つれづれに

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 昨日は、家内がイオンのSJで留守のため、寝室に閉じこもって
録り溜の映画とドラマをみたが、どれもこれも面白い。
アメリカ映画は、映画の背景にキリスト教的な倫理が入っている。
そのため、どこか疾しい気持ちが湧き上がる。
それにしても、過激なのが多い。




・・・・・・
・・・・・・

3872, 一人旅
2011年11月01日(火)

  一人旅を過去に何度かしたことがある。北海道と九州に、それぞれ10日間ほどと、大学を出て四日市
勤務をしたときに、紀州の尾鷲に一泊したこともあった。 金沢で修行していた時には、観光バスの日帰り
コースで能登半島に行ってきた。23歳から26歳の4年間、精神的な体力が出来たころである。
一人旅には、それに似合った時節がある。27歳で結婚し、事業の立ち上げを始める直前。振りかえってみると、
その時節しかタイミングがなかったのである。 一人旅をすべき時節に、すべき事をしていたことになる。
 一人旅は思い立ったら、駅の旅行センターで、「一週間ほど北海道の一人旅をしたい」といえば、窓口の
担当者が、そのルートを一緒に組んでくれ、列車と宿の手配をしてくれる。そして、そのルートに従えばよい。
一度、列車に踏み込めば、不安とか、孤独感はなくなる。 若さもあり、一人旅そのものに酔っている部分
もあった。 当時の記憶が少ないのは、目先が変化変化の連続で、刺激の強い日々だったからである。 
現在、一人旅というと、面倒という思いが先にたつ。 しかし今から思うと北海道も、九州も思いで深い。
人生を振り返ると、それぞれの時節の思い出があるが、特に旅行の思い出は大きい。
北海道は、青森から青函連絡船に乗り、函館、札幌、釧路、網走、旭川、函館と周遊した。北海道の旅も、
一歩踏み出すと気ままだった。 結婚してから10年間は家内と国内旅行ガ中心だった。事業と家庭中心で、
海外旅行に切り替えたのは15年経ってから。卒業記念に海外への一人旅が流行りだしたのは、私が卒業を
して数年してから。しかし当時の私の精神的体力では、海外の一人旅は無理。私の知人ではオーストリア
二人、イタリアに一人、留学をした。 それと幼稚園から高校まで同窓で、慶応大学教授になった直後に
亡くなった男が、学生時代に欧州を数ヶ月一人旅をしたといっていた。 そう、新潟県活性化案を一緒に
つくった松下さんも、一年間、彼方此方のアメリカの大学を聴講してまわったとか。 感受性の強いうちに
世界を見ると見ないとでは大違い。それも一人旅で・・・
 幕末から明治維新にかけ、外国に行った人と、行かなかった人と、その後の活躍が全く違っている。 
明治政府の高官になって、新しい政府つくりの邁進したのは、前者が多い。一人旅は変わっていく景色を
見ながら、独りブツブツ呟きながら思いにふけるもの。
 ・・・・・・
3507, ユダヤ人の頭脳活性法
2010年11月01日(月)
              「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
 ピアノとか、吹奏をやる人は勉強の成績がよい人が多い。それは長年の間、繰り返し集中し、続けない
と身に付かない。教科書を理解し、暗記するなど、それに比べれば、取るに足らないから成績も良くなると
思っていたが・・・ ユダヤだけでなく、優秀な人間?の特性、頭脳活性法が書かれている。
  * アマゾンの ー内容紹介ーより
 マルクスフロイトアインシュタインドラッカースピルバーグ…… 彼らはみなユダヤ人。
もちろんユダヤ人全てが優秀なわけでは無いけれど、優秀な人間が多いのも事実。それには何か理由がある
のだろうか――。 実はそのヒントは彼らのささいな日常にあった! 五感を目一杯に使い、日々を楽しく
過ごすユダヤ人たちの文化。子どものころから全身を使って本を読み、聖典の名言を吸収していく。
そして創造することのみに自分の価値を見出す。そんな生活の積み重ねによってユダヤ人の発想力が生まれる
のだ。 そんなユダヤの世界からヒントを得た、頭脳活性のための様々なトレーニング方法。ほんの少しの
工夫でユダヤ人のすごい発想力が手に入る! ユダヤ本というと、怪しさのようなものを感じてしまうが、
この本には、それがない。ヘブライ大学卒業後、企業コンサルタントなど、学者ではなく「実学」の世界で
生きてきた著者自らの人生観を通して、ユダヤ箴言、格言などから学ぶべきことを的確に表現している。
 ~「まえがき」より~
ユダヤ人だから特別に優秀である」と強調するつもりはありません。それは人種の優劣をつけることであり、
私の本意ではありません。けれども、彼らから学ぶべき点が大いにあることも事実。 確かに、世界にこれだけ
