「死に至る地球経済」 浜矩子 著
    ー今だ一番底に落ちてない世界経済ー
  今だ、底に落ちてないのに二番底というのは矛盾がある。来年から再来年に、一番底が来るのは流れからみて当然。
 そして、その後に数年して二番底が来る。プライムローンなどの不良債権は、まだ表ざたになされないまま、銀行、
 企業、そして自治体などに塩漬けにされている。しかし、そのままにしてはおけない。
   ■ランダムに印象に残った部分を書き出してみた■
* 「二番底」と言うが、問題がある。ここまでの地球経済は、しっかり一番底に足がつかないまま、無理して舞い上がる
  ことを強要された恰好で推移してきた。このリーマン・ショックをもたらした諸々の歪みを是正され修正されるプロセスを
  貫徹されないまま、当座凌ぎの緊急対策で経済活動を離陸させた。二番底というのは、失速し、谷に落ちた経済活動が、
  一度は活力を取り戻して谷底から這い上がったのに、再び力尽きて谷に落ちた場合である。今回のは、谷に落ちていく
  途中で、つかの間の踊り場が人為的に繰り出されて一息ついた感じである。大底に向かっての小休止に過ぎない。
  そんな小休止の踊り場はぐらついている。G20の「成長に優しい財政再建」の苦肉の言い回しが、
  この厳しさを実によく言い表している。
* PIGSポルトガルアイルランドギリシャ、スペイン)の国々は「豚箱入り」
* アメリカとPIIGSはキリギリスで、ドイツはアリ。 日本は「アリの民間」と「キリギリスの政府」と喩えられ、
  「アリギリス」だ。 アメリカは、これからアリギリスを目指そうと言うが・・・
* 日本のお家芸は「量的緩和」と「金利引き下げ」である。
*「自国さえ良ければいい」的な通貨安競争は一時的には自国の利益を増やすが、各国が密接に関連している世界経済では、
  巡り巡って自国への強烈なカウンターパンチとなりかねない
* ガルブレイスの言葉、「政治は可能性追求の技にあらず。それは選択の技である。 
  選択肢は、悲惨なるものと耐え難きもの。二つに一つだ」(61-2頁)
  ーー
 [既に起こってしまった現実」で、リーマン・ショックという大地震は発生してしまったのである。
 その津波が、数年後に大きくなって我われを襲うのである。 解決策は無いから始末の悪いのである。
 昔は戦争で一度ゼロベースから建て直しをしてきたが、現代では、これは不可能。
 だから金融を武器にした戦争が始っている。勝者はユダヤ系資本で、敗者は弱体化した国々である。
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3151、災害で助かる人、助からない人
 2009年11月20日(金)
 韓国の釜山の火災で日本の観光客が亡くなったり、浜松のマージャン店火災で7人が死傷したが、
色いろの現場で助かる人と助からない人が出る。 一般的に地震や火災などに遭遇したとき、
人はどのような心理状態で行動するのか? まず、どちらが正しいか?という質問。
 1 地震や火事に巻きこまれると、多くの人々はパニックになる
 2 地震や火事に巻きこまれても、多くの人々はパニックにならない 
  答えは2という。 日本や欧米の研究でも、避難の指示や命令があっても、大部分の人間は速やかな
避難行動を取らないという。指示する側が人々に安心感を与えるために状況の深刻さを軽めに伝え、その結果、手遅れと
なることもある。一般的には、実際の災害現場では幾つもの要因が偶然に重ならない限りパニックなど起きないという。
過去の大災害時に助かった人で、一番死亡しやすいのは年齢の高い「男性単身者」。
逆に一番助かりやすいのは「家族」で、行動を共にする人がいること。 また若い人ほど生存確率は高い。
家族による信頼感と無償の援助、心理的な安心感が生存確率を二倍にも高めるということ。
マスメディアや近所つきあいの接触の多い人間は、早めの避難行動を取る傾向があり、助かりやすく、
また金持ちほど助かりやすいデータもある。大金を残して死ねるかという執念があるからか。
状況判断が的確に出来るか、そして前もって災害の恐ろしさの情報があるかどうかが分かれ目になる。 
 少し話は逸れるが、地震や大火災は、都市の時間的流れを強制的に進める効果がある。神戸の震災は復興はしたが、
