ここでもテーマにした吉本隆明の「共同幻想」という言葉がある。その典型が国家である。
その元になっているのが、ウパニシャッドといわれる。 また信長が好んで舞ったといわれる部分の敦盛の歌詞
《 思へばこの世は常の住み家にあらず  草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし 金谷に花を詠じ、
 栄花は先立つて無常の風に誘はるる  南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
 人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり  一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ・・・》 所詮は、幻想のようは儚い一生を鳥瞰した歌詞。
   マギーは、ウパニシャッドを簡潔にまとめてあり、分かりやすい。
  * ウパニシャッドとは   ー「哲学人」ブライアン・マギー著より
【 15、6歳のころ、世界の偉大な宗教の経典を集めた「世界の聖典]という本を学校の図書館で見つけ、好奇心から読んでみた。
 この本の中で、唯一、私の想像力を心底かき立てたのが『ウパニシャッド』だった。 驚いたことに次のような記述があった。
「ー人間の知識と経験の全領域はイメージだけで成り立っており、そのイメージは流動的であって、永遠不変の存在を持たないのだが、
 それに対して実在する現実は、永遠に存在するものであるけれども、我々は直接それを知ることができず、それを明確に把握することも
 できないー」。 私は自分の考えが目の前のページに、それも数千年前の昔の書物に載っているのを見て愕然とした。そこには、さらに、
 私の思いもつかない説明まで書かれていた。それによれば、「私たちの心には無数の多様なイメージが浮かぶが、そのイメージを去来
 させているのは、個々とのイメージと同数の、直接触れることのできない対応物ではなく、あるひとつの大きなものである。
 私たちは個人として生まれたときから分化し、死ぬと再びそこにとけこむ。突きつめると、実際には、その大きなものしかない。
 互いに相容れることなく個々に分離しているのは、イメージだけである。また、イメージはあくまでイメージであって、主観的で
 はかないものである以上、そしてとくに、人間には生来、イメージを独立して存在する事物と混同する傾向がある以上、イメージを
 幻想とみなすのは、しかるべき理由があることになる。分離した個々の事物、人間を含む個々のあらゆる事物は、してみると
 現像ということになる。現実には万物はひとつである。」 ・・・私には、この見解は確認できないように感じられたのである。
 たとえこれが真理であったとしても、そのことを知るすべが見当たらなかった。 とはいえ、この見解は、ある重大な事実を
 痛感させてくれた。私は自分でも気づかぬうちに、ー存在しているものは基本的に私たちの考えていることに「似ている」、
 すなわち多種多様なものが存在していると想定していたーのだが、この想定には根拠がないことが明らかになった。
 考えてみれば確かに、現実の本当の姿はどういうものかをめぐるいかなる意見にも根拠がないように思われる。】
 ▼ 過去を振り返ると、実際あの時の経験は記憶とていて残っている。 その対象も物理的に残っているものもある。
   しかし時間は、記憶も、物理的残存しているものも、容赦なく変えてしまう。そうすると、残っているのはイメージである。
   そうこう考えると、ブラフマンの存在こそ、そこから発生し、そこに戻っていくという考えに、ついつい・・・夢幻でしか!と。
   恋愛など、性欲がつくりあげたイメージのダンスでしかない。ダンスが終わったら・・・ 類推は、いくらでも出てくる。
  ・・・・・・・
3438, 腰痛について
2010年08月24日(火)
 腰痛について何度か書いたことがある。《下にコピー》去年にも二回書いている。
そういえばこの一年、日常的な腰の重みはあっても、顔をしかめるほどの腰痛はない。