有能なユダヤ人がいるということは、どこか秘密があるに違いない。 そう思ってこの本を読むと、彼らが
勤勉で自らを高めるために努力を惜しまない、ということが見えてくる。 そして「何かに感動する素直な心」
こそユダヤ人共通の特性!と。
 *ユダヤの格言やユダヤ人の名言として   ・人の目は前にある。後ろにはない。
  ・考えるのをやめることは、私にとって生きるのをやめることだ。
  ・話す前に、あなたの言葉を選べ。……etc
  ―
 基本は「五感を研ぎすます」こと。 見る、聴く、触れる…そういった感覚を養うことで、人間は心の豊かさ
を手に入れ、頭脳も活性化していくのだ、と。心の豊かさが持てれば「何かに感動する素直な心」になれる。
彼らはユダヤ教の基本構造として選民意識を持ち、それを実行していくことである。そこに、生まれつきの
天才的頭脳が重なれば優秀な人材が輩出するのは当然。金融世界で支配しているユダヤ人も、こういう背景
があると知ると、納得がいく。アラブ人やインド人が、彼らに敵うわかがない。 
 ・・・・・・・・
3132, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー6
 2009年11月01日(日)
 「生きる幻想 死ぬ幻想 」 岸田 秀 (著), 小滝 透 (著)     ー読書日記
   近代イデオロギーの罪
 * 理性主義の恐怖 p-99
科学の発展や、大航海以来の欧州世界の拡大で、それまで宗教が欧州人に一つの統一的説明を与えていた
世界が崩れていく。そこで登場したのが「理性」という理念である。これが「神」の代わりになった。
1789年のフランス革命では、「理性」が至高の価値として掲げられ「神の死」が宣言された。
「唯一の神の信仰」が「唯一の神としての理性への信仰」にすり替わった。そうすると、理性からはずれる
ものが出てくる。それが子供であり、未開人であり、精神病者である。近代は理性というものを発見し、
そこから逆噴射する形で、子供、未開人、精神病者を発見したのである。その三者の共通点は理性の欠落。
子供には理性を持つように教育をしなかればならない、未開人には、教え導かなければならないという
ことで、植民地主義が正当化され、精神病者は回復するまで隔離されるようになった。 
 フランス革命ロシア革命も、理性によって理想社会を作ることができるという考えから起こった。
反計画経済の大御所のハイエクは、社会主義共産主義は、社会は人間の理性で設計できるという思想だが、
それは「致命的な思いあがり」だと。 共産主義というのが理性の理想的社会だとすると、これに反対する
ヤツはみんな殺されなけばならないことになってしまう。 で、中国やソ連カンボジアで大虐殺が生まれて
きたのである。社会主義がなぜに間違えていたかと言うと、経済が下部構造になっていて、それを計画経済
でやっている。あれは要するに意識が全てを決定するということ。 ところが基本的に経済の流動的動きは
無意識が決めている。
 ーー
 この辺を考えると、知性、理性的にあろうとしてきた現代人の方向そのものを根底的に考え直さなければ
ことになる。最近、年齢のためか根底から今までの生きかたに対して疑念を感じるようになっている。毛沢東
は何を国民にしたのだろう。スターリン毛沢東も、理想社会を目指して数千万人も虐殺をしてきたのである。
また、アメリカも、この金融恐慌を引き起こしたのも、理性主義の行き着いた先であった。 
時代は丁度良く欧州大陸からアメリカ大陸へ重心を移していたのが、今世紀はアジアに移行する。
アジア的な考え方が見直されなければならないが、動乱を通してか、それともソフトにいくのか? 
・・・・・・・・・
2767, こころと脳の対話 -3
2008年11月01日(土)
 面接や新入社員教育の時には、河合隼雄と同様、「中心をはずさないで、無心になって対象の人と相接する」
しかない。そうすることで、心だけでなく、心の中心点の奥の魂同士がクロスをすることができる。そこまで
しないと、相手のことが理解できないのである。 美人とか、センスや、頭の良さなど属性になるのである。
河合は当たり前のことを素人向けとして、解りやすい事例を出しただけ。 
相手の中心点だけを見ると、逆に性格とか、片親とかの属性が浮きだって見えてくる。 
そこまでいくには、経験を重ねるしかない。  それにしても、色いろな心の病があるものだ。
「こころと脳の対話」 河合隼雄 茂木健一郎
    第三回 魂を救う対話 
  *相手の「魂」だけを見つめる
 P-160 
茂木 「中心をはずさない」って、僕、すごく大事なことのような気がしてきたんです。というのは、
   『五輪書』には、たしか、相手のどこかに注意を置いてはいけない、というようなことが書いて
   あるんですね。やっぱり同じ感じですか。
河合  同じです。それからね、これは僕が人にほめられた最高の賛辞というか、