経済的な後退感は否めない。それは神戸が経済的には下降期にあったからだ。逆に関東大震災の東京は、それを機に
都市計画を整備し、震災以前よりも首都として成長することができたのである。都市が成長期の災害は一層の成長をし、
衰退期の災害は一層の衰退につながる。 人生も事業も同じようなものか。
 飛行機事故で数人助かった人の顔は、何か共通の異相をしているのにお気づきですか。
 :天声人語に以下のような文章があった; 
 警察によると、幅約1.4メートルの落石が駐車場フェンスを突き破り、駐車場に停まっていたキャンピングカーを貫通した
◆車で日本全国を廻ることを“晩年の糧”にしていた筒井さんは、ボランティア活動にも積極的に参加、周囲からも慕われていた。
事故当日、富士山に登るため現場に着いた筒井さんは、天候が悪かったので車を駐車場に止めて待機していた時、事故に遭った。
天候が良かったのなら…無念すぎる偶然である◆落石は、偶然が重なったところの、数万、数百万分の一の確率で起きた事故。
しかし、落石の位置とタイミングは、まるで、筒井さんに照準を合わせたかのように…“正確”に筒井さんを襲った。
もし、落石が20センチ、30センチでもずれていたら或いは、助かっていたかもしれないのに…◆先日、イエメン航空機が
インド洋に墜落、乗客乗員合わせ153人が絶望視された。ところが、13歳の少女が、奇跡的に救助された。
闇夜の荒れた海、少女は遺体や機体の残がいの間で発見された。救助チームの責任者は、「これは奇跡ではなく、
神の意思としか思えない」と語った◆思いもよらない場所で落石にあって死ぬ人、一万メートルの上空から墜落した
飛行機事故で助かる人、中には、何千、何億分の一の確率で「生死」を左右する事故も、少なくない。
すべては“偶然”なのだろう。しかし、そこには、偶然ではない力…運命を操っている存在が“偶然”を
演じさせいる?ような気がしてならない。
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2786, 人生ゲームを楽しまむため、生まれけん!
 2008年11月20日(木)
ー次は、ある雑誌(文藝春秋)の中にあった、角川春樹の文章であるー
【 私は平成五年八月二十八日、麻薬取締法違反で逮捕され、ニ年五ヶ月、干葉拘置所に拘束されていた。
その間、私を悩ませた課題は、「自分は何故生まれ、何処へ還るのか」という古代ギリシャ以来の疑問であった。
ある時、一冊の本が差し入れられた。立花隆の『宇宙からの帰還』である。その中で私を惑動させたのは、
宇宙飛行士のエド・ミッチェルの、次の発言であった。
〈 すべての存在がそれぞれにその役割を担っているある神的なプランがある。そのプランは生命の進化である。
個別的生命は全体の部分である。個別的生命が部分をなしている全体がある。すべては一体である。
この全体の中で、人間は神と一体だ。宇宙は創造的進化の過程にある(略)。 〉
彼の言葉が、完壁に理解できたのは、平成十年の大晦日である。 朝から二度倒れ、四度嘔吐した。
その時、突然、次の唱句が天から降りてきた。   年ゆくや天につながるいのちの緒   春樹
この瞬間、あらゆる生命が宇宙意識と繋がっていること、宇宙は一つであることを直感したのだ。
エド・ミッチェルが宇宙で体験したことを、私は地上で体験したのである。そして平成十六年九月一日、
私は静岡刑務所の独房の中で、自分の意識が宇宙の果てまで辿り着いた時、逮捕されて以来の長い間の疑問が
あっけなく感受できた。 答えは、人間は人生ゲームを楽しむために地球に生まれて来た、ということだった。】
 −−
 人生のゲーム化については、ここで何回か書いているが、彼が他の人と違うところは、
そのコンセプトのもとに雑誌を刊行したことと、刑務所の中で、絶望の底で、実感として掴み取ったことである。
‘ゲームとは、到達地点を決めて、その間に障害を置いて、如何に効率よく到達するかを競う遊び’である。
人生ゲームの醍醐味は、死の完成までの障害を乗り越えるプロセスを如何に楽しみ、味わうかにある。 
それも命がけに取り組むほど、ゲームが面白くなるのである。
【 父母に 呼ばれてこの世の 客となり用が済んだら はいさようなら 】という一休の詩がある。
せっかく、客として呼ばれたからには、この世の人生ゲームを充分楽しまなければ、生まれてきた甲斐がないじゃないか! 
