* 新年に 〜新潟活性化案を読み返して
 去年の二日のテーマの内容を、改めて読み返してみて、
この実行は、今さら遅かった、「20年、30年前に、こうすべきだった!」
という「べき論」で、今さらの内容。乗換えの在来線を延長すら出来ない
政治家と住民に、現在進行中の新潟駅再開発の延長としての新幹線の
延長など出来ようはずがない。計画案作成で下りたのが、正解である。
 せめて、廃線になった貨物線路跡に、モノレールをつけるべきだった、
これも「べき論」でしかない。「せっかくの新幹線も、宝の持ち腐れ」。
江戸時代の「天領」だった地勢上の有利さに市民が気づいていなかった。
 それにしても、踊らされても、面白い経験だった。
* 新年 〜つれづれに
 多分にもれず、家族の新年会が元旦の行事になっている。
二人ともアラフォーで、わが身の高齢を実感する。そう遠くない先に、
私が欠け、そしてと・・と、家族が、消滅していき、中心が新しい
家族に移動していく。現在、グローバル化で、「国民経済」が、破壊され
つつある。家族制度も、戦後、長子相続から、権利は皆、平等の時代に
変わっていった。その上に、パソコン、タブレットスマートフォン
ネットの時代。ますます、家族制度が、根こそぎ変わろうとしている。
 その中で、やはり、国家としての保護政策も必要である。
世界も、日本も、未踏の世界に入り込んだようだ。

・・・・・・
5041,新年にあたり −2
2015年01月02日(金)
  * 8年前の「新潟県活性化の会」の案件
 昨日の「新年にあたり」で取上げた「新潟県活性化案」を、再認識のため、
当時の随想日記をHP内検索をして、読み返してみた。 今からみると、
時すでに遅しであり、決して不可能ではないが、動き出せば地権者の利権など、
思惑が働いて、大きな難問が立ち塞がることになる。 さらにバブル崩壊後、
地方は、ますます弱体化。30〜40年前なら可能性があったが、今では無理? 
むしろ石川県の方が、関東、関西、中部地区をカバーできるため拠点基地として、
最適のようだ。 活性化案までなら良いが、これ以上は、一歩踏み込むと、
後にひけなくなる。それを前提と、そのキーマンに当初、釘をさしていたが、
本人は、私を見くびっていたようだ。 あとは、政治家に利用されて、ポイと
されるのが落ち。で、計画案が出来上がったと同時に、一切の関与を止めた。
当然の判断だが、実行段階で誰も手をあげる人はいない。しかし一年近くの
壮大?な絵図の計画を想像し、練り上げている自分が、面白くなっていた。
 あと、考えられるのが、整備場まである線路を可能な限り延長して、第二
ターミナル駅にして、廃線になっている線路あとを利用した専用バス道路か、
新交通システムで空港までアクセスすれがよい。しかし、それをするには、
新潟県の経済的体力が、あまりに消耗している。面白い、変な世界を、その間、
垣間見ただけでも、無駄ではなかった。で、どう活性化する? いずれ
関東大震災が起こるから、そのための受入れを予め宣言して、そのための
都市づくりに徹した方が良いのでは? 決して冗談でない。
 新幹線は大動脈を充分に理解していれば、空港駅までの沿線に、
交通の便の悪い、サッカー場、野球場、そして、元もと近くにある、
競馬場などに県内外の観客を誘導可能になっていた! 地元にいると、
それが見えないのである。新幹線最終駅、飛行場、港、高速道路が絡まって
いるのは東京と、新潟だけ。その表日本と裏?日本が直結していることを
開通以来30年近くも気づかない政治家と地元民。で、石川が、とって変わる。
  
 〜以下は、それを過って書いた「活性化案」と、文章。 時、既に遅し?
 これでも、膨大の時間とエネルギーが入っている。何度か東京まで行ったり、
地元の社長や識者?を集め、議論をしたり、現地を見たり、レジャー感覚で
動いていたので、それなりに面白く、無駄足という後悔は一切なかった。
絶対無理と思えても、手をつけるのが政治家だが・・ それでも、無理?
一年弱でも、こんなことにエネルギーを取られるから、このザマ?*ノωノ)ゥッ
・・・・・・
2006/11/10
提案書(案)
       新潟県知事 殿へ

