つれづれに

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 今日のYotube
http://www.youtube.com/watch?v=P_rgE7nDcHw&feature=related

 書斎コーナーがある部屋の温度が33度である。
今年は、飲料用ブルガリアヨーグルトを二日に一本の割合で飲んでいる。
これにダイエット用のコーラと、暑いウーロン茶で水分補給している。

 昨夜も家内が午前二時半に起きてオリンピックの体操と、水泳を見ているのに
起こされ、半睡眠状態で40分ぐらい、みていた。金メダルを取るのは、
そう簡単ではない。異様な雰囲気の中では何が起こるかわからない。


 ・・・・・

 以下は、10年前の文章である。
あれから10年、私も66歳になってしまった。
この老女に向けて間違いなく、一歩づつ歩き出している。

2002年08月02日(金)
 475, ある老女の遺書-1
この文は「心に残るとっておきの話」第五集に載っていた話で、そのまま写し書きしてみる。
ー老人ホームで孤独に死んでいったある老女のロッカーの中から見つかった詩、書き置きです。
「何がわかっているのです!看護婦さん、あなたは何わかっているの? さほど賢くもない
年老いた気難しい女、ぼんやりとした目付きをして行動力も緩慢で、食ものをボロボロ
こぼしても返事をしない。(努力して、やってみて欲しいの!}とあなたが大声でいっても、
そんな事少しも気にかけない様子で、靴下や靴はいつもなくしたまま、何も逆らわず、
何をしようというわけでなく、長い一日を入浴と食事で埋めている。そんなふうにあなたには思え、
そんなふうにあなたは私のことを考えているの? もしそうなら、看護婦さん、目を開いて、
私を見つめてごらん。あなたのいうままに、あなたにしたがって食事をし、私がじっと静かに
ここに座っている間に、私のことを話しましょう。私が十歳の子供の時、父と母が一緒に暮らし、
兄弟姉妹は互いに愛し合い、十六の若い少女のときはウキウキして、もうすぐ愛する人
巡り会えることを夢み、やがて二十歳になろうとする時、花嫁になり心は踊り、
永遠に守ると約束した誓いの言葉。                     ー続く
・・・・・・・・
 2002年08月03日(土)
476、ある老女の遺書ー2
25歳で子供が生まれ、子供のために安全で幸福な家庭をきずき、30歳の女性になり、
子供の成長も早く、永遠に続く絆で互いに結ばれ、40歳の時若い息子たちは成長し、
巣立つ日も近く、50歳の時、再び、私のヒザの上で幼子が遊びたわむれ、もう一度
私を愛する子供達と私は理解しあう。夫が死に暗い日が続き、未来を見つめ、恐怖に身震いする。
若い者達はみな子育てに忙しく、私は昔を愛し合った日を思う。私は年老いた女。自然は残酷だ。
老年が私をおろかにみせる。私の体から優雅さは打ち砕かれた。活気はなくなり、かって熱く燃えた心も
今は石のよう!しかしこの古い身体の中に、若い少女は住み続けている。そして今も再び心がときめく
喜びの日々を、また苦しかった日々を思い出し、私の人生を愛し続け、過ぎ去った日々を再びたどる。
永遠に続くものは何もないという厳しい事実だけを残し、あまりにも短い、あまりにも早く過ぎ去った
年月の事を思う。さあ看護婦さん、あなたの目を開きなさい。 目を開いて私を見つめて、
もっとそばによって、気難しい老女でない、‘私を知って!’
ーーーーー
この文は6年前に読んで非常に感動した本だ。一人の人間の心の叫びがそのまま伝わってくる。
これを何時か書こうと思っていたが、その時がきたようだ。いや久々に検査の為、病院に
行ったのがきっかけでしかないが。これだけの文章の中に人生の全てを言い尽くしている。
これは詩である、人生を言い尽くした。 必ず誰も思う道だ。


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 この続きの感想文は、明日の随想日記のテーマとして取り上げる。 老いも人生の一部である。
生きている限り道半ばである。死んで、あと半分が消えて逝くのである。グッチャと逝けばよい。
昨日の新聞に、以前、酒飲み仲間だった男の死亡広告があった。 死んでしまえば、それまでか。
100回以上は、のんだろうか!