ということだ。そうこう考えると幸せの4階建ての4Fが、克服できない苦難や悲しみ、というのが少しは分かるが。
    4階:克服できない苦難や悲しみの中に、幸福がある。
    3階:苦難や悲しみを経験し、それを克服する。
    2階:獲得した「快」を永続させる。
    1階:人間の本能的な「快」(恋、富、名誉など)を得て、増やす。
 人生ゲームは、このビルの中で遊ぶようなものである。   何か際どい話になってきたが。
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2007年11月20日(火)
2421, 閑話小題             ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
 *携帯電話・パソコンが変えたこと
 (字数制限のためカット 09年11月20日)
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2006年11月20日(月)
2057, あたりまえなことばかり −11
  オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! −読書日記
「死と生」は、考えるほど不思議で尽きない。この無限の宇宙の中で、何で此処に自分が存在しているのだろう。
60年生きてきたが、「自分にとって死はない」というし、永遠は「いま、ここ」にしかないというし、
人間しか持ち得ない「観念」によって、動物のように十全に生きられないというし、
人間しか持ち得ない精神の思考によって、生物体としての死の恐怖を看破し得るという。
先入観ー馬鹿の壁ーがビッシリと脳にこびり付いていた自分の人生に、ここで気づいている愚かさ! 
そして、周囲を見て、まあいいか、と思っている愚かさ!自分にとっての時間は生まれ死ぬまでの時間ではない。
永遠は、「いま、ここ」に、垂直に、立ち上がる! なるほど、その通りである。
我を忘れるほどの感動の、あの瞬間! 縦に立ち上がっていた! 永遠に今も続いている。
 薬物でもできそうだが・・・   それは、末期の時の一服の楽しみとして、とっておこう!
        **** Ψ( `▽´ )Ψ ケケケケ♪
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  * 死ぬことは不幸なことか 
人間のみが自殺する生物であるのは、人間においてのみ、死が観念として対象化されているという
事実を端的に示している。 観念でない現実の死。とは、どういうことなのか。 
多くの人が、人間は死に向かう存在なのだと長く教えられてきた我われが、そのまま長く思い込んできた、
未だ気づかない間違いが、ここにある。考えてみれば、観念でない現実の死を考えるとする正にそのことによって、
死は常に観念となるという事実。観念でない現実の死など、観念としてしか存在しない。
しかし人は死ぬではないか、と人はいう。確かに現実に人は死ぬ。死ぬのは常に他人であるという事実について考えてみる。
他人の死は自分の死ではない、そこにも自分の死は、存在してない。人は、他人が死ぬのを見て、死を観念として対象化し、
それを自分に類推して、自分の死が現実に存在すると、思い込んでいるに過ぎない。ここでもあくまで観念でしかない。
笑うべきことだが、自分の死を考えようとして与えられている思考の真空、自分がいないとということを、考えている当の自分に、
どうして考えることができるのだろうか!かくして、哲学が誕生することになる。精神は思考することによって、
生物体としての死の恐怖、その錯覚を看破し得る、だから、考えることこそが、善く生きるということなのだ。
