ペガサスクラブの主催者で、日本リテイリングセンターの渥美俊一氏が亡くなった。
チャーンストアの時代の大きな転換期の目安になる。 そこには、桜井たえ子という渥美先生の片腕の女史がいるが、
彼女がペガサスを支えることができるかどうか?  昭和30年半ば、大手スーパーや専門チェーンの創業経営者のほとんどが
渥美先生の元に終結、成長・拡大し、そして消えていった。 現在でも流通界におけるカリスマ的指導者で、亡くなる直前まで
講義を続けていた。氏が主宰していた「ペガサスクラブ」の指導は厳しいのは衆知のこと。日本の高度成長を流通面から
支えた貢献は多大である。 バブル崩壊後は、ダイエー・マイカル・西武流通グループの倒産が象徴するように、
チェーンストア理論が必ずしも有効に機能しない側面が表面化し、これまでの勢い失っていった。 
最近ではユニクロのように、ペガサスに創業当初から属さない成長チェーンも出現してきている。
 学生時代、大学の近くの書店で月刊誌の「販売革新」を手に取り、渥美俊一が「ペガサスクラブ」を立ち上げ、ダイエー
ヨーカ堂などのチェーン店のコンサルタントをしていることを知った。そして、「チェーンストアへの道」という
10巻シリーズのチェーンストアつくりの戦略、手法が書かれている理論を貪り読んだ。そして、それをベースに卒論
流通革命」を書いた。 それもあってジャスコの創業一期生として入社をした。 そうこうあって渥美先生には、
大きな影響を受けた。そして現事業の立ち上げでは、その裏づけとしての理論的背景にチェーン理論があった。 
セミナーだけで、50〜60回は出続けた。 その費用は、長岡市郊外の二つの土地転がしで直ぐに元は取れた。 
立地論から、バイパス沿いの若い土地の短期転売で利益を得て、その理論の正しさを確認した。
 しかし20年前にバブルが弾けた瞬間、彼の理論は、時代とはかけ離れたものとなってしまった。
「バランスシートの右と左を拡大しながら店数を増やしなさい。それも町のバイパス沿いのヘソ(要所)を見つけ、
自店舗を建てることで価値をあげ、それを担保に拡大出店を続けなさい」という理屈である。
 またアメリカの流通事例を見せるため、店舗見学ツアーを組んで、200人、300人と連れて行くのである。
私も二度、参加したことがある。 大量生産、大量消費の時代、流通システムが全く旧態だった日本に、新しいバイパスとして、
スーパーや、総合量販店、専門店を、チェーン化で、販売経路の拡大戦略を指導してきたのである。
彼は死ぬ直前まで、「日本の流通は未完である」と、その指導の手を緩めることがなかったのは、
やはり経営コンサルタントとしては、超一級だった証である。 ご苦労様。 ご冥福を! 
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3080,再び死について考えてみる
 2009年09月10日(木)
 一昨日、従姉妹の通夜に参列をしてきた。 地元の米屋に嫁に行ったが、小姑が多くいて難儀をしていると聞いていた。
「この世に、今時にこんな厳しい嫁の環境があるのだろうか」と思われるほどの重荷を背負っていたようだ。
 その10日ほど前に、長岡のグリーン・ホテルの先代社長が先月27日に亡くなったと死亡広告にあった。
一度、当方の事務所に来たことがあったが、創業時にホテル業についての話を聞きに行った事があった。
暗い顔をした気難しそうな人だった。 「自分の兄弟二人が、新潟駅前でホテルをしているのを知らないね」と言われ、
それさえ知らない無知を恥じた記憶がある。 三条、柏崎、長岡三棟、東京の上野近くで6棟を建て、
子供たちに一棟ずつ与えるのが夢だったというから、それはそれで・・。 
 ところで、身近な知り合いと、第三者の中間の立ち位置の「二・五人称の人」が死を考えるに最適という。
三者と第二者=知人と中間の立場の立場の死から多くのことが見えてくる。知っている程度の人である。
「死ぬ=無になる」、という論理の矛盾(無になる〜無には成りようがないー無いものに何故なる?)という
池田晶子の言葉の通りに、死という言葉のイメージが刷り込まれる立ち位置にあるのが2・5人称の人である。
10歳の頃、親戚の葬式に親と出席した時に思った、「何で人は周囲の眼を気にして好き放題生きないのだろうか?」と。
子供ながら凄い疑問を持ったのである。そのうちに、その疑問を忘れてしまったが、次の疑問は父親の死に接した時である。 
 死の瀬戸際から、逆に「生きる輝き」を逆噴射して見つめた視点である。
死に際で、「あと、せめて三年、生きたい」という生への渇望の言葉を聞いた。それが日々強くなっていった。
その時に「人間は生きているそのことだけでベストである」ことを肌で感じ取った。
そのためか、父親が亡くなってから全く人生観が変わってしまった。「一日一日を生ききること」が
人生から与えられた責務と思うようになった。 知人の死だけでなく、身近な人の死も多く教えてくれる。
 生老病死 苦集滅道 とは よくいったものだ。 般若心経をパソコン画面に貼り付けておこうか! 
