界は、
    面倒くさい印象だったし、限定的な利用にとどまっていた。
    その心理的な抵抗感が取り払われたということ。
梅田:検索エンジンは世界の結び目を、自動生成する機械なんですね。
リアルタイムでドンドン更新されている全ての情報を、常時取り込んで
整理している・・。 大組織のトップや、社会的な地位の高い人や有名人には、
検索エンジンのがどんなに凄いものことなのかが見えないかもしれない。
電話一本で良質な情報を与えてくれる人周りにいるわけですから。
しかし、その環境にいない人にとって、未知との出会いを求めている人たち、
勉強をしたいという気持ちを切実に持っていて時間がタップリある人にとって、
検索エンジンの有用性というのは計り知れない。
SNS(ソシャル・ネットワーク)もそう。「エッ、友達の友達にこんな人がいるの?
その人と友達になれるの?そのコストが一円もかからないの?]というネット空間の
新しい価値は大変なものです。   ーつづく
     −−−−−
     映像ブログが本格化してくると、また一味違った社会が出現するだろう。
     梅田のブログを、興味を持って見つづけるしかないか・・・
     1975年生まれの人が、ウェブ人間の大きな境目になるというが、
     息子の歳である。なるほど、見ていてそう思うが・・・ 
                   ホンジャ(*^ワ^*)i
・・・・・・・
2006年01月03日(火)
1736, 日本一短い手紙 「喜怒哀楽」 −2
           ヽ(*´∀`*)ノ.+゚おはよ〜♪.+゚
このシリーシーズの「喜怒哀楽」は、
 読めば読むほど良い。心は、喜怒哀楽と感激・感動・感謝が大きな比重を占める。
   日常は、それが原動力で動いているといってよい。
    感想文かわりに、絵文字で語ってみました。 \(@^0^@)/♪

怖いのは、怒っているのに笑っている人。
         偉いのは、哀しいのに笑っている人。
                  阿部 智幸(山形県 43歳)
    シトリボッチ.....ρ(=´ε`≡))(涙) ((≡´з`=)q ...フニャ!
ようやく気づいたよ背伸びせず、
         卑下もせず 身の丈で生きる 今の自分が好き
                  馬越 直子(香川県 54歳)
~~■P o(´・∀・` ) coffee time☆
          ,,,,,(((( ;:゚皿゚:)_◇~~ アァァァ!!
喜びには花を、怒りには水を、
         哀しみには陽を、楽しみには時間を与えてください。
                  大澤 神世(静岡県 19歳)
                    ヾ(=^‥^=)ノニャハハッ
淋しすぎるから、今日は明るい色を着てみました。
         あなた、喪中なのにごめんなさい。 (o^-')b
                  黒澤 典子(千葉県 48歳)    
好きと言われた。うわっどうしよう・・・。 ヽ(゚ー゚*ヽ)ヽ(*゚ー゚*)ノ(ノ*゚ー゚)ノ
         家に帰って大声で叫んだ『ヨッシャー!!』
                  高梨 智子(大阪府 高校3年)
(__m)ヾ( ̄▽ ̄;)  字数の関係上、ここでカット、あとは過去歴から御覧あれ!  

・・・・・・・・
2005年01月03日(月)
1371, 人生における成功者の定義と条件−1  −読書日記

大げさなタイトルだが、面白い内容である。
 作家の村上龍と各界の著名人との対談集。

 「これまでの成功者のイメージを壊したいという気持ちがあるんです」
  お金でも地位でも名声でもない“成功”の定義とは何か?
   格差が顕著化し、価値観が多様化する日本において、
  “成功者”とはいったい誰なのか?
   仕事と人生について考え抜いた著者が5つの職業の第一人者と語りつくしている。
    終身雇用制度が終わろうといている現在、過去の成功の定義はゆらいでいる。
     まえがきの最後に人生の成功者というのは、
     その人の人生における目標を達成した人という言い方ができるかも知れない。
     それでは人生のおける目標とは何かというと
     「生活費と充実感を保障する仕事を持ち、かつ信頼できる小さな共同体を
     持っている人」と言う仮説を立てて論じている。
     しかし、充実感と生活費のだけでは何か足りないような気がする。
    現代では、平均以上に金を稼ぎ、出世する確実な方法はない。
   つまり良い学校に行って、いい会社や権威のある役所に入っても
  成功者になれるかどうかわからない。それが、今の子供たちに勉強の
  モチベーションを失わせている。
価値の多様化でも旧来の成功モデルが機能しなくなっている今、
あえて成功者の新しい定義と条件を示す事は無意味ではないとあって本文が始まっている。