我々は仮称「5年〜10年後の新潟を元気にしよう会」を結成し、
別紙(会議議事録×2通)の通り協議を重ねまして、
以下のような意見を纏めましたので、提出いたします。
実現へ向けた強力なご支援を一同より、お願いいたします。
<提案>
1 (新幹線の空港へ伸延)
 数年後新幹線が富山・金沢へ分岐すると新潟はさらなる地盤低下に
 見舞われるのではないかと危惧しています。
 我々は真剣に議論し、その対策の切り札として、
 新幹線を新潟駅から新潟港・新潟空港構内まで約10KMを伸延すべき。
 という結論に到りました。
 これにより、新潟は極東アジアの表玄関=世界へ向けた情報発信都市
 としてのインフラが有機的に連結し効果を高めることが出来て、
 多用なビジネスチャンスが発生します。
 冷戦の終了により、ロシア、中国が激変し、環日本海都市としての位置づけを
 にするためにも東京駅から「新潟空港への新幹線の構内直接乗り入れ」を
 打ち出す絶好の機会です。それも新潟駅再開発事業と共同事業として
 相乗効果を最大限に生かす必要があり、この機会を逃すことはできません。
2 (低コストによる建設費を極限まで追求)
 現在の厳しい財政を考えると、従来の建設方法にとらわれないで、
 低コストで5年以内に建設する智恵を絞るべきです。
 ー北陸新幹線の進捗に遅れをとらないことが、まず求められますー
  その具体的な事例として、
 東京―横浜間の京浜臨海線計画を参考に、
 既に新潟空港至近まで敷かれている廃線を利用するとか、
 現在空港まで3分の一ほど引き込まれている新幹線引き込み線の延長を
 最大限利用するとかし、駅舎等は市民民間企業の協力を得て、
 100億円程度で(一まるまる作戦)で建設する方法を検討すべきです。
3 (より市民の意見を聞いてほしいのです)
 上空から眺めれば、新潟は信濃川阿賀野川という二つの大河に囲まれた
「山紫水明の水の都」です。
 市民と行政が力をあわせ、豊かで誇りの持てる街を作りたいものですが、
 そのために、計画の決定権を持つ行政はもっと市民やユーザーの
 生の意見を聞いてクイックレスポンスで実施して欲しいと思います。
 例えばイギリスのTCM(タウンセンターマネージメント)を導入し、
 あるいは市民の生の意見を聞く「インターネットすぐやる課」などを
 作り、日々の行政や計画に反映させてください。

 これまでの4回の議論の中で感じたことは、地元の人たちの視点の確かさ。
「新幹線の空港乗り入れは、10年いや、20年前に開通しておくべき」
 ということは、誰もが自明なことと受け止めています。
 誰も解っていながら、新潟市、いや県全体に利益になるが、
 目先の利益や票にのみに目を奪われている政治家や企業家に、
 諦めを持っていることです。 新幹線を新潟空港まで延長するのは、
一部ゼネコンの利益誘導ではありません。新潟県を真に活性化するための
 起爆になるのです。

 新幹線の延長という僅かな工事で、イメージと機能が全く変わるのです。
 新潟駅再開発事業そのものも、この延長工事で数倍の価値が上がるのです。
 新潟県は、江戸時代の天領でした。
 江戸と直接結びついた開けた明るい水の都でした。
 決して、延長工事だけを見ないで、
 上越新幹線北陸自動車道関越自動車道磐越自動車道
 新潟空港、新潟東港、新潟西港を括りあげる事業として、
 新潟発展のため即自計画を進めることを願います。
2006年11月9日
(仮称)5年後の新潟を元気にする会メンバー
� 住所・氏名
� 住所・氏名
            以上
                まとめ文責 松下文洋
・・・・・
第四回新潟県活性化の会 ー概要
            2006年8月5日
                 ー 文責 堀井八郎
7月の28日に行われた
新潟県活性化の会」の概要を、主観でマトメてみた。
 ーー
*「環日本海拠点都市宣言」をする。
 
