つれづれに

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  今日のYoutube
http://www.youtube.com/watch?v=lxMBCWfDV5Q&feature=relmfu
http://www.youtube.com/watch?v=oaMTSOI1Zk4&feature=related

 
 今日も凌ぎやすい日だった。本来の暑さに戻ってきたということか。
民主党党首選、細野も、田中真紀子も当然のことながら降りた。
野田が民主党の立場から見て、敗戦処理もするのが当然のこと。
 自民党は、安倍元首相が党首に立候補して落選後、一人、脱党して、
維新の会の党首になるのもありえる。どっちにしても、面白そうだ。

 欧州と中東は平成を保ってはいるが、いつ何処で発火するか
分からない危険な状況。まずは、この週末は大丈夫そうだ。
アメリカ大統領選挙があるから、その直前まで持たせるのか、それとも
早々、始まるのか? 一度、火がつけば、大騒動になってしまう。



随想日記の今日のカット分のコピー
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1983, 閑話小題
2006年09月07日(木)
 ーウォーキングの道でー
先日の土曜日の9時過ぎに土手でウォーキングをしていると、
小学校の運動場で運動会が開かれようとしていた。
開会式のようで、マイクの声が聞こえてきた。
ところが中学生の声で、「何々中学応援団団長何某!」その後に、小学生の女の子の声で
「何々小学校応援団長何某!」と、宣誓の最後に締めくくった。
今どき、中学校と小学校の合同の運動会か?と、思いつつ通り過ぎながら見ると小学生しかいない。
中学校の応援団が、運動会の高学年の応援指導をしていたのである。男生服を着て、頭に長い鉢巻をした
10人ぐらいの中学生が大声で、高学年の生徒の前で応援の手ふりをしていた。何とも微笑ましいが、
生徒のほうはピリピリしているのが伝わってきた。運動会全体がしまっていたようだ。
    小さな集団に小1のグループがあった。幼稚園の集団と間違ってしまうほど、幼さが残っていた。

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2003年09月07日(日)
886, 「ありがとうの言葉」ー8

昨日の散歩で何回『ありがとう』をいえるか試してみた。
8500回であった。
 今日は1万回に挑戦をしてきたところだ。1万回は2時間以上ふるに言い続けて初めて可能になる。
言い続けるにしたがって、忘我の境に入っていくのがわかる。7000~8000回が、その入り口であった。
回りが全く遮断され「ありがとう』の言葉に一体化してしまう。

 カウントを間違わないように指先に集中するのがポイントだ。そうしないと、すぐに何かを考えてしまうからだ。
右指を十単位、左指を百単位で折ってカウントをする。カウントも、時間で計る方法と、距離で計る方法がある。
今の私には指折りが最適のようだ。慣れてきたら時間か距離の計測に変るつもりだ。散歩の歩数は、初めは
万歩計であったが、今は時間で計っている。
 散歩に「ありがとう」を言い続けるのが一番良いようだ。
この随想日記を読んで一番初めに反応してきた、ある社長は一日平均6000回言っているという。
また彼が紹介した知人の数人が、「幸せの宇宙構造」を10~20冊買って周囲に配っているという。
ありがたいことだ。反対に一週間の約束で貸して、2ヶ月以上経った今も返してこない人もいる。
「ありがたい」と思えば約束を守っているはずなのに。読んでないのか、馬鹿なのか。
「貸したら帰ってこない」と思わなくてはならないのは解っているが。

「幸せの宇宙構造」を読んで、『ありがとう』を言い始めて3ヶ月が経つ。
気持ちが安定をしたことが何よりの成果である。それと、人に対して寛容になったようだ???
ミニ瞑想を繰り返しているようでもある。否定語は相変わらず使っているが、すぐに「ありがとう」
という言葉で消してしまうのが良い。
・・・・・・・

2002年09月07日(土)
512,パンプローナ牛追い祭り
今朝9時半より、衛星TVで今年のサン・フェルミン祭を放映していた。もし神様が一日だけ
もう一度同じ日を与えてくれるといったら、4年前のこの祭りの最終日を間違いなく選ぶだろう。

今年は例年になく多くの負傷者が出た。今日の番組は毎朝の牛追いに絞った8日間の内容の為、
毎年放映される中でも特に迫力があった。初めから最後まで手に汗を握る内容であった。

