つれづれに

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 今日のシネマは『メリーポピンス』の予定。 何時も、
 ハリウッドのドンパチもので、たまには軽いものも…

 





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5449,閑話小題 ~木鶏クラブにて -?
2016年02月15日(月)
   * これが老いの悲しみということですか?
 最近、何かがおかしい。一昨日、新潟の「木鶏クラブ」の新年会に出席。
・まず出発時に、金券ショップで買っておいた新潟~長岡間のS切符を忘れて、
 駅から引き返して一時間後の新幹線に乗る。
・次は、途中参加もあったが、会費を払うのを忘れていて、家内に、
 『会費は幾らだった? それも酔払って払ってきたの?』と言われ、
 払ってなかったことに気づいた。
・更に、新潟駅の最終の出発時刻を間違えメモをし乗り遅れ、23時過ぎ
 の普通列車に71分も揺られ、着いたのが0時半。
一週間単位の日程以外の何かがあると、忘れ物や、思い込みなどで逸脱して
しまう。 残念だが普段は自覚できない老いによる緩みがさせる業。
久々の会でも、ハイになり、馬鹿のことを言ったり、したりしていたのだろう。
それにしても酷い。ここで書いている内容も、ずれたことを書いている可能性
がある。一度、言葉にして書出してしまうと、消すことが出来ないため、
アップする直前に精査をしているが、完成に全エネルギーを使い果たし、
もたらす影響の配慮まで十分かける余裕がないことも確か。とはいえ、
何年後の私の目線とビュアーに納得させるためは、ある程度は際どくして
おかないとの気持ちもある。御隠居の気楽さは良いが、底知れぬ生老病死
問題が段々、深刻になっていくようだ。他人様は見えても、自分は見えず。
 この会で、「今年の抱負は?」というテーマで、数分スピーチがあった。
本来は新年に考えておかなければならない重要なテーマ。そこで、順がくる
まで考えた。で、出てきたのは、『もっともっと楽しむ!』である。
 昨日書いた誰か?のように、頭を空にし、『さて、今日は何を楽しむか?』
と、無心に生きればよいが・・ 探せば、面白いことは幾らでもある。
問題は、その選択能力。人は生きてきたように生きるしかない!
 去年も書いたが、ここに、新大医学部二年生が参加している。
平均60数歳中で、良くぞと感心する。当人の一年終了後の一年間の休学は、
理想的に思える。これは長くなるので次回のテーマにする。
 ところで、当初からの会員の一人に、『ブログから、楽しくて仕方がない
気持ちが、あふれ出ている』と、言われた。 それで、今年の抱負に、
『もっと楽しく!』と言ったが、『楽しく生きる一日一話』が、偶然あった。
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4353, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー5
2013年02月15日(金)         
 * 「人プラス物」で書こう!    
       「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
≪ 描写力の持つ伝える力やイメージを喚起する力を、さらに高める手立てとし、
「人プラス物」で書くのがあります。具体的描写の大切さは既に説明しましたが、
その描写の中に人と物をうまく取り入れるだけで、その場面はさらにくっきりと
浮かび上がります。物は広く考えてください。事物ととらえていただいても
けっこうです。より伝わる文章表現は「人プラス物」です。 
 ・・ こんな川柳があります。
  歯ブラシはそっと寄り添うケンカ後も夫に先立たれた奥さんは
 こんな句を詠んでいます。
   夫逝きなかなか減らぬ歯磨き粉
 ぼくは津村節子さんの短編『遍路みち』のこんな場面を思い浮かべました。
洗面所のコップの中の二本の歯ブラシを見ると、一本も虫歯のないことを自慢
していたことを思い出した。夫の母親が、おまえは口もとがいいね、と言って
いたという話をからかいながらロにすると、かれはふざけてロ角を少し上げて
笑ってみせた。育子はその笑顔を思い出して鳴咽した。「夫」は四年前に
亡くなった吉村昭さん、「育子」は著者自身でしょう。身近な人の死は新たな
