つれづれに

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  今日のYoutube

 今年になって三回目のシネマをみる予定。
去年までは必ず行く前提だったが、最近、少し変わってきた。
 気分転換と、週に節目をつくるには非常に良いが。



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3601,  旅ばなし 小題
2011年02月03日(木)

  * カラコルムハイウェーの旅が一番過酷
 トルコ旅行とかイスラエルとか、あらたまって構えてしまうと書くのが億劫になる。
しかし頭にはフラッシュのように色いろのことがよぎってくる。「閑話小題」を書く時は手抜きか、
テーマが浮かばない時の苦し紛れで、小題として幾つか書いていた。しかし、その方が面白いと
指摘され、読み返してみて成程と思った。 何も浮かばない時に書く文章ほど本音がでるから、 
読み手は共感する。そこで、これを旅行雑記としてフラッシュを気楽に書けば、せっかく脳が呼び
出してくる面白い逸話が残せる。この小題を幾つか書き続ければ、あとで一冊の面白いコラム集に
なるのでは?と、思いたった。 47回の旅行には感動の他にも多くの材料がいくらでもある。  
現在、「お絵かき転換ソフト」を使かって過去の写真をブログに思いのまま乗っけているが、
ネタは当分?は尽きない。これのコラム版ということになる。
 まずの口切は、一番に肉体的に厳しかったカラコルム・ハイウェー。
5年前に書いた私のベスト・ランキングで、一番にあげてあった。  
ー まずは、その箇所をコピーしてみる。
 【 《 2005/11/26  辺境へ -2 》 ー 私が行った辺境を印象深い順にあげてみる。 
1、やはり一番は中国ウィグル地区のタクマカラン沙漠のホータン~カジュカル~パキスタン国境
のクンジュラフ峠 ~カラコルムハイウエー~フンザ~アフガン国境のペシャワールイスラマバード
2、アルゼンチンとチリーパタゴニア地方  3、南米のベネゼイラのギアナ高地 4、タンザニア 
5、イスラエル 6、北インド 7、アイスランド 8、ケニアのヌーの河渡り 9、ネパール 
10、シリア・レバノン・ヨルダン 11、エジプト・・】
 カラコルムハイウェーに入ってから、その苛酷さに、添乗員と現地のガイドが倒れてしまった。 
カラコルム・ハイウェーの土砂崩れと、その手配と、難問が地祇次と襲ってきたからである。
同行の人たちもベテラン揃いで、そのことを責める人は誰も居なかった。ある箇所で、大きい土砂
崩れで中型バスが、その先に行けなくなり、土砂崩れの向こう側に急遽、地元の10数人乗りの
マイクロバスの乗り換えた。そして土砂崩れの場所を、地元の人を急遽雇い一人ずつ手をつないで、
数百メートル走って渡った。上から落ちてくる小さな石が鉄砲の弾と同じ原理で、数百メートルの
勢いで、帽子の上からでも負傷してしまう。その現場ではなかったが同行の一人が、小さな石に
係わらず、頭から血を流してしまった。 しかし、面白いといえば面白い15日間であった。
また同行のメンバーが得体の知れないほど教養のある人ばかりである。
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3236, マックファン
2010年02月03日(水)
 二年前にパソコンを、その半年後に携帯電話を、思い切ってMacにかえた。どうも以前から
携帯電話を使うのが苦手でiPhoneも同じ。しかしパソコンは非常に気に入っている。
しかしTwitterに、iPhoneが端末として最適というから、これを機会に慣れるようにする。
とにかく、電話以外に使うに小さいのが欠点。 ところが、これの4倍の大きさのタブレット
のパソコンがMacより発表された。 これは、Twitter同様に、大きな社会的変化を
もたらす可能性がある。
 * iPadについて 
マックが発表したタブレットの端末機のiPadは、iPhone,iPod,のように
ブレイクをするだろうか? 私の結論は、ブレイクするである。 オプションにキーボード
があり、二台目の小型パソコン代わりに使われるか、これまでパソコンに挫折した中高年に受け