一年間何もないのは近年には記憶がない。 低反発マットと、海老反りマシーンによる背筋伸ばしと、立振動の
バイブレーション・マシーン効果がでているようだ。四足だったサルの祖先を持つ人間が、両足で立って歩くようになったのが、
腰痛の原因。特にディスクワークで椅子に座る時間が長い人とか、立ち仕事の過剰が腰に負担をかけるのが原因。
  日常的に心がけることは、
・なるべく歩くように心がけること(一日1万歩を目安にする)、
・普段の姿勢で胸を広げアゴをひいて頭を背骨に上に置くようにし、
・前かがみの時は、屈まないようにして膝を曲げるように心がけ、ものを拾うときは、腰から上は立てたまま膝を曲げる。
・右手でものを拾うときは、反対の左足を必ず前にだすこと
・電車の座席や、喫茶店、居酒屋で座席に座る時に、足を組まないこと
・腰の冷えに充分気をつけること、また夏の冷い飲物の過剰摂取による内臓の冷えも危険
・常に自分は腰痛持ちであることを意識をし、腰痛を目覚めさせないように、注意をすること
・季節の変わり目には、腰痛になる前から腰痛ベルトを事前にすること などなど、ある。
腰痛と、嫁姑問題は、人類の永遠のテーマのようだが、予防の習慣で、ある程度は押さえ込むことは可能。
腰痛の御かげで、早朝の散歩の習慣を25年間も続けることも出来たし、姿勢は良くなった。
その結果、全身の血の巡りは良くなった。 まずは嫌わないで腰痛と仲良くすること。
 ――
2009/11/23
3154,低反発マットと腰痛
 低反発マクラを使ってみて想像以上良かったので、居間用のクッションとしてマクラにバスタオルを巻いて使っているが、
その後、ベッドに低反発マットを敷いて寝ている。 使い始めて2ヶ月ほど経過するが、マクラと共に非常に良い。
腰痛も少なくなったようである。 寝返りが、これまでの半分以下になったようだ。それと横向きが少なくなった。
人は平均、左右、仰向けなど平均10回ほど寝返りをするが、それが4〜5回?ほどになった。
だいたい寝返りの時に目がさめるから、少なくなった分、良く寝れることになる。
それは腰や肩の部分が身体に合わせて包み込むような感じで、マクラも首と頭も、同じく実感として、寝心地が三倍は
楽になったようだ。 これだけは実際に数ヶ月、寝てみないと分からない感覚。 特に腰痛の人にはお勧めである。
この特徴は身体との接点の部分だけが沈み込むことにある。 シートの方が身体に合わせてくれるのである。
誰もが寝入りの数時間は熟睡するが、その後、身体と布団の接点部分の重圧で寝返りが多くなる。 
 ところで、ビックカメラには低反発のマクラ専門コーナーがある。 私のはニトリで2千円だが、そこは4千〜2万以上。
どこが違うのか聞いてないが、低反発の沈み具合が違うのだろう。 他にマットの素材にゲルマニウムやセラミックが
混入されているのもあるようだ。 (私は、枕の下にゲルマニウムの鉱石を置いている)
 低反発マットもニトリで6980円の値下がり品を買ったが、通販では1〜2万円が通り相場である。
ベッドには、低反発枕と、その下にゲルマニウムの鉱石、それに低反発マットをセット、目にはゲルマニウムアイマスク、
耳には、100円ショップで買った耳栓をしている。 その積み重ねの結果は充分出ている。
 良さでは、低反発マクラ、マット、耳栓、アイマスクの順である。就寝は人生の三分の一を占める割に、人は無頓着である。
この低反発マットを使って気づいたが、ウォーターベッド、これ良いんじゃないか? もちろん、ハンモックも良いが。
 ――
2009/06/07
2985,腰痛持ちの皆さんに
 家内も、ついに腰痛もちになってしまった。
私の腰痛は昭和38年度の豪雪の時に高校の屋根の除雪作業でギックリ腰になって以来、45年間の付き合いである。
表日本に住んでいた8年間には腰痛はホボでなかったので、地域の湿気の問題などもある。
現在でも年に平均3〜4回は軽い腰痛になる。5月と11月初旬の連休辺りの気候の変わり目に出ることが多いが、
一度も医者に行ったことは無い。 以前のような脂汗が出るような重症の腰痛は無くなった半面、
いつも腰に重い疲労感と少しの痛みが残っている。 特に長時間の座った姿勢のパソコンが良くない。