形を持ってやってくると言いますが、それは物と一緒の場合がけっこう多い。  
 こんな川柳もあります。
   亡夫の靴へふと足入れてみたくなり
靴底に足を入れていく感覚から悲しみの深さが伝わってきます。
「人プラス物」は伝える力をいかんなく発揮する。その靴ですが、奥さんをガン
で亡くされた国立がんセンター名誉総長である垣添忠生は著書『妻を看取る日』
の中で、ありし日の一日をこんなふうに描いています。
【病室では妻に少しでも明るい気分で過ごしてもらおうと気を張っていたが、
病院から一歩外に出た途端、動き続けている世界に一人でいることになるのだ
という言いきれない孤独感に襲われた。師走を迎え、買い物客でにぎわう銀座
通りを一人歩く。まわりの人はみな幸福そうに見えた。私のように、心の中に
嵐が渦巻いている人もいるというのに……。雑踏の中に身を置くと、自分の
まわりにだけ冷たい風がまとわりついているような気がした。そんなとき、
よく立ち寄った病院近くにある帝国ホテルだ。その地下に靴磨コーナーがある。
そのベテランの職人さんの仕事ぷりを見ながら、たわいのない会話を交わす
と心が和んだ。靴革は見違えるようなツヤを取り戻した。】
▼ 文章に、その時々の物を意識し持ち込むと心の状況が鮮明に浮かび上がって
くる事例である。納得である。金沢のどん底時代の気持ちを表現するに、
「私の供は学生時代から使用していた布団と、20冊ほどの愛読書と、木製の
組立本棚と、机と蛍光灯だけ。二人部屋の同室の男は二つ年下の同窓の大学の男
だが、何か軽く生活観がない。 同期生は12名。」と表現すれば当時の状況が
現れ出てくる。ただ、「気持ちはどん底」の一言より、文章に幅が出る。
物と状況の描写は、それだけ重要になる。12年も書き続けてきて、この程度の
ことすら知らなかったが、量を書いてきたからこそ気づくこと。毎日が気づきと
驚きの日々である。すべからく人は無知で涙を流す。   ~つづく


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3248,  閑話小題 
2010年02月15日(月)

  * 力量と品格
朝青龍の引退について、少し前になるがNHKで特別番組を組んでいた。その中で「強さが抜群だが、
品格に問題だが、その品格というのが、いま一つ分からない」と、解説の元横綱北の富士が話していた。
国家の品格」という本もあり、それについて書いたことがある。 「知識とか経験の裏づけから滲み出る
人間性」と、私は理解している。 その番組で、北の富士氏は「一般にいう常識を守ること」と述べていた。 
一般でいう常識とやらも何だか分からないが、知識の裏づけのない常識ほど己を抹殺してしまうものはない。
大相撲は品があっても、強くなければ誰も認めない。 強い上に、神秘的な綺麗なオーラみたいなのが出て
いるイメージを品格というのだろうか。 相撲は、神事に後に余興で力比べをしたことから始った。 
儀式の一つだから、歌舞伎みたいな神秘を保っていなければならない。それも、その最高の位にいる
横綱は神秘的イメージも必要というのも理屈である。

  * その人物を知るには
その人物を知ろうとしたら、
・子供時代に、どんな環境に居たか ー家族構成と自分の立ち位置(長男、次男・・・・)
・学生時代など、青春時代に何を求めていたのか? 更に人生に何を求めたか、
・何を恐れ、何に笑い、何に怒り、何を喜び、何を悲しんだのか、
・何の仕事をしてきたか、
・仕事以外のときに何をしているのか、
・誰を愛してきたか、
・それぞれの時代の友人は、どんな人だったか、  
・奥さんが、どういう人か、子供がどのような人物に育っているか、
・本棚には、どの本が並んでいるか、
  人生を振り返れば自分の外枠が見えてくる。
 
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2873, 成長モデルから 脱成長モデルへ  -1
2009年02月15日(日)
 「もはや成長という幻想を捨てよう」ー佐伯啓思  
 中央公論 08年12月号が、なかなか説得力のある内容であった。   
  ーまずは、そのいくつかを抜粋してみる。                    
「今回の経済危機の原因は長期的に見ると、20世紀を通じて続けてきたアメリカ型資本主義による
経済発展の行き詰まりである。 資本主義の本質は、物的生産力を無限に拡張していくことにある。