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2715, 「要素還元論」と「二元論」
2008年09月10日(水)
 島田雅彦・対談集「無敵の一般教養」の松井孝典の対談で
松井孝典が、考える方法として「要素還元論」と「二元論」を解りやすく手短にまとめていた。
  ーまずは、その箇所である。
 〜〜
【物事を深く理解しようと思うと、考える枠組みをよりシャープに細かくとっていかないと、
解くべき問題を設定することすらできない。 それがわれわれの脳の仕組みと合っているのかもしれない。
だから、時代とともに、より細かく対象を分け、より細かい領域で物事を明らかにしてきた。 それが要素還元論です。
しかも自然と人間とを分ける。考える主体と認識される客体を、とりあえず分けなければ思考はスタートしないわけで、
それが二元論でしょう。 現代を生きる人は、これまでの教育でそれを徹底的にたたきこまれているわけ。
「わかる」とは何なのかについて、それ以外の「わかる」ということは考えられないわけです。
ぼくは今、地球学とかアストロバイオロジーとかで、二元論と要素還元主義の枠を超えて、
昔のようにとりあえず現代の知の体系のすべてを認識しましょうということを主張しています。
何か新しい方法論が出てこないと、「生命の起源と進化」という問題は解けないと思うからです。
そういう過激な認識を持っているわけです。 とりあえず、二元論と要素還元主義に対抗する方法論として、「システムと歴史」
という見方で、もう一回すべてを見直そうとしています。宇宙も地球も生命も人類も文明も全部一緒に論じようとしています。
数学は言葉です。経験しない現象を語れることばが数学なんです。宇宙の始まりは過去のことで我々は経験しえない。 
そういう現象を語るためには数学以外に語ることばがない。いわゆる言語はすべて経験によって意味が裏付けられている。
そういう種類の以外のことばを持たない限り語れないでしょう。】
 〜〜以上である。
なるほど、こういう思考の捉え方があるのには驚いた。
帰納法演繹法」発想法として「KJ法」、「テーゼ、アンチ・テーゼ、ジンテーゼ」とか、
情報収集の中での発火(発想)方式などあるが、「要素還元法」「二元法」も、上記の中でしていたことである。
この年齢になって初めて初歩的な知識を得ることの、何か恥ずかしいような、無知の再確認をさせられているようである。
それに加えて、松井教授は、「システムと歴史」という考え方を提示している。これは宇宙、地球システム、人間の歴史、
個人の歴史、全てに当てはめて考えることができる。要素還元法、二元法の限界を、一度「システムと歴史」という
視座に入れて考えると、限界を超えることができるという。「システムと歴史」の意味が理解できなかったが、
人間の歴史、個人の歴史に置き換えて考えてみたら理解できた。「システムと、これまでの始まりとプロセス」ということ。
「数学は言葉です。経験しない現象を語れることばが数学なんです。宇宙の始まりは過去のことで我々は経験しえない。
そういう現象を語るためには数学以外に語ることばがない。いわゆる言語はすべて経験によって意味が裏付けられている。
そういう種類の以外のことばを持たない限り語れないでしょう」など、非常に新鮮に驚かされたことばである。
そうこう考えると、中学校時代の教科書の内容は、全ての基礎であった。
昨日、図書館で「やりなおし教養講座」-村上陽一郎著 を借りてきた。学校を卒業して、平均2〜3時間は、
本を読んできたが、これで、この様だ。カントがいうに、「犬は犬の理解しか出来ないように、人間も人間レベルしか理解できない」
というと、私は私レベルしか、理解できない!ということ。 悲しいかな・・・やはり、よい大学に入り、よい会社、機関に入り、
レベルの高い人に接し続けないと、駄目?か。 本が呼びかけてきても、気づかないのも、そういうこと?
