つれづれに

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今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=fSmzhqbuABU

 写真は、隣家の基礎。7~8Mの杭を20~30本打ち込み、
その上に鉄筋で組んだ型を建坪に置いて、今度は鉄骨をはめこんでいる。
現場での作業はただ組み立てるだけ。現場での人件費を極力小さくしている。

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2379, 人は60歳で何をしたか -5
2007年10月08日(月)               
「人は60歳で何をしたか」藤原治・著
 まずはー大江健三郎『燃えあがる緑の木』ーから、印象的な部分を抜粋してみる。
 ここでは、 大江健三郎の魂に対するイメージを鮮明に言葉にしている。
「亡くなった人が、生まれる前から割り当てられていた、森の樹木の根っこに戻っていく」
 自分の両親は、どの木に戻っていったのだろうか?もし両親に、
「この木と思う!」と言われていたとしたら、墓より意味は深いはずである。
「自分の木を見つけておきなさい!」という言葉にハッとしたことがあったが・・
今度は本気になって、自分の木を探すことにした。
知人の別荘?に、大きな大きな藤の木がある。多くの花が咲いた写真を見せてもらったが、そこには
祖先が集って咲いているのだろう。そして、そこの根元に自分たち家族も行くと思うと心が安らぐはずだ。 
 そこには会いたくない人もいるのかもしれない?が・・・
多くの先祖が集っていると思いながら手入れをすれば、それは楽しいだろう!
自宅にも藤の花がある。あれが母で、梅の木が父と思うと何か庭が違って見えてくる。 
 そうだ私達の木を植えよう? あまりそういうことを考えると、ここから出れなくなる!
ーP・50
「家庭おける、環境が持っている『癒し』の力から、私は核時代の病んだ社会に対する、
被爆者の『癒し』の力を考るにいたりました。すくなくともいま広島.長崎で核兵器廃絶の
ために発言し、活動している被爆者たちに(略)社会全体あるいは惑星の人間全体に対する
『癒と』への積極的なねがいを見てとらぬわけにはゆきません」無視するには心苦しい大江は、
還暦の頃どんなものを書いていたのだろかと、ある種の郷愁を持って訪ねてみた。
そうすると、『燃えあがる緑の木』三部作にたどり着いた。
しかも、大江は95年のノーベル文学賞発表の際、この『燃えあがる緑の木』三部作を
最後に、創作活動を終え、その後の執筆再開の予定もないと宣言していたのである。
これほど、本稿に相応しいシチュエーションはないと、本屋に走った。
だが待てよ、と思った。『燃えあがる緑の木』というタイトルから内容を、何も想像できない。
この本を読んでもまた、大江のことを何も理解できないかもしれない。
そこで、文庫本コーナーで『私という小説家の作り方』も合わせて買い、読んでみてようやくわかった。
今まで、都会育ちの僕がわからないのも無理はなかったのだ。『私という小説家の作り方』には、
今まで理解できなかった彼のキーワードが解説してあった。 例えば「森」。
「森」は彼の出自と刷り込みを表しているという。『燃えあがる緑の木』にも、同様のキーワードが点在する。
「屋敷」「在」「十畳敷」「森の会」百草園」などだ。そんなキーワードは『私という小説家の作り方』
を読んだ後だったので支にはならなかった。それに主題はたぶん、次の言葉に尽きるのだ。
「私は魂のことをしたいと思います」
そうなのだ。魂のことを仕事にしたら、もうその先は何もないのだ。
それを大江は知っていて、『燃えあがる緑の木』を最後の著作にしようとした。
その「魂は、谷間や『在』の民家にらに体を残して浮ぴ上る。
そして、グルグル旋回しながら上昇して、生まれる前から自分に割りてられている
森の樹木の根方におさまる・・」とし、魂とキーワードとの関連を主題としていのだ。
しかも、随所に、僕の親しみを持つ人たちの名前がちりばめられている。
ドストエフスキー、ンテ、プラトンランボオ……。 そして、こう結論づける。
「自分がこれだけ生きてきた人生で、本当に生きたしるしとしてなにがきざまれているか?
そうやって一所懸命思い出そうとするならば、かれに思い浮ぶのはね、幾つかの、一瞬よりはいくらか
長く続く間の光景なのじゃないか? そうすればね、カジ、きみがたとえ十四年間しか生きないとしても、
そのような人生と、永遠マイナスn年の人生とはさ、本質的には違わないのじゃないだろうか?」
息子の作曲家、光さんも登場させている。
「ヒカリさんは、これから自分で作曲してゆく音楽が森の高みから聴えてくる感じで歩いていたよ」
つまり、大江の最後を飾るのに相応しい筋立てなのである。
ーーーー
解)
大江健三郎の魂についての言葉に少し衝撃を受け、そして納得?させられた。
何度も何度も次のイメージを繰り返しながら考えてみた。
「魂は、谷間や『在』の民家に体を残して浮ぴ上る。そして、グルグル旋回しながら上昇して、
 生まれる前から自分に割りてられている森の樹木の根方におさまる・・」
その「魂のことをしたいと思います」というのだから・・・
60代以降は「魂のことをする」ということを念頭に生きる時期なのか? 
魂のこととは何? 魂に触れること? それでは魂とは何? 当然のことながら解るわけがない。
ヘーゲルも「魂を語るに天使の舌が必要である」と。
理性では語りつくせないということだ。だから、それぞれのイメージを書くしかない。
それを大江は鮮明に表現したから、衝撃を受けたのである。
      