だが先進国では70~80年代に社会が成熟段階に達してしまい、人々がさほどモノを欲しがらなくなった。
その結果、製造業に投資しても大きな利潤が出ないので、余ったカネを金融市場に集めてバブルを常に起こす
ことで、経済発展をしてきた。人々が高いお金を払ってまでも手に入れたいと思う『モノ』がもはや亡くなり
つつある、ということであろう。だからそ、製造業は、過酷なまでの価格競争によって、価格を下げるほか
無いのである。・・・
今日、『経済活動の過剰』という問題に真っ正面から取り組むべきではなかろうか。確かに、今日、資源は
ますます希少となり、食糧も希少化しつつある。食糧の奪い合いが始まろうとしているし、アメリカ人は
借金をしてまで貪欲にモノを買い続けている。人間の欲望は無限であり、モノは有限である。」
  ーー
グローバル化の第2の波である帝国主義の真相を、英国の経済学者でえあるボブソンは恒久的な消費の
低下にあると見ていた。・・・ケインズこそ、現代資本主義の最大の問題を消費の低迷に見ていたのである。 
かくも豊かな社会が到来すれば、人々はもはやその関心を『モノ』には向けなくなるであろう。その結果、
消費は低迷し、それが資本主義の長期的停滞をもたらすだろう、というのがケインズの予想であった。
『豊かさの中の停滞』である。豊かさのまっただ中でこそ、資本主義は深刻な問題を生み出す、という。」
  ーー
「『貧困への恐怖』と『豊さへの渇望』がもはや経済活力の源とならない。・・・もしそうだとすれば、
規制緩和や市場競争促進政策は、いっそうの生産能力過剰をもたらすだけのことであり、それに伴う有効な
需要の伸長がないとすれば、よほど無理なコスト競争、価格競争をしなければ企業は存続できないであろう。
これは経済活動にあまりに過度な負担を強いることになる。この負担は、まさに、ワーキングプア
フリーター、派遣労働、所得格差、労働強化、産業空洞化、地方の疲弊という形で表れているのである。
(中略)今日、われわれは、消費者としてはできるだけ安いものを買おうとしている。投資家としては株で
利益を得たいと思っている。しかし、そのことがまさに、市場競争を激化させ、組織的な労働を解体し、
結果として、労働者としての『われわれ』は大変な目にあっているのである。」
 ~~~
解)この考え方を、もし日本だけで当てはめたら国家そのものが破滅してしまう。何故なら、それを狙った
他国が逆の方針をするからだ。日本が「ゆとり教育」で、その世代の骨抜きが進行している間に、中国が
一子政策を採り両親のエネルギーを一人の子供に集中したのである。だから現在の日本の衰退が深刻。 
しかし、世界がブロック化をして、その中で互いに規制することは可能だろう。 
日本の衰退を、「成長モデルから衰退モデルへ」と衰退を脱生長と言い換え、気がついたら国家破滅!の
危機になる。人口縮小に合わせて経済規模を均衡縮小を割り切ってする政策にすることは、間違ってはない。
                     つづく
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2008年02月15日(金)
2508, 世界をだました男
 「世界をだました男」 (新潮文庫)    ー読書日記
             フランク アバネイル (著), スタン レディング (著),
以前にビデオレンタルで借りてみたが、あまり印象に残っていない。先日たまたま図書館で借りてきた後に、
アマゾンの中古本を買って読んだが、なるほど面白い!殆どが実話というが、さかりのついた男の
あの手この手の必死さが面白い。色いろな示唆のある内容で満ちている。
この内容の概略をまとめるだけの価値はある。生粋の詐欺師の話として割り切って読むと面白い。
政治家は、この手の詐欺師まがいが多いのは見ているとわかる!
ーー
6歳から21歳までアメリカやヨーロッパで詐欺を繰り返して二百五十万ドルを荒稼ぎだした。
連邦刑務所で服役後、数々の職業を経て、その手法を逆手にとって詐欺対策コンサルタントに。
 (以下字数の関係でカット 09年02月15日)
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2007年02月15日(木)
2144, 「狂い」のすすめ -1 
       (~Q~;)  おはよう~~ファ~  サム!