 半年ぐらい前に(腰痛の私にとって)最高のマッサージ機器を見つけたことは、ここでも書いた。
台がバイブレーターになっており、その上に座ったり乗ったりする。これがウォーキングにつぐ腰痛対策になっていて、
一日数回は使っている。これに最近、電動ステッパー(7600円)が加わり、一m四方のトレーニングコーナーになっている。
 ところがニヶ月前に、長岡の郊外の家電チェーンの健康機器売り場で「長細い座布団状のクッションを見つけた。
幅が40、縦が75センチ、厚さが10センチ位のもの。 腰に当てて電気を入れると、7分間、色いろな叩きと、
バイブレーションが手を変え品を変えて続く。 また首から背中に当てると肩こりに良い。
マッサージ師が一通りのコースをこなすのと同じである。 それがロボットマッサージのようで何とも面白い。
 迷った末にネットで注文した「リズム・マッサージャー・パッション」が先日届いた。
早速使ってみて、7分間で、腰の重みが8割がた消えてしまった。
ビッグカメラや、ジョウシンの店頭の値段は39800円。 少し高いと思ったが、何度か店頭で使っているうちに、
欲しくなったのである。 そこでネットで調べると、税・送料込み25,500円である。
去年の年末調整の残りの「ヘソクリ」を使うことで自己納得をして買うことにした。
以上、リズム・マッサージャーと、電動ステッパーと、縦型バイブレーション三点で、48,000円で、
家庭内腰痛対策の完成というところ。 で、どれが一番良いか? 値段に正比例ということで、先日買ったもの。
 ――
2003/11/13
 953, 腰痛ー2
腰痛のことは以前にも書いたが、一昨日の朝、例年どおり腰痛が出た。いつも季節の変わり目に出るが、私の場合は寒さで
体を冷やしてしまうのが一番の原因である。いま一つは、パソコンを座って打っていると腰に負担がかかる。
今のところ時間をかけて暖めるしか方法はない。 間接的には、パソコンと寒さがあるが散歩の後、屈伸とストレッチを
したのが悪かったようだ。 腰痛について書こうと思って過去の随想日記を調べたら、去年の連休後に書いていた。
五月の連休後も例年腰痛が出るのだが、今年はどういうわけかなかったが。
 腰痛になると何もする気が起きなくなる。また一回一回ごの痛みの内容が微妙に違う。しかし今まで一回も医者がかりはない。
経験上、暖めていると長くて10日で大体直ってしまうからだ。その治療法を40年近くしている。
 インターネットで調べたら、腰痛にも色いろある。デスクワークの人や、お産や生理が原因であったり、内臓の負担からくるものや、
運動のやりすぎ、等々ある。今朝おきたら3分の1位に痛みが減っていた。全治四日の予測が当たっていたようだが、どうなることやら。
 ――
401, 腰痛 - 1   
 2002年05月09日(木)
昭和38年の三八豪雪の時、長岡高校の屋根の雪落としをしていて腰痛になってしまった。
母が腰痛もちで、よく腰が左右に曲がっていたのを見たが、それがそのまま遺伝したようだ。
腰の骨が本当に左右にずれるのである。その時の痛みは言葉に言いがたく、脂汗がにじみ出る。
大体が季節の変わり目に出ることが多い。その対策として15年前から散歩を始めたが、今は腰痛対策というより
精神的肉体的両面の健康のすべての対策になっている。散歩も一日30000歩を超えると、逆に腰痛になる。
人間の今の身体の構造は、歩く前提で出来ているという。何かあったら歩くのが一番自然だ。腰痛は猿が人間に進化する過程で、
腰に不自然な力がかかるようになった。その結果、人類共通の持病になってしまった。歩行がその対策によいことは、
15年続けての実績で解る。しかし完治はしない。腰痛が出はじめたら、ホッカイロをその部分に当てるのが一番効果がある。
(母の対策を見て知ったことだが)それで4~5日で直るからだ。医者には一度もかかったことはない。あとは腰痛と仲良くしていくしかない。
・・・・・・・・
3063,閑話小題 
2009年08月24日(月)
  * 日本文理高校が決勝だと 
 日本文理高校が、あれよあれよという間に決勝戦まできた。国体開催の一月前ということもあり是非とも優勝をしてほしいもの。
