「ナチが愛した二重スパイ」  ベン マッキンタイアー著

 新幹線通勤の往き帰りの車中で一ヶ月かけて読んだが、これが何とも面白い。
  第二次大戦末期、ロンドン暗黒街のチャップマンは、ナチのスパイとなる。
 しかし「二重スパイ」として、ベルリンに偽情報を送っていた実録もの。
 ロンドンの当時の札付きの泥棒、ジゴロの生々しい犯罪と、監獄暮らしなどが詳細に書かれている。
 現在の犯罪者も似たようなものだろうから、我われ小市民とは全く異質の存在である。
 肯定的にみれば「何もしないで一生終わるより、よほど思いのまま生きることも必要では?
 とさえ思わせるほどである。 札付きの犯罪者がその経験を生かして二重スパイになって
 国家のために大きな働きをすることになるから、皮肉といえば皮肉である。
  pー234に著者は、二重スパイのチャップマンを次のように分析している。
 【 二重スパイのチャップマンの話は、地味なスパイの話とは違う。スパイ小説なら、あり得ないこととして
 拒否される内容である。主人公は悪党であるが、悪党としては決して敗残者ではない。彼の犯罪歴は、
 軍隊脱走から猥褻行為へ、女から脅迫へ、強盗から金庫爆破へと段階的に進んだ。
 あとになると彼の報酬は多くなり、最初はつまらぬことに手を染めたのを恥じているのは疑いない。
 この男の本質は己惚れで、自ら評価するところでは大物で、暗黒街のプリンスのような存在である。
 良心の咎めとは無縁で、どんなことでもやりかねない。社会とはなんの契約もせず、金はひとつの手段である。
 怖いもの知らずで、間違いなくドイツ人に対する根深い憎しみを抱いている。
 ひとことで言えば、冒険はチャップマンにとって必要不可欠なものである。
 いったん冒険に乗り出すと、信じられないようなことを達成する勇気を持っている。
 今日は、彼はドイツのパラシュート・スパイであるが、明日、活動的な二重スパイとして
 危険極まりない任務を引き受けるであろう。それに賭けるのは自分の命である。
 冒険が無ければ、彼は犯行者になるであろう。危険は大きいが、成功する見込みがある限り、
 危険は犯されねばならないと思う。チャックマンにとって確かなことは、たった一つしかない。
 冒険が大きいほど、成功する確率も大きくなる。】
  犯罪者の生態、そしてスパイ機関の実態、そして世界大戦の中の生活ぶりなどが、
 リアルに目に浮かんでくるのは、事実を克明に書いてあるからである。
 また、その世界にドップリと漬かることで、現在の世界、日本、そして自分の人生の立ち位置が
 浮かび上がってくる。(チベット旅行記もそうだったが・・・)  世界は底知れぬ経験で満ちている。