   「うれしくてしょうがないからあちこちでしゃべっているんですけれどね、どないうてほめてくれたか
   というとね……。その人は、「離人症性障害」っていう、大変なノイローゼなんです。現実感覚がなく
   なるんですね。こういう場所にいても、みなさんが生きている人間に見えなかったり、それからこう
   いうふうに手を振っても、本当に自分が手を動かしているのかわからない。すっこい苦しいけど、誰も
   わかってくれない。自殺する人も多いんですけれど。でも外見はふつうで、ちょっと見てもわからない。
   そういう離人症になられた人が、自分が現実感覚がないのをなんとかしたいと思うから、人と接近する
   わけね。その人、きれいな女の人やったから、恋人がいっぱいできて、また、いっぺんに二人も三人も
   つくったらしいから、恋人同士が殴り合いしたり、劇的なことが周りでいっぱい起こっているんだ
   けれど、その人は全然、劇の外にいるわけです。そうでしょう、現実を生きてないわけだから。 
   その入が、あちこちのセラピストのところに行ってみても、どうしてもうまくいかない。何入かの
   あとで、私のところにこられた。 私のところにこられて、治るまで五年ぐらいかかったんですよね。
   「本当にありがとうございます」とお礼をいわれたときの言葉がおもしろいんですよ。
   「いちばん初め・先生に会ったときに、この先生で自分は治ると思った」
   「どうしてですか」 「いままでの先生と全然違った」 「どう違った?」
   「私が部屋に入ってきたとき、先生は、私の顔にも服装にも、全然関心を示されなかった」
   というのは、ものすごく美人ですから。服もきれいなのを着ておられるんだけれど、その服も見て
   ないし、顔も見てない。
   (以下、字数制限のためカット10年11月01日)
・・・・・・・・・
2007年11月01日(木)
2403, 恩送り      (゚▽゚*)♪  ('-'*)オハヨ♪
 ある本に「恩送り」という言葉があった。よい言葉である。もともと江戸時代にあった言葉で儒教的、
仏教的な味わいがある。それが明治以降西欧的な考え方が入り、死語になってしまった。親が子供にして
やったことは、子供もまた順繰りに子孫代々受け継いでいくもの。それが血統であり家系として引き継がれて
いくものである。最近は「家」そのものが崩壊傾向にあり、個人に重きを置くようになったが、それでも
個人として「恩送り」を必要ということである。最近「Web 2・0」で、情報公開が大きな流れになって
いるが、これも類似したものである。
 ー電子辞書のウキィペディアによるとー
「恩送り」をとは、自分が誰かから受けた親切・善意・思いやりなどを、与えてくれた人へ直接返す
かわりに、別の、必要としている人達に送る事である。又、それにより善意が社会を巡り、様々な善き
連鎖が社会全体へと広がってゆく事も指す。これに似た言葉として、「恩返し」があるが、それは字の
通り恩を受けた人に直接に恩を返すことが、これだと二人の閉鎖的な関係で終わるが、「恩送り」という
考え方・実践ならば、返す相手が限定されていないので、親切を送り出す相手や、親切の内容は、自在に
無理なく選ぶ事が出来る。従って比較的短い期間・時間の間に、具体的に親切をこの世に"現実化"させる事
が出来る。 人々が「恩返し」にこだわらず「恩送り」も選択肢とする事で、社会全体としては、"現実化"
し "流通" する親切の量が、圧倒的に多くなるのである。
これは1人1人の視点でも、日常的に自分が出会う親切の量が増える事を意味する。

井上ひさしNHKの番組『井上ひさし福祉都市を語る~イタリア・ボローニャの共生社会』において
以下のような主旨の事を語っている。ー 江戸時代に、「ご恩送り」という言葉がありました。ご恩返しは、
贈り物を送ったり返したりで、関係は2人しかないわけです。ご恩送りは、誰かから親切を受けたら、これを
親切を受けた誰かに返すのではなくて、他の人に渡していくんですね。そうすると、江戸に100万人いる
としますよね。1日に一度ぐらいは親切を受けることはありますよね、一瞬のうちに江戸の町に100万の
恩というものがバーッといくわけです。 それをお互いに回すわけですよね。・・・(中略)最近ではある
程度の年齢の人たちだけでなく、学生などにもこのような考え方が広がってきている。特に旅好きの青年、
ボランティア活動に熱心な青年などには顕著にこのような考え方を持ち、日々実践している者も多々見られる。ー
   --
  -以上だが、それでは「恩」とは、どういう意味なのだろうか? 漢和辞典を引くと
(以下、字数制限のためカット11年11月01日)
・・・・・・・・
2006年11月01日(水)
 2038, 躁鬱病について -6   オッ(*^○^*)ハ~ヨウサン!