 大きな時代の変化の中で、どうしたらよいのかの問いかけ
  としてのヒントを与えてくれる内容である。
  むしろ、よい学校に行って、よい職場に入って、人並みに良く生きて、
   定年をむかえた後に、自分の人生とは何だった?と初めて気がつく
   人たちより良いのかもしれない。
ーーー
「人生における成功者の定義と条件」
  著者ー村上龍  NHK出版協会
 ーーー
各界を代表する方と「成功」について語る対談集だが、
 合間にある「一般の人」の「成功者の定義と条件」も面白い。
  次回は、その内容を抜粋して、考えてみる。
                       −つづく
・・・・・・・・・・
2004年01月03日(土)
1004, 正月の過ごし方

基本的には寝正月だ。元旦は、墓参りとTVと自宅に訪ねてくる兄一家と酒を飲む。
  2日は家内の柏崎の実家に行って、お節を食べるのが習慣になっている。
  近くの料理屋のものだが、絶品である。
  ?万もするとか。お節だけは恒例で贅沢をするという。
   実家では子供の時から、「まるやま」という魚屋のお節をとる。
   内容は家内の実家の方が、倍位は美味しい。
   魚屋と料理屋の差は歴然としている、仕方がないが。
   2日は家内が子供と実家に泊まる為、一人で帰ってきて何処かのスナックで酒を飲む。
   今年は家内が日帰りの為に、家でおとなしくしていた。年末年始の挨拶は一切なし。
   図書館で読んだ月刊誌の中で、正月に対して今の若い人は以前ほどの
   思いいれはないという。むしろクリスマスの方に思い入れが強いとか。
   正月に対する若者の意識の変化は家庭崩壊の一つの現象と、筆者が分析を
   していたが、少しオーバーに思えた。。
  日本では年越しにマトメテ年をとる習慣があったのも年越しの
 思い入れにあったのだろう。 田舎や実家に年二回帰る習慣はやはり根強い

 これを書きながら、実家以外で正月をむかえた事の少ないのに気が付いた。
 初めて勤めた年に神戸で宿直をしたことと、7〜8年前にタンザニアの年越し位である。
 あとは全て両親か母親と供にいた。
  実家は私が引き継いだ為に、いまも実家で正月を過ごしていることになる。
   反面、タンザニアにしても、神戸の宿直は強烈な思い出がある。
  以下をコピーしておきます。  
  ーーーー

 アフリカは何と不思議なところであろうか。
  行ってくるだけで魂がいやされる。ケニアの南に隣接したタンザニアは、
   ケニアの首都・ナイロビより車で5時間のところに国境がある。
   ケニアの国立公園は一歩、中に入ると世界中のサファリ観光の為、百年以上の
    時間をかけて、整備がされてあった。
     しかしタンザニアのそれは全くの未整備、サファリという言葉がまさに
     ぴったりであった。ケニアよりさらに二日もかけてのサファリの為、
     ただ行って帰ってきた感覚だったが、それでも強烈な印象はケニアのそれとは
     比較にならない程強い。
     ? あのどこまでも続くセレンゲッテ国立公園の大草原の地平線
     (360度の視界がすべて地平線である。)ここを車で走っているだけで 
     魂がいやされる。もちろん生まれて初めてみる360度の地平線である。
     ? ンゴロ・ンゴロ国立公園はタテヨコ、16Km×19Kmのクレ−タ−に
     とじこめられた野生動物達のロスト・ワ−ルドである。
    この中に東アフリカのほとんどの種類の動物がとじこめられているという。
   自然がつくりあげた自然動物園であった。
 ? 大みそかの晩、特別に現地の運転手達に招待されたホテルの寄宿舎近くの
  スナックのアフリカ式年越しパ−ティのさわぎが一番のハイライトであった。
  ホテルから車で15分のところにある掘っ立て小屋風のスナックであった。
   街頭があるわけが無い真っ暗な中にあった。
   自分がドキュメンタリ−の主役になったような別世界であった。
   20〜30人が、そこで潰した羊の肉で酒を飲んでいた。
   色っぽい現地のママがいた。その部分はどこの世界も同じだ。
   外にも椅子が置いてありバーベキューをしていた。
   4〜5匹のハイエナが焼肉の臭いで近くでウロウロしてのが唸り声でわかった。
   子供たちはハイエナに襲われないようにバケツを叩きながら遊んでいた。
   そして全員で年越しのカウントダウンを数えて、その瞬間歓声をあげた。
   少し離れた寄宿舎からも歓声が聞こえてきた。
   少しすると、我々に引き上げようという。これからは危険だという。
 喧嘩や暴行がおきる可能性があるからだ。
そそくさと、面白くなりかけたところで帰ってきた。
日本人では、特別に招待された5人であった。
 これで4年連続のアフリカだが、いつも担えきれない何かを持って帰ってくる。
  そして1回ごとの旅行のたびに、意識が拡大していく事が実感できる。
  心の奥深く潜む神秘の領域までとどく体験でもある。
   神話の英雄が日常の世界より、超自然的で不思議なものが住む世界に入り
   決定的な経験、そして勝利を納める、まさにそれに近い世界を体験する。
   ますますアフリカ病が重くなった。 −1997年12月28日〜1月4日
 ・・・・・・・・・ 
2003年01月03日(金)
630, クロスエンカウンター