ー冷戦終了後、中国とロシアが自由経済を取り入れ成長。 
 この十数年で、環日本海の重要度が全く変わってしまった。
 これからは環日本海の時代である。
 首都圏から新幹線2時間圏の新潟は非常に恵まれ有利な立地にある。
 それを高らかに宣言し、全エネルギーを集中すべきである。
  
 このままでは、北陸新幹線開通を機に、金沢、富山、福井
(北陸地区)が環日本海の拠点都市になる。

日本海時代の象徴として、 首都東京から新幹線の
 新潟空港への直接乗り入れを全県総力をあげて実現をする。

新潟空港までの新幹線延長工事が、
 55億?の投資で延長工事が可能かどうか? 
 それを可能にする構想案を一般募集をする。
 採用の際には、その案に対して500~1千万円の懸賞を出す。

*まず公共事業ありきではなく、
 民間が主導をとって環日本海拠点都市としての機能
 ー流通情報基地などーの充実をはかる。

*新幹線延長工事に合わせて、特区構想を、幾つか立ち上げる。
 (高層ビル特区、流通特区、チャイナ特区、朝鮮特区・・・)
 高層ビル特区は、あらかじめ土地を沿線に買っておき、
 二倍〜三倍の値段で売りぬけ、工事代金に振り向ける。
新潟駅再開発と合わせて2015年の完成を厳守すること。
 ーーーー
以上であるが、一つの目標(新潟県活性化)に向かって
知恵を出し合って議論するのも、面白いものである。
それぞれの個性が意見として出てくるのと、
「模擬・県議会小委員会」の議論のようでもある。

・・・・・・・
2006/10/06
2012, 裸の王様を、「裸!」と言った少年が私?
        (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
 去年の暮れに学生時代のゼミの後輩からの
「新潟を活性化するには、如何したらよいでしょうか?」という一本の電話
から始まった数回の「新潟県活性化の会」の効果?が、表立ってきたようだ? 
(私の一方的な解釈だが)
昨日の地元紙・新潟日報の二面のトップに、新潟商工会議所会頭の何某が
県知事に「新幹線の新潟空港への乗り入れの要望書」を手渡している写真と
記事が載っていた。「活性化の会」の議事録を県知事も見ていたようだから? 
手順もあるのだろう。 しかし、「今頃、何をノンビリしたことを!」
「2015年までに、新潟駅再開発工事に便乗して、新幹線を空港まで
開通させなければならないの!!」というのが、みた率直の実感である。
「まずは、在来線を新潟空港まで通して、その様子見をしてから」
と、馬鹿も休み休みに言いなさい!である。でも、このノンビリした
茹で蛙の地方柄から見て、大いなる進歩ともいえようが・・
 私のHPを見続けている人は解るだろうが、表面化した瞬間に私たちの
新潟県活性化の会」の存在は消されてしまうのは、娑婆経験から
当初から解っている。「裸の王様」に対して「裸だ!」と言って誰もが
認めれば、それで少年の役は終わりである。当たり前のことに誰も
声を出さなかっただけだから・・

