* カラスの話
 これまで、何度かカラスについて話題にしてきた。早朝のポタリングで、
2つの大橋の手摺や、道すがら、電柱のカラスと毎日、御対面をしている。
一ヶ月前、自宅の2F玄関前にいたカラスを強く追い払ったところ、その場所と、
1Fの門の横にある電柱から、毎日のように大量のフン攻撃が続いている。
意図的か偶然か、判明できないが、掃除をしても、直ぐに汚してくる。
 10数年前になるが、近所を自転車で走っていた時、前方から低空で前車輪
にフンをかけていった。 その直後、新聞とラジオで、「カラスのフンかけは、
意図的かどうかを専門家が答える内容を報じていた。専門家は、「あくまで偶然。
とにかく、小出しで、回数が多いための偶然」と否定的。 散歩とポタリング
を含めて40年近く出歩いているため、一番、接触が多いのがカラス。
得体のしれないカラス社会のごく一部は垣間見れるが、鳥類は「空飛ぶ恐竜」
そのままの原型が一番多く残っている。
 〜以下がネット内検索の内容。日頃、余程、閑(時間持ち)のようだ!〜

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2014/07/24
閑話小題 ー最近、またカラスが・・
   * 最近、またカラスが・・
 このところ、若いカラス数羽が自宅の庭周辺のテリトリー争いで、威嚇の鳴声が
鳴響いている。 一年ほど前に以下の文章を書いていたが、現在も、その延長戦が
続いている。ポタリングを毎日2時間していて見かける動物は、ほとんどが鳥。
その中でカラスが目立って多い。その上、庭に雀の群れ、小さな地鳥、渡り鳥が
次々とやってくる。  ー去年に書いた内容といえばー
≪ 4440, 閑話小題 ーカラスの糞かけ <2013年05月13日(月)>
 数年前になるが、自宅近くを自転車で走っていると、カラスが低空できて、二m先に
糞を落としていった。「これは果たして私を狙ったか、偶然か?毎朝近くを通る度に
考えていた。 ところが一昨日の朝日新聞のコラムで、四コマ漫画「ののチャン」が、
専門家に質問する形式で、「カラスの糞かけは、意図したかどうか」を取り扱っていた。
よくあるので、取り上げたのだろう。 答え手は「あくまで偶然で、カラスにとって何ら
利益にならない」と、ゲーム説、カラカイ説には否定的。専門家とはいえ、
私のように30年以上、毎朝、散歩やミニサイクリングでカラス観察をしていた訳でない。
で、私はゲーム説。 (中略)そういえば、散歩中の小型犬を、カラスが至近距離で
威嚇し遊んでいるのを見たことがある。犬の飼主も、そのやり取りを面白がって
見ていたが、明らかにカラスが小犬をバカにし遊んでいた。 
 ところで昨日の午後、帰宅をすると、隣の空地で4羽のカラスが入り乱れての空中戦。
よく見かけることだが昨日は違っていた。二組の激しい乱闘。初めは車内で見ていたが、
決着がつかないので、一度、車庫に車を入れて門の陰からみたが、その間7〜8分。
 鳴声を聞きつけた他のカラス数羽が駆けつけ、騒然とした中の乱闘は、見もの。
上下に体勢を入替わり互いの身体をワシヅカミの突つきあい。
4羽が無事に飛びたったのが不思議なほど。 最近、来ているのが、その一羽? ≫
▼ 今回は、他の小さな渡り鳥や、モズも入乱れて、カラスと牽制しあっていたが、
どうも、我家のインコが 野鳥の興味を惹くようだ。で、「カラス除けグッズ」をネット?
と思ったが、他の野鳥も来なくなる上、無粋。 
そういえば近所の土手も、信濃川河川敷も、野鳥の絶対数が年々減っているのが
気がかり。 至近距離の田畑20反も住宅地に変わってしまったがこれも小さな緑地の
我家の庭のテリトリー争いの激化の理由?仕事から離れ、自然と向合う機会が
多くなると、今まで見ても見えなかった自然に触れあうことが多くなる。地方の良さは、
軽井沢、那須などに行かなくとも触れ合える! ますます御隠居生活に慣れてきている。