 「夫はうつ、妻はがん」
    ―夫婦で苦境を踏み越えて ー ?  小川 宏 著
この本で有名人で「うつ病」から脱出した人や、亡くなってしまった人を何人かあげている。
脚本家の倉本聰、俳優の木の実ナナ高島忠夫、気象士の倉嶋厚などである。
皇太子妃の「適応障害」も、専門家の話によると「うつ病」という。
世界を股にかけたキャリアの女外交官が小さな籠に入れられ、男児が生まれない重圧の中で、ノイローゼに
なるのは当然のこと・・ 倉本聰とラジオの対談で病気の話を聞く機会があった。それによると20歳代から
欝を繰り返し、二十数年前、北海道の富良野に居を移してからは、毎日のように自殺を考えていたという。 
その地に適応するまでの苦闘が思い知れる。
自殺で亡くなった人は、桂枝雀ポール牧嵐寛寿郎などがいる。精神科医の大原健士郎氏との対談で、
「小川さん、自殺未遂者が息を吹き返した時の第一声の言葉かわかりますか?」と訊ねられて、
「多分生きていて良かったと言うんじゃないですか?」の答えに、 先生曰く、
「そういう人はわずかで・・・ほとんどの人は、助けて!といいます。」 自ら命を断とうとした人が、
助けて!とは矛盾しているが、先生は「誰でも命への執着があるので、そういう言葉を発するのです」という。
  (以下、字数制限のためカット10年11月01日)       
・・・・・・・・・ 
2005年11月01日(火)
1673, うそつき -1              ー 読書日記
  「うそつき」 ―うそと自己欺まんの心理学    チャールズ・V. フォード (著) 
この本は面白い!自分の心理の底奥深く食いこんでくる。
「人は誰しもうそをつく」という解りきったことを、あらためて突きつけられると、ひるんでしまう。それほど、
「うそ」は誰も扱いがむずかしいテーマである。 実際、夫婦でも友人でも「うそ」を上手に織り込んでいないと、
その関係は崩壊してしまう。 要は真実を語り、その中に適当にうそを織り込むからこそ人間関係は上手くいく。
「うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである」という言葉に、結婚詐欺師と宝石屋の
営業マンが思い浮ぶ。
(以下、字数制限のためカット09年11月01日)
・・・・・・・
2004年11月01日(月)
 1308, まさか、地元で大地震!ー7
先週の金曜日、新潟に一泊のあと自宅の近くに帰ってきたところ、200m先にある、長岡高校と長岡大手高校
の周辺が、自衛隊やマスコミの車で、ものものしい雰囲気に一変していた。一昨日の朝、散歩をしていたら
自衛隊の大型ヘリが住民を搬送しているのが見えた。長岡高校のグランドが、ヘリの基地になっていた。
近くの大手高校が山古志村の避難場所になっているようで、自衛隊が朝晩、運んでいるようだ。長岡も被災地で
あるが、自宅近くの倒壊の家はない。生命の危機は全くなかったし、秘境旅行を十数年してきた為か、目の前の
死の恐怖以外は不感症になっている。しかし彼等のヘリで運ばれている姿をみて、被災地の真っ只中の実感が
少しわいてきた。こういう経験は感じ方(受けとめ方)で、全く違ってくる。昨日の夕方、同じコースを歩いて
みたら、もう終わった雰囲気。人生一度のあるかどうかの出来事であるが、何か実感がまだ湧いてこないのは
如何してだろうか。新幹線が長岡~新潟間を開通すれば、ほぼ元の生活に戻ることもある。 個人的には
30~40万位の損失か。 石灯篭の復旧に15万の見積もりが、とりあえず確定したものだが。 
今朝方も、震度4ぐらいの地震があった。 まだ予断が許されないが、間隔は空いてはきている。
・・・・・・・・
2003年11月01日(土)
 941, 何事もない日の日記
 はっきりいって今日は何も書くことがない。何事も書くことがないときは、何もないことを書くのも面白いと
考えて、それをテーマにして書いてみる。 テーマがまったく見当たらないことは月に一~二度位ある。
  (以下、字数制限のためカット10年11月01日)
 ・・・・・・
567、ケーススタデー   ー1
  ー 2002年11月01日(金)
 前回書いた学生時代のゼミの内容を書いてみる。 人生で、このゼミの訓練が非常にプラスに働いた。
人事管理の具体的事例研究で、討論でその本質を探る手法ー
各部所で起きたトラブルの問題点の原因と解決を考える内容である。
・一週間前に翌週分の「トラブルの現象」の問題のプリントを渡される。
・それを次のゼミで各自が自分の意見を述べる。
・それにしたがって議論を始めるのだ。
・それが終わった時に、そのベストの原因追求と解決案の内容を示されるのだ。
 そしてゼミの結論との誤差を話し合う。
