* TPPが合意されたが
 リタイアの身だが、TPP合意のニュースをみて、日本が今までと全く違った
領域に一歩、踏み込んだ妙な感覚になった。保護されてきた産業にとって
大打撃だろう。 日米を中心にした環太平洋経済圏の世界に入ったということ。
敗者はペルーやチリの貧民と同格の生活に入り、勝者は、アメリカの大金持ち
と同格になる。TPP成立は、さらに競争激化を我々に強いてくる。私たちの
世代の時代背景が、奇跡的に恵まれていたのである。貧富の差も、さらに
拡大し、一部勝組の総取りになる。65対35の総中流から10対90、1対99の
下流時代が、近未来に待っている。
   * 曲線コースと直線コース
 2日続きのノーベル賞が日本人に決定したが、 
一昨日の朝日新聞の「天声人語」が考えさせられる内容だった。
≪「自然は曲線を創り人間は直線を創る」と書き出す随筆が湯川秀樹博士にある。
 丘陵の輪郭から草木まで自然には直線はない。しかし田の区画や人家の屋根や
壁などは、すべて直線を基調としている。人間はなぜ直線を選ぶのか。
日本初のノーベル賞学者の考察は奥深い。 今年のノーベル医学生理学賞
決まった大村智さん(80)の来し方に、その短文が浮かんだ。
直線コースを歩んだわけではない。定時制で教え、大学院で学び直し、
微生物を探して土にまみれ――いわば曲線の歩みで大輪の花を咲かせた。
「成功した人は、人より倍も3倍も失敗している」はご自身の体験だろう。
とかく誰もが効率のいい直線を歩きたがるが、曲がったり折れたりの
道端にこそ宝がある。教えられるような受賞の笑顔だった。
 冒頭の湯川博士の随筆は「極微の世界」という著書にあって、人間は
曲線的な自然の外貌にひそむ直線的な法則を発見してきたと続く。そして、
さらに奥へと進めば、いっそう深い自然の神髄に触れるのではないかと語る。
その極微の世界の研究で、昨夜は梶田隆章さん(56)の物理学賞が伝えられた。
素粒子ニュートリノに質量があることを証明した業績は、宇宙の成り立ちを
探る分野での重要な一歩だとされる。
 宇宙間の万物を表して「天地人」などという。ビッグバンから138億年、
大宇宙では微の極みの「人」が自然の神髄を求める知的ロマンに、素人ながら
興味と感動は尽きない。さて、3日続きの興奮はあるか。(10月07日 朝刊)≫
▼ 宇宙の果てから降注ぐトリノ素粒子)は1㎝に毎秒650億個。
それは、地球をも通り抜けていくという。 その発見に世界の科学者は必死
だが、それに質量があることを証明したというから、ノーベル賞に値する。
その素粒子は、我々に住む宇宙からではなく、他宇宙?からのモノなら、
話は、当時のコペルニクスの天動説など比べようがない驚愕に値する説。
質量を持った素粒子とは何かは、私でも時間をかければ理解できるのだろうか。
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2050年の世界 ー17
2014年10月08日(水)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   第八章 弱者が強者となる戦争の未来 ーのまとめ
第二次世界大戦後、戦争による死者の数は劇的に減っている。
 それは冷戦期、米ソの対立によって、戦争が逆に管理されていたから。
・その一方で不確実性は高まった。米英も地上兵力を科学技術力によって
 劇減できると考えたが、9・11を皮切りとする非対称的な戦争では、
 それは誤っていたことがわかった。
・技術の拡散によって、不良国家やテロ組織がアメリカに非対称的な戦争を
 しかけられるだけの力を持ってきている。インターネットを基盤とする
 既成の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が
 持ち運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を
 搭載できる高精度長距離弾道ミサイルなどの技術である。
・一方、地域間の紛争の危険も高まり、その紛争の原因は宗教を起点として、
 水やエネルギーなどの資源を実利として行なわれる。
・そうした地域間の紛争で、核兵器の使用の懸念がある。米ソ冷戦期に
 おいては、距離的な緩衝材があったために、核戦争は管理され実際には
 起こらなかったが、国境を接する国々ではそうした抑止の力がない。
・イランは確実に核保有国家になるだろう。米国と同盟関係にあるはずの
 アラブ諸国は、米国を信じておらず、米の核抑止力に頼らず、独自に核を
 持とうとするだろう。サウジアラビアとエジプト、そしてイラク、シリア
 などが核を保有しようとする
・現在英米の戦略は、空母打撃群を中心に、短距離飛行の戦闘機を中心に
 組み立てられているが、そうした戦略に危惧をいだく専門家もいる。
 彼らは、B-52のような長距離爆撃機こそ必要だと考えている。
無人飛行機などの戦争のロボット化は引き続き進む。
・先進国は、高齢化による財政悪化で、かつてほどは防衛費に国家予算
 を回せなくなる。
▼ そうこう考えると、40年の間で、核戦争が起きない方が不思議で、必ず、
何度か起こるはず。20世紀前半では、1億以上の人が犠牲になったが、一桁上
の人たちの犠牲も有りうること。まだ、国家単位の核攻撃の内容だが、他の
科学兵器を含めた使用もある。狂った猿の兵器が、ますます強大になっていく。
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4213, 閑話小題 ー去年は凄い年だった、で今年は?
2012年10月08日(月)
   * 去年は凄い年だった! で、今年は?