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2013/03/27
閑話小題 −つれづれに
 * 一昨日、カラスの交尾をみた。
ポタリングの何時ものコースの通りの脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが
舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根をそば立てて小さくうずくまった。そこに
オスが・・ メスからの求愛である。これで春の訪れを知るとは… 

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2011/11/11
閑話小題 〜〜
   * カラスの怒り
 一月ほど前の話になるが、信濃川の大橋を自転車で走っていると、橋の下から
飛んできて欄干にとまろうとしたカラスと50センチ位の間近かの鉢合わせをした。
カラスは不意をつかれヒックリ返って橋の下の方に落ちていったが、体制を立て直した
のだろう、30Mも行かないうちに自転車の数m先の欄干に止まって羽をいからせ威嚇
してきた。それを4度も繰返したことから、怒り心頭で怒っているのが分った。
カラスにも人間のような意地があるようだ。散歩などで時おり威嚇してくる。
黒色系の服装が刺激するのだろう。鳥は、人間が思っているより遥かに頭がよい。
それもカラスは、地元密着で多くの知識の蓄積がなされている。人間社会との微妙
な距離を守り、共存している。土鳩・カラス・雀は世界の街の何処にでもいる鳥
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2007/11/04
2406, カラスの話 −2
 「カラスの話」でもテーマにしようかと思いたった。
ところが、そういえば一年ほど前に書いたような気がしたので調べたら
(Hp内の検索)やはりあった! 一年近くに書いてあった。

先月の10月23日のこと、中越地震三周年の花火が通勤の帰路に
(亡くなった人の数?)打ち上げられて、その音と地響きが聞こえてきた。 
その時、彼方此方からカラスの鳴き声が聞こえてきたが、
「恐怖の叫びと、互いに安全の確認」と推測できた。

「カラス語」で検索してみたところ、仏の鳥類学者デュポンのカラスの研究
があった。彼の長年の研究の結果、カラス語が幾つか解るようになった。
・カラス語は25の語数からなっていて、ほぼ全ての意思を伝えることでき、
・「クラ、クララ、クラオ、クラオ、クロア、クロネ・・・」とある。
 フランス人は日本のように「カ〜カ〜」の音ではなく、「ク〜ク」の
「ク」の音階で聞こえるという。それぞれ ーここ、そこ、前、うしろ、
人間、寒い、暖かい、というようなことを話しているという。

この数日のウォーキングの道すがらカラスの鳴き声に耳を澄ませているが、
成る程、意思交換をしている。 カ〜カ〜カ〜という長い声と、カッカッカッ
という短い声、音程の上下、回数、などが微妙に違っている。それと、朝晩
の集会での意思交換をしている。

話は少し変わるが、先日のこと、カラスが宅上犬をからかっている場面に
出くわした。宅上犬の歩いている先の橋の欄干にとまって挑発をしていた。
その可愛いい犬が吠えても逃げようとしないでカ〜カ〜と鳴きかえしていた。
飼い主は面白がって、その犬とカラスの攻防をなすがままに任せていた。
それをまた、私も見ていたのだから・・・
カラスが子犬を馬鹿にし、からかっているのが何とも人間的であった。
 数分のやり取りの後に、電線に飛んでいった。
最近のカラスは、一番身近な野生?の動物である。