                           今更か〜
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2007年09月10日
べナレスー7
3、 多くの化身を持つヴィシュヌ神
インドには石造りの壮大な寺院から路傍の祠にいたるまで、様々な神様が祀られている。
それらの中で現在最も信仰を集めているのが、ヴィシュヌ神シヴァ神である。
 (字数の関係でカット08年09月10日)
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解)ユダヤ教キリスト教の関係と、ヒンドゥー教の関係が似ている。
 何でもそうだが、必ずその母体があるものである。特に、厳格なものから、弱者の立場に立ったものが・・・
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4、破壊と再生をもたらすシヴァ紳
ヴイシュヌ神と勢力を二分するシヴァ神は、もともと暴風の神であったものが民間信仰と融合し、
次第に破壊と再生を司どる最高神となつた。
  (字数の関係でカット08年09月10日)
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2006年09月10日(日)
 1986, 事業百訓・・・?
H0901 事業百訓  
 480 準備!そこから魔法がはじまる。 準備とは創造する喜びだ!。
   準備とは人生を苦労して前進する事、悩みながら生きていく事。
   ...並はずれたIQを持っているが、準備をするほど賢明ではない人よりも、
   力強い議論の準備をととのえている普通の人になりたい。準備とはあくまで“心の底”の栄養だ!。
    (ゲ−リ−・スペンス=議論に負けない法)
  481 楽しい顔で食べれば、皿一つでも宴会だ!。(ロ−マの詩人=プルデンチウス)
  482 集中する為には自分なりの結論が出るまで誰にも相談しない。
   自分の中で決めてから相談するのはいいのですが、迷っている時に相談すると、集中力が半減する。
   徹底して1人で考える、思いついたら考えを書きためて、それをファイルしておき、それをよみかえして
   書き足して事業のデザインをしていく。 その間ある結論が出るまで人には一切相談しない。(セコム・飯田会長)
  483 経営者の条件(成果を上げる事)
    ?自分自身を管理する。  ?その為に“自分の仕事”は何か?問うてみる。
   ?問題設定が本当に正しいか?。 ?重要な資源は“時間”である。
   ?優先順位をつけて“努力”を集中する。 ?仕事のアクセント“強み”の上におく。
  ?問題より“機会”を追求する。 ?地平線のかなたを常にみる。(長期視点) (P・F ドラッガ−)
H0903  事業百訓
  484 道中は宿屋よりも、いつもよい
  485 それぞれが一番苦しいのです。としたら自分に与えられた神からの苦しみの形が
   一番相応(ふさわ)しいのだと受諾するほかないでしょうね。私はきっと反抗するでしょうが。(曽我綾子)
  486 完全という言葉が不完全なのだ。(ホロビッツ
  487 私たちに課せられているのは、肉体を持って生きている事に感謝し、
   その範囲で毎日の生活を楽しみながら創造的に生きていく事。あの世からの魂のメッセージを見ること
   ?“強欲を克服しなさい。”
   ?“課題を解きなさい”という最低条件に加えて
   ?“明るく前向きに生きなさい!。”
   ?“笑う事は心の栄養です”
   ?“あなたらしく生きなさい”というメッセージが多く含まれています。
    このような強欲を克服することと、生活を楽しむ事を両立させる事こそ魂が教えてくれる
    “人生の目的の一つ”なのです。 (生きがいの創造−飯田央彦)
  488 覚悟にまさる決断なし!