 閑吟抄の中の、「ちろリ ちろり ちんちろり ・・・・一期は夢 ただ狂え」
 を切り口に、世間に縛られないで 自由に生きなさい!と論じている。
 まさに何時も、ここで書いていることである。私にとって、今ひとつ物足りないところがあるが、
 団塊の世代のマニュアル人間が定年を迎えようとしている現在、丁度良い内容である。人生に意味など無い、
 生まれ、飯を喰って、くそをして、死ぬだけだ。 あるのは「いま ここ」だけ! 
   ーまずは、その概要からー                    ー読書日記
                   著者:ひろさちや :集英社
 世間や常識の奴隷になるよりも「ただ狂え」。狂者の自覚を持つことで見えてくることとは…。
 人生に意味を求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、自分を楽しく生きようと呼びかける。
   ー表紙裏の内容紹介ー
 今の世の中、狂っていると思うことはありませんか。世間の常識を信用したばかりに悔しい思いをすること
もあるでしょう。そうです、今は社会のほうがちょっとおかしいのです。当代きっての仏教思想家である
著者は、だからこそ「ただ狂え」、狂者の自覚をもって生きなさい、と言います。そうすれば、かえって
まともになれるからです。人生に意味を求めず、現在の自分をしっかりと肯定し、自分を楽しく生きましょう。
 「狂い」と「遊び」、今を生きていくうえで必要な術はここにあるのです。
-面白そうな所を何箇所か抜粋してみた-
*『人生に意味なんてありません。「生き甲斐」なんてペテンです。』
*「日本人は人生を知りません。人間らしく生きることができず、エコノミック・アニマル、
  すなわち畜生の生き方をしています。日本人は狂っているのです。」
*「上等の靴を履いてぶくぶく太った日本の子どもと、裸足でやせたインドの子どもと、どっちがまとも
 何でしょうか!?そしてどちらが幸せでしょうか! わたしたちの『常識』『物差し』は狂っていませんか?」
*「ともあれ、遊牧民族は、敵と味方をはっきり分けて考えることができます。 だから楽なんです。ところが
  われわれ農耕民族の末裔である日本人は、敵か味方かわからない世間を相手にせねばなりません。それが
  しんどいのです。」
*「浄土経典である『大無量寿経』においては、《人、世間の愛欲の中に在りて、独り生れ、
 独り死し、独り去り、独り来る》
  と言われています。 この「独生・独死・独去・独来」が人間の本質なんです。」
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2005年02月15日(火)
 1414, スローフード
欧州でまず驚くのはスローフードスローライフの生活パターンである。
最近、日本でもスローライフスローフードが流行りだした。
アメリカ発の便利・効率を優先するファーストフードに対して、スローフードを見直す運動である。
イタリアのブラという街で生まれた運動で、日本スローフード協会によると、次の三つを指標にかかげている。
1、消えてゆく恐れのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、ワインなどの酒を守る。
2、質のよい素材を提供する小生産者を守る。
3、子供達を含め、消費者に味の教育を進める。
アメリカのコンビニエンスという考え方が、食べることにも及んで、画一化が進みすぎて、ものごとを
「味わう」ことが少なくなってしまっている。その反省に立って、食事そのものを見直す運動である。
(以下字数の関係でカット 2010年02月15日)
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2004年02月15日(日)
 1047、「22歳の日記」の終わりに
今日で学生時代の日記が終わっていた。何時から何時までという日付の無いフリーの日記帳なのだが、
丁度よいタイミングで最後のページで、最終日の今日だけレポート用紙が貼り付けてあった。
いま一冊の日記帳にあと半年位は書いていたと思うが、ハッキリした記憶が無い。この日記を書き移していて
「恵まれていた環境にいた」とつくづく思う。「寮生活に、一ヶ月の欧州旅行、ゼミ、クラブ、教授、両親、
友人」と多彩な環境が重なっていたことに驚いた。そこには地方出身の、土がタップリついた、純朴な姿が
そのままあった。この時期に培ったものが一生ついてまわることを、振り返って実感する。それと真面目な
姿も、今も昔も一緒である?