この祭りはヘミングウエーの「日はまた昇る」で舞台になり世界に一躍知られるようになった。

この期間ー7月上旬の8日間、町中の人が白い服に赤の腰巻の布を巻き、赤いネッカチーフをつける。
パンプローナの出身者の多くが帰ってくるという。毎朝6頭の闘牛とそれを先導する虚勢牛6頭の
合計12頭が闘牛場に向かう街の道路に放たれる。毎日異なるドラマを生みながら熱狂を8日間重ねていく。
その6頭の闘牛が毎日おこなわれる。4年前その最終日の闘牛をみたが、会場が異様な熱狂に包まれていた。

その牛の前を走るエニシエロが、勇気試しになる。19世紀半ばからこの祭りが始まり、
闘牛とか牛追いは途中からその祭りに加わった。
ーユーラシア旅行社でいくと、市役所広場の前の4階の部屋からファイナルギャザリングと牛追いが見れる。
ー4年前の「北スペインの旅」-より抜粋ーの内容をコピーしておく。
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・・・・その中で一番のハイライトがパンプローナの“牛追い祭り”であった。
延々8日間にわたって毎夜、闘牛が行われる。その牛を毎朝、市役所から闘牛場へ、
町中を追い上げる。その前を街の若者が走って、度胸試しをする。死人が出ることがあるという。
我々が着いたその日が最終日の為、最高の盛り上がりであった。その夜の闘牛も
その為か異常な熱狂を会場にただよわせていた。これこそ正しくスペインと思われた。
深夜の十二時に向けたファイナルギャザリングが、一生の思い出になる感動的場面であった。
市役所前に数千の群集がロウソクを手に持って集まり、ロウソクをかざしながら歌い踊るのだ。
彼らが心の底からパンプローナを愛しているのがよくわかるのだ。民家の4Fの一室を借りて見たのだが、
光の海を見ているようであった。トランペットやバイオリン・タイコの楽団の演奏にあわせて歌を
全員が歌っている。キリスト教で祭りを集団で祝うのはスペインだけといわれている。
イスラムキリスト教が融合して、神聖かつ感動的・熱狂的なお祭り騒ぎなのである。
このような宗教的感動的場面に出会ったのは初めての経験であった。
この場面に出会っただけでもこの旅行は充分の価値があった。一生の心の財産になった。

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2001年09月07日(金)
[137] ピラミッド

「ピラミッドに登る人、途中で休んでいる人、オアシスにいる人、小さなピラミッドを
造っている人、ピラミッドの盗掘をしている人、駱駝で荷を運んでいる人、」
これは社会を例え話で解りやすく説明したもの。ピラミッドは会社・組織を喩え、小さなそれは
事業を起こそうとしてる人。オアシスはノッケカラそれを捨て、人生楽しんでいるアウトサイダー
荷を運んでる人は、その全てのサービスに徹してる人か。20代前半からもちろんこのことは解っていた。

普通の人から見れば、社会構造を冷静に見据えていたようだ。卒業する前から、ピラミッドに上る
意思は全くなかった。「立場があってそれも仕方ないのかな」とぐらいしか考えてなかった。
卒業の前年、石川播磨の造船所にゼミで見学に行った。ショックであった。
タンカーに数百人が張り付いて働いているのを、上から見るのだ。要するに組織の中では個人は
小さな存在でしかない。反面組織化すれば、これだけおおきい仕事ができるのだ。
その時の私の反応は「ボートでいいから海の中で自由に生きたい!」であった。ピラミッドに必死に登り、
突然ピラミッドから排除されミイラ人間になったり、自殺したり、転げおって死んだり。
オアシスの何かも知らなかったりする。単色の人生さえ気づかなかったりする。
もっともオアシスの人は、ピラミッドの広い視野眺めの素晴らしさが解らない。
それぞれの立場を、たとえで一瞬で見たことは一生忘れえぬ印象でのこった。

ーこれに似たたとえは‐大型船の船員か、小型線の船長的生き方か?
大型船は遠い海原を航海できる、反面その役割以外の事が出来ない。
小型船は自由に、全ての裁量が可能の反面、枠が決まってくる。
本人の立場と特性で決まってくる。