容れられる可能性がある。 画面が4倍になればゲームも使い勝手がよいし、ビデオも、
アルバムも、書籍も、新聞も、これを通してみることになる。ノートにもコピーも可能にもなる。
で、モバイルパソコンと何処が違うか? ノートや書籍と同じように一面というところ。
さらにタッチパネルで、モバイル携帯電話の数倍の画面のところである。 仰向けでタッチ方式
で見れるのが良い。更にiPhoeを使っていたソフトが横滑りに使えることが大きい。
iPhone,iPodと同列に位置づけられるはず。 考えてみたら、これはツイッターにも
ブログにも使える。 リビングにも寝室用にもなる。更に外出先でも使える。これにはオプション
のキーボードあり、それを付けると普通のパソコンになる。iPhoneが、いま一つ使いづらい
のは、携帯電話の縛りがあり小さいからである。それから開放されるのが、一番である。 
まずはゲームや、読書に、映画鑑賞などの映像を見ることから始る。何処でも気楽に持っていける
のが大きな要素になる。ツイッターやブログの写真や録画を、場所を選ばす大きな画面で見れる
のも魅力である。 等々、考えると1~2年後には、大ブレークする。 その前に、
iPhoneがブレイク始めたようだが。
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2861, 不況景色  -9
2009年02月03日(火)
 果たして「世界恐慌の一丁目一番地」に入ったのだろうか? 1929年より数段大きな恐慌とは
いっているが・・・。で、どうか?といえば、既に「世界恐慌の一丁目一番地」に入ってしまっている。
それは想像を絶する規模であり、10年近い期間は続くことになる。それも歴史上最大の規模であり、
人類のありようも変える転換期である。世界GDPの八割を占める20Gサミットの国が世界非常
事態宣言をして、銀行閉鎖、全ての資産を差し押さえなど、国家管理をする位の可能性もある。
新たな新札に切り替えて裏づけは金と原油と幾つかの穀物などにして、それに応じて国家が
為替を決める方法などが考えられる。 しかし現実に可能かというと疑問だが、非常事態には
非常手段もあり?。この月末・月初の大きな倒産は無かったが、今年からは数年にわたり本格的
な倒産が起こる。失業率は十数パーセント、失業者が数百万~一千万人という数字が踊る日々に
なると覚悟をしていた方がよい。他人事ではない、全ての人が、ホボ全員が何らかの形で影響する
異常事態である。昨年の10・11・12月の三ヶ月の日本のGDPが昨年対比が11・4パーセント減
とあったが、これは世界恐慌に入ったというサインである。日曜日の夜にTVで派遣社員の厳しい
現状をレポートしていた。人間にとして自分の仕事があることが基本。それが無くなり、収入と
ストックが無くなると、気持ちが荒んでくる。 一度、ルートから離れると、二度と元には戻れ
ないのが現実。 先週の月曜日に録画をしていたNHKスペシャルの派遣の現状のレポートを昨日
見たが、一つの派遣の仕事を椅子取りゲーム的に狙う現実は、あまりに寒々しい。今週の週末の
土・日のNHKの夜のゴールデンタイムに二日続けて、不況と失業の問題を放映するようだ。 
毎日暗い話しばかりで少しは楽しい話?をしろよ!だって? それなら・・ アメリカの金融崩壊と、
日本の勝ち組と称してきた連中の惨状を見ているだけで楽しくて楽しくて!大雪崩に巻き込まれて
全てを失う可能性があるのは分かっていても、楽しい! ザマ~ミロが裏腹の気持。特に地方から
みれば尚のことだ。段差は全く違うからである。そうとも思わないと暗くなってしまう。 
ネロによって焼きうちにあって炎上しているローマと我が家を、丘の上から興奮して見ている
小市民の気持ちである。20世紀末にソ連を初めとした社会主義という幻想が崩壊、そして解体。
21世紀初めには、アメリカを代表とした資本主義、新自由主義の崩壊を見れたのは最上の幸せ
かもしれない。ただし日本も私たちも全て失ってしまうが、それもまた仕方が無い。
この年になれば古米とミソ汁だけで充分。もちろん、これはブラックジョークだが・・本音半分である。
それとネット社会を代表とした情報社会を見れたことも大きい。この20年間で、数百年の歴史を
パノラマのように観ているようだ。