今日は県内は大きな盛り上がりになるはず。昨日は県岐阜には勝てないと踏んでいたが、まさか勝つとは。過去に準々決勝が最高だったから、
新潟県にとっては大快挙である。地元の予選では対戦相手とは段違いの力だったが、ここまで来るとは思ってもいなかった。
彼らナインも監督も同じだろう。 新潟県は、このところ二度の大地震が続き、景気も最悪の事態の上に、この天候で稲作も期待できない。 
優勝でもしたら国体までのつなぎになる。たまたま今日は飲み会が入っているので、酒の味が美味くなる。
  * 新インフルエンザの恐怖
 商売が商売だけに、この新インフルエンザで日本中に蔓延した最悪の事態も考えなくてはならない。 
半年も客が誰も泊まらないこともありうること。そうすると「  」 考えても仕方がないことだが、現実に有りえることである。 
この恐慌?の中で、更に日本経済は壊滅状態。特に地方経済は体力が消耗しているので深刻の事態になる。ビジネスホテルは直撃を受ける。
新潟国体の特需を計算に入れていたので、もし大幅の縮小となると大問題になる。 困ったものである。
支配人の近所の親しくしている家の子息が新インフルエンザになったとか。
タミフルを飲んでホボ直ったというが、現実に身近に感染者が出てきたのである。
 お盆で海外旅行から持ち帰った菌と、帰省などの国内旅行でばら撒かれた菌が、10日の潜伏後で表面化する。
更に来週から学校が始ると、密室の教室内で大蔓延するのは火を見るよりあきらか。
一ヵ月後には、日本中が新インフルエンザで大問題になっている可能性が大である。
新潟国体の縮小も充分に有りうること。 これからは一日一日が、スリルとサスペンスの日々になる!  
そうこう考えると、恐慌も重なった大津波の本体が押し寄せてきたというのか。 
数ヶ月先も読めなくなってきたが、それが日本の現実か。 高校野球の優勝かどうかより、
直撃を受ける本体の方が大問題である。 不安と不機嫌の日々がつづく。 
・・・・・・・・
2698, 閑話小題
2008年08月24日(日)
 *大曲の花火
昨夜は、秋田の大曲の花火をNHkのハイビジョンでみた。この数年の年中行事の一つになっている。
電気を消した見ていると、自分が土手で見ている気分になる。プロの花火師の評論が面白い。 
花火には「菊」と、「牡丹」の形があるとか。 丸い花火は割りものとか、云々。
大曲は、日本中のプロの花火師が競う競技大会。 その結果が公表される。
開くタイミング 10点、 開き具合 30点  色彩および配色 30点  技術 30点 の比率で評価される。
地元の長岡の花火も良いが、大曲の方が華やかで規模(数)が大きい。
 〜〜
 *日本野球がオリンピックで敗れた訳
日本が、良いところがないまま、敗退してしまった。結果論からいうと、星野監督の選定ミスである
現役を退いて何年もたった監督と、コーチでは勝負勘が全く無くなっている。
せめて副監督として古田元ヤクルト監督をつけておくべきで、御友達感覚の監督、コーチで勝てるわけがない。
選手が、星野監督とコーチの前で、すくんでしまって実力を発揮できなかった、ということ。
更にG.G佐藤の二回の大エラーも、水を大きく指した。 本人の一生の傷になる。数年間は針の筵だろう。 
ニュースに流れた日本人の観客のヤジ「御前ら、日本の野球はこんなものだったのか?」も厳しいが、
それくらい星野には良いだろう。 あまりにプロ野球の監督とし鮮やかな辞め方をしたのだから。
それより、あの二年前のワールド・ベースボール、あれは劇的過ぎただけ。
ただ星野は、酷かった。 人生は、こんなものだろう、 所詮は!+−ゼロ。
 〜〜
 *オリンピックが終わるか
これまでは、あまりオリンピックは見ないが、時差のあまりない北京で行われたことと、
お盆を跨いでいたこともあり、これだけ見るのも珍しい。といって決勝進出と、注目された試合だけだが。
前回の三分の二の金メダルだったが、こんなものだろう。テロによる混乱も無く、まあ無事終了のようだが・・
中国にとっては大成功のオリンピックとは言えないが、そこそこ(65点)だった。