幼児期から両親の自営していた生の会社のケースを見ていた事と、8人兄姉の末っ子で常に状況を冷静に
見ていた為か、自分の意見があたるのだ。寮生活でイロイロのトラブルもみていたのもあった。その為か
自分のゼミにおける立場が確立さていた。それよりも、現象の中にその骨組みをさがして、自分なりの組み
立てをする面白さを知った。これは後で事業を起こすときに非常に役に立った。人間関係に対して、直感的に
論理だって構図になって瞬間に出てくるのが最大の武器になった。良質な上司には可愛がられるが、逆の
ケースの場合は大変な事態になってくる。この男は何を考えているのかを不安になるらしい。 自分は
サラリーマンは絶対に無理と社会に入って直感した。
・・・・・・
「205」春画
 ー2001年11月01日(木)
 子供の時から、一番上の姉より家に春画があることは聞いていた。それが寝室を改装した2年前に隠し
??より出てきた。 
(以下、字数制限のためカット09年11月01日)
3872, 一人旅

2011年11月01日(火)

 一人旅を過去に何度かしたことがある。北海道と九州に、それぞれ10日間ほどと、大学を出て四日市
勤務をしたときに、紀州の尾鷲に一泊したこともあった。 金沢で修行していた時には、観光バスの日帰り
コースで能登半島に行ってきた。23歳から26歳の4年間、精神的な体力が出来たころである。
一人旅には、それに似合った時節がある。27歳で結婚し、事業の立ち上げを始める直前。振りかえって
みると、その時節しかタイミングがなかったのである。一人旅をすべき時節に、すべき事をしていた。
 一人旅は思い立ったら、駅の旅行センターで、「一週間ほど北海道の一人旅をしたい」といえば、窓口の
担当者が、そのルートを一緒に組んでくれ、列車と宿の手配をしてくれる。そして、そのルートに従えばよい。
一度、列車に踏み込めば、不安とか、孤独感はなくなる。 若さもあり、一人旅そのものに酔っている部分
もあった。 当時の記憶が少ないのは、目先が変化変化の連続で、刺激の強い日々だったからである。 
現在、一人旅というと、面倒という思いが先にたつ。しかし今から思うと北海道も、九州も思いで深い。
人生を振り返ると、それぞれの時節の思い出があるが、特に旅行の思い出は大きい。北海道は、青森から青函
連絡船に乗り、函館、札幌、釧路、網走、旭川、函館と周遊した。北海道の旅も、一歩踏み出すと気ままだった。
 結婚してから10年間は家内と国内旅行ガ中心だった。 事業と家庭中心で、海外旅行に切り替えたのは
15年経ってから。卒業記念に海外への一人旅が流行りだしたのは、私が卒業をして数年してから。
しかし当時の私の精神的体力では、海外の一人旅は無理。私の知人ではオーストリアが二人、イタリアに一人、
留学をした。 それと幼稚園から高校まで同窓で、慶応大学教授になった直後に亡くなった男が、学生時代に
欧州を数ヶ月一人旅をしたといっていた。 そう、新潟県活性化案を一緒につくった松下さんも、一年間、
彼方此方のアメリカの大学を聴講してまわったとか。 感受性の強いうちに世界を見ると見ないとでは大違い。
それも一人旅で・・・
 幕末から明治維新にかけ、外国に行った人と、行かなかった人と、その後の活躍が全く違っている。 
明治政府の高官になって、新しい政府つくりの邁進したのは、前者が多い。一人旅は変わっていく景色を
見ながら、独りブツブツ呟きながら思いにふけるもの。
 ・・・・・・
3507, ユダヤ人の頭脳活性法
2010年11月01日(月)
              「ユダヤ人の頭脳活性法 」手島 佑郎 (著)
 図書館で借りてきて目を通したが、なかなかである。ピアノとか、吹奏をやる人は勉強の成績がよい人が多い。
それは長年の間、繰り返し集中し、続けないと身に付かない。教科書を理解し、暗記するなど、それに比べれば、
取るに足らないから成績も良くなると思っていたが・・・ ユダヤだけでなく、優秀な人間?の特性、頭脳
活性法が書かれている。
  * アマゾンの ー内容紹介ーより
 マルクスフロイトアインシュタインドラッカースピルバーグ…… 彼らはみなユダヤ人。もちろん
ユダヤ人全てが優秀なわけでは無いけれど、優秀な人間が多いのも事実。それには何か理由があるのだろうか―
実はそのヒントは彼らのささいな日常にあった! 五感を目一杯使い、日々を楽しく過ごすユダヤ人たちの文化。
子どものころから全身を使って本を読み、聖典の名言を吸収していく。そして創造することのみに自分の価値
を見出す。そんな生活の積み重ねによってユダヤ人の発想力が生まれるのだ。 そんなユダヤの世界からヒント
を得た、頭脳活性のための様々なトレーニング方法。ほんの少しの工夫でユダヤ人のすごい発想力が手に入る! 