大学の専門分野の授業が結構面白かったことと、全く知らない分野を、色いろ知ったのが最大の収穫。
また知識や情報や人脈の重要さを実感をした。知的好奇心がこの時期にやっと芽生えたのだから、かなり
遅咲きであった。大学の知識などは、実社会に出てからの経験や読書などの蓄積からみたら、微々でしかない。
「大学を出てないから駄目だ」という自分の思い込みという石をつくらないで済んだのも収穫であった。
当時の学生時代の背景が、昭和40年代前半だったというのも恵まれていた。
特別恵まれていたのではなく求めるものがあったから、見返りに対象が反応した部分もあった。 
この時代のポップスは黄金時代といわれている。高度成長期の波に乗って、素晴らしい歌が次々出ていた。
恵まれた時代にあたった世代は、最後の最後まで恵まれるようだ。年金も、丁度よいようになっている。
同世代の人をみていると仕事などでハッピーエンドの人が多い。学生時代に真面目に過ごした人は、その後の
人生で順調のようだ。マージャンや女性狂いをしていた人は、あまり恵まれた人生ではない。知識や生活の
基盤をつくっていなかったためだ。その一人が自分でもあるが。寮にクラブにアルバイトに酒にと、全て中途
半端であった。しかし、それに気づいて産能大に入りなおして基盤直しをした?が、それでも取り返しが
つかなかった。それほど甘いものではない。基盤はそう簡単には造り替える事はできない。この日記から、
温みを感じ取れるのも確かである。私の人生を振り返って「恵まれていた、ついていた、面白かった、
ありがとう」がキーワードにある。この日記を見る限り学生時代も全く同じである。この日記を、つまらない
という人と、リアルで面白いという人が二分していたようだが、少なくとも私にとっては、リアルで面白い
内容であった。自分の地偕の、あるフロアーに迷い込んだようなものだからだ。
この日記の最後にも感想を書いてある。 もう、こんな赤裸々な日記は書けない!
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2003年02月15日(土)
まれに見るバカ  -読書日記 -2
ー印象的なところを抜粋するとー
人はバカに生まれるのでない。バカになるのである。
親子という縦の系列によってバカになり、友人・社会という横のつながりによってもバカになる。・・・
なぜ容易くバカになるのか。理由ははっきりしている。人間は楽な事を選ぶ生き物だからだ。
できることなら責任なんか負いたくない。他人の心配などまっぴらである。
難しいことより易しいこと、苦しいことより楽しいこと。不自由より自由。貧乏より裕福。
まどろこしい事よりすぐ成果が見えること、に流される。努力するのも金輪際イヤである。 
これらの諸条件を満たすのは必然的にバカになる。自分中心主義で、物知らずに、自分の頭で考える
ことができない。考える努力もしない。だから人に頼りたくなり人の責任にしたくなる。このようにして
人はいとも簡単にバカを志向する。だから親がバカだと子供はつらい。「バカ」を刷り込まれるからだ。
バカになるのに訓練や努力はまったく必要でない。欲望と感情だけがあればよい。
そしてどんな人間でも欲望と感情だけはもっているのである。・・・
もしバカになったら、それはどこまでも自分の責任である。責任がなくとも自分で負わなくてはならない。
  ・・・・
バカがひとりで死ぬまで山の中で生きているのならどんな罪もない。
しかしそのときは「バカ」であることじたいが無意味であろう。
ひとりだけならバカも賢いもないのである。 バカの罪状以下のごとし。
ーつづく
・・・・・・・・・
2002年02月15日(金)
 331、自分を愛すること
我々は「自分を愛することを罪悪」と知らないうちに,教え込まれてこなかったか。
人間のいや生物の「遺伝子にはエゴイズムが書きこめれている」という。
まず自分のエゴイズムをハッキリと認めよう。そしてそのコントロールをすべきだ。
自己への愛が自己陶酔やエゴイズムと混同され、否定されている。
私たちの大部分が、実は愛を経験していなかったのではないか?経験してきたのは、実は[報酬]であった。
どこかの「チンドンヤ」のように第三者の容認を目指しているのを、本当の愛といえるだろうか?