新潟空港への新幹線の乗り入れ」は、「真っ当な人」なら誰も解っている。
その真っ当な人間が、政治家や地元の商工業者には皆無であった!!
という事実は現状からみれば解ること。 裸の王様は誰だ?そう、
目先のことしか見えない県会議員と市会議員と、地元の代議士と、
新潟財界人である。金と票にならなかったのだろうか!!??
 だから私が呼びかけた地元商工業者の人たちは、新潟空港への
新幹線乗り入れを当たり前のことと受けとめ、諸手をあげ賛同してくれた。
「政治家も、大物?商工業者も、目先のことしか見えなかった」と、
さすがに言ってはいないが、しかし・・ 環日本海時代の到来に無頓着で
あった!のは間違いのない事実である。北越新幹線の開通を目前にして、
新潟県の置かれている危機の重大さに気づいた。
 * 何ゆえに、冷静にみることが出来るのか?といえば
新潟駅前でホテル業を25年間、営業していることと、
・全国を渡り歩いていること、
・25年間にわたり長岡〜新潟間を新幹線通勤していること、
・私が地元財界からみれば「アウトサイダー」で利害関係がないこと、
・20年間以上、成田と羽田を年二回通い続け、
 飛行場と駅(特に首都)へののアクセスの重要性を実感していること、
  もあり「新幹線の飛行場駅の乗り入れ」を客観視できたこと、などである。
 25年前に、新幹線を飛行場まで通していたら、新潟は今や「環日本海都市」
として、全く違う都市になっていた!飛行場周辺にサッカー場・野球場や、
佐渡汽船の乗り場を移動するとか・・ 新潟駅周辺の商業集積の機能と
結びつき、「独特の面白い都市」になったはずである。
 何もしなくとも、それが特区になっていたのだ。
一本、新潟島への橋かトンネルの投資を新幹線に向ければ良かったのだ。
ただ大手ゼネコンの利益にならなかっただけだ。
 改めて新潟県をみると、環日本海時代に本当に恵まれた立地にある。
「あと僅かの投資で、東京駅から飛行場の登場口まで直結でき、
それが首都圏からみたら、非常に魅力があるに決まっている!」
ということが何故解らないのでしょうか ??
「地元住民にとって、本当にプラスでしょうか?」だと?
「ボケ!」と言ってしまえばお終いだが・・
「新潟経済が発展して、初めて地元住民もプラスになるの!」

・・・・・・・
今日は「新潟活性化の会」
        2006年7月28日
              ー文責 堀井八郎
これで4回目になる。
あと一回で私の役割は終了。
地域活性のデザインつくりに加わってみて、
なるほどプロセスに筋が通っているのが理解できる。
本来は代議士と市議会がすべきことだが、当事者は目が曇るのだろう。
転がっている球は自分では方向転換できないのと同じだろう。

アウトサイダーの生き方・視線が少しは役に立っているようだ。
ただ、アウトサイダーとしては、のめり込まないことだが・・

このプロセスの中で気づいたことは新潟県は危ない!本当に危ない!
日本が危ない!ということと同じだが。

金沢は富山と福井を従え、その後背に関西を控えていて、
これに関東が直結する。金沢が環日本海の玄関として拠点都市
になって至極当然である。森元首相も、まだ当分隠然たる政治力
もあるし、それに引き換え真紀ちゃん、
あまりにも・・・?ここでは、まあいいや。

手をこまねいているのか新潟よ!という感があるが・・
でも材料が無い!いや、本当に無いのだろうか?
よく目を凝らしてみたら、過去のインフラが膨大にあるじゃないか。
高速道路、
新幹線、
飛行場、
港・・・

無いのは戦略構想が無いというから・・・
頭の足りない巨人と同じである。

・絵図・絵図!!環日本海都市としてのデザイン描いて、
 知事と市長が馬鹿みたいに言い続けなくてはならないの!
 そして東港とか西港の空き地に何を持ってくるか考えるの!
・そして特区とかを造るの。東京都新潟区という隠れコンセプトを作るの!
・飛行場に乗り入れるの、それも新潟駅再開発の完成に合せて!

 これをゼロからやれ!といっているじゃないの!ホボあるんじゃないか。
 無いのはグランドデザインでしょう!

・あと数パーセントの投資で拠点都市のイメージと明確な位置づけが出来るの!
・20数年前に飛行場まで開通させておけば、新潟は変わったでしょ!
・飛行場周辺に、中国・韓国・ロシアの物流と情報基地が出来ていたでしょ!
サッカー場も、イベント場も、佐渡観光も行きやすくなったでしょ!
・北関東圏の人は北海道、九州、沖縄、韓国、中国の飛行ルートも
 新潟になっていたでしょ!
新潟競馬場も至近距離にあるので、もっとお客を呼べたでしょう!
・中国特区とか、ロシア特区もできていたかもしれない?でしょ!