おそらく生物に存在するのは生存本能であって、死の恐怖ではない。生きようとするために死を避けるのであって、
死を避けるために生きているわけではない。人間という生物においてのみそこが転倒しているのは、自ら課した観念による
錯覚のためで、人間は動物のように、十全には生きてはいない。それ自体で転倒している死への恐怖を逆手に取り、
再び大きく転倒させるものが宗教である。あるいは、宗教は考えられないものとしての自分の死、思考の真空地帯のそこに、
「死後」の絵を画く。あたかもそれが、生の続きのように。しかし「生の続き」としての「死後」とは、どのようなことでありえようか。
自分の死が観念としかあり得ないのだから、その「死後」というのも、文字通り観念としかあり得ないのは自明なことだ。
死が観念なら死後も観念である。ふと気づけば当たり前のことである。 人が死と対になった「死後」という観念から
離れられないのは、真空への恐怖だけでなく、時間の一直線に前方に流れるものという時間認識の錯誤にもよるのではなかろうか。
時間は一直線に前方に流れるという人々の表象の原型となっているのは人は誕生から死へと向かう存在であるという人生の表象。
人は、物理的肉体として生まれ、育ち、次第に老いて、次に死ぬ。時間は、そのような物理的現在、物理的瞬間の重なりとして
表象されているのである。しかし、この時間表象によっては、決して表象されないときがある。
それが、それらを表象している正にこの現在、時間は一直線に前方に流れるものだと表象しているこの瞬間である。
「瞬間」など、どこにもない。捉えられるものではない。なぜなら物質ではないからだ。すると時間を物質によって表象し、
肉体の生死に等しく一直線に前方へ流れるものとのみ思うのは、誤りであることになる。
これは、自分の死はあり得ないという例の事実を裏から支持する。物理的時間のうちに存在しない自分とは、物理的肉体ではない。
すなわち、自分は生きて死ぬこの肉体ではないということに他ならないからである。
死なない存在に死後はない。宗教が「死後」に言及することによって多く誤るのは、あたかもそれが時間的前後であるように
聞こえてしまうことによる。「死後、永遠の生命を得る」。しかし、「永遠」とは「死なない」ということ以外のいかなる
意味であり得ようか。 永遠が死後にあるとは、既に破綻している。我われの言語の構造が、物理的時間とは異なる時間の
ありように言及することを拒んでいる。宗教が誤るのは、一直線に前方に流れ、死へ崩落していくと思われているこの人生に、
「意味」を語ろうとしているところにあるだろう。
 −−
 自分は生きて死ぬこの肉体ではない、というが・・・まあ、わからないでよいが、
しかし考え続ける必要はある。 それしかないのだろう。 (*^ワ^*)i バイバイ
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2005年11月20日(日)
 1692, 二つのトッテ
「ものごとにはすべて、二つのトッテがある」という諺がよい。 (人`∀´)ィヒッ♪
 何ごとも両面がある(今さらだが、例えとして判りやすい)+面の取っ手を掴む癖をつけるかどうかで
 人生変わってくる。 私のみるところ、意識をしてプラスを掴むようにしている人は1割も満たない。
 平気でマイナスの取っ手を掴んでいる人をみると、その異様さに唖然とする。 家内にいわせると、
 おばさん系の地味な服装の人に多いという。話題に暗い話をするのが恒例になっていて、マイナスの話に
 快感を覚えているという。     ン・・ ヘロヘロ α〜(´`d)ぱぁぁんちぃ   
「この人!マイナスのトッテを意識的に掴んでいるのではないか?」と確信してしまう人が多い。他人事ではないか? 