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2007/06/18
2267, 「遊び」
                (゜∇^*)オハヨ♪
 遊びの重要性は、両親をみていたり、学生時代などの経験から
「働き」と「学び」と同じくらい位置づけてきた。
その三つのバランスを如何に組み合わせるかが人生の豊かさと信じて、
年、月、週の計画に組み込んでいた。
人生で最後残るのは、特に「遊び」の中の充実感である。               
「遊び」については、今まで何回か取り上げてきた。
人は良く遊び、良く働き、良く学ぶことが、良く生きることを目ざすことだ。
そのどれも必要なことであり、それぞれにとって、背後に二つを必要とする。
何ごとも楽しみになるまで追求すれば、しめたものである。私の場合、ゲーム化
が楽しみへ持ち上げるポイントであった。
ゲーム化に対しては批判もあるだろうが、何ごともやりかたである。
到達地点を設定して、その間の障害を乗り越えながらプロセスを楽しめば、
遊びへ転換する。ゲームは、勝ち負けを争う遊戯、競技もしくは賭博として
一般的に認められているが、日本では、「ゲーム」という言葉を使う場合、漠然
とした「遊び」と比べ、「パッケージ化された遊戯の一形態」という印象を与える。
 学び、働きに対して、遊びが一番充実していた!ようだ。
遊びは他の二つと違って、他者との対比の必要はない。
一番好き嫌いの主観的要素が生かせるからよい。同じ人生、楽しまなくては!
何ごとも「遊び」まで持ち上がるまで集中すべし!ということか。
 … (略)
 ー以前、カラスの遊びについて書いた部分を抜粋してみるー
カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、動物学者の研究観察
から認められている。その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。
・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、
・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような行動で仲間と遊んだり、
・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、
・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが面白くて始めた
 “遊び”といわれる。
 そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。
「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽(もうきん)類に
襲われた場合に備えてのチームプレーの訓練」という見方もあるが、
それを遊びにすることが、高度な知的行為である。
 ーー 
イルカや、サルなど知的レベルの高い動物ほど日常の中に遊びが入っている
ところが、注目に値する。   d=(^_^)=b
 競争、偶然、模倣、めまい、か〜〜〜!
何かの偶然の重なりで娑婆に生まれ、ママゴトのような人生の中で、
ワッペン取りや、かけっこ競争や、ブランコ遊びをして、
ふと、気づくと孫に囲まれ、遊びの手助け!、 これが人生。

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2006/10/24
2030, カラスの話
           (*^○^*) ハ〜 ヨウ
20年間にわたり散歩の途上、色いろの鳥を観察してきたが、特にカラスが面白い。
低空で飛んできて糞を落とされることがあったが、あれは狙ったのではないか?と、
今でも思っている。時々からからかったりしていたからだ。

散歩の時は黒ずくめのためカラスは敵と見るらしく、近くを通るとき威嚇される。
雀や、セキレイや、百舌鳥などを襲っているのを何回か見かけたことがある。
日本のカラスは生きた成鳥は襲わないと言われているが、時には襲うようだ。

ある日、思いもつかない不思議な場面に出会うことがあった。
小雨の中、近くの高校のグランドの地べたに数百羽のカラスが舞い降りて、
ただならぬ雰囲気で情報交換しているような場景があった。
また電線に千羽以上もとまっていることもあった。
あれは何かの集会ではないだろうか?

カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、
動物学者の研究観察から認められている。
その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。

・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、
・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような行動で
 仲間と遊んだり、
・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、
・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが面白くて
 始めた“遊び”といわれる。
 そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。
「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽類に襲われた
場合に備えてのチームプレーの訓練」という見方もあるが、それを遊びに
することが、高度な知的行為である。

遊びのほかにも、驚くべき観察がされている。
取ってきた木の実を土に埋めて隠しても、その場所を正確に記憶している。
驚くべきことは「百箇所以上に埋めた場所と、それぞれの賞味期限も知って
いて丁度良い時期に掘り出して食べていた」という観察もある。
その瞬時に記憶する能力は人間以上とさえいわれている。

イギリスの動物学者のエメリーの研究によると、
一度隠した木の実を、別の場所に移し替えたので観察をしていたところ、
過去に自分が隠した木の実を盗られたカラスに見られたときだった、
というから人間並みの知能といえよう。ハイエナが自分の巣穴を覚られ
そうになった時に、子を違う巣穴に移すのに似ている。

他にも、銭箱から小銭を盗ってきて、鳩の餌を売っている自動販売機に
その盗んだコインをくちばしで投入、餌を得たり、
また胡桃を空高くから落として割る行為もよく知られている。
街中で生きる内に知恵がついたのだろうが・・・

「羽の生えた類人猿」とは、言いえて妙である。逆のカラスの立場から見れば、
人間は「羽の無いカラス」といえる。弱っている動物をみると、それだけで攻撃
する習性など、そっくりである。
  
 自然世界には、面白く不思議なことが満ちている。
ただ、見てないだけである。いや、見ても観えてないのだろう!
                    
                    \(^▽^*)バイ!