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2008年02月03日(日)
2496,  無くてはならぬもの ー?       YΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ
「無くてはならぬもの」 佐古純一郎著
  孤独に対峙する自己 -自分と他者との支柱ー
 P-114 人と人との間柄のなかで生きるという存在のありかたがこわれてくると、人間は人間
でなくなるのである。人と人との真実なる間柄、それを私は交わりと呼ぶが、交わりのなかで生きる
ことこそが、実は人間の条件。人間形成とは、この私が自己の内に自我を追求することではなくて、
真実が形成されることである。それが人間の形がなるという意味である。
P-119  現代を生きる人間の悲劇は、孤独に耐えられなくなっていることではあるまいか。
たとえば、読書という身近なことがらについて考えてみよう。 深夜、自分の部屋で、その静けさ
のなかで、独りしんみりと古典を読みながら人生を思索するような生活の喜びを本当に見出して
いるだろうか。むしろ、そういう静かさの孤独の時間が、なにか恐ろしい、耐えられないといった
苛立ちがあなた方を捉えていないだろうか。デモに参加したり音楽喫茶で歌って解放感にひたる、
そういう孤独からの脱出が、大きな誘惑になる。孤独のなかの自分をほんとうにいとおしみ愛する
ことができるような、人生を生きてほしい。
 P-126  私たちは極めて重要な問いの前に立たされているのである。人は孤独な存在である
ことを知るゆえに、孤独を大切にしなければならない。が、孤独を大切にしながらも、孤立しないで、
人と人との力強い連帯を創造するというようなことが果たして可能かどうかである。・・・・
ドフトエスキーの「地下生活者の手記」に考察されたような、全世界が崩壊しようが、自分が
いっぱいのお茶をすすめられたらいい、というような、そういう個の尊厳が、私たちの実存の深み
にひそんでいるのである。自分は自分であって、絶対に代用品は使えないのだという、個の尊厳を
一方において大切にしながら、しかも、私たちは他者との間に、生き生きとした連帯をつくり出して
いかなければならないのだとしたら、それは極めて困難な課題の前に立たされることになる。
 ・・・・~~孤独に耐えられない自己が、群集の雑踏のなかに自己からの逃避をこころみて、
しかもそこにも生の孤立化が厳しく横たわっているとしたら、そして、そのような群集のざわめき
に耐えられない生が、もう一度孤独の世界に帰っていこうとしたら、それは徹底的な人間嫌いの底に
沈んでいくしかあるまい。それは、やがて生そのものからの逃避として、私たちの生を自滅に追い込んで
いくかもしれない。そのような状況では、私生活の尊重というようなことすら、もはや意味を失って
しまうであろう。人生の危機に立つということは、そのような状況のことである。 
P-137 イスラエルに旅行したとき、いたるところで、多くの人から
「どうして日本の青少年は、そんなに自殺するのですか」と質問を受けた。もし、あなたが
「それは日本が悪いからです」と答えたら、「社会が悪いから自殺するほど、日本の若者は弱虫か」
と不思議におもうだろう。自殺する多くの人々が、遺書や手記を残しているが、ほとんどの手記には
「俺は社会が悪いから死ぬ」とは書いてない。‘おれはひとりぼっち’‘私はひとりぼっち’と他者
から孤立してしまった寂しさを表白している。このことを私は「生の弧絶化」というふうに呼びたい
と思う。要は誰もが独りぼっちでしか生きてないのである。
 ーーーーーーー
以上だが、この言葉の一言一言が当時の自分にストレートに響いたことを、記憶の底から木霊の
ように甦ってきている。孤独の、いや孤立の自分に徹してこそ、本の中の見知らない魂の言葉は
伝わらってくるのである。この時にこそ初めて魂と魂が出会えるのである。 
そして出会ったとき、孤独は孤独でなくなるのである。
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2007年02月03日(土)
 2132, ああ~勝ち組か~         才八∋ウ_〆(∀`●)
「勝ち組」「負け組」という言葉を聞かない日が無いほど語られている。
・男なら、東大か慶応を出て、高級役人か外資に入り、コンピューターを片手に、30歳そこそこで
1千万近くの年収を得て、白百合か、日本女子大出の金持ちのお嬢様を嫁にもらい、六本木辺りの
マンション住まい。・女の方は、お嬢様大學を出身で、勝ち組の男を紹介してもらうか、合コンで
キャッチ、そして結婚。 できたら専業主婦として幸せを一生保障された人生を歩むのを「勝ち組」
とかいうのだろう。『白馬の騎士』と『お姫様』との物語の通り生きること、これが勝ち組の人生と
誰も信じて疑わない。その化かし合いの結果の破綻が、先日のセレブ?バラバラ殺人事件だった。
それに似たのが何処にでもありそうなカップルだが・・ 最近の離婚率は30?を越えようとする
勢いらしい。家庭内の破綻を入れると50?というから、恐ろしい。子供の半分が不幸を背負い込む
ことになるから問題は深くなる。なぜ破綻するか?不幸の結婚のカタチは半分以上だから事例は
山ほど周辺に転がっている。
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