仏教学者の紀野一義の講演会で
「ー縁ーの英訳で迷った訳者がキリストの十字架との出会いと人との出会いを
 兼ねてクロスエンカウンターと訳した」という言葉が印象的であった。
  先日読んだ野口悠起雄の本に
   大蔵省にいた時に先輩に「急に出先で講演を依頼された時などの緊急の話題
    をつくらなければならなくなった時に、縦軸と横軸のキーワードを探して
     話をまとめるとよい」という内容があった。
     一つの例として学校でのケースで考えてみると
     先生を縦軸、生徒を横軸にすると面白い内容になる。
     即興で作ってみると
    「生徒を縦軸、先生を横軸に考えてみると生徒と先生のそれぞれの立場が明確になる。
     生徒の一生を縦軸とすると、先生やクラスは大きいメルクマールであり、
     知識や性格形成にとっても大きい影響を与える。
     逆に先生の立場を縦軸とすると、教師生活での担任は先生にとっても
     メルクマールになる。その時々のクロスこそ教師にとっても生徒にとっても
    真剣勝負でなくてはならない・・・」このことは時間が縦軸、空間が横軸といえる。
  商店主の会なら、店主とお客の関係を縦横にして話の構成をすればよい。
 取引先と店も縦横にできる。

 これをもう一歩進めて「考える中心軸」にすればよい。
  対象を縦か横にすえて自分との対比とか、
   対立する対象を縦横にして考える軸にすればよい。
   一生はクロスエンカウンターの繰り返しである。
    そしてその中心は自分だったり神様だったりする。
・・・・・・・・
2002年01月03日(木) 289,歓喜

歓喜ー>理智ー>意志ー>気ー>肉体」
私にある知人が転勤で引っ越していく時の挨拶の文書に書いてあった文章の一文である。
 「生きてきて人生これだと思う」という内容だった。
  その時私がこの文章を解釈するために考えた「たとえ話」がある。
  実を言うと私は「たとえ話」を自分の思考法に昔から使っている。
   喩えの名人になってしまった?いや迷人か。
   この時の喩えは、巨人の9連覇の選手である。
   彼らの多くが監督、コーチになっている。
   もちろんそれだけの才能があったからだが、
   多くの試合と優勝積み重ねの中で、上記の内容を全身全霊に体験したからである。
   勝ち癖ををつけろということは、こういうことである。
   どんな奇麗事をいっても所詮「歓喜ー>理智ー>・・・」
   の経験にかなわないのは、それは理智に留まっているからである。
  秘境ツアーにいそいそいくのは、自然・歴史の中の対象に感動し歓喜するからである。
  薬物とか、酒でそれを求めると「歓喜」のそれだけになってしまうから、不自然の
 カタチになってしまうからだ。
・・・・・・・・・・
ある時間の断片
1月3日  1969年
 10時に実家の店に手伝いに行く。17時まで働く。
  あまり街には人出はない。家に帰って食事をする。22時から本を読む。
   そういえば店にいたら中学校の同級生の山本に会う。
   中学校以来だが、殆ど変わっていない。実直な大人しい男だ。
   長崎屋に勤めているとか。同級の阿部さんと遠藤が結婚したという。
   思いもよらない組み合わせで驚いてしまった。
  そういえば数年前に同級会の2次会で二人が中座をした事を思い出した。
 それと姉の正子さんに長靴を買ってもらう。
 お返しに、持ってきたカーネギーの「人を動かす」を贈る。