ユダヤ本というと、怪しさのようなものを感じてしまうが、この本には、それがない。ヘブライ大学卒業後、
企業コンサルタントなど、学者ではなく「実学」の世界で生きてきた著者自らの人生観を通して、ユダヤ
箴言、格言などから学ぶべきことを的確に表現している。
 ~「まえがき」より~
ユダヤ人だから特別に優秀である」と強調するつもりはありません。 それは人種の優劣をつけることであり、
私の本意ではありません。けれども、彼らから学ぶべき点が大いにあることも事実。 確かに、世界にこれだけ
有能なユダヤ人がいるということは、どこか秘密があるに違いない。 そう思ってこの本を読むと、彼らが勤勉
で自らを高めるために努力を惜しまない、ということが見えてくる。 そして「何かに感動する素直な心」
こそユダヤ人共通の特性!と。
 *ユダヤの格言やユダヤ人の名言として   ・人の目は前にある。後ろにはない。
  ・考えるのをやめることは、私にとって生きるのをやめることだ。
  ・話す前に、あなたの言葉を選べ。……etc
  ―
 基本は「五感を研ぎすます」こと。 見る、聴く、触れる…そういった感覚を養うことで、人間は心の豊かさ
を手に入れ、頭脳も活性化していくのだ、と。心の豊かさが持てれば「何かに感動する素直な心」になれる。
彼らはユダヤ教の基本構造として選民意識を持ち、それを実行していくことである。そこに、生まれつきの
天才的頭脳が重なれば優秀な人材が輩出するのは当然。金融世界で支配しているユダヤ人も、こういう背景
があると知ると、納得がいく。アラブ人やインド人が、彼らに敵うわかがない。 
 ・・・・・・・・
3132, 生きる幻想 死ぬ幻想  ー6
 2009年11月01日(日)
 「生きる幻想 死ぬ幻想 」 岸田 秀 (著), 小滝 透 (著)     ー読書日記
   近代イデオロギーの罪
 * 理性主義の恐怖 p-99
科学の発展や、大航海以来の欧州世界の拡大で、それまで宗教が欧州人に一つの統一的説明を与えていた
世界が崩れていく。そこで登場したのが「理性」という理念である。これが「神」の代わりになった。
1789年のフランス革命では、「理性」が至高の価値として掲げられ「神の死」が宣言された。
「唯一の神の信仰」が「唯一の神としての理性への信仰」にすり替わった。そうすると、理性からはずれる
ものが出てくる。それが子供であり、未開人であり、精神病者である。近代は理性というものを発見し、
そこから逆噴射する形で、子供、未開人、精神病者を発見した。その三者の共通点は理性の欠落である。
子供には理性を持つように教育をしなかればならない、未開人には、教え導かなければならないという
ことで、植民地主義が正当化され、精神病者は回復するまで隔離されるようになった。フランス革命
ロシア革命も、理性によって理想社会を作ることができるという考えから起こった。反計画経済の大御所
ハイエクは、社会主義共産主義は、社会は人間の理性で設計できるという思想だが、それは「致命的な
思いあがり」だと。 共産主義というのが理性の理想的社会だとすると、これに反対するヤツはみんな
殺されなけばならないことになってしまう。で、中国やソ連カンボジアで大虐殺が生まれてきたのである。
社会主義がなぜに間違えていたかと言うと、経済が下部構造になっていて、それを計画経済でやっている。
あれは要するに意識が全てを決定するということ。ところが基本的に経済の流動的動きは無意識が決めている。
 ーー
 この辺を考えると、知性、理性的にあろうとしてきた現代人の方向そのものを根底的に考え直さなければ
ならないことになる。最近、年齢のためか根底から今までの生きかたに対して疑念を感じるようになっている。 
毛沢東は何を国民にしたのだろう。スターリン毛沢東も、理想社会を目指して数千万人も虐殺をしてきた
のである。また、アメリカも、この金融恐慌を引き起こしたのも、理性主義の行き着いた先であった。 
時代は丁度良く欧州大陸からアメリカ大陸へ重心を移していたのが、今世紀はアジアに移行する。
アジア的な考え方が見直されなければならないが、動乱を通してか、それともソフトにいくのか? 
・・・・・・・・・
2767, こころと脳の対話 -3
2008年11月01日(土)
 面接や新入社員教育の時には、河合隼雄と同様、
「中心をはずさないで、無心になって対象の人と相接する」しかない。
そうすることで、心だけでなく、心の中心点の奥の魂同士がクロスをすることができる。
そこまでしないと、相手のことが理解できないのである。 美人とか、センスや、頭の良さなど属性に
なるのである。河合は当たり前のことを素人向けとして、解りやすい事例を出しただけ。 
相手の中心点だけを見ると、逆に性格とか、片親とかの属性が浮きだって見えてくる。 
そこまでいくには、経験を重ねるしかない。それにしても、色いろな心の病があるものだ。
               「 こころと脳の対話 」 河合隼雄 茂木健一郎
    第三回 魂を救う対話 
  *相手の「魂」だけを見つめる
 P-160 
茂木 「中心をはずさない」って、僕、すごく大事なことのような気がしてきたんです。というのは、
   『五輪書』には、たしか、相手のどこかに注意を置いてはいけない、というようなことが書いて