新潟は東京の天領だったの!
それを生かさなくては!
北海道に向けて、飛行場の近くから船が出ているでしょ!
これだって飛行場至近に貨客船乗り場を造ってやれば?

お客、お客、お客の立場で見てみたら・・
いくらでもネタはあるじゃない?
小手先のイベントを持ってくるとか、
野球場とか、サッカー場だってどうだか?

要は新幹線なの!もう一度言う!
「かなめ」は、新幹線なの!

つれづれに

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   今日のYoutube

 昨日は、長岡駅裏の居酒屋で、二人の息子と家内の
4人の新年会。 アラフォーで、仕事が大変のようだ。
私に似ていて人間関係が不器用?
 腰痛のため、駅裏まで歩いて、帰ってくるのが、一苦労。




・・・・・・
4674, 閑話小題 ー何だろう、この現象は
2014年01月02日(木)

 * 我ながら気持ちの悪い不思議な現象と城下町小唄 
ー正月にインパクトの強い話を一つ!ー
 隣の新築工事の本体が済んで、家周りの庭と駐車場の土間工事に入っているが、
何故か長野県の業者が2~3人で作業をしている。夜はビジネスホテルにでも
泊まっているのだろう。ところが書斎に居ると、親方か上司が部下を怒っているのが
まる聞こえ。それが口を極めた罵声で、聞えている私も変になりそう。
冬空の雨と霙の中で、あの罵声を浴びせつけられながらの仕事は極限だろう! 
様々な際どい場面の経験をしてきたが、冬場での、これは酷いを超え残酷に思えた。 
 2ヶ月前に、近くのSCの上新電機でデジカメを買った時のこと、これも上司が
切れて、部下に口を極めた罵声の嵐。店内のため、声を抑えている分、言葉が鋭くなる。
近くの数人の客も驚いて聞き耳を立てていた。これでは言われた方は恨み骨髄で、
殺傷沙汰があって当然と思えるほど。  
ーとこで、最近、思わず奇妙なことに気づいた?ー
  ーその前に、私のブログ「バードウォッチ」に書いた一節のコピーから
【 最近、フト気づいたことがある。人生の節目を振返ると、心の底から怒りを
感じた相手が高い確率で、交通事故、人身事故、大病になっていること。
30~40年前の節目でも気づいたが、ある人が真剣な顔で、同じことを言って
いるのを聞いて「バカくさ!」と思い、その気づきを打ち消した。 再び、
この視線で改めて考えると「何か危ない」 私は?怒りを抑えると逆に、
相手に何かが起こる? オカルトめいたが、そう考えると、次々と、色いろな
現象が思い当たる。その思い込みが、その要素を浮かび上がらせるとしても・・ 】
▼一昨年の10月になるが、旅行に出発しようと自宅を出たところ、痴呆らしき?
80過ぎの爺さんに4~5Mの背後につかれ、罵声を200mの間、浴びせつけられた。
しかし振返ると目をそむける。で、川端で人けが無くなると、恐ろしいのか、
間隔を広げ、更に大声を張り上げているが、何を言っているか意味不明? 
数日前に旅行ケースを宅配に出すのを隣の地銀勤めの奥さんに見られ? 
その噂話を爺さんとしているタイミングに、私が玄関を出たようだ。
その地銀の借金はないが、銀行員なら蟄居の立場?で旅行など悪行そのもの?
(銀行員でなくても同じ?)しかしニャロメと続けるのがライフワーク! 
何の迷いも、引け目もないし、過去の旅行は全て同じような条件下。
それでも行くから価値がある。その後、痴呆老人が、パンクの修理先の
自転車屋の主?と思い当たった。とすると以前から狙われていた?
リピーター客を狙うとは言語道断。当人は落人狩り地侍の心持ち?
私が両手に鞄を持って大丈夫と思ってか、自分の激怒に酔っている風。
パンク修理の間の世間ネタの材料の仕入れ?の世間様レベル現象が全世界の人? 
色分けで戦中派の「C」さん で、旅行の見送り?として盛大な旗振り役? 
旅行先から帰って交番に届けたが「罵声では犯罪にならない」という。