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2005年10月08日(土)
1649.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・8
8・うちの商法ー3
宗親
昼も定食を一品だけ出してるんだ、日替わりでね。
月曜はマグロ刺し定食、火曜日はマグロハンバーグ、
水曜日はマグロブツトロロがけ定食、とかしてね。
すべて700円で100食限定でね。もちろん完売だね。
特に金曜日はトロ定食980円で出すの。行列になるよ。
普通だったら原価割れ寸前のはず。いや実際の価値は3000円以上だよ。
一本おろすからできるんだ。お客は知っているの、その事を。
うちの店の厨房は、一歩入ると機械だらけなの。マグロのメイン以外は手をかけないの。
ご飯、味噌汁、コーヒー、スープ、オニギリなんか手をかけないように
器械化がしてあるんだ。 今の器械化は凄いよ。
それと生野菜の真空パック技術なんか信じられないぐらい凄いよ。
手を抜くところは、徹底的に抜くんだ。その反面、入れるところは徹底的に入れるんだ。
初めはね、中の上の商品を中の下で売れってねコンサルタントの先生に教えられたの。
それを忠実にやっていたの。そしたら疑問がでてね。
上の下の商品を下の上の値段にすべきじゃないかってね。それをやるにどうしたらよいかってね。
仕入れを変えるしかないってね。それには生産現地に行くしかないって考えたの。
そして、焼津に3日泊り込みで行ったの。 同業者のところに毎日通ったね。
               
・・・・・・
2003年10月08日(水)
ある時間の断片ー38

11月12日
・明方まで酒を飲んでいたせいか、10時過ぎまで寝ていると、電話が
かかってくる。先輩の永田さんから、文京区役所でバザーの手伝いの
依頼だ。毎日毎日お呼びが良くかかるものだ。
タクシーで駆けつける。電動歯ブラシの販売である。
これは売れそうだと思いきや、殆ど売れない。
隣で30過ぎのオバサンと話をする。
宝石のデザイナーで、渋谷の専門学校で色彩学を教えているとか。
西銀座で宝石店を持っているとか。
彼女の友人の銀座の「モンブラン」のバーのマダムも、バザーの手伝いに来る。
販売よりも、この二人と話している方がずっと面白い。
結局、この二人と知人が買ってくれたのを含め都合6つしか売れなかった。
がっくりしたが仕方がない。帰寮後、風呂に行き、食事をして、21時から25時まで
ゼミ関係の本を読んで就寝。
ー後記ー
最近、急速に武沢ゼミに影響されている。先生とゼミ同期の4人だ。
非常に個性的である。その4人に段々感化を受けているようだ。
それと教授の影響がここにきて大きい。気を緩めると、潰されてしまう位厳しい。

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543, [エッ嘘だろう!!]
 - 2002年10月08日(火)
「エッ嘘だろう!!」と思わず叫んでしまった。
自己資本は資本金の2倍以上で、創業時の償却勘定で
 マイナスになった以外は黒字の優良会社と思っていたのに、
 会社の借入金がある銀行の不良債権の可能性があったという。
・政府系銀行の借入れの都合で個人名義で買った
「2箇所の駐車場の土地」の資金を会社から借入をした。
 その役員貸付金が自己資本と同額であった。
 その事情は銀行が解っているのに?金融庁の検査で問題になっているとか。
金融庁の監査の担当がいうには「個人と会社は別物で、その事情は関係ない」
 という。「自己資本と役員貸付金は相殺するのが筋で、そうすれば
 実質資本金はゼロで、健全会社といえない」とか。
 たまたま節税のため、個人の2物件を会社に売却をする報告に銀行にいって、
 その話を聞いて呆然ー足し算引き算も出来ないのが現状なのだ。
 金融庁地方銀行の審査レベルの混乱がこういう現象を生んでいる。
・これがグローバルスタンダード?という事なのだろう。
 考えてみれば個人と会社を一体で見るということ自体おかしな話だろう。 銀行にしても、
金融庁にしても「売却をして相殺しなさい!」ともいえない。 こちらが判断をするしかないのか。 
とんでもない誤解?で、不良会社になっていたのだろう。かなりこういう混乱が全国で起きているのだろう。
 今の日本の自滅のある現象だ。 社会主義世界の崩壊のある断面だろう。
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[178] 忘れられない店ー4(金沢)
ー平家ー鉄板焼き   2001/10/08
金沢にいた時期によく行った店である。もう30年も前の話である。
4~5年前に行った時まだっその店があったが、しかし個性的な親父は死んでしまっていた。
その店のかみさんがそのままいた。高級化して二店になっていた。落人焼きといって、
何でも鉄板で焼く鉄板焼きやで‘平家’というだ名前の店だ。今でもちょっとないかわった店だ。
食塩の箱入りとともに、キャベツが山盛りでツマミにでる。大きい鉄板の上で魚や肉や野菜や豆腐を焼くのだ。
その為店が油でギトギトで真っ黒で、またそれがいい。親父が遊び人風の個性の塊のような親父で、
その話を聞いているだけでよかった。当然お母ちゃんがいて、人間味あふれた夫婦であった。
2時間ぐらいいるうち、必ず大喧嘩をするのが名物で、皆それが始まるのを待っている節があった。
「マダ喧嘩始まらないの?」と聞く人まで出る始末。そしてすざましい喧嘩である。
たまに奥さんが休みの日、一人ショボンとしているところがまた可愛い。
何回も家に電話しているのだ。たまたま初めて行ったのは、会社の先輩が競馬で大あてをして連れていって
もらったのだが、「お前の人生は今日で終わりだ、大穴を当てた味を知ってしまったのだからだ!」
と先輩に説教が始まった。それがいや