   あるんですね。やっぱり同じ感じですか。
河合  同じです。それからね、これは僕が人にほめられた最高の賛辞というか、
   「うれしくてしょうがないからあちこちでしゃべっているんですけれどね、どないうてほめてくれたか
   というとね……。その人は、「離人症性障害」っていう、大変なノイローゼなんです。現実感覚がなく
   なるんですね。こういう場所にいても、みなさんが生きている人間に見えなかったり、それからこう
   いうふうに手を振っても、本当に自分が手を動かしているのかわからない。すっこい苦しいけど、誰も
   わかってくれない。自殺する人も多いんですけれど。でも外見はふつうで、ちょっと見てもわからない。
   そういう離人症になられた人が、自分が現実感覚がないのをなんとかしたいと思うから、人と接近する
   わけね。その人、きれいな女の人やったから、恋人がいっぱいできて、また、いっぺんに二人も三人も
   つくったらしいから、恋人同士が殴り合いしたり、劇的なことが周りでいっぱい起こっているんだけれど、
   その人は全然、劇の外にいるわけです。そうでしょう、現実を生きてないわけだから。その入が、
   あちこちのセラピストのところに行ってみても、どうしてもうまくいかない。何入かのあとで、私の
   ところにこられた。 私のところにこられて、治るまで五年ぐらいかかったんですよね。
   「本当にありがとうございます」とお礼をいわれたときの言葉がおもしろいんですよ。
   「いちばん初め・先生に会ったときに、この先生で自分は治ると思った」
   「どうしてですか」 「いままでの先生と全然違った」 「どう違った?」
   「私が部屋に入ってきたとき、先生は、私の顔にも服装にも、全然関心を示されなかった」
   というのは、ものすごく美人ですから。服もきれいなのを着ておられるんだけれど、その服も見て
   ないし、顔も見てない。
   (以下、字数制限のためカット10年11月01日)
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2007年11月01日(木)
2403, 恩送り      (゚▽゚*)♪  ('-'*)オハヨ♪
 ある本に「恩送り」という言葉があった。よい言葉である。もともと江戸時代にあった言葉で儒教的、
仏教的な味わいがある。それが明治以降西欧的な考え方が入り、死語になってしまった。親が子供にして
やったことは、子供もまた順繰りに子孫代々受け継いでいくもの。それが血統であり家系として引き継がれ
ていくものである。最近は「家」そのものが崩壊傾向にあり、個人に重きを置くようになったが、それでも
個人として「恩送り」を必要ということである。最近「Web 2・0」で、情報公開が大きな流れになっているが、
これも類似したものである。
 ー電子辞書のウキィペディアによるとー
「恩送り」をとは、自分が誰かから受けた親切・善意・思いやりなどを、与えてくれた人へ直接返すかわりに、
別の必要としている人達に送る事である。又、それにより善意が社会を巡り、様々な善き連鎖が社会全体へと
広がってゆく事も指す。これに似た言葉として、「恩返し」があるが、それは字の通り恩を受けた人に直接に
恩を返すことが、これだと二人の閉鎖的な関係で終わるが、「恩送り」という考え方・実践ならば、返す
相手が限定されていないので、親切を送り出す相手や、親切の内容は、自在に無理なく選ぶ事が出来る。
従って比較的短い期間・時間の間に、具体的に親切をこの世に"現実化"させる事が出来る。人々が「恩返し」
にこだわらず「恩送り」も選択肢とする事で、社会全体としては、"現実化" し "流通" する親切の量が、
圧倒的に多くなる。これは1人1人の視点でも、日常的に自分が出会う親切の量が増える事を意味する。

井上ひさしNHKの番組『井上ひさし福祉都市を語る~イタリア・ボローニャの共生社会』において以下の
ような主旨の事を語っている。ー 江戸時代に、「ご恩送り」という言葉がありました。ご恩返しは、贈り物
を送ったり返したりで、関係は2人しかないわけです。ご恩送りは、誰かから親切を受けたら、これを親切
を受けた誰かに返すのではなくて、他の人に渡していくんですね。そうすると、江戸に100万人いると
しますよね。1日に一度ぐらいは親切を受けることはありますよね、一瞬のうちに江戸の町に100万の恩
というものがバーッといくわけです。 それをお互いに回すわけですよね。
 ・・・(中略)最近ではある程度の年齢の人たちだけでなく、学生などにもこのような考え方が広がって
きている。特に旅好きの青年、ボランティア活動に熱心な青年などには顕著にこのような考え方を持ち、
日々実践している者も多々見られる。ー
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  -以上だが、それでは「恩」とは、どういう意味なのだろうか? 漢和辞典を引くと
(以下、字数制限のためカット11年11月01日)
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2006年11月01日(水)
 2038, 躁鬱病について -6   オッ(*^○^*)ハ~ヨウサン!