その半年後の昨年春先、パンク修理のため、本人確認も含めて店に行った
ところ、本人は動転。「雪道で転んで腕を骨折して修理は無理!」という。
 おあとは、次回のお楽しみ・・ それにしても、こういう手合いの話題
なら山ほどある私は何? ハ? (σ・Д・)お前バカ!
                  暇暇 娑婆娑婆 ーつづく
・・・・・・
4309, 読書界の創造とネット世界
2013年01月02日(水)
   * 活字人間の形成  「グーテンベルクの銀河系」マクルハーン著
  -この著書を、レビューの書き込みなどをベースにして要約してみるー
≪ 現在、現実世界とは別にネット社会が形成されている。ネットの普及と
スマートフォンの出現が、これを更に推し進めている。ところで、中世の
三大発明(印刷、羅針盤、火薬)の一つの活字を用いた印刷が、それまで
思いもよらない新環境をもたらした。「声から文字へ」は人間の意識に
とって大きな革命である。ルター、カルヴァンによる宗教改革
彼らが掲げたプロテスタントの教義「聖書のみ sola scriptura」を下支え
するのが活版印刷。 堕落した権威の手から聖書を、あるいはイエスを解放
するこの運動とて、マインツ発の偉大なる技術革命なくしては、そもそも
成り立ちえなかった。グーテンベルクが刷り上げた最初のテキストは聖書。
それから一般の知識を伝えるメディアとして「読書界」を創造されていった。 
マクルーハンによれば、アルファベットの発明と印刷技術の発明によって、
西欧社会は「視覚」だけを異常に強調する文化をつくり出した。
固定された視点が捉える均質的な視覚情報─つまり印刷されたアルファベット─ 
のなかにあらゆる対象を写し取ることで、西欧人はある意味で非常に歪曲された
世界像、宇宙像を手に入れた。これをマクルーハンは「グーテンベルクの銀河系
と呼ぶ。 西欧社会に現れた「グーテンベルクの銀河系」は、世界についての
認識を単一の感覚に還元してしまい、単純な記号の直線的配列によって
すべてを表現しようとする。また、印刷されたアルファベットはそれ自体が
意味を持つのではなく、あくまでも「意味されるもの」の代理(=表象)
でしかない。無文字社会の口語文化にあっては、言葉はそれ自体が豊かな
「意味」をまとったものとして人々の心に響いていたのだが、文字社会に
おいては「意味」は形而上学的な世界へと追いやられてしまうことに
なったのである。 この「グーテンベルクの銀河系」は、西欧社会の
「知」に推論の厳密さを保証する一方で、分析的理性に偏重した視野の
狭さをももたらした。印刷技術の誕生は、単純な進歩ではなかったのである。
「どれかひとつの感覚が切り離されると他の感覚どうしの比率が必然的に
狂って自己感覚が失われてしまう」のであり、「五感どうしを切り離して
しまう新技術には当然催眠効果があった」のである。
 それに対し、現代のラジオやテレビといった電波メディアは、
「聴覚」を復活させ、「視覚の極端な優位」から「五感の調和」へと
人々を連れ戻す。 調和のとれた五感による世界認識のほうが、カトリック
マクルーハンにとっては、神が創造した世界をリアルに捉えられると
いうことのようだ。そのかわり、この五感調和的で総合的なリアリティは、
単線的な論理の筋道によって表現できるものではない。世界は「場」の
ようなイメージで捉えられるべきであって、マクルーハンはその「場」
らしきものを、本書の活字空間のなかに描出してみせたのである。
「メディアはメッセージである」という有名なテーゼに代表されるように、
メディアの「形式」が人々の精神文化にいかに強い影響を及ぼすか、と
いうのがマクルーハン理論の最大の要点だとされている。だが、訳者も
いうように、五感の調和によるリアルな世界認識を復興させよ!
というのが本書の核心的なメッセージではないか。≫
▼ 口語文化から、活字文化へ。そして今は「映像文化」へ、移り、