  489 人生をあまり深刻に考えるなかれ、そこから生きて脱け出ることが出来ないのだから。(E・ハーバード)
  490 失敗はセイコウがもと?   (一言絶句−より)

 H0903 只今・戦闘中!
母が痴呆症になり丸三年が過ぎた。 安っぽいヒューマニズムや一時的な情愛など
“今の現実・現状の前に吹き飛ばされる!。家庭内は子どもを含めて毎日、毎晩が戦闘である。
週に一度は一晩に十数回起こされる。朝起きると寝る前より疲労している状態である。
親と子といえども正常人と異常人の戦いである。異常と正常が蛍光灯のように混合するから更に問題が深く複雑になる。
母自身も正常なときに“今の私の齢になりこの経験をしてみなくては、この辛さをわかってもらえない!”
というのも身にしみるから歯がゆい。遠くにいる姉達が時々きて、忠告、助言をしてくれる、
それが一面しかとらえてもらえず心臓を貫く位、一言一言が痛い!
でも口先介入だけの甘さが“中途半端な傍観者”として“怒りの嵐の対象になる。
でもこの行き違いは痴呆看護の大部分に生ずるトラブルで、ごく普遍的な事という!
年齢的風景の為か知人、取引先の人にも七人も同体験者がいる。”母を十年介護・見送った。
近親者のトラブルは当然あった。……そして娘が介護士になった。この苦痛は同居介護した人間でなくては絶対わからない。
“実父を十年介護。自分の中にこんな優しさがあるとは…自分がうれしかった。”
“自分の近くに住む実姉が姑を完璧に看ておくった! 今自分の家庭に来て、看護について口を出す!
 おそらく貴方の場合よりつらいのでは?” 等等、まだまだあるが書けない位すざましい!
こんな事表現していいのか憚るが、心の中である姉に対してナイフを突き刺すイメージを持ったり、
妻に対しても“絶対に亡くなったら離婚してやる?”等・思ってしまう。
それだけ追いつめられてしまうものだ。今まで帰宅拒否症候群というのが私には理解できなかった。
本当はうれしいはずの金曜日の夜、帰宅するのが本当につらい!月曜日は朝、会社に飛び出ていけるのが救いである。
妻にはそれがないだけ辛いはずだ! でも、すばらしい事も当然ある!家の中が暖かい!
赤ちゃん、幼児がいる家のそれである。 本人は天使そのものである。家より火が吹き出しているようだ。
それと子供達が何も言わずに私達以上に母の介護をしてくれる!子供に教えられるとはこの事である。
 (ボツにしていた原稿だが母が亡くなり半年、供養も含めてあえてだしてみた)

H0903 図書館の効用
  (字数の関係でカット08年09月10日)
十年位前に自宅の近くに公立の図書館ができた。はじめは月に一、二度位、通っていたが、今では週に一、二度はいく。
図書館で借りる良さは買うほどでもないと思う本を読める事にある。
そう思った本ほど、むしろ読書のジャンルに巾ができる為に良い本にあたる。
いやそれよりも絶対量を手に取れる為であろう。
「“図書館の天使”がそこにおり自分の捜し求めている本に導いてくれる」という欧米の諺がある。 
その信じられる現象に何度もあった。
今まで全く興味のない分野で、何気なく手にとり、その世界にひきこまれた事も図書館ならではである。
ーーー
H0903  “カルト教団”その一考察
 カリスマを持った強烈な教祖が、地上天国をうたいあげ“聖なる集団”?をつくりあげる。
サドがマゾ集団を束ねるプロセスを踏む。一人の主体者が多数の従属者タイプを集め価値基準を植込み、自己判断力を断つ。

その為には“霊力”と“性”をもつ教祖様を分母に、分子には地上天国とかいう共同体という甘い価値基準を仲間社会を与える。
そして、それが地上天国と言うイメージの商品そのものである。今、問題になっているオウム教は、そのカルトの典型である。
ブラジルで聞いた貧民に対するカルト教団の“あの世の住宅販売”=この世で住宅は持てないなら、
せめて天国の住宅を買っておくべし!といって貧民より金を取り上げる。
その日本版があのオウムであり、今の罪式僧侶のタカリである。
フロイトが“性”的部分を潜在意識でとりあげ、ユングが“聖”的部分でとりあげているが、
カルト教団は、その潜在意識の一番深い奥を見抜いて商品化をする為、
その部分で無知な理科系大学生など、すぐひっかかってしまう!