 「夫はうつ、妻はがん」
    ―夫婦で苦境を踏み越えて ー ?  小川 宏 著
この本で有名人で「うつ病」から脱出した人や、亡くなってしまった人を何人かあげている。
脚本家の倉本聰、俳優の木の実ナナ高島忠夫、気象士の倉嶋厚などである。
皇太子妃の「適応障害」も、専門家の話によると「うつ病」という。世界を股にかけたキャリアの女外交官
が小さな籠に入れられ、男児が生まれない重圧の中で、ノイローゼになるのは当然のこと・・
倉本聰とラジオの対談で病気の話を聞く機会があった。それによると20歳代から欝を繰り返し、さらに
二十数年前、北海道の富良野に居を移してからは、毎日のように自殺を考えていたという。その地に適応する
までの苦闘が思い知れる。自殺で亡くなった人は、桂枝雀ポール牧嵐寛寿郎などがいる。精神科医
大原健士郎氏との対談で、「小川さん、自殺未遂者が息を吹き返した時の第一声の言葉かわかりますか?」
と訊ねられて、「多分生きていて良かったと言うんじゃないですか?」の答えに、 先生曰く、
「そういう人はわずかで・・・ほとんどの人は、助けて!といいます。」 自ら命を断とうとした人が、
助けて!とは矛盾しているが、先生は「誰でも命への執着があるので、そういう言葉を発するのです」という。
  (以下、字数制限のためカット10年11月01日)       
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2005年11月01日(火)
1673, うそつき -1              ー 読書日記
  「うそつき」 ―うそと自己欺まんの心理学    チャールズ・V. フォード (著) 
この本は面白い!自分の心理の底奥深く食いこんでくる。
「人は誰しもうそをつく」という解りきったことを、あらためて突きつけられると、ひるんでしまう。
それほど、「うそ」は誰も扱いがむずかしいテーマである。 実際、夫婦でも友人でも「うそ」を上手に
織り込んでいないと、その関係は崩壊してしまう。 要は真実を語り、その中に適当にうそを織り込むから
こそ人間関係は上手くいく。「うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである」という
言葉に、結婚詐欺師と宝石屋の営業マンが思い浮ぶ。
(以下、字数制限のためカット09年11月01日)
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2004年11月01日(月)
 1308, まさか、地元で大地震!ー7
先週の金曜日、新潟に一泊のあと自宅の近くに帰ってきたところ、200m先にある、長岡高校と長岡大手
高校の周辺が、自衛隊やマスコミの車で、ものものしい雰囲気に一変していた。一昨日の朝、散歩をしていたら
自衛隊の大型ヘリが住民を搬送しているのが見えた。長岡高校のグランドが、ヘリの基地になっていた。
くの大手高校が山古志村の避難場所になっているようで、自衛隊が朝晩、運んでいるようだ。長岡も被災地
であるが、自宅近くの倒壊の家はない。生命の危機は全くなかったし、秘境旅行を十数年してきた為か、
目の前の死の恐怖以外は不感症になっている。しかし彼等のヘリで運ばれている姿をみて、被災地の真っ只中
の実感が少しわいてきた。こういう経験は感じ方(受けとめ方)で、全く違ってくる。昨日の夕方、同じ
コースを歩いてみたら、もう終わった雰囲気。人生一度のあるかどうかの出来事であるが、何か実感がまだ
湧いてこないのは如何してだろうか。新幹線が長岡~新潟間を開通すれば、ほぼ元の生活に戻ることもある。 
個人的には30~40万位の損失か。石灯篭の復旧に15万の見積もりが、とりあえず確定したものだが。 
今朝方も、震度4ぐらいの地震があった。 まだ予断が許されないが、間隔は空いてはきている。
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2003年11月01日(土)
 941, 何事もない日の日記
 はっきりいって今日は何も書くことがない。何事も書くことがないときは、何もないことを書くのも面白い
と考えて、それをテーマにして書いてみる。 テーマがまったく見当たらないことは月に一~二度位ある。
  (以下、字数制限のためカット10年11月01日)
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567、ケーススタデー   ー1
  ー 2002年11月01日(金)
 前回書いた学生時代のゼミの内容を書いてみる。 人生で、このゼミの訓練が非常にプラスに働いた。
人事管理の具体的事例研究で、討論でその本質を探る手法ー
各部所で起きたトラブルの問題点の原因と解決を考える内容である。
・一週間前に翌週分の「トラブルの現象」の問題のプリントを渡される。
・それを次のゼミで各自が自分の意見を述べる。
・それにしたがって議論を始めるのだ。
・それが終わった時に、そのベストの原因追求と解決案の内容を示されるのだ。
 そしてゼミの結論との誤差を話し合う。
幼児期から両親の自営していた生の会社のケースを見ていた事と、8人兄姉の末っ子で常に状況を冷静に
見ていた為か、自分の意見があたるのだ。寮生活でイロイロのトラブルもみていたのもあった。その為か
自分のゼミにおける立場が確立さていた。それよりも、現象の中にその骨組みをさがして、自分なりの
組み立てをする面白さを知った。これは後で事業を起こすときに非常に役に立った。人間関係に対して、
直感的に論理だって構図になって瞬間に出てくるのが最大の武器になった。良質な上司には可愛がられるが、
逆のケースの場合は大変な事態になってくる。この男は何を考えているのかを不安になるらしい。
自分はサラリーマンは絶対に無理と社会に入って直感した。
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「205」春画
 ー2001年11月01日(木)
 子供の時から、一番上の姉より家に春画があることは聞いていた。
それが寝室を改装した2年前に隠し??より出てきた。 
(以下、字数制限のためカット09年11月01日)