つれづれに

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今日のYoutube

 昨日は、「シネマの日」。
猿の惑星:聖戦記>を見てきた。 
まあ、面白かったが、評価は85点。
完全に猿の立場でつくり上げているのがよい。
猿を有色人種、人間を白人とすると分かりやすい内容。




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4219, 神は妄想である ー2
2012年10月14日(日)
 * 有神論と理神論と汎神論  
        ー「神は妄想である」 リチャード・ドーキンズ著
 理神論という言葉を、この本で初めて知った。「神を信じますか?」と、
問われた時に、口を濁す代わりに、この理論を、答えればよい。
私は汎神論に近く日本人的考え方だったが、理神論を加えることにする。 
ただ、「今ここにある自分の存在」が不思議でたまらない。
「類人猿が宇宙の存在と原理を意識して、そこに自然原理を見出し擬人化した
『神』をイメージした」と一言でかたずけられない。神という言葉の解釈が
いくらでも可能だからだ。 ーその辺りを部分を抜粋してみるー
≪ 用語法について念を押しておこう。有神論者は、そもそもこの宇宙を創する
という主要な仕事に加え、自分の最初の創造物のその後の運命をいまだに監視し、
影響を及ほしているような超自然的知性の存在を信じている。多くの有神論的な
信仰体系においては、神は人間界の事柄に密接に関わっている。 神は祈りに
答える。罪を赦し、あるいは罰する。奇跡をおこなうことで世界に干渉する。
善行と悪行に思い悩み、私たちがいつそれを行うかを知っている。
理神論者も超自然的な知性を信じているが、その活動はそもそも最初に宇宙を
支配する法則を設定することに限定される。理神論の神はそれ以後のことに
一切干渉せず、人間界の事柄に特別な関心をもっていないのも確かだ。
汎神論者は、超自然的な神をまったく信じないが、神という単語を超自然的
なものではない〈自然〉、あるいは宇宙、あるいは宇宙の仕組みを支配する
法則性の同義語として使う。理神論者は、彼らの神が祈りに応えず、罪や餓悔
に関心をもたず、私たちの考えを読みとったりせず、気まぐれな奇跡によって
干渉したりしないという点で有神論者と異なる。理神論者は、彼らの神が、
汎神論者の神のように宇宙の法則の比喩的あるいは詩的な同義語ではなく、
ある種の宇宙的な知性である点で汎神論者と異なる。汎神論は潤色された無神論
であり、理神論は薄めた有神論なのである。「神は老獪なれど、悪意はない」や
神はサイコロを振らない」や「宇宙を創造するとき神に選択肢があったのか」
といった有名なアインシュタイン語録は、どう考えても、理神論的ではなく
汎神論であり、まちがっても有神論ではない。「神はサイコロを振らない」は
「すべての事柄の核心に蓋然性が横たわっているわけでない」と翻訳されるべき。
「宇宙を創造するときに神に選択肢があったのか?」は「宇宙はいまある形以外
のやり方で始まることができただろうか?」という意味である。
アインシュタインは「神」を純粋に比喩的、詩的な意味で使っていたのである。≫
▼読み込めば読み込むほど、こんなシビアな無神論の明快さに驚いてしまう。
日本人からみれば、何を今さらだが。「神がいるかどうかでない、存在しなくて
はならないのだ!」という言葉があるが、その人には神は存在すればよい。
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3854, 50歳代が勝負時? 
2011年10月14日(金)
 何度か取り上げているが、51歳時、痴呆症だった88歳の母を見送り、
「さて、これから如何しようか?」と考えた時に、曽野綾子の「人生の良い
ところは60歳まで」という言葉に出会った。そうすると9年しかない。 
そこで考えついたのが、「残りの人生を、50歳代の9年間に押し込んで生きる」
ことであった。想定を70歳か75歳の寿命として、3~5倍に圧縮して生きる
ことである。 そのためには捨て身で、やりたいことをする。そこで、思い
ついたのが秘境・異郷ツアー。行きたいところをピックアップし、何はともあれ
行くことにした。 年に4回も行った年もあった。更に10年前の55歳の時に、
個人HPを作って、それを公開し思いのままを書き出すことにした。
丁度ブログが普及する直前。この随想日記の始まりである。これを書き始めた
5ヶ月後に9・11テロが起き、世界の情勢が一変してしまった。
毎年10パーセントの売上減が3年続いた。そして4年目に入って中越地震
起き、逆に売り上げを二年間下支えをしてくれた。しかし3割の売上減は長期
借り入れの返済原資を三分の一にしてしまった。それも血の滲むような合理化の上。
その中で、やりたいことを実行したから、大変といえば大変。その結果60歳
辺りから心に大きな余裕が出てきていた。「何だろう、これは?」という感覚。
人生の元を取った実感は、心に大きな安心感を持たせてくれる。
その余裕が三年前のリーマンショック以来、毎年20数パーセントの売上減の
中でも、そして今回の事態でも、何とか精神のバランスを保させてくれている。
準備15年の立ちあげ、30年間の事業、合計45年の結果が、この結果
としても、精神のバランスを何とか保っているのは、50歳代の9年間で、
人生のページの余白を埋めた為。 事業も、趣味も、自分の範囲の余白を埋めて
しまうと、他人の比較も、自分が達成できなかった夢も、余裕を持で諦められる。
それから考えると一年一年、自分の経験の範囲での余白を、捨て身で埋めること
が残された人生の課題ということが分かる。70歳まで、四年少ししか残されて
ない。不摂生だったこともあり人生の余白も残されてない。60歳前半は、
リーマンショックでエネルギーを奪われ、そうこうしている内に、事業閉鎖に
なってしまった。 その埋め合わせと、人生の始末は何かを考え抜いて、
捨て身で後片付けをする時節ということ。しかし世界の情勢は、この5年間は
大荒れになるのは必定。60歳代は、世界の激変の真っ只中、それへの適応
時期になる。時速数千キロで回転している地球上に我々は住んでいるが、
周囲も同時に回っているため、それを自覚できない。時流も激しく変化して
いるが、見ても見えずが、我々。人間は現象との情死?しかないのか。
自然と、芸術とに触れ感動することが、現象との情死から少しは守ってくれる。 
さて、信濃川ポタリングに出るか。