三者の影を探し続けている「子狐」的偽愛・偏愛を愛と勘違いしていた。まず自分自身を愛し、魂を育てる
ことが「愛」の第一歩である。その前に人を愛そうとしたり、人に愛されることを求める。それはオカシイと
考えもしない、世界の大部分がそういう人で満ちている。別にエゴイズムを勧めているのではない。他人に
対する愛の希求を、まず自分に向けよ! 自分の魂に慈愛を与えよ!である。自分のやりたい事を見つけやる
ことが魂に慈愛を与えることになる。それを第三者に求めることを「愛」と勘違いしている。真にやりたい
ことを第三者に求めてないか? 第三者にそれがある訳が無いことを解ってない。新約聖書に「汝を愛する
ように、隣人を愛せ」という最も象徴的な真理がある。汝を愛せない人間が隣人を愛することができるだろうか。
聖書もまず隣人を愛せとか、自分への愛を否定はしていない。宗教的な文章になってきた。
それを知っている人間は他人のそれも解る。自己欺瞞が世界に満ちている。解ってない人間が奇麗事を言う。
他人のアラを探す、無能だからそれしかないのだ。こういう一生を「無能松の一生」という。
私の知人に典型的な奴がいる。もっとも、悲しいことに一番に自分に似ている!
・・・・・・・
 2月15日 1969年
昨夜のことで、本当に自分が嫌になる。いい加減な自分に嫌悪感を感じる。
あとは、思い残すことなく社会に出よう。学生時代は終わったのだ。
ーこれからの予定として
2月17日に先生のところに最後の挨拶  2月19日にゼミの工場見学11時~18時
その後、2日間長岡に帰る。2月26日にジャスコ入社式のため四日市に出発
3月2日まで、入社前教育
 ーーーー
 以上で半年続いた日記が終わっている。その続きを書いていたかどうかは記憶がない。書いていたか
どうかは五分五分である。この一年後、カード型の分類日記を一年間書いた記憶がある。その一年後、全てを
捨ててしまった。本当は捨てなければよかった。この日記よりもっと激しいことが書いたあったようだ。
それだけ、その後の一年は激しい一年であった。心身ともボロボロになっていた。大學を出て、十数年は
誰もがそうだろうが、一生分の問題を吐き出し解決してきた。三十代半ばからは楽だったのは、それまで
精一杯生きたからだ。それにしても、凄い?20代~30代を過ごしてきたものだ。他の人のことは解らない
が、私は限界ギリギリだった。読んでいて気づいていると思うが、やはり背景は恵まれていたのだ。
時代に、両親に、そして先生に、友人に。月並みの言い方になるが「ありがとうございます」という言葉の
重みをつくづく感じる。今も、当時も一番足りない気持である。「ありがとう」という言葉は、言い尽きない
のが人生と振り返って実感する。この時代の人達に「ありがとうございます」と手を合わせて、この青春
日記を終了する。 少なくとも書き写している間は当時にタイムスリップをしていた。
毎日続いた一時のタイムスリップも、今日で終わってしまった!あまり過去に住むのは良くない。
今年の9月からの同月同日の日記として、再び貼り付けるかどうかは、その時考えるが「もう見たくはない」
のが現在の気持ちだ。半年も経てば気持ちが変わる可能性があるが。当時のこの男の頭をなぜてやりたい。
そして「35年前よ、さようなら!」と、腕がちぎれるほど何時までも手を振りたい気持ちである。
 当時と同じように少し感傷的になってしまった!
「あたらしき 明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に うそは無けれど~  啄木」
この日記帳の表紙にデザインとして書いてあった詩である。
日記帳の下欄には、啄木の詩や日記や書簡集が印刷をしてあった。しかし詩心は芽生えなかった!
  ーーー 
 明日からは、換わりに、次のシリーズとして、 このホームページの「お笑いのコーナー」の、
 ジョークと小話を貼り付ける。 少し品のないところもあるが! 100話以上ある。
 5月まで続く予定である。