独裁国家がオリンピックを開催すると、何年後かに独裁体制が崩壊するのは、ナチのドイツとソ連の崩壊から推測出来る。
これから10年間は、大きな試練が待っている。上海の万博まで持つだろうが、火はついたことは間違い。
・・・・・・・・・・
2007年08月24日(金)
2334, 離人症体験       オハ…YΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+
ある本の中の「離人症」の経験者の話に目が釘付けになった。
私の最も好きな内容だからである。そこでネット辞書で調べてみた。
 ーー
離人症とは、自分が自分の精神過程または身体から離れて外部の観察者になったかのような自己の知覚または体験の変化」と定義される。
離人感は深刻な感覚の歪みがあらわれる。例えば、世界が霧か煙を通すようにぼやけて見えるとか、声が遠方からのように聞こえます。
 ガラスの檻に閉じ込められ、それにより「現実の」世界から切り離されている感覚。 具体的には、自分が存在する実感がない、
 自分が見知らぬ人間であるように感じる、 自分が生きている感じがしない、などがある。
・身体に関する訴えとして、自分の体が死体・ロボットのように感じる、
 自分の体の実感がない、自分の体が大きく・小さく感じる、などがある。
・また、行動する自我とそれを観察する自我の分離があり、自分の行動を離れたところから自分が観察するという感覚がしばしば起きる。
 このような分離は、心の中での果てしない自問自答、堂々めぐりと体験されたり、 自分の体から自分が抜け出す経験(体外離脱体験)と
 感じられることもある。 トランス状態にあるような様相を呈することもある。
・自分以外の人間は自分の体験を真剣に取り上げてくれないと嘆き、これらは心的外傷に深い関連があり、自傷行為や自殺企図もある。
 ーー
以上だが、その中で体外離脱体験もあるようだ。 私自身、色いろな体外離脱やパニックに陥ったことが度々あった。
この「離人症経験」とは違うプロセスで体外離脱体験になったのである。 人生の大きな変わり目とか、
厳しい秘境旅行の帰りの飛行機の中とか、大きなストレス状態の時などに生じるところが似ている。
過去の随想日記に、そのことを幾つか書いてきたが、離人体験とは少し違う。
(後記の数年前の文章を貼り付けた中に、偶然に夢について書いてあった。)
一番近いのが、ある旅行からの帰りの飛行機の中での恐怖パニック体験。
(何度か書いたことがあるが・・・)秘境旅行の帰り、ホッとして眠っていたところ夢をみた。
自分が地上からフワフワと風船のように浮遊して、空に舞い上がっていく。
みるみる電信柱を越え、空に上がっていく。「これは危ない、地上に戻らないと!」と、
本能的に夢から我に帰ったところ、そこは地上ではなく空中を飛行中。戻るはずの地べたがないのである。
空中から地上に帰ったはずの自分が、逆に更に高い空中を飛んでいるのである。
それも自分が1000キロの速度で飛んでいる実感がしたのである。
飛行機も、周囲の人も消えて、独り空を超高速で飛んでいるのである。
恐怖で失神?なんてものではない! このような特異の恐怖体験をした人は世界広といえ、殆どいないだろうと、
パニックが収まった時に頭に浮かんだ。(実際は多くいるだろうが、特異という意味で・・・)
バンジージャンプで二回飛び降りているが、落下時の恐怖より恐ろしい?瞬間であった。
その落下としても垂直に空中を飛んだ経験があるから、その時に実感できたのだろう。
数分は続いただろうから、よく心臓が止まらなかったものである。離人体験の恐怖を語っているブログがあったが。
その類の知識のない子供が、自分が自分から抜け出た感覚は本当に恐ろしいのは解るような気がする。
 離人症という病があるとは、知らなかったが、欝になり、落ち込んでいる心理状態は、正にこれじゃないか?
「ものみのとう」とかいう、あのカルト集団、あれも集団離人症候群じゃないかい?
{娑婆を「物見の塔」から見下して、あの集団で修行すれば、千年後に奇跡があらわれ、キリスト様と出会い・・} 
 それも、幸せな集団離人症ということ?            ホンジャ(´_`○)ノ ノヾィ♪