 弱者ほど、その傾向が強い。必ず対象のマイナスに気持ちがいっている反面「このプラスに隠れているマイナス面は
 何だろうか」を何度か自問しないと、とんでもない落とし穴にはまる危険があることも確かだが。(゜o゜(○
「良い言葉は、良い人生に導く」結局、上手くいってない人生の人は、内語に知らないうちに
 マイナストッテー言葉をつかっている。 baka!( ^ω^)ノビュゥゥゥゥ  ξξ ((((o+ω+)o ヒィ
 運命は我われに条件を与えているが、それをどう使うかで幸・不幸が分かれてくる。
                                 トルネード!( ^ω^)ノ シタネ〜   
 ・・・・・・・ 
2004年11月20日(土)
 1327, まさか、地元で大地震が!ー14
今回の損害は、おおよそ3兆円と発表された。
・インフラー高速道路、山間部の斜面などで、一兆二千億  ・民間家屋、7000億
・商工関係、3000億                   ・他    8000億 という。
阪神大震災兵庫県だけで9兆9000億というから、その三分の一の損害規模になる。
阪神大震災が都市型であるのに対して、中越地震は山間型地震の典型だ。
損壊した家屋が4万8千戸。そのうち全壊とほぼ全壊で2300戸という。 現時点で、解雇が50社で420人。
この地震での事業への影響は、目先プラスであるが、当面の復興の為の応援が収まったときのことを考えると
背筋が寒くなる。長期的にみたら、この大震災は新潟県にとって大きなマイナスである。目先の資金の確保は非常に楽になるが、
消費マインドが冷え込む。ことの深刻さは、日が経つにつれて深くなってくる。本当の問題が出てくるのは、これからである。
ただ年内に新幹線が全面開通の見通しが経ったのが救いである。
・・・・・・・
2003年11月20日(木)
960, バードウオッチングの面々−3
字数の関係でカット(2007年11月19日)
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586, 不気味

株が連日底割れをしている。 日経平均8千円割れも目前になってきた。
さらに悪いのは銀行株の連日の下げである。UFJみずほ銀行が50円額面で100円を割ってしまった。
UFJが年内、みずほが来年そうそう国家管理になるという噂も、現実味をおびてきた。
昨日一日早く週刊朝日が手に入り、木村毅の銀行トップ批判の記事を読んだ。日本経済の実情は一般のマスコミが
言っている以上に悲惨だ。団塊年代の世代交代期と情報化による時代の変化が重なっている。
これが今の日本の悲劇的のところだ。先日もその世代の宿泊客の自殺未遂が自社ホテルであった。
しかし不良会社の清算はしなくてはならない。イラク戦争のドサクサでやってしまうのが政府の狙いだろう。
次の朝鮮戦争?が控えているから、やはり先倒しで?整理はしておいた方が良い。イヤやるべきだ!
装置産業の当事者として他人事ではない。 悲壮な話しだが暴風は覚悟はしなくてはならない。
今までが良い時代だったと割り切った方が良い。実際のところ来年は想像するのも恐ろしい。事業も社会情勢も。
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「233]」イチロウ
 - 2001年11月20日(火)
「今の天才と言われる新人類は,皆コンピューター付きマシーンを使っている」とメケメケの美輪?が言っていた。
バッテングマシーンに,何か工夫をしているのではないかとは思っていた。それが昨日のBSNHKのイチロウ特集で、
その秘密の一部を知る事が出来た。それは何か! 「テニスボールを投げ込むマシーン」であった。
それで230?のテニスボールを投げ込み、スピードに対し目を作ることと、反射の訓練をしていたのだ。
これが彼の秘密のかなり本質の部分と直感した。スピードに目を慣らすのだ。実際に球がきた時に、緩く見えるまで
訓練するのである。そこに赤と黒で数字が書いてあった。 それが見えるまで訓練するのだろう。
バッテングと守備の捕球に対して、球の見極めができるよう訓練をしていた。 子供の時から、そのマシーンを
使っていたのではなかろうか。脳と身体のサイボーグ化をしていたのだ。脳作業もしっかりしていた。
もちろんそれだけでは、あれだけのプレーはできない!その上に努力を人一倍重ねたのだろう。
努力は誰もできる、ようはその方法を如何見つけるかだ。イチロウは自分の練習を人に見られるのを極端に嫌っていた。
他にも彼なりの科学的方法を積み重ねていたのだろう。3年前に森監督の講演を聞いた時
「イチロウは王・長島とは格違いのレベル」と言っていた。そのとうりになってきた。
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ある時間の断片
 ー1968年11月20日(水曜日)
11時過ぎ起床。 14時に市川さんがくる、休みのようだ。 彼は早稲田を卒業をして、この春より医薬品メーカーに勤めている。
MEという職種で、医者病院まわりが仕事だという。この8ヶ月でまるで人が変わってしまった。お医者さんのオモリだそうだ。
勤めると彼のようになると思うと複雑な気持である。 すごく自分と性格が合うが、理工系で生真面目な人である。
その後、風呂に行き、Tvを見て食事をしたりしてすごす。22時から夜半の2時まで卒論のまとめをする。
もう市川さんのように社会に出なくてはならないのだ。最後の学生生活をもっと有意義に過ごさなくてはならない。
いい加減な生活だ。あと4ヶ月でジャスコオカダヤに就職だ。三重の四日市に行く事になるだろう。