今度はネット文化が出来つつある。口授から、書物へ。そして現在は、
電子映像、電子書籍文化に移動しようとしている。それが現在、ネットで
世界中を行き交う情報革命として、我われの存在意義を変えようとしている。 
この数年来、手の平にのるスマートフォンタブレットPCが急速に
普及している。文字に映像や写真が添付された情報が直接、ネットで
個々の間に行き交う文化が生じてきた。これが時代を根こそぎ変えている。
また電子書籍たるものが、読書界を大きく変えている。グーテンベルク
銀河系が、ジョブスの銀河系に移行始めた。 その行き着くところは、
未だ誰も知らない。
・・・・・・・
3934, 新年にあたり ー2
2012年01月02日(月)
 * つれづれに
 スーパーイヤーになる今年、どうしても暗くなりがちになる。
2008年9月のリーマン・ショック以来、一年ごとに世界は大きく
変化をしてきた。去年も想像を絶する大事件が相次いだが、今年は、
それを遥かに上回る可能性がある。可能性として考えられるのが、
・欧州発の世界恐慌 ー世界的株式と国債の暴落、食料品の暴騰・・・
・イランによるホルムス海峡の閉鎖と、閉鎖した海軍と軍事基地
への英米軍の攻撃、イスラエル軍のイランの核施設攻撃等
・中国による支那海など周辺諸国に対する侵略
北朝鮮の政治的混迷・・
・日本の株式と国債の暴落と、円安など、多くのマイナス要素が山積である。
中国、ロシア、フランス、韓国などのトップの選挙がある。そのため
現体制は人気とりの戦争をやりたがるのは、世のならい。その意味でも
今年は非常に危ない年。恐慌と戦争は、相互に影響をするため二重の
危険性がある。 一兆円の70倍が7京。その不良債権が世界各国に
眠っている。それらを何時までもほうっておく訳にいかない。 
日本国民の生活も、今後10年で厳しい状況に追いやられる。
それでも日本人は、それに適応するしぶとさがあると信じる。 
アメリカに依存してきた日本が、どこまで独立できるかだが、見通しは
よくない。スーパーイヤーの断面をジックリと見ることになる。
ところで次の大地震、どこの国で発生するのだろうか? 
 ・・・・・・
2011年01月02日(日)
「語りえぬものからの問いかけ」ー東大駒場〔哲学・宗教・芸術〕連続講座ー
《「言い表せないもの」の詩学-チュッチェフ『沈黙』の逆説ー沼野充義》の沈黙」
  * 究極の逆説
 ー まずは、沈黙せよと言いながら、沈黙を破り、この文章を書いている
  矛盾そのものが、以下に書かれている ー
【 ーそもそも「沈黙」をめぐる詩が存在するということ自体、なんだか妙な
 ことではないか、ということなのです。「何を言っても他人には理解されない、
 何かを口に出したら嘘になるのだから、沈黙せよ!」と主張している詩人が
 みずからその主張に従ったら、詩は書かれなかったはずではないか。
 そもそも「沈黙せよ」という主張を言葉によって行なおうとすることのうちに、
 矛盾がひそんでいます。厳密に論理的に考えると、これは「クレタ人はうそ
 つきである、とあるクレタ人が言った」という、あの有名なエピメニデスの
 パラドックスにも似た状況でしょう。もっとも、私は哲学にも論理学にも
 まったく疎いのですが、言語芸術を多少なりとも扱う立場からあえて理屈を
 つけると、その「矛盾」とはこんなふうに説明できるのではないでしょうか。 
 つまり、
  ;言語とはそもそも「何かを言い表す」ために人間が獲得した道具である、
  ;しかし、その言語をもってしても「言い表すことができないもの」が
   この世界には存在する……。いや、ここまでならば、特に妙ではありません。 
  どんな道具にも、どんな技術にも限界がある、それだけのこと。しかし、
  その先に、もう一つ、
  ;その「言い表すことができないもの」について、それでもわれわれは
  何かを言い表している、なぜなら少なくともそれが「言い表せない」