集団の肥大化による“霊と聖”の露出化で自滅していくのが、漫画的、幼稚園児的で面白い。
−−−
H0905  事業百訓  
491 人間はすでに「なにものか」(本質)として存在しているのではなく、
  常に「なにものかになろう」として自己を世界に投げ出す自由な存在(実存)である。−サルトル
492 本当の敵というものから際限ない勇気がおまえの中に流れこむ。           −カフカ
493  昨日の自分は許しても、今日の自分は許すな!。
494 私の落語は噺を聴いてもらうのではのうて、自分の楽しいな、
 うれしいなという気持ちを伝えるものだと思います。      −桂 枝雀−
495 心は天と自分をつなぐパイプだ。 この結び目がしっかりしている限り、宇宙からの無限のエネルギ−が
 注ぎこまれ弱気になることはない。
496 我々は単数の生を生きずに、複数の借りものの生を生きている。
 それに気づいて“しまった”と思った時にはもう遅い。−高橋 義孝−
497 “自分がいいと思うように真面目にやって、お客がアクビをして帰ったら仕方がない。 
 家へ帰ってカミサンの前で一席やってごらん。カミサンも聞いてくれなければロウソクの前でやってごらん”
 と教えたそうだ。信じた通りやり、お客の喝采を気にするなという円朝の信念のあらわれだ。
ーーー
H0905  魂が万代橋の上を彷った話
 第2新館の役所の検査の直前の話である。
担当の設計士が顔をひきつらせ青い顔をして言うには、“今回の検査はパスしない!...”
一瞬耳を疑ったが、次の瞬間頭の中は真っ白、地獄の底へつきおとされた思いであった。
“それが本当であれば、あの建物は単なるゴミの山、そして私は?、会社は?...”パニック状態である。
それも夕方の飲み会の直前である。まあ明日の話として、頭も冷やすという事も含めて、
そして焼け酒という事で浴びるほど飲んだ。その夜は満室という事で事務所の長椅子に仮眠した。
恐らくそこが不安定という事と、頭がパニック状態という事と、酔いを含めて妙な夢になってしまった。
魂が身体より抜け出し、さっきまで飲んでいた古町より万代橋まで、目線が5m位の高さでプカプカ浮遊しているのである。
“ああ自分は浮いている。それも魂が”という感覚であった。そして目が覚めて!魂が浮いていたのはたしか夢か!
でもあの話は本当である!それも夢であってほしい!”と念じた事を今でもはっきり覚えている。
その2〜3日後に設計士の思いこみでしかない事がはっきりしたが、本当に長い氷つくような時間だった。
ーーー
 H0905 私を生かして下さい!  <H8.7.24の日記より>
 今朝、病院に日課どおり母の様子を見にいくと、母が私の事を担当医と勘違いをしたらしく
“先生、私を生かして下さい!”と両手で拝まれた。本能的な生への執着の言葉である。
何とも言えない気持ちになってしまうと同時に、その言葉の重みに圧倒されてしまった。
死の間際にあっても、“生”への執着のことば、そして死の不安を自覚している事実である。
“これでよい、いやこれだ!”生きる事への執着こそ人生で一番大事の事と思い知らされた。
それにしても、あの担当の若い医師には呆れる思いだ。人間の生き死にを扱っているのに何もわかってない!
目の前の病気をなおそうとして母体そのもののことを考えていない!。 薬は反面、毒である事を!。
これが今の医療の大問題の一面なのだろう。彼等は技術者であって医師・医者ではない。
それが若いから許されていいのだろうか?。自分は判ったつもりでいるから始末が悪い!。
これから何年もの経験を重ねるうち今の誤りを気づくのだろうか?
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H0907  養老の瀧1122号店、店長の日々
(字数の関係でカット09年10日) 
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 H0909  ギアナ旅行記
  (字数の関係でカット08年09月10日)