 去年は凄い年だった。東北大震災に原発事故、欧州の債務危機
北アフリカや中東の革命の連鎖、中国の新幹線の脱線事故、タイの大洪水、
ニュージーランド地震、それと北朝鮮金正日とアップルのジョブスの死など
など。私自身も30年間たずさわった事業を整理をせざるを得なくなった。 
しかし今年は、シリアが内戦激化したことと、中国と尖閣列島の問題が表面化し
中国国内の日本企業が焼き討ちぐらいで、株価暴落や戦争などの大きな
クラッシュはないが、残る三ヶ月間に問題がしわ寄せされた感がある。
去年に発生した問題は全く解決されたわけでなく目先を押さえ込んで、
ここまで引き延ばしただけ。しかし、ひと月で、中国のトップの交代、
アメリカと韓国の大統領選挙、そして日本の政権交代の可能性もある。
更に欧州危機と、中東もイスラエルによるイラン核施設攻撃の危険がある。
世界中は固唾を飲んで、この三ヶ月間は過ごすことになる。
それと、スマートフォンの普及が、世の中の変化を、より推し進める。
これはパソコン機能が携帯電話に入いり、パソコンがポケットに入って
しまったということ。これで大衆への情報は格段に多くなった。
「今年は、まだ小沢か?また小沢か?の年」とも言われた。党を割り新党を
つくったが、再浮上をするかどうか?常識的にみれば無理だが、どうか? 
   * 多人数兄姉の末っ子として
 家族と、その兄弟の立ち位置で、その性格を大きく左右するようだ。 
母一人子一人なら、非常に強いマザコンに、多人数の一番上の長女なら親分肌
になり、とかある。私は八人兄姉の末子としての 立ち位置に生まれ育った。
下から二番目の直ぐ上の兄は、一番下の私の影になり、その虐めは陰湿。
しかし他の兄姉からは比較的愛されたようだ。しかし、常に多くの視線の中で
緊張を強いられていた。一つ間違えると苛められるからだ。それもあり常に
知らないふりをしながら、その場の状況を読み、必要のないことは見ないふり、
陰口などもっての外。10歳位までの私の武器は、大声で泣くこと。 
大家族のためか、自分の主張や欲を少しでも見せてはならない原則があった。 
大家族の特徴は誰に対しても心が開けない、群れの中の孤独がある。 
両親の職業、教養、兄弟の自分の立ち位置と、時代背景などが、自分を
カタチつくっている。振り返ってみて、生まれ育った国と、時代と、
家庭に恵まれていたと、つくづく実感する。それ以上に面白かった。 
これから、そのツケが帰ってくるか、こないか。
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3848, 料理はメディア
2011年10月08日(土)
           ≪「知的な大人へのヒント」林望 著 より≫
   * 料理はメディア、コミュニケーションのツール         
【 食べるときは考えながら食べる。どうしておいしいんだろう、また、
 こんなにまずいのはどういうわけだろうとかね。それはしかし、自分の中で
考えておけばいいわけで得意がってベラベラ言う必要はない。大切なことは
「よく味わう」こと。それがおいしかったら「うまいなあ、実にうまいなあ」
と言って、おいしそうな表情をして、食べる。この「食べる表現」という
ことが肝要です。 料理はメディアです。コミュニケーションのツールです。
 本来は、主である自分がつくって客たる相手をもてなすというのが食べ物を
メディアとする、コミ二ケーションンのあり方です。昔は、人を招いてご馳走
することを「主(あるじ)もうけ」とも言いました。この言葉はそういう機微
ですね。つまり、主人がつくって客をもてなす、で、実際にそういう場合も
多くある。 そのほかに料理屋に行くという形の「主もうけ」もありますね。
 それは、ほんとは自分でつくってもてなしたいけれど、その技術を持って
いないとか、自分よりずっと上手な人がいるというので、その板前さんに委嘱
して、自分のかわりに料理してもらっているわけです。 それが、料理屋で
もてなすという本来の意味です。つまり、なぜ、この店に招いたかというと、
ここの料理が美味しいので、これをぜひ食べて欲しいのに、全然料理の味
なんかそっちのけで、つまらないゴルフの話ばかりしていられたら、
主がわも、またその代理としての板前さんも、がっかりしてしまうでしょう。
 そういうことを考えてもわかるように、料理というのは、コミュニケーション
のための手段、つまりメディアなんです。プロの料理人は料理に命を賭けて
いる人たちですから、いい板前さんは一生懸命考えて、大変な努力をして、
板長になっていく。そういう人が、多くの知恵を結集して、額に汗して
出してきたものを、知らん顔して食べていては、それは仁義にもとる。
薀蓄など語る必要はないのです。「美味しいな〜」だけでいいんです。】
▼ ファミレス、イタメシなどは、その店の個性があり、それに惹かれて
 客は店に行く。その個性が店のメッセージになる。美味しいものを食べつく
してきたので、それほど美味しいものを食べたい欲求は少ない。それより、
店の醸し出す雰囲気が好きで、それを求めていく。それ自体、既にコミュニケ
が始っている。 隣の席で、私が注文した料理の薀蓄を自分の部下の女性に
得々と話している人がいたが、これほど不愉快なことはなかった。 
家内も私も、美味しい料理の場合は、小さな声で、美味い美味いと自然に言う。
それが、更に美味しくなることを知っているからだ。チョットした店構え
の店で、売りにしているものが美味くないわけがない。ビジネスマンは、
その交渉の前後に食事を共にとる。 食事を通してメッセージが幾重にも
伝わる効果があるからだ。