  ということをわれわれは言っているのだから、という段階が付け加わると、
  やはりこれはなんだか妙な事態、ここにはどうも解きほどきがたい厄介な
  問題が含まれているのかも知れない、という気になってきます。
  無意味な屁理屈のように聞こえるかも知れませんが、ある意味ではこの
  厄介さこそが言語による表現の本質ではないでしょうか。
  言語によって何かを表現しようとするものは必ず、その表現の限界に
  行き当たります。「言いたいことが自由に言えるから、
  それがそのまま作品になった」とのんきに言っていられる文学者は、
  じつはまだその限界に突き当たっていないだけでしょう。
  真の創造のプロセスは、むしろその先にあります。「言い表せない」
  ものに向き合ったとき、それでもなおかつそれをどうやって言い表す
  ことができるのか、この観点からすれば、文学的表現だけでなく日常
  言語でも常に使われる直喩や隠喩、換喩といった比喩的表現の数々も、
  「言い表せないもの」をなんとかして言い表そうとする人類の古くから
  の努力の結晶ではないか、とさえ思えてきます。本来、比喩とはあるものを、
  それ本来の名前で呼ばずに別のものの名前を持ってくる、という手法です。
  どうしてものや現象をそれ本来の名前で呼ぶことができないのか、それは
  究極的に、言語が不完全なものだからです。 ー 】
  ==
  沈黙するしかない弱者にとって、「語りえない」はありがたいことなのか、
  それとも、この言葉に反発を持つのか?どうであろう。言い尽くせなくとも、
  限界の範囲の言葉で残しておく必要性はある。 チュッチェフの詩
  「沈黙」は素晴らしい!
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3194, 句読点とは妖精のようなもの! ー1
 2010年01月02日(土)
毎日、文章を書き続けていると、文章作法で色いろの問題にぶつかる。
といって、誰も教えてくれない。小説(の書き方)などには、作法の習得は、
多くの本を読んでの我流という。「文章の書き方」とか、「小説の書き方」とか
いう講座もあり、経験則を教えているようだが、突きつめると独学しかないようだ。 
とにかく量をこなすしかない。まずはテーマと構想をたて、とにかく書いていく。
そして起承転結の体裁を整えて、その後に、添削するしかない。 
そのプロセスで更に考えるのである。そこで一番の問題は、「 、」と「。」
である。 後者は、とにかく三段論法で「。」で締めればよい。
しかし、「、」となると、難しい。 何かの本で、「ね」と入れて、
ゴロが合えばよいとあった。「片耳の話」秋山駿著、の中に【句読点とは
妖精のようなもの】という小項目があった。
ここで「泰西の画家が、裸婦のオヘソを、しかるべき位置に遅疑なく描く
には、30年かかったというが、句読点の置き方にも、それに比される
ところがある。」と、あった。句読点の打ち方に何か法則があるか調べたが、
それは、本人の息のつき方と同じで、決まりないという。 それが読むもの
にとって、奇異であれば問題である、等で、エイヤッと、これまで書いてきた。 
量をこなしているうちに、自然と収まるようになってきた。 裸婦のヘソの
位置と同じで「量を書くしかない」ということ。 この文章でも、句読点の
位置には違和感がないはず?。この随想日記を書き始める前の文章の句読点
は、ところどころ変なところで、うってある。秋山駿は、そこで「句読点は、
文章の流れの裡に内在し、言葉の連続の間に出没する、何か妖精のようなものだ。
自分勝手にならないし、私の要請を聞かない。あちらが戯れに出現したり
消えたりするーその音調に耳を澄ますしかない。」いうが、なるほど納得する。 
句読点とは、そういうものか。毎日、句読点と闘っているからこそ、
その辺